連載小説
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大百足の居ないおまけ
 おまけ 


 男が百合のねぐらに向かっているその一方で、牡丹は自らの体の疼きにいら立っていた。
 自らの乳房に軽く触れる。それだけで背筋に鳥肌が立つようだった。
「んっ……。くそ、毒が効いているのに思いっきり掴みやがって」
 牡丹はウシオニ。その体はいつでも男を求めて滾っているのだ。それが今や百合の毒が加わり、抑えのきかないほどの高ぶっている。
 何もしなくても微弱ながらも全身が快楽に襲われているというのに、触れられるだけで狂いそうな感覚が走る。
 ぶつけようのない高ぶりを鎮めるために近場の木の幹を思い切り殴りつける。みしりみしりという音が次第に大きくなり、あわれ殴られた木はその場で折れてしまった。
「よく我慢できたな。牡丹」
 赤色の手が牡丹の肩に置かれる。いつからそこに居たのか、大きな酒瓶を腰にぶら下げた呉葉が居た。他意のない動きであったが、牡丹の肩は小さく反応する。
「よく効いているようだ。さすがは百合の毒ってところか」
「お前いつから居たんだ」
「最初からだ。昨晩お前と飲もうと思ったのだが、ねぐらに気配がなかったからな。探している間に百合の家を出歯亀しているお前を見つけ、面白そうだったからそれを出歯亀してたってわけだ。憎まれ役ご苦労だったな」
 呉葉は牡丹に肩を組みながら訪ねる。息に少々酒の匂いが交じっていた。牡丹は顔をしかめつつも、答える。
「俺は本気であいつを犯してやるつもりだった。でも、あそこまで言われたらな。流石の俺でも、やっても楽しくないだろうって分かるさ」
「略奪愛は甘美だというぞ。もったいなかったな」
 呉葉は艶っぽい声で牡丹の耳元に囁く。
「……つーかさ、あいつ人様のおっぱい触っといて、ちんこの方は少しも反応してなかったんだよ。……軽く落ち込むわ。なぁ、俺、泣いていいよな」
 肩から滑り降りた呉葉の手が、牡丹の乳房を撫でまわし、やや強めに握った。
「ひゃんっ、お、おい。酔ってるのか呉葉」
「牡丹の身体、私が慰めてやろうと思ってな」
「おいやめ、やん。触る、な、あ、おいそこは」
 呉葉の手はついに牡丹の骨飾りの下に滑り込む。
「こんなにして……。辛かっただろう。お姉さんに全て任せなさい」
「ちょ、おい呉葉。いい加減怒るぞ。あ、駄目だって、やめ、あ、ああーっ」

 牡丹は憔悴しきった顔でため息をついた。
「酷い目にあったぜ」
「なかなかいい声で泣いていたぞ、牡丹」
「うるせぇよ。付いてくんな」
「何を言うか。私だって百合達がちゃんとくっついているのかを確かめねば安心できん」
「……もっと真面目な顔で言え」
 隣を歩く呉葉の楽しそうな顔に、牡丹は軽く呆れている。
「でもよ。百合にだって俺達が居るんだから、別に一人ってわけじゃないだろ。なんであんなに」
「私は百合やお前という友が居ても、男が居なければ物足りないがな。常に一緒に居るわけでもない。お前は百合が居れば、男を襲うのを止められるのか」
「まぁ、そうだな」
「そうだろう。私も先日久しぶりに面白い男を見つけてな。食べごろを見計らっている」
「え、何だよそれ。教えろよ」
 呉葉は意地悪そうに唇を歪める。
「痴話喧嘩でちょっと家を離れた男を襲おうとするような奴には教えられないねぇ」
「いや、俺はそういう、そういうつもりではあったが、そうじゃなくてだな」
「そんな事より、先客がいるぞ」
 牡丹の必死の講義から話をそらすように、呉葉は指をさした。
「誤魔化すなって。て、あれ、椿じゃねぇか」
 百合の棲む洞窟の縦穴の近くに、藍色の着物姿のジョロウグモが居た。体を小刻みに震わせているが、牡丹達の位置からは何をしているのかは見えない。
「一体何を、いや、この匂いは。ははぁ、なるほど」
 牡丹は唇を歪めると、椿に飛びかかった。
「きゃ、牡丹。それに呉葉」
 椿の上気した顔を見て、牡丹の予想は確信に変わった。
「よぉ椿。人んちの前で自分を慰めてるなんて、お前も寂しい奴だねぇ。この俺が手伝ってやるよ」
 呉葉にやられた不満を晴らそうと、牡丹は椿の着物の中にその手を突っ込む。その体は既に火照り、濡れていた。
「人の事言えんだろうが。あまり騒ぐなよ、気付かれるぞ」
「痛い、痛いですって。しょうがないですわ。あんなの見せられたら誰だって」
「おぉ、こりゃ激しいねぇ。匂いに当てられそうだ」
 穴の中を覗き込み、呉葉は小さく漏らした。穴の下では人間の男と大百足の百合が文字通り絡み合い、ここまで熱気が立ち昇ろうかという程に激しく求めあっている。
「痛いって何だよ。優しくしてやってるだろうが。てかなんでお前こんなところに居るんだよ。覗きに来たのか」
「痛いものは痛いです。私はただ、借りた花嫁衣装を返しに来ただけですわ」
 確かに椿のすぐ近くの木の枝に、純白の着物が掛けられていた。
「とにかく牡丹、これで一安心だな。椿もそれを返すのは後日にした方がいい。こりゃしばらく終わりそうにない」
「折角綺麗に直せたんですけれど、そうしますわ。牡丹、いい加減痛いです。もう気分も冷めてしまいましたわ」
「何だよ。それじゃまるで俺が下手くそみたいじゃないか」
 牡丹が離れると、椿は澄ました顔で着物の乱れを正した。
 牡丹は鼻を鳴らすと、縦穴の中を覗き込み、小さく唸った。
「おうおう人にさんざん気を使わせておいて、見せつけてくれるねぇ」
「言ってやるな牡丹。あいつも料理の勉強したり、そろいの食器を用意したり、本当は一番連れ合いを欲していたというのはお前が一番よく知っているだろう」
「まぁな。うまくいって良かったよ、本当に」
 牡丹は仏頂面で頭をかく。
「牡丹、本当は寂しいんでしょう」
「うるせぇぞ椿」
「ところで、こんなところで立ち話も何だ。二人とも、暇なら付き合わないか」
 呉葉は酒瓶を持ち上げて見せる。
「自棄酒か、付き合うぜ」
「何を言っているんですの。百合の祝い酒でしょう。お供しますわ」
「よし、今晩も寝かせないぞ」
 三人の妖怪は連れだって歩いてゆく。
 こうして花嫁衣装は酒盛りをした呉葉のねぐらに忘れられ、そのことを椿も呉葉もしばらく忘れていたため、花嫁衣装が戻るまでには大分時間がかかったという。
12/06/14 00:03更新 / 玉虫色
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