燃える恋は拳を交えるかの如く
雲行きは怪しかった。空には厚い雲が立ち込め、今にも降り出してきそうだった。
気圧は低く、周囲を木々に囲まれて居るとは言え、風はかなり強い。
この状況が勝負にどう影響するか。やってみるまで予想は付かないが、しかし地形の条件は相手も一緒だ。
俺は手足を軽く動かし、身体の状態を確認する。特に痛んでいるところも無く、筋肉の動きも活発だ。心肺機能も十全。昂揚感で少し心拍が早いが、体調は万全だ。
「よぅ不尽。早いじゃないか。ボクに負ける準備は万端かい」
変声前の少年のような、少し低めの女の声が俺の名を呼ぶ。振り返ると、木々の間に一人の娘が立っていた。
火のような明るい赤髪に、吊り目がちで勝気そうな大きな瞳。勝利を確信しているかのような勝気な笑みを浮かべている顔にはまだ幼さが残っており、背丈も下手をすれば子供と間違えてしまいそうなくらいだが、小さな体格に似合わず、その体つきの方はもう立派な大人の女性のものだ。
身に纏った紅色の大陸の武闘服からはすらりと白い手足が伸びる。その身体は見惚れてしまうくらいに見事に鍛え上げられていた。まさに戦うための身体だった。
しかし、彼女はただの小柄な格闘家、と言うわけでは無かった。
頭の上には鼠のような真ん丸の耳が付いており、腰のあたりからも細い尻尾が生えている。彼女はその身体に、獣のような部位を持っているのだ。
中でも一番の特徴は手足と尻尾の先にある赤いふさふさの毛皮だった。紅蓮の毛皮は彼女の手足の先で常にゆらゆらと揺らめきながら、炎のように立ち昇り、時に彼女の意思に合わせて周囲の物を燃え上がらせる。
そう、彼女は人間では無いのだ。霧の大陸からやってきた妖で、種族は炎を纏った鼠の妖怪である『火鼠』。名前は『赤』と言った。
そして妖怪であるとともに、俺がこれまでの人生で唯一勝ち越せていない武道の達人でもあった。
「赤。お前こそ俺に負けるのが怖くて遅くなったんだろう?」
「余裕過ぎて寝坊しただけさ」
「その油断が命取りだ。記念すべき今日の手合せは、俺が取らせてもらおう」
「記念? あぁ、そうか。今日はちょうど戦い始めて百回目だったっけ」
「戦績は常に五分と五分。だが、そろそろ決着を付けなくてはな」
赤は茂みから、森の中の少し広がった、手合せするのにちょうどいい広場に進み出る。
「ふん。そんな事に気を取られているから足元を掬われるんだよ」
赤は構えを取り、歯を見せて笑う。彼女の笑顔を見ていると、俺も自然に笑ってしまう。
「言ってろ。さぁ、始めるぞ」
俺もまた構えを取る。どこへでも打ち込めるように、どこから打ち込まれてもいいように。
やがて風が止み。
鳥が飛び立つ音と共に、俺達は互いに向かって地を蹴った。
『楽しい』
拳を突き出し、脚を繰り出す。その度にすんでのところで避けられて、反撃の突きが、蹴りが飛んでくる。
『楽しい!』
それを今度はこちらが受け流し、身を躱し、また攻撃を繰り出す。
百回も拳を交わしていれば、お互いの手の内も動きも予想が付いてくる。だから俺も赤も、相手の予想外を狙って手足を繰り出そうとする。昨日よりも更に素早く、力強く、相手の予想を上回ろうと鍛えた一撃を繰り出そうとする。
しかしそれすらも意地で受け流し、けれども諦めずにまた相手の隙を狙う。
幾重にも渡る攻防が、流れるように繰り広げられてゆく。一連のその動きは、ある意味磨き上げられた舞のようにも見える事だろう。
『いい。いいよ不尽』
拳を交えているうちに分かるようになったのは相手の動きだけでは無かった。舞い踊るように戦ううちに、いつの間にか相手の気持ちさえも伝わり合うようになっていた。
『もっと。もっと!』
赤は楽しんでいた。俺との戦いに、心の底からの喜びを感じていた。……そして、それは俺も同じだった。
打ち合う事数合。尻尾の薙ぎ払いを避けるついでに、俺は大きく後方に距離を取り、息を整える。
身体の各所が熱い。赤の毛皮に触れるたびに、その炎で炙られるためだ。
だが、火傷になるかと言えばそうでも無かった。妖力を帯びた彼女の炎は、組手においては触れるものの精神を昂らせても、相手を焼き尽くすような無粋はしないらしいのだ。
もっと激しく戦いたいと、すぐにでも跳び出したくなる自分を抑える。それは戦いを望む彼女の、その妖力に闘争心を煽られている結果だからだ。
気性は激しくなってもいい。けれども頭は冷静に戦術を組み立てなくては。
彼女は笑い続けている。多分、俺も笑っているのだろう。
『早く早く』
彼女は手の平を上に向け、挑発するように指でこちらを誘って来る。
身体がかぁっと熱くなる。いいだろう。乗ってやる!
俺は顔についた汗を手早く拭い取り、拳を固めて一歩踏み込んだ。
夢中になり過ぎていたせいだろう。俺達は気が付いていなかった。
いつしか暗い空からは雫が落ち始め、今や土砂降りと言ってもいいくらいの雨になっていた。
それでも俺達は戦いを止めなかった。止められなかった。
一度始めたら、決着が付くまでは止められないのだ。今度こそ勝利を。お互いその事で頭がいっぱいになってしまうから。
しかし、だからこそ俺は気が付いてしまった。
彼女の動きにキレが無くなって来ている事に。その攻撃からも力が失われ始めている事に。彼女の紅の毛皮からも勢いが無くなり、色も白化してきている事に。
その表情からも余裕が無くなり、必死さが滲み始めていた。
戦いを中止すべきか迷った。だが、それこそ失礼だと思った。
今なら行ける。そう確信した俺はいつも以上に攻勢を強め、休む間も与えずに赤を責め立てる。
「あっ」
俺の拳を受け切れず、赤の防御が開ける。
彼女の瞳が、驚きで見開かれる。
取れる。
「っ!」
しかし勝利を確信した瞬間、踏み込んだ脚が、泥に取られた。
あっという間に天地が逆転し、
「ぐぅっ」
鳩尾に彼女の拳が突き刺さる。肺の空気が全て押し出され、俺は一瞬にして身動きが取れなくなった。
……俺の、負けだ。
「げほっ。……あぁ、負けたなぁ」
あっけない決着だった。だが勝負というものは、大概こんなものだったりするのだ。
呼吸の苦しさも忘れるくらいに悔しいが、それは次に勝つための糧とするしかない。
赤はさぞや上機嫌な事だろう。しかし見上げてみれば、彼女は今にも泣き出しそうな弱気な顔をしていた。
「……違う。これはボクの勝ちじゃない。運が良かっただけだ」
「いや、今のは俺が欲張り過ぎたせいだ。そのせいで隙が生まれた。完敗だよ」
いつもだったら全身で喜びを表現するところだというのに、赤は急に恐ろしいものでも前にしたかのように小さく震え始める。訳が分からなかった。同じ赤だとは思えなかった。
「そんな事は無いよ。本当に運が良かっただけだ。そうだ。あ、明日やり直そう」
何だかよく分からなかったが、赤の態度が気に入らなかった。
「舐めているのか。俺は全力をぶつけた。お前はそれを運の一言で片づけるつもりか?」
「ち、違うんだ。そう言うつもりじゃ無いんだ」
「ならなぜそんな事を言った」
「……あの、えっと、その。この勝ちに、納得出来なかったから、だよ」
ますます様子がおかしくなる。その表情も、いつもに比べると卑屈なくらいに感じられてしまうくらいに弱弱しかった。……こいつ、変なものでも食べたんじゃないのか?
「ご、ごめん。本当にごめん。謝るから、だから不尽、そんなに怒らないで」
「いや……。まぁ、お前が納得していないと言うなら、やり直すのもやぶさかでは無いが」
赤は、心の底からほっとしたかのように表情を緩める。
「良かった。じゃあ、明日もこの場所で」
「……おう」
赤は俺に頭を下げると、来た時と同じ方向へと歩いて行った。
その姿は雨の森の中にすぐに溶け込んで消え、最後には濡れ鼠の俺だけが残された。
一度ねぐらにしている炭焼き小屋に戻ったものの、俺はどうにも昼間の赤の様子が気になって仕方が無かった。
あの時の赤は、明らかにいつもと様子が違った。
戦っている最中もそうだったが、勝った後などは別人のようになってしまっていた。
気分がもやもやして仕方なくなった俺は、いつの間にか考える事を止めて森に歩を進めていた。
強くなりたいという願いに、特に理由など無かった。
親の仇を討つ為でも無い。弱小道場の看板を背負っているわけでも無い。最強と言う肩書が欲しいわけでも、名誉の為でも無い。国の領主の命令でも無い。
したいから、そうしているだけだった。
ただ身体を動かすのが好きだから。拳を交えるのが好きだから。誰かを圧倒するのが好きだから。負けて悔し涙を流すのが好きだから。鍛錬を重ねて弱点を克服するのが好きだから。自分の身体が鍛えられていくのが好きだから。
好きだから。ただ、それだけなのだった。ただそれだけの為に、俺は国中を旅して強い奴と戦って回っていた。
自分でも愚かな奴だとは思う。けれど故郷で何も無い日々を送る事は、俺には耐えられなかった。
強者と戦いながら旅する中、妖怪の武闘家である赤と出会った。彼女もまた故郷の国を出て、強者を求めて武者修行の旅をしているとの事だった。
武の高みを目指す者同士が拳を交えるのは必然だった。
俺と赤は日が暮れるまで、動けなくなるまで戦った。倒れ込んだのは二人同時だった。見事な引き分けだった。
どちらが早く地に着いたかなど、そんな細かい事では争わなかった。ただ俺達は、連続で二本取った方が勝ちとするという事で合意し、改めて手合せする事にしたのだった。
それから先、何度も手合わせをしたものの、どちらかが連続で二本取った事はまだ無かった。二人とも負けず嫌いだから、負けた翌日は意地でも勝ちにいくからだった。
とは言え仲が悪いのかと言えばそう言うわけでも無く、腹が減った時は一緒に狩りをして飯を共にする事も珍しくは無かった。彼女が拠点にしている洞穴に飯を食いに行く事も少なく無かった。
出会った時だって、こいつと戦ったら面白そうだと思いはしても、いけ好かない奴だから打ち倒そうなどとは思わなかった。同じ場所を志す同士か、あるいは好敵手と言ったところだった。
そんな相手の様子がおかしいのだ。居ても立っても居られないのも当たり前だった。
考えてみれば、もう百日以上同じような事を繰り返している事になる。
出会った夏から季節も巡り、もう肌寒くなり始めた。
「あいつ。ちゃんと着替えたんだろうな」
着替えが無いので泥だけ落とした濡れたままの道着を着ている自分の事を棚に上げ、俺は他人の心配をする。例え明日勝ったとしても、体調不良の相手に勝っても何も嬉しくも無い。
考え事をしている間に、気が付けばもう赤の住んでいる洞穴の目の前についていた。
もう薄暗いというのに、洞穴からは明かりは見えない。もしかしたらどこかに狩りに出ているのかもしれないが……。
「赤。居るか?」
しばらく返事は無かった。やはり誰もいないのか。帰ろうと思った、その時だった。
「……不尽?」
消え入るような声が聞こえてきて、俺は返しかけた足を戻す。
「おい、大丈夫なのか。赤」
「だ、大丈夫だよ」
「信じられん。入らせてもらうぞ」
「……分かった」
断りを入れ、中に入る。洞穴の中は真っ暗だった。
「灯りくらい付けたらどうだ。ほら」
手製の簡単なかまどの位置は分かっていた。俺は勝手知ったる他人の家とばかりに火付けの道具を手に取り、手早く火をつける。
灯りがついて、洞穴の中が照らし出される。俺はほっと息を吐いた。炎の明かりと言うのは、やはりそこにあるだけで心を落ち着かせてくれる。
「これで明るく……。おい、大丈夫か!」
赤は壁際に座り込んで居た。濡れた武道着を着たまま、壁に体を預けて膝を抱えて小さくなって震えていた。ただでさえ小さな赤の身体が、更に小さく見えた。
「どうした。具合が悪いのか」
赤は黙って首を振る。
「寒いのか?」
黙って首を振り続ける。
俺はそんな彼女に構う事無く、彼女の頬に、肌に触れる。
「冷え切っているじゃないか。どうして早く着替えなかったんだ」
「不尽だって、着替えてないじゃないか」
「……俺は鍛えてるからいいんだよ」
「ボクも魔物娘だから風邪なんて引かないよ」
「いいから。着替えは?」
「無い」
こいつは……。呆れるくらいに俺と似ていやがる。
「仕方ないな。……悪いが、我慢しろよ」
俺は道着の上衣と下衣を脱ぎ、ふんどし一丁の姿になる。
「な、何してるのさ。や、やだ。何するの。いや、やめて」
そして赤の濡れた衣服も脱がすべく、嫌がる赤に手を掛ける。
手を弾かれるが、俺はひるまずに彼女の腕を抑えつけて無理矢理に脱がしにかかる。
「いや、やめてよ。乱暴しないで」
「嫌なら抵抗しろ。力では男に敵わないなんて言わないよな? お前は俺に勝っているんだ。抵抗する元気があるなら俺もやめてやるさ」
改めて近づいて触ってみると、彼女の身体は女らしい柔らかさに溢れ、香のような甘い匂いまで香っていた。乳房は体つきに似合わずに豊満で、寒さの為に勃った乳首が服の上からも分かる程だった。
よろしくない感情は当然頭をもたげた。けれど彼女の肌の冷たさが俺の思考をも冷静に保たせてくれた。
「いくら妖怪だからってこんなに身体を冷やしたままにしたら……。くそ、この服どうなってるんだ」
俺は大陸の服の構造に四苦八苦しながら、何とか結び目やボタンを外していく。
服の下から彼女の雪のように白い肌が、筋肉の上にわずかに脂肪の乗った女らしい丸みを帯びた身体があらわになる。そして、胸の膨らみの頂上でつんと上を向いた桜色の乳首と、股の間の僅かな茂みも。
彼女は、下着を付けていなかった。
すぐに腕で隠されてしまったが、その裸体の美しさは俺の目に焼き付いて離れなかった。
「ぼ、ボクを脱がして、どうする気なの?」
怯えるように縮こまり、目じりには涙さえ浮かべ始める赤。目元に引かれた赤い隈取が何とも色っぽい。これまで気が付いていなかったが、赤は化粧もしていたようだった。
今まで理解出来なかったが、女を無理矢理押し倒したくなる男の気持ちが少しわかった気がした。
「こうするんだよ」
俺は震える彼女を無理矢理に抱き締める。
「い、いや。いやあぁぁ……。って、あれ」
そしてかまどの前に移って、彼女をかまどの前に座らせ、俺はその後ろに座り、後ろから彼女を抱き締める。
「熱源はこれくらいしかないからな。ただ火の近くに居るよりは肌を合わせている方が温かいはずだ」
「な、なんだ。びっくりした……。ボク、てっきり君に襲われるのかと」
「その方が良かったか?」
赤は黙り込んでしまった。ちょっと冗談にしては趣味が悪かったかもしれない。
「悪かった。冗談だ」
赤は何も言わなかった。
俺も何も言わず、ただ彼女を温め続けた。
冷え切っていた彼女の身体だったが、抱きしめ続けるうちに少しずつ熱を取り戻していった。
けれど、彼女の震えはいつまでも止まらないかった。やはり体調が悪いのか。俺は不安になり、声をかけずにはいられなかった。
「赤。大丈夫か? 寒くないか?」
「だから、寒くは無いって最初に言ったじゃないか」
「でも、まだ震えているぞ」
赤はびくりと身体を震わせ、そしてぼそりと呟いた。
「なに? 何て言ったんだ」
「怖いんだ。怖くてたまらないんだ」
「急にどうした。一人で熊も仕留めるお前が、一体何を恐れるって言うんだ?」
「僕にだって、怖いものくらいあるよ……。考え無いようにしていただけだったんだ。でも、戦っている最中に、急に……」
俺は鼻で笑ってしまった。
「殴られるのが怖くなったか? 負けるのが怖くなったか?」
「痛いのは構わない。勝負には勝ち負けは付きものさ。ボクが怖くなったのは、多分一人になってしまう事に対してだと思う」
「一人になる? どうして?」
「忘れてしまったのかい? ボク達は、二本先取した方を勝者にしようって決めた。じゃあ、どちらかが二連勝したら、そのあとボク達はどうなるの?」
「そりゃあ……」
どう、なるんだ?
「ボクは不尽と出会って、毎日毎日手合せして、戦って、ひたすら勝負して、ただそれしか無かったけど、今まで感じたことが無いくらい楽しくて充実してた。強い君に勝てると凄く嬉しかった。負けた時はどうやって勝とうかって君の事ばかり考えてた。でも完全に勝負が付いてしまったら、もうそれもおしまいだろ」
「俺だって楽しかったよ。これ以上ないくらいに。お前のおかげで強くもなれた」
「でも、勝負が付いたら君はどうする? また強い奴を求めて旅を続けるんだろう? ボクだってきっとそうする」
「それならそれで、仕方がないだろう……」
一人に、なる? 赤と別れて、また一人に?
それは、そうだ。出会いがあれば別れもある。もともと俺達はそれぞれ一人で旅を続けていたんだ。お互い旅の途中なのだから、旅に戻るのは当然の事だ。……当然の事なのに、こうも落ち着かない気分になるのはなぜだ?
「また一人になる。そう思ったら、急に身体が震えて来て……。
前は、一人で居る事なんて何とも無かったのに。仲間と一緒に住んでいた山を出るときにだって、こんな気持ちにもならなかったのに。……不尽のせいだ」
「そんな事を言われたってなぁ」
「今日だってそうだ。不尽は怒るかもしれないけど、最後にボクは負けようとしたんだ。なのに君が足を滑らせてしまって、ボクは咄嗟に勝ちを取りに行ってしまった。
……おかげで、ボクの二連勝さ」
そうだった。俺は昨日負けたんだった。今日は負けられないはずだったのだ。
だからこそ勝ちを取りに欲張ってしまって、そしてその欲が原因で隙が生まれて、足を掬われた。
「ねぇ不尽。どうしよう。ボク達、どうしよう」
彼女を抱いている俺の腕に、熱い雫が垂れ落ちる。
涙だった。赤の涙が、俺の腕にぽろぽろと零れているのだった。
「ボク、君と離れたくないよ」
怪我をしてもキツイ訓練をしても顔色一つ変えない屈強な妖怪が、今寂しさで小さな身体を震わせて涙を流していた。
赤はすすり泣きながら、しばらく震え続けていた。
俺は黙って彼女を抱き締め、頭を撫でてやった。彼女が泣き止むまでそうしていてやるつもりだった。
少しずつだが、彼女は落ち着きを取り戻していった。涙は止まり、震えも収まっていった。
これでもう大丈夫か。と思ったのだが、事態はそう簡単には収まらなかった。
「ねぇ、不尽。いい事思いついたんだ。ボクの頼みを聞いてくれないかな」
赤は俺の腕の中から抜け出し、俺の方へと向き直って俺の手を握ってくる。
「別に構わんが、俺に出来る事なぞたかが知れているぞ」
「そんな難しい事じゃないよ。なに、簡単な事さ」
彼女は、笑顔だった。けれどその笑みはいつもの自信にあふれたそれでは無く、触れれば崩れてしまいそうな、今にも壊れてしまいそうなものだった。
「今ここで、ボクを抱いて欲しいんだ」
「抱いてって、抱きしめていたじゃないか」
「もう、そうじゃなくてさ。ボクを女として抱いて欲しいんだ。ボクと交わって欲しい。ボクを犯して孕ませて欲しいんだ」
彼女は目を細めると、俺の背中に腕を回して抱きついて来る。
柔らかな乳房が潰れ、彼女の汗の、肌の匂いに包まれる。
俺は、理性が崩れそうになりながらも、何とか限界間際で踏みとどまる。
「いきなり、なんだ」
「だって、仔を孕めばもう一人じゃないだろう? 子供が居れば、ボクはもう一人じゃない。寂しく無くなる」
下腹部をさすりながら、赤は虚ろな笑みを浮かべる。
期待の篭った目で見上げてくる彼女に対して、俺は首を振らないわけには居られなかった。例え彼女が絶望で顔を曇らせたとしても、だ。
「駄目だ。そういう事は、愛し合う者同士で行うべきだ」
「あ、あは? ボクの身体じゃ不満って事かな? でも、自慢じゃないけど胸も大きいし、おしりだって自信があるんだ。全部好きにしていいんだよ?」
「魅力は感じている。欲情もしている。けれど、俺だって常に厳しい鍛錬を重ねて来た。己を律する術は身についている」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。教えてよ」
俺に縋りつく赤の手に力がこもる。悲痛な声が洞穴に響く。
「もう、一人は嫌だよ……。不尽と別れたくない。こんなに大好きなのに……。ボクを置いて行かないでよぉ」
大好き、か。確かに、俺も赤の事は悪からず思っている。不器用な俺がこんなに異性と仲良くなったのは、異性にこんな感情を抱いたのは初めての事だ。
同じ武道に喜びを感じ、お互いを高め合え、拳を合わせる事で言葉以上に心を通わせられる相手。こんな相手とずっと居られたら、この女と人生を共に出来たら。そんな風に思った事も、一度や二度では無い。
けれど相手の事をどんなに想ったところで、現実に俺達は……。
俺達は……。何だっけ?
……考えてみれば、二人ではいられない理由などあったか? 一緒に居たいのであれば一緒に居ればいいのではないか? どうして分かれる事が前提なんだ?
それにジパングでは妖怪と夫婦になる事も珍しい話では無い。赤さえ俺で良いと言うなら、夜伽の誘いを別に断る理由だって俺には……。いやいや、それはともかくとしてもだ。
俺は別に、何か明確な目的があって旅をしているわけでは無い。ただ強い奴と戦ってみたいから色々なところを巡り歩いているだけだ。そしてそれは、赤だって同じはずだ。一緒に強者を探して旅したって構わないはずだ。
あとは赤さえ良ければ、別に一緒に旅をするでも何でも、不都合なんて無いだろう。
「なぁ赤、お前、なんで旅してたんだ?」
「なんでって……。ボク、体動かして戦うの好きだから、強い人と戦ってみたくて。……別に他の魔物娘みたいに旦那さんを探してるってわけでも無くて。
ボク、男の人にはそこまで興味が無くって、本当にただ、戦うのが好きで……ただ、それだけで、あてもなくて」
「あぁ、そうか」
「何笑ってるのさ」
「いや、俺と同じだと思っただけさ。体一つで戦ってると生きてるって実感できて、強い奴と戦ってるとなお楽しくって。それだけの為だけに一人旅をしてきたけど」
「不尽?」
「良かったら、一緒に旅をしないか。赤。それか、どこかで所帯を持ったっていい。お前がそれでいいなら、だが」
赤の目が大きく見開かれ、その瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ始める。
「ボクと、一緒にいてくれるの?」
「俺の方からもお願いする」
「……本当に、いいの?」
「あぁ」
「不尽……。不尽! うわあぁぁ」
赤は見た目の通り、少女のように泣きながら俺に抱きついてきた。
俺は彼女を優しく抱き止め、ただ黙って、彼女の背を撫で続けてやった。
赤は落ち着きを取り戻しても、俺の身体から離れようとはしなかった。
外はもう日が落ちて暗くなっていた。もう今から帰ると言う事も無いだろう。俺は彼女の身体を抱き締めながら、気になっていた事を聞いてみた。
「けど、どうして急にそんな事を考えたんだ。いつものお前だったら、それこそ気に入ったなら無理矢理付いて行くとか言い出しそうなのに」
「だって、もしも君に拒絶されたらって思うと、怖くなって。もし君から『俺は最強を目指しているんだ。女なんて邪魔だ』なんて言われたら、ボクもう……」
「それこそ、いつものお前なら『ボクにも勝てない奴が最強なんてちゃんちゃらおかしいよ。むしろ稽古をつけてあげようか』とか言い出しそうだけどな」
「多分、雨に濡れたせいだよ。ボク達火鼠はね、大量の水に濡れると毛皮の火が消えちゃうんだ。毛皮の火が消えるとそこに宿っている妖力も消えて、元気も無くなっちゃって」
「なるほど、そんな特徴があったのか。それでしおらしくなっていたんだな。……毛皮、まだ白いな」
いつもは燃え盛っているような赤の毛皮は、先ほど雨でびしょ濡れになって以来、まだ白くなったままだった。
白い毛皮を撫でてやると、赤はくすぐったそうにはにかんだ。毛皮は白い状態でも十分に心地よい肌触りではあったが、いつもの燃えるような昂揚感が伝わって来ず、見た目の印象もまるで違った。
いつも元気で不遜なくらいに勝気な赤が、今はただ弱弱しく見えた。しおらしい態度も相まって、今なら簡単に……などと良からぬ感情を抱いてしまう。
でも、駄目だ不尽。弱っている相手を襲うなどと言うのは、武人として……。
「そのうち元に戻るから大丈夫。心配してくれてありがとう、不尽」
赤は微笑み、俺の胸に髪の毛や、自分の獣の耳を擦りつけてくる。
「ん、まぁ、な」
あぁ、駄目だ。そんな風に甘えられたら、男として自分の女にしたいと思わずにいられるわけが無い。大陸の香のような彼女の甘い匂いに包まれて、もう自制心も限界だ。
「……赤」
「え、不尽?」
俺は彼女を、恐らく寝床に使って居るのだろう、乾草の小山の上へと押し倒す。
「きゅ、急にどうしたんだよ。びっくりするじゃないか」
起き上がろうとする赤を逃がさないよう、俺は彼女の腕を無理矢理押え付ける。
足でも彼女の足を押さえつけて、彼女の全身を観賞する。
あんなに戦いを繰り返したのに、肌には傷一つ残っておらず、どこもかしこもつるりとして艶めかしい。
桃まんじゅうのように膨らんだ胸、鍛え上げられ引き締まった腹、子を宿すために丸みを帯びた腰、彼女の肢体はどこから見ても見事だった。どこからでもむしゃぶりつきたいと思わせた。
「不尽? どうしたの? 急にこんな……」
不思議そうな顔をしていた彼女だったが、俺の視線の動きに気が付くと、顔を真っ赤にして身体を隠そうとし始める。
けれど、そう簡単には隠させなかった。俺は彼女を押さえつけながら、その見事な身体を見つめ続ける。
「綺麗だ。武闘家の身体としても見事としか言いようがないが、女の身体としても……」
俺は生唾を飲み込む。
「やだ。そんなに見ないでよ。恥ずかしいよ」
「赤。お前さっき、ボクを抱いてくれって言ったよな」
「い、言った、けど、その、あれは」
「じゃあ、いいよな」
「でも。あれは愛し合う二人じゃないとって、不尽、自分で」
「俺はお前が好きだ。……別に色仕掛けにやられたんじゃないぞ。以前から武闘家としても尊敬できる相手だと、互いを高め合えるこれ以上ない女だと思っていた。お前は、どうだ?」
「あ、えと、不尽、ボクの事そんな風に思ってくれてたんだ……」
「赤は、俺の事好きか?」
赤の肌が、少し熱を持つ。
「ぼ、ボクは、えっと」
「まぁ、嫌いな相手に『抱いて欲しい』なんて言わないよな」
俺は答えを待っていられず、彼女の首筋に舌を這わせる。
「ボクは君の事、ちょ、ちょっとまって。あ、はぅう、あ、あぁ」
彼女の汗の味がする。ちょっとしょっぱい。けれど飛び切りに甘い味。女の汗は、こんな味なのか。
「不尽。まだダメだよ。だめぇ」
首筋を舐め、胸元へ下る。再び震え始める肌に口づけを落としながら、乳房の膨らみのあたりに舌を這わせる。
目の前に、見事に実った木の実がある。甘酸っぱそうな、桃色の小さな果実が。
「赤。俺の事、好きか?」
「ん、うん。好きだよ。大好き……あっ」
言質はとったとばかりに、俺は乳首へとむしゃぶりつく。舌の上で転がし、甘噛みし、唇でその感触を楽しむ。
母乳など出るはずが無いのに、味がするとすればそれは汗の味のはずなのに、甘い匂いと味が鼻腔の奥に広がる気がした。
片手の束縛を外し、手の平でも乳房を掴み、こねくり回す。形のいい、つきたての餅のように真っ白なそれを好き放題に弄繰り回す。
全身が硬く鍛え上げられているにも関わらず、ここだけは女の柔らかさそのままに手の平に合わせて形を変える。頂上の果実を強めに摘まむと、赤は可愛い声を上げた。
赤は、頬を染めながら天井の方を見ていた。口元はダメ、ダメと動いていたが、腕が自由になっても抵抗するそぶりは見せない。
俺は調子に乗ってさらに彼女の身体に触れて、舐めてゆく。腋の下を舐め、二の腕やわき腹を優しくくすぐり、臍を吸い、太ももを撫でまわす。
どこもすべすべとしていて、触っていても舐めていても心地よかった。
そして俺は、ついに一番匂いの強い彼女の足の付け根に顔を近づける。
「! イヤ。そんなところ、汚いよぉ」
今度こそは、赤は俺の頭を手でどけようと抵抗してきた。けれど、俺とてそう簡単には引き下がらない。
腰を、その魅力的な桃尻をがっちりと両手で掴んで固定しながら、俺は赤の割れ目へと舌を這わせる。
びくびくと身体を震わせながら、赤は弓なりに身体を仰け反らせる。戦うために鍛え上げられた身体が、しかし女として感じながら身を悶えさせるその姿は、狂おしい程に美しく、愛おしかった。
もっとその姿を見ていたくて、唇と舌で豆の皮を剥き、舌先で執拗に舐め上げる。
そのうちに彼女の匂いが強くなってくる。
割れ目からしとどに蜜が溢れ出していた。そちらも舐めずにいられずに唇を押し付け、舌を這わせ、啜り、最後には穴に舌を入れて掻き回すように責め立てた。
「不尽。不尽、もう、だめだってばぁ」
抵抗していたはずの赤の指の動きが、いつの間にか穏やかなものに変わっていた。俺の髪の間を撫でて、子供をあやすような優しい動きへと。
「不尽、まるで獣みたい。戦っているときもそうだけど、今はもっと……」
「怖いか?」
「……少し」
「お前は可愛いよ。それに、綺麗だ。戦っている姿も美しかったが、今の扇情的なお前も、とてもいい」
俺はふんどしを外して、臨戦態勢に入っている己を取り出した。天井に向かって硬く張り出し、血管を浮かべていびつにそそり立つそれを。
「む、無理だよ。そんな大きなの、入らないよぉ」
「けれど、こんなになったのはお前のせいだぞ? 知っていただろ? お前を温めていた時から、俺はもうこうなっていた。だというのにここでおあずけと言うのもあんまりじゃないか?」
「別に、ボクが温めてくれって頼んだわけじゃ無いよ。不尽が勝手にボクを脱がせて抱いたんじゃないか」
「だとしても、このままでは収まりが付かん。何とかしてくれないか」
俺は身を起こし、彼女の前に怒張を突き出す。
彼女は怯えるような表情を浮かべた後、恐る恐ると言った様子で手を伸ばしてきた。
長く伸びた彼女の指が、俺の欲棒に絡み付く。ゆるゆると上下に扱いて来るが、射精には至れそうに無かった。
気持ちが良く無いわけでは無かったが、自慰で強くし過ぎているせいか、遠慮がちな指での刺激では物足りなかった。
「そんなんじゃ、いつまでも出そうにないぞ」
「うぅ。じゃあどうすれば」
「そこに立派な胸と口があるだろう」
「ぼ、ボクにおっぱいと口で奉仕しろって言うの?」
「嫌ならいいぞ。別の方法を考えるだけだ」
俺が赤のまたぐらを見ると、彼女は涙目ながらも頷いて身を乗り出してきた。
赤は俺の肉棒をその柔らかな乳房で挟み込み、頭を出した亀頭部を唇で咥え込んだ。
こぼれそうな乳房を両手で支え、不規則に揉み込む様に圧力を加えながら、頭を振って剛直を吸い上げ、かりに舌を這わせる。
「く。凄く、上手いな。いつもこんな事を?」
「ば、バカァ! 初めてに決まってるだろ! こんな恥ずかしい、破廉恥な事、初めてだよぉ……。好きな人、君にだって、こんな恥ずかしい姿……。不尽は、ひどいよ……」
「けれど、今のお前の姿は凄く淫らで美しいくて、魅力的だぞ。恥ずかしがることは無いだろう。ここには俺とお前しかいないんだから」
赤は目を反らし、再び乳と口での愛撫を再開する。
それにしても絶景だった。こんなに美しい女が、女性と母性の象徴である乳房で、形のいい唇でもって、一生懸命自分を慰めてくれているというのだから。
「ちゅ、ちゅぅ。ん、ねぇ不尽、ちゃんと気持ちいい?」
「あぁ、気持ちいいぞ。凄く」
「そう。よかったぁ」
赤は俺を見て、表情を緩めて笑った。
それを見た瞬間、頭の中で何かのタガが外れる音が聞こえた。赤が可愛くて、愛おしくて、胸が張り裂けそうな程に気持ちが膨れ上がった。
気が付けば、俺は再び赤を押し倒して組み敷いていた。
「ふ、不尽? 許してくれるんじゃ」
「すまん。もう辛抱たまらん」
さらに問おうとする口を、俺は無理矢理に唇で塞ぐ。
舌を捻じ込み、閉じこもっている赤の舌を誘い出し、絡め合わせる。口の中そこらじゅうを舌で掻き回す。彼女の味を堪能し尽くし、俺の味を彼女に塗り付ける。
獣が、自分の匂いを擦り付けるように。自分の物だと主張するように。
「……お前が愛しくて、お前を俺のものにしたくて仕方ないんだ。入れるぞ」
「だ、ダメだよ。こんな大きいの、入らないよ。いや、やめて、お願い、やめてよ不尽」
「嫌なら抵抗しろ。けど、今回は本気だ。お前を俺のものにするまで手は抜かない」
俺は彼女の入り口に指を這わせて位置を確認し、自分の一物をそこにあてがう。
赤は俺の身体を押し返そうとして来るが、その手にはほとんど力は入っていなかった。尻尾で背中も打ち付けて来ては居るが、くすぐったいくらいだった。
「いや。許し、あ、あああ」
腰を落としていく。俺の肉棒が、ずぶずぶと赤の雌穴に飲み込まれてゆく。
最初に感じたのは熱だった。まるでるつぼの中にでも入れてしまったかのような猛烈な熱さが、しかし快楽だけを伴って、俺の一物を溶かそうとして来るようだった。彼女の中は、細やかな襞襞がみっちりと敷き詰められていた。熱を帯びた無数の襞が俺の一物に隙間無く吸い付き、搾り上げるように蠕動していた。
武道で足腰を鍛えているせいだろう。中の柔肉も見事に引き締まり、男を締め付ける圧力も相当のものだった。
入れているだけでも気をやってしまいかねない。だが、俺の中の獣は赤を引っ掻き回せと暴れ回って言う事を聞かなかった。
甘美な膣圧を堪えながら、俺は衝動の突き上げるまま一気に奥まで突き込んで、入り口まで引き抜く。
膣肉がその度に肉棒にきつく絡み付き擦り上げて来て、下半身に少しずつ熱い塊が込み上げ、全身にぞくぞくとした快楽が走り抜ける。
「い、痛いよぉ。不尽。お願いだから、もっと、優しく、して」
夢中になって腰を振り続けそうになったが、俺は慌てて動きを止めた。
赤を抱きたい。自分の物にしたいという気持ちは確かだが、彼女に苦痛を与えようという気は無かった。
「す、済まなかった。俺は、初めてで。……大丈夫だったか」
「まぁ、戦ってる時の痛みに比べれば、大したことは無いけど……。もう、力付くで犯して来たくせに、変なところで優しいんだから。
……いいよ。ゆっくり、優しくしてくれるなら」
「……済まん」
俺は彼女の頬を撫で、口づけする。
それから、彼女の言った通りにゆっくりと腰を突き入れ、引き抜いていくように動きを切り替えた。
「いっつぅ。く、あ、あ」
最初は苦痛にゆがんでいた赤の顔だったが、一度、二度と出し入れを繰り返すうちに、少しずつ朱を帯び、艶っぽい物に変わり始める。
「はぁ、あああ。あ、あ、あ、あん。ふぁぁぁ」
息遣いも色気を帯び始める。
赤は、官能で濁った瞳で俺を見上げてきた。その手を俺の背中に回し、脚を俺の腰に絡み付かせ、尻尾までも俺の身体に巻きつけてくる。
『気持ちいい』
今はもう、苦痛では無く快楽しか感じていないようだった。戦いのときに拳を通じて気持ちが分かったように、今は肌を通じて気持ちが伝わってくる。
彼女の奥からはとめどなく蜜が溢れてくる。柔肉の滑りと締め付けはさらに良くなり、もはや境界線さえ分からなくなるようだった。本当に、雄の棒と雌の穴が溶けあって一つになってしまうようだった。
そして、思考さえもがぐずぐずに溶け落ちてゆく。
余計な事はもう何も考えられなかった。ただ一匹の雌が自分の下で淫らによがるのが見えて、荒々しい二匹の息遣いと、卑猥な粘ついた水音が聞こえて、淀んだ空気が獣のような雌と雄の匂いがむせ返るようで、肌触りも舌触りも赤の味も全部気持ち良くて堪らなくて。
腰から衝動が込み上げて、もう止めていられなかった。
俺は彼女の一番奥深くを突き上げながら、己を解放した。
「「あああああ」」
欲望と白濁が溢れ出て、赤の子袋の中に叩きつけられる。何度も、何度も。
脈動が続くたびに激しい快楽が炎のように全身を炙り、俺は赤の小さな身体にしがみつかずにはいられなかった。
やがて脈動の波は少しずつ引いていったが、射精の余韻はいつまでも残り続けた。
身体は火照り、まぐわいの官能が身体の芯に燻り続けた。
もっとしたい。そう思わずにいられなかった。組手で五分の攻防の末に勝利を得た時と同じか、それ以上の充足感と幸福感があった。
「不尽……」
赤が俺の事を見ていた。穏やかな、満ち足りたような表情で。
「ちゅ」
唇が押し当てられる。
あぁ、この女は、本当に俺のものになったんだ。俺のものになってくれたんだ。
俺は込み上げて来る感情のまま、彼女に口づけを返し、そして強く抱き締めた。
愛しくて堪らなかった。抱く前よりも気持ちはずっと強くなっていた。勃起は、しばらく収まりそうに無かった。
連続でしたいなんて言ったら、嫌がられるだろうか。そんな事を思いながらも、俺は彼女と一つになったまま、しばらく彼女の髪を、真ん丸の可愛い耳を撫で続けた。
日が昇ると同時に、俺は朝の鍛錬を始めるべく洞穴の外に出た。
乾いた道着に袖を通し、朝の冷えた空気を肺一杯に吸い込む。身体も気持ちも洗われるようだった。
構えを取り、拳を突き出す。
ただ無心で、拳を突き出し続ける。
無心で、何も考えず。ただ拳だけに集中しなければならないのだが……。
脳裏に昨晩の乱れた赤の姿が浮かんで仕方なかった。毎回嫌がりながらも自分の愛撫に感じ、そのうちに結局は快楽に酔うように身をよがらせる女の姿がまぶたの裏から離れなかった。
昨晩は一度だけでは済まずに何度も交わったのだが、不思議と身体の方に特に疲れは残っていなかった。けれど、この状態ではそれが逆に辛かった。疲れているのなら交わりの事など考えずに済んだだろう。身体が快調だからこそ、またあの快楽を味わいたいと思ってしまって仕方がないのだ。
「せいっ。せいっ」
声を出してみるが、結果はあまり変わらなかった。
原因である赤はと言えば、健やかな表情で眠りについていた。朝には手足や尻尾の毛皮も炎のような色合いを取り戻していたので、きっと起きてくる頃にはいつもの勝気さを取り戻している事だろう。
……本当は寝こみを襲いたいという気持ちも抱いたが、流石にそこまでは出来なかった。
「おやおや、型が乱れているねぇ。雑念でも入ってるんじゃないのかい?」
声をした方を振り向くと、目を覚ました赤が洞穴から出てくるところだった。
昨晩のような気弱さは一切無く、浮かべた笑みからはいつものような強気さが滲み出ていた。
「よう。もうすっかり元通りみたいだな」
「ふふん。ただ元に戻っただけじゃないよ。君の精を取り込んでボクの炎は更に強くなったんだ。もうどんなに水を掛けられたって消えないよ!」
赤は胸を張るが、昨日の弱った姿を思うと、なんとも子供が虚勢を張っているようにしか見えなかった。
「強がらなくてもいい。濡れた時は、また俺が昨日のように温めてやるよ」
「別に強がってるわけじゃ……。……でも、それも悪く無いかな……」
「ん? どうした?」
「どうもしない! どうもしないよ! そ、そうだ。これから一本勝負しようよ。昨日もそう言う話だったしさ」
「まぁ、いいだろう。軽く一本やるか」
決着がついても共に生きていくという事で話は決まったが、確かに勝負を曖昧にしたままと言うのも面白くない。……まぁ、正確には自分の負けだが、ここで勝ったら引き分けに戻せる。
俺が息を整え、構えを取った瞬間。
赤が、にやりと笑った。
「っ!」
彼女は一気に加速し、距離を詰めてきた。いつものような構えも取らず、その突撃は捨て身のようにしか思えなかった。
慌てて防御を取る。が、構えた腕は予想外の動きで、両手を掴まれ左右に広げられてこじ開けられてしまう。
彼女の顔が近づいてくる。頭突きかと思い頭を引くが、彼女の動きは止まらなかった。けれど、この距離と動きならば決定打にはならないはずだ。
油断。と言うわけでは無かったが、俺は一瞬気を抜いてしまった。だがその隙に打ち込まれた一撃は、俺の全身から力を奪ってしまうには十分な威力を持っていた。
「ちゅ」
赤の柔らかく湿った唇が、俺の唇に押し付けられる。
突撃してきた彼女を受け止めきれず、俺は彼女に押し倒されてしまう。
「んふふー」
地面に押さえつけられたままの俺に、口づけの雨が降ってくる。何だかよく分からない間に、戦いとは違った興奮を抑えられない状態にされてしまう。
「いい眺めだなぁ。ねぇ不尽、昨日はよくも好き勝手にやってくれたねぇ」
赤は俺に馬乗りになったまま、にやにや笑い続ける。
「お前だって感じていただろ? 気持ちいいって言っていたじゃないか」
「気持ち良かったよ。でも魔物娘としては、男にやられるだけって言うのも面白くない。……今度は、ボクが責める番だ」
尻尾が蠢き、俺の下衣とふんどしをあっけなく脱がしてしまう。
そして尻尾はそのまま、まだ力の無い俺自身に絡み付いて、きゅうきゅうと締め付けてきた。
温かいふさふさの獣毛が、くすぐったいようなこそばゆいような何とも言えない感触で絡み付いて来る。毛皮の帯びている妖力のせいなのか、俺のそこはすぐに熱を帯び始めてしまう。
「尻尾コキですぐに勃起しちゃうなんて、不尽も単純な雄だよねぇ」
赤は武道着の短い裾をめくり、自身のまたぐらを見せつけてくる。茂みがしっとりと濡れていて、太ももに愛液が滴り落ちていた。
「お前こそ何もする前から大洪水じゃないか」
「不尽だって、昨日はボクの裸を見ただけで硬くしてたじゃないか。と言うか、そんな事はどうでもいいんだよ。大事なのは、これから」
赤は狙いを定めて、俺のまたぐらに腰を落とした。
肉棒が、一気に快楽で煮え滾る肉壺の中に飲み込まれる。昨日と同等、あるいはそれ以上の熱と快楽を急激に浴びせられ、俺は言葉を失ってしまった。
対して、赤の方はと言えば恍惚とした表情で蕩けていた。
「あぁ、不尽の、おちんぽ、イィ……。きもちいい」
そのまま、夢心地と言った表情で腰を上下に振り始める。俺の手を取り、右手は自身の乳房を握らせ、左手の指はおしゃぶりするように口に咥え込んだ。
「ひもひいぃ。ふあぁ」
「くっ。お、おい。昨日のやり直しじゃ、無かったのか?」
赤は口から指を出し、濁った瞳を歪ませる。糸を引く唇と指が卑猥で、それだけで射精しそうになる。
「そうだよ。勝ち負けの条件は、先に逝った方……いや、気絶した方が負けって事にしようか」
「組手じゃないのかよ」
「だってぇ、こうするのって、戦ってるのと同じか、それ以上に気持ちいぃじゃないか。不尽だって、そうだろう?」
赤は俺の耳元で、囁く。
「昨日ボクを犯しながら、そう思ってたんだろ? 朝からボクを犯したくてたまらなかったんだろ? 鍛錬の間もボクの姿を忘れられなかったんだろ?」
全く。俺とこいつは、本当にどこまでそっくりなんだろう。
俺は笑みを浮かべる。多分赤と同じような、獣欲に濁った笑みを。
「それなら俺も本気でやらせてもらう」
組み敷かれていても抵抗する術はある。俺は彼女の奥を狙って、腰を突き上げ始める。
「あ、あん。いいねぇ、そう、来なくっちゃ」
戦いと交合と言うのは、似ているのかもしれなかった。どちらも肉をぶつけ合い、精神を昂らせ、相手の事を良く知ろうとし、相手の事だけに集中し、圧倒しようとする。
いや。それは俺達だけに限った事か。
そんな事を考えながら、俺は彼女の中に一度目の放精をした。
話し合いの結果。俺達は二人旅をするという事で意見を一致させた。
この森に腰を落ち着かせるという選択もあるにはあったが、俺も赤も、もっと世界を見て回りたかった。もっと強い相手と戦ってみたかったのだ。
「それに、色んな場所で色んなまぐわいをしてみたいしね」
昨晩以来、赤はこんな調子だった。
出会った頃は男っ気の無いさっぱりとした妖怪だと思っていたのだが、今ではすっかり色気づいてしまった。とはいえ、妖怪と言うものは男を知ればどれもこんなものなのかもしれない。
「なに? 変な顔して」
「いや。何でもないさ」
まぁ、初めて欲情した男も、交わった男も俺で、今後俺にしか欲情しないというのだから悪い気はしないが。
「しかし、準備に時間がかかってしまったな」
お互いのねぐらに赴き、旅立ちに向けて荷物をまとめているうちに、気付けば既に日も暮れてしまっていた。
「出かけるの、明日の朝にするか? 夜の森を歩くのも危険だろう」
「もう一晩君と愛し合うっていうのも、悪くは無いんだけれど……。それだと今朝みたいになって、ずっと森から出られなくなってしまうかもしれないし」
俺は思わず苦笑いになる。確かに一晩過ごしたはいいが、夜に熾した情熱の炎が朝になっても消えず、昼まで燃え上り続けるというのも考え物だ。
今朝の勝負も、結局昼まで続いた上で引き分けだった。明日もそうなれば、気怠くなって出発するのがまた立ち遅れる。
「では、どうする? 暗い夜の森を強行するか?」
「ふふ。ボクが何だか忘れたのかい? ボクは火鼠なんだよ? 炎で周りを照らす事なんてお手のものさ」
赤は両手を広げて、その場でくるりと回って見せる。
手足の毛皮が赤い光を放ち、まさに燃え上る炎さながらの明るさで森の中の闇を払う。
心を安心させるような温かな光。火の粉をまき散らしながら舞い踊る火鼠の姿には、幻想的な華やかさがあった。
「どう? 綺麗でしょ?」
「あぁ。本当に」
顔が赤く見えるのは、炎の加減だろうか?
赤は俺の腕を取り、身体を押し付けながら俺を見上げてきた。
身体の柔らかさはさることながら、もふもふとした毛皮の温かさが何とも言えず心地よかった。秋口の夜の風は身体に凍みるように冷たいが、彼女といっしょなら真冬の寒さでも耐えられそうだ。
「実はね、不尽も使おうと思えばもうこの技を使えるんだよ。……ボクと一緒に、燃え上がる様に愛し合った不尽なら。ボクが夫として認めた、ボクだけの雄になった不尽なら、ね」
気のせいでは無く、赤は少し照れているようだった。照れながら俺の手を取り、目の前に掲げさせる。
「ボクの事を考えて。ボクと一緒に熱く燃え上った事を思い出して、全身にボクの炎が宿っているって想像するんだ。その熱を、自分の纏いたい部分に集中させる。今回は、この手の平に」
言われるままに、俺は赤の事を考える。赤の裸体。昨日の乱れた姿。今朝の俺を求める雌の顔。匂い、触り心地、味。抱いた時の心地よさ。
身体が熱くなる。その熱の全てを腕に集めるように精神を集中する。下半身が主張しそうになったが、あえて意識から外した。
すると、赤が言っていた通りに己の腕が赤熱し、赤の毛皮のような炎を立ち昇らせた。
「これが『火鼠の衣』。一時的だけど炎や熱に対しての強い耐性と、熱による肉体の活性化が出来るんだ。こんな風に炎を纏わせることも出来る」
「なるほど、灯りにも使えるって事か」
さらに意識を集中し、熱を指先に集める。すると、指先だけに眩い灯りを集約する事が出来た。
「流石不尽。早速使いこなしてるね」
「ありがとな赤。こんな力までくれて」
「お礼なんていらないよ。ボクも不尽に選んでもらえて、凄く嬉しいんだから。強いだけじゃなくて、優しくて、互いに高め合える夫なんて……最高だよ」
そこまで素直に言われてしまうと、こちらとしても照れて何も言えなくなってしまう。
「さ、さぁ、そろそろ出発するか」
「うん。夜の散歩も、二人でなら雰囲気があったら素敵だしね。楽しみだ」
「けど、どこに向かう? 俺もお前も、今まで当ても無く旅をしていたわけだが」
「そう言えば、近くに人喰い虎の棲む山があるらしいよ。ちょっと面白そうじゃない?」
「このジパングで虎? けど虎退治か。それも面白そうだな」
今更虎などに後れを取る気は無いが、それだけ有名ならば、きっと普通でない何かがあるのだろう。もしかしたら、虎のように強い何者かが待っているのかもしれない。
赤を見ると、似たような事を考えているのか、未知の強者への期待が顔に出ていた。
「決まったな」
「うん。行こう!」
夜の闇を照らしながら、俺達は二人で歩き出した。
己の炎で、お互いの道の先を照らしながら。
この道は、きっとどこまでも続いていく事だろう。どこまでもどこまでも。いつまでも俺達は、二人で歩いていく事だろう。
気圧は低く、周囲を木々に囲まれて居るとは言え、風はかなり強い。
この状況が勝負にどう影響するか。やってみるまで予想は付かないが、しかし地形の条件は相手も一緒だ。
俺は手足を軽く動かし、身体の状態を確認する。特に痛んでいるところも無く、筋肉の動きも活発だ。心肺機能も十全。昂揚感で少し心拍が早いが、体調は万全だ。
「よぅ不尽。早いじゃないか。ボクに負ける準備は万端かい」
変声前の少年のような、少し低めの女の声が俺の名を呼ぶ。振り返ると、木々の間に一人の娘が立っていた。
火のような明るい赤髪に、吊り目がちで勝気そうな大きな瞳。勝利を確信しているかのような勝気な笑みを浮かべている顔にはまだ幼さが残っており、背丈も下手をすれば子供と間違えてしまいそうなくらいだが、小さな体格に似合わず、その体つきの方はもう立派な大人の女性のものだ。
身に纏った紅色の大陸の武闘服からはすらりと白い手足が伸びる。その身体は見惚れてしまうくらいに見事に鍛え上げられていた。まさに戦うための身体だった。
しかし、彼女はただの小柄な格闘家、と言うわけでは無かった。
頭の上には鼠のような真ん丸の耳が付いており、腰のあたりからも細い尻尾が生えている。彼女はその身体に、獣のような部位を持っているのだ。
中でも一番の特徴は手足と尻尾の先にある赤いふさふさの毛皮だった。紅蓮の毛皮は彼女の手足の先で常にゆらゆらと揺らめきながら、炎のように立ち昇り、時に彼女の意思に合わせて周囲の物を燃え上がらせる。
そう、彼女は人間では無いのだ。霧の大陸からやってきた妖で、種族は炎を纏った鼠の妖怪である『火鼠』。名前は『赤』と言った。
そして妖怪であるとともに、俺がこれまでの人生で唯一勝ち越せていない武道の達人でもあった。
「赤。お前こそ俺に負けるのが怖くて遅くなったんだろう?」
「余裕過ぎて寝坊しただけさ」
「その油断が命取りだ。記念すべき今日の手合せは、俺が取らせてもらおう」
「記念? あぁ、そうか。今日はちょうど戦い始めて百回目だったっけ」
「戦績は常に五分と五分。だが、そろそろ決着を付けなくてはな」
赤は茂みから、森の中の少し広がった、手合せするのにちょうどいい広場に進み出る。
「ふん。そんな事に気を取られているから足元を掬われるんだよ」
赤は構えを取り、歯を見せて笑う。彼女の笑顔を見ていると、俺も自然に笑ってしまう。
「言ってろ。さぁ、始めるぞ」
俺もまた構えを取る。どこへでも打ち込めるように、どこから打ち込まれてもいいように。
やがて風が止み。
鳥が飛び立つ音と共に、俺達は互いに向かって地を蹴った。
『楽しい』
拳を突き出し、脚を繰り出す。その度にすんでのところで避けられて、反撃の突きが、蹴りが飛んでくる。
『楽しい!』
それを今度はこちらが受け流し、身を躱し、また攻撃を繰り出す。
百回も拳を交わしていれば、お互いの手の内も動きも予想が付いてくる。だから俺も赤も、相手の予想外を狙って手足を繰り出そうとする。昨日よりも更に素早く、力強く、相手の予想を上回ろうと鍛えた一撃を繰り出そうとする。
しかしそれすらも意地で受け流し、けれども諦めずにまた相手の隙を狙う。
幾重にも渡る攻防が、流れるように繰り広げられてゆく。一連のその動きは、ある意味磨き上げられた舞のようにも見える事だろう。
『いい。いいよ不尽』
拳を交えているうちに分かるようになったのは相手の動きだけでは無かった。舞い踊るように戦ううちに、いつの間にか相手の気持ちさえも伝わり合うようになっていた。
『もっと。もっと!』
赤は楽しんでいた。俺との戦いに、心の底からの喜びを感じていた。……そして、それは俺も同じだった。
打ち合う事数合。尻尾の薙ぎ払いを避けるついでに、俺は大きく後方に距離を取り、息を整える。
身体の各所が熱い。赤の毛皮に触れるたびに、その炎で炙られるためだ。
だが、火傷になるかと言えばそうでも無かった。妖力を帯びた彼女の炎は、組手においては触れるものの精神を昂らせても、相手を焼き尽くすような無粋はしないらしいのだ。
もっと激しく戦いたいと、すぐにでも跳び出したくなる自分を抑える。それは戦いを望む彼女の、その妖力に闘争心を煽られている結果だからだ。
気性は激しくなってもいい。けれども頭は冷静に戦術を組み立てなくては。
彼女は笑い続けている。多分、俺も笑っているのだろう。
『早く早く』
彼女は手の平を上に向け、挑発するように指でこちらを誘って来る。
身体がかぁっと熱くなる。いいだろう。乗ってやる!
俺は顔についた汗を手早く拭い取り、拳を固めて一歩踏み込んだ。
夢中になり過ぎていたせいだろう。俺達は気が付いていなかった。
いつしか暗い空からは雫が落ち始め、今や土砂降りと言ってもいいくらいの雨になっていた。
それでも俺達は戦いを止めなかった。止められなかった。
一度始めたら、決着が付くまでは止められないのだ。今度こそ勝利を。お互いその事で頭がいっぱいになってしまうから。
しかし、だからこそ俺は気が付いてしまった。
彼女の動きにキレが無くなって来ている事に。その攻撃からも力が失われ始めている事に。彼女の紅の毛皮からも勢いが無くなり、色も白化してきている事に。
その表情からも余裕が無くなり、必死さが滲み始めていた。
戦いを中止すべきか迷った。だが、それこそ失礼だと思った。
今なら行ける。そう確信した俺はいつも以上に攻勢を強め、休む間も与えずに赤を責め立てる。
「あっ」
俺の拳を受け切れず、赤の防御が開ける。
彼女の瞳が、驚きで見開かれる。
取れる。
「っ!」
しかし勝利を確信した瞬間、踏み込んだ脚が、泥に取られた。
あっという間に天地が逆転し、
「ぐぅっ」
鳩尾に彼女の拳が突き刺さる。肺の空気が全て押し出され、俺は一瞬にして身動きが取れなくなった。
……俺の、負けだ。
「げほっ。……あぁ、負けたなぁ」
あっけない決着だった。だが勝負というものは、大概こんなものだったりするのだ。
呼吸の苦しさも忘れるくらいに悔しいが、それは次に勝つための糧とするしかない。
赤はさぞや上機嫌な事だろう。しかし見上げてみれば、彼女は今にも泣き出しそうな弱気な顔をしていた。
「……違う。これはボクの勝ちじゃない。運が良かっただけだ」
「いや、今のは俺が欲張り過ぎたせいだ。そのせいで隙が生まれた。完敗だよ」
いつもだったら全身で喜びを表現するところだというのに、赤は急に恐ろしいものでも前にしたかのように小さく震え始める。訳が分からなかった。同じ赤だとは思えなかった。
「そんな事は無いよ。本当に運が良かっただけだ。そうだ。あ、明日やり直そう」
何だかよく分からなかったが、赤の態度が気に入らなかった。
「舐めているのか。俺は全力をぶつけた。お前はそれを運の一言で片づけるつもりか?」
「ち、違うんだ。そう言うつもりじゃ無いんだ」
「ならなぜそんな事を言った」
「……あの、えっと、その。この勝ちに、納得出来なかったから、だよ」
ますます様子がおかしくなる。その表情も、いつもに比べると卑屈なくらいに感じられてしまうくらいに弱弱しかった。……こいつ、変なものでも食べたんじゃないのか?
「ご、ごめん。本当にごめん。謝るから、だから不尽、そんなに怒らないで」
「いや……。まぁ、お前が納得していないと言うなら、やり直すのもやぶさかでは無いが」
赤は、心の底からほっとしたかのように表情を緩める。
「良かった。じゃあ、明日もこの場所で」
「……おう」
赤は俺に頭を下げると、来た時と同じ方向へと歩いて行った。
その姿は雨の森の中にすぐに溶け込んで消え、最後には濡れ鼠の俺だけが残された。
一度ねぐらにしている炭焼き小屋に戻ったものの、俺はどうにも昼間の赤の様子が気になって仕方が無かった。
あの時の赤は、明らかにいつもと様子が違った。
戦っている最中もそうだったが、勝った後などは別人のようになってしまっていた。
気分がもやもやして仕方なくなった俺は、いつの間にか考える事を止めて森に歩を進めていた。
強くなりたいという願いに、特に理由など無かった。
親の仇を討つ為でも無い。弱小道場の看板を背負っているわけでも無い。最強と言う肩書が欲しいわけでも、名誉の為でも無い。国の領主の命令でも無い。
したいから、そうしているだけだった。
ただ身体を動かすのが好きだから。拳を交えるのが好きだから。誰かを圧倒するのが好きだから。負けて悔し涙を流すのが好きだから。鍛錬を重ねて弱点を克服するのが好きだから。自分の身体が鍛えられていくのが好きだから。
好きだから。ただ、それだけなのだった。ただそれだけの為に、俺は国中を旅して強い奴と戦って回っていた。
自分でも愚かな奴だとは思う。けれど故郷で何も無い日々を送る事は、俺には耐えられなかった。
強者と戦いながら旅する中、妖怪の武闘家である赤と出会った。彼女もまた故郷の国を出て、強者を求めて武者修行の旅をしているとの事だった。
武の高みを目指す者同士が拳を交えるのは必然だった。
俺と赤は日が暮れるまで、動けなくなるまで戦った。倒れ込んだのは二人同時だった。見事な引き分けだった。
どちらが早く地に着いたかなど、そんな細かい事では争わなかった。ただ俺達は、連続で二本取った方が勝ちとするという事で合意し、改めて手合せする事にしたのだった。
それから先、何度も手合わせをしたものの、どちらかが連続で二本取った事はまだ無かった。二人とも負けず嫌いだから、負けた翌日は意地でも勝ちにいくからだった。
とは言え仲が悪いのかと言えばそう言うわけでも無く、腹が減った時は一緒に狩りをして飯を共にする事も珍しくは無かった。彼女が拠点にしている洞穴に飯を食いに行く事も少なく無かった。
出会った時だって、こいつと戦ったら面白そうだと思いはしても、いけ好かない奴だから打ち倒そうなどとは思わなかった。同じ場所を志す同士か、あるいは好敵手と言ったところだった。
そんな相手の様子がおかしいのだ。居ても立っても居られないのも当たり前だった。
考えてみれば、もう百日以上同じような事を繰り返している事になる。
出会った夏から季節も巡り、もう肌寒くなり始めた。
「あいつ。ちゃんと着替えたんだろうな」
着替えが無いので泥だけ落とした濡れたままの道着を着ている自分の事を棚に上げ、俺は他人の心配をする。例え明日勝ったとしても、体調不良の相手に勝っても何も嬉しくも無い。
考え事をしている間に、気が付けばもう赤の住んでいる洞穴の目の前についていた。
もう薄暗いというのに、洞穴からは明かりは見えない。もしかしたらどこかに狩りに出ているのかもしれないが……。
「赤。居るか?」
しばらく返事は無かった。やはり誰もいないのか。帰ろうと思った、その時だった。
「……不尽?」
消え入るような声が聞こえてきて、俺は返しかけた足を戻す。
「おい、大丈夫なのか。赤」
「だ、大丈夫だよ」
「信じられん。入らせてもらうぞ」
「……分かった」
断りを入れ、中に入る。洞穴の中は真っ暗だった。
「灯りくらい付けたらどうだ。ほら」
手製の簡単なかまどの位置は分かっていた。俺は勝手知ったる他人の家とばかりに火付けの道具を手に取り、手早く火をつける。
灯りがついて、洞穴の中が照らし出される。俺はほっと息を吐いた。炎の明かりと言うのは、やはりそこにあるだけで心を落ち着かせてくれる。
「これで明るく……。おい、大丈夫か!」
赤は壁際に座り込んで居た。濡れた武道着を着たまま、壁に体を預けて膝を抱えて小さくなって震えていた。ただでさえ小さな赤の身体が、更に小さく見えた。
「どうした。具合が悪いのか」
赤は黙って首を振る。
「寒いのか?」
黙って首を振り続ける。
俺はそんな彼女に構う事無く、彼女の頬に、肌に触れる。
「冷え切っているじゃないか。どうして早く着替えなかったんだ」
「不尽だって、着替えてないじゃないか」
「……俺は鍛えてるからいいんだよ」
「ボクも魔物娘だから風邪なんて引かないよ」
「いいから。着替えは?」
「無い」
こいつは……。呆れるくらいに俺と似ていやがる。
「仕方ないな。……悪いが、我慢しろよ」
俺は道着の上衣と下衣を脱ぎ、ふんどし一丁の姿になる。
「な、何してるのさ。や、やだ。何するの。いや、やめて」
そして赤の濡れた衣服も脱がすべく、嫌がる赤に手を掛ける。
手を弾かれるが、俺はひるまずに彼女の腕を抑えつけて無理矢理に脱がしにかかる。
「いや、やめてよ。乱暴しないで」
「嫌なら抵抗しろ。力では男に敵わないなんて言わないよな? お前は俺に勝っているんだ。抵抗する元気があるなら俺もやめてやるさ」
改めて近づいて触ってみると、彼女の身体は女らしい柔らかさに溢れ、香のような甘い匂いまで香っていた。乳房は体つきに似合わずに豊満で、寒さの為に勃った乳首が服の上からも分かる程だった。
よろしくない感情は当然頭をもたげた。けれど彼女の肌の冷たさが俺の思考をも冷静に保たせてくれた。
「いくら妖怪だからってこんなに身体を冷やしたままにしたら……。くそ、この服どうなってるんだ」
俺は大陸の服の構造に四苦八苦しながら、何とか結び目やボタンを外していく。
服の下から彼女の雪のように白い肌が、筋肉の上にわずかに脂肪の乗った女らしい丸みを帯びた身体があらわになる。そして、胸の膨らみの頂上でつんと上を向いた桜色の乳首と、股の間の僅かな茂みも。
彼女は、下着を付けていなかった。
すぐに腕で隠されてしまったが、その裸体の美しさは俺の目に焼き付いて離れなかった。
「ぼ、ボクを脱がして、どうする気なの?」
怯えるように縮こまり、目じりには涙さえ浮かべ始める赤。目元に引かれた赤い隈取が何とも色っぽい。これまで気が付いていなかったが、赤は化粧もしていたようだった。
今まで理解出来なかったが、女を無理矢理押し倒したくなる男の気持ちが少しわかった気がした。
「こうするんだよ」
俺は震える彼女を無理矢理に抱き締める。
「い、いや。いやあぁぁ……。って、あれ」
そしてかまどの前に移って、彼女をかまどの前に座らせ、俺はその後ろに座り、後ろから彼女を抱き締める。
「熱源はこれくらいしかないからな。ただ火の近くに居るよりは肌を合わせている方が温かいはずだ」
「な、なんだ。びっくりした……。ボク、てっきり君に襲われるのかと」
「その方が良かったか?」
赤は黙り込んでしまった。ちょっと冗談にしては趣味が悪かったかもしれない。
「悪かった。冗談だ」
赤は何も言わなかった。
俺も何も言わず、ただ彼女を温め続けた。
冷え切っていた彼女の身体だったが、抱きしめ続けるうちに少しずつ熱を取り戻していった。
けれど、彼女の震えはいつまでも止まらないかった。やはり体調が悪いのか。俺は不安になり、声をかけずにはいられなかった。
「赤。大丈夫か? 寒くないか?」
「だから、寒くは無いって最初に言ったじゃないか」
「でも、まだ震えているぞ」
赤はびくりと身体を震わせ、そしてぼそりと呟いた。
「なに? 何て言ったんだ」
「怖いんだ。怖くてたまらないんだ」
「急にどうした。一人で熊も仕留めるお前が、一体何を恐れるって言うんだ?」
「僕にだって、怖いものくらいあるよ……。考え無いようにしていただけだったんだ。でも、戦っている最中に、急に……」
俺は鼻で笑ってしまった。
「殴られるのが怖くなったか? 負けるのが怖くなったか?」
「痛いのは構わない。勝負には勝ち負けは付きものさ。ボクが怖くなったのは、多分一人になってしまう事に対してだと思う」
「一人になる? どうして?」
「忘れてしまったのかい? ボク達は、二本先取した方を勝者にしようって決めた。じゃあ、どちらかが二連勝したら、そのあとボク達はどうなるの?」
「そりゃあ……」
どう、なるんだ?
「ボクは不尽と出会って、毎日毎日手合せして、戦って、ひたすら勝負して、ただそれしか無かったけど、今まで感じたことが無いくらい楽しくて充実してた。強い君に勝てると凄く嬉しかった。負けた時はどうやって勝とうかって君の事ばかり考えてた。でも完全に勝負が付いてしまったら、もうそれもおしまいだろ」
「俺だって楽しかったよ。これ以上ないくらいに。お前のおかげで強くもなれた」
「でも、勝負が付いたら君はどうする? また強い奴を求めて旅を続けるんだろう? ボクだってきっとそうする」
「それならそれで、仕方がないだろう……」
一人に、なる? 赤と別れて、また一人に?
それは、そうだ。出会いがあれば別れもある。もともと俺達はそれぞれ一人で旅を続けていたんだ。お互い旅の途中なのだから、旅に戻るのは当然の事だ。……当然の事なのに、こうも落ち着かない気分になるのはなぜだ?
「また一人になる。そう思ったら、急に身体が震えて来て……。
前は、一人で居る事なんて何とも無かったのに。仲間と一緒に住んでいた山を出るときにだって、こんな気持ちにもならなかったのに。……不尽のせいだ」
「そんな事を言われたってなぁ」
「今日だってそうだ。不尽は怒るかもしれないけど、最後にボクは負けようとしたんだ。なのに君が足を滑らせてしまって、ボクは咄嗟に勝ちを取りに行ってしまった。
……おかげで、ボクの二連勝さ」
そうだった。俺は昨日負けたんだった。今日は負けられないはずだったのだ。
だからこそ勝ちを取りに欲張ってしまって、そしてその欲が原因で隙が生まれて、足を掬われた。
「ねぇ不尽。どうしよう。ボク達、どうしよう」
彼女を抱いている俺の腕に、熱い雫が垂れ落ちる。
涙だった。赤の涙が、俺の腕にぽろぽろと零れているのだった。
「ボク、君と離れたくないよ」
怪我をしてもキツイ訓練をしても顔色一つ変えない屈強な妖怪が、今寂しさで小さな身体を震わせて涙を流していた。
赤はすすり泣きながら、しばらく震え続けていた。
俺は黙って彼女を抱き締め、頭を撫でてやった。彼女が泣き止むまでそうしていてやるつもりだった。
少しずつだが、彼女は落ち着きを取り戻していった。涙は止まり、震えも収まっていった。
これでもう大丈夫か。と思ったのだが、事態はそう簡単には収まらなかった。
「ねぇ、不尽。いい事思いついたんだ。ボクの頼みを聞いてくれないかな」
赤は俺の腕の中から抜け出し、俺の方へと向き直って俺の手を握ってくる。
「別に構わんが、俺に出来る事なぞたかが知れているぞ」
「そんな難しい事じゃないよ。なに、簡単な事さ」
彼女は、笑顔だった。けれどその笑みはいつもの自信にあふれたそれでは無く、触れれば崩れてしまいそうな、今にも壊れてしまいそうなものだった。
「今ここで、ボクを抱いて欲しいんだ」
「抱いてって、抱きしめていたじゃないか」
「もう、そうじゃなくてさ。ボクを女として抱いて欲しいんだ。ボクと交わって欲しい。ボクを犯して孕ませて欲しいんだ」
彼女は目を細めると、俺の背中に腕を回して抱きついて来る。
柔らかな乳房が潰れ、彼女の汗の、肌の匂いに包まれる。
俺は、理性が崩れそうになりながらも、何とか限界間際で踏みとどまる。
「いきなり、なんだ」
「だって、仔を孕めばもう一人じゃないだろう? 子供が居れば、ボクはもう一人じゃない。寂しく無くなる」
下腹部をさすりながら、赤は虚ろな笑みを浮かべる。
期待の篭った目で見上げてくる彼女に対して、俺は首を振らないわけには居られなかった。例え彼女が絶望で顔を曇らせたとしても、だ。
「駄目だ。そういう事は、愛し合う者同士で行うべきだ」
「あ、あは? ボクの身体じゃ不満って事かな? でも、自慢じゃないけど胸も大きいし、おしりだって自信があるんだ。全部好きにしていいんだよ?」
「魅力は感じている。欲情もしている。けれど、俺だって常に厳しい鍛錬を重ねて来た。己を律する術は身についている」
「じゃあ、どうすればいいんだよ。教えてよ」
俺に縋りつく赤の手に力がこもる。悲痛な声が洞穴に響く。
「もう、一人は嫌だよ……。不尽と別れたくない。こんなに大好きなのに……。ボクを置いて行かないでよぉ」
大好き、か。確かに、俺も赤の事は悪からず思っている。不器用な俺がこんなに異性と仲良くなったのは、異性にこんな感情を抱いたのは初めての事だ。
同じ武道に喜びを感じ、お互いを高め合え、拳を合わせる事で言葉以上に心を通わせられる相手。こんな相手とずっと居られたら、この女と人生を共に出来たら。そんな風に思った事も、一度や二度では無い。
けれど相手の事をどんなに想ったところで、現実に俺達は……。
俺達は……。何だっけ?
……考えてみれば、二人ではいられない理由などあったか? 一緒に居たいのであれば一緒に居ればいいのではないか? どうして分かれる事が前提なんだ?
それにジパングでは妖怪と夫婦になる事も珍しい話では無い。赤さえ俺で良いと言うなら、夜伽の誘いを別に断る理由だって俺には……。いやいや、それはともかくとしてもだ。
俺は別に、何か明確な目的があって旅をしているわけでは無い。ただ強い奴と戦ってみたいから色々なところを巡り歩いているだけだ。そしてそれは、赤だって同じはずだ。一緒に強者を探して旅したって構わないはずだ。
あとは赤さえ良ければ、別に一緒に旅をするでも何でも、不都合なんて無いだろう。
「なぁ赤、お前、なんで旅してたんだ?」
「なんでって……。ボク、体動かして戦うの好きだから、強い人と戦ってみたくて。……別に他の魔物娘みたいに旦那さんを探してるってわけでも無くて。
ボク、男の人にはそこまで興味が無くって、本当にただ、戦うのが好きで……ただ、それだけで、あてもなくて」
「あぁ、そうか」
「何笑ってるのさ」
「いや、俺と同じだと思っただけさ。体一つで戦ってると生きてるって実感できて、強い奴と戦ってるとなお楽しくって。それだけの為だけに一人旅をしてきたけど」
「不尽?」
「良かったら、一緒に旅をしないか。赤。それか、どこかで所帯を持ったっていい。お前がそれでいいなら、だが」
赤の目が大きく見開かれ、その瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ始める。
「ボクと、一緒にいてくれるの?」
「俺の方からもお願いする」
「……本当に、いいの?」
「あぁ」
「不尽……。不尽! うわあぁぁ」
赤は見た目の通り、少女のように泣きながら俺に抱きついてきた。
俺は彼女を優しく抱き止め、ただ黙って、彼女の背を撫で続けてやった。
赤は落ち着きを取り戻しても、俺の身体から離れようとはしなかった。
外はもう日が落ちて暗くなっていた。もう今から帰ると言う事も無いだろう。俺は彼女の身体を抱き締めながら、気になっていた事を聞いてみた。
「けど、どうして急にそんな事を考えたんだ。いつものお前だったら、それこそ気に入ったなら無理矢理付いて行くとか言い出しそうなのに」
「だって、もしも君に拒絶されたらって思うと、怖くなって。もし君から『俺は最強を目指しているんだ。女なんて邪魔だ』なんて言われたら、ボクもう……」
「それこそ、いつものお前なら『ボクにも勝てない奴が最強なんてちゃんちゃらおかしいよ。むしろ稽古をつけてあげようか』とか言い出しそうだけどな」
「多分、雨に濡れたせいだよ。ボク達火鼠はね、大量の水に濡れると毛皮の火が消えちゃうんだ。毛皮の火が消えるとそこに宿っている妖力も消えて、元気も無くなっちゃって」
「なるほど、そんな特徴があったのか。それでしおらしくなっていたんだな。……毛皮、まだ白いな」
いつもは燃え盛っているような赤の毛皮は、先ほど雨でびしょ濡れになって以来、まだ白くなったままだった。
白い毛皮を撫でてやると、赤はくすぐったそうにはにかんだ。毛皮は白い状態でも十分に心地よい肌触りではあったが、いつもの燃えるような昂揚感が伝わって来ず、見た目の印象もまるで違った。
いつも元気で不遜なくらいに勝気な赤が、今はただ弱弱しく見えた。しおらしい態度も相まって、今なら簡単に……などと良からぬ感情を抱いてしまう。
でも、駄目だ不尽。弱っている相手を襲うなどと言うのは、武人として……。
「そのうち元に戻るから大丈夫。心配してくれてありがとう、不尽」
赤は微笑み、俺の胸に髪の毛や、自分の獣の耳を擦りつけてくる。
「ん、まぁ、な」
あぁ、駄目だ。そんな風に甘えられたら、男として自分の女にしたいと思わずにいられるわけが無い。大陸の香のような彼女の甘い匂いに包まれて、もう自制心も限界だ。
「……赤」
「え、不尽?」
俺は彼女を、恐らく寝床に使って居るのだろう、乾草の小山の上へと押し倒す。
「きゅ、急にどうしたんだよ。びっくりするじゃないか」
起き上がろうとする赤を逃がさないよう、俺は彼女の腕を無理矢理押え付ける。
足でも彼女の足を押さえつけて、彼女の全身を観賞する。
あんなに戦いを繰り返したのに、肌には傷一つ残っておらず、どこもかしこもつるりとして艶めかしい。
桃まんじゅうのように膨らんだ胸、鍛え上げられ引き締まった腹、子を宿すために丸みを帯びた腰、彼女の肢体はどこから見ても見事だった。どこからでもむしゃぶりつきたいと思わせた。
「不尽? どうしたの? 急にこんな……」
不思議そうな顔をしていた彼女だったが、俺の視線の動きに気が付くと、顔を真っ赤にして身体を隠そうとし始める。
けれど、そう簡単には隠させなかった。俺は彼女を押さえつけながら、その見事な身体を見つめ続ける。
「綺麗だ。武闘家の身体としても見事としか言いようがないが、女の身体としても……」
俺は生唾を飲み込む。
「やだ。そんなに見ないでよ。恥ずかしいよ」
「赤。お前さっき、ボクを抱いてくれって言ったよな」
「い、言った、けど、その、あれは」
「じゃあ、いいよな」
「でも。あれは愛し合う二人じゃないとって、不尽、自分で」
「俺はお前が好きだ。……別に色仕掛けにやられたんじゃないぞ。以前から武闘家としても尊敬できる相手だと、互いを高め合えるこれ以上ない女だと思っていた。お前は、どうだ?」
「あ、えと、不尽、ボクの事そんな風に思ってくれてたんだ……」
「赤は、俺の事好きか?」
赤の肌が、少し熱を持つ。
「ぼ、ボクは、えっと」
「まぁ、嫌いな相手に『抱いて欲しい』なんて言わないよな」
俺は答えを待っていられず、彼女の首筋に舌を這わせる。
「ボクは君の事、ちょ、ちょっとまって。あ、はぅう、あ、あぁ」
彼女の汗の味がする。ちょっとしょっぱい。けれど飛び切りに甘い味。女の汗は、こんな味なのか。
「不尽。まだダメだよ。だめぇ」
首筋を舐め、胸元へ下る。再び震え始める肌に口づけを落としながら、乳房の膨らみのあたりに舌を這わせる。
目の前に、見事に実った木の実がある。甘酸っぱそうな、桃色の小さな果実が。
「赤。俺の事、好きか?」
「ん、うん。好きだよ。大好き……あっ」
言質はとったとばかりに、俺は乳首へとむしゃぶりつく。舌の上で転がし、甘噛みし、唇でその感触を楽しむ。
母乳など出るはずが無いのに、味がするとすればそれは汗の味のはずなのに、甘い匂いと味が鼻腔の奥に広がる気がした。
片手の束縛を外し、手の平でも乳房を掴み、こねくり回す。形のいい、つきたての餅のように真っ白なそれを好き放題に弄繰り回す。
全身が硬く鍛え上げられているにも関わらず、ここだけは女の柔らかさそのままに手の平に合わせて形を変える。頂上の果実を強めに摘まむと、赤は可愛い声を上げた。
赤は、頬を染めながら天井の方を見ていた。口元はダメ、ダメと動いていたが、腕が自由になっても抵抗するそぶりは見せない。
俺は調子に乗ってさらに彼女の身体に触れて、舐めてゆく。腋の下を舐め、二の腕やわき腹を優しくくすぐり、臍を吸い、太ももを撫でまわす。
どこもすべすべとしていて、触っていても舐めていても心地よかった。
そして俺は、ついに一番匂いの強い彼女の足の付け根に顔を近づける。
「! イヤ。そんなところ、汚いよぉ」
今度こそは、赤は俺の頭を手でどけようと抵抗してきた。けれど、俺とてそう簡単には引き下がらない。
腰を、その魅力的な桃尻をがっちりと両手で掴んで固定しながら、俺は赤の割れ目へと舌を這わせる。
びくびくと身体を震わせながら、赤は弓なりに身体を仰け反らせる。戦うために鍛え上げられた身体が、しかし女として感じながら身を悶えさせるその姿は、狂おしい程に美しく、愛おしかった。
もっとその姿を見ていたくて、唇と舌で豆の皮を剥き、舌先で執拗に舐め上げる。
そのうちに彼女の匂いが強くなってくる。
割れ目からしとどに蜜が溢れ出していた。そちらも舐めずにいられずに唇を押し付け、舌を這わせ、啜り、最後には穴に舌を入れて掻き回すように責め立てた。
「不尽。不尽、もう、だめだってばぁ」
抵抗していたはずの赤の指の動きが、いつの間にか穏やかなものに変わっていた。俺の髪の間を撫でて、子供をあやすような優しい動きへと。
「不尽、まるで獣みたい。戦っているときもそうだけど、今はもっと……」
「怖いか?」
「……少し」
「お前は可愛いよ。それに、綺麗だ。戦っている姿も美しかったが、今の扇情的なお前も、とてもいい」
俺はふんどしを外して、臨戦態勢に入っている己を取り出した。天井に向かって硬く張り出し、血管を浮かべていびつにそそり立つそれを。
「む、無理だよ。そんな大きなの、入らないよぉ」
「けれど、こんなになったのはお前のせいだぞ? 知っていただろ? お前を温めていた時から、俺はもうこうなっていた。だというのにここでおあずけと言うのもあんまりじゃないか?」
「別に、ボクが温めてくれって頼んだわけじゃ無いよ。不尽が勝手にボクを脱がせて抱いたんじゃないか」
「だとしても、このままでは収まりが付かん。何とかしてくれないか」
俺は身を起こし、彼女の前に怒張を突き出す。
彼女は怯えるような表情を浮かべた後、恐る恐ると言った様子で手を伸ばしてきた。
長く伸びた彼女の指が、俺の欲棒に絡み付く。ゆるゆると上下に扱いて来るが、射精には至れそうに無かった。
気持ちが良く無いわけでは無かったが、自慰で強くし過ぎているせいか、遠慮がちな指での刺激では物足りなかった。
「そんなんじゃ、いつまでも出そうにないぞ」
「うぅ。じゃあどうすれば」
「そこに立派な胸と口があるだろう」
「ぼ、ボクにおっぱいと口で奉仕しろって言うの?」
「嫌ならいいぞ。別の方法を考えるだけだ」
俺が赤のまたぐらを見ると、彼女は涙目ながらも頷いて身を乗り出してきた。
赤は俺の肉棒をその柔らかな乳房で挟み込み、頭を出した亀頭部を唇で咥え込んだ。
こぼれそうな乳房を両手で支え、不規則に揉み込む様に圧力を加えながら、頭を振って剛直を吸い上げ、かりに舌を這わせる。
「く。凄く、上手いな。いつもこんな事を?」
「ば、バカァ! 初めてに決まってるだろ! こんな恥ずかしい、破廉恥な事、初めてだよぉ……。好きな人、君にだって、こんな恥ずかしい姿……。不尽は、ひどいよ……」
「けれど、今のお前の姿は凄く淫らで美しいくて、魅力的だぞ。恥ずかしがることは無いだろう。ここには俺とお前しかいないんだから」
赤は目を反らし、再び乳と口での愛撫を再開する。
それにしても絶景だった。こんなに美しい女が、女性と母性の象徴である乳房で、形のいい唇でもって、一生懸命自分を慰めてくれているというのだから。
「ちゅ、ちゅぅ。ん、ねぇ不尽、ちゃんと気持ちいい?」
「あぁ、気持ちいいぞ。凄く」
「そう。よかったぁ」
赤は俺を見て、表情を緩めて笑った。
それを見た瞬間、頭の中で何かのタガが外れる音が聞こえた。赤が可愛くて、愛おしくて、胸が張り裂けそうな程に気持ちが膨れ上がった。
気が付けば、俺は再び赤を押し倒して組み敷いていた。
「ふ、不尽? 許してくれるんじゃ」
「すまん。もう辛抱たまらん」
さらに問おうとする口を、俺は無理矢理に唇で塞ぐ。
舌を捻じ込み、閉じこもっている赤の舌を誘い出し、絡め合わせる。口の中そこらじゅうを舌で掻き回す。彼女の味を堪能し尽くし、俺の味を彼女に塗り付ける。
獣が、自分の匂いを擦り付けるように。自分の物だと主張するように。
「……お前が愛しくて、お前を俺のものにしたくて仕方ないんだ。入れるぞ」
「だ、ダメだよ。こんな大きいの、入らないよ。いや、やめて、お願い、やめてよ不尽」
「嫌なら抵抗しろ。けど、今回は本気だ。お前を俺のものにするまで手は抜かない」
俺は彼女の入り口に指を這わせて位置を確認し、自分の一物をそこにあてがう。
赤は俺の身体を押し返そうとして来るが、その手にはほとんど力は入っていなかった。尻尾で背中も打ち付けて来ては居るが、くすぐったいくらいだった。
「いや。許し、あ、あああ」
腰を落としていく。俺の肉棒が、ずぶずぶと赤の雌穴に飲み込まれてゆく。
最初に感じたのは熱だった。まるでるつぼの中にでも入れてしまったかのような猛烈な熱さが、しかし快楽だけを伴って、俺の一物を溶かそうとして来るようだった。彼女の中は、細やかな襞襞がみっちりと敷き詰められていた。熱を帯びた無数の襞が俺の一物に隙間無く吸い付き、搾り上げるように蠕動していた。
武道で足腰を鍛えているせいだろう。中の柔肉も見事に引き締まり、男を締め付ける圧力も相当のものだった。
入れているだけでも気をやってしまいかねない。だが、俺の中の獣は赤を引っ掻き回せと暴れ回って言う事を聞かなかった。
甘美な膣圧を堪えながら、俺は衝動の突き上げるまま一気に奥まで突き込んで、入り口まで引き抜く。
膣肉がその度に肉棒にきつく絡み付き擦り上げて来て、下半身に少しずつ熱い塊が込み上げ、全身にぞくぞくとした快楽が走り抜ける。
「い、痛いよぉ。不尽。お願いだから、もっと、優しく、して」
夢中になって腰を振り続けそうになったが、俺は慌てて動きを止めた。
赤を抱きたい。自分の物にしたいという気持ちは確かだが、彼女に苦痛を与えようという気は無かった。
「す、済まなかった。俺は、初めてで。……大丈夫だったか」
「まぁ、戦ってる時の痛みに比べれば、大したことは無いけど……。もう、力付くで犯して来たくせに、変なところで優しいんだから。
……いいよ。ゆっくり、優しくしてくれるなら」
「……済まん」
俺は彼女の頬を撫で、口づけする。
それから、彼女の言った通りにゆっくりと腰を突き入れ、引き抜いていくように動きを切り替えた。
「いっつぅ。く、あ、あ」
最初は苦痛にゆがんでいた赤の顔だったが、一度、二度と出し入れを繰り返すうちに、少しずつ朱を帯び、艶っぽい物に変わり始める。
「はぁ、あああ。あ、あ、あ、あん。ふぁぁぁ」
息遣いも色気を帯び始める。
赤は、官能で濁った瞳で俺を見上げてきた。その手を俺の背中に回し、脚を俺の腰に絡み付かせ、尻尾までも俺の身体に巻きつけてくる。
『気持ちいい』
今はもう、苦痛では無く快楽しか感じていないようだった。戦いのときに拳を通じて気持ちが分かったように、今は肌を通じて気持ちが伝わってくる。
彼女の奥からはとめどなく蜜が溢れてくる。柔肉の滑りと締め付けはさらに良くなり、もはや境界線さえ分からなくなるようだった。本当に、雄の棒と雌の穴が溶けあって一つになってしまうようだった。
そして、思考さえもがぐずぐずに溶け落ちてゆく。
余計な事はもう何も考えられなかった。ただ一匹の雌が自分の下で淫らによがるのが見えて、荒々しい二匹の息遣いと、卑猥な粘ついた水音が聞こえて、淀んだ空気が獣のような雌と雄の匂いがむせ返るようで、肌触りも舌触りも赤の味も全部気持ち良くて堪らなくて。
腰から衝動が込み上げて、もう止めていられなかった。
俺は彼女の一番奥深くを突き上げながら、己を解放した。
「「あああああ」」
欲望と白濁が溢れ出て、赤の子袋の中に叩きつけられる。何度も、何度も。
脈動が続くたびに激しい快楽が炎のように全身を炙り、俺は赤の小さな身体にしがみつかずにはいられなかった。
やがて脈動の波は少しずつ引いていったが、射精の余韻はいつまでも残り続けた。
身体は火照り、まぐわいの官能が身体の芯に燻り続けた。
もっとしたい。そう思わずにいられなかった。組手で五分の攻防の末に勝利を得た時と同じか、それ以上の充足感と幸福感があった。
「不尽……」
赤が俺の事を見ていた。穏やかな、満ち足りたような表情で。
「ちゅ」
唇が押し当てられる。
あぁ、この女は、本当に俺のものになったんだ。俺のものになってくれたんだ。
俺は込み上げて来る感情のまま、彼女に口づけを返し、そして強く抱き締めた。
愛しくて堪らなかった。抱く前よりも気持ちはずっと強くなっていた。勃起は、しばらく収まりそうに無かった。
連続でしたいなんて言ったら、嫌がられるだろうか。そんな事を思いながらも、俺は彼女と一つになったまま、しばらく彼女の髪を、真ん丸の可愛い耳を撫で続けた。
日が昇ると同時に、俺は朝の鍛錬を始めるべく洞穴の外に出た。
乾いた道着に袖を通し、朝の冷えた空気を肺一杯に吸い込む。身体も気持ちも洗われるようだった。
構えを取り、拳を突き出す。
ただ無心で、拳を突き出し続ける。
無心で、何も考えず。ただ拳だけに集中しなければならないのだが……。
脳裏に昨晩の乱れた赤の姿が浮かんで仕方なかった。毎回嫌がりながらも自分の愛撫に感じ、そのうちに結局は快楽に酔うように身をよがらせる女の姿がまぶたの裏から離れなかった。
昨晩は一度だけでは済まずに何度も交わったのだが、不思議と身体の方に特に疲れは残っていなかった。けれど、この状態ではそれが逆に辛かった。疲れているのなら交わりの事など考えずに済んだだろう。身体が快調だからこそ、またあの快楽を味わいたいと思ってしまって仕方がないのだ。
「せいっ。せいっ」
声を出してみるが、結果はあまり変わらなかった。
原因である赤はと言えば、健やかな表情で眠りについていた。朝には手足や尻尾の毛皮も炎のような色合いを取り戻していたので、きっと起きてくる頃にはいつもの勝気さを取り戻している事だろう。
……本当は寝こみを襲いたいという気持ちも抱いたが、流石にそこまでは出来なかった。
「おやおや、型が乱れているねぇ。雑念でも入ってるんじゃないのかい?」
声をした方を振り向くと、目を覚ました赤が洞穴から出てくるところだった。
昨晩のような気弱さは一切無く、浮かべた笑みからはいつものような強気さが滲み出ていた。
「よう。もうすっかり元通りみたいだな」
「ふふん。ただ元に戻っただけじゃないよ。君の精を取り込んでボクの炎は更に強くなったんだ。もうどんなに水を掛けられたって消えないよ!」
赤は胸を張るが、昨日の弱った姿を思うと、なんとも子供が虚勢を張っているようにしか見えなかった。
「強がらなくてもいい。濡れた時は、また俺が昨日のように温めてやるよ」
「別に強がってるわけじゃ……。……でも、それも悪く無いかな……」
「ん? どうした?」
「どうもしない! どうもしないよ! そ、そうだ。これから一本勝負しようよ。昨日もそう言う話だったしさ」
「まぁ、いいだろう。軽く一本やるか」
決着がついても共に生きていくという事で話は決まったが、確かに勝負を曖昧にしたままと言うのも面白くない。……まぁ、正確には自分の負けだが、ここで勝ったら引き分けに戻せる。
俺が息を整え、構えを取った瞬間。
赤が、にやりと笑った。
「っ!」
彼女は一気に加速し、距離を詰めてきた。いつものような構えも取らず、その突撃は捨て身のようにしか思えなかった。
慌てて防御を取る。が、構えた腕は予想外の動きで、両手を掴まれ左右に広げられてこじ開けられてしまう。
彼女の顔が近づいてくる。頭突きかと思い頭を引くが、彼女の動きは止まらなかった。けれど、この距離と動きならば決定打にはならないはずだ。
油断。と言うわけでは無かったが、俺は一瞬気を抜いてしまった。だがその隙に打ち込まれた一撃は、俺の全身から力を奪ってしまうには十分な威力を持っていた。
「ちゅ」
赤の柔らかく湿った唇が、俺の唇に押し付けられる。
突撃してきた彼女を受け止めきれず、俺は彼女に押し倒されてしまう。
「んふふー」
地面に押さえつけられたままの俺に、口づけの雨が降ってくる。何だかよく分からない間に、戦いとは違った興奮を抑えられない状態にされてしまう。
「いい眺めだなぁ。ねぇ不尽、昨日はよくも好き勝手にやってくれたねぇ」
赤は俺に馬乗りになったまま、にやにや笑い続ける。
「お前だって感じていただろ? 気持ちいいって言っていたじゃないか」
「気持ち良かったよ。でも魔物娘としては、男にやられるだけって言うのも面白くない。……今度は、ボクが責める番だ」
尻尾が蠢き、俺の下衣とふんどしをあっけなく脱がしてしまう。
そして尻尾はそのまま、まだ力の無い俺自身に絡み付いて、きゅうきゅうと締め付けてきた。
温かいふさふさの獣毛が、くすぐったいようなこそばゆいような何とも言えない感触で絡み付いて来る。毛皮の帯びている妖力のせいなのか、俺のそこはすぐに熱を帯び始めてしまう。
「尻尾コキですぐに勃起しちゃうなんて、不尽も単純な雄だよねぇ」
赤は武道着の短い裾をめくり、自身のまたぐらを見せつけてくる。茂みがしっとりと濡れていて、太ももに愛液が滴り落ちていた。
「お前こそ何もする前から大洪水じゃないか」
「不尽だって、昨日はボクの裸を見ただけで硬くしてたじゃないか。と言うか、そんな事はどうでもいいんだよ。大事なのは、これから」
赤は狙いを定めて、俺のまたぐらに腰を落とした。
肉棒が、一気に快楽で煮え滾る肉壺の中に飲み込まれる。昨日と同等、あるいはそれ以上の熱と快楽を急激に浴びせられ、俺は言葉を失ってしまった。
対して、赤の方はと言えば恍惚とした表情で蕩けていた。
「あぁ、不尽の、おちんぽ、イィ……。きもちいい」
そのまま、夢心地と言った表情で腰を上下に振り始める。俺の手を取り、右手は自身の乳房を握らせ、左手の指はおしゃぶりするように口に咥え込んだ。
「ひもひいぃ。ふあぁ」
「くっ。お、おい。昨日のやり直しじゃ、無かったのか?」
赤は口から指を出し、濁った瞳を歪ませる。糸を引く唇と指が卑猥で、それだけで射精しそうになる。
「そうだよ。勝ち負けの条件は、先に逝った方……いや、気絶した方が負けって事にしようか」
「組手じゃないのかよ」
「だってぇ、こうするのって、戦ってるのと同じか、それ以上に気持ちいぃじゃないか。不尽だって、そうだろう?」
赤は俺の耳元で、囁く。
「昨日ボクを犯しながら、そう思ってたんだろ? 朝からボクを犯したくてたまらなかったんだろ? 鍛錬の間もボクの姿を忘れられなかったんだろ?」
全く。俺とこいつは、本当にどこまでそっくりなんだろう。
俺は笑みを浮かべる。多分赤と同じような、獣欲に濁った笑みを。
「それなら俺も本気でやらせてもらう」
組み敷かれていても抵抗する術はある。俺は彼女の奥を狙って、腰を突き上げ始める。
「あ、あん。いいねぇ、そう、来なくっちゃ」
戦いと交合と言うのは、似ているのかもしれなかった。どちらも肉をぶつけ合い、精神を昂らせ、相手の事を良く知ろうとし、相手の事だけに集中し、圧倒しようとする。
いや。それは俺達だけに限った事か。
そんな事を考えながら、俺は彼女の中に一度目の放精をした。
話し合いの結果。俺達は二人旅をするという事で意見を一致させた。
この森に腰を落ち着かせるという選択もあるにはあったが、俺も赤も、もっと世界を見て回りたかった。もっと強い相手と戦ってみたかったのだ。
「それに、色んな場所で色んなまぐわいをしてみたいしね」
昨晩以来、赤はこんな調子だった。
出会った頃は男っ気の無いさっぱりとした妖怪だと思っていたのだが、今ではすっかり色気づいてしまった。とはいえ、妖怪と言うものは男を知ればどれもこんなものなのかもしれない。
「なに? 変な顔して」
「いや。何でもないさ」
まぁ、初めて欲情した男も、交わった男も俺で、今後俺にしか欲情しないというのだから悪い気はしないが。
「しかし、準備に時間がかかってしまったな」
お互いのねぐらに赴き、旅立ちに向けて荷物をまとめているうちに、気付けば既に日も暮れてしまっていた。
「出かけるの、明日の朝にするか? 夜の森を歩くのも危険だろう」
「もう一晩君と愛し合うっていうのも、悪くは無いんだけれど……。それだと今朝みたいになって、ずっと森から出られなくなってしまうかもしれないし」
俺は思わず苦笑いになる。確かに一晩過ごしたはいいが、夜に熾した情熱の炎が朝になっても消えず、昼まで燃え上り続けるというのも考え物だ。
今朝の勝負も、結局昼まで続いた上で引き分けだった。明日もそうなれば、気怠くなって出発するのがまた立ち遅れる。
「では、どうする? 暗い夜の森を強行するか?」
「ふふ。ボクが何だか忘れたのかい? ボクは火鼠なんだよ? 炎で周りを照らす事なんてお手のものさ」
赤は両手を広げて、その場でくるりと回って見せる。
手足の毛皮が赤い光を放ち、まさに燃え上る炎さながらの明るさで森の中の闇を払う。
心を安心させるような温かな光。火の粉をまき散らしながら舞い踊る火鼠の姿には、幻想的な華やかさがあった。
「どう? 綺麗でしょ?」
「あぁ。本当に」
顔が赤く見えるのは、炎の加減だろうか?
赤は俺の腕を取り、身体を押し付けながら俺を見上げてきた。
身体の柔らかさはさることながら、もふもふとした毛皮の温かさが何とも言えず心地よかった。秋口の夜の風は身体に凍みるように冷たいが、彼女といっしょなら真冬の寒さでも耐えられそうだ。
「実はね、不尽も使おうと思えばもうこの技を使えるんだよ。……ボクと一緒に、燃え上がる様に愛し合った不尽なら。ボクが夫として認めた、ボクだけの雄になった不尽なら、ね」
気のせいでは無く、赤は少し照れているようだった。照れながら俺の手を取り、目の前に掲げさせる。
「ボクの事を考えて。ボクと一緒に熱く燃え上った事を思い出して、全身にボクの炎が宿っているって想像するんだ。その熱を、自分の纏いたい部分に集中させる。今回は、この手の平に」
言われるままに、俺は赤の事を考える。赤の裸体。昨日の乱れた姿。今朝の俺を求める雌の顔。匂い、触り心地、味。抱いた時の心地よさ。
身体が熱くなる。その熱の全てを腕に集めるように精神を集中する。下半身が主張しそうになったが、あえて意識から外した。
すると、赤が言っていた通りに己の腕が赤熱し、赤の毛皮のような炎を立ち昇らせた。
「これが『火鼠の衣』。一時的だけど炎や熱に対しての強い耐性と、熱による肉体の活性化が出来るんだ。こんな風に炎を纏わせることも出来る」
「なるほど、灯りにも使えるって事か」
さらに意識を集中し、熱を指先に集める。すると、指先だけに眩い灯りを集約する事が出来た。
「流石不尽。早速使いこなしてるね」
「ありがとな赤。こんな力までくれて」
「お礼なんていらないよ。ボクも不尽に選んでもらえて、凄く嬉しいんだから。強いだけじゃなくて、優しくて、互いに高め合える夫なんて……最高だよ」
そこまで素直に言われてしまうと、こちらとしても照れて何も言えなくなってしまう。
「さ、さぁ、そろそろ出発するか」
「うん。夜の散歩も、二人でなら雰囲気があったら素敵だしね。楽しみだ」
「けど、どこに向かう? 俺もお前も、今まで当ても無く旅をしていたわけだが」
「そう言えば、近くに人喰い虎の棲む山があるらしいよ。ちょっと面白そうじゃない?」
「このジパングで虎? けど虎退治か。それも面白そうだな」
今更虎などに後れを取る気は無いが、それだけ有名ならば、きっと普通でない何かがあるのだろう。もしかしたら、虎のように強い何者かが待っているのかもしれない。
赤を見ると、似たような事を考えているのか、未知の強者への期待が顔に出ていた。
「決まったな」
「うん。行こう!」
夜の闇を照らしながら、俺達は二人で歩き出した。
己の炎で、お互いの道の先を照らしながら。
この道は、きっとどこまでも続いていく事だろう。どこまでもどこまでも。いつまでも俺達は、二人で歩いていく事だろう。
14/11/03 21:50更新 / 玉虫色