連載小説
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幹部殿に研究報告をしている前編
「今回はどのような素晴らしいものを見せてくれるかな…」

今回ワシは教団の幹部として、数ある附属研究所の中でも特に大きく実績のある研究所の研究結果を見に来た。
この研究所で作成している主なものは憎き魔物に対抗できる道具だ。
他にも魔物を捕獲し、魔力抽出や実験を行ったり、魔物が持つ技術を奪っていたりしているとのこと。
ワシは初めて行くのだが、毎回この研究所に報告を聞きに言っていた者達は口をそろえて『素晴らしい』と言っていたので楽しみである。

おっと、馬車が止まった。どうやら到着したようだ。
馬車から降りると、この研究所の所長と思われる男と、この研究所に配属している天使様が入り口でワシを出迎えてくれていた。

「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます。早速ですがこの研究所で行っている研究の成果についてご報告させていただきます…」
「うむ、期待しておるぞ」
「ありがとうございます。ではこちらへ…」



男に案内され、ワシは大きな扉の前まで来た。

「この先では様々な研究を行っています。中には魔物やその魔力が沢山溢れている部屋もあります。そこで、ここから先は魔力に干渉する道具類を一切持ち込まないようにしていただきたいのです」

男がワシにそう注意をしてきたが、少し疑問がある。

「ちょっとまて!それは魔力を遮断する物もか!?」
「はい」
「おいおい…魔物の魔力に当たり続けるのはまずいのではないのか!?」

確か魔物の魔力に当たり続けると人間をやめる羽目になってしまうはずだ。
いくらなんでもそれはまずいと思うのだが…

「心配ございません。この研究所内の魔物の魔力は全て特殊な装置の中にあり、エンジェル殿の力で漏れ出さないようにしてあります」
「そうなのですか天使様!?」

そんなすごい事が出来るのかを天使様に聞いてみた。

「はい。ですが、それはとても繊細なものなのです。なので少しでも魔力に干渉する道具などによって魔力の流れや大きさが変わってしまうとワタシのや魔物達の魔力が暴走し、最悪この研究所が吹き飛んでしまいます」
「そ、そうですか…ではここに置いておけばいいか?」
「はい、ご理解の方ありがとうございます」

研究所が吹き飛ぶほどの事になってしまうのはまずいので、ワシは素直に魔力が干渉する道具を置いておく事にした。

「では、早速ですがこの扉の中へ…」

これから研究内容が見れるようだ。
ワシは期待を胸に所長と天使様の案内についていった。


========[Case.1]=========


「では、まずはこちらをご覧ください。この研究所で製造されている道具や兵器の主な開発場の一つです」

案内されたのは、大きなガラス板で2つに分割された部屋だった。
ガラス板の向こうには小さな子供がなにやら木材と石、それと少しの金属でできた大きな箱型の物を造っていた。

「あれは…ドワーフか?」
「流石は幹部殿!よく知っていますね!」
「ん?お前はなんだ?」

この部屋に元からいた元気な男がいきなり声をかけてきた。
白衣を着ており、胸にはこの研究所の職員である証のバッジがついているので研究員だろう。

「私はこの部屋の報告者です。早速ですが報告をしたいと思います!」
「そうか、ではまずここでは何をやっているのかね?」

ガラス板の向こうでドワーフが何かを造っているのはわかるが、それ以上の事がさっぱりなので早速聞き出す事にした。

「ここでは捕虜として連れてきたドワーフに、夫の解放を条件として様々な対魔物兵器を製造させています!」
「ほう…で、今は何を造らせているのだね?」
「現在はあの箱の中に魔物をおびき寄せ、熱の魔法で中に入っている水を蒸発させ、その蒸気の高温で全身を火傷させて蒸し殺す兵器を製造させているところです!」

なんと怖ろしい…全身火傷なんてとてもじゃないが想像したくは無い。
しかし相手は頑丈な魔物だ。ここまでしなければ到底滅ぼすことは出来ないのであろう。
しかもその兵器を魔物に造らせているとは…まあ奴らの技術力は高いらしいから合理的ではあるのだろう。

「そうか…しかし、夫の解放を条件としているのか?」
「はい、正しくは『ドワーフが製造したものでこちらが満足したら夫と供に解放してやる』ですが」
「魔物を解放してしまうのか!?」
「ええ…まあこちらが満足するのはいつ来るかわからない最後ですけどね。それと、もうあのドワーフの夫は捕虜では無いのですけどね!」

こう言ったと同時にこの報告者は黒い笑みを浮かべた。
もう捕虜では無いというのはつまりこの世から解放したと言う事だろう。

「ほほう、まあ魔物と一緒にいるような堕ちた人間など生きている価値は無いからな…しかし、これは言ってしまって大丈夫だったのか?」
「…問題ありません。このガラスは音を通さないようにしてあります。実際にあのドワーフの作業音は全く聞こえてこないですよね?」
「おお、言われてみれば確かに!」

ドワーフは勢いよく石を叩いたりしているが一切その音は聞こえてはいなかった。
しかしこの報告者、少し声のトーンが下がった気がするな…あまりにも大きい声だと少し聞こえたりするのか?

「他にもこの施設内で使用されている兵器や道具もあのドワーフに製造させています。それらについても他の部屋で確認できるはずです」
「そうか、御苦労…いや、ドワーフではなく君にだ。わざわざワシに詳しい報告をしてくれて御苦労ということだ」
「ありがとうございます!では、これにて私の報告は終わります!」

とても面白い事が聞けた。完成が楽しみである。
他の兵器とやらも早く見てみたいものである。

「では次の報告に移りたいと思います。案内いたしますのでついてきて下さい」

ワシは所長と天使様の案内で次の部屋に向かった。


========[Case.2]========


「これは…なにかね?」

次に案内された部屋には何やらルーンが刻まれた一辺が大体3メートルの立方体型のガラス張りの装置が置かれており、その中には青い液状の何かが装置の半分ほど入っていた。
ヴヴヴ…と音を立てて、僅かに振動しているようだ。

「これはですね…魔物の中でも剣などで斬る事が困難なスライム種をこのようにトロトロの状態にしてしまう装置です。今まさに稼働中であります」
「なるほど…つまりこの青い液体はスライムという事か」

この部屋に待機していた報告者が説明してくれた。
だが、箱の中の液体は到底スライムとは思えなかった。どろどろに溶けきっていて、まるで只の青い水のようである。
もうこのスライムは原形をとどめる事が出来ないのだろう。

「しかし…スライム一体にしては量が多すぎではないか?」
「はい。この装置の良い所で、数体のスライムを一気に詰めてもきちんと稼働するようになっています」
「ほう…ではこの中には何体のスライムが入っているのだ?」
「そうですね…ざっと6体ですね」

どうりで液体の量が多いはずだ。6体分のスライムが溶けているのだからこんだけの量にもなる訳だ。

「ところで所長よ、この装置もあのドワーフが製造したのか?」
「はい、そうでございます。何かご不満でも?」
「いや、実にすばらしいと思ってな!」

魔物が魔物を滅ぼす為の兵器を造っていると聞いた時、もしかしたらきちんとしたものは造れていないのではと思ったものだ。
だが、実際に目の前で複数のスライムが溶けているのだ。きちんとしている。素晴らしい!

「ありがとうございます。では、この装置について詳しい説明をしたいと思います」
「うむ、よろしく頼む」
「では……この装置の側面に刻まれているルーンの効果によりこの箱の中には微弱な電流が常に流れ続けています。その微電流から発生させられる振動がスライム種の形状を維持する器官に作用してこのようにトロトロの状態にしてしまいます。しかも単純な思考のスライムはこの振動がただ単に快感をもたらすものだと思えるように天井のルーンで処理してあるので、たとえスライム種の中でも知能の高いダークスライムだとしてもこの装置が自分達をトロトロにしてしまう装置だと気付かないままその意識を天に飛ばし、そのまま元の状態に戻れなくしてしまうのです!」
「お、おお…」
「ちなみにこのようにトロトロの状態になったスライム達はきちんとした処理を施しているのでご安心ください!」
「そ、そうか…わかった…」

この報告者はかなり早口で沢山喋っていたのでほとんど何を言っているのかわからなかったが、何か凄い装置だと言う事だけはわかった。
さすがにもう一度聞きなおすのは面倒だからわかったことにしよう。

「で、きちんとした処理とはいったい何をしているのだ?」
「詳しくは言えませんが、ある液体と混ぜ合わせてしかる場所に移動させています」

そう言った報告者はにやりと顔を歪めた。
その表情から、詳しく言えないのはグロい話しがあまり得意ではないワシへの配慮だろうと思った。

「そうか、なら良い。これからもこの装置を使ってスライム種達を根絶やしにしていってくれ」
「……………わかりました」

ここの部屋はもういいだろう。
実際に魔物を倒している場面も見えたのだ。とても満足した。

「では、最後の報告に移りたいと思います。案内しますのでついてきて下さい」
「もう次で最後か。まだ報告できる段階では無いものが多いという事か?」
「はい。すいません…今は少し大変な時期でして…」
「いやいや、帰ってから他の者の報告書をじっくり読む事にするよ」
「ありがとうございます…」

ワシは所長と天使様の案内で次の部屋に向かった。


========[Case.3]========


「これは…!?」

次の部屋に案内された。
その部屋のど真ん中には頑丈につくられているガラスで出来た、管でどこかに繋がれている箱があり、中は薄紫色のもやがかかっていた。
そのもやの中には、巨大な蛇の皮だと思われるものが吊り下げられていた。

「これは、ある生きたラミアの蛇体部分の皮膚の表面を剥ぎ取ったものです」
「やはりか…何故そんなものをここに?それにこの薄紫色のもやは何かね?」

蛇の、しかも魔物であるラミアの皮膚をこうも大事そうに飾っておく意味がわからないワシは、この部屋にいた報告者に理由を尋ねた。
ついでに、先程から気になっている薄紫色のもやについても聞いてみた。

「理由はですね……最近の研究によってこのラミアの表面の皮膚からは微量ながらも濃度の高い魔力が放出されていることがわかったのです。なので、その魔力を摘出・分析し他の道具に応用するための装置がこれというわけです」
「ほお…そうなのか…」

そんな事実があったとは…まったく知らなかった。

「ちなみに、この薄紫色のもやですが、これはラミアの皮膚から放出されている魔力を可視化するためにこちらで色を付けているのです。万が一この魔力が漏れ出すような事があっても目に見えるようにしてあれば多少はマシになるので」
「なるほど…よく考えてあるではないか!」

確かに目に見える分対処はしやすい。
万が一の事故にも備えておるとは、大規模なだけあってしっかりしている。

「まだまだ完璧とは言えませんが、一応分析した結果他の兵器にも応用できる事がわかったので報告しました」
「そうか。完璧になる日を楽しみに待っておるぞ!」
「ありがとうございます。以上でここの報告は終わります」

最後の報告は未来が楽しく思えてくるようなものだった。
この研究が進めばさらに人間側が有利になってくるだろう。

「それでは、最後に今まで開発してきた小道具の紹介をさせていただき、そのまま出口までご案内します」
「うむ。…ん?」

……おや?わかりにくいけれど、よく見たらこの装置の向こう側に扉が見える。

「おい所長さん、あの扉の向こうは何かね?」
「えっ!?あ、あの扉の向こうはですね…その…」
「ん?どうした?何か言いづらい事でもあるのかね?」

扉の事を所長に尋ねたらあきらかに動揺し始めた。どうやら聞いてはいけないことだったらしい。

「どうした、早く言わないのかね?それとも言えない事でもあるのか?」
「いや、その…」
「…もういい。自分で確かめる」
「あ、ちょっと!!」

いつまでもはっきりと言わないので、痺れを切らしたワシは自ら確認しに行こうとした。
物によってはこの研究所への資金も減らすつもりだ。

「待って下さい幹部殿!この扉の向こうは幹部殿にお見せできるようなものは何もありません!!」

行こうとしたところで報告者に止められた。

「ん!?では何があるのか言ってみなさい」
「そうですね…あの扉の向こう側には『この皮膚の提供者が安らかに眠っている』と言えばわかっていただけますか?」

皮膚の提供者…はラミアの事だろう。安らかに眠っているという事は…死んでいる。
つまり…

「扉の向こうにはラミアの死体が転がっている…ということか」
「…ご理解いただけたようでなによりです」

なるほど、そういうことか。

「グロいのが苦手なワシに対しての配慮をしてくれたという訳か。所長さん、これはすまんかった!」
「え、あ、はいそうです。こちらこそすいません…どう言おうか迷っていてはっきりとお答えできなくて…」
「いや、いい。確かに蛇の化け物の死体なんぞワシは見たくないからな!!」


バンッ!


「ん?何の音だ?」
「あ、すいません。何か虫みたいなものが壁に張り付いていたもので…」

何かを叩きつける音がしたので振り返ってみたら、報告者が壁に資料を挟んだボードを叩きつけていた。どうやら虫がいたらしい。

「そうか、なら良い…でもビックリするからいきなりは止めてもらえんかな?」
「はい、今度からは気をつけます」
「では行きましょうか。あ、エンジェル殿には先に行ってもらって幹部殿の荷物を運んでもらっています」

そう報告者に注意をして、ワシは所長に案内されてこの部屋から出た。


====================


「幹部殿、今日の報告を聞いてどうでしたか?」
「うむ、実にすばらしかった!ワシからもっとこの研究所への資金を増やすように言っておこう!」
「そうですか。ありがとうございます!」

本日の報告が全て終わり、ワシは帰ることにした。
この出口に来るまでにも様々な道具を見せてもらったが、どれも実に素晴らしい出来だった。
特に熱風と冷気を吹き出して魔物の動きを制限する装置は一番のお気に入りだ。

「これで荷物は全部ですね?」
「ありがとうございます天使様。ではまたの報告を楽しみにしておるよ」
「はい、それではお気をつけて」

ワシは満足して馬車に乗り込み、本部に帰り始めた。
帰ったらまず今までの報告に目を通そうと思う。
どんなものがあるか今からとても楽しみである。

12/01/31 21:29更新 / マイクロミー
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■作者メッセージ

「…エンジェル殿、幹部殿は完全に帰りましたか?」
「…もう戻ってこないようですね」
「ふぅ〜、なんとかなったな!」
「あたりまえよ!ちゃんとワタシがチェックしたんだから!」
「はは…おっと!幹部殿が帰ったことを皆に報告しなければ!」
「そうね、早く皆も楽になりたいでしょうしね♪」
「それでは早速放送しに行ってきますか!」
「早くしてね〜!ワタシも早くシたいから♪」
「はははは……」


前編でもし不快な気分になった方、そうでもない方、何か疑問を感じた方も急いで後編へ!

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