忠犬の矜持
最近、ナナリーの様子がおかしかった。
いつも事あるごとに激しく振れたり膨らんだりする尻尾も、ここ数日は萎びて垂れたまま覇気がない。小さな物音にも反応してせわしなく動いていた耳も伏せったまま動くことも少なくなった。
ご飯の時も元気が無く、何を話しかけても上の空。好物を土産に買って帰っても反応が薄い。
何か悩み事があるのか、それとも病気なのか。
毎日不安だが、自分一人ではどうすることも出来ない。
昼休みの食堂でそんな悩みを友人に話すと、彼はあっけらかんとした様子でこう言った。
「発情期なんじゃねぇの? だって犬なんだろ」
「ナナリーは犬じゃない!」
思ったよりも大きくなってしまった声と机を殴った音が響いて、騒がしい程だった食堂の喧騒が一瞬静まり返った。
「悪かった悪かった。言い方が悪かった。そういうつもりじゃなくてだな、犬型の魔物娘だってことを確認したかったんだよ」
「そうだよ。クー・シーっていう種族の。……悪い。俺もカッとなちまった」
息を吐きながら頭を振る。彼女の事を犬呼ばわりされると、いつも自分を抑えられなくなってしまう。悪い癖だ。
騒がしさはすぐに戻ってきて、もうこちらを見ている者もいなかったが、胸の中の重苦しさはいつまでも居座り続けた。
「恋人、だったっけか?」
俺は苦々しい気分で首を振る。
「いや。けど昔から俺の面倒を見てくれていた家族なんだ。母親のような、姉弟のような、とにかく大事なひとなんだ」
「大切にしてるんだな。本当に悪かったよ。俺だって大切な人をそんな風に言われたら頭にくる」
「いいんだ。それはもう」
人から何と言われようと気にしなければいいだけなのだ。彼女を犬だと言われて怒るのは、俺自身がそれを意識してしまっているからに他ならないからだ。
ナナリーは犬ではない。ウルフ属の中でも特に犬の特徴の強いクー・シーという種族ではあるが、れっきとした魔物娘だ。
珍しい動物が魔物化する種族の一つで、忠誠心と愛情の高い犬が変化するとされている。
よく覚えてはいないのだが、彼女も俺が生まれた時にはまだ犬だったらしい。
物心ついた時にはすでに彼女は今の姿になっていて、居なくなってしまった両親の代わりに独りで俺の世話を焼いてくれていた。
彼女の事は大好きだし、感謝している。まかり間違っても犬などとは思っていない。けれど俺はやはり心のどこかで、周りから見ればそういう風にしか見えないのか、とも思ってしまっているのだ。
その外見からか、それとも犬から魔物化する種族故か、こういう揶揄もそう珍しくは無かった。相手が馬鹿にしているわけではないと分かっていても、やはり全く気にならないといえば嘘になる。
「けど、魔物娘の事ならそれこそ専門家がその辺にごろごろいるだろう。誰かに聞いてみるのもいいんじゃないか。何なら魔物娘自身に聞いてみるのもいい」
友人は顎で周りを示して見せる。言葉通りに、食堂内には人間の男女のみならず明らかに人間の姿とは異なる、けれど人間の女性の姿によく似た、通称魔物娘たちの姿も数多く見受けられる。
魔物娘。かつて魔物を統べる魔王がサキュバス種に代替わりしたことにより魔物から変化したとされる、人間とは似て非なる種族。
未だに神に仇なす敵だとする者たちも多いが、人間と手を取り合う選択をした者たちもまた確かに存在していた。
ここはそんな後者が集まった、魔物娘と人間が共に暮らす親魔物領。そこの魔術研究所の食堂ともなれば、魔物娘が居ないほうがおかしい。
しかし、その中でもやはりナナリーほど獣に近しい姿をした魔物娘は少ない。
「あるいは、もういっそ本人に聞いてみた方が早いんじゃないか? 様子がおかしいけれど、何かで悩んでいるのか? 病気なのか? ってさ。大事な人なんだろ」
「そうか。そう、だよな」
相手の悩みを聞く。当たり前のことのはずなのに、何だか目から鱗が落ちるようだった。
ナナリーはいつも元気いっぱいで、悩みを聞いてもらっていたのはいつも俺の方で、それが当たり前になりすぎていて、ナナリーにだってそういう事があるのだと全く考えていなかった。
家族だと思っていたのに。いや、距離が近すぎたからこそ、思い至らなかったのかもしれない。
「ご注文の、羊肉の魔界風煮込みと、魔鶏の小悪魔風です」
獣耳のウェイトレスが注文した料理を運んでくる。尻尾が動いているのか、スカートの後ろの方が揺れている。この子も魔物娘らしい。
友人は礼を言い、笑顔で料理を受け取る。
「ありがとう……って、お前こんなところで何やってんだよ」
かと思えば、突然目を剥いた。声こそ落としていたが、かなり慌てた様子でウェイトレスに食ってかかる。
俺は知らんぷりで自分の料理を受け取り、ナイフとフォークに手を伸ばした。
「常にご主人様のそばに控え、お世話をするのが召使の役目ですので」
「俺は家で待ってろって言ったよな。主人の言いつけを守るのも召使の役目だろ」
どこの家にも問題というものは起きるらしい。俺はしゅんとする少女の顔と、ばつが悪そうな友人を見比べながら、香辛料の効いた鶏肉を口に運んだ。
魔物娘と人間が共に暮らす親魔物領。その中でも特に魔法や魔界を研究対象とした学術都市となれば、通りを歩いているだけでも珍しい物に行き当たらない方がおかしい。
道に並ぶ店舗はもちろん、露天商も所狭しと並び、どこかの研究室で作られた新製品や試供品、魔界から発見された珍品が取引されている。
研究室からの家路で何か土産でも買って帰ろうかと思ったのだが、いろんなものが溢れすぎて逆に何を買えばいいのかわからなくなってしまった。
アクセサリーならチョーカーとか。けど、首輪みたいにも見えてしまうし。ならば上等な肉とか。でも結局料理するのはナナリーだしなぁ。
うんうん唸りながら歩くうちに店の数も減ってゆき、結局何も買えないまま、気づけば家の扉の前に立っていた。
まぁ明日買えばいいか。ため息一つ吐きながら、扉を開けて帰宅する。
「ただいま」
『あ、お帰りなさいサム!』
毛並みのいい金色の尻尾を元気よく振りながら、部屋の奥から給仕服を身にまとったナナリーが笑顔で駆けてきて出迎えてくれた。……この間までは。
「ナナリー?」
部屋の奥から物音がしていた。歩いて行くと、どうやら洗濯の途中だったらしい、ナナリーは座り込んで俺の服をいじっていた。
「帰ったよ」
「ひゃっ。さ、サム。帰っていたのですか? いつからそこに?」
「今帰ってきたところ」
尻尾がピンと立って膨らんでいた。どうやら相当驚いたらしい。
「す、すぐご飯の準備をしますね。ちょっと待っていてください」
立ち上がって歩いていこうとするが、その足取りは怪しく、少しふらついていた。
「あ」
予想通りよろめいて倒れかけたので、俺は慌てて彼女の身体を抱きとめる。
幼い頃は大きく頼もしいと思っていたその体が、今では簡単に俺の身体の影に隠れてしまう程に小さく、細く、そして軽かった。
「さ、サム……」
「大丈夫かナナリー。具合でも悪いんじゃないか」
洋服越しに感じる彼女の体温は少し高めで、俺を見上げる目も潤んでいた。やはり熱でもあるのでは無いだろうか。
「平気です。一人で歩けますから、離れてください」
ナナリーは顔を背けて、俺の腕を押しのける。その歩みはやはりおぼついていなかったが、ああ言われてしまった以上手を貸す事も出来なかった。
その後姿を見ていると、なんだか気持ちが重くなってくる気がした。
やはりナナリーはどこか身体がおかしいのだ。
……いや、違う。
頼りにされて居ないのがショックだったのだ。離れて欲しいなんて言われたのも、初めてだ……。
***
初めてご主人様と会ったのは、実験室での事だった。
私の親は実験用に飼われていた犬で、兄弟もたくさんいた。けれど実験にはそんなに頭数が必要なわけでも無く、私達兄弟のうち何頭かは廃棄されることになっていた。
廃棄と言っても別に殺処分されるわけでは無くて、誰かに引き取られるか売られるか、あるいは野に放たれるか、といったところではあったけれど、私はたまたま運良く引き取り手がみつかった。それがご主人様だった。
ご主人様はこの街の魔術研究者の一人だった。同じ研究者の男の人と夫婦になっていて、夫婦仲もとてもよかった。
私が来てから何年か後、二人の間に子供が出来た。待望の赤ん坊の誕生に二人はとても喜んでいた。私の相手をしてくれる時間は減ってしまったけれど、私はそんな二人の姿を見ているだけで幸せだった。
ご主人様と一緒に、私も赤ん坊の面倒を見た。
一緒に遊び、機嫌が悪ければ尻尾であやし、泣けば舐めて慰め、様子がおかしければ吠えてご主人様達を呼んだ。
おもちゃで叩かれたり尻尾を引っ張られたり痛い思いもしたけれど、ご主人様達の子供は私にとっても可愛かった。
けれど、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
まだご主人様達の子供が物心も付くか付かないかというころ、ご主人様が病気で倒れてしまったのだ。
旦那様はご主人様の病気を治そうと、寝食を忘れて治療法を探していた。けれど治療法は一向に見つからず、ご主人様の病状は悪くなるばかりだった。
治療法が見つからないまま、残酷にも時間だけが過ぎていった。そしてご主人様は、とうとう亡くなられてしまった……。
「ナナリー、あの子を、サムをよろしくね」
それがご主人様の、最期の言葉だった。
サムはまだ幼く、母親が亡くなったということを理解できていないようだった。
そして旦那様もまた、愛情が強すぎたのか、ご主人様が無くなったという事実を受け入れられないようだった。
彼は数日間研究室に閉じ籠って居たかと思うと、部屋を出てくるなりぶつぶつと何かをつぶやきながら旅支度を始めた。そして準備が整うなり、ご主人様の亡骸を抱えて「彼女の病気を治してくる」とだけ言い残して出て行ってしまったのだ。
私だけでなく、サムまで置きざりにして。
サムは父親がすぐに帰ってくると信じているようだったが、私はそうは思えなかった。
きっと旦那様は帰ってこない。
人間の子供は脆弱だ。親の保護が無ければ、一人で生きていくことなど出来はしない。このままでは、サムまで死んでしまう。
ご主人様は、サムをよろしくと言っていた。
サムはご主人様の一人息子。ご主人様の忘れ形見。
私が、守らなくては。
気づいた時には、寂しそうにしているサムの身体を抱き締めていた。
「サム。これからは私があなたを守ります」
「ナナリー。ナナリーなの」
「そうですよ。ナナリーです。……て、あれ?」
そう。抱き締めていた。人間のように二本足で立ち、人間のような形の腕で、人間の言葉をしゃべりながら、幼い男の子を胸に抱いていた。
「すごいね! ナナリーもまものむすめさんだったんだね!」
「そう、みたいです」
「よかったねナナリー! いっしょにおはなしもできるし、もっとたくさんあそべるね。なかよくしようね、ナナリー!」
「はい、サム。私はどこにも行きません。ずっと一緒です」
「ずっといっしょ!」
その日から私の子育てが。犬としてではなく魔物娘としての魔生が始まった。
しかしそこから先が苦難の連続だった。
人間の姿に近づいても、人間に出来ることの全てがすぐに出来るようになったわけでは無かった。
二本足で立って歩けるようになったけれど、手の形は獣とあまり変わらない。
炊事も洗濯も掃除も、最初は全然上手くいかなかった。
けれど、サムの笑った顔が見たくて一生懸命頑張った。家事全般を得意としている魔物娘のキキーモラさんに教えを請い、サムに勉強を教えるためにバフォメットさん達主催の勉強会にも参加した。自衛のためにリザードマンさん達に剣の稽古もつけてもらった。
大変なことはたくさんあったけれど、一つ一つ少しずつ解決していった。
私が頑張ると、サムは笑ってくれた。時折寂しそうな顔をするときもあったけれど、そういう時は何も言わずに抱き締めた。
サムはすくすくと成長して行き、そして両親と同じ研究者としての道を歩き始めた。
私が知っていることは、すべてサムにも教えた。今やサムは一人で何でもこなすことが出来る。どこに出しても恥ずかしくない、立派で魅力的な男性だ。
あとは彼にふさわしい女性が現れて彼の子供の姿を見られたら私の役割は終わりだ。そうすればご主人様の願いも果たされて、きっと死後の世界で喜んでくれるはずだ。
けれど、物事というのは頑張ってもそう上手くいかないものらしい。
ここで、これまでに無かった最大の問題が起こってしまった。
サムは素敵な男性に育った。魅力的すぎるほどに素敵な男性に。
彼は男性で、そして私は女性だった。
魔物"娘"と呼ばれているだけあり、私達に男性は居ない。繁殖のためには、人間の男性を番に選んで交尾を行う。
私はクー・シーと呼ばれる獣人型の魔物娘だ。そして獣人型の魔物娘には、獣のように定期的にあるものが訪れる。
生き物として当たり前の、けれど今の私にはとても厄介な、強烈な欲望。さかりの時期が。
今までも無かったわけでは無かった。けれどサムを育てることに全力を注いでいたため、そんなに気にもならないほどで支障にはなっていなかった。
けれど今回のそれは、そういうわけにもいかなそうだった。
私がサムの事を大好きなのも、一日中サムの事ばかり考えているのも、これまでと何も変わらない。
けれどその性質は、明らかに変化し始めていた。
彼が生まれたときから彼の事を愛していた。ご主人様の面影を残す彼が大好きでたまらなかった。
それは家族としてのはずだった。それなのに今は、彼を男性として、いや、交尾に適した雄として好きになり始めてしまっていた。
そばにいないときは無茶をしていないか、怪我などしていないかとサムの心配ばかりしていたけれど、ここのところはサムに抱き締められることばかりを考えてしまうようになった。
彼の姿が目に入るたびに胸がときめく。彼の匂いを嗅ぐだけでおなかが疼く。彼の気配を感じるだけで悦びが体中から溢れてしまいそうになる。
目を伏せ、鼻をつまみ、耳を抑えても、どうしようもなかった。彼の存在を探さずにいられない。彼に抱かれて、種付けされることばかりを願ってしまう。
自分では忠犬のつもりだった。けれども私は、欲望も抑えられない駄犬だったらしい。主人の願いを知りながらも、欲情を抑えられないはしたない雌犬。
こんな私は、サムの相手にはふさわしくない。
親離れ、子離れのように、別れの時期が来ているのだ。
けれどそれが分かっていても離れられなかった。だって、離れたくないのだ。学校や仕事で一緒に居られないだけでも辛いのに、別れるなんて不可能だ。
だから私は、耐えることにした。
サムの情報をできうる限り頭の中に入れずに、さかりの時期が過ぎ去るのを待つことにした。
どうにも気持ちが溢れてしまうときは自慰で自分を騙しながら、ただただ耐え続けた。
けど、それももう終わりかもしれない。
だって、知られてしまったから。サムの服に顔を埋めながら、匂いに包まれながら自分を慰めているところを見られてしまったのだから。
きっと彼は幻滅するだろう。そして私のもとを去ってゆく。
ご主人様は亡くなり、旦那様も居なくなり、この上サムまで出て行ってしまったら、私はどうすればいいのだろうか……。
***
キッチンに入ってからもナナリーの様子はおかしかった。
足取りは定まらず、視線もいろんなところを彷徨うものの、食材や食器を探したりする様子でもなかった。
思いつめたような表情で中空を眺めては、首を振って再び動き始める。
「ナナリー」
「は、はい」
「ご飯の前に、ちょっと話さないか」
ナナリーは何か言おうとするかのように口をぱくぱくさせるが、結局何も言わずにうなずいた。
キッチンから出てくる彼女の顔色は青白く、今にも倒れてしまいそうだった。
俺の隣に座るが、俺の顔は見ようとせずに顔を伏せてしまう。
「ナナリー。最近どうしたんだよ。なんだか様子がおかしいぞ」
びくっと耳が動く。
「そ、そんな事はありません。いつも通りじゃないですか」
「嘘つけ。耳も尻尾も垂れっぱなしで、人の話も聞いてるんだか聞いてないんだかわからないじゃないか」
「ひゃ、ひゃん」
耳を摘まんだり、尻尾を持ち上げたりすると、彼女は可愛い声を上げた。
「それに、なんだか今日は熱っぽいんじゃないか」
前髪を撫で上げて顔を近づけよく見る。やっぱり、その目は少し潤んでいて、顔も赤かった。
「や、やめてっ」
一瞬何をされたのか分からなかった。ナナリーの顔が少し離れていた。軽く付き飛ばされたのだ。
「あ……。ご、ごめんなさい」
衝撃だった。ほんのちょっとした衝撃だ。肩をちょっと押された程度の。けれど胸の中に、ずんと重く響いた。
友人の言葉が蘇る。
『発情期なんじゃないか』
ナナリーは獣人の魔物娘、クー・シーだ。獣人タイプの魔物娘にはそういう時期があるとは聞いている。
発情期。そうなのかもしれない。
俺だってもう子供じゃない。恋人や、嫁さんが居てもいいくらいの年齢だ。
そんな男の面倒をいつまでも見ていたら、自分の幸せを逃してしまうよな。周りからいらぬ誤解を受けるかもしれないし、好きな人が出来たって、その人のもとに走ることも出来ない。
いや、もうすでに好きな人がいるのかもしれない。俺だって、四六時中ずっとナナリーと一緒にいるわけではない。俺の知らないところで、ナナリーが誰かに恋に落ちていたって不思議じゃない。
それならば、冷たくされたのも合点がいく。
「ナナリー。もしかして、発情期なのか」
怖くて顔を上げられなかった。なぜそんなに恐れるのか自分でも分からなかった。
ナナリーは、家族だ。生まれたときからそばにいてくれて、よく覚えては居ないけれど、母さんが亡くなった時もずっと一緒に居てくれて、俺を助けてくれて。
そんなナナリーが、別の男と一緒になる……。
幸せになるならそれでいいじゃないか。今まで俺を育ててくれた、俺の為に色々な事を犠牲にしてくれていた相手の望みが叶うなら、喜んで送り出すべきだ。
「そう、です」
それなのに、どうしてこんなに胸が重いんだ。彼女の顔を見上げようとするだけでこんなに辛いんだ。
結局顔を上げられないまま、俺は膝の上で握りしめられた彼女の両手を見ているしか出来なかった。
***
嘘を通すことも出来たかもしれない。魔物娘は丈夫だから、病気なんてほとんどないけれど、それでも疲れて調子が悪いとか、風邪をひいてしまったとか言えば、誤魔化しようはいくらでもある。
けれどそれでは問題を先送りにするだけで、解決にはならない。
サムは、私の発情期に気が付いてしまった。今回はそれでしのげても、次も同じようにいくとは限らない。
どうせいつか話さなければならないなら、早い方がいい。
「獣人型の魔物娘には、こういう時期が、あるので」
けれど、発情期なんて。子作りのために交尾したくてたまらなくなる時期になっているなんて、恥ずかしくってろくに話なんて出来ないよぉ。
「それで、発情期ってやつはいつか落ち着くものなのか」
「はい。でも、しばらくしたらまた……」
顔も上げられず、彼の脚のあたりから視線を上げられない。
「そ、そうか。そういうもんだよな、そうだよな、うん」
膝のあたりで組まれた彼の両手の指が、落ち着きなく動いている。
「その、発情期っていうのは」
「はい」
「性欲が晴らせれば、解決するものなのか」
「……多分」
「相手は、誰でも?」
「そんなことはありません! 少なくとも私は、あ……」
思わず強い口調になってしまった。けれどこれだけは言わずにはいられなかった。
誰でもいいなんてことはあり得ない。愛する人以外と交わるくらいなら、一生清らかな身のままでいるか、あるいは舌を噛んで死んだ方がましだ。
サムは驚いたような顔をした後、なぜだか寂しそうな、悲しそうな顔になる。
どうしてそんな顔をしているの。これまでだったらすぐに飛び出して抱き締められていたのに、今はそれも出来なかった。
抱き締めてしまったら、きっともう自分を抑えることが出来なくなってしまうから。
「心に決めた人が、いるのか?」
いつの間にか、サムがまっすぐに私の顔を見つめていた。
その瞳の奥の真摯さに、答えてしまいそうになる。
けれどそれだけは言うわけにはいかない。ご主人様に仕える身として、大事なそのご子息を欲しいだなんて、口が裂けても言えるわけがない。
サムには、もっとふさわしい人がいる。
サムが幸せになってくれたら、私はそれで、それでいい、はずなのに……。
「……そういうやつが居ないんだったら、俺のそばにいてくれないか」
「もちろんです。サムが結婚しても、そばに置いてくださいね。子供の世話だっていくらでもしますから」
サムの子供。きっと相手が誰だろうと、可愛いんだろうなぁ。
その顔が見られたら、ご主人様の孫の顔まで見られたら、私はきっと満足できる。雌としてはともかく、主人に仕えた身として、これ以上の幸せは無い。
「そういう意味じゃない。その、なんていうか、発情期とかそういうの全部ひっくるめて、これからもずっと一緒に、俺だけのそばの居てほしいって言うか」
「え?」
言っている意味が分からずに見返すと、彼はばつが悪そうに目をそらした。
「わがまま言うみたいだけど、嫌なんだ。ナナリーが、俺以外の男の為に料理したり、笑いかけたり、尽くしたり、……そういう事を、しているのを想像したら、すごい嫌な気分になった」
「私は別に、サム以外の人にそんなことをするつもりは……」
「だからそうじゃなくて。分かったんだ。自分の気持ちに気付いたっていうか、思い出したっていうか。ナナリーの事が好きだってこと」
サムは吹っ切れたように、やけになったかのように私を真っ直ぐに見つめて、毛むくじゃらの私の手にその手を重ねて、握りしめる。
「……家族として?」
「一人の女性として」
聞き、間違えじゃないだろうか。サムが、私を?
顔が火照ってくる。身体が熱くてたまらない。心臓がうるさいくらいに高鳴って、自分でも何が何だか分からなくなってきてしまう。
「だ、ダメです。あなたはご主人様の息子。こんな駄犬と結ばれたいなんて、冗談だって言ってはいけません」
「構わない。周りから獣姦好きの上にマザコンの変態野郎だと言われようと、もう知った事か。俺はナナリーと一緒に居たいんだ」
熱っぽいまなざしが眩しすぎた。直視に耐えず、私は顔をそむけてしまう。
嬉しい。どうかしてしまいそうなほどに、街中を走り回りたくなるくらいに嬉しい。けれどダメだ。一時の気の迷いで私なんかと一生一緒に居ることになるなんて、そんなのサムの為にならない。
「ダメ、ダメです。私には好きな人が……」
そのためなら、このくらいの嘘は簡単だった。
「そんな奴が俺の服嗅いで欲情したりなんてするか? 知ってるんだぜ、ナナリーが俺で自分を慰めてたってこと」
心臓が爆発したのかと思うくらい、一気に身体がかぁっと熱くなった。知られてたんだ。全部、見られてたんだ。
「ひ、ひどいです……。知ってたんですか。それなのに、黙っているなんて」
「いや、知らなかった。かまかけてみただけだったんだけど、やっぱりそうだったんだな。だったらいいじゃないか。不満があるなら言ってくれよ。何でも直すから」
恥ずかしいのか、悲しいのか、嬉しいのか、よくわからない涙があふれる。
零れ落ちそうになる涙を指で掬い取りながら、サムがはにかむように笑う。
「そんなの、あるわけないじゃないですか。だってあなたは、私がどこに出しても恥ずかしくないようにって、誰が相手でも釣り合うようにって必死で育て上げたんですから」
「ならやっぱりいいよな。誰が相手でも釣り合うんだったら、ナナリーが相手だってさ」
やっぱり育て方を間違えてしまったかもしれない。ご主人様、申し訳ございません。
「そんなに強く尻尾を振ってたら、千切れちゃうぞ」
心の中で懺悔していた私の身体が、急にふわりと宙に浮かぶ。
「きゃっ」
サムが、私の身体を抱き上げていた。
「ちょっとサム。何をするんですか」
「何って、寝室に行くんだよ。歩くのもふらふらしてたじゃないか」
「だから私は病気とかでは無いんですって。ご飯の準備をしないと」
「病気じゃなくても、体調は悪いだろう。まずはそれを治さないとさ」
サムは立ち上がって歩き始める。手足や尻尾をどんなにばたつかせても、もう大人の男になってしまった彼の胸の中からは逃げられなかった。
昔は私が抱いてあやしていたのに、いつの間に逆転してしまったのだろう。
そんなことを考えながら、私の顔はいつのまにか笑っていた。
ベッドに下された後、そのまま身体を押さえつけられるように押し倒された。
それから、子供のころに戻ったみたいにベッドの上で転がり合って、お互いの身体に触り合い、抱き合った。
一緒に遊んだ頃のわくわくするような懐かしさが蘇るのと同時に、これから愛する雄と交尾するのだというぞくぞくとした期待が背筋を這い上がってくる。
体を這い回るサムの手も、今はもう無邪気な子供の手ではなく、女を愉しもうとする男の手だ。
お尻を、太ももを、そして乳房を撫で、感触を確かめるように力を入れてくる。
「はぅ、あっ。もう、どこでこんな、いやらしい触り方を」
「うーん。本能、かな。ナナリーがいやらしい身体をしているから、自然とこうなるんだよ」
サムは私の首元に顔を近づける。息がかかって、くすぐったい。
「犬臭くないですか?」
「人によってはそう言うかもな。けど俺にとっては、世界一好きな匂いだ」
大きく息を吸い込む音が聞こえてくる。やっぱり、恥ずかしい。色々な意味で。
「どんなに不安でも、寂しくても、この匂いに包まれてると落ち着くんだ。落ち着く、はずなんだけどな」
なんとなく、彼の言いたいことは分かった。なぜなら、彼の硬くなっているものが洋服越しにも私のおなかあたりで主張していたからだ。
「今日は何だか、落ち着かない気分になる」
「私もそうですよ。世界中のどこに行っても、サムを見つける自信はあります。どんな気持ちでいるかも。匂いですぐに分かります」
「今の俺の気持ちも?」
「もちろん」
彼の顔が近づいてくる。
私は、抵抗せずに彼を受け入れた。唇同士が触れ合い、確かめ合うように擦れ合い、それから舌同士が絡み合う。
「んっ。んっ」
獣臭いなんて思われていたらどうしよう。そんな風に不安になりながらも、けれど舌の動きは止められなかった。
戯れで、親愛の口づけをしたことは何度もある。けれどこんな風に男と女として、求めあうような口づけをするのは初めてだった。口づけだけでこんなに気持ちよくなって、興奮して止められなくなってしまうなんて、思ってもいなかった。
唇が離れても彼の味を離したくなくて、私はそれこそ本当に犬みたいに、サムの頬や首筋を舐め回し続ける。
「あはは、くすぐったいよ」
「あ……。ごめんなさい。犬みたいに……。匂いとか、大丈夫でした?」
「くらくらするほどいい匂いだった。興奮しちゃって、手が勝手に動いちゃったよ。ほら」
指さされるまま視線を落とすと、いつの間にか私は半裸に剥かれていた。下着も引っかかっているだけで、後は袖を外せば素っ裸だ。まぁ裸と言っても、私達は人間やほかの魔物娘と違って全身が毛深いのだけれど。
けれどそんな私の裸にも関わらず、サムは頬を染めながら目を離せずにいるようだった。
服を脱いで下着も外すと、生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「可愛い。すごい撫でまわしたい」
「いいですけど、私だけ裸なのはずるいですよね」
今度は私が彼の服に手をかける。獣の手だけれど、彼が子供のころには何度も脱がせたり着せたりを繰り返してきた。大人の男の服だろうと、脱がせるのは朝飯前だ。
シャツを脱がすと、逞しい胸板に目がくらみそうになる。下着ごとズボンを下ろすと、かぐわしい匂いでくらくらしてしまう。
重力に逆らって反り返るそれに、思わず手が伸びた。
小さいころはお風呂にも一緒に入った。それがこんなに、大きく立派になるなんて。
「サム。ごめんなさい。私もう、ダメかもしれない。……こんな素敵な匂い、嗅いでしまったら、正気じゃいられない。さかりのついた、雌犬に、なっちゃう」
「大丈夫だよ。ナナリーのどんな姿でも受け入れるから。だから、たまにはナナリーの自由にしていいんだよ」
ずっとずーっと言われていた「待て」を解かれたような気持になる。
「よし」思う存分、欲望のまま貪っていいぞ。主人から、そう許可をしてもらえたみたいな。
ご主人様はサムのお母さんで、サムは守らなければいけない人なのに。
でも、そのサムがいいって言っているんだから、いいよね。
私は肉球の間に彼の肉棒を挟み込んでしごきあげる。それから赤黒く膨れ上がった亀頭に舌を伸ばして、溢れ始めた透明な汁を舐める。
舌から背筋に、頭に向かって桃色の電流が駆け抜けた。理性が痺れ、強烈な感覚が全身をとろけさせる。下腹がきゅんと切なく疼いて、気持ちが滲んでとろとろと溢れ始める。
欲しい。
この男の、子を孕みたい。
この雄の子種で仔袋を満たしたい。
私は夢中になって肉棒を舐め続ける。舐めれば舐めるほどにおいしいお汁が出てきて、どんどん幸せな気持ちが高まってゆく。
くぅんくぅんと声を上げながら、私は男の顔を見上げてお尻ごと尻尾を振って見せる。
「肉球も気持ちいいけど、舌、やばい。つーかナナリー、大丈夫なのか。口調まで変わってるけど」
「んっ。言ったでしょ、さかりのついた、雌犬になっちゃうって。もう、サムと交尾することしか考えられないもん」
私は彼の身体ににじり寄る。胸元に彼の膨れ上がった雄を抱えて、乳房の間に挟み込む。
そんなに大きい方ではないけれど、柔らかさにはちょっと自信がある。
「娼婦なんて、目じゃないよ。サムの子を孕むためなら、何だって出来るんだから。……したいこと、何でも言っていいんだよ。サムの為に、何だってしてあげる」
そしてゆっくりと上下に動かし始める。
「おっぱいでされるのも初めてだよね。どう、気持ちいい?」
胸の中で、サムのが跳ねる。必死でこらえる顔が、可愛くてたまらない。
「くっ。あぁ、すごいよ。これ。すぐ出ちゃいそう」
「ふさふさの毛の感触もいいでしょう? こんなの、ほかの種族じゃなかなか出来ないんだから」
そして、乳房の間から顔を出している彼の頭に再び舌を這わせてやる。これも鼻が突き出て、舌が少し長い私だからこそ出来る芸当だ。
サムには、私の身体の良さをたっぷり教え込まなくては。他の誰にもわき目も振らず、私だけに種付けする雄になってもらわなくてはいけないのだから。
「やばい、もう、出る」
こみあげてくるのは匂いで分かった。けれど私は、あえて絶頂を迎える前に刺激を止めた。
だってもったいないからだ。確かにこのまま口で受け止めてその味を堪能するのも悪くない。けれどそれはいつでもいい。今はとにかく、体の奥で彼の欲望を受け止めたい。仔袋を子種汁で満たす。とにかくそれが最優先だ。
私は切なそうな顔をする彼に背を向け、お尻を突き上げる。
そして両手でお尻の肉を開きながら、腰を振って彼を誘惑する。
「犬みたいに、後ろからして。激しく、めちゃくちゃにしていいから」
私は枕に頭を預けながら、彼に懇願する。
「ナナリー」
熱に浮かされたような顔で、彼は私のお尻を掴む。
そして、今にも暴発しそうなそれを、私の入口にあてがった。
「早く、犯して?」
背筋から這い上がる震えるほどの欲望のままに、私は誘惑するように微笑んだ。
そしてとうとう、サムが私の中に入ってきた。
「きゃうぅうんっ」
擦れてる。ぷっくりと膨れた彼のたくましいモノが、私の内側の柔らかくて敏感な部分を押し広げながら、私の一番奥に精液を浴びせるためにぐんぐん進んでいく。
「はっ、はっ、はっ」
体中が気持ちよくて震えてしまう。心臓が脈打つたびに、膣が感じて、全身を快楽で波立たせてゆく。
あそこに神経と血液が集中していく。妊娠の準備を始めてる。
「ナナリー、これ、やばいって」
「早く犯してぇ。奥、めちゃくちゃに、突いて、あなたの子を孕ませて」
だらしなく舌を出しながら、濡れた瞳でサムを挑発する。
「あぁんっ。おっきぃ。一番奥、当たってるのぉ」
嬌声を上げるたび、彼の顔からも余裕と理性が消えて、少しずつさかりのついた獣じみた凶暴な顔になってゆく。
今からこの雄に蹂躙されるのだと思うと、寒気がするほど興奮した。
サムが覆いかぶさってくる。
身体で身体を押さえつけながら、激しく腰を振ってくる。
肉が弾けて、愛液が飛び散る。卑猥な音が部屋にこだまして、交わりの淫臭が即座に部屋に充満した。
淫らな匂いが頭の中にいっぱいに広がって、もう何も考えられない。
サムがおっぱいをまさぐってくる。好き勝手に揉みしだいて、柔毛の中に隠れていた乳首を探し当ててつねってきた。
強烈な刺激に背筋が反り返った。その顎を掴まれて、無理やり口の中にまで何かを突っ込まれる。
これは、舌? それとも指? どっちでもいいの。舐めればいいの?
サム。サム! あぁ、幸せぇ!
「ナナリー、出る、よっ」
サムが一層強く腰を押し付けてくる。私の一番奥を、さらにこじ開けようとするようにねじ込んで、そこでついに弾けた。
「あ、あああああっ」
「あおぉぉぉんっ」
熱いのが、弾けてる。どろどろのマグマみたいに噴き出して、私の中をべっとりと汚していく。
何度も、何度も脈動して、そのたびに上塗りするみたいに。
ご主人様。ごめんなさい。
でも、私とても幸せです。サムも、とっても気持ちよさそうで、幸せそうです。
だから、いいですよね。許してくれますよね。ご主人様。
***
自分が何をしているのか、途中からよくわからなくなっていた。
とにかく気持ちよくて、ナナリーが可愛すぎて、愛おしすぎて、それがいつしか孕ませたくてたまらなくなって、ただただ腰を振り続けていた。
自分でも、こんなに激しくなるとは思わなかった。
一度しただけなのにベッドはぐちゃぐちゃで、二人して大きな声を出したからご近所中にも知れ渡ってしまっただろう。……と言っても、ご近所からもしょっちゅう聞こえてくるのでその点は特に問題ないのだけれど。
ナナリーの身体はとても抱き心地がいい。どこを触ってももふもふとした毛でおおわれていて、柔らかくて温かい。性的な事を除いたとしても、抱き合っているだけで満たされるような気持になる。だからこうして行為が終わった後も、なかなか手放すことが難しかった。
「サム」
「あぁ、ナナリー。すごく気持ちよかったよ」
ナナリーは笑う。俺は笑い返しながら、唇を重ねた。
心地よい倦怠感が全身を満たしていた。このまま彼女を抱いたまま眠ったら、きっと気持ちいいだろうなぁ。
そして横になりかけたところで、俺は異変に気が付いた。
「……あれ」
抜けない。
ナナリーの中に挿入した自身が、まるで溶けてくっついてしまったかのように動かない。
ナナリーは頬を染めたまま、まだ潤んだままの目をこちらに向けてくるだけだ。
「ナナリー、これ」
「抜けなくなっちゃったの。えへへ」
「痛くはないか」
「全然。むしろ、サムが入ってると安心する」
とろんとした甘い声。緩やかに怪しく揺れる尻尾が下腹部をくすぐってくる。
「それならいいか。けど、このままじゃ動けないよな。一度抜こう。痛かったら言えよ?」
「うん、でも」
腰を引くが、どうしても外れない。
ならば立ち上がってと膝を立てたところで、ナナリーの方から急に力をかけられてしまった。
「おおっと?」
バランスを崩して腰から倒れ込む。
つながったままの部分がさらに深くえぐりこまれるような形になり、ナナリーが悲鳴を上げた。
いったばかりで敏感になっていてこちらも辛かったが、それよりナナリーの方が心配だ。
「ご、ごめん。大丈夫か」
「あははぁ。また、いっちゃったぁ」
倒れた俺の上に跨り、いわゆる背面騎乗位のような体制で、ナナリーは嫣然と微笑んだ。
ナナリーの様子が、またおかしくなりかけている。
「ねぇサム。知ってる? 犬って、一度挿入すると射精が成功するまで抜けないんだよ」
つながったまま抜けなくなっている犬は見たことはあるけれど……。
「あれはね、雄のアレが雌の中で膨らんで抜けなくなっちゃうんだぁ」
「俺は人間だぞ。それ、射精は成功したろ?」
「うん。でも、私は犬の魔物娘だから。愛しい人の子を孕みたくて仕方ない、はしたない雌犬だから。だから犬みたいな交尾をしたくて、身体がそうなっちゃったのかも」
ナナリーが、再び腰を振り始める。
「受精、出来るまで、抜けなくなっちゃったかも」
腰の動きが次第に激しくなるほどに、ナナリーの喘ぎ声も大きく、艶やかになっていった。
間をおかず再開した獣のように激しく荒々しいまぐわいに、俺は歯を食いしばって耐える事しか出来ない。
「それに、愛する人から精液を注いでもらえる喜びを、子宮が気持ち良いことを知っちゃったし。
サムもそうでしょ。もっと二人で、気持ち良いこと、しよう?」
擦れる度に強く弾ける、濃厚な彼女の匂い。考えることさえ難しくなり、甘い言葉がストンと胸に落ちてくる。
「もっと二人で、愛しあおうよ、サム。あなたの子が欲しいの」
あぁ、そうか。
全部かなぐり捨てればいいんだ。
全て忘れて、一番大事なナナリーを愛することだけ考えれば。孕ませることだけ考えれば。
俺も犬みたいになってしまえばいいんだ。
激しい快楽で無理矢理二度目の放精に導かれながら、気の遠くなるような感覚の中で俺は再び、更に深く堕ちて行った。
窓の外から、いつの間にか朝日が差し込んでいた。
そろそろ仕事が始まる時間だ。けれど、今日はちょっと仕事になりそうにない。そもそも仕事場にも行けそうにない。
昨日頑張りすぎで、身体が重くてベッドの上から動けそうにないのだ。
頭の中も、まともな事なんて考えられない。昨日の夜の刺激が強すぎて、ナナリーの痴態が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
まぁ魔物娘はみんな性欲が強いので、この国では似たような理由で欠勤する同僚も珍しくない。後から説明すれば分かってもらえるだろう。
「なぁ、もう顔見せろって」
「だ、ダメです。恥ずかしいし、サムの顔見たら多分……。それにご主人様に顔向け出来ません」
隣に寝転ぶナナリーは起きてからずっとこの調子で、両手で顔を隠したまま見せようとしないのだ。
「母さんなら許してくれるさ。俺も、ナナリーも幸せになるなら、それでさ」
「そう、でしょうか」
ナナリーは指の間から、不安げな視線を向けてくる。
サラサラの髪を撫でながら、俺は小柄な身体を抱き寄せる。
「よくやってくれたって褒めてくれるさ。俺にこんなに素敵な嫁まで用意してくれたんだから」
「サムの手……。ご主人様の手みたいです。落ち着きます……」
泣いているのだろうか。笑っているのだろうか。
いたずら心のままに彼女の両腕を掴んで広げた。
「サム! もうっ。ダメですったら」
彼女は泣いて、怒って、笑った。それから照れたように真っ赤になって……って、あれ。
「まださかりは治まってないんですよ。あなたの顔、裸の肌を見たら、自分を抑えられなく……。あぁん」
両手を取ったつもりが、いつの間にか取られていた。
身体の上に馬乗りになられて、ベッドに押さえつけられる。
これは、朝から、まずいかも。
「えっと、ナナリー。そろそろ朝ごはん」
「食べたいなら、私を食べて。どこも甘くて、美味しいですよ」
魅力的な弾力の肉球に刺激されると、すぐに元気になってよだれを垂らしてしまう。
けど、元気になったのは俺だけじゃない。
尻尾はふりふり。耳はぱたぱた。嬉しそうに俺の身体に顔を擦り付けて匂いを嗅いでくる。
元の通り、とは少し違ったけれど、ナナリーは元気を取り戻して、これまで通りに一緒に居てくれる事になった。
可愛いナナリー。これからは俺が彼女を幸せにするのだ。もう絶対に離さない。……いや。
「それじゃあ、いただきます」
離してもらえない、かな。
覆いかぶさってくる身体を抱き返し、その毛並みを堪能しながら、俺は理性と人間性を部屋の隅っこに捨て去る。
あとに残ったのは、さかりのついたけだもの二匹。
そして朝っぱらから、閑静な住宅地に獣の遠吠えが響くのだった。
いつも事あるごとに激しく振れたり膨らんだりする尻尾も、ここ数日は萎びて垂れたまま覇気がない。小さな物音にも反応してせわしなく動いていた耳も伏せったまま動くことも少なくなった。
ご飯の時も元気が無く、何を話しかけても上の空。好物を土産に買って帰っても反応が薄い。
何か悩み事があるのか、それとも病気なのか。
毎日不安だが、自分一人ではどうすることも出来ない。
昼休みの食堂でそんな悩みを友人に話すと、彼はあっけらかんとした様子でこう言った。
「発情期なんじゃねぇの? だって犬なんだろ」
「ナナリーは犬じゃない!」
思ったよりも大きくなってしまった声と机を殴った音が響いて、騒がしい程だった食堂の喧騒が一瞬静まり返った。
「悪かった悪かった。言い方が悪かった。そういうつもりじゃなくてだな、犬型の魔物娘だってことを確認したかったんだよ」
「そうだよ。クー・シーっていう種族の。……悪い。俺もカッとなちまった」
息を吐きながら頭を振る。彼女の事を犬呼ばわりされると、いつも自分を抑えられなくなってしまう。悪い癖だ。
騒がしさはすぐに戻ってきて、もうこちらを見ている者もいなかったが、胸の中の重苦しさはいつまでも居座り続けた。
「恋人、だったっけか?」
俺は苦々しい気分で首を振る。
「いや。けど昔から俺の面倒を見てくれていた家族なんだ。母親のような、姉弟のような、とにかく大事なひとなんだ」
「大切にしてるんだな。本当に悪かったよ。俺だって大切な人をそんな風に言われたら頭にくる」
「いいんだ。それはもう」
人から何と言われようと気にしなければいいだけなのだ。彼女を犬だと言われて怒るのは、俺自身がそれを意識してしまっているからに他ならないからだ。
ナナリーは犬ではない。ウルフ属の中でも特に犬の特徴の強いクー・シーという種族ではあるが、れっきとした魔物娘だ。
珍しい動物が魔物化する種族の一つで、忠誠心と愛情の高い犬が変化するとされている。
よく覚えてはいないのだが、彼女も俺が生まれた時にはまだ犬だったらしい。
物心ついた時にはすでに彼女は今の姿になっていて、居なくなってしまった両親の代わりに独りで俺の世話を焼いてくれていた。
彼女の事は大好きだし、感謝している。まかり間違っても犬などとは思っていない。けれど俺はやはり心のどこかで、周りから見ればそういう風にしか見えないのか、とも思ってしまっているのだ。
その外見からか、それとも犬から魔物化する種族故か、こういう揶揄もそう珍しくは無かった。相手が馬鹿にしているわけではないと分かっていても、やはり全く気にならないといえば嘘になる。
「けど、魔物娘の事ならそれこそ専門家がその辺にごろごろいるだろう。誰かに聞いてみるのもいいんじゃないか。何なら魔物娘自身に聞いてみるのもいい」
友人は顎で周りを示して見せる。言葉通りに、食堂内には人間の男女のみならず明らかに人間の姿とは異なる、けれど人間の女性の姿によく似た、通称魔物娘たちの姿も数多く見受けられる。
魔物娘。かつて魔物を統べる魔王がサキュバス種に代替わりしたことにより魔物から変化したとされる、人間とは似て非なる種族。
未だに神に仇なす敵だとする者たちも多いが、人間と手を取り合う選択をした者たちもまた確かに存在していた。
ここはそんな後者が集まった、魔物娘と人間が共に暮らす親魔物領。そこの魔術研究所の食堂ともなれば、魔物娘が居ないほうがおかしい。
しかし、その中でもやはりナナリーほど獣に近しい姿をした魔物娘は少ない。
「あるいは、もういっそ本人に聞いてみた方が早いんじゃないか? 様子がおかしいけれど、何かで悩んでいるのか? 病気なのか? ってさ。大事な人なんだろ」
「そうか。そう、だよな」
相手の悩みを聞く。当たり前のことのはずなのに、何だか目から鱗が落ちるようだった。
ナナリーはいつも元気いっぱいで、悩みを聞いてもらっていたのはいつも俺の方で、それが当たり前になりすぎていて、ナナリーにだってそういう事があるのだと全く考えていなかった。
家族だと思っていたのに。いや、距離が近すぎたからこそ、思い至らなかったのかもしれない。
「ご注文の、羊肉の魔界風煮込みと、魔鶏の小悪魔風です」
獣耳のウェイトレスが注文した料理を運んでくる。尻尾が動いているのか、スカートの後ろの方が揺れている。この子も魔物娘らしい。
友人は礼を言い、笑顔で料理を受け取る。
「ありがとう……って、お前こんなところで何やってんだよ」
かと思えば、突然目を剥いた。声こそ落としていたが、かなり慌てた様子でウェイトレスに食ってかかる。
俺は知らんぷりで自分の料理を受け取り、ナイフとフォークに手を伸ばした。
「常にご主人様のそばに控え、お世話をするのが召使の役目ですので」
「俺は家で待ってろって言ったよな。主人の言いつけを守るのも召使の役目だろ」
どこの家にも問題というものは起きるらしい。俺はしゅんとする少女の顔と、ばつが悪そうな友人を見比べながら、香辛料の効いた鶏肉を口に運んだ。
魔物娘と人間が共に暮らす親魔物領。その中でも特に魔法や魔界を研究対象とした学術都市となれば、通りを歩いているだけでも珍しい物に行き当たらない方がおかしい。
道に並ぶ店舗はもちろん、露天商も所狭しと並び、どこかの研究室で作られた新製品や試供品、魔界から発見された珍品が取引されている。
研究室からの家路で何か土産でも買って帰ろうかと思ったのだが、いろんなものが溢れすぎて逆に何を買えばいいのかわからなくなってしまった。
アクセサリーならチョーカーとか。けど、首輪みたいにも見えてしまうし。ならば上等な肉とか。でも結局料理するのはナナリーだしなぁ。
うんうん唸りながら歩くうちに店の数も減ってゆき、結局何も買えないまま、気づけば家の扉の前に立っていた。
まぁ明日買えばいいか。ため息一つ吐きながら、扉を開けて帰宅する。
「ただいま」
『あ、お帰りなさいサム!』
毛並みのいい金色の尻尾を元気よく振りながら、部屋の奥から給仕服を身にまとったナナリーが笑顔で駆けてきて出迎えてくれた。……この間までは。
「ナナリー?」
部屋の奥から物音がしていた。歩いて行くと、どうやら洗濯の途中だったらしい、ナナリーは座り込んで俺の服をいじっていた。
「帰ったよ」
「ひゃっ。さ、サム。帰っていたのですか? いつからそこに?」
「今帰ってきたところ」
尻尾がピンと立って膨らんでいた。どうやら相当驚いたらしい。
「す、すぐご飯の準備をしますね。ちょっと待っていてください」
立ち上がって歩いていこうとするが、その足取りは怪しく、少しふらついていた。
「あ」
予想通りよろめいて倒れかけたので、俺は慌てて彼女の身体を抱きとめる。
幼い頃は大きく頼もしいと思っていたその体が、今では簡単に俺の身体の影に隠れてしまう程に小さく、細く、そして軽かった。
「さ、サム……」
「大丈夫かナナリー。具合でも悪いんじゃないか」
洋服越しに感じる彼女の体温は少し高めで、俺を見上げる目も潤んでいた。やはり熱でもあるのでは無いだろうか。
「平気です。一人で歩けますから、離れてください」
ナナリーは顔を背けて、俺の腕を押しのける。その歩みはやはりおぼついていなかったが、ああ言われてしまった以上手を貸す事も出来なかった。
その後姿を見ていると、なんだか気持ちが重くなってくる気がした。
やはりナナリーはどこか身体がおかしいのだ。
……いや、違う。
頼りにされて居ないのがショックだったのだ。離れて欲しいなんて言われたのも、初めてだ……。
***
初めてご主人様と会ったのは、実験室での事だった。
私の親は実験用に飼われていた犬で、兄弟もたくさんいた。けれど実験にはそんなに頭数が必要なわけでも無く、私達兄弟のうち何頭かは廃棄されることになっていた。
廃棄と言っても別に殺処分されるわけでは無くて、誰かに引き取られるか売られるか、あるいは野に放たれるか、といったところではあったけれど、私はたまたま運良く引き取り手がみつかった。それがご主人様だった。
ご主人様はこの街の魔術研究者の一人だった。同じ研究者の男の人と夫婦になっていて、夫婦仲もとてもよかった。
私が来てから何年か後、二人の間に子供が出来た。待望の赤ん坊の誕生に二人はとても喜んでいた。私の相手をしてくれる時間は減ってしまったけれど、私はそんな二人の姿を見ているだけで幸せだった。
ご主人様と一緒に、私も赤ん坊の面倒を見た。
一緒に遊び、機嫌が悪ければ尻尾であやし、泣けば舐めて慰め、様子がおかしければ吠えてご主人様達を呼んだ。
おもちゃで叩かれたり尻尾を引っ張られたり痛い思いもしたけれど、ご主人様達の子供は私にとっても可愛かった。
けれど、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
まだご主人様達の子供が物心も付くか付かないかというころ、ご主人様が病気で倒れてしまったのだ。
旦那様はご主人様の病気を治そうと、寝食を忘れて治療法を探していた。けれど治療法は一向に見つからず、ご主人様の病状は悪くなるばかりだった。
治療法が見つからないまま、残酷にも時間だけが過ぎていった。そしてご主人様は、とうとう亡くなられてしまった……。
「ナナリー、あの子を、サムをよろしくね」
それがご主人様の、最期の言葉だった。
サムはまだ幼く、母親が亡くなったということを理解できていないようだった。
そして旦那様もまた、愛情が強すぎたのか、ご主人様が無くなったという事実を受け入れられないようだった。
彼は数日間研究室に閉じ籠って居たかと思うと、部屋を出てくるなりぶつぶつと何かをつぶやきながら旅支度を始めた。そして準備が整うなり、ご主人様の亡骸を抱えて「彼女の病気を治してくる」とだけ言い残して出て行ってしまったのだ。
私だけでなく、サムまで置きざりにして。
サムは父親がすぐに帰ってくると信じているようだったが、私はそうは思えなかった。
きっと旦那様は帰ってこない。
人間の子供は脆弱だ。親の保護が無ければ、一人で生きていくことなど出来はしない。このままでは、サムまで死んでしまう。
ご主人様は、サムをよろしくと言っていた。
サムはご主人様の一人息子。ご主人様の忘れ形見。
私が、守らなくては。
気づいた時には、寂しそうにしているサムの身体を抱き締めていた。
「サム。これからは私があなたを守ります」
「ナナリー。ナナリーなの」
「そうですよ。ナナリーです。……て、あれ?」
そう。抱き締めていた。人間のように二本足で立ち、人間のような形の腕で、人間の言葉をしゃべりながら、幼い男の子を胸に抱いていた。
「すごいね! ナナリーもまものむすめさんだったんだね!」
「そう、みたいです」
「よかったねナナリー! いっしょにおはなしもできるし、もっとたくさんあそべるね。なかよくしようね、ナナリー!」
「はい、サム。私はどこにも行きません。ずっと一緒です」
「ずっといっしょ!」
その日から私の子育てが。犬としてではなく魔物娘としての魔生が始まった。
しかしそこから先が苦難の連続だった。
人間の姿に近づいても、人間に出来ることの全てがすぐに出来るようになったわけでは無かった。
二本足で立って歩けるようになったけれど、手の形は獣とあまり変わらない。
炊事も洗濯も掃除も、最初は全然上手くいかなかった。
けれど、サムの笑った顔が見たくて一生懸命頑張った。家事全般を得意としている魔物娘のキキーモラさんに教えを請い、サムに勉強を教えるためにバフォメットさん達主催の勉強会にも参加した。自衛のためにリザードマンさん達に剣の稽古もつけてもらった。
大変なことはたくさんあったけれど、一つ一つ少しずつ解決していった。
私が頑張ると、サムは笑ってくれた。時折寂しそうな顔をするときもあったけれど、そういう時は何も言わずに抱き締めた。
サムはすくすくと成長して行き、そして両親と同じ研究者としての道を歩き始めた。
私が知っていることは、すべてサムにも教えた。今やサムは一人で何でもこなすことが出来る。どこに出しても恥ずかしくない、立派で魅力的な男性だ。
あとは彼にふさわしい女性が現れて彼の子供の姿を見られたら私の役割は終わりだ。そうすればご主人様の願いも果たされて、きっと死後の世界で喜んでくれるはずだ。
けれど、物事というのは頑張ってもそう上手くいかないものらしい。
ここで、これまでに無かった最大の問題が起こってしまった。
サムは素敵な男性に育った。魅力的すぎるほどに素敵な男性に。
彼は男性で、そして私は女性だった。
魔物"娘"と呼ばれているだけあり、私達に男性は居ない。繁殖のためには、人間の男性を番に選んで交尾を行う。
私はクー・シーと呼ばれる獣人型の魔物娘だ。そして獣人型の魔物娘には、獣のように定期的にあるものが訪れる。
生き物として当たり前の、けれど今の私にはとても厄介な、強烈な欲望。さかりの時期が。
今までも無かったわけでは無かった。けれどサムを育てることに全力を注いでいたため、そんなに気にもならないほどで支障にはなっていなかった。
けれど今回のそれは、そういうわけにもいかなそうだった。
私がサムの事を大好きなのも、一日中サムの事ばかり考えているのも、これまでと何も変わらない。
けれどその性質は、明らかに変化し始めていた。
彼が生まれたときから彼の事を愛していた。ご主人様の面影を残す彼が大好きでたまらなかった。
それは家族としてのはずだった。それなのに今は、彼を男性として、いや、交尾に適した雄として好きになり始めてしまっていた。
そばにいないときは無茶をしていないか、怪我などしていないかとサムの心配ばかりしていたけれど、ここのところはサムに抱き締められることばかりを考えてしまうようになった。
彼の姿が目に入るたびに胸がときめく。彼の匂いを嗅ぐだけでおなかが疼く。彼の気配を感じるだけで悦びが体中から溢れてしまいそうになる。
目を伏せ、鼻をつまみ、耳を抑えても、どうしようもなかった。彼の存在を探さずにいられない。彼に抱かれて、種付けされることばかりを願ってしまう。
自分では忠犬のつもりだった。けれども私は、欲望も抑えられない駄犬だったらしい。主人の願いを知りながらも、欲情を抑えられないはしたない雌犬。
こんな私は、サムの相手にはふさわしくない。
親離れ、子離れのように、別れの時期が来ているのだ。
けれどそれが分かっていても離れられなかった。だって、離れたくないのだ。学校や仕事で一緒に居られないだけでも辛いのに、別れるなんて不可能だ。
だから私は、耐えることにした。
サムの情報をできうる限り頭の中に入れずに、さかりの時期が過ぎ去るのを待つことにした。
どうにも気持ちが溢れてしまうときは自慰で自分を騙しながら、ただただ耐え続けた。
けど、それももう終わりかもしれない。
だって、知られてしまったから。サムの服に顔を埋めながら、匂いに包まれながら自分を慰めているところを見られてしまったのだから。
きっと彼は幻滅するだろう。そして私のもとを去ってゆく。
ご主人様は亡くなり、旦那様も居なくなり、この上サムまで出て行ってしまったら、私はどうすればいいのだろうか……。
***
キッチンに入ってからもナナリーの様子はおかしかった。
足取りは定まらず、視線もいろんなところを彷徨うものの、食材や食器を探したりする様子でもなかった。
思いつめたような表情で中空を眺めては、首を振って再び動き始める。
「ナナリー」
「は、はい」
「ご飯の前に、ちょっと話さないか」
ナナリーは何か言おうとするかのように口をぱくぱくさせるが、結局何も言わずにうなずいた。
キッチンから出てくる彼女の顔色は青白く、今にも倒れてしまいそうだった。
俺の隣に座るが、俺の顔は見ようとせずに顔を伏せてしまう。
「ナナリー。最近どうしたんだよ。なんだか様子がおかしいぞ」
びくっと耳が動く。
「そ、そんな事はありません。いつも通りじゃないですか」
「嘘つけ。耳も尻尾も垂れっぱなしで、人の話も聞いてるんだか聞いてないんだかわからないじゃないか」
「ひゃ、ひゃん」
耳を摘まんだり、尻尾を持ち上げたりすると、彼女は可愛い声を上げた。
「それに、なんだか今日は熱っぽいんじゃないか」
前髪を撫で上げて顔を近づけよく見る。やっぱり、その目は少し潤んでいて、顔も赤かった。
「や、やめてっ」
一瞬何をされたのか分からなかった。ナナリーの顔が少し離れていた。軽く付き飛ばされたのだ。
「あ……。ご、ごめんなさい」
衝撃だった。ほんのちょっとした衝撃だ。肩をちょっと押された程度の。けれど胸の中に、ずんと重く響いた。
友人の言葉が蘇る。
『発情期なんじゃないか』
ナナリーは獣人の魔物娘、クー・シーだ。獣人タイプの魔物娘にはそういう時期があるとは聞いている。
発情期。そうなのかもしれない。
俺だってもう子供じゃない。恋人や、嫁さんが居てもいいくらいの年齢だ。
そんな男の面倒をいつまでも見ていたら、自分の幸せを逃してしまうよな。周りからいらぬ誤解を受けるかもしれないし、好きな人が出来たって、その人のもとに走ることも出来ない。
いや、もうすでに好きな人がいるのかもしれない。俺だって、四六時中ずっとナナリーと一緒にいるわけではない。俺の知らないところで、ナナリーが誰かに恋に落ちていたって不思議じゃない。
それならば、冷たくされたのも合点がいく。
「ナナリー。もしかして、発情期なのか」
怖くて顔を上げられなかった。なぜそんなに恐れるのか自分でも分からなかった。
ナナリーは、家族だ。生まれたときからそばにいてくれて、よく覚えては居ないけれど、母さんが亡くなった時もずっと一緒に居てくれて、俺を助けてくれて。
そんなナナリーが、別の男と一緒になる……。
幸せになるならそれでいいじゃないか。今まで俺を育ててくれた、俺の為に色々な事を犠牲にしてくれていた相手の望みが叶うなら、喜んで送り出すべきだ。
「そう、です」
それなのに、どうしてこんなに胸が重いんだ。彼女の顔を見上げようとするだけでこんなに辛いんだ。
結局顔を上げられないまま、俺は膝の上で握りしめられた彼女の両手を見ているしか出来なかった。
***
嘘を通すことも出来たかもしれない。魔物娘は丈夫だから、病気なんてほとんどないけれど、それでも疲れて調子が悪いとか、風邪をひいてしまったとか言えば、誤魔化しようはいくらでもある。
けれどそれでは問題を先送りにするだけで、解決にはならない。
サムは、私の発情期に気が付いてしまった。今回はそれでしのげても、次も同じようにいくとは限らない。
どうせいつか話さなければならないなら、早い方がいい。
「獣人型の魔物娘には、こういう時期が、あるので」
けれど、発情期なんて。子作りのために交尾したくてたまらなくなる時期になっているなんて、恥ずかしくってろくに話なんて出来ないよぉ。
「それで、発情期ってやつはいつか落ち着くものなのか」
「はい。でも、しばらくしたらまた……」
顔も上げられず、彼の脚のあたりから視線を上げられない。
「そ、そうか。そういうもんだよな、そうだよな、うん」
膝のあたりで組まれた彼の両手の指が、落ち着きなく動いている。
「その、発情期っていうのは」
「はい」
「性欲が晴らせれば、解決するものなのか」
「……多分」
「相手は、誰でも?」
「そんなことはありません! 少なくとも私は、あ……」
思わず強い口調になってしまった。けれどこれだけは言わずにはいられなかった。
誰でもいいなんてことはあり得ない。愛する人以外と交わるくらいなら、一生清らかな身のままでいるか、あるいは舌を噛んで死んだ方がましだ。
サムは驚いたような顔をした後、なぜだか寂しそうな、悲しそうな顔になる。
どうしてそんな顔をしているの。これまでだったらすぐに飛び出して抱き締められていたのに、今はそれも出来なかった。
抱き締めてしまったら、きっともう自分を抑えることが出来なくなってしまうから。
「心に決めた人が、いるのか?」
いつの間にか、サムがまっすぐに私の顔を見つめていた。
その瞳の奥の真摯さに、答えてしまいそうになる。
けれどそれだけは言うわけにはいかない。ご主人様に仕える身として、大事なそのご子息を欲しいだなんて、口が裂けても言えるわけがない。
サムには、もっとふさわしい人がいる。
サムが幸せになってくれたら、私はそれで、それでいい、はずなのに……。
「……そういうやつが居ないんだったら、俺のそばにいてくれないか」
「もちろんです。サムが結婚しても、そばに置いてくださいね。子供の世話だっていくらでもしますから」
サムの子供。きっと相手が誰だろうと、可愛いんだろうなぁ。
その顔が見られたら、ご主人様の孫の顔まで見られたら、私はきっと満足できる。雌としてはともかく、主人に仕えた身として、これ以上の幸せは無い。
「そういう意味じゃない。その、なんていうか、発情期とかそういうの全部ひっくるめて、これからもずっと一緒に、俺だけのそばの居てほしいって言うか」
「え?」
言っている意味が分からずに見返すと、彼はばつが悪そうに目をそらした。
「わがまま言うみたいだけど、嫌なんだ。ナナリーが、俺以外の男の為に料理したり、笑いかけたり、尽くしたり、……そういう事を、しているのを想像したら、すごい嫌な気分になった」
「私は別に、サム以外の人にそんなことをするつもりは……」
「だからそうじゃなくて。分かったんだ。自分の気持ちに気付いたっていうか、思い出したっていうか。ナナリーの事が好きだってこと」
サムは吹っ切れたように、やけになったかのように私を真っ直ぐに見つめて、毛むくじゃらの私の手にその手を重ねて、握りしめる。
「……家族として?」
「一人の女性として」
聞き、間違えじゃないだろうか。サムが、私を?
顔が火照ってくる。身体が熱くてたまらない。心臓がうるさいくらいに高鳴って、自分でも何が何だか分からなくなってきてしまう。
「だ、ダメです。あなたはご主人様の息子。こんな駄犬と結ばれたいなんて、冗談だって言ってはいけません」
「構わない。周りから獣姦好きの上にマザコンの変態野郎だと言われようと、もう知った事か。俺はナナリーと一緒に居たいんだ」
熱っぽいまなざしが眩しすぎた。直視に耐えず、私は顔をそむけてしまう。
嬉しい。どうかしてしまいそうなほどに、街中を走り回りたくなるくらいに嬉しい。けれどダメだ。一時の気の迷いで私なんかと一生一緒に居ることになるなんて、そんなのサムの為にならない。
「ダメ、ダメです。私には好きな人が……」
そのためなら、このくらいの嘘は簡単だった。
「そんな奴が俺の服嗅いで欲情したりなんてするか? 知ってるんだぜ、ナナリーが俺で自分を慰めてたってこと」
心臓が爆発したのかと思うくらい、一気に身体がかぁっと熱くなった。知られてたんだ。全部、見られてたんだ。
「ひ、ひどいです……。知ってたんですか。それなのに、黙っているなんて」
「いや、知らなかった。かまかけてみただけだったんだけど、やっぱりそうだったんだな。だったらいいじゃないか。不満があるなら言ってくれよ。何でも直すから」
恥ずかしいのか、悲しいのか、嬉しいのか、よくわからない涙があふれる。
零れ落ちそうになる涙を指で掬い取りながら、サムがはにかむように笑う。
「そんなの、あるわけないじゃないですか。だってあなたは、私がどこに出しても恥ずかしくないようにって、誰が相手でも釣り合うようにって必死で育て上げたんですから」
「ならやっぱりいいよな。誰が相手でも釣り合うんだったら、ナナリーが相手だってさ」
やっぱり育て方を間違えてしまったかもしれない。ご主人様、申し訳ございません。
「そんなに強く尻尾を振ってたら、千切れちゃうぞ」
心の中で懺悔していた私の身体が、急にふわりと宙に浮かぶ。
「きゃっ」
サムが、私の身体を抱き上げていた。
「ちょっとサム。何をするんですか」
「何って、寝室に行くんだよ。歩くのもふらふらしてたじゃないか」
「だから私は病気とかでは無いんですって。ご飯の準備をしないと」
「病気じゃなくても、体調は悪いだろう。まずはそれを治さないとさ」
サムは立ち上がって歩き始める。手足や尻尾をどんなにばたつかせても、もう大人の男になってしまった彼の胸の中からは逃げられなかった。
昔は私が抱いてあやしていたのに、いつの間に逆転してしまったのだろう。
そんなことを考えながら、私の顔はいつのまにか笑っていた。
ベッドに下された後、そのまま身体を押さえつけられるように押し倒された。
それから、子供のころに戻ったみたいにベッドの上で転がり合って、お互いの身体に触り合い、抱き合った。
一緒に遊んだ頃のわくわくするような懐かしさが蘇るのと同時に、これから愛する雄と交尾するのだというぞくぞくとした期待が背筋を這い上がってくる。
体を這い回るサムの手も、今はもう無邪気な子供の手ではなく、女を愉しもうとする男の手だ。
お尻を、太ももを、そして乳房を撫で、感触を確かめるように力を入れてくる。
「はぅ、あっ。もう、どこでこんな、いやらしい触り方を」
「うーん。本能、かな。ナナリーがいやらしい身体をしているから、自然とこうなるんだよ」
サムは私の首元に顔を近づける。息がかかって、くすぐったい。
「犬臭くないですか?」
「人によってはそう言うかもな。けど俺にとっては、世界一好きな匂いだ」
大きく息を吸い込む音が聞こえてくる。やっぱり、恥ずかしい。色々な意味で。
「どんなに不安でも、寂しくても、この匂いに包まれてると落ち着くんだ。落ち着く、はずなんだけどな」
なんとなく、彼の言いたいことは分かった。なぜなら、彼の硬くなっているものが洋服越しにも私のおなかあたりで主張していたからだ。
「今日は何だか、落ち着かない気分になる」
「私もそうですよ。世界中のどこに行っても、サムを見つける自信はあります。どんな気持ちでいるかも。匂いですぐに分かります」
「今の俺の気持ちも?」
「もちろん」
彼の顔が近づいてくる。
私は、抵抗せずに彼を受け入れた。唇同士が触れ合い、確かめ合うように擦れ合い、それから舌同士が絡み合う。
「んっ。んっ」
獣臭いなんて思われていたらどうしよう。そんな風に不安になりながらも、けれど舌の動きは止められなかった。
戯れで、親愛の口づけをしたことは何度もある。けれどこんな風に男と女として、求めあうような口づけをするのは初めてだった。口づけだけでこんなに気持ちよくなって、興奮して止められなくなってしまうなんて、思ってもいなかった。
唇が離れても彼の味を離したくなくて、私はそれこそ本当に犬みたいに、サムの頬や首筋を舐め回し続ける。
「あはは、くすぐったいよ」
「あ……。ごめんなさい。犬みたいに……。匂いとか、大丈夫でした?」
「くらくらするほどいい匂いだった。興奮しちゃって、手が勝手に動いちゃったよ。ほら」
指さされるまま視線を落とすと、いつの間にか私は半裸に剥かれていた。下着も引っかかっているだけで、後は袖を外せば素っ裸だ。まぁ裸と言っても、私達は人間やほかの魔物娘と違って全身が毛深いのだけれど。
けれどそんな私の裸にも関わらず、サムは頬を染めながら目を離せずにいるようだった。
服を脱いで下着も外すと、生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「可愛い。すごい撫でまわしたい」
「いいですけど、私だけ裸なのはずるいですよね」
今度は私が彼の服に手をかける。獣の手だけれど、彼が子供のころには何度も脱がせたり着せたりを繰り返してきた。大人の男の服だろうと、脱がせるのは朝飯前だ。
シャツを脱がすと、逞しい胸板に目がくらみそうになる。下着ごとズボンを下ろすと、かぐわしい匂いでくらくらしてしまう。
重力に逆らって反り返るそれに、思わず手が伸びた。
小さいころはお風呂にも一緒に入った。それがこんなに、大きく立派になるなんて。
「サム。ごめんなさい。私もう、ダメかもしれない。……こんな素敵な匂い、嗅いでしまったら、正気じゃいられない。さかりのついた、雌犬に、なっちゃう」
「大丈夫だよ。ナナリーのどんな姿でも受け入れるから。だから、たまにはナナリーの自由にしていいんだよ」
ずっとずーっと言われていた「待て」を解かれたような気持になる。
「よし」思う存分、欲望のまま貪っていいぞ。主人から、そう許可をしてもらえたみたいな。
ご主人様はサムのお母さんで、サムは守らなければいけない人なのに。
でも、そのサムがいいって言っているんだから、いいよね。
私は肉球の間に彼の肉棒を挟み込んでしごきあげる。それから赤黒く膨れ上がった亀頭に舌を伸ばして、溢れ始めた透明な汁を舐める。
舌から背筋に、頭に向かって桃色の電流が駆け抜けた。理性が痺れ、強烈な感覚が全身をとろけさせる。下腹がきゅんと切なく疼いて、気持ちが滲んでとろとろと溢れ始める。
欲しい。
この男の、子を孕みたい。
この雄の子種で仔袋を満たしたい。
私は夢中になって肉棒を舐め続ける。舐めれば舐めるほどにおいしいお汁が出てきて、どんどん幸せな気持ちが高まってゆく。
くぅんくぅんと声を上げながら、私は男の顔を見上げてお尻ごと尻尾を振って見せる。
「肉球も気持ちいいけど、舌、やばい。つーかナナリー、大丈夫なのか。口調まで変わってるけど」
「んっ。言ったでしょ、さかりのついた、雌犬になっちゃうって。もう、サムと交尾することしか考えられないもん」
私は彼の身体ににじり寄る。胸元に彼の膨れ上がった雄を抱えて、乳房の間に挟み込む。
そんなに大きい方ではないけれど、柔らかさにはちょっと自信がある。
「娼婦なんて、目じゃないよ。サムの子を孕むためなら、何だって出来るんだから。……したいこと、何でも言っていいんだよ。サムの為に、何だってしてあげる」
そしてゆっくりと上下に動かし始める。
「おっぱいでされるのも初めてだよね。どう、気持ちいい?」
胸の中で、サムのが跳ねる。必死でこらえる顔が、可愛くてたまらない。
「くっ。あぁ、すごいよ。これ。すぐ出ちゃいそう」
「ふさふさの毛の感触もいいでしょう? こんなの、ほかの種族じゃなかなか出来ないんだから」
そして、乳房の間から顔を出している彼の頭に再び舌を這わせてやる。これも鼻が突き出て、舌が少し長い私だからこそ出来る芸当だ。
サムには、私の身体の良さをたっぷり教え込まなくては。他の誰にもわき目も振らず、私だけに種付けする雄になってもらわなくてはいけないのだから。
「やばい、もう、出る」
こみあげてくるのは匂いで分かった。けれど私は、あえて絶頂を迎える前に刺激を止めた。
だってもったいないからだ。確かにこのまま口で受け止めてその味を堪能するのも悪くない。けれどそれはいつでもいい。今はとにかく、体の奥で彼の欲望を受け止めたい。仔袋を子種汁で満たす。とにかくそれが最優先だ。
私は切なそうな顔をする彼に背を向け、お尻を突き上げる。
そして両手でお尻の肉を開きながら、腰を振って彼を誘惑する。
「犬みたいに、後ろからして。激しく、めちゃくちゃにしていいから」
私は枕に頭を預けながら、彼に懇願する。
「ナナリー」
熱に浮かされたような顔で、彼は私のお尻を掴む。
そして、今にも暴発しそうなそれを、私の入口にあてがった。
「早く、犯して?」
背筋から這い上がる震えるほどの欲望のままに、私は誘惑するように微笑んだ。
そしてとうとう、サムが私の中に入ってきた。
「きゃうぅうんっ」
擦れてる。ぷっくりと膨れた彼のたくましいモノが、私の内側の柔らかくて敏感な部分を押し広げながら、私の一番奥に精液を浴びせるためにぐんぐん進んでいく。
「はっ、はっ、はっ」
体中が気持ちよくて震えてしまう。心臓が脈打つたびに、膣が感じて、全身を快楽で波立たせてゆく。
あそこに神経と血液が集中していく。妊娠の準備を始めてる。
「ナナリー、これ、やばいって」
「早く犯してぇ。奥、めちゃくちゃに、突いて、あなたの子を孕ませて」
だらしなく舌を出しながら、濡れた瞳でサムを挑発する。
「あぁんっ。おっきぃ。一番奥、当たってるのぉ」
嬌声を上げるたび、彼の顔からも余裕と理性が消えて、少しずつさかりのついた獣じみた凶暴な顔になってゆく。
今からこの雄に蹂躙されるのだと思うと、寒気がするほど興奮した。
サムが覆いかぶさってくる。
身体で身体を押さえつけながら、激しく腰を振ってくる。
肉が弾けて、愛液が飛び散る。卑猥な音が部屋にこだまして、交わりの淫臭が即座に部屋に充満した。
淫らな匂いが頭の中にいっぱいに広がって、もう何も考えられない。
サムがおっぱいをまさぐってくる。好き勝手に揉みしだいて、柔毛の中に隠れていた乳首を探し当ててつねってきた。
強烈な刺激に背筋が反り返った。その顎を掴まれて、無理やり口の中にまで何かを突っ込まれる。
これは、舌? それとも指? どっちでもいいの。舐めればいいの?
サム。サム! あぁ、幸せぇ!
「ナナリー、出る、よっ」
サムが一層強く腰を押し付けてくる。私の一番奥を、さらにこじ開けようとするようにねじ込んで、そこでついに弾けた。
「あ、あああああっ」
「あおぉぉぉんっ」
熱いのが、弾けてる。どろどろのマグマみたいに噴き出して、私の中をべっとりと汚していく。
何度も、何度も脈動して、そのたびに上塗りするみたいに。
ご主人様。ごめんなさい。
でも、私とても幸せです。サムも、とっても気持ちよさそうで、幸せそうです。
だから、いいですよね。許してくれますよね。ご主人様。
***
自分が何をしているのか、途中からよくわからなくなっていた。
とにかく気持ちよくて、ナナリーが可愛すぎて、愛おしすぎて、それがいつしか孕ませたくてたまらなくなって、ただただ腰を振り続けていた。
自分でも、こんなに激しくなるとは思わなかった。
一度しただけなのにベッドはぐちゃぐちゃで、二人して大きな声を出したからご近所中にも知れ渡ってしまっただろう。……と言っても、ご近所からもしょっちゅう聞こえてくるのでその点は特に問題ないのだけれど。
ナナリーの身体はとても抱き心地がいい。どこを触ってももふもふとした毛でおおわれていて、柔らかくて温かい。性的な事を除いたとしても、抱き合っているだけで満たされるような気持になる。だからこうして行為が終わった後も、なかなか手放すことが難しかった。
「サム」
「あぁ、ナナリー。すごく気持ちよかったよ」
ナナリーは笑う。俺は笑い返しながら、唇を重ねた。
心地よい倦怠感が全身を満たしていた。このまま彼女を抱いたまま眠ったら、きっと気持ちいいだろうなぁ。
そして横になりかけたところで、俺は異変に気が付いた。
「……あれ」
抜けない。
ナナリーの中に挿入した自身が、まるで溶けてくっついてしまったかのように動かない。
ナナリーは頬を染めたまま、まだ潤んだままの目をこちらに向けてくるだけだ。
「ナナリー、これ」
「抜けなくなっちゃったの。えへへ」
「痛くはないか」
「全然。むしろ、サムが入ってると安心する」
とろんとした甘い声。緩やかに怪しく揺れる尻尾が下腹部をくすぐってくる。
「それならいいか。けど、このままじゃ動けないよな。一度抜こう。痛かったら言えよ?」
「うん、でも」
腰を引くが、どうしても外れない。
ならば立ち上がってと膝を立てたところで、ナナリーの方から急に力をかけられてしまった。
「おおっと?」
バランスを崩して腰から倒れ込む。
つながったままの部分がさらに深くえぐりこまれるような形になり、ナナリーが悲鳴を上げた。
いったばかりで敏感になっていてこちらも辛かったが、それよりナナリーの方が心配だ。
「ご、ごめん。大丈夫か」
「あははぁ。また、いっちゃったぁ」
倒れた俺の上に跨り、いわゆる背面騎乗位のような体制で、ナナリーは嫣然と微笑んだ。
ナナリーの様子が、またおかしくなりかけている。
「ねぇサム。知ってる? 犬って、一度挿入すると射精が成功するまで抜けないんだよ」
つながったまま抜けなくなっている犬は見たことはあるけれど……。
「あれはね、雄のアレが雌の中で膨らんで抜けなくなっちゃうんだぁ」
「俺は人間だぞ。それ、射精は成功したろ?」
「うん。でも、私は犬の魔物娘だから。愛しい人の子を孕みたくて仕方ない、はしたない雌犬だから。だから犬みたいな交尾をしたくて、身体がそうなっちゃったのかも」
ナナリーが、再び腰を振り始める。
「受精、出来るまで、抜けなくなっちゃったかも」
腰の動きが次第に激しくなるほどに、ナナリーの喘ぎ声も大きく、艶やかになっていった。
間をおかず再開した獣のように激しく荒々しいまぐわいに、俺は歯を食いしばって耐える事しか出来ない。
「それに、愛する人から精液を注いでもらえる喜びを、子宮が気持ち良いことを知っちゃったし。
サムもそうでしょ。もっと二人で、気持ち良いこと、しよう?」
擦れる度に強く弾ける、濃厚な彼女の匂い。考えることさえ難しくなり、甘い言葉がストンと胸に落ちてくる。
「もっと二人で、愛しあおうよ、サム。あなたの子が欲しいの」
あぁ、そうか。
全部かなぐり捨てればいいんだ。
全て忘れて、一番大事なナナリーを愛することだけ考えれば。孕ませることだけ考えれば。
俺も犬みたいになってしまえばいいんだ。
激しい快楽で無理矢理二度目の放精に導かれながら、気の遠くなるような感覚の中で俺は再び、更に深く堕ちて行った。
窓の外から、いつの間にか朝日が差し込んでいた。
そろそろ仕事が始まる時間だ。けれど、今日はちょっと仕事になりそうにない。そもそも仕事場にも行けそうにない。
昨日頑張りすぎで、身体が重くてベッドの上から動けそうにないのだ。
頭の中も、まともな事なんて考えられない。昨日の夜の刺激が強すぎて、ナナリーの痴態が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
まぁ魔物娘はみんな性欲が強いので、この国では似たような理由で欠勤する同僚も珍しくない。後から説明すれば分かってもらえるだろう。
「なぁ、もう顔見せろって」
「だ、ダメです。恥ずかしいし、サムの顔見たら多分……。それにご主人様に顔向け出来ません」
隣に寝転ぶナナリーは起きてからずっとこの調子で、両手で顔を隠したまま見せようとしないのだ。
「母さんなら許してくれるさ。俺も、ナナリーも幸せになるなら、それでさ」
「そう、でしょうか」
ナナリーは指の間から、不安げな視線を向けてくる。
サラサラの髪を撫でながら、俺は小柄な身体を抱き寄せる。
「よくやってくれたって褒めてくれるさ。俺にこんなに素敵な嫁まで用意してくれたんだから」
「サムの手……。ご主人様の手みたいです。落ち着きます……」
泣いているのだろうか。笑っているのだろうか。
いたずら心のままに彼女の両腕を掴んで広げた。
「サム! もうっ。ダメですったら」
彼女は泣いて、怒って、笑った。それから照れたように真っ赤になって……って、あれ。
「まださかりは治まってないんですよ。あなたの顔、裸の肌を見たら、自分を抑えられなく……。あぁん」
両手を取ったつもりが、いつの間にか取られていた。
身体の上に馬乗りになられて、ベッドに押さえつけられる。
これは、朝から、まずいかも。
「えっと、ナナリー。そろそろ朝ごはん」
「食べたいなら、私を食べて。どこも甘くて、美味しいですよ」
魅力的な弾力の肉球に刺激されると、すぐに元気になってよだれを垂らしてしまう。
けど、元気になったのは俺だけじゃない。
尻尾はふりふり。耳はぱたぱた。嬉しそうに俺の身体に顔を擦り付けて匂いを嗅いでくる。
元の通り、とは少し違ったけれど、ナナリーは元気を取り戻して、これまで通りに一緒に居てくれる事になった。
可愛いナナリー。これからは俺が彼女を幸せにするのだ。もう絶対に離さない。……いや。
「それじゃあ、いただきます」
離してもらえない、かな。
覆いかぶさってくる身体を抱き返し、その毛並みを堪能しながら、俺は理性と人間性を部屋の隅っこに捨て去る。
あとに残ったのは、さかりのついたけだもの二匹。
そして朝っぱらから、閑静な住宅地に獣の遠吠えが響くのだった。
16/07/29 00:03更新 / 玉虫色