第三幕:崩壊。そして……。 〜魔物娘の性活〜
「今日の交わりは、凄かったね」
海中での交合から戻る頃には、既に海上は日が暮れかけて海全体が橙色に染まっていた。
アクトとレイは小舟に戻ると、それぞれ自分の衣服を身に付ける。名残惜しかったが、それぞれ住処へと帰らなければならなかった。
「……おれ、やっぱりレイと一緒になるよ。一日でも早く、そうしたい」
「でも、お母さんは」
「相談してみる。貰った魔物化薬の事もちゃんと話して」
「使い方、気を付けてね。純正のサキュバスの秘薬と違って、あれは私の魔力を元に海の魔力とかを混ぜ合わせて作った不安定なものだから」
「何になるかは分からない?」
「そう。一番可能性が高いのは基本の種族であるサキュバス。次いで、海の魔力の影響を受ければネレイスの可能性もあるかな。あとはアクトのお母さんの適正次第」
着替えを終えたアクトは、暮れはじめた空を見上げて息を吐いた。
「魔物娘になったら、愛する男の事が第一になるんだよな」
「うん」
ならば母は自分を棄て、顔も知らない自分の父の所へ飛び去ってゆくのだろうか……。
冷え始めた夕暮れの海風に、少し身体が震える。
着替えを終えたレイが腕を絡めてきて、その体温が無性に嬉しかった。
「あのねアクト。もしアクトのお母さんとアクトがそう言う関係になっても、私は別に、気にしないからね」
アクトはまじまじとレイの顔を見つめる。一体何を言われているのか、よく分からなかった。
「だから、本当は私だけのアクトで居て欲しいけど、アクトのお母さんも、全てを犠牲にしてでも愛する男との子供を求めた、愛に生きていた人だし、何よりアクトを産んでくれた人だし、私も尊敬できるって言うか、だからアクトとお母さんが愛し合う事になったとしても」
「いや、いやいやいや。それは無いだろう。母さんは多分、父さんの所に行ってしまうだろうし」
アクトは苦笑いしながら、続けた。
「それにまだ魔物になるって決まったわけじゃ無い。母さんの顔を見たら、俺の決意も鈍るかもしれないしな」
「そっか。そうだよね」
「そうだよ」
二人は見つめ合い、そして微笑みを交わし合う。
「また明日ね」
「あぁ、また明日」
「明日もいっぱいいっぱい、しようね」
「あぁ、また海の中でしよう」
口づけを交わすと、レイは海の中へと戻っていった。
そして一人になったアクトは、家へと向けて舟をこぎ出した。
思ったよりも海上に長く居続けてしまったため、家に着くころには既に日が暮れきってしまっていた。
「ただいま母さん。遅くなってごめ……え」
声をかけながら玄関の扉を開いたアクトは、思わず息を飲んだ。
これだけ暗いというのに灯り一つ付いていなかった。眠っているのかと思いベッド近くのランプに火を灯すが、ベッドの上はもぬけの殻だった。
夜の闇が胸の中に忍び込んできたように、身体の芯が冷たくなる。
「母さん……。母さん!」
「ここよアクト。おかえりなさい」
声のした方を振り向くと、大きな姿見の鏡の前に母親の姿があった。
「どうしたんだよ母さん、灯りも付けずにそんなところに座り込んで……え?」
改めて灯りを向けて浮かび上がった母親の姿に、アクトは全身を硬直させる。
最初は上半身裸で、下半身だけ紅色のスカートを穿いているのかと思った。
そんな格好では風邪をひいてしまう。と口を開きかけたところで、そうではないことに気がついた。
彼女の下半身を覆っていたものはスカートではなかった。それはアクトのよく知る、普段から見慣れた、蛸の形の八本の触手だった。
そこに居たのは母親であって、もうアクトの知っている母親でなかった。彼女の姿は既に、レイと同じモノへと変化してしまっていた。
「どうしたの? そんな驚いた顔をして」
近づいてくる母親の顔も、最近までのやつれたものでは無かった。それはアクトが幼い頃に憧れた、若さと活力に満ち溢れた美しい女の顔だった。
その肌も艶やかで、頬に差しのべられた指も、子供の頃に感じた柔らかい指だった。
「母さん、なのか」
「さぁ、どうかしらね。確かに私とあなたは母と子の関係であるけれど、今はそれ以前に、魔物と人間。いえ、雌と雄、という関係かもしれないわね」
手の平に顔を包み込まれても、触手が四肢に絡み付いても、アクトは動く事が出来なかった。
幼い頃、この人に愛されるためなら何でもしようと、世界で一番愛していた人が、まさにその全盛を越える程の美しさで自分に迫っている。それでも母と子である以上、拒絶しなければならないはずだったが、生まれてからずっと母と子の二人きりで生きてきたアクトにとって、思慕と恋慕の入り混じった想いを断ち切る事はそう簡単には出来なかった。
母の顔が近づいてくる。けれどもアクトにとってそれは既に母であるとともに、別の女のようにも感じられ始めていた。
唇同士が触れ合うのを、アクトは止められない。
その感触に、アクトは戸惑う。幼い頃に何度もしているにも関わらず、初めて感じる感触だった。それはレイにされる時と似ているようで、しかしレイにされるのとは全く違っていた。
アクトの唇の形を確かめようとでもするかのように、愛おしむように、唇は幾度も押し付けられる。やがて唇を割ってアクトの中に舌が侵入してくる。
家族で交わす親愛の口づけとはまるで違う、愛し合う者を求める愛欲の接吻。母はもう、息子ではなく男として自分を見ているのだ。
アクトは不覚にも己自身を意識してしまう。必死で押さえようとするが、漂い始めたレイとは違う女の匂いに気が付くと、もう目の前の相手を女として意識せずにはいられなかった。
そして一度でも意識してしまえば、こんなに美しい女、レイに勝るとも劣らない魅力的な相手を前に、身体の中の雄を押さえつける事は不可能だった。
ズボンの生地を押し上げ、アクトの男の部分が硬く勃ち上がる。
彼女は淫靡に口元を歪ませると、アクトを床へと押し倒し、ズボンのベルトへと手を伸ばした。
金具が外され、あっという間に脱がされる。アクトは抵抗することもなく、されるがままだった。
覆いを外されたアクトの欲望が跳ね上がる。彼女は天井に向かってそそり立つ一物を両手で包み込むように握ると、うっとりと目を細めて頬ずりをし始める。
「手のひらに、アクトの熱が伝わってくる。それに、凄く硬いわ。いつの間にか、こんなに逞しくなっていたのね」
「かあ、さん」
彼女はアクトの先端にためらう事無く口づけをすると、鈴口をぺろりと舐めて舌を這わせ始める。
「あの人とは比べ物にならないくらい、濃厚な雄の匂い……。それにこの味、たまらないわ……」
彼女はついにアクトの全てを咥え込むと、ぐちゅぐちゅと音を立てて荒々しく舐めしゃぶり始める。
舌の感触も、舌使いも、レイのそれとは全く違っていた。
全てを知り尽くしたレイが時に焦らし、時に弱点を突いて責めて来るのに対して、彼女の口淫はとにかく丁寧で居て、それでいてただただ精液を求める事にあまりにも必死だった。
かりや鈴口、裏筋はもちろん、浮き出た血管にまで舌を這わせ、表情が崩れるのも構わず唇をすぼめて吸い上げる。
恋人と違う女、しかも自分の肉親を侍らせているという背徳感も相まり、全身に鳥肌が立ち、寒気がし始めるほどに興奮してしまう。
絶対にしてはいけない。それは分かっていた。
しかしだからこそ、してしまいたいという欲望は際限なく膨れ上がった。
アクトの限界は、簡単にこじ開けられた。
「うっ。母さん、出る。もう、やめて」
欲棒が大きく脈打ち始め、息子の性欲が母の喉奥へとはじけ飛ぶ。
前触れもなく喉奥へ粘つく白濁を浴びせかけられ、女は涙を流しながら軽く咳き込んだ。必死で精液を飲み干してゆくが、受け止めきれず飛び散ったそれが淫らに美しい顔を汚してゆく。
女は全てを飲み干すと、ほぅっと大きく吐息を吐いた。
「あぁ……。これがアクトの射精、アクトの、精液……」
「ごめん母さん。俺、母さんになんてことを……」
「アクトはやっぱり優しい子ね。いいのよ、アクトが気持ち良ければ、私はそれでいいの。それに、私もとても気持ち良かったもの」
女は頬に残った精液を舐めとりながら、うっとりと目を細める。
「それに……。この芳しい香り、深みのあるこってりした味わい……。とっても美味しいわ」
その姿はアクトの知る魔物娘、レイと比較しても、あまりにも淫魔然としていた。母親でしかありえないはずなのに、母親とは思えなかった。
「アクト。母さんね、早く病気を治したいの」
「あ、ああ。おれも早く元気になって欲しいと」
「だからね。栄養のあるものが必要なの」
女はずい、と身を乗り出してくる。ちょうど腰と腰が重なるような位置にまで。
アクトは嫌な予感がした。
「分かる?」
「ああ、母さんのために栄養のあるものを作るよ、だから早くそこからどいて」
「確かにアクトの手料理はとっても美味しかったわ。あなたと一緒に食事をしているだけで、幸せな気持ちになった。
でもね、今の母さんが元気になるには普通の食べ物じゃ駄目なの。母さんはもう魔物娘だから、愛する人の精液が一番の栄養源なのよ。だから……」
女は身を起こし、粘液でぐしょぐしょになった淫らな貝がらを男の眼前にさらけ出す。
ごくり、と生唾を飲み込んだのは、男の方か、女の方か。
「アクトは元気ね。子供のころから全然変わらない。元気でやんちゃで、でもいつも母さんの事を守ってくれた」
女は指で、自らの二枚貝を押し広げながら、もう片方の手で男の屹立したままのそれを掴む。
アクトは全身に力を込めて暴れようとするが、手足を拘束しているのは丸太のように野太い、筋肉の塊のような蛸の足。いくら大人の男の力でもびくともしなかった。
「やめろ、やめてくれ母さん。それだけは、ダメだろ。だっておれ達は」
「愛し合う魔物と、人間よね。それ以上に、十年以上二人きりで、あなたが生まれた時から、ずっとずっとお互いだけを想い合い、愛し合って来た男と女。そうでしょう、アクト」
柔らかな秘肉に触れると、意思とは関係なく雄の棒が喜ぶように跳ねる。
女は舌なめずりをしながら、ゆっくりと腰を下ろしてゆく。
淫らな水音を立てながら、アクトは生まれ落ちた場所へとゆっくりと還ってゆく。
「ああぁ……。気持ちいい。こんなの、初めてよ、アクト」
「母さん。ダメだ、早く抜いてくれ」
言葉とは裏腹に、アクトの一物は脂の乗った雌の貝の味わい深さに喜び打ち震えていた。理性と本能の葛藤はしかし、次第に本能が優勢になり始めていた。
女もそれを分かっているのだろう。アクトの言葉など意にも介さず、ゆっくりと楽しませるように腰を振り始める。
寄せては返す波の音のように、淫らな水音が小さく繰り返し始める。
「そんなに心配しなくてもいいのよ。ほら、お母さんのおっぱい、しゃぶって?」
アクトの顔に女の乳房が押し付けられる。その柔らかさ、ミルクのような甘い香りは幼い頃の安らぎを思い起こさせる。
硬く閉じていた唇が少しずつ緩んでゆき、生まれて初めて口にした母の乳首を再び咥え込む。
母乳の味など覚えても居なかったが、舌の上に感じる女の汗の味は、今でも甘く安らかな味だった。
「上手よアクト。気持ちいいわ。もっと強く吸っても、いいのよ?」
アクトを包み込む女の感触は、それまでアクトが知っていたものとは違っていた。吸い付いてくる柔襞の感触、締め付ける膣全体の圧迫感、欲情する雌の匂い、汗の味。全てが新鮮だった。
レイとの交わりで、刺激に対する耐性は付いているつもりだった。しかしこの普段とは異なる刺激は、そんなアクトの男としての自信を打ち砕き、簡単に追い詰めていった。
レイに対する罪悪感が湧き上がる。母に犯されるという衝撃と背徳感で混乱していたが、こんな事を知られたら、レイに会った時にどんな顔をすれば良いのか。
それでも、駄目だと分かっていても、アクトは女達の身体を比較せずにはいられなかった。
どちらも、とても魅力的だった。どちらが良い、というわけでは無かった。レイにはレイの良さがあり、母には母の魅力があった。
耐えようともがいても、どうしようもなかった。口の中を、指先を、全身の肌を、男根を、ありとあらゆるところを擦られ、撫でられ、絞め上げられ、無理矢理に絶頂に上り詰めさせようとする魔性の愛撫には、抵抗するすべなど無かった。
やがて女の肌も赤く色づき、わずかに発汗し始める。甘い雌の匂いを発する柔肌が、触手が男の身体に強く絡みつき、強張り、そして。
母子二人暮らしの小さな家に、歓喜の声が大きく響き渡った。
「それじゃ、行くよ母さん」
小舟に母を乗せて、アクトは夜の海に船を出した。
既に日は完全に落ちていて、夜空には月が煌々と照っている。夜の海は映り込んだ月の影以外漆黒の闇が広がるだけだったが、アクトはレイが必ず見つけてくれるという確信があった。
「……アクト、ごめんなさい。私、何てことを」
「謝らなきゃいけないのはおれのほうだ。薬の事も説明しなかったし、おまけに母さんに……」
暗闇で誰にも見えはしなかったが、アクトの顔は真っ赤だった。そして一緒に乗っている彼の母もまた、誰にも見られたくないとばかりに抱えた膝の間に顔を埋めていたが、恥じらいで顔を染めていた。
とてもアクトを誘惑し犯した淫魔には見えなかった。むしろ恥じらうその姿は、望まぬ交わりで純潔を散らしてしまった初心な少女のようでさえあった。
パスの肉体は魔物のそれへと変じてしまった。しかしその精神までも、完全に魔物になっていたわけではなかった。
有無を言わさず力づくでアクトを陵辱したのは、一時的に精欠乏状態に陥ってしまっていたのが原因だった。
人間の体から魔物の体へと変わることは、当然肉体へ大きな負荷がかかる。全身を気が狂うほどの快楽と性的な欠乏感に襲われながら、身体中の生命力である精を燃やし尽くしてしまうのだ。
そのため、魔物になりたての者は否応なく、欠乏した精を補おうと魔物の本能が命じるままに愛しい雄との淫猥な交わりに駆り立てられる。あれは、その結果だった。
精さえ補給されれば魔物としての本能もしばらくはなりをひそめ、こうして人間だった頃の理性も戻ってくる。
しかし、彼女が理性を取り戻してすぐは本当に大変だった。
息子と交わるという破倫を犯したばかりか、いまだに息子を求めている気持ちが収まらない事に彼女は困惑し、自己嫌悪し、そして息子を男として愛していたという事を当の本人に知られた事を恥ずかしがり、何を言っても聞こうとしなかった。
アクトはもうどうしたら良いのか分からなくなり、魔物娘の事は魔物娘に聞くのが一番だと結論付けて、レイに会うべく夜にも関わらず無理矢理に母を船に乗せて海へと漕ぎ出したのだった。
「……死のうと思ったの。厄介者である私が居なくなれば、アクトは恋人と一緒になれるだろうって思って。だからあなたが用意した薬を……」
アクトは呆れながらため息を吐いた。
「何であれを病気の薬じゃなくて毒薬だと思うんだよ。おれが大事な母さんに毒を盛るわけ無いだろ。そんな事を考えるくらいなら元気になる事を考えてくれよ」
「本当に、その通りよね。もしかしたらアクトまで失ってしまうと思って、私も気がおかしくなっていたのね。ごめんなさい」
「まぁ、いいさ。もう済んでしまった事だ」
アクトはひとまず話は終わりだとばかりに黙り込むと、黙々と櫂をこぎ続けた。
直感が命じるまま船を進めてゆくと、海中に薄ぼんやりとした明りの揺らめいている海域の近くに辿り着いた。
「何かしら、あれ。綺麗な光ね」
海の魔力の光だ。アクトがそれに気が付いたその時だった。
ばしゃりと近くで水が弾けた。
「海の魔物達の街だよ。こんばんは、アクト、お母さん」
ぎしっと小舟が軋む。レイが船の縁に腕をかけて微笑みかけていた。
「やっぱり薬、使ったんだね」
「使ったというか、事故と言うか。けど、言っていたのと違うじゃないか。サキュバスかネレイスになるんじゃなかったのか?」
レイはアクトの母親の顔をじっと眺めながら、首をかしげる。
「私と同じスキュラか。確かに私の魔力が中心だったけど、普通に飲んだのなら周りに満ちているサキュバスの魔力や海の魔力の影響を受けるはずなんだけど」
「飲んでないの」
「「え?」」
アクトとレイが声を上げて見守る中、パスはもじもじと身をよじりながら、小さな声で告白する。
「毒薬だと思って飲もうとしたけど、やっぱり怖くなって出来なくて、手が滑って食材の入っていた籠に落としてしまったの。そうしたら、薬がかかった蛸が大きくなって、襲いかかられて、その、犯されて……」
アクトとレイは顔を見合わせる。
「食材って、昨日私が獲って来た奴?」
「そうだな」
「私達が交わっていた時にすぐそばにあった奴だよね。……うーん、私達の交わりで生まれた魔力が染み込んでいたところに、更に魔物化薬を浴びせられて、蛸の身体を通して魔物化の魔力が暴走したのかなぁ」
「そんな事あり得るのか」
「聞いた話だけど、人間がラミア種の魔物になりたいときには、その魔物娘が交わりの際に生じる魔力を蛇に封じ込めて、その蛇に女の子を襲わせる儀式をするって事もあるんだって。
もしかしたら、それに近いことが起きたのかも。あの薬はもともと不安定だったし」
アクトの母は、悩ましげな表情で俯いた。
「私、これからどうしてゆけばいいのかしら」
アクトもまた表情を曇らせる。が、一方でレイはあっけらかんとしたものだった。
「どうしたらって、私達と一緒に海中都市で暮らせばいいじゃないですか」
「でも、私とアクトは母親と息子で、でも私はもう、アクト無しでは……あぁ」
「大丈夫ですよ。だって親子である以前に魔物と人間、別の種族なんだもの。もう血縁はそこまで関係ないですよ。種族っていう、血縁以上の隔たりが出来てしまったんですから」
「そう、なのかしら」
「むしろ親族関係としては、私とアクトの魔力から魔物になったんだから、私達の娘という考え方も出来るんじゃないかしら」
自分の母親が、自分とレイとの間の娘? アクトは急に頭痛がし始め、こめかみを押さえる。
「いや、全くわけが分からんぞ」
「でしょ。だから難しいことはもうどうでもいいのよ。みんな元気で、お互いの事が大好きならそれでいいじゃない」
レイは笑うと、アクトに抱きついて口づけする。
「ね、私のアクト」
それを見て、もうひとりのスキュラは頬を膨らませる。
「むぅ。アクトは私の息子よ。私のものでもあるの」
そう言って、アクトを自分の胸元に抱き寄せる。
「待ってくれ。おれは父親とは違うんだ。おれは遊びでは無く、真剣に」
「真剣に二人を愛してくれればそれでいいじゃない」
「そうよ。あなたはあの人よりずっと男前で、魅力的よ」
アクトは更に言い募ろうとしたものの、その時には既に柔らかく湿った何かで口を塞がれてしまい、それ以上言葉は出てこなかった。
月光だけが照らす闇夜の中、アクトの全身に何とも言えない、どちらのものとも知れないぬるりとした感触が巻き付く。
「アクト、だーいすき」
「愛しているわよ、アクト」
一人と二匹は深く激しく絡み合う。そして月が見下ろす中、快楽の宴が始まった。
その動きの激しさは、小さな釣船程度では耐えきれなかった。やがてそれはひっくり返って、転覆してしまった。
けれどそれでも宴は終わらなかった。
夜の海の闇の中で、一人と二匹は延々と交わり続けた。深く強く交わりながら、快楽の海へと、深く深く沈んでいった。
海中での交合から戻る頃には、既に海上は日が暮れかけて海全体が橙色に染まっていた。
アクトとレイは小舟に戻ると、それぞれ自分の衣服を身に付ける。名残惜しかったが、それぞれ住処へと帰らなければならなかった。
「……おれ、やっぱりレイと一緒になるよ。一日でも早く、そうしたい」
「でも、お母さんは」
「相談してみる。貰った魔物化薬の事もちゃんと話して」
「使い方、気を付けてね。純正のサキュバスの秘薬と違って、あれは私の魔力を元に海の魔力とかを混ぜ合わせて作った不安定なものだから」
「何になるかは分からない?」
「そう。一番可能性が高いのは基本の種族であるサキュバス。次いで、海の魔力の影響を受ければネレイスの可能性もあるかな。あとはアクトのお母さんの適正次第」
着替えを終えたアクトは、暮れはじめた空を見上げて息を吐いた。
「魔物娘になったら、愛する男の事が第一になるんだよな」
「うん」
ならば母は自分を棄て、顔も知らない自分の父の所へ飛び去ってゆくのだろうか……。
冷え始めた夕暮れの海風に、少し身体が震える。
着替えを終えたレイが腕を絡めてきて、その体温が無性に嬉しかった。
「あのねアクト。もしアクトのお母さんとアクトがそう言う関係になっても、私は別に、気にしないからね」
アクトはまじまじとレイの顔を見つめる。一体何を言われているのか、よく分からなかった。
「だから、本当は私だけのアクトで居て欲しいけど、アクトのお母さんも、全てを犠牲にしてでも愛する男との子供を求めた、愛に生きていた人だし、何よりアクトを産んでくれた人だし、私も尊敬できるって言うか、だからアクトとお母さんが愛し合う事になったとしても」
「いや、いやいやいや。それは無いだろう。母さんは多分、父さんの所に行ってしまうだろうし」
アクトは苦笑いしながら、続けた。
「それにまだ魔物になるって決まったわけじゃ無い。母さんの顔を見たら、俺の決意も鈍るかもしれないしな」
「そっか。そうだよね」
「そうだよ」
二人は見つめ合い、そして微笑みを交わし合う。
「また明日ね」
「あぁ、また明日」
「明日もいっぱいいっぱい、しようね」
「あぁ、また海の中でしよう」
口づけを交わすと、レイは海の中へと戻っていった。
そして一人になったアクトは、家へと向けて舟をこぎ出した。
思ったよりも海上に長く居続けてしまったため、家に着くころには既に日が暮れきってしまっていた。
「ただいま母さん。遅くなってごめ……え」
声をかけながら玄関の扉を開いたアクトは、思わず息を飲んだ。
これだけ暗いというのに灯り一つ付いていなかった。眠っているのかと思いベッド近くのランプに火を灯すが、ベッドの上はもぬけの殻だった。
夜の闇が胸の中に忍び込んできたように、身体の芯が冷たくなる。
「母さん……。母さん!」
「ここよアクト。おかえりなさい」
声のした方を振り向くと、大きな姿見の鏡の前に母親の姿があった。
「どうしたんだよ母さん、灯りも付けずにそんなところに座り込んで……え?」
改めて灯りを向けて浮かび上がった母親の姿に、アクトは全身を硬直させる。
最初は上半身裸で、下半身だけ紅色のスカートを穿いているのかと思った。
そんな格好では風邪をひいてしまう。と口を開きかけたところで、そうではないことに気がついた。
彼女の下半身を覆っていたものはスカートではなかった。それはアクトのよく知る、普段から見慣れた、蛸の形の八本の触手だった。
そこに居たのは母親であって、もうアクトの知っている母親でなかった。彼女の姿は既に、レイと同じモノへと変化してしまっていた。
「どうしたの? そんな驚いた顔をして」
近づいてくる母親の顔も、最近までのやつれたものでは無かった。それはアクトが幼い頃に憧れた、若さと活力に満ち溢れた美しい女の顔だった。
その肌も艶やかで、頬に差しのべられた指も、子供の頃に感じた柔らかい指だった。
「母さん、なのか」
「さぁ、どうかしらね。確かに私とあなたは母と子の関係であるけれど、今はそれ以前に、魔物と人間。いえ、雌と雄、という関係かもしれないわね」
手の平に顔を包み込まれても、触手が四肢に絡み付いても、アクトは動く事が出来なかった。
幼い頃、この人に愛されるためなら何でもしようと、世界で一番愛していた人が、まさにその全盛を越える程の美しさで自分に迫っている。それでも母と子である以上、拒絶しなければならないはずだったが、生まれてからずっと母と子の二人きりで生きてきたアクトにとって、思慕と恋慕の入り混じった想いを断ち切る事はそう簡単には出来なかった。
母の顔が近づいてくる。けれどもアクトにとってそれは既に母であるとともに、別の女のようにも感じられ始めていた。
唇同士が触れ合うのを、アクトは止められない。
その感触に、アクトは戸惑う。幼い頃に何度もしているにも関わらず、初めて感じる感触だった。それはレイにされる時と似ているようで、しかしレイにされるのとは全く違っていた。
アクトの唇の形を確かめようとでもするかのように、愛おしむように、唇は幾度も押し付けられる。やがて唇を割ってアクトの中に舌が侵入してくる。
家族で交わす親愛の口づけとはまるで違う、愛し合う者を求める愛欲の接吻。母はもう、息子ではなく男として自分を見ているのだ。
アクトは不覚にも己自身を意識してしまう。必死で押さえようとするが、漂い始めたレイとは違う女の匂いに気が付くと、もう目の前の相手を女として意識せずにはいられなかった。
そして一度でも意識してしまえば、こんなに美しい女、レイに勝るとも劣らない魅力的な相手を前に、身体の中の雄を押さえつける事は不可能だった。
ズボンの生地を押し上げ、アクトの男の部分が硬く勃ち上がる。
彼女は淫靡に口元を歪ませると、アクトを床へと押し倒し、ズボンのベルトへと手を伸ばした。
金具が外され、あっという間に脱がされる。アクトは抵抗することもなく、されるがままだった。
覆いを外されたアクトの欲望が跳ね上がる。彼女は天井に向かってそそり立つ一物を両手で包み込むように握ると、うっとりと目を細めて頬ずりをし始める。
「手のひらに、アクトの熱が伝わってくる。それに、凄く硬いわ。いつの間にか、こんなに逞しくなっていたのね」
「かあ、さん」
彼女はアクトの先端にためらう事無く口づけをすると、鈴口をぺろりと舐めて舌を這わせ始める。
「あの人とは比べ物にならないくらい、濃厚な雄の匂い……。それにこの味、たまらないわ……」
彼女はついにアクトの全てを咥え込むと、ぐちゅぐちゅと音を立てて荒々しく舐めしゃぶり始める。
舌の感触も、舌使いも、レイのそれとは全く違っていた。
全てを知り尽くしたレイが時に焦らし、時に弱点を突いて責めて来るのに対して、彼女の口淫はとにかく丁寧で居て、それでいてただただ精液を求める事にあまりにも必死だった。
かりや鈴口、裏筋はもちろん、浮き出た血管にまで舌を這わせ、表情が崩れるのも構わず唇をすぼめて吸い上げる。
恋人と違う女、しかも自分の肉親を侍らせているという背徳感も相まり、全身に鳥肌が立ち、寒気がし始めるほどに興奮してしまう。
絶対にしてはいけない。それは分かっていた。
しかしだからこそ、してしまいたいという欲望は際限なく膨れ上がった。
アクトの限界は、簡単にこじ開けられた。
「うっ。母さん、出る。もう、やめて」
欲棒が大きく脈打ち始め、息子の性欲が母の喉奥へとはじけ飛ぶ。
前触れもなく喉奥へ粘つく白濁を浴びせかけられ、女は涙を流しながら軽く咳き込んだ。必死で精液を飲み干してゆくが、受け止めきれず飛び散ったそれが淫らに美しい顔を汚してゆく。
女は全てを飲み干すと、ほぅっと大きく吐息を吐いた。
「あぁ……。これがアクトの射精、アクトの、精液……」
「ごめん母さん。俺、母さんになんてことを……」
「アクトはやっぱり優しい子ね。いいのよ、アクトが気持ち良ければ、私はそれでいいの。それに、私もとても気持ち良かったもの」
女は頬に残った精液を舐めとりながら、うっとりと目を細める。
「それに……。この芳しい香り、深みのあるこってりした味わい……。とっても美味しいわ」
その姿はアクトの知る魔物娘、レイと比較しても、あまりにも淫魔然としていた。母親でしかありえないはずなのに、母親とは思えなかった。
「アクト。母さんね、早く病気を治したいの」
「あ、ああ。おれも早く元気になって欲しいと」
「だからね。栄養のあるものが必要なの」
女はずい、と身を乗り出してくる。ちょうど腰と腰が重なるような位置にまで。
アクトは嫌な予感がした。
「分かる?」
「ああ、母さんのために栄養のあるものを作るよ、だから早くそこからどいて」
「確かにアクトの手料理はとっても美味しかったわ。あなたと一緒に食事をしているだけで、幸せな気持ちになった。
でもね、今の母さんが元気になるには普通の食べ物じゃ駄目なの。母さんはもう魔物娘だから、愛する人の精液が一番の栄養源なのよ。だから……」
女は身を起こし、粘液でぐしょぐしょになった淫らな貝がらを男の眼前にさらけ出す。
ごくり、と生唾を飲み込んだのは、男の方か、女の方か。
「アクトは元気ね。子供のころから全然変わらない。元気でやんちゃで、でもいつも母さんの事を守ってくれた」
女は指で、自らの二枚貝を押し広げながら、もう片方の手で男の屹立したままのそれを掴む。
アクトは全身に力を込めて暴れようとするが、手足を拘束しているのは丸太のように野太い、筋肉の塊のような蛸の足。いくら大人の男の力でもびくともしなかった。
「やめろ、やめてくれ母さん。それだけは、ダメだろ。だっておれ達は」
「愛し合う魔物と、人間よね。それ以上に、十年以上二人きりで、あなたが生まれた時から、ずっとずっとお互いだけを想い合い、愛し合って来た男と女。そうでしょう、アクト」
柔らかな秘肉に触れると、意思とは関係なく雄の棒が喜ぶように跳ねる。
女は舌なめずりをしながら、ゆっくりと腰を下ろしてゆく。
淫らな水音を立てながら、アクトは生まれ落ちた場所へとゆっくりと還ってゆく。
「ああぁ……。気持ちいい。こんなの、初めてよ、アクト」
「母さん。ダメだ、早く抜いてくれ」
言葉とは裏腹に、アクトの一物は脂の乗った雌の貝の味わい深さに喜び打ち震えていた。理性と本能の葛藤はしかし、次第に本能が優勢になり始めていた。
女もそれを分かっているのだろう。アクトの言葉など意にも介さず、ゆっくりと楽しませるように腰を振り始める。
寄せては返す波の音のように、淫らな水音が小さく繰り返し始める。
「そんなに心配しなくてもいいのよ。ほら、お母さんのおっぱい、しゃぶって?」
アクトの顔に女の乳房が押し付けられる。その柔らかさ、ミルクのような甘い香りは幼い頃の安らぎを思い起こさせる。
硬く閉じていた唇が少しずつ緩んでゆき、生まれて初めて口にした母の乳首を再び咥え込む。
母乳の味など覚えても居なかったが、舌の上に感じる女の汗の味は、今でも甘く安らかな味だった。
「上手よアクト。気持ちいいわ。もっと強く吸っても、いいのよ?」
アクトを包み込む女の感触は、それまでアクトが知っていたものとは違っていた。吸い付いてくる柔襞の感触、締め付ける膣全体の圧迫感、欲情する雌の匂い、汗の味。全てが新鮮だった。
レイとの交わりで、刺激に対する耐性は付いているつもりだった。しかしこの普段とは異なる刺激は、そんなアクトの男としての自信を打ち砕き、簡単に追い詰めていった。
レイに対する罪悪感が湧き上がる。母に犯されるという衝撃と背徳感で混乱していたが、こんな事を知られたら、レイに会った時にどんな顔をすれば良いのか。
それでも、駄目だと分かっていても、アクトは女達の身体を比較せずにはいられなかった。
どちらも、とても魅力的だった。どちらが良い、というわけでは無かった。レイにはレイの良さがあり、母には母の魅力があった。
耐えようともがいても、どうしようもなかった。口の中を、指先を、全身の肌を、男根を、ありとあらゆるところを擦られ、撫でられ、絞め上げられ、無理矢理に絶頂に上り詰めさせようとする魔性の愛撫には、抵抗するすべなど無かった。
やがて女の肌も赤く色づき、わずかに発汗し始める。甘い雌の匂いを発する柔肌が、触手が男の身体に強く絡みつき、強張り、そして。
母子二人暮らしの小さな家に、歓喜の声が大きく響き渡った。
「それじゃ、行くよ母さん」
小舟に母を乗せて、アクトは夜の海に船を出した。
既に日は完全に落ちていて、夜空には月が煌々と照っている。夜の海は映り込んだ月の影以外漆黒の闇が広がるだけだったが、アクトはレイが必ず見つけてくれるという確信があった。
「……アクト、ごめんなさい。私、何てことを」
「謝らなきゃいけないのはおれのほうだ。薬の事も説明しなかったし、おまけに母さんに……」
暗闇で誰にも見えはしなかったが、アクトの顔は真っ赤だった。そして一緒に乗っている彼の母もまた、誰にも見られたくないとばかりに抱えた膝の間に顔を埋めていたが、恥じらいで顔を染めていた。
とてもアクトを誘惑し犯した淫魔には見えなかった。むしろ恥じらうその姿は、望まぬ交わりで純潔を散らしてしまった初心な少女のようでさえあった。
パスの肉体は魔物のそれへと変じてしまった。しかしその精神までも、完全に魔物になっていたわけではなかった。
有無を言わさず力づくでアクトを陵辱したのは、一時的に精欠乏状態に陥ってしまっていたのが原因だった。
人間の体から魔物の体へと変わることは、当然肉体へ大きな負荷がかかる。全身を気が狂うほどの快楽と性的な欠乏感に襲われながら、身体中の生命力である精を燃やし尽くしてしまうのだ。
そのため、魔物になりたての者は否応なく、欠乏した精を補おうと魔物の本能が命じるままに愛しい雄との淫猥な交わりに駆り立てられる。あれは、その結果だった。
精さえ補給されれば魔物としての本能もしばらくはなりをひそめ、こうして人間だった頃の理性も戻ってくる。
しかし、彼女が理性を取り戻してすぐは本当に大変だった。
息子と交わるという破倫を犯したばかりか、いまだに息子を求めている気持ちが収まらない事に彼女は困惑し、自己嫌悪し、そして息子を男として愛していたという事を当の本人に知られた事を恥ずかしがり、何を言っても聞こうとしなかった。
アクトはもうどうしたら良いのか分からなくなり、魔物娘の事は魔物娘に聞くのが一番だと結論付けて、レイに会うべく夜にも関わらず無理矢理に母を船に乗せて海へと漕ぎ出したのだった。
「……死のうと思ったの。厄介者である私が居なくなれば、アクトは恋人と一緒になれるだろうって思って。だからあなたが用意した薬を……」
アクトは呆れながらため息を吐いた。
「何であれを病気の薬じゃなくて毒薬だと思うんだよ。おれが大事な母さんに毒を盛るわけ無いだろ。そんな事を考えるくらいなら元気になる事を考えてくれよ」
「本当に、その通りよね。もしかしたらアクトまで失ってしまうと思って、私も気がおかしくなっていたのね。ごめんなさい」
「まぁ、いいさ。もう済んでしまった事だ」
アクトはひとまず話は終わりだとばかりに黙り込むと、黙々と櫂をこぎ続けた。
直感が命じるまま船を進めてゆくと、海中に薄ぼんやりとした明りの揺らめいている海域の近くに辿り着いた。
「何かしら、あれ。綺麗な光ね」
海の魔力の光だ。アクトがそれに気が付いたその時だった。
ばしゃりと近くで水が弾けた。
「海の魔物達の街だよ。こんばんは、アクト、お母さん」
ぎしっと小舟が軋む。レイが船の縁に腕をかけて微笑みかけていた。
「やっぱり薬、使ったんだね」
「使ったというか、事故と言うか。けど、言っていたのと違うじゃないか。サキュバスかネレイスになるんじゃなかったのか?」
レイはアクトの母親の顔をじっと眺めながら、首をかしげる。
「私と同じスキュラか。確かに私の魔力が中心だったけど、普通に飲んだのなら周りに満ちているサキュバスの魔力や海の魔力の影響を受けるはずなんだけど」
「飲んでないの」
「「え?」」
アクトとレイが声を上げて見守る中、パスはもじもじと身をよじりながら、小さな声で告白する。
「毒薬だと思って飲もうとしたけど、やっぱり怖くなって出来なくて、手が滑って食材の入っていた籠に落としてしまったの。そうしたら、薬がかかった蛸が大きくなって、襲いかかられて、その、犯されて……」
アクトとレイは顔を見合わせる。
「食材って、昨日私が獲って来た奴?」
「そうだな」
「私達が交わっていた時にすぐそばにあった奴だよね。……うーん、私達の交わりで生まれた魔力が染み込んでいたところに、更に魔物化薬を浴びせられて、蛸の身体を通して魔物化の魔力が暴走したのかなぁ」
「そんな事あり得るのか」
「聞いた話だけど、人間がラミア種の魔物になりたいときには、その魔物娘が交わりの際に生じる魔力を蛇に封じ込めて、その蛇に女の子を襲わせる儀式をするって事もあるんだって。
もしかしたら、それに近いことが起きたのかも。あの薬はもともと不安定だったし」
アクトの母は、悩ましげな表情で俯いた。
「私、これからどうしてゆけばいいのかしら」
アクトもまた表情を曇らせる。が、一方でレイはあっけらかんとしたものだった。
「どうしたらって、私達と一緒に海中都市で暮らせばいいじゃないですか」
「でも、私とアクトは母親と息子で、でも私はもう、アクト無しでは……あぁ」
「大丈夫ですよ。だって親子である以前に魔物と人間、別の種族なんだもの。もう血縁はそこまで関係ないですよ。種族っていう、血縁以上の隔たりが出来てしまったんですから」
「そう、なのかしら」
「むしろ親族関係としては、私とアクトの魔力から魔物になったんだから、私達の娘という考え方も出来るんじゃないかしら」
自分の母親が、自分とレイとの間の娘? アクトは急に頭痛がし始め、こめかみを押さえる。
「いや、全くわけが分からんぞ」
「でしょ。だから難しいことはもうどうでもいいのよ。みんな元気で、お互いの事が大好きならそれでいいじゃない」
レイは笑うと、アクトに抱きついて口づけする。
「ね、私のアクト」
それを見て、もうひとりのスキュラは頬を膨らませる。
「むぅ。アクトは私の息子よ。私のものでもあるの」
そう言って、アクトを自分の胸元に抱き寄せる。
「待ってくれ。おれは父親とは違うんだ。おれは遊びでは無く、真剣に」
「真剣に二人を愛してくれればそれでいいじゃない」
「そうよ。あなたはあの人よりずっと男前で、魅力的よ」
アクトは更に言い募ろうとしたものの、その時には既に柔らかく湿った何かで口を塞がれてしまい、それ以上言葉は出てこなかった。
月光だけが照らす闇夜の中、アクトの全身に何とも言えない、どちらのものとも知れないぬるりとした感触が巻き付く。
「アクト、だーいすき」
「愛しているわよ、アクト」
一人と二匹は深く激しく絡み合う。そして月が見下ろす中、快楽の宴が始まった。
その動きの激しさは、小さな釣船程度では耐えきれなかった。やがてそれはひっくり返って、転覆してしまった。
けれどそれでも宴は終わらなかった。
夜の海の闇の中で、一人と二匹は延々と交わり続けた。深く強く交わりながら、快楽の海へと、深く深く沈んでいった。
15/12/27 12:41更新 / 玉虫色
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