2話 村の変化と新たな仕事
「おーっす。昨日はぐっすり眠れたか?」
「まあ一応はな。家だけはいつも通りだったからな」
「ティマさんが女の子って事はやっぱ夢じゃなかったんだ……」
「おう、夢じゃねえぞ。まあオレもこの時代にお前達と会えた事は夢みたいだって思うしわからんでもないが現実だぞ」
ティマに言われたように俺達は朝7時半には起き、朝食と身支度を済ませティマを待っていた。
そして9時丁度になったところで玄関をノックする音が聞こえ、昨日見た幼女姿とまったく変わらないティマが約束通りやってきた。
「なあ、お前が持ってきた朝食はどうなってるんだ? さっき食ったのに温かかったんだが……」
「ああ。ありゃあ箱に保温魔術を掛けておいたんだよ。おかげでホカホカのスープを堪能できただろ?」
「なるほど。温かかったからかスープは特に美味かったよ。作ったやつに伝えておいてくれ」
「おう! そうかそうか美味しかったか……へへ……」
今日の朝は昨日の夜にティマが持ってきた朝食を食べた。
そういえば昨日何が入っているかを確認してなかったなと思いながら箱の蓋を開けたら、二人分の食パンと温かい野菜スープが入っていた。
昨日持ってきてずっと棚の上に置きっぱなしだったのにどうして温かいのかと疑問に思いながらも、俺達はその朝ご飯を食した。
ちなみに味は今言った通りかなり美味しかった。あれだけ大きな屋敷に住んでいるのだし、専用のコックでもいるのだろうか。
「それで今日は村の案内をしてくれるんだよね?」
「ああそうだ。それである程度回った後はそれぞれの職場に行って簡単な仕事内容の説明を受けてもらうつもりだ。ちなみにその間に業者に頼んでこの家の水道を使えるようにしてもらうからな。それとキッチンには薪を使わなくても熱を掛けれるようにルーンが掘ってあるプレートを埋め込むつもりだ。おそらくホーラなら使えるだろうからタイトはそれを見て覚える事。一応緊急用に薪は置いておくが、流石に自分達で割ってくれ」
「やった! 私昨日シャワー浴びれなくて悲しかったんだよね。それに料理もこれですぐ出来るようになるね」
今日は五百年も経って変わってしまった村を案内してもらい、そのまま俺達が就く職場まで連れて行ってくれるようだ。
「わりいなそこまで気が回らなくて。女の子だし身だしなみは綺麗にしたいわな」
「そうそう。ティマさんも女の子になったからわかるんだね!」
「ん? まあ……わからなくもないってとこだな。この通りオレはオスだった頃の感覚がまだ抜け切れてねえもんだからな」
「たしかに口調は柔らかくなったし声も可愛らしくなったけど言い方はほぼそのままだな」
「それ以外にも色々あるけどな。まあ立ちションする癖は200年前ぐらいに完璧に無くなったけどな」
ちょっとした会話を挟みながら、俺達は村を回り始めたのだった。
……………………
「そうだな……まずは商店とか生活に便利な所……と言いたいところだが、それよりもまずは最初にご近所回りだな。最低限両隣りの家の住民ぐらいは知らないと」
「それもそうだな」
ティマと共に玄関を出てまず向かったのは、俺達の家の隣にある家だった。
昔は隣と言えばもうちょっと距離があったのだが、今は人3人分の幅の向こうに家が建っていた。
つまりこの家の主は俺達が知らない人が住んでいるのだろう……というか、五百年も経っていて知っている人が住んでいたらそれはそれで驚きだが。
「おーい。誰かいないかー」
「はーい! いまでまーす!」
家の中から可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
「そんちょーさんどうしましたかー?」
「やあイース。昨日隣の家に新しい……まあ正確には違うが……この家の隣に新たに住む事になった二人の紹介をしようと思ってな。オレの顔見知りだから案内がてらってとこだ」
「そーですか! はじめまして、わたしはイースです!!」
「私は隣に住んでいるホーラ。こっちはお兄ちゃんのタイト。よろしくねイースちゃん!」
家から出てきた女の子……イースちゃんは、声の通り幼い子で、人間ではなかった。
頭から可愛らしい角、腰から可愛らしい蝙蝠のような翼と尻尾を生やした、サキュバスの女の子だった。
「あらあら、何事かと思えばお隣に越してきた人ですか」
「そういえば昨日お隣から物音が聞こえたね。ティマさんのとこの魔女かと思ってたけど新たな住民か」
「へぇ……人間の兄妹か……」
「あ、どうもです」
「あ、おとーさん、おかーさん、それにおねーちゃん」
イースちゃんに挨拶をしたところで家の奥からぞろぞろと3人のサキュバスが出てきた。
角の形が違ったり身体に毛が生えていたりと若干姿が違うものの、3人ともイースちゃんと顔が似ているので親や姉妹だろう……サキュバスなだけあって全員若い見た目をしている為誰が親で誰が姉かはわからないが。
「ん? お父さん?」
「あ、はい。私がイースの父のウェークです」
「……はい?」
しかしながら、イースちゃんがお父さんと言ったわりにそれらしき人物は見当たらなかった。
だからお父さんはどうしたのかと聞こうとしたら……サキュバスの一人、ウェークさんが自分が父だと言い始めた。
「サキュバスなのに父親?」
「あ、私はアルプです。なので元は人間の男性でした」
「へぇ……はあ!?」
どうやらウェークさんは人間の男性がサキュバス化した魔物らしい。
「アルプ? そんな魔物も居るんだ……全員サキュバスかと思ってました。すみません……」
「初見では仕方ないかと。なのでお気になさらず」
「まあ旧時代ではほとんど見た事ないしな。インキュバス化する際女性化願望があると男も魔物になるんだよ」
「そ、そうなのか……」
女がサキュバスに変えられるというのは聞いた事があった。だが男はインキュバスならともかくサキュバスになるなんて知らなかった……魔物の中でしか知られていない秘術か何かかと思ったが、今の時代では稀に起こる事みたいだ。
「というか全員サキュバスかと思ってたって言ったけど、たしかウェークの家はサキュバスは母親のモンローだけだったよな?」
「ええそうです。私はサキュバスですが、ウェークはアルプ、上の娘のジュリーはレッサーサキュバス、それと下の娘のイースはアリスです」
「へぇ〜、全員サキュバスかと思ってたのですが違うんですね……」
それどころか、このサキュバス一家は正確には全員種族が微妙に違うみたいだ。
たしかに、ジュリーという娘は他の人達と比べて翼が小さく色も薄い……人からサキュバスへ変えられた娘なんだろう……
「あれ? レッサーサキュバス?」
「はい。私……というかイース以外は皆人間でしたので。昔人間だった母が旅行先で過激派のサキュバスに襲われてサキュバス化し、その母がサキュバスになるまでセックスを重ねた結果どうやら母のような女性に憧れていた父が魔力によってアルプ化、その時に母の胎内で残っていた精子が奇跡的に受精してイースが産まれました。ただイースは今年でもう18ですが未だ幼い頃の姿をしているので突然変異のアリスだという事です。それで私はしばらくは人間でしたが家族全員魔物なのに一人だけ人間でちょっとした孤独感があったのでつい最近母の手によって魔物にしてもらったのです。ですがまだいい男性に出会えていないのでこうしてレッサーサキュバスのままなのです」
「え? ごめんよくわからなかった」
「まあ要約するとサキュバスに襲われ同属化した母親が父親を襲った際その父親も女性化願望があった為アルプ化、そんでその時搾った精子が子を成した。ただその子は幼少期の姿から成長せず、また唯一人間だったジュリーも寂しくて魔物になったって事だな」
「いや、どちらにしろよくわからんが……まあとにかく元は人間の一家だったがサキュバスに襲われていろいろあった結果一家全員サキュバスになったけどその中でも細かい種族はバラバラになったって事だな」
「はいまあそういう事です」
何故サキュバスの子がレッサーサキュバスなのだろうかと疑問に思ったが、元々は全員人間だったみたいだ。
ただ説明が早口かつこの時代の魔物の生態をあまり知らないがためによく理解できない部分があったのでなんとなくしかわかっていない。過激派と言われてもサッパリだ。
それ以外にわかった事は実はイースちゃんは妹と同い年という事だけだった。
「そうだ。タイトさん、あなた恋人とかいます?」
「え、いや、いませんが……」
「そうですか……では、4人程いっぺんに愛せたりしませんか?」
「えっ!?」
「おいおいタイトを困らせるな。こいつは複数の妻を娶るという概念がそもそもねえよ」
「そうですか……それは残念」
それに、今のウェークさんの発言もよくわからない。
いや、サキュバスの一家だし、全員を愛してくれる男が必要だという事はなんとなくわかるが……今この時代一夫多妻制をとる魔物が普通なのだろうか。
もちろんティマの言う通り俺にその気はない……というか絶対無理だ。
「まあ隣同士仲良くしてやってくれ。それにタイトはジュリーと同じ職場だしな」
「え、そうなのですか?」
「ああ。まだこいつにはどこの職場かは言ってないけどな。またいろんな場所に案内してから連れていく」
「そうですか……それでは今後ともよろしくお願いしますね!」
「ああ、よろしく」
ティマ曰く俺はジュリーが働いている場所で働く予定らしい。
つまり俺とジュリーは同僚になる。という事で俺達は互いに握手をした。
その手が女性にしては少し強く、豆みたいな硬さも掌に感じた……なんとなくティマが俺に就かせようとしている職種がわかってきたが、まだ絞り切れない。
「そしてゆくゆくは……」
「へ? 何か言いました?」
「おい、そろそろ次行くぞ。時間は多めに取ってあると言ってもそんなにのんびりは出来ねえからな」
「おうわかった。それではまた後で会いましょう。今後ともよろしくお願いします」
「あ、はい。お願いします」
ジュリーが手を握りながら何か呟いたが、よく聞き取れなかった。
なので聞き直そうとしたらティマが突然次に行くと言ってきたので、聞き直すのは諦めて手を離し、もう一件の隣の家に向かった。
「タイト、今後も気をつけろよ。サキュバスは昔から好色な魔物だし、レッサーなら余計に男を求めてくるからな。気がついたらチンコ咥えられてるとかシャレにならねえからな」
「え、あ、ああ……わかった。それで話を変えるが、次はもう片方の家だな」
「こっちも魔物の住民?」
「ああ、ウェークのとこみたいに一家全員魔物じゃないけど魔物は住んでるぞ。おーいセック、いるかー?」
俺達の家を挟んだ反対側の家……こちらも昔は無かった家だ。
その家の玄関でノックをしながらティマが叫び、出てきた人物は……
「はい村長さん、なんですか?」
「よっす。隣の家に新たに住む事になった二人の紹介をしようと思ってな。オレの顔見知りだから案内がてらってとこだ」
「なるほど。どうりで昨日は隣からやけに物音が聞こえたのか。僕はセック。しがない小説家さ。よろしく」
「ああよろしく。俺はタイト。こっちは妹のホーラだ」
「よろしくお願いします」
セックという人物は、黒く長いぼさぼさの髪と猫背が印象的な、おそらく歳は俺と同じくらいの男性だった。
言っては悪いが少し不健康そうだ……まあ小説家と言ったし、現在は忙しくてそう身の形振りに構っていられないのだろう。
「なあセック、ミーテはどうした?」
「ミーテは引っ込み思案で恥ずかしがり屋ですのであまり人前に出てこないので……でもお隣さんの挨拶ですし呼んできます」
それと、どうやらもう一人この家には住民が……話からして魔物がいるらしい。
ミーテという人物は引っ込み思案らしく、中々人前には出てこないらしいが、俺達に挨拶させる為に連れてくるらしい……
そして、一度奥まで戻ったセックが連れてきたのは……
「……妖精?」
「ああ。リャナンシーのミーテだ。ほら、お隣さんに挨拶するんだ」
「は、はじめまして。ミーテです……」
「はじめまして。タイトです」
「同じくはじめまして。ホーラです」
両手で身体を包みこめるサイズの人間……いや、妖精だった。
彼女はリャナンシーという妖精らしい……たしかに引っ込み思案かつ恥ずかしがり屋のようで、ずっともじもじして顔を合わせようとしない。
「まあこんな調子ですが仲良くしてくださいな」
「はい! そういえばセックさんはどんな小説を書かれているのですか?」
「いろいろあるが、一番多いのは健全、非健全を含めて恋愛ものさ。あまり似合わないってよく言われる」
「へぇ……店なんかに置いてあったりしたら読んでみます!」
「ありがとう。それじゃあ僕は新作の作業に取り掛かるから、またよろしくね」
「おう。頑張れよ!」
そう言ってそそくさと家の中に戻っていった二人……やはり忙しかったようだ。
そんな時に訪問して悪かったなと思いながら、俺達は村の中心へと移動を開始した。
「次はどこに行くんだ?」
「次は村にある大きな店2件だな。2つともで売ってる物が違ったりするから両方知っていてもいいだろうからな」
村の中心部へ向かう俺達。次は店を案内してくれるようだ。
昨日の夜と違い今日は人間女性の姿もちらほら見掛ける……が、やはり人間には無いものを持った女性の方が多いみたいだ。
「じゃあまずは近いほうだな。こっちは主に食料品や生活必需品なんかが売ってる店だ。媚薬や魔界の植物なんかも売ってるが……まあ今のお前達にはあまり関係ない話だな」
「あっ! ねえお兄ちゃん、このピンクのってこの時代に来たときに見掛けたやつじゃない!?」
「ああそうだな。ティマ、これは……」
「それは虜の果実ですよー。その名の通り虜になる美味しさを持った魔界特有の果実です。おひとついかがですか?」
ピンク色の小奇麗なお店に辿り着いた俺達がまず目についたものは、この時代に着いてから初めて目にしたピンク色でハート形の果実だった。
いったいこれは何かとティマに聞こうとしたところで、店の奥から狸と人を足して2で割ったような女性が出てきた。
狸という事で、おそらく遠方の地ジパング特有種の刑部狸新魔王版だろう……狸耳や尻尾、足に生えた毛皮以外は人間と同じような見た目なのでハッキリとした自信はない。
「魔界特有? たしかこの近くにも生えてるのを見たんだけど……」
「ああ。だってここは魔界に近いって昨日ウェーラが言ったろ。この村はまだ魔界程魔力が溜まってないが、明緑魔界っていう近年発生するようになった人間界とあまり見た目が変わらない魔界に近い状態になってるからな。違いは人間が人間のまま過ごせるかどうかってぐらいだな」
「へぇ〜。だから魔界特有の植物が生えてるって事か?」
「そうですね。この虜の果実と隣に置いてある夫婦の果実はこの地で採れたものですよ」
で、その虜の果実だが、どうやら魔界の植物らしい。
どうしてそんなものがこの村付近に生えているのかと思ったが、そういえば昨日この村は魔界に近いから魔物も多く集まると説明していた気がする。それならば魔界の植物が生えていても不思議ではない……かもしれない。
「魔物化効果はありますが、一つぐらいではまずしないのでおひとつ買っていきませんか?」
「あー、じゃあ後で一つだけ買ってみようかな……まだいろいろと見て回る予定ですし今買っても余計な荷物になるので」
「あ、言っておくがこの二人は観光客じゃなくて新たな住民だからな」
「えっそうだったのですか。てっきりティマさんのお客様かと思ってましたよ。では今後もごひいきにお願いします。私はこのショップラクーンの店長をしている刑部狸の香恋です」
「香恋さんですね。私はホーラ、こっちは兄のタイトです。こちらこそお願いします」
店長でありやはり刑部狸だった香恋に挨拶した後、とりあえず後でまた買いに来るという事で何も買わずに店を出た俺達。
このお店にはパンや野菜、ジパングの米など普通の食料も沢山売られていたので、今後も生活していく上で絶対お世話になるだろう。
「それではまたのお越しをお待ちしております。あっちより品ぞろえは豊富にあるのでぜひうちだけをお願いしますね!」
「あ、はい。まあそこはもう一件のお店を見てから考えますので」
「さて、じゃあもう一件の店に……おや、あれは……」
怪しい笑みを浮かべる香恋を背にショップラクーンを出て、俺達はティマの言うもう一件の店に向かう途中、誰かを見つけたようだ。
その目線の先を追ってみると……何やら全身緑色というか植物の葉で出来た服で固めている長身の女性と、だぼだぼの作業着を着たイースちゃんよりも見た目は小さな女の子が何やら話しながら歩いていた。
「なあエロフ、その服いつも着てる気がするけど他に持ってないのか?」
「同じのを何着も持ってるだけよ。この服が一番落ち着くしね。そういうぺドワーフこそそんなおしゃれも何もないだぼだぼ作業服ばかりじゃない」
「そりゃこの服だとすぐに仕事できるし、ポケットも多いから何かと便利だしな。それに俺は淫乱痴女のお前と違ってモルダ以外に肌を見せる気ないからな」
「あら、別に私も他の人に見せつけてるわけではないわよ。仕事バカのあなたと違ってモルダにいつでも見てもらえるようにしてるだけよ」
いや、話しながらというよりは悪口を言い合ってというか、罵り合いながら歩いていた。
おそらく葉っぱのほうは耳が長い事からしてもエルフだと思うが……もう片方はなんだろうか。
エルフと仲悪い種族と言えば……大概仲は悪い気がするけど、その中でも特に仲が悪いのは……魔物ではない気はするがドワーフだろうか。
「おーいミラ、ロロア! 相変わらず仲良さそうに歩いてるな」
「あら村長さん。こんにちは」
「どうしたんだ村長? 今日は特にやる事ないのか?」
「失礼な。今日は仕事で村を歩いてるんだよ。まあたしかに暇な時もこうして村中を散歩してるけどさ……」
そんな二人と顔見知りなのか、仲が良さそうと見当違いな気がする言葉を投げかけて呼びとめたティマ。
背の高いエルフらしき女性がミラ、背の低いドワーフらしき少女がロロアという名らしい。
「仕事? そういえば見知らぬ人間二人を連れているようだな。どうしたんだ?」
「この村に新たに住む事になった兄妹で、兄がタイト、妹がホーラだ。元々五百年前にこの村に住んでたがいろいろあってこの時代に流れ着いてまた住む事になったから顔見知りだもんでオレが直々に案内してるんだよ」
「……は? まあよくわからないですがとりあえず新たな住民なんですね。これからよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
とりあえずお互いに挨拶を交わす。握手も求められたので、こちらも握手で返した。
「失礼かもしれんが、エルフにしては人間と握手する事に抵抗無いんだな」
「ええ。魔物化もしてますしね。たしかにエルフの里にいた時は意味も無く嫌悪してましたが、今は人間の夫であるモルダと関わる事で人間への嫌悪感など全く抱いていません」
「まああのクソみたいな種族であってもモルダという人間に触れれば嫌いになるわけがないからな」
「ええ、ちんちくりんの言う通りです」
「え、はあ……」
人間嫌いで有名なエルフに握手を求められるとは思っていなかったので、失礼と思いながらも聞いてみた。
どうやら魔物化した事と人間の夫を手に入れた事でそこら辺は解決したみたいだ。今の時代は本当に他種族交流が上手くいっている気がする。
「ところで……お二人って仲いいんですか? 悪いんですか?」
「失礼だな。良いに決まってるだろ?」
「初対面の方は決まってそう言いますが、共通の夫を持つオレンジ頭とは似通ってる部分もありますし、ドワーフでも仲良くしていますよ。まあたしかに彼女以外のドワーフは嫌いですが」
「そうそう。アタイもエルフ自体は気にいらないけど、同じモルダに惚れた同士、アタイと緑ヘアーは息がぴったりな程仲が良いぞ。趣味や嗜好も意外と似てるしな」
「……そうですか……」
とはいえ、エルフとドワーフの仲もいいのかと思えば、そうではないようだ。
ただ目の前の二人は共通の夫と趣味を持つ為か仲が良い……らしい。悪口らしきものを言い合っているので本当に仲が良いとは思えないが。
「まあこいつらは真面目な時以外互いを本名で呼ばないからな。これでも本当に仲は良いぞ。あ、後でロロアの鍛冶屋に行く予定だから開けといてくれよ」
「おうわかった。今は客にナイフを届けてた帰りだから今すぐでなければ多分開けてあるからいつでも来な!」
そうして二人は手を繋ぎながら去っていった。会話さえ聞かなければたしかに仲は良さそうである。
ティマが言うにはどうやらロロアのほうは鍛冶屋をやっているようだ……もしかしたらよくお世話になっていた鍛冶屋の後継者だろうか。
「さて、それじゃあもう一件の店、ゴブゴブ商店に向かうか」
「なんか発音しにくい店の名前だな」
「慣れればすぐ言えるさ。こっちは食品とかは少ないけど科学や魔術に使う薬草や道具なんかを多く売っている。古くから、それこそオレがこの町の村長になる前からある店だし、サバトとしてもよく利用するのだが、いかんせん一般的な需要はさっきの店の方があるという……」
「……行く前からマイナス情報を与えるなよ……」
しばらく歩いていると、質素な作りのお店、ゴブゴブ商店の前までやってきた俺達。
「わあっ! 本当に魔術に使う道具を扱ってる! 私が知ってる物から見た事ないものまで沢山ある!」
「いらっしゃい! ここの棚に置いてあるものはオイラ自慢の商品っす! その木くずはこっちの赤い葉と合わせて火をつけると大きな音を発しながら燃えるから獣避けに最適っすよ! またウンディーネの水に溶かせば1滴で相手を興奮状態にする媚薬にもなるっす!」
中に入ると……普通の飲食物もちょっとはおいてあるものの、たしかに薬草や魔道具など、一般受けしなさそうな物が多く売っていた。
ただ、妹はそういった魔具の類が好きな為、さっきのお店よりも目を輝かせながら店内を回っている。
そんな妹の元に近寄ってきた店長らしき人物……赤髪に角が生え八重歯が光る少女が商品の紹介をしにきた。
見た目からしてこの少女も魔物だろうけど……俺がいた時代の魔物の内どれかがサッパリわからない。
「……ってあれ? お嬢ちゃんどこかで……」
「え? 私の事知っているの?」
「あ、いや……きっと気のせいっす。だってお譲ちゃんは人間っすよね? ならありえないっすから……」
そんな少女は妹の顔を見て誰かを思い浮かべたようだ。
「いや、案外知り合いかもしれんぞ? なんせこいつらは原因は不明だが五百年前から現在にタイムトラベルしてるからな」
「え……じゃ、じゃあお嬢ちゃん……名前は?」
「えっと……ホーラだけど」
「!?」
俺達は五百年前からきたのだからきっとその人物は妹とは別人だろう……とは言い切れない。
なんせ魔物の寿命は人間より長い……実際に俺達と戦ってきたティマがこうして健在なのだから、あの時代から生き続けていてもおかしくはない。
それに俺は妹の人間関係を全部把握しているわけではない……もしかしたら妹は妹で俺とティマのように因縁の相手がいた可能性だってある。
だから知り合いかもしれない……という事で妹が名乗り上げたら、少女はかなり驚いた顔をした。
「じゃあやっぱりお嬢ちゃんはホーラちゃんっすか!」
「やっぱりって……あなたは誰?」
「誰って……あそっか。わかるわけないっすよね。ほらホーラちゃんよくオイラから拘束型触手の種とか雨降らす道具のレインスモークとか買っていたっすよ」
「え……じゃあもしかして……あなたはモックさん?」
「その通りっす! いやあめちゃくちゃ久しぶりっすねホーラちゃん!」
「まだ最後に会ってから1週間も経って……あそっか。こっちだともう五百年以上会ってないんだったね」
「そうっすよ! ある日を境に全く現れなくなったからホーラちゃんが言っていた残忍で凶悪で陰湿な魔物に殺されて食われてしまったかと思って悲しかったんすからね」
「おいこらホーラ。お前オレの事そんな風に言ってたのかよ」
「あ、その魔物ってティマの事だったんすね。なるほどだから自慢の魔道具でもなかなか退治できなかったんすね」
「いやだってティマさん当時は実際に人間襲ってたし食べてたじゃん。まあ陰湿はウェーラの事だけどさ」
どうやら知り合いだったらしい。
しかし、魔物から商品を買っていたとは……
「おいホーラ、どういう事だ?」
「あ、えーっと……実はお兄ちゃんに心配掛けたくなかったから秘密にしてたんだけど……あの魔道具の内半分以上はゴブリンのモックさんから買ってたの。村の裏路地にひっそりと露店を開いていてね。ゴブリンだって結構早くから気付いてたけど便利で強くて面白くてワクワクするものを売ってたから通ってるうちに仲良くなって……」
「なるほどな。だから人間が持っている事自体おかしいものまで使ってきてたってわけか。そういえばモックは旧時代から人間が好きな変わり者だったと前に聞いたな」
「そうっすよ。オイラは昔からこの村で人間相手に商売してたっす。ゴブリンだってばれないように全身すっぽりと布で覆い隠し、なんとか覚えた文字とジェスチャーだけで商売してたんすけど、それだとあまり買ってくれる人居なかったすからね〜」
「たしかに私以外はあまりお客さんいなかったよね。何回かは物珍しげに買っていった人達も見たけど、店主が不気味だって言ってたね」
「そういうことか……」
妹がティマやその他凶悪な魔物との戦いに使用していた数々の魔道具……村で売っている物もいくつかはあったが、その大半がどこから入手しているのかわからなかった。
何か危ない事でもしているのではないかと思っていたが、まさか魔物の店を使っていたとは……だが、だからこそティマ達も驚くようなものまで持っていたのかと思えば、不思議と納得は出来た。
それと、この少女は今の時代のゴブリンらしい……醜く筋肉質な子鬼の魔物がこんな可愛らしく丸っこい角少女になっているなんて予想付くわけがない。変わり過ぎである。
「いやしかしモックさんも見事に女の子になってるね。しかも人間の言葉まで使えるようになってるし」
「言葉や姿は魔王様が交代した時にっすね。人間と共存できるように基礎知識として全ての魔物の身に着いたようっす。そのおかげで全身に布を被って商売しなくて良くなって、始めの内は頭巾を被って、そしてこの村が魔物を受け入れるようになってから完全に正体を晒して商売して、稼いだお金でこうして大きな店を持てるようになったっすよ!」
「よかったねモックさん! 昔から大きな店を持つ事を夢にしてたもんね!」
しかし本当にゴブリンのモックと妹は仲が良さそうだ。
そういえば妹はいつも凶悪な魔物は許せないとか凶悪な魔物は早く消えてほしいとかやたら魔物の前に凶悪という単語を付けていた気がする……それは、当時から凶悪ではなかったモックと仲が良かったからだろう。
今こそ魔物と人間は共存可能なようだが、俺達が生きていた時代でも多少は出来たみたいだ……そう考えると、何も考えずに魔物退治をしていたのが少し悔やまれる。
「それでホーラちゃん、一つ頼みが……」
「ん、何?」
「あの狸の店じゃなくてオイラの店だけ利用してくれないっすかね?」
「……ごめん。いくらモックさんの頼みでもそれは難しいよ。あっちとこっちじゃ売っている物が違うし……」
「……まあそうっすよね。いやあ最近現れたあの狸に客が取られてるっすからね〜……旦那ともども頭を抱えてるんすよ」
「へぇ……それは大変って旦那さんいるの!?」
「まあこのように少女の姿になったっすからね。オイラに惚れた旦那さんがいるんすよ。今は丁度隣町の取引先に行ってもらってるっすから紹介出来ないんすけどね。親元を離れているけど娘だっているっすよ!」
「へぇ〜……おめでとう!」
そして店長同士はあまり仲良くないらしい。
まあ、客が取られたとなれば良い気分ではないだろう。
香恋もさっき自分の所だけを使えと言っていたし、実際モックと香恋の仲はかなり悪いとみて間違いなさそうだ。
「盛り上がっているところ悪いが次の案内行くぞー」
「あ、うんわかった。それじゃあまたねモックさん!」
「ああ。ホーラちゃんなら毎日10%オフだからいつでも買いにくるっすよ!」
蚊帳の外になりつつあった俺とティマは互いに視線を合わせた後、次に向かうために話を遮って店を出たのであった。
「じゃあ次はさっき会ったロロアの鍛冶屋に向かうが、たぶん今頃戻ったところだろうから途中の店や施設を説明しながら向かうぞ」
「ああ。ところで鍛冶屋はなんとなくわかるが、その途中に教会も無かったか?」
「あるぞ。じゃあ鍛冶屋は思い浮かべてるので当たってると思うな。まあ教会のほうは想像もつかんだろうけどな」
「ん?」
店を出た後、先程のドワーフが開いているという鍛冶屋に向かう俺達だが、方角的には俺達が知っていそうな鍛冶屋があるほうへ向かっていた。
「その蜘蛛の巣柄の看板が服屋な。店主はアラクネで質もいい。女性物が中心だが一応男性ものも取り扱っているぞ」
「なんか可愛い服がいっぱいある!今これしか服がないし後で買いに行こう!」
「そんでその牛乳の看板がある店はホルスタウロスが経営してるカフェだ。ホルミルクをふんだんに使ったカフェオレはかなり美味いぞ」
「ミルクか……そこまで言うなら一度味わってみたいな」
「それでカフェの向かいにあるのが人間の老夫婦が開いている本屋だ。セックの本もあそこで取り扱われているからな。ちなみに立ち読みは禁止だ」
その途中にも様々な店があった。
服屋に飲食店、病院など生活に深く関わる店から、本屋やおもちゃ屋、花屋など趣味に関わる店まで様々だ。
その中には五百年前にもあった店なんかもある……流石に店の主人は変わっているが、こうしてまるっきり変わったわけじゃないところがどこか安心する。
「それでまあ……ここが教会だ」
「……え?」
「教……会? これが?」
中心部を少し抜けた先に、やたら不気味な装飾がなされている建物が見えてきた。
ここはたしか教会があったはずだよなと思っていたら、まさにこの建物が教会だというティマ。
神聖さなどかけらも無いが……たしかに装飾を除けばかつての教会のように見えなくもない。
「あらティマさん。お祈りですか?」
「まさか。オレはサバトだけで十分だ。主神だろうが堕落神だろうが祈る気はないさ」
「それは残念です……が、他に信念がある人に強要しても良くないですからね」
そこから出てきた修道女は……少なくとも人間ではなかった。
黒くやたら露出が高い修道着で身を包む女性の腰からは、黒い羽と鎖が巻かれている尻尾が生えていたし、被り物でわかりにくいが太く捻じ曲がった角も生えている。
「えっと……ここは教会ですよね?」
「はい。主に堕落の神を崇拝している者の為の教会です。とはいえ、元は主神を奉っていましたし、中には他の神を慕う人もいますので、他に迷惑をかけなければどの神に祈りを捧げていても特に問題はありません。我らの神は小さな器ではないですからね」
堕落した神を崇拝……たしかに、そう言われればこれほどまでに不気味な外見で、かつ修道女を魔物がやっていたとしても納得できる。
「ところであなた方は見掛けない顔ですが、ティマさんのお知り合いの方ですか?」
「知り合いであり新たな村の住民だ。兄のタイトと妹のホーラだ。二人は……主神教徒だったか?」
「まあ……アレスのような戦いの神に憧れていたが、一応な」
「私はモックさんの事もあったからそこまでだけど……一応かな」
「あらま。信仰心が足りていませんよ。どうですか、私達のように堕落神様を信仰するというのは?」
「遠慮しておきます」
「そう、残念です」
そして何故か入信を勧められたが、即座に断った。
たしかに彼女の言う通り信仰心は足りていないし、神の言葉に従い魔物を滅ぼすなんて今この現状では全く従う気はないが……だからと言って堕落した神に信仰を変える気も無い。
「では、同じ村の住民として自己紹介を。私はダークプリーストのフーリィです。また入信したくなりましたら是非お声を掛けて下さいね」
「はい。まあ入信ではなくてもまた会ったら声を掛けますね」
強要はしてこないが、このまま長居をしてもフーリィさんのペースに乗せられてしまうかもしれないので、俺達はそそくさとその場から離れた。
「あの教会にはその他にもローパーの神官がいるからホーラは気をつけろよ。魔物になるならオレを頼ってぜひサバトに入会してくれ」
「なる気ないから。サバトってつまり魔女になれって事でしょ? 悪いけどお断りよ。たとえ今と昔が違っても魔女にいいイメージはないもの」
「そうか……まあお前は魔女じゃなくても素晴らしい魔術の才能があるからな。誰かさんの剣の腕前とは違って」
「誰かさんは俺の事か……なら今から試すか? こうしてきちんと剣も持ってきているんだぞ?」
「それはまた後でだ。ほら鍛冶屋に着いたぞ」
他愛のない話をしているうちに辿り着いた鍛冶屋は……やはり、五百年前もよくお世話になっていた鍛冶屋だった。
外見はほぼ変わらないその建物に、俺はどこか安堵をおぼえた。
「おいロロア、いるかー?」
「いるぜ! よく来たなお前達。ここがアタイの工房だ!」
そのいつも通りの建物から出てきたのは、先程会ったドワーフのロロアだった。
さっきと違い金槌を手に持ち、ゴーグルを掛けているロロア……小さな身体だが、こうしてみると職人に見えない事も無い。
「ところでタイトだっけか? あんたの持ってる剣、実はさっきから気になってたからさ、ちょいと見せてくれないか?」
「あ、ああ。別にいいが……」
そんなロロアはいきなり俺の剣を見たいと言ってきた。
そういえばさっきもちらちらと俺の剣を見ていた気がした……まあ、場所的にはここで作られたものだし、もしかしたら何か感じたのかもしれない。
という事で、俺は剣をロロアに渡した。
「ふーむ……そういえばあんた達、さっき五百年前から来たとか言ってたよな?」
「ああ。その剣は五百年前にこの鍛冶屋の工房で作られたものだ」
「やっぱりか。作りが先祖代々から伝わるそれと似ていたから気になっていたんだよ。五百年前というと……曾爺さんの曾爺さんのそれまた曾爺さん辺りの代かな。魔王交代直前で、アタイの先祖のドワーフが嫁入りしてないならその辺りかな」
「それはわからないが……名前はオルドさんと言っていた」
「じゃあ多分当たりだ。あまり先祖に詳しくはないから自信はないが、たしかそんな名前だった。その爺さんの息子がドワーフ一族と結婚して、今のアタイの代まで続いてるのさ」
「へぇ〜。あいつがドワーフを嫁にね……あ、私その息子と歳近かったから何度か遊んだ事あるんだよね」
「ほぉ。まあ言われてもアタイはその先祖に会った事ないから困るけどな」
剣をまじまじと見ながら話をするロロア。
自分の先祖が作った剣が余程気になるのだろう……話半分に剣の至る所を叩いてみたり、ジッと見ていた。
「なあ、この剣って今すぐ使う予定あるか?」
「え、ああ、ない……」
「残念だが一応あるぞ。預けるのならまた後日だな」
「そうか。それは残念だ」
そして、剣を詳しく調べたいのか俺にこの剣を使う予定があるか聞いてきた。
今の時代魔物が襲撃してくる事態には陥らないだろうし、そう使う機会も無いだろうと思ったのだが、ティマ曰く今すぐ使う予定があるらしい。
つまりそれは俺の職と関係があるようで……俺が就く職が何なのかなんとなくわかってきた。
「さてと、そろそろタイトの職場に向かわないといけないからこれで去る事にするよ」
「おう。タイト、あんたの剣が折れたり欠けたりしたらここへ持ってくるんだぞ。先祖の作った剣だから特別サービス料金で直してやるよ」
「それはありがたい。まあ出来るだけそうならないように大事には使うさ」
そんな俺の職場へ行く時間が近付いてきたらしいので、俺達は挨拶もそこそこに鍛冶屋を出発した。
「それで、結局俺の職場というのは……自警団か何かか?」
「流石にここまでの流れで予想付いたか。その通りだ」
職場へ向かう途中、俺は自分の就く職が何かを考えティマに聞いてみた。
同じ職だというジェリーの手は戦う者の手であり、またこのご時世剣が必要だという職で、魔物と戦っていたという経験を考えると自警団か何かかと思ったが、どうやら正解のようだ。
「なるほど、お兄ちゃんにはピッタリかも。じゃあ私は?」
「その後で行く。ホーラの方も自分がしている事を考えれば一発だ」
「へぇ……なんだろうな……」
ホーラのほうはまだ秘密にしておくみたいだが……大方魔術を扱うところなのだろう。
もしかしたらティマの所で働くのではないだろうか……魔女も大勢いるし、おそらくティマのサバトは魔術の研究をしているだろうから可能性はある。
「ほら着いたぞ。ここがタイトの職場、ティムフィトの自警団本拠地だ」
「村の中心から少し離れた場所か。この建物も五百年前には無かったな」
そして、村の中心部から外れたところにある大きな建物、自警団本拠地に到着した。
建物の前には、鋭い爪に虎の耳や尻尾を付けた女性……おそらく人虎が立っていた。
「やあ村長さん。その男が今日からうちに配属する五百年前から来たタイトって奴か?」
「ああそうだ。その時代ではオレと互角に戦っていた奴だ。一目見た感じではどうだ?」
「……そうだな。身体も出来ているし、確かに実力はありそうだ。ただ剣は似合わんな」
「おお。流石ジェニア。一発でそこまでわかるか。こいつは剣が好きだがメインは拳だ」
そして、俺をジッと品定めでもするように睨んできた。
どうやら事前に俺が何者かはティマからこの人虎に伝えてあったらしい……どうやら自警団長は彼女のようだ。
「なるほど。これは良い人材だ。もちろん歓迎しよう」
「だとよ。良かったなタイト。これでお前はこの自警団で働いてもらうからな」
「あ、ああ……よろしくお願いします」
「よろしく。私は自警団長のジェニアだ。旧魔王時代から来たというならわからないかもしれんが、種族は見ての通り人虎だ」
そして、ジェニアさんの御目に適ったようで、俺は晴れて自警団員になれたらしい。
握手を求められたので、俺も手を伸ばし握手を交わす……肉球が気持ちいいが、その力は俺以上、いや、かつてのティマ以上に感じた。流石人虎だ。
「じゃあオレはホーラを連れていくから、後は任せたぞ」
「ああ。ではタイトよ、とりあえず私に付いてくるんだ」
「わかりました」
俺はジェニアさんの後に付いていって、建物の中に入った。
果たして、自警団の仕事とは何をするのだろうか。
同僚となる人物はいったいどういうやつなのだろうか。
期待や不安や好奇心などが複雑に混じった感情の中、俺は人の気配がする扉を開けたのであった……
「まあ一応はな。家だけはいつも通りだったからな」
「ティマさんが女の子って事はやっぱ夢じゃなかったんだ……」
「おう、夢じゃねえぞ。まあオレもこの時代にお前達と会えた事は夢みたいだって思うしわからんでもないが現実だぞ」
ティマに言われたように俺達は朝7時半には起き、朝食と身支度を済ませティマを待っていた。
そして9時丁度になったところで玄関をノックする音が聞こえ、昨日見た幼女姿とまったく変わらないティマが約束通りやってきた。
「なあ、お前が持ってきた朝食はどうなってるんだ? さっき食ったのに温かかったんだが……」
「ああ。ありゃあ箱に保温魔術を掛けておいたんだよ。おかげでホカホカのスープを堪能できただろ?」
「なるほど。温かかったからかスープは特に美味かったよ。作ったやつに伝えておいてくれ」
「おう! そうかそうか美味しかったか……へへ……」
今日の朝は昨日の夜にティマが持ってきた朝食を食べた。
そういえば昨日何が入っているかを確認してなかったなと思いながら箱の蓋を開けたら、二人分の食パンと温かい野菜スープが入っていた。
昨日持ってきてずっと棚の上に置きっぱなしだったのにどうして温かいのかと疑問に思いながらも、俺達はその朝ご飯を食した。
ちなみに味は今言った通りかなり美味しかった。あれだけ大きな屋敷に住んでいるのだし、専用のコックでもいるのだろうか。
「それで今日は村の案内をしてくれるんだよね?」
「ああそうだ。それである程度回った後はそれぞれの職場に行って簡単な仕事内容の説明を受けてもらうつもりだ。ちなみにその間に業者に頼んでこの家の水道を使えるようにしてもらうからな。それとキッチンには薪を使わなくても熱を掛けれるようにルーンが掘ってあるプレートを埋め込むつもりだ。おそらくホーラなら使えるだろうからタイトはそれを見て覚える事。一応緊急用に薪は置いておくが、流石に自分達で割ってくれ」
「やった! 私昨日シャワー浴びれなくて悲しかったんだよね。それに料理もこれですぐ出来るようになるね」
今日は五百年も経って変わってしまった村を案内してもらい、そのまま俺達が就く職場まで連れて行ってくれるようだ。
「わりいなそこまで気が回らなくて。女の子だし身だしなみは綺麗にしたいわな」
「そうそう。ティマさんも女の子になったからわかるんだね!」
「ん? まあ……わからなくもないってとこだな。この通りオレはオスだった頃の感覚がまだ抜け切れてねえもんだからな」
「たしかに口調は柔らかくなったし声も可愛らしくなったけど言い方はほぼそのままだな」
「それ以外にも色々あるけどな。まあ立ちションする癖は200年前ぐらいに完璧に無くなったけどな」
ちょっとした会話を挟みながら、俺達は村を回り始めたのだった。
……………………
「そうだな……まずは商店とか生活に便利な所……と言いたいところだが、それよりもまずは最初にご近所回りだな。最低限両隣りの家の住民ぐらいは知らないと」
「それもそうだな」
ティマと共に玄関を出てまず向かったのは、俺達の家の隣にある家だった。
昔は隣と言えばもうちょっと距離があったのだが、今は人3人分の幅の向こうに家が建っていた。
つまりこの家の主は俺達が知らない人が住んでいるのだろう……というか、五百年も経っていて知っている人が住んでいたらそれはそれで驚きだが。
「おーい。誰かいないかー」
「はーい! いまでまーす!」
家の中から可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。
「そんちょーさんどうしましたかー?」
「やあイース。昨日隣の家に新しい……まあ正確には違うが……この家の隣に新たに住む事になった二人の紹介をしようと思ってな。オレの顔見知りだから案内がてらってとこだ」
「そーですか! はじめまして、わたしはイースです!!」
「私は隣に住んでいるホーラ。こっちはお兄ちゃんのタイト。よろしくねイースちゃん!」
家から出てきた女の子……イースちゃんは、声の通り幼い子で、人間ではなかった。
頭から可愛らしい角、腰から可愛らしい蝙蝠のような翼と尻尾を生やした、サキュバスの女の子だった。
「あらあら、何事かと思えばお隣に越してきた人ですか」
「そういえば昨日お隣から物音が聞こえたね。ティマさんのとこの魔女かと思ってたけど新たな住民か」
「へぇ……人間の兄妹か……」
「あ、どうもです」
「あ、おとーさん、おかーさん、それにおねーちゃん」
イースちゃんに挨拶をしたところで家の奥からぞろぞろと3人のサキュバスが出てきた。
角の形が違ったり身体に毛が生えていたりと若干姿が違うものの、3人ともイースちゃんと顔が似ているので親や姉妹だろう……サキュバスなだけあって全員若い見た目をしている為誰が親で誰が姉かはわからないが。
「ん? お父さん?」
「あ、はい。私がイースの父のウェークです」
「……はい?」
しかしながら、イースちゃんがお父さんと言ったわりにそれらしき人物は見当たらなかった。
だからお父さんはどうしたのかと聞こうとしたら……サキュバスの一人、ウェークさんが自分が父だと言い始めた。
「サキュバスなのに父親?」
「あ、私はアルプです。なので元は人間の男性でした」
「へぇ……はあ!?」
どうやらウェークさんは人間の男性がサキュバス化した魔物らしい。
「アルプ? そんな魔物も居るんだ……全員サキュバスかと思ってました。すみません……」
「初見では仕方ないかと。なのでお気になさらず」
「まあ旧時代ではほとんど見た事ないしな。インキュバス化する際女性化願望があると男も魔物になるんだよ」
「そ、そうなのか……」
女がサキュバスに変えられるというのは聞いた事があった。だが男はインキュバスならともかくサキュバスになるなんて知らなかった……魔物の中でしか知られていない秘術か何かかと思ったが、今の時代では稀に起こる事みたいだ。
「というか全員サキュバスかと思ってたって言ったけど、たしかウェークの家はサキュバスは母親のモンローだけだったよな?」
「ええそうです。私はサキュバスですが、ウェークはアルプ、上の娘のジュリーはレッサーサキュバス、それと下の娘のイースはアリスです」
「へぇ〜、全員サキュバスかと思ってたのですが違うんですね……」
それどころか、このサキュバス一家は正確には全員種族が微妙に違うみたいだ。
たしかに、ジュリーという娘は他の人達と比べて翼が小さく色も薄い……人からサキュバスへ変えられた娘なんだろう……
「あれ? レッサーサキュバス?」
「はい。私……というかイース以外は皆人間でしたので。昔人間だった母が旅行先で過激派のサキュバスに襲われてサキュバス化し、その母がサキュバスになるまでセックスを重ねた結果どうやら母のような女性に憧れていた父が魔力によってアルプ化、その時に母の胎内で残っていた精子が奇跡的に受精してイースが産まれました。ただイースは今年でもう18ですが未だ幼い頃の姿をしているので突然変異のアリスだという事です。それで私はしばらくは人間でしたが家族全員魔物なのに一人だけ人間でちょっとした孤独感があったのでつい最近母の手によって魔物にしてもらったのです。ですがまだいい男性に出会えていないのでこうしてレッサーサキュバスのままなのです」
「え? ごめんよくわからなかった」
「まあ要約するとサキュバスに襲われ同属化した母親が父親を襲った際その父親も女性化願望があった為アルプ化、そんでその時搾った精子が子を成した。ただその子は幼少期の姿から成長せず、また唯一人間だったジュリーも寂しくて魔物になったって事だな」
「いや、どちらにしろよくわからんが……まあとにかく元は人間の一家だったがサキュバスに襲われていろいろあった結果一家全員サキュバスになったけどその中でも細かい種族はバラバラになったって事だな」
「はいまあそういう事です」
何故サキュバスの子がレッサーサキュバスなのだろうかと疑問に思ったが、元々は全員人間だったみたいだ。
ただ説明が早口かつこの時代の魔物の生態をあまり知らないがためによく理解できない部分があったのでなんとなくしかわかっていない。過激派と言われてもサッパリだ。
それ以外にわかった事は実はイースちゃんは妹と同い年という事だけだった。
「そうだ。タイトさん、あなた恋人とかいます?」
「え、いや、いませんが……」
「そうですか……では、4人程いっぺんに愛せたりしませんか?」
「えっ!?」
「おいおいタイトを困らせるな。こいつは複数の妻を娶るという概念がそもそもねえよ」
「そうですか……それは残念」
それに、今のウェークさんの発言もよくわからない。
いや、サキュバスの一家だし、全員を愛してくれる男が必要だという事はなんとなくわかるが……今この時代一夫多妻制をとる魔物が普通なのだろうか。
もちろんティマの言う通り俺にその気はない……というか絶対無理だ。
「まあ隣同士仲良くしてやってくれ。それにタイトはジュリーと同じ職場だしな」
「え、そうなのですか?」
「ああ。まだこいつにはどこの職場かは言ってないけどな。またいろんな場所に案内してから連れていく」
「そうですか……それでは今後ともよろしくお願いしますね!」
「ああ、よろしく」
ティマ曰く俺はジュリーが働いている場所で働く予定らしい。
つまり俺とジュリーは同僚になる。という事で俺達は互いに握手をした。
その手が女性にしては少し強く、豆みたいな硬さも掌に感じた……なんとなくティマが俺に就かせようとしている職種がわかってきたが、まだ絞り切れない。
「そしてゆくゆくは……」
「へ? 何か言いました?」
「おい、そろそろ次行くぞ。時間は多めに取ってあると言ってもそんなにのんびりは出来ねえからな」
「おうわかった。それではまた後で会いましょう。今後ともよろしくお願いします」
「あ、はい。お願いします」
ジュリーが手を握りながら何か呟いたが、よく聞き取れなかった。
なので聞き直そうとしたらティマが突然次に行くと言ってきたので、聞き直すのは諦めて手を離し、もう一件の隣の家に向かった。
「タイト、今後も気をつけろよ。サキュバスは昔から好色な魔物だし、レッサーなら余計に男を求めてくるからな。気がついたらチンコ咥えられてるとかシャレにならねえからな」
「え、あ、ああ……わかった。それで話を変えるが、次はもう片方の家だな」
「こっちも魔物の住民?」
「ああ、ウェークのとこみたいに一家全員魔物じゃないけど魔物は住んでるぞ。おーいセック、いるかー?」
俺達の家を挟んだ反対側の家……こちらも昔は無かった家だ。
その家の玄関でノックをしながらティマが叫び、出てきた人物は……
「はい村長さん、なんですか?」
「よっす。隣の家に新たに住む事になった二人の紹介をしようと思ってな。オレの顔見知りだから案内がてらってとこだ」
「なるほど。どうりで昨日は隣からやけに物音が聞こえたのか。僕はセック。しがない小説家さ。よろしく」
「ああよろしく。俺はタイト。こっちは妹のホーラだ」
「よろしくお願いします」
セックという人物は、黒く長いぼさぼさの髪と猫背が印象的な、おそらく歳は俺と同じくらいの男性だった。
言っては悪いが少し不健康そうだ……まあ小説家と言ったし、現在は忙しくてそう身の形振りに構っていられないのだろう。
「なあセック、ミーテはどうした?」
「ミーテは引っ込み思案で恥ずかしがり屋ですのであまり人前に出てこないので……でもお隣さんの挨拶ですし呼んできます」
それと、どうやらもう一人この家には住民が……話からして魔物がいるらしい。
ミーテという人物は引っ込み思案らしく、中々人前には出てこないらしいが、俺達に挨拶させる為に連れてくるらしい……
そして、一度奥まで戻ったセックが連れてきたのは……
「……妖精?」
「ああ。リャナンシーのミーテだ。ほら、お隣さんに挨拶するんだ」
「は、はじめまして。ミーテです……」
「はじめまして。タイトです」
「同じくはじめまして。ホーラです」
両手で身体を包みこめるサイズの人間……いや、妖精だった。
彼女はリャナンシーという妖精らしい……たしかに引っ込み思案かつ恥ずかしがり屋のようで、ずっともじもじして顔を合わせようとしない。
「まあこんな調子ですが仲良くしてくださいな」
「はい! そういえばセックさんはどんな小説を書かれているのですか?」
「いろいろあるが、一番多いのは健全、非健全を含めて恋愛ものさ。あまり似合わないってよく言われる」
「へぇ……店なんかに置いてあったりしたら読んでみます!」
「ありがとう。それじゃあ僕は新作の作業に取り掛かるから、またよろしくね」
「おう。頑張れよ!」
そう言ってそそくさと家の中に戻っていった二人……やはり忙しかったようだ。
そんな時に訪問して悪かったなと思いながら、俺達は村の中心へと移動を開始した。
「次はどこに行くんだ?」
「次は村にある大きな店2件だな。2つともで売ってる物が違ったりするから両方知っていてもいいだろうからな」
村の中心部へ向かう俺達。次は店を案内してくれるようだ。
昨日の夜と違い今日は人間女性の姿もちらほら見掛ける……が、やはり人間には無いものを持った女性の方が多いみたいだ。
「じゃあまずは近いほうだな。こっちは主に食料品や生活必需品なんかが売ってる店だ。媚薬や魔界の植物なんかも売ってるが……まあ今のお前達にはあまり関係ない話だな」
「あっ! ねえお兄ちゃん、このピンクのってこの時代に来たときに見掛けたやつじゃない!?」
「ああそうだな。ティマ、これは……」
「それは虜の果実ですよー。その名の通り虜になる美味しさを持った魔界特有の果実です。おひとついかがですか?」
ピンク色の小奇麗なお店に辿り着いた俺達がまず目についたものは、この時代に着いてから初めて目にしたピンク色でハート形の果実だった。
いったいこれは何かとティマに聞こうとしたところで、店の奥から狸と人を足して2で割ったような女性が出てきた。
狸という事で、おそらく遠方の地ジパング特有種の刑部狸新魔王版だろう……狸耳や尻尾、足に生えた毛皮以外は人間と同じような見た目なのでハッキリとした自信はない。
「魔界特有? たしかこの近くにも生えてるのを見たんだけど……」
「ああ。だってここは魔界に近いって昨日ウェーラが言ったろ。この村はまだ魔界程魔力が溜まってないが、明緑魔界っていう近年発生するようになった人間界とあまり見た目が変わらない魔界に近い状態になってるからな。違いは人間が人間のまま過ごせるかどうかってぐらいだな」
「へぇ〜。だから魔界特有の植物が生えてるって事か?」
「そうですね。この虜の果実と隣に置いてある夫婦の果実はこの地で採れたものですよ」
で、その虜の果実だが、どうやら魔界の植物らしい。
どうしてそんなものがこの村付近に生えているのかと思ったが、そういえば昨日この村は魔界に近いから魔物も多く集まると説明していた気がする。それならば魔界の植物が生えていても不思議ではない……かもしれない。
「魔物化効果はありますが、一つぐらいではまずしないのでおひとつ買っていきませんか?」
「あー、じゃあ後で一つだけ買ってみようかな……まだいろいろと見て回る予定ですし今買っても余計な荷物になるので」
「あ、言っておくがこの二人は観光客じゃなくて新たな住民だからな」
「えっそうだったのですか。てっきりティマさんのお客様かと思ってましたよ。では今後もごひいきにお願いします。私はこのショップラクーンの店長をしている刑部狸の香恋です」
「香恋さんですね。私はホーラ、こっちは兄のタイトです。こちらこそお願いします」
店長でありやはり刑部狸だった香恋に挨拶した後、とりあえず後でまた買いに来るという事で何も買わずに店を出た俺達。
このお店にはパンや野菜、ジパングの米など普通の食料も沢山売られていたので、今後も生活していく上で絶対お世話になるだろう。
「それではまたのお越しをお待ちしております。あっちより品ぞろえは豊富にあるのでぜひうちだけをお願いしますね!」
「あ、はい。まあそこはもう一件のお店を見てから考えますので」
「さて、じゃあもう一件の店に……おや、あれは……」
怪しい笑みを浮かべる香恋を背にショップラクーンを出て、俺達はティマの言うもう一件の店に向かう途中、誰かを見つけたようだ。
その目線の先を追ってみると……何やら全身緑色というか植物の葉で出来た服で固めている長身の女性と、だぼだぼの作業着を着たイースちゃんよりも見た目は小さな女の子が何やら話しながら歩いていた。
「なあエロフ、その服いつも着てる気がするけど他に持ってないのか?」
「同じのを何着も持ってるだけよ。この服が一番落ち着くしね。そういうぺドワーフこそそんなおしゃれも何もないだぼだぼ作業服ばかりじゃない」
「そりゃこの服だとすぐに仕事できるし、ポケットも多いから何かと便利だしな。それに俺は淫乱痴女のお前と違ってモルダ以外に肌を見せる気ないからな」
「あら、別に私も他の人に見せつけてるわけではないわよ。仕事バカのあなたと違ってモルダにいつでも見てもらえるようにしてるだけよ」
いや、話しながらというよりは悪口を言い合ってというか、罵り合いながら歩いていた。
おそらく葉っぱのほうは耳が長い事からしてもエルフだと思うが……もう片方はなんだろうか。
エルフと仲悪い種族と言えば……大概仲は悪い気がするけど、その中でも特に仲が悪いのは……魔物ではない気はするがドワーフだろうか。
「おーいミラ、ロロア! 相変わらず仲良さそうに歩いてるな」
「あら村長さん。こんにちは」
「どうしたんだ村長? 今日は特にやる事ないのか?」
「失礼な。今日は仕事で村を歩いてるんだよ。まあたしかに暇な時もこうして村中を散歩してるけどさ……」
そんな二人と顔見知りなのか、仲が良さそうと見当違いな気がする言葉を投げかけて呼びとめたティマ。
背の高いエルフらしき女性がミラ、背の低いドワーフらしき少女がロロアという名らしい。
「仕事? そういえば見知らぬ人間二人を連れているようだな。どうしたんだ?」
「この村に新たに住む事になった兄妹で、兄がタイト、妹がホーラだ。元々五百年前にこの村に住んでたがいろいろあってこの時代に流れ着いてまた住む事になったから顔見知りだもんでオレが直々に案内してるんだよ」
「……は? まあよくわからないですがとりあえず新たな住民なんですね。これからよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
とりあえずお互いに挨拶を交わす。握手も求められたので、こちらも握手で返した。
「失礼かもしれんが、エルフにしては人間と握手する事に抵抗無いんだな」
「ええ。魔物化もしてますしね。たしかにエルフの里にいた時は意味も無く嫌悪してましたが、今は人間の夫であるモルダと関わる事で人間への嫌悪感など全く抱いていません」
「まああのクソみたいな種族であってもモルダという人間に触れれば嫌いになるわけがないからな」
「ええ、ちんちくりんの言う通りです」
「え、はあ……」
人間嫌いで有名なエルフに握手を求められるとは思っていなかったので、失礼と思いながらも聞いてみた。
どうやら魔物化した事と人間の夫を手に入れた事でそこら辺は解決したみたいだ。今の時代は本当に他種族交流が上手くいっている気がする。
「ところで……お二人って仲いいんですか? 悪いんですか?」
「失礼だな。良いに決まってるだろ?」
「初対面の方は決まってそう言いますが、共通の夫を持つオレンジ頭とは似通ってる部分もありますし、ドワーフでも仲良くしていますよ。まあたしかに彼女以外のドワーフは嫌いですが」
「そうそう。アタイもエルフ自体は気にいらないけど、同じモルダに惚れた同士、アタイと緑ヘアーは息がぴったりな程仲が良いぞ。趣味や嗜好も意外と似てるしな」
「……そうですか……」
とはいえ、エルフとドワーフの仲もいいのかと思えば、そうではないようだ。
ただ目の前の二人は共通の夫と趣味を持つ為か仲が良い……らしい。悪口らしきものを言い合っているので本当に仲が良いとは思えないが。
「まあこいつらは真面目な時以外互いを本名で呼ばないからな。これでも本当に仲は良いぞ。あ、後でロロアの鍛冶屋に行く予定だから開けといてくれよ」
「おうわかった。今は客にナイフを届けてた帰りだから今すぐでなければ多分開けてあるからいつでも来な!」
そうして二人は手を繋ぎながら去っていった。会話さえ聞かなければたしかに仲は良さそうである。
ティマが言うにはどうやらロロアのほうは鍛冶屋をやっているようだ……もしかしたらよくお世話になっていた鍛冶屋の後継者だろうか。
「さて、それじゃあもう一件の店、ゴブゴブ商店に向かうか」
「なんか発音しにくい店の名前だな」
「慣れればすぐ言えるさ。こっちは食品とかは少ないけど科学や魔術に使う薬草や道具なんかを多く売っている。古くから、それこそオレがこの町の村長になる前からある店だし、サバトとしてもよく利用するのだが、いかんせん一般的な需要はさっきの店の方があるという……」
「……行く前からマイナス情報を与えるなよ……」
しばらく歩いていると、質素な作りのお店、ゴブゴブ商店の前までやってきた俺達。
「わあっ! 本当に魔術に使う道具を扱ってる! 私が知ってる物から見た事ないものまで沢山ある!」
「いらっしゃい! ここの棚に置いてあるものはオイラ自慢の商品っす! その木くずはこっちの赤い葉と合わせて火をつけると大きな音を発しながら燃えるから獣避けに最適っすよ! またウンディーネの水に溶かせば1滴で相手を興奮状態にする媚薬にもなるっす!」
中に入ると……普通の飲食物もちょっとはおいてあるものの、たしかに薬草や魔道具など、一般受けしなさそうな物が多く売っていた。
ただ、妹はそういった魔具の類が好きな為、さっきのお店よりも目を輝かせながら店内を回っている。
そんな妹の元に近寄ってきた店長らしき人物……赤髪に角が生え八重歯が光る少女が商品の紹介をしにきた。
見た目からしてこの少女も魔物だろうけど……俺がいた時代の魔物の内どれかがサッパリわからない。
「……ってあれ? お嬢ちゃんどこかで……」
「え? 私の事知っているの?」
「あ、いや……きっと気のせいっす。だってお譲ちゃんは人間っすよね? ならありえないっすから……」
そんな少女は妹の顔を見て誰かを思い浮かべたようだ。
「いや、案外知り合いかもしれんぞ? なんせこいつらは原因は不明だが五百年前から現在にタイムトラベルしてるからな」
「え……じゃ、じゃあお嬢ちゃん……名前は?」
「えっと……ホーラだけど」
「!?」
俺達は五百年前からきたのだからきっとその人物は妹とは別人だろう……とは言い切れない。
なんせ魔物の寿命は人間より長い……実際に俺達と戦ってきたティマがこうして健在なのだから、あの時代から生き続けていてもおかしくはない。
それに俺は妹の人間関係を全部把握しているわけではない……もしかしたら妹は妹で俺とティマのように因縁の相手がいた可能性だってある。
だから知り合いかもしれない……という事で妹が名乗り上げたら、少女はかなり驚いた顔をした。
「じゃあやっぱりお嬢ちゃんはホーラちゃんっすか!」
「やっぱりって……あなたは誰?」
「誰って……あそっか。わかるわけないっすよね。ほらホーラちゃんよくオイラから拘束型触手の種とか雨降らす道具のレインスモークとか買っていたっすよ」
「え……じゃあもしかして……あなたはモックさん?」
「その通りっす! いやあめちゃくちゃ久しぶりっすねホーラちゃん!」
「まだ最後に会ってから1週間も経って……あそっか。こっちだともう五百年以上会ってないんだったね」
「そうっすよ! ある日を境に全く現れなくなったからホーラちゃんが言っていた残忍で凶悪で陰湿な魔物に殺されて食われてしまったかと思って悲しかったんすからね」
「おいこらホーラ。お前オレの事そんな風に言ってたのかよ」
「あ、その魔物ってティマの事だったんすね。なるほどだから自慢の魔道具でもなかなか退治できなかったんすね」
「いやだってティマさん当時は実際に人間襲ってたし食べてたじゃん。まあ陰湿はウェーラの事だけどさ」
どうやら知り合いだったらしい。
しかし、魔物から商品を買っていたとは……
「おいホーラ、どういう事だ?」
「あ、えーっと……実はお兄ちゃんに心配掛けたくなかったから秘密にしてたんだけど……あの魔道具の内半分以上はゴブリンのモックさんから買ってたの。村の裏路地にひっそりと露店を開いていてね。ゴブリンだって結構早くから気付いてたけど便利で強くて面白くてワクワクするものを売ってたから通ってるうちに仲良くなって……」
「なるほどな。だから人間が持っている事自体おかしいものまで使ってきてたってわけか。そういえばモックは旧時代から人間が好きな変わり者だったと前に聞いたな」
「そうっすよ。オイラは昔からこの村で人間相手に商売してたっす。ゴブリンだってばれないように全身すっぽりと布で覆い隠し、なんとか覚えた文字とジェスチャーだけで商売してたんすけど、それだとあまり買ってくれる人居なかったすからね〜」
「たしかに私以外はあまりお客さんいなかったよね。何回かは物珍しげに買っていった人達も見たけど、店主が不気味だって言ってたね」
「そういうことか……」
妹がティマやその他凶悪な魔物との戦いに使用していた数々の魔道具……村で売っている物もいくつかはあったが、その大半がどこから入手しているのかわからなかった。
何か危ない事でもしているのではないかと思っていたが、まさか魔物の店を使っていたとは……だが、だからこそティマ達も驚くようなものまで持っていたのかと思えば、不思議と納得は出来た。
それと、この少女は今の時代のゴブリンらしい……醜く筋肉質な子鬼の魔物がこんな可愛らしく丸っこい角少女になっているなんて予想付くわけがない。変わり過ぎである。
「いやしかしモックさんも見事に女の子になってるね。しかも人間の言葉まで使えるようになってるし」
「言葉や姿は魔王様が交代した時にっすね。人間と共存できるように基礎知識として全ての魔物の身に着いたようっす。そのおかげで全身に布を被って商売しなくて良くなって、始めの内は頭巾を被って、そしてこの村が魔物を受け入れるようになってから完全に正体を晒して商売して、稼いだお金でこうして大きな店を持てるようになったっすよ!」
「よかったねモックさん! 昔から大きな店を持つ事を夢にしてたもんね!」
しかし本当にゴブリンのモックと妹は仲が良さそうだ。
そういえば妹はいつも凶悪な魔物は許せないとか凶悪な魔物は早く消えてほしいとかやたら魔物の前に凶悪という単語を付けていた気がする……それは、当時から凶悪ではなかったモックと仲が良かったからだろう。
今こそ魔物と人間は共存可能なようだが、俺達が生きていた時代でも多少は出来たみたいだ……そう考えると、何も考えずに魔物退治をしていたのが少し悔やまれる。
「それでホーラちゃん、一つ頼みが……」
「ん、何?」
「あの狸の店じゃなくてオイラの店だけ利用してくれないっすかね?」
「……ごめん。いくらモックさんの頼みでもそれは難しいよ。あっちとこっちじゃ売っている物が違うし……」
「……まあそうっすよね。いやあ最近現れたあの狸に客が取られてるっすからね〜……旦那ともども頭を抱えてるんすよ」
「へぇ……それは大変って旦那さんいるの!?」
「まあこのように少女の姿になったっすからね。オイラに惚れた旦那さんがいるんすよ。今は丁度隣町の取引先に行ってもらってるっすから紹介出来ないんすけどね。親元を離れているけど娘だっているっすよ!」
「へぇ〜……おめでとう!」
そして店長同士はあまり仲良くないらしい。
まあ、客が取られたとなれば良い気分ではないだろう。
香恋もさっき自分の所だけを使えと言っていたし、実際モックと香恋の仲はかなり悪いとみて間違いなさそうだ。
「盛り上がっているところ悪いが次の案内行くぞー」
「あ、うんわかった。それじゃあまたねモックさん!」
「ああ。ホーラちゃんなら毎日10%オフだからいつでも買いにくるっすよ!」
蚊帳の外になりつつあった俺とティマは互いに視線を合わせた後、次に向かうために話を遮って店を出たのであった。
「じゃあ次はさっき会ったロロアの鍛冶屋に向かうが、たぶん今頃戻ったところだろうから途中の店や施設を説明しながら向かうぞ」
「ああ。ところで鍛冶屋はなんとなくわかるが、その途中に教会も無かったか?」
「あるぞ。じゃあ鍛冶屋は思い浮かべてるので当たってると思うな。まあ教会のほうは想像もつかんだろうけどな」
「ん?」
店を出た後、先程のドワーフが開いているという鍛冶屋に向かう俺達だが、方角的には俺達が知っていそうな鍛冶屋があるほうへ向かっていた。
「その蜘蛛の巣柄の看板が服屋な。店主はアラクネで質もいい。女性物が中心だが一応男性ものも取り扱っているぞ」
「なんか可愛い服がいっぱいある!今これしか服がないし後で買いに行こう!」
「そんでその牛乳の看板がある店はホルスタウロスが経営してるカフェだ。ホルミルクをふんだんに使ったカフェオレはかなり美味いぞ」
「ミルクか……そこまで言うなら一度味わってみたいな」
「それでカフェの向かいにあるのが人間の老夫婦が開いている本屋だ。セックの本もあそこで取り扱われているからな。ちなみに立ち読みは禁止だ」
その途中にも様々な店があった。
服屋に飲食店、病院など生活に深く関わる店から、本屋やおもちゃ屋、花屋など趣味に関わる店まで様々だ。
その中には五百年前にもあった店なんかもある……流石に店の主人は変わっているが、こうしてまるっきり変わったわけじゃないところがどこか安心する。
「それでまあ……ここが教会だ」
「……え?」
「教……会? これが?」
中心部を少し抜けた先に、やたら不気味な装飾がなされている建物が見えてきた。
ここはたしか教会があったはずだよなと思っていたら、まさにこの建物が教会だというティマ。
神聖さなどかけらも無いが……たしかに装飾を除けばかつての教会のように見えなくもない。
「あらティマさん。お祈りですか?」
「まさか。オレはサバトだけで十分だ。主神だろうが堕落神だろうが祈る気はないさ」
「それは残念です……が、他に信念がある人に強要しても良くないですからね」
そこから出てきた修道女は……少なくとも人間ではなかった。
黒くやたら露出が高い修道着で身を包む女性の腰からは、黒い羽と鎖が巻かれている尻尾が生えていたし、被り物でわかりにくいが太く捻じ曲がった角も生えている。
「えっと……ここは教会ですよね?」
「はい。主に堕落の神を崇拝している者の為の教会です。とはいえ、元は主神を奉っていましたし、中には他の神を慕う人もいますので、他に迷惑をかけなければどの神に祈りを捧げていても特に問題はありません。我らの神は小さな器ではないですからね」
堕落した神を崇拝……たしかに、そう言われればこれほどまでに不気味な外見で、かつ修道女を魔物がやっていたとしても納得できる。
「ところであなた方は見掛けない顔ですが、ティマさんのお知り合いの方ですか?」
「知り合いであり新たな村の住民だ。兄のタイトと妹のホーラだ。二人は……主神教徒だったか?」
「まあ……アレスのような戦いの神に憧れていたが、一応な」
「私はモックさんの事もあったからそこまでだけど……一応かな」
「あらま。信仰心が足りていませんよ。どうですか、私達のように堕落神様を信仰するというのは?」
「遠慮しておきます」
「そう、残念です」
そして何故か入信を勧められたが、即座に断った。
たしかに彼女の言う通り信仰心は足りていないし、神の言葉に従い魔物を滅ぼすなんて今この現状では全く従う気はないが……だからと言って堕落した神に信仰を変える気も無い。
「では、同じ村の住民として自己紹介を。私はダークプリーストのフーリィです。また入信したくなりましたら是非お声を掛けて下さいね」
「はい。まあ入信ではなくてもまた会ったら声を掛けますね」
強要はしてこないが、このまま長居をしてもフーリィさんのペースに乗せられてしまうかもしれないので、俺達はそそくさとその場から離れた。
「あの教会にはその他にもローパーの神官がいるからホーラは気をつけろよ。魔物になるならオレを頼ってぜひサバトに入会してくれ」
「なる気ないから。サバトってつまり魔女になれって事でしょ? 悪いけどお断りよ。たとえ今と昔が違っても魔女にいいイメージはないもの」
「そうか……まあお前は魔女じゃなくても素晴らしい魔術の才能があるからな。誰かさんの剣の腕前とは違って」
「誰かさんは俺の事か……なら今から試すか? こうしてきちんと剣も持ってきているんだぞ?」
「それはまた後でだ。ほら鍛冶屋に着いたぞ」
他愛のない話をしているうちに辿り着いた鍛冶屋は……やはり、五百年前もよくお世話になっていた鍛冶屋だった。
外見はほぼ変わらないその建物に、俺はどこか安堵をおぼえた。
「おいロロア、いるかー?」
「いるぜ! よく来たなお前達。ここがアタイの工房だ!」
そのいつも通りの建物から出てきたのは、先程会ったドワーフのロロアだった。
さっきと違い金槌を手に持ち、ゴーグルを掛けているロロア……小さな身体だが、こうしてみると職人に見えない事も無い。
「ところでタイトだっけか? あんたの持ってる剣、実はさっきから気になってたからさ、ちょいと見せてくれないか?」
「あ、ああ。別にいいが……」
そんなロロアはいきなり俺の剣を見たいと言ってきた。
そういえばさっきもちらちらと俺の剣を見ていた気がした……まあ、場所的にはここで作られたものだし、もしかしたら何か感じたのかもしれない。
という事で、俺は剣をロロアに渡した。
「ふーむ……そういえばあんた達、さっき五百年前から来たとか言ってたよな?」
「ああ。その剣は五百年前にこの鍛冶屋の工房で作られたものだ」
「やっぱりか。作りが先祖代々から伝わるそれと似ていたから気になっていたんだよ。五百年前というと……曾爺さんの曾爺さんのそれまた曾爺さん辺りの代かな。魔王交代直前で、アタイの先祖のドワーフが嫁入りしてないならその辺りかな」
「それはわからないが……名前はオルドさんと言っていた」
「じゃあ多分当たりだ。あまり先祖に詳しくはないから自信はないが、たしかそんな名前だった。その爺さんの息子がドワーフ一族と結婚して、今のアタイの代まで続いてるのさ」
「へぇ〜。あいつがドワーフを嫁にね……あ、私その息子と歳近かったから何度か遊んだ事あるんだよね」
「ほぉ。まあ言われてもアタイはその先祖に会った事ないから困るけどな」
剣をまじまじと見ながら話をするロロア。
自分の先祖が作った剣が余程気になるのだろう……話半分に剣の至る所を叩いてみたり、ジッと見ていた。
「なあ、この剣って今すぐ使う予定あるか?」
「え、ああ、ない……」
「残念だが一応あるぞ。預けるのならまた後日だな」
「そうか。それは残念だ」
そして、剣を詳しく調べたいのか俺にこの剣を使う予定があるか聞いてきた。
今の時代魔物が襲撃してくる事態には陥らないだろうし、そう使う機会も無いだろうと思ったのだが、ティマ曰く今すぐ使う予定があるらしい。
つまりそれは俺の職と関係があるようで……俺が就く職が何なのかなんとなくわかってきた。
「さてと、そろそろタイトの職場に向かわないといけないからこれで去る事にするよ」
「おう。タイト、あんたの剣が折れたり欠けたりしたらここへ持ってくるんだぞ。先祖の作った剣だから特別サービス料金で直してやるよ」
「それはありがたい。まあ出来るだけそうならないように大事には使うさ」
そんな俺の職場へ行く時間が近付いてきたらしいので、俺達は挨拶もそこそこに鍛冶屋を出発した。
「それで、結局俺の職場というのは……自警団か何かか?」
「流石にここまでの流れで予想付いたか。その通りだ」
職場へ向かう途中、俺は自分の就く職が何かを考えティマに聞いてみた。
同じ職だというジェリーの手は戦う者の手であり、またこのご時世剣が必要だという職で、魔物と戦っていたという経験を考えると自警団か何かかと思ったが、どうやら正解のようだ。
「なるほど、お兄ちゃんにはピッタリかも。じゃあ私は?」
「その後で行く。ホーラの方も自分がしている事を考えれば一発だ」
「へぇ……なんだろうな……」
ホーラのほうはまだ秘密にしておくみたいだが……大方魔術を扱うところなのだろう。
もしかしたらティマの所で働くのではないだろうか……魔女も大勢いるし、おそらくティマのサバトは魔術の研究をしているだろうから可能性はある。
「ほら着いたぞ。ここがタイトの職場、ティムフィトの自警団本拠地だ」
「村の中心から少し離れた場所か。この建物も五百年前には無かったな」
そして、村の中心部から外れたところにある大きな建物、自警団本拠地に到着した。
建物の前には、鋭い爪に虎の耳や尻尾を付けた女性……おそらく人虎が立っていた。
「やあ村長さん。その男が今日からうちに配属する五百年前から来たタイトって奴か?」
「ああそうだ。その時代ではオレと互角に戦っていた奴だ。一目見た感じではどうだ?」
「……そうだな。身体も出来ているし、確かに実力はありそうだ。ただ剣は似合わんな」
「おお。流石ジェニア。一発でそこまでわかるか。こいつは剣が好きだがメインは拳だ」
そして、俺をジッと品定めでもするように睨んできた。
どうやら事前に俺が何者かはティマからこの人虎に伝えてあったらしい……どうやら自警団長は彼女のようだ。
「なるほど。これは良い人材だ。もちろん歓迎しよう」
「だとよ。良かったなタイト。これでお前はこの自警団で働いてもらうからな」
「あ、ああ……よろしくお願いします」
「よろしく。私は自警団長のジェニアだ。旧魔王時代から来たというならわからないかもしれんが、種族は見ての通り人虎だ」
そして、ジェニアさんの御目に適ったようで、俺は晴れて自警団員になれたらしい。
握手を求められたので、俺も手を伸ばし握手を交わす……肉球が気持ちいいが、その力は俺以上、いや、かつてのティマ以上に感じた。流石人虎だ。
「じゃあオレはホーラを連れていくから、後は任せたぞ」
「ああ。ではタイトよ、とりあえず私に付いてくるんだ」
「わかりました」
俺はジェニアさんの後に付いていって、建物の中に入った。
果たして、自警団の仕事とは何をするのだろうか。
同僚となる人物はいったいどういうやつなのだろうか。
期待や不安や好奇心などが複雑に混じった感情の中、俺は人の気配がする扉を開けたのであった……
13/10/25 22:11更新 / マイクロミー
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