読切小説
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呪いのビデオ 〜夏の夜の濡れ女の乱〜
 いい人であるのは間違いないのだが致命的なところで残念な冴えない男。というのが自他共に認める高野礼次の評価だった。
 道を歩けば旅行者や外国人に道を聞かれる。駅前や駐輪場を歩いていれば誰かが自転車のドミノ倒しをしている現場を目撃する。雨が降っていれば必ずと言っていい程傘を持たずに困っている者に出くわす。
 礼次はその度丁寧に道を教え、自転車を立て直すのを手伝ってやり、自分が濡れるのにも構わず傘を差し出してやるような、そんな男だった。
 優しくて人がいいという事は誰もが評価するところだった。しかし一事が万事そんな調子であったためか、彼の事を一人の男性として好意を抱くような女性は、その献身的な生き様とは反比例するかのようにほとんどいなかった。
 その過剰な優しさが災いして、誰とでもそれなりに仲良くはなるのだが、結局は「いい人」止まりで終わってしまうのだ。それどころか異性として扱われなかったり、「都合のいい人」として使われたり、想い人から別の男に対する恋の相談や手伝いをさせられる事さえざらだった。
 そんな事もあって、大学四年になった今でも彼の恋が成就した事は一度として無かった。
 これはそんな彼が経験した、真夏の夜の恐怖の一夜のお話である。


「ただいま」
 誰も居ない六畳一間に、バイトから帰った礼次の声が木霊する。
 部屋の明かりが点けられると、不潔ではないまでも片付いているとは言い難い居間が蛍光灯の無機質な光の元に照らし出された。
 しばらく干していない万年床、読み散らかされた書籍や漫画本、枕元に引き寄せられたちゃぶ台、その上の開きっぱなしのノートパソコンに、出しっぱなしの食器。礼次は布団の上にショルダーバックを放り、ノートパソコンを片付けてコンビニのビニール袋を置いた。
 テレビを付けて面白くも無いバラエティ番組を垂れ流しにしながら、キッチンに行ってやかんに水を汲み火にかける。
 ガスを出来うる限り搾って極弱火にしてから、自分自身は服を脱ぎながら浴室へ向かった。
 シャワーで軽く汗を流し、部屋着であるTシャツとハーフパンツに着替える。
 出てくる頃にはちょうどやかんが機嫌よく蒸気を吐き出し始めていた。
 ビニール袋からカップ麺を取り出して、手早くスープの素とかやくを振りかけ、湯を注ぎ、一緒に買ってきたサラダを食べながら麺が出来るのを待った。
 騒がしいテレビを眺めながら無心で取る食事はあっという間に終わった。サラダを食べ終えてもなお、熱湯に浸された麺は少し硬かった。
「……まぁ、いいか」
 礼次はつぶやき、適当に麺とスープをかき混ぜてからカップ麺を啜り始める。
 どっとテレビから笑い声が響く。礼次はあくまでも冷めた視線を向けながら、ただひたすら麺を啜り続けた。
 特に誰と話す事も無く、テレビも見るでもなく眺めていただけだったので、カップの中の麺はあっという間に消えて行った。
「ふう」
 顔中に汗をかきながら、礼次は大きく息を吐いた。
「安いからって、夏場までカップ麺は無いな」
 汗を拭いながら扇風機を付ける。
 部屋に備え付けのエアコンは故障中だった。なかなか暇を見つけられなくて修理の目途も付いていなかったが、既にもう熱さに慣れ始めてもいた。
 部屋の中にコメディアンの大仰なおしゃべりと、扇風機の駆動音が響き始める。
「……」
 布団を見下ろし、礼次はもう寝てしまおうかと少し迷う。
 今日は急遽休んだバイト仲間の分まで働いていたため、いつもに比べて大分疲れていた。しかし同時に妙に気が冴えてしまっても居て、このまま眠れる気もしない。
 苛立たしげにテレビ画面に視線を送り、映っていたグラビアアイドルを見て礼次はある事を思い出して布団の上のバッグに手を伸ばした。
 バッグからレンタルショップの袋を取り出し、さらにその中を漁る。
 袋の中から現れたのは、プラスチックのケースに入った肌色の目立つDVD。素人物のアダルトビデオだった。バイト帰りに寄ったレンタルショップでたまたま見つけて物凄く気になり、衝動的に借りてきたのだ。
(一発抜けば寝やすくもなるだろ。本当は本物の彼女がいいけど……いないものは仕方ないしな)
 礼次は生き返ったかのようなきびきびとした動きでプレーヤーにディスクをセットし、布団の上で姿勢を正して期待に胸を高鳴らせながら映像が始まるのを待った。
 そして、真っ暗な画面に映像が映るなり、礼次は眉を寄せて声を漏らした。
「何だこれ」
 再生が始まるなり画面に映し出されたのは、古めかしい井戸だった。
 周りに黒々とした木々が生い茂っていて、木の葉が茂りすぎているのか曇っているのかは分からなかったが、画面全体が酷く薄暗い。
 深い森の奥のようなのだが、しかし井戸の周りにだけはまるで避けているかのように雑草一本生えていなかった。
 映像自体が奇妙だったが、井戸の周囲だけ地面が剥き出しになっているのもまた不気味だった。
 礼次は首を傾げつつも、しばらく画面を眺め続ける。
 いつまでたってもタイトルはおろかメーカー名すら現れなかった。
 礼次はとうとう、プレーヤーを止める。
 入れてあったDVDを取り出し、そのレーベル面を確かめる。
 表面には色っぽい表情をした黒い長髪のワンピースの女の子と、その子が脱がされたり自慰をしているような写真が印刷されている。
 どう見てもアダルトビデオだった。どう間違ってもホラー物には見えなかった。
 しかし改めてDVDをセットして再び再生を初めても、画面に映し出されるのは陰鬱な森と不気味な井戸という、どこかのホラー映画で見たような映像だけだった。
「悪戯か、返却間違えってところかなぁ」
 礼次はため息を吐いてプレーヤーを止めてテレビを消す。
「……パッケージの子。可愛かったのになぁ」
 未練がましく呟いてから、礼次は頭を振って自嘲気味に笑う。今のは流石に自分でも残念すぎたと思った。
 アダルトビデオ一本のレンタル代などたかが知れているとは言え、しかし礼次の落胆は小さくは無かった。
 根が堅い人間である礼次は、アダルトビデオなどほとんど借りたことが無かった。そんな礼次が勇気を出して、恥を忍んで借りてきたのだ。その結果がこれでは気を落としてしまうのも当然だった。
「受付の子には悪い事しちゃったな」
 受付での事を思い出し、礼次は罪悪感で渋面になる。
 間の悪い事に、レンタルショップの受付に居たのは若い女の子だった。
 金髪で胸の大きな可愛い女の子で、少し遊んでいそうにも見える子ではあったが、そこはやはり若い女の子だったらしく、アダルトビデオを目の当たりにして顔を真っ赤にして動揺していた。
(あれじゃあまるでセクハラだよな。……何か、犯罪者にでもなった気分だ)
 礼次はうな垂れ、ため息を吐き、そして。
「まぁ、たまにはこういう事もあるよな……」
 と最後に一言つぶやいてビデオの事をすっかりと諦めると、寝る準備をするべく立ち上がった。


 それは礼次が歯を磨き終え、流しでうがいをしていた時のことだった。
 流しの水の音以外しんと静まり返った部屋の中に、急にパチンと小さな音がしたかと思うと、砂嵐のような音が流れ出した。
 驚いて口の中の歯磨き粉を飲み込みかけながらも、礼次は急いで口の中をすすいで音のした方へと急ぐ。
「あ、れ? テレビ、消したよな」
 いつの間にか居間のテレビが点いていて、例のDVDの井戸が映し出されていた。
 砂嵐のように聞こえたのは映像の中の雨の音のようだった。しかし果たしてさっきもこんなに音がしていただろうかと礼次は首を傾げる。
 疑問に思いながらも再びプレーヤーを停止させ、テレビの電源を落とす。
 静かになった部屋の中、礼次は腕を組みながら何が起こったのかと考えを巡らせた。
 テレビ、机、布団、リモコン。
「あぁ、なるほど」
 きっと歯を磨き終えて流しに立った時に布団の上のリモコンを踏んでしまったのだ。それで電源が入ったのに気が付かなかったに違いない。あるいはさっき弄った時にタイマーでも入ってしまったのだろう。
 礼次は引きつった笑みを浮かべながら、そう結論付ける。
「さ、トイレに行って、もう寝よう……」
 礼次は誰にともなく呟いて、小用を足すべく便所へと向かった。


 明かりを落とした部屋の中。扇風機の風にゆられて、時折遮光カーテンの隙間から外の月明かりがわずかに差し込んでくる。
 夜とはいえ、夏である事もあって部屋にはまだじっとりとした暑さが居座り続けている。何もしなくても汗ばんで寝苦しい熱帯夜。
 にもかかわらず、礼次は全身にシーツを被ってがたがたと身を震わせていた。
 その原因は、あのDVDだ。
 あの後、礼次が用を足して戻ると、いつの間にか再びテレビが点いてあの井戸が映っていたのだ。
 礼次は再度タイマーが働いたのだと解釈したものの、それでも気味の悪さは誤魔化せなかった。それを境に身体が底冷えして、震えて止まらなくなってしまった。
 まさか、本物の呪いのビデオなのではないか。何らかの霊的な現象なのではないか。
 理性がありえないと否定し続けても、礼次はどうしても考えずにはいられなかった。
 最近も不気味な事があったばかりだった。

 それは先日の大雨が降った日の事だった。礼次はいつものバイトの帰り道で、高架下に着物姿の女の人が佇んでいるのを見つけたのだ。
 傘も差さずにびしょぬれで途方に暮れていた彼女を放っておけず、礼次はこれまたいつものように何も言わずに傘を押し付けた。
 しかしそこまでは良かったのだが、バイト先の先輩の話によるとその高架下は"出る"という事で有名だったのだ。
 そして翌日。
 礼次が通りかかった時には、もちろんその女性など居るわけも無かったが、なぜだか自分が渡したはずの傘が開いたままその場に置きっ放しにされていたのだった。
 普通に考えれば女性が結局傘を置いて帰ってしまったか、返す当てが無くてその場に戻したとも考えられたが、怪談まがいの話を聞かされたばかりの礼次は不気味で仕方が無かった。

 礼次はその時のことを子細に思い出している自分に気が付いて、慌てて頭を振った。
 考えるな、考えるな、考えるな。
 しかし考えまいと思う程、その時の女の姿がまぶたの裏に鮮明に蘇って来てしまう。
 切れ長の目が印象的な、今時珍しい奥ゆかしい感じの美人だった。長い艶のある黒髪をお団子にまとめて留めていて、髪留めに使っている塗箸も高級品のようで、一見するとどこかのご令嬢のようにも見えた。
 しかしその反面で不気味な所もあったのだ。身に付けている着物は品質は良さそうではあったが死に装束を思わせる真っ白なもので、肌は艶やかだったが同時に死んだ魚の腹のように真っ白でまるで生気を感じなかった。
 ぞっとするほど美しいその顔が、傘を受け取るだけわずかに歪んで微笑んで……。


 ぽたり。


 礼次はその音に飛び上がりそうになる。背筋にぞわぞわと悪寒が走り、一気に目が冴える。
 連想したのは雨の降りだす音だった。思えばビデオの中の風景も、傘を貸したあの日も雨が降っていた。

 ぽたり。ぽたり。ぽたっ。ぽたたたっ。

 大丈夫。きっと流しか浴室の蛇口をちょっと緩めに締めてしまっただけの事なのだ。それに雫が垂れ落ちているだけなのだから、何も怖がることは無いじゃないか。
 しかしそんな冷静な思考とは対照的に、全身には震えが広がってゆく。

 ぽたっ。……ぺたん。ぺたん。

 雫の垂れ落ちるような音に続いて、濡れた足音のような物が聞こえ始めてしまってはもう居ても立ってもいられなかった。
 泥棒だろうか。しかし戸締りはしっかりしていたはず。まさか自分が帰って来る前に? でも、それにしては濡れた足音がするというのはおかしい。いや、そんな事はいい。何か武器のような物を探さなければ。
 必死で思考を巡らせながら、礼次が布団の中から顔を上げたその時だった。
 部屋の中がぼんやりとした頼り無い灯りで照らされ、礼次の正面に、自身の身体で出来た影が大きく広がった。
 ぞわり、と全身が総毛立つ。
 部屋の中の生暖かい湿気が、正体不明の何者かの息遣いのように思われた。恐ろしい何かが後ろからじっと自分の事を凝視しているような気がした。
 しかしそれでも、礼次は振り向かずにはいられなかった。生唾を飲み込みながら、礼次は見えない手に導かれるかのように己の後ろに首をめぐらしてゆく。
「嘘、だろ」
 テレビ画面に、例の井戸が映っていた。
 ざぁ、ざぁという雨音の中に、小さな異音が混じり始める。

 ぴちゃり。ぴちゃり。

 濡れた地面を何かが歩いているような、あるいは湿った何かを手で叩いているような、生理的な不快感を誘う音。
 音はだんだんと大きくなってゆく。
 礼次は画面から目が離せなかった。音は明らかに画面からしていた。何がこんな不気味な音を立てているのか恐ろしかったが、音の正体が分からないのはもっと怖かった。

 ぴちゃり。ぴちゃり。……ばしゃっ。

 井戸の中から一本腕が伸び、その縁をがしっと掴む。
 驚いているうちに、もう片方の腕が縁を掴む。何かが井戸の底から這いあがって来ようとしていた。
 それを目の当たりにした礼次の行動は素早かった。
 奥歯の震えを歯を食いしばって抑えつけ、布団を蹴ってテレビへと迫り、そして。
 ぶつっ。とテレビとDVDプレーヤーのコンセントを抜いた。
 その瞬間テレビ画面からは明かりが消え、部屋の中に再び深夜の闇が戻ってくる。
「はぁっ。はぁっ。はぁっ。何息切らしてんだ、俺」
 手の平で顔を拭う。冷たい汗でびしょ濡れだった。
「暑いせいだ。そうだよ」
 礼次は顔を引きつらせながらも、大きく深呼吸して息を整える。
 そして再び横になるべく布団に戻ろうとしたその時だった。

 ばつん。

 と言う音と共に再び部屋中が再び薄明りに照らし出され、雨の音に包まれる。
 振り返った時には、もうそいつは井戸を出て画面に向かって歩み寄り始めていた。
「ヒッ」
 情けない声を漏らしながら、礼次は足をもつらせて尻餅をついてしまう。
 逃げなければならないと分かっているのに、手足が上手く動かない。冷静に動く事に集中しなければならないのに、画面の中のそいつから目を離す事が出来ない。
 長い長い黒髪を揺らしながら、こちらに向かって歩み寄ってくる白いワンピースの女。表情は長い髪に隠れてしまって全くうかがい知ることが出来ない。
 一歩一歩歩み寄ってくるその姿は、例のビデオそのものだった。
 そしてとうとう、そいつの手が画面に触れんばかりに近づく。
「ま、まさかな。二次元の存在が、画面から出てくるわけが」
 家電製品ならば電源の異常で、もしかしたらコンセントが入っていなくても電源が入るかもしれない。
 しかしテレビの中の存在が画面から出てくる事などは、そもそも物理的にあり得るはずが無いのだ。礼次はそうやって自分を励まし、冷静さを保とうと努めるのだが。
「う……っ!」
 そんな礼次をあざ笑うかのように、画面の中から女の腕がぬるりと抜け出してくる。
 画面の端に両腕を掛け、ぐっと力を入れて這い上がってくる女。
 どさり、とその上半身が現実世界に落下し、ワンピースからこぼれた雨水が常識を侵食し始める。
 礼次は「これは夢だと」自分に言い聞かせようとする。テレビ画面から人間が現れるなどあまりにも現実離れしすぎている、夢でも無ければあり得るわけが無いのだ。
 しかしその一方で、濡れたワンピースからむわりと立ち昇る雨の匂いはあまりにも現実的過ぎた。
 そしてとうとう、女のたおやかな手が礼次の足を捉える。雨に濡れた女の手の感触は現実以外の何物でも無かった。


 現実離れした目の前の光景に、礼次は声さえあげられない。
 しかしそれは恐怖の為では無かった。声を上げそうになった瞬間に見た光景があまりにも予想外だったために、口を開けたままあっけに取られてしまったのだ。
 目の前で顔を上げ、髪の帳の間から現れた女の顔は、礼次を真っ直ぐに見上げるその顔は、現実のものとは思えない程可愛らしいものだった。
「え? え?」
 四つん這いで這い寄ってきている女のワンピースの胸元からは、彼女の深い胸の谷間が良く見える。
 礼次は、それまでとは違った意味で動けなくなる。
 そんな礼次の身体の上を、女は構う事無く這い上がってくる。
 太ももを掴み、わき腹を掴み、礼次の膝の上に太ももを這わせ、ついには両肩に掴まって、彼と見つめ合うように顔を寄せる。
 礼次は息が出来なかった。目の前の女の顔はあまりにも美しすぎた。
 形のいい眉、濡れた長いまつ毛、目じりは少し下がり気味で、黒目がちの真ん丸の瞳は宝石のように煌めいている。
 すっきりと通った鼻筋。雨を弾く白い頬はすべすべとしていて触り心地がよさそうだった。
 そして、見るからに柔らかそうな色素の薄い形の良い唇。
 少しずつ近づいてくるそれから、礼次は目を離す事も出来ず、そして。

 ぴちゃ、くちゅっ。

「っ!」
 ふにっ。という信じられない程柔らかい感触を唇に感じてから、ようやく唇を押し当てられた事を自覚する。
 礼次は慌てて女の身体を押しのけようとするが、その時には既に女の腕は彼の後頭部をしっかりと抱え込んでしまっていた。
「む、むぅ。むぐぅっ。……っ!!!」
 礼次は渾身の力を込めて身体を離そうともがくが、女はびくともしなかった。
 と、抵抗し続けていた礼次の身体が突然強張る。

「んっ。んん。んー。くちゅくちゅ。ぬちゅりっ」

 柔らかな唇が割れて、さらに柔らかい、とろける様な感触が礼次の口の中に侵入してくる。
 温かく粘ついた粘液をまとわせているそれは女の舌だった。女は鼻に掛かった甘ったるい声を上げながら、礼次の唇にがむしゃらにむしゃぶりついてくる。
 礼次は言葉も出ない。何が起こっているのか分からずに目を白黒させながら、人生初めての甘美な感触に身体を震わせることしか出来なかった。
 女の舌は緊張して奥に引っ込んでいる礼次の舌を誘い出そうとするかのように、愛撫をねだるように、やわやわと彼の前歯を、舌先を弄ぶ。
(甘い……)
 礼次の口の中が、それまで感じた事の無い甘い感触でいっぱいになる。柔らかくぬるりとした女の舌、誘惑するようなその動き、異性の唾液の匂いと、ほのかに甘いその味。
 甘すぎて背筋が粟立ち、身体がかぁっと熱くなり、脳細胞が痺れ始める。
 しだいに礼次の瞳が正気を失ってゆく。とろんとした瞳で、礼次は誘われるままに自ら女の舌へと自分の舌を絡ませ始める。
 唇と唇の間から、くちゅくちゅという卑猥な音が漏れる。
 礼次の顎に唾液が垂れれば女がすかさず舐めとり、女の口の端からよだれが零れれば礼次が進んで啜りあげる。
 長い長い口づけ。しかしそれは、唇を押し付けてきた女自らの手で唐突に終わりを告げる。
 女の顔が礼次からゆっくりと離れる。お互いの口は半開きで、名残惜しむ様に顔を出している舌同士の間には銀色の糸が引いていた。
「おいしぃ」
 鈴を転がしたような声で女がつぶやく。それだけで、礼次は心臓をぎゅうっと掴まれたようになってしまう。
 女の顔が再び近づき、今度は唇では無く、礼次の首元の汗を舐め取っていく。
「う、く、あぁあ」
 軟体生物が這い回っていくような感触にも関わらず、それは不快どころかこれ以上ない程に心地よかった。
 舌が動いて行った場所が痺れるように疼く。きっと皮膚に味覚があったのなら、痛いくらいに甘いのだろうと礼次はぼんやりとした頭で考える。
 だが、女の責めはその程度で終わりはしなかった。
 女のしっとりした手が礼次のTシャツの下をまさぐる。背中にかいた汗をそのひんやりとした手で拭い取ってゆくかのように、背中全体の愛撫を始める。
 対する礼次はもう一切の抵抗を諦めていた。それどころかまさぐられるたびに感じるぞくぞくするような快楽に悦びさえ感じ始めていた。
 そして礼次は、とうとう自ら女の背中に腕を回して抱き寄せる。
 濡れた薄い生地越しに肌と肌が触れ合う。ワンピースの胸元から、淫らに形を変えた熟れた果実が二つ顔を覗かせる。自分の胸の上で豊かな二つの乳房が潰れる様を見下ろし、礼次はごくりと生唾を飲み込んだ。
 しかし、それ以上女の身体を楽しんでいる余裕は礼次には無かった。
 急に身体の芯に電流のような感覚が走り、礼次は背を仰け反らせる。
「い、あ……。何?」
「ふふっ」
 いつの間にか女の手が礼次の前面に回り、その片側の手が絶妙な力加減で礼次の乳首をつまんでいじくり回していた。
 そんなところ、礼次は自分でも弄った事は無かった。触った事はあっても性的な官能を感じた事など全く無かった。にもかかわらず、女の指で少し触れられただけで今まで感じたことも無い程の感覚が走り抜けていく。
 一体何をされたのか。しかし、礼次には考えている余裕さえもう与えられない。
 片側の手が乳首を弄んで居る間に、もう片方の手が下半身へと回り込み、礼次の下着の中へと潜り込む。
 女が目的のものを見つけるのに時間はかからなかった。それは探すまでも無く、礼次の下着を押し上げて隠れようも無い程に自己主張をしていた。
 女はそれを見つけるなり手の平でぷっくりと膨れた亀頭を包み込み、ほっそりした指先を一度かり首に絡み付かせ、竿に指を這わせるように根元に向かって撫でてゆく。
 礼次は歯を食いしばりながら、首を仰け反らせて未知なる感覚を堪える。そんな礼次の無防備な首筋に、女は無遠慮にも唇を押し当てるように喰らい付いた。
「ぐ、あ、あああ」
 礼次の両手に力が籠る。
 女のワンピースをくしゃりと掴み、力任せにたくし上げる。
 丸みを帯びた肉付きのいい女の尻が薄ぼんやりとした明りの中に浮かび上がる。女は、上も下も下着を付けていなかった。
 礼次は一瞬狼狽したが、しかし止まりはしなかった。腰元にまでワンピースをまくり上げてやり、自分も女の身体を責め立てるべくその隙間から手を突っ込んで背中の肌に直に触れる。
 滑らかですべすべの女の背中は、雨で濡れていたせいなのか、ぬるりと滑りがよく極上の触り心地だった。
 触っているだけで指先が溶けてしまうのではないのかと怖くなる。こうして触らせる事自体、女の狙った罠なのではないかと思われた。しかし、礼次は女の肌から指を離す事は出来なかった。それほどにこの女の肌は魅力的だった。
 もっと知りたいと思った。女の身体の隅々までこの指先で冒険したい。知り尽くしたい。
 礼次は女を裸に剥くべく、ワンピースの裾に手を掛ける。
 白い濡れた生地が少しずつたくし上げられてゆく。濡れた白い女の腹が、臍が露わになり、肋骨の少し浮いた胸元が顔を覗かせた、その時だった。
「……うれしい」
 女がにたりと笑い、礼次ははっと我に返る。だが、その時にはもう遅かった。
 礼次の剛直をやわやわと愛撫していた女の手が急に離れ、礼次のハーフパンツを、その下着ごと掴み取る。
 慌てて手を伸ばすも下着は一気に膝下まで下ろされてしまって届かなかった。そしてまごついている間に脱がし切られ、手の届かぬところに投げ捨てられてしまう。
 今まで半ば恍惚状態にあった礼次だったが、無理矢理に下着を脱がされ性器を外部に露出させらるに至ってようやく理性を取り戻し始める。
 自分は今、テレビから出てきた謎の女に襲われかけているのだ。
 無理矢理に唇を奪われ、舌を入れられ、肌をまさぐられ、そして今、下着さえ脱がされてしまった。
 そしてこれからされる事は、これまでされてきたことを考えれば一つしかない。
(犯される……)
 目の前で、テレビから出てきた謎の女が舌なめずりをして笑う。
「あなただって、したいんでしょう?」
 礼次は何も言わず、ただ目を大きく見開いた。
 その時、まさに礼次は彼女にだったら犯されてもいいかと思ってしまっていたからだ。何しろ彼女は、この通りとても美しく、その身体も見た目通りの極上の身体だ。無理矢理に交わらされたとしても、きっとこれ以上ない程の抱き心地だろう。
 だが、と礼次はそこまで考えてもう一つの考えに思い至る。
 彼女はアダルトビデオから出てきたわけでは無い。している事はエロティックだが、彼女はもともとホラー映画のような世界から出てきたのだ。
 もしも彼女が、自分を取り殺す為に出てきたのだとしたら。あるいは文字通り、精気を搾って搾って搾り殺すような悪霊だったのだとしたら。
 しかしそうは思っても礼次は指一本動かす事が出来なかった。この魅力的な肉体を、目の前の美しい女を一度でも抱けるかもしれないと思ったら、逃げるなどという発想自体があまりにも愚かな事にしか思えなかった。
 底なし沼のような瞳でにたにた笑って見下ろしながら、女はゆっくりと見せつけるようにワンピースを脱ぎ捨ててゆく。
 濡れて張り付いた布地から、下乳の曲線が現れる。雪のように白く、とけてしまいそうな程柔らかそうな乳房が少しずつあらわになってゆく。
 頂上部の綺麗な桜色をした二つの膨らみが顔を出し、乳房全体がその柔らかさを誇示するかのようにぷるんと揺れる。
 女はワンピースを脱ぎ捨てると、礼次の顔の横に放り投げた。
 びしゃりと音を立てて着地したワンピースから、女の甘い匂いが立ち昇る。
「天国に連れて行ってあげるね」
 交わったらそのまま死んでしまうかもしれない。しかしそんな恐怖があるからこそなのか、礼次の一物はかつてない程に膨れ上がり、張りつめていた。
 そんな彼の硬くそそり立ったモノの上に、女は腰を寄せる。
 少し腰を落とすと、雄の先端に入口の花びらが触れた。雌の花びらは、少し触れただけの雄を求めるかのように震え、まるで唇で食むような動きで雄の先端を舐ってくる。
 礼次は、自分が喘ぐように息をしている事を自覚する。
 入れたかった。このまま本能の命ずるまま、女の身体にむしゃぶりつきたかった。
 礼次は熱でうなされたような目で女を見上げる。
 女は笑い、そして言葉では無くその肉体で答えを返した。
「んんっ。入っ、あっあっ」
 まぶたを落としながら、女はゆっくりと腰を落としていく。
「んぁ、あぁっ、ああぁあんっ」
 女の柔らかくヌルヌルにぬめった雌の肉が、礼次の硬く張りつめた雄の肉に絡み付く。
 女の膣は、礼次の男根に浮き出た血管の一本一本、皺の一つ一つにまで余すことなくぴったりと吸い付いてくる。だがその柔肉は決して強く締め付けるだけでは無く、独特の滑りの良いぬめりを持って、細やかな柔毛と襞襞をねっとりと滑らせ、擦り付けてくる。
 ぬちゅりぐちゅりと音を立てて剛直が雌穴の中に飲み込まれていく。
 そしてすべてが飲み込まれるのとほぼ同時に、礼次の先端が女の中心に触れる。
「あンっ!」
 女が大きく背を仰け反らせ、胸の二つの膨らみが大きく揺れる。
 美しい女の顔が快楽に歪むのを目の当たりにし、礼次の胸の中に恐怖以上の感覚が湧きあがる。よがり狂う豊かな肢体に、手を伸ばさずにはいられなかった。
 二つの乳房が、礼次の伸ばした手の平に吸い付いてくる。
 ちょうど礼次の片手に収まる程の大きさの膨らみは、巨乳という程に大きくは無いものの美乳と言って間違いが無い程に形がよく、張りも良かった。
 そして何よりも格別だったのはその触り心地だった。これ以上の触り心地があるのかと疑ってしまう程の極上の揉み心地。すべすべとした触り心地に、少し力を入れただけで形を変えて指が沈みこむ柔らかさ。指の間からこぼれ形を変える様が、見ているだけでも卑猥に心を掻き乱してくる。
「あっ。んん、いやぁっ」
 礼次は力任せに女の乳を揉みしだき、咲いたばかりの花のような色をした乳首をつねる。
 女が苦しむような声を上げ始めていたが、しかし礼次の耳には男を誘う声にしか聞こえていなかった。なぜなら女は身を引く事もしようとせず、その表情も、眉根を寄せながらも頬を上気させてだらしなく口元を歪めていたからだ。
「お願い」
 荒々しく暴れる礼次の手に、女の手のひらが重ねられる。
 濡れた女の瞳に、礼次ははっと息を飲んでその手の動きを止めた。
「手を、握らせて」
 女の懇願に、礼次は無言で頷いた。女は嬉しそうに微笑むと、礼次の手に自分の手を重ね、愛おしそうに指を絡めてしっかりと握りしめる。
(なんか、恋人同士みたいだ……)
 礼次は胸の中に生まれた感情に身体を熱くしながらも困惑していた。
「じゃあ、動くね」
 そんな礼次の胸の内を知ってか知らずか、女はゆっくりと腰を振り始める。
 前後に、左右に、腰を捩じるように。
 その度に接合部からは卑猥な水音が弾け、膣の中を引っ掻き回すように男根が暴れ回る。
「あっ。あっ。凄く、硬い」
 時折女はびくんと身体を痙攣させて、強く礼次の手を握る。しかし何があっても、女が手を離す事も、腰を止める事も無かった。
 腰の動きは次第に激しくなり、やがて女は礼次の上で腰を跳ねさせ始める。
 快楽に顔を歪ませ、頬だけでなく首元や胸元までも上気したように朱に染めながらも、女の身体は美しさを失わなかった。
 ともすれば美術品のようにさえ見える程に美しい女の上半身。しかしその下では、まるで別の生き物のように、性欲に狂った雌が礼次を求めて激しく腰を振っている。
 あまりにも倒錯的で官能的過ぎて、礼次はもうまともに思考している事が出来なかった。
 このままこの雌の胎の中に射精したい。この雌を孕ませて自分だけの物にしたい。そんな獣じみた性欲が礼次の思考を染め上げてゆく。
 腹の底から熱い本能がせり上がってくる。意識が一瞬堪えようとしたが、そんなものは濁流のような性欲の前では無意味だった。
 柔らかく包み込み、波打つように蠢く雌肉の中で、礼次の雄がひときわ大きく膨らみ、そして最後の一線が決壊した。
「うっ。く、出るっ」
 礼次の雄が脈打ちながら、欲望で濁った白濁を女の中心に叩きつける。
 その瞬間、女の身体がひときわ大きく跳ねた。
「あ、ああぁ。凄い。熱くて、濃いのが、私の中にっ」
 女は本能的に何度も腰を突き上げている礼次を見下ろしながら、表情を甘く甘く蕩けさせる。
「いいよ。もっともっと出していいよ。私のお腹が破裂するくらい、あなたの精液でいっぱいにして」
 礼次はつないだ手の平を強く握りしめ、歯を食いしばる。
 射精の快楽が、女の膣に搾り取られていく感覚があまりにも良すぎて眩暈がした。何かに掴まっていないと意識を失ってしまいそうだった。
 腹の奥底から、欲望が白く濁った粘液の形を取って勢いよく女の中へと注がれてゆく。
 尿道を熱い塊が通り過ぎていくたびに礼次は歯を食いしばり、胎の最奥に白濁を叩きつけられる度に女の膣は歓喜に震えるかのように礼次の雄を締め付ける。
「あ、ぐ。あぁ。あ、れ? とまら、ない……?」
 男根が脈動するたびに女の膣もまた蠢き、尿道を、かりを、亀頭を柔らかく包み込んでぬるりと絞り上げてくる。それがきっかけとなって礼次の雄は更に精液を吐き出し、それに女の身体が反応する。
 ありえないような淫らな刺激の循環だったが、しかし現に礼次の身体は十を超える脈動を繰り返してもなお射精を止める気配が無かった。
 あまりにも強烈な射精の快楽に、礼次は恐怖さえ感じ始める。しかし礼次の意思とは無関係に、身体は射精を繰り返し続けた。
 礼次は救いを求めるように女の顔を見上げて、そして背筋を凍らせた。
 女は笑っていた。心底嬉しそうに、楽しそうに、これ以上に幸せは無いというような満ち足りた笑みを浮かべていた。
(殺される。命を全部吸い上げられて、殺されてしまう)
 全身が冷えていくようだったが、しかし勃起が収まる事は無かった。吸い尽くされる恐怖はあっても、身体が気持ち良い事には違いがないのだから収めようがないのだ。
 繋がったままのとろける様な膣。腰元に押し付けられるむっちりした太腿。繋いだ細い指。そして女神のように美しい女の身体。幸せそうなその表情。
(あ……)
 その表情を見た瞬間、礼次はこのまま死ぬのであればそれでもいいと思ってしまった。幽霊とはいえこんなに美しい人が、自分なんかと交わってこんなに満ち足りた表情をしてくれるのならば、この命さえ捧げてしまってもいいと。
 だから下半身を包み込んでいる感触が変わり始めても、礼次は特に気にも留めなかった。
 とろける様な感触で礼次の雄を包み込んでいた女の下半身が、とうとう文字通りに溶け始めていた。
 身体を支えていた脚の骨格の感覚が急に消え去り、女の脚全体が本来ありえない角度で、文字通り骨抜きになったようにぐにゃりと曲がる。しっかりとしていた肉の感触が溶け落ちてゆき、脚全体がゼリーのようにとろけて形を失ってゆく。
 青白い半透明の粘液状になったそれは、礼次の下半身を、腰からつま先までをすっぽりと覆い尽くして、ぐちゅぐちゅと音を立てながら泡立ち始める。
 女の身体はへそのあたりまで溶けて透けていて、礼次の男根が白濁を発射するさまが外からでも透けて見えていた。
「全部。下さい。あなたの全部を、私の中に……」
 形を失った事で、男根への責めも変化し始める。
 半透明になった膣だった場所に、無数の舌が形作られ、礼次のそれへと隙間無く絡み付く。少しざらざらとしていて、ぬるぬるとした独特の柔らかさを持ったそれが、舐め上げるように礼次を搾り上げてくる。
「あっ。ぐぁ、ああああっ!」
 射精し続けている敏感な場所に、この人外の感触が与えてくる刺激は大きすぎた。
 礼次はたまらず全身を引きつらせ、腰を突き上げひときわ大きく射精した。
 透明な女の下腹が剛直に掻き回され、綺麗に透けているそこが濁って見えなくなってしまう程の白濁が一気に放出される。
「あぁん。まだこんなに出るなんて、素敵……」
 しかしそれでも女の責めは終わらない。粘液全体がぞろぞろと蠢き、渦を巻き、礼次の男根だけでなくその下半身全体を責め上げ続ける。
 膝裏、内腿、ふくらはぎ。足全体を未知の感触が這い回る。下半身全体を、女の舌のような、濡れた手の平のような、二の腕や太腿のような感触が包み込んでくる。
「もっと、もっと欲しい。あなたがもっと欲しい」
(あ……)
 目を細め微笑みながら自分に近づいてくる女の顔を見て、礼次は素直に美しいと思う。
 落ちてきた彼女の唇を受け入れ、自らの口の中に彼女の舌を招き入れる。
 精液だけでは飽き足らず、唾液までもを貪ろうとするかのように女の舌が暴れ回る。舌を、舌の裏側を、上顎や下顎の歯の付け根までも女の舌が這い回っていく。途中から舌が一本では出来ないような動きもあったのだが、今の礼次にとってはどうでもいい事だった。
「くちゅ。ん……。やっぱり、おいしい」
 下半身だけでなく上半身さえも逃がさぬとばかりに女の腕が礼次の背中を強く抱き締める。
 女は礼次の顔に頬を寄せて愛しそうに頬ずりをし始める。満足そうに繰り返していたその動きが、しかしふとした瞬間に止まった。
「え。あれ、何で」
 女は顔を上げ、頬に手を当てて目を丸くする。手の平が濡れていた。
 礼次が目を瞑ったまま、涙を流していたのだ。
「や、やだ。何で、え、どうして泣いているの?」
 女は礼次の顔を、優しく両手で包み込む。しかし礼次の涙は止まらない。
「痛かった? 気持ち良く無かった? こんなに射精してるんだもん。気持ち良くないわけ無いよね? そうだよ、ね?
 ……ご、ごめんね。私が悪かったのなら謝るから、何でもするから、だからそんな風に悲しそうに泣かないで」
「気持ちいいよ。でも、これで死んでしまうと思ったら、やっぱり怖くなってさ」
 礼次は目を開けて、まっすぐに女の顔を見上げる。
 死を覚悟している真剣な表情だった。礼次は女を恨んで睨み上げるような事はせず、その表情はあくまでも全てを受け入れるかのように穏やかだった。
「君は多分、男に酷い事をされて死んでしまった女の幽霊か何かなんだろう? レイプされたのか、それとも遊ばれて捨てられたのか、もしかしたらもっと酷い事をされたのかもしれない。原因は俺には分からないけど、きっと男に強い恨みを持ったまま死んでしまった。
 だけど死ぬに死にきれずに、あのアダルトビデオに憑りついて、女を欲望の手段にしか思ってないような男に憑りついては、こうして殺して回っている。
 わざとこんなに気持ち良くさせるのは、あてつけなのかな? だってこれは、性欲のせいで死ぬようなもんだもんな」
「いや、あの、私はただ」
 礼次は微笑んで、女の身体を抱き寄せる。
「でも、出来ればこんな事をするのは俺で最後にしてほしい。こんな事を言って喜んでくれるかは分からないけど、君はとても綺麗で可愛い人だ。そんな君が、男への恨みのままにこんな凶行を繰り返すなんて、悲しすぎるから」
 女の肌の温度が、少し上がる。
「あの、「てい」っていいます。私の名前。あの、それと」
「てい。俺の魂は持って行って構わないから、もう恨みを捨てて成仏するんだ」
「違うんです。私は悪霊なんかじゃありません。もちろんあなたを取り殺したりなんかしません。これから旦那様になる人にそんな事するはず無いじゃないですか」
「は? 旦那様?」
 礼次の頭の中が一瞬真っ白になる。
 そして礼次が冷静さを取り戻した時には、全てが元に戻っていた。
 相変わらず礼次の腹の上に座ってはいるものの、女は裸では無く雨に濡れたワンピース姿に戻っていて、そして礼次自身も着衣は乱れているものの、もう射精は止まって、アレも大人しくなっていた。
「私はてい。魔物娘ぬれおなごの、ていと言います。貞淑の貞と書いて、ていです。
 高野礼次さん。私は、あなたに嫁として娶ってもらうためにここに来ました」


 ***


 それからしばらくの後。
 礼次は自分の布団の上で、テレビの中でしかお目に掛かれないような可愛らしい女性、ていと向かい合うようにして座っていた。
 恥じらうように視線を落とす彼女の姿は、どこか結婚初夜を迎えた新妻にも、意図せぬ性交渉により処女を散らしてしまった少女のようにも見える。
 そんな彼女の妙に艶めかしい姿に、礼次はついつい太ももや胸元を見てしまう。
(こんな綺麗な人と自分は……。いや、そうじゃない)
 礼次は内心首を振って考えを切り替える。
 改めて見ると彼女はどこにでも居るような女性にも見えた。無論その容姿はテレビのアイドル並みかそれ以上に整ってはいるものの、決してテレビの画面を行き来したり、人を祟り殺すような悪霊には見えなかった。そう言った意味では、今の彼女はどう見ても普通だった。
「あの、礼次さん」
「え、あ、はい」
「さっきからずっと元気が無さそうですけど。……良かったら、私が元気にしましょうか?」
 悪戯っぽく笑いかけてくるていに、礼次はどきりとしてしまう。
 ていの笑顔を見て、素直に可愛いと思ってしまう。先ほどまでは雰囲気のせいで冷然とした美しさばかりを感じていたが、彼女の本質はむしろこちらの、小悪魔のような可愛らしさの方なのかもしれない。
「それは魅力的だけど、今は遠慮しておくよ。いろいろな事が一気に起こって混乱しているんだ。出来ればていから色々と話を聞きたいんだけど」
「はい。何でも聞いてください」
「本当に、幽霊なんかじゃなくて魔物娘なんだよね?」
「はい。魔物娘のぬれおなごです。幽霊みたいな魔物娘も居ますが、それとも違います」
「マジかよ。まさか実在したなんて……。ネットの書き込みとか、本当だったんだな」
 魔物娘の噂は礼次も聞いたことがあった。
 サキュバス種の魔王が支配するファンタジー世界から、人間の夫を得るために獣の耳や尻尾、鳥の翼などを持った美しい人外の女性達がこちらの世界にやって来ているなどという噂は、確かにインターネット上には広がっていた。
 彼女達は異形の姿はしているものの皆美形でスタイルがよく、恋愛にも積極的だがその半面で一人の男を生涯にわたって一途に愛し、おまけに床上手なのだという。
 そんな都合のいい存在など居るわけ無いと礼次は思っていたのだが、しかしこうして目の前にその魔物娘を前にしては、流石に信じざるを得なかった。それに今はただの女性にしか見えないが、先ほど下半身がゲル状になっているところも見てしまってもいる。
「んふ。どうでしたか? 実際の魔物娘を目の前にした気分は。魔物娘を抱いた感想は」
 礼次は顔を真っ赤にしながら、意地悪な笑みを浮かべるていから目を逸らす。
「……死ぬほど気持ち良かったよ」
「うふふ。じゃあこれから毎日、気持ち良くしてあげますね。あなたの妻として」
 妻という単語を聞き、礼次は渋面になる。
 魔物娘が人間の男を襲うのは、何も精液だけを求めているからでは無いという事は礼次も知っていた。彼女達は長い人生、いや魔生を共に生きるための愛しい伴侶を得るために男に襲い掛かっているのだ。
 しかし人間の礼次からしてみれば誰かと結婚するというのは、例え相手と既に肉体関係を持ってしまっていたとしても、そんな軽い気持ちで了承できる事では無かった。
「そ、それはおいおい話し合って行こうよ。ところで、どうして俺の名前を? あと、ぬれおなごって言うのはみんなテレビから出てくるものなの? 何だか名前のイメージとは違うんだけど」
「名前に関しては、これです」
 と言ってていがワンピースの胸元から取り出したのは、レンタルショップの会員証だった。いつの間に抜き取ったのかは分からなかったが確かにそれは礼次の物で、名前もしっかりと記載されていた。
「テレビから出てきたことについては、私の場合が特別だっただけです。私はとあるやんごとなきお方にお願いして、アダルトビデオに封印してもらっていたんです。
 パッケージに私のイメージを張り付けて置いておけば、自ずと私を気に入って、私をオカズにしようとした男性が手に取ってくれるわけですから。雨の中待っているよりも効率的だと思ったんです」
 礼次は微妙な顔でうな垂れる。
 冷静になった目で見ると、確かにていは例のDVDのパッケージの女の子そのものだった。
「確かに、惹かれたけどね」
「気持ちよさそうな顔してましたもんね。私もどきどきしちゃいました」
「あぁ、死ぬほどどきどきした。つーか死ぬかと思った」
「それは、えへへ。ごめんなさい。日本の夏って暑いでしょう? 旦那様に少しでも涼しくなってもらいたくて」
 片目を閉じて舌を出すてい。なんだかんだ言って可愛いので、礼次はそれ以上強く言えなかった。
「まぁDVDに封じ込められてたのは特例として、てい達魔物娘は普通だったらどうやって男をつかまえるんだ?」
「んー。まぁ種族によって色々です。私達ぬれおなごの場合は雨の日に男の人を探すんです。この通り、私達の身体は本来スライム状で、洋服も自分の身体を再現している物なんですが」
 ていの白いワンピースが突然溶け落ち、その柔肌があらわになる。礼次は思わず赤くなって目を逸らした。
「うふふ。私はもう礼次さんの女なんですから、じっくりと観賞してもらっても構わないのに。もういいですよ」
 礼次が視線を戻すと、そこにはいつの間にか濡れた赤いドレスに着替えたていが居た。
「このように、服は再現できるんですが全て濡れてしまうんです。晴れた日に濡れた服で居たら警戒されちゃいますからね。
 ですから雨の日に男の人を待って、気に入った人を見つけたら着いて行くんですよ。
 ……私は、一人で待ち続けるのは寂しかったのでディスクの中で眠っている事にしたんです」
「なるほどなぁ」
 DVDのディスクの中で待っている事もそれはそれで寂しい事のように思えたが、礼次は言葉にはしなかった。
「ところで礼次さん、今後妻としてお傍で仕えさせて頂くためにも、私も一つ聞いておきたいことがあるんですが」
「ん? 何だい?」


「さっきからずっと部屋の中で私達の事を見ている女性は、礼次様のお知り合いですか?」


 ていは不思議そうな顔で首を傾げる。その視線は、礼次の顔よりもさらに後方を向いている。
 そう言えば、テレビからていが出て来る前に、確かに水がしたたり落ちるような、何かの足音のような物が聞こえていたのだった。
 自分はその正体を確かめるために布団から出たのだ。そのあとにていに襲われたのでてっきりDVDの影響の一つだと思っていたが、それがもし別の要因によって、例えば本物の幽霊のせいで起こっていた怪現象だとしたら。
 礼次の背筋に、DVDが勝手に流れ始めた時と同じような悪寒が走る。
「ひくっ」
 突然、それまで全く意識していなかったすすり泣きの声が聞こえ始める。
 振り向いてはいけない。それが分かっているのに、礼次は首を巡らせずにはいられなかった。
「ぅう。ぅうう」
 乱雑に書籍の詰め込まれた本棚。地味な色合いの壁紙。衣装棚を兼ねた収納。何だ、何も無いじゃないかと安堵しそうになった瞬間、礼次は視界の端にそれを捕えて息を飲む。
 ちょうど部屋の角っこに、水たまりが出来ていた。
 そしてその水たまりの上に、全身ずぶ濡れの女が立っていた。
 上品な白足袋。死に装束のような真っ白な着物。胸の前で祈るように手を組んだ和服の女が、悲痛な表情で涙を流しながら礼次の事を見下ろしていた。
 礼次はすぐに彼女の正体に思い至る。
(この間、高架下で傘を渡した女だ)
 だがどうしてその女が戸締りをしっかりした自分の家に居るのだろうか。どうやってこの部屋に入って来たと言うのだろうか。
 普通の方法ではまず無理だ。それこそ、壁をすり抜けでもしない限りは。という事は、つまり。
「こ、今度こそ、幽れ」
「違いますぅっ!」
 女の悲痛な叫び声が部屋に響く。思った以上に感情の籠められた、おおよそ幽霊らしくないその声に、礼次は驚いて目を見開く。
「幽霊なんかじゃありません。私も魔物娘、ぬれおなごの澪です」
 澪と名乗った二人目のぬれおなごは、礼次の目の前で膝から崩れ落ちる。
 そして縋るような目で礼次の事を見つめながら、四つん這いになって彼に向かって這い寄り始める。
「あなたが忘れてしまっても、私は忘れていません。あなたはあの雨の夜、私に優しくしてくださった。自分が濡れるのにも関わらずに傘を渡してくれた。
 あの時のあなたの手は、それはそれは温かくて、あの時私は、生涯の伴侶を決めたのです」
 じりじりとにじり寄った彼女は礼次の手を半ば強引に、しかし壊れ物を扱うかのように丁寧に取ると、その手を愛おしそうに頬ずりする。
 礼次は突然の熱烈なアピールに驚き、戸惑ってしまう。
 しかし、しっとりと濡れたその頬や、泣き濡れながら強く自分を求める女の姿を前にして、何も思わずにいる事もまた出来なかった。
 澪と名乗った彼女もまた、滅多に目に出来ない程の美人だった。
 品の良い塗箸でお団子にまとめられている、鴉の羽のように艶やかな黒髪。それと対比するような真っ白い雪のような肌。情の深そうな切れ長の目。穏やかでおっとりとした顔つきの中で強烈に"女"を感じさせる、真っ赤な紅の引かれた唇。
 ていよりも少し年齢は高めに見えたが、それが逆に年上の色香を感じさせる。
 初対面とはいえ、そんな女性に真っ直ぐに言い寄られて何も思わない程に礼次は経験豊富では無かった。
「何日も彷徨って、ようなくあなたの住処を見つけられた。ようやく身も心も尽くして差し上げられると思って来ましたのに」
 澪は顔を上げると、キッと礼次の後ろ、ていの方を睨みつける。
「どうして。どうして他の女が居るんですの? 礼次様を先に見つけたのは私ですのに!」
「だ、だって。私を手に取ったのは礼次さん自身だし、それに礼次さんの身体からは魔物娘の匂いはおろか、女の人の匂いだってしていなかったし、てっきりフリーの童貞さんだと思って……」
「うぐっ」
 突然の後ろからの口撃に、礼次はくぐもった声を上げる。
 しかしそんな事は魔物娘の二人は気が付かない。
「人の夫に手を出すなんて、それに礼次様の童貞は私のものでしたのに……。この、この泥棒猫!」
「何言ってるのよ。私がネコマタじゃなくて同じ種族だって事くらい分かってるくせに」
「そう言う意味ではありませんわ。そもそも今晩の主役は私でしたのよ! 夜も更け入り、草木も寝静まった頃を見計らって礼次様の枕元に立つつもりでしたのに……」
「あの、それって思い切り怪談……」
「戸惑う礼次様を導いて、私の身体の良さをねっとりと知っていただくつもりでしたのに。そして夢だと勘違いさせたまま、欲望のままに一晩中激しく抱いていただく予定でしたのに」
 澪は悲鳴のような声で訴える。決して大きな声では無く、言っている事はむちゃくちゃではあったものの、彼女の恋焦がれるような声は礼次の胸の柔らかい部分を確実に刺激していた。
「それなのに、ようやく家を見つけましたのに、やっと顔を見られましたのに。……あなたは私の目の前で、他の女を抱いた」
 澪は急に大人しくなると、つぶやく様にそう言った。
 ぽろぽろと涙を零す澪の姿は、長年連れ添った連れ合いを寝取られて絶望している女のようにも見えた。その痛々しさに、壊れてしまいそうな妖艶さに、礼次はぐっと言葉を詰まらせる。
 礼次とて片思いくらいは幾度もしたことがある。しかし人がいい礼次は"いいお友達"として扱われるばかりで、想い人から恋愛相談をされる事さえ珍しい事では無かった。
 結局その恋が実れば、想い人は別の男の腕に抱かれる事になる。かといって想い人の苦しんでいる顔は見たく無い。
 澪は出会ったばかりの赤の他人ではあったが、彼女がその時の自分と同じ気持ちを抱いていると思うと、礼次は彼女の気持ちをおもんばからずには居られなかった。
「でも。私だって礼次さんの事好きになっちゃったんだもん」
 拗ねたような声を上げたのはていだ。
 澪が何と言おうと、これまでの想いがいかほどのものであろうと、礼次とていは肌を重ねて最後の一線さえ超えてしまっている事もまた事実だった。
 そして、ていが封じられているDVDを自ら手に取ったのも礼次であったし、礼次自身ていに惹かれ始めても居た。
「私だって諦めたくありません。礼次様以外に抱かれるなんて、絶対に嫌です」
 礼次は心の底からどうしていいのか分からなくなる。
 ていと澪という、二人の魔物娘。自分には見ているだけでも勿体ないくらいに美しい二人は、なぜだか自分に対して強い好意を、それこそ夫婦になりたいという程の気持ちを持っていてくれているらしい。
 礼次にはにわかには信じられない事ばかりだったが、しかし二人が真剣であることは、その様子を見ていれば礼次にも良く分かった。
 仮にこれが夢だったとしても、真剣に答えなければ二人に失礼にあたる。しかしだからこそ、考えれば考える程礼次は思考の迷路に迷い込んで行ってしまう。
「だったらさ。礼次さんに決めてもらおうよ。今からだって遅く無いよ。澪さんの身体の良さを知ってもらってさ、その上で私と澪さん、どちらが正妻に相応しいか決めてもらおう」
「確かに、なかなかいい考えですわね」
「……は?」
 物理的に壁をぶち破って迷路の出口を作ろうとでも言うような提案に、礼次は表情を失って問い返す。
「初めてを奪われたのはこの上なく悔しいですが、一度気に入った相手をそう簡単に諦める私ではありません」
「いや、でも、てい?」
 振り向く礼次に、ていは微笑みを返した。そう言う事には鈍い礼次と言えども、それが無理に作った笑顔だという事はすぐに分かった。
「気持ち、分からないでもないの。それにこのままじゃ平等じゃないし。仮に澪さんを選んだとしても、礼次さんの決めた事だったら、私は……」
「ほら。てい様もこうおっしゃられていますし。礼次様、さっそく始めましょう?」
 澪は戸惑う礼次の頬に手を当てて自らの方へと向かせると、しなを作ってにっこりと微笑んだ。


 澪は礼次の前に正座をすると、三つ指を立てて頭を下げる。
「それでは礼次様。不束者ですが、精一杯お相手させていただきます」
「あ、ああ。その、よろしくお願いします。……いや、そうじゃなくて」
「それとも、私などが相手では嫌ですか? それなら、無理にとは……」
 ひどく傷ついた表情で見上げられては、礼次はもこう言うしかなかった。
「嫌どころか、あなたのような綺麗な人俺には勿体ないというか、光栄すぎるというか」
「抱いて、下さるのですね」
「……はい」
 澪は身を起こして恥じらうように微笑むと、目を伏せて帯を緩め始める。期待と不安が入り混じっているような女の顔から、礼次は目を離せなくなる。
 はらりと帯が落ちると、和服の胸元が乱れて真っ白な谷間が晒された。着物でしっかりと詰められていたのだろう、締め付けから解放された彼女の乳房はていの物をしのぐほどにふくよかで見事なものだった。
 眼前に晒し出された二つのたわわな膨らみに、礼次も一瞬罪悪感を忘れて見入ってしまう。
「うふふ。やはり殿方は大きな乳房に惹かれるんですね」
 澪は微笑みながら身体を左右に揺する。
 衿が妖しく揺れ動き、乳房が震えて桃色の乳輪が見え隠れする。
 ごくり。と礼次の生唾を飲む音が響いた。
「おっぱいばかりでは無く、顔もちゃんと見てください」
 はっと顔を上げた礼次の唇に、不意打ち気味に澪の唇が押し当てられる。
 目を見開いた礼次を見て、澪は目を細める。
 澪の柔らかい唇が礼次の唇を挟み込む。愛おしむように幾度も開いては、食べ物をねだるように礼次の唇を求める。
 貪り合うようなていとの口づけとは異なるが、慈愛と情熱に満ちた澪との接吻も言い様の無い心地よさがあった。
 礼次は喉を鳴らし、そして自分から舌を伸ばして澪を求める。
「んふふ。れろ、くちゅっ。ちゅるちゅるぅ」
 澪の微笑が礼次の耳元をくすぐる。静かな衣擦れの音と共に、澪の両腕が礼次の背中へと回される。
 澪の舌の味が、唾液の味が口の中に広がっていく。上品なお香と女の匂いが混じったようなそれ。ていのそれとは異なるものの、澪のものもまた礼次の雄を刺激してゆく。
「あっ」
 礼次が小さく声を上げる。澪が唇を甘噛みしたのだ。
 驚く礼次から顔を離し、片手で口元を隠してしまう澪。
「旦那様との接吻……。これ以上続けていたら気をやってしまいそうです」
 頬を上気させて、流し目になりながら上目づかいで礼次を見る澪。
「本格的に、ご奉仕させてください。礼次様」
「え、あ、あぁ」
 礼次が返事を返すなり、澪は礼次のハーフパンツと下着に手を掛け、ずり下ろしていく。
 再び礼次の性器が女の目の前に晒される。半勃起という程ではあったが、礼次のそれは既に勃ち上がりかけていた。
 澪の白い指が恐る恐ると言った様子で伸ばされてゆき、浮き立ち始めた尿道を撫でる。澪は緩やかに指を絡めながら顔を寄せてゆき、何年も探し求めた宝物にするように頬ずりをする。
「礼次様の精液の匂いがします。あと、てい様の匂いも……。悔しい」
「それは、その。……悪い」
「いいえ。あんなにも濃厚に交わっていらっしゃったんですもの。当然です。……ですが」
 澪は握りしめた手を上下に動かし始める。ぬれおなごの体質なのか、その手の平はいつの間にか粘液が滲み出していてヌルヌルになっていた。
「私も魔物娘の端くれ。殿方がどうすればお喜びになるのか存じておりますもの。例え枯れ果てた状態からでも、勃たせて見せます。だって、夫を立てるのが妻の務めですもの」
 澪は礼次に一瞥を送ると、その男根に口づけをする。
 裏筋に沿って唇を押し当て、根元に向かって食む様に愛撫をしてゆく。
 片手で竿を軽くしごきながら、もう片方の手で睾丸をくすぐるように弄んでは、マッサージをするように揉みほぐしていく。
「う。あ。ああぁ」
 礼次は自分の身体が熱くなり始めている事を実感していた。特に澪の唇や、手が触れている部分。身体の中でも性器が、その中でも特に睾丸が熱を放ち始めているようだった。
「んちゅっ。どうですか。気持ちいいですかぁ?」
「ああ。すごい。玉が溶けてしまいそうだ」
「礼次様の身体が一生懸命精子を作っているんです。私も、お手伝いさせていただきます。こんなのは、いかがですか」
 顔に陰茎が押し当てられるのにも構わずに陰嚢に舌を這わせる澪。手の平で睾丸を支えながら、澪は口の中に玉を含んで、舌の上で転がしたり、甘噛みを繰り返し始める。
 美しい顔が自分のそれで穢れていく様に、睾丸に与えられる感覚に、礼次は次第に我を失い追い詰められ始める。
「じゅぷじゅぷ、ちゅぽん。れろ、ちゅぷ」
 卑猥な音を立てながら、澪は陰嚢をしゃぶり続ける。夢中になりながらも、竿を扱き上げることにも余念が無かった。ぬるぬるとかりを擦り上げていくしっとりした指に、先程あれだけ射精したにもかかわらず礼次の腹の底から射精感がせり上がり始める。
「澪。それ、やばい」
「じゅるるっ、ぱはぁ。ええ、私もこんなおざなりな方法で射精して頂こうなどとは考えておりません。礼次様には、もっともっと澪の身体を楽しんで頂きます」
「いや、もうかなり凄いんだけど」
「うふふ。いいえ、まだまだですわ」
 そう言って澪は一度手を引き、上半身をずいっと乗り出して礼次の眼前へ真っ白な乳房を持ち上げて見せる。
 男なら誰でもむしゃぶりつきたくなるような、つきたての餅のような乳房。澪はそれを左右から捧げるように持って礼次に近づいてゆき。
「う、わ」
 そのもっちりとした乳房で、礼次の男根を根元から挟み込んだ。
 澪の乳房は見た目以上に大きかったらしく、礼次のそれはいとも簡単に包み込まれ、ちょこんと頭を出した亀頭以外がすっかりと覆い隠されてしまった。
 ふわふわの感触が礼次の硬くいきり立ったそれを包み込む。ぬれおなごのしっとりと濡れた肌は、吸いつくように心地よく、ローションなど何も使っていないにもかかわらずぬるりとしていた。
「殿方はこういう事に憧れると聞きました。どうでしょうか、澪のお乳は満足して頂けそうですか」
「そりゃ、もう」
「嬉しいです。もっともっと、気持ち良くなって下さいね」
 澪は目を細めると、左右からぎゅぅっと圧力をかけ、くにくにと揉み込むような動きを加えてくる。
 そしてさらには頭を垂れて、頭を出している亀頭部分に口づけを落としてきた。
「う、くぅっ」
「はむ。ちゅっ。ちゅ、ちゅ、ちゅ。れろっ」
 礼次の亀頭に、何度も何度も柔らかく湿った感触が押し付けられる。そして口づけに続いて、鈴口をくすぐるように舌が舐め上げてくる。
 真っ白な乳房が、蠱惑的に形を変えながら、根元から竿の全てを包み込んで揉みしだいてくる。紅の引かれた唇が亀頭を包み込んで吸い上げてくる。その舌が淫靡な動きで何度も鈴口を往復し、隙あれば尿道にまで舌を捻じ込もうとしてくる。
「澪、もう、出るっ」
 礼次はもう限界だった。
 根元までこみ上げて来ているそれを必死で抑えてはいたが、我慢すればするほど本能はそれを突破させようとさらに下半身の奥底から突き上げてくるのだ。
「んちゅ。らひてくらはい、わらひのおくひに」
 しゃぶりながらしゃべろうとした澪の舌の動きが止めになった。礼次の腰がびくんと跳ね、その先端から白濁が勢いよく放射される。
「ひゃんっ。あむぅ」
 第一射が激しく澪の顔を打ち、白い雫がその頬を汚した。しかし澪は構う事無く、上気しすぎて曇り始めた瞳で礼次に亀頭にむしゃぶりついた。
 びゅる、びゅるる、と勢いよく発射される精液を、澪はその度舌で舐めとり、転がしながら口の中に収めてゆく。
 やがて口の中に納まりきらなくなり、その大半を飲み下してもなお、礼次の射精はしばらく続いた。
「う、ああぁ」
 長かった射精が次第に収まってゆき、終わりを迎えると、澪は満足そうな顔で亀頭から唇を離した。
 少し膨らんだ頬を、礼次にも見えるように差し出して見せる。
「み、お……。ごめん、俺、澪の顔を」
 澪は首を振る。顔中に飛び散った精液を丁寧に指で拭い、その指をしゃぶって舐め取る。
 そして礼次を下から見上げると、口を開いてその中のものを見せつける。
 とろんと蕩けた顔をして、だらしなく口を開いてその中に受け止めた白濁液を見せつける澪。その姿には先ほどまでの上品さはかけらも無く、女というよりも情欲に溺れた一匹の獣を思わせた。
 澪は嬉しそうに口を閉じると、くちゅくちゅと音を立てて頬を動かす。
 舌で掻き回し、その歯で噛みしめ、じっくり味わった後にようやく音を立てて白い喉を小さく上下させる。
 そんな澪の痴態を目の前にして、礼次の身体の奥底が再び熱を帯び始める。萎えかけたそれが、むくむくと再び頭をもたげ始める。
「あぁ。とっても濃厚で、ぷりぷりとして、喉に絡み付いてくる……。礼次様の精液の、この臭い、この味、どちらも最高です」
 澪は頬に手を当てて腰をくねらせる。
 品のある物言いが、さらにその言葉の淫らさを引き立たせるようだった。女が堕ちてゆく様に、礼次の中の欲望は更に膨れ上がってゆく。
「それに、こんなにいっぱい出してもまだ硬さを失わないなんて、素敵すぎます」
 澪の言う通り、礼次の下半身では彼の分身が既に力を取り戻して、天井に向かって反り返っていた。
「さぁ礼次様、今度は私の雌穴に、礼次様のおちんぽをぶち込んで下さいませ」
 澪は体位を入れ替えると、四つん這いになって礼次にお尻を突き出し、自らの女陰を指で押し広げて見せる。
 少しも弄っていないにもかかわらずそこは既に愛蜜でどろどろになっていて、犯される事を期待し待ち構えているかのように蠢いていた。
「何の遠慮もいりません。礼次様の欲望のままに、お好きなように犯してください」
 礼次は喉がからからに乾いている事を自覚する。身体の奥底が、女を犯せる喜びに震えていた。しかし礼次は、それが分かっていてもなかなか動けなかった。
 先程の場合はていの方から半ば無理矢理に犯されたような形だったが、今度は誘われていると言っても、自分の意思でする事になる。
 本当にしてしまっていいのか、礼次は最後の一線を越えるのを躊躇う。
「でも、澪……」
「礼次様。ここまでしても、駄目ですか? 私には何か足りませんか? そうでないのなら、どうかお願いです。これ以上私に、恥をかかせないでください」
 消え入るような澪の言葉が礼次の最後の迷いを断ち切らせた。
 礼次は膝立ちになり、澪の尻を掴む。
「あう」
 そしてその割れ目に顔を近づけていき、鼻を鳴らして匂いを嗅いでから、小さく口づけして舌を這わせる。
「あ、やぁっ。礼次様っ。そんなところを、お舐めになっては」
「いい匂いだね澪。花のような匂いがする。それに甘い」
 ぴちゃぴちゃ音を立てて舌を動かし、ずぞぞっと音を立てて蜜を啜る。
「あぁダメです。ダメです。そんな事をされたら私」
「分かってる。一番欲しがっていた物をあげるよ、澪」
 礼次は顔を上げると、自らの剛直を雌穴の入り口に宛がう。
 押し当てただけで中に吸い込んでくるように動く雌肉に歯を食いしばって堪えながら、礼次は一気に腰を押し込んだ。
「あああっ。そんな、いきなりっ」
 澪の身体が弓なりに反る。しかし礼次は強く尻を掴んで澪の身体を逃がさない。
 一気に根元まで突き入れては、抜けそうなところまで引き戻し、そしてまた奥までねじ入れる。淫靡な水音が部屋の中にリズミカルに響いて反響する。
「深い、深いです礼次様。こんなに奥まで、引っ掻き回されては、私ぃ」
「澪。澪ぉ、気持ちいいぞ」
 澪の柔肉は、礼次の雄に隙間無く吸い付き絞り上げてくる。まるで何本もの細い触手がぬるぬると絡み付いてくるようなその感触に、礼次は身体の奥底が震え出すのを感じる。
「もっと、もっと奥を、擦って下さい。子宮の中まで、犯してくださいぃ」
 礼次は澪の懇願するまま、さらに腰を深く突き入れ、そして突き入れたまま奥の奥を擦り付ける。
 突かれるごとに澪の姿勢が淫らに変わってゆく。上半身はうつぶせに、その腰は礼次に向かって突き出されてゆく。もっともっと深く掻き回して欲しいとばかりに、自ら腰を振り始める。
「あぁもう私、私ぃ」
 澪はシーツを強く掴みながら。堪えるように自らの腕に噛みついて声を殺して喘ぎ、よがる。
「澪っ、もう、俺っ」
 礼次は彼女の身体に覆い被さり、彼女の手に自分の手のひらを重ねて、指を絡める。
「私もです礼次様ぁ。一緒に、一緒に逝きましょう」
 いっそう深く腰を突き入れながら、礼次は強く澪の手を握る。
 澪はその指を掴みながら、きゅうっと膣を絞り込んできた。
「出るっ」
「あぁっ逝くぅっ」
 腰を震わせながら、礼次は思い切り澪の胎内に精を吐き出してゆく。
 身体の中心に精を叩きつけられた澪もまた、全身を小刻みに震わせる。
 そして二人は同時に力を失って、布団の上に重なり合うように倒れ込んだ。


 射精が収まっても、激しい後背位の余韻はしばらく後を引いた。
 礼次は起き上がろうにも身体に力が入らずに、またその手も澪が握りしめていて動く事も出来なかった。
「礼次様とのまぐわい、予想していた以上に素晴らしかったです。礼次様は、いかがでしたか? 満足して頂けましたか?」
「あぁ、とてもすごかった。満足したよ」
 澪は礼次に流し目を送って、にやりと含みのある笑みを浮かべる。
「……そうですか。確かに礼次様はとても興奮してらっしゃいましたものね。一度抱いた女の目の前で別の女を抱くというのも、背徳的で良かったでしょう?」
「なっ」
 礼次は慌てて顔を上げる。
 部屋の隅で膝を抱えていたていが、涙を散らして顔を逸らした。
「礼次様、私の中で少し大きくなりましたね。興奮なさったのですか? うふふ」
「ち、違う。これはその」
「構いませんわ、礼次様がどんな下衆なお方でも、何人の女を囲ったとしても構いません。最後に私のところに帰って来ていただけるのなら、それで満足です。
 旦那様の火遊びも許せぬようでは良き妻とは言えませんからね」
 礼次は身を起こそうとして、手だけでは無く下半身全体が動かなくなっている事に気が付く。澪の下半身がぐずぐずにとろけていて、礼次の腰から下を覆い尽くしていた。
「てい様? ちゃんと見ていてくださいましたか?
 あなたにしっかり搾られた後でも礼次様は私の身体でちゃんと勃起して、自ら私の身体を求めて激しく腰を振って下さった。どちらが正妻に選ばれるかは、明白ですわよね?」
 ていは目元を拭うと、むっと頬を膨らませて澪を睨む。
「こ、この腹黒女。礼次さんが自分からって言ったって、あなたが無理矢理誘惑したようなもんじゃない」
「私が腹黒? いいえ、私達はぬれおなごですもの、お腹の中に納まっている物はてい様の物と同じはずですよ?」
「へ、屁理屈言うな」
「それに、目で、耳で、五感や言葉で殿方の欲情を誘い、満足させるのも良き妻の務めではないですか? 少なくとも私は嘘を申し上げた事はありません。抱かれた喜びにも一切の演技などありません」
 ていはギリギリと歯を食いしばり、その視線を澪から礼次へと移す。
「礼次さん。まだ、迷ってるよね」
「え、あ、ああ。そうだね。どちらも素晴らしくて、俺には勿体ないくらいで」
 すがるような濡れた瞳に、礼次はしどろもどろになりながらも何とか答えを返す。しかし要領を得ないその答えにも関わらず、ていは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「だったら、まだ勝負は続いてるって事だよね」
「て、てい?」
「ちょ、てい様?」
 ていはワンピースの擬態を解いて全裸になると、未だ重なり合う二人に向かってとびかかる。
「私だってパイズリぐらい出来るんだから。あそこの味だって負けないし、お尻でだって、腋の下でだって、どこでだって礼次さんを満足させてあげられるんだから」
 礼次の背中の上で柔らかな感触が潰れ、その耳にていの舌が滑り込んでくる。
「もっともっと気持ち良くしてあげる。私じゃなきゃ満足できないようにしちゃうんだから」
「む、私だって負けませんわよ。それでは、朝までに礼次様からより多くの精液を頂いた方が勝ちといたしましょう。どうですか」
「いいわよ。その勝負、乗った!」
「ちょ、ちょっと待って。むが、むがごご」
 礼次の身体のすみずみで、ていと澪の身体が混ざり合い蠢き合う。もう礼次にはどこまでがていの身体で、どこからが澪の身体なのか分からなかった。
 荒れ狂う津波のように押し寄せる快楽と二人の肉体に、礼次はなすすべも無かった。
 二人の身体に溺れて意識を失うまでに、そう時間はかからなかった。


 ***


 カーテンの隙間から伸びた朝日を顔に受け、礼次は目を覚ました。
「てい。澪」
 女の名を呼びながら身を起こして周りを見渡し、礼次は自嘲気味に笑って額に手を当てた。
 目の前に広がっている光景は、いつもの見慣れた部屋そのままだった。美しい女の影も形も無ければ、昨晩彼女達が作ったはずの水たまりや濡れた跡も、激しく交わり合った余韻も残っていなかった。
「はは、そうだよな。夢だよな。魔物娘なんて、居るわけ無いんだし」
 くっと礼次は笑い、それから大きくため息を吐いた。
「まぁでも、いい夢だったよな。あんな綺麗な二人に言い寄られて、求められて、気持ち良くて。……このまま寝たら、また夢みられるかなぁ」
 礼次は目を閉じ、再び布団に横になる。何だか自分の物とは違ういい匂いがしている気がしたが、きっと夢の余韻なのだろう。
 だが、この匂いを嗅いでいたらまたあの夢を見られるかもしれない。
 後ろ向きな気持ちになりながらも、うつらうつらとし始めたその時だった。

『『ガラッ』』

 廊下とベランダの窓が同時に開く音がして、礼次は驚いてぱっと目を開ける。
「礼次様、朝餉に支度が出来ましたよ。さぁ、そろそろ起きて下さいませ」
「こっちはお洗濯終わったよ。今日はいい天気になりそうだし、朝ご飯を食べたらどこかに遊びに行こう」
 顔を上げると、廊下とベランダから、ちょうど礼次を挟んで正反対の位置から、ていと澪が顔を覗かせていた。
「え、あれ、二人とも。あれは夢だったんじゃ」
「いやですわ礼次様。確かに夢のように素晴らしい時間でしたけれども」
「あれが夢だったら、私達泣いちゃうよ」
 澪が礼次の目の前の机に食事を置くと、ていと澪はそれぞれ左右から礼次を挟んで腕を取る。
 礼次は驚きながらも、両腕に押し付けられる柔らかい感触に顔を真っ赤にしてしまう。
「あの、でも、二人はいがみ合ってたんじゃ無かったっけ?」
 ていと澪はお互いの顔を見て、くすっと笑い合う。
「ええ、でもお互いに礼次様に抱かれて幸せそうな姿を見るうちに、気が変わったんです」
「独り占めするの、勿体ないなぁって。それに礼次さんも、一人より二人居た方が嬉しいんじゃないかなぁって思ったんだ」
「もちろん礼次様が望んで下されば、ですけれど」
「礼次さん。私達二人、そばに置いてもらえないかな」
 悪戯っぽい笑顔と、落ち着いた淑女の微笑みに見上げられ、礼次は喜びや緊張や興奮が入り混じってまともに考えることが出来なかった。
 しかし二人の視線は黙っている事を許してくれず、礼次はまとまらないままの思考を口からそのまま垂れ流してゆく。
「すごく嬉しい。昨日の事は夢としか思えなかったし、それが現実になるなんてこれ以上幸せな事なんて無いけど、でも」
 礼次は、ていと澪の二人の手を握りしめる。
「礼次さん?」
「礼次様?」
「俺だって二人と一緒に居たい。二人とは気が合いそうだし、これからもっとよく知っていきたいとも思う。
 でも俺、まだ就職も決まって無くて、嫁さんなんて貰える立場じゃないんだ。俺なんかより別の男の元に行った方が二人にとっても幸せだって分かっては居るんだ。でも、二人が別の男に抱かれるのも、どうしても嫌で、だから俺、どうしたらいいか……」
 礼次は二人の手を硬く握りながらも、痛みを堪えるような顔で目を伏せる。
 しかしていと澪の二人はお互い視線を交わして、どちらからともなく小さく笑い声を上げ始めた。
「てい、澪?」
「礼次さん。私達魔物娘にとってはお金なんて何の問題でも無いんだよ? 生きるために必要なものは旦那様の精液と、愛情。それだけ。あとのものなんて何もいらないの」
「ええ、旦那様のお傍に居られたら、それ以上の幸せなんてありませんもの。仮に働く必要があるのでしたら、私達も働きますわ」
 礼次は驚いた顔で二人の顔を見下ろす。昨晩のいがみ合いが本当に嘘のように、今は二人とも同じような、幸福そうな顔で礼次の事を見上げていた。
「じゃあ、本当に、本当にこんな俺のところに、二人とも居てくれるのか?」
「礼次さんが望んでくれるなら」
「私達は、喜んで」
 右から、左から、礼次の頬にぬれおなご達の唇が押し付けられる。
 礼次はかぁっと顔を真っ赤にしながらも、二人の身体を力いっぱい抱きしめるのだった。
「俺。二人の事大事にするよ。ずっと一緒に居よう」
 それから三人は、この世の中でもこれ以上甘いものがあるのかという程の甘い甘い朝食を始めるのだった。


 こうして、奇妙なDVDをきっかけに始まったぬれおなご達の乱は解決を見た。ように思われたのだが……。




 ――おまけ――

 そんなこんなで、朝食後。
「いやぁ、澪はお料理が上手なんだね。朝ごはんとっても美味しかったよ」
「うふふ、お粗末様でした」
「ぶぅー。私だって負けないんだから。次は私がご飯を作ってあげるね」
「ていのご飯かぁ。楽しみだなぁ」

 〜ピンポーン〜

「誰か来たみたいだよ、礼次さん」
「でも来客の予定は無いし、きっとセールスか集金だよ。このまま黙って帰るのを待とう」
「それがいいですわね。流石は礼次様、賢い対応ですわ」

 〜ピンポーン。ピンポーン〜

「しつこいですわね」
「まぁ営業熱心なんだろうさ」
「ねぇ礼次さん。私達もお腹空いた。静かになったらまたえっちしよう」
「えぇ? でも、出来るかな。もう空っぽだと思うけど」
「うふふ。魔物娘に言う断り文句としては不十分ですわね」

 〜ピンポーン〜
 ……どんどんどん

『あれー?』『礼次君、居るんだろう?』『お兄ちゃん?』

「礼次さんの、妹さん?」
「いや、俺に妹なんて居ないよ」
「玄関前に居るのは、一人では無いみたいですわね」

 ……どんどんどん

「まぁ、居留守をしていればきっとそのうち帰るでしょう。ところで礼次様、一つ聞きたいことがあるのですけれど」
「何?」
「まさか私以外に、雨の日に傘を貸してあげるなんてこと、してませんよね」
「それ、私も気になってた」
「えーと、割としょっちゅうしてるんだけど」
「「…………」」
「いやだって困ってる人を見たらさ」
「まぁ礼次さんは優しい旦那様だしね。でも、それにそんなに都合よくぬれおなごばかりと接触するとは思えないし」
「そうですわね。私の気にしすぎかもしれません。……ですが、この匂い」
「確かに、私達に似てるわよね」

 どんどんどん

『だんなさまぁ、私ですぅ。あなたの大事なお嫁さんですよぉ。開けてくださぁい』
『礼次君、婚約者である僕を締め出すなんて酷いじゃないか。居るのは分かっているんだよ、早く開けておくれ』
『お兄ちゃん。中に居る事は匂いで分かっているんだよ? どうして入れてくれないの! 私の事、嫌いになっちゃったの? ……でもお兄ちゃんがどう思っていても、私はお兄ちゃんの事愛しているから。どれだけお兄ちゃんが大好きか、今から教えてあげる』

「天然に、僕っ子に、ヤンデレ気味の妹。少なくても三人はいるみたいだね」
「確かに時に浮気を見逃す事も良き妻として大切な事ですけれど、流石にこれは」
「え、え、え? 何? 俺なんか悪い事したの?」
「「…………」」

 呼び鈴の音とノックの音が唐突に止み、部屋の中に再び沈黙が降りる。
 耳が痛くなるほどの静寂の中、礼次は小さな音がしている事に気が付いた。
 それはごぽりごぽりという水が沸き立つような音と、ずるりずるりという湿った何かを引きずるような音が混じり合った奇妙な音だった。
 音は少しずつ礼次たちの部屋へと近づいてくる。
 そして顔を上げた礼次の目の前で、誰も居ないはずの茶の間の扉がゆっくりと開かれてゆき、そして――。


 礼 次 を 巡 る ぬ れ お な ご 達 の 乱 は 、 ま だ ま だ 終 わ ら な い 。
13/08/13 21:40更新 / 玉虫色

■作者メッセージ
あとがき。
ストーリーにこだわり始めると、やたら文字数が長くなるのでさっくり読めるえっちな話を書こうと思っていたのですが。
えっちなシーンを書いているうちに楽しくなってきて文字数が増えてしまって元の木阿弥。
前半で纏めれば良かったんですけどね。でも正統派で出会ったぬれおなごさんも書きたくなってしまって、そしたら二人のぬれおなごが出会ったらどうするんだろうとかも考えてしまって。その結果がこの通りです。

こんなに長い話でしたが、ここまで読んで頂いてありがとうございます。
(文体もちょっと変えてみたのですが、読みづらかったら申し訳ございません)
また次の作品でもお会い出来たら嬉しいです。

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