連載小説
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第四章
 彼が居なくなってしまった。
 百合は洞窟の穴の上で、じっと中の様子をうかがっていた。
 無人の洞窟に戻ろうとするも、脚がもつれて無様に床に落下した。
 体中をぶつけるが、不思議と痛みは感じない。
 これで良かったんだ。そう自分に言い聞かせる。
 これが私のためでもあり、彼のためでもある。それなのに、どうしてこんなに胸が詰まるんだろう。
「お前、本当にそれでいいのか」
 天井の穴から牡丹が顔を覗かせる。足を巧みに使って百合の近くに着地すると、腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。
「いつから居たんですか」
「昨日の夜からだ。二人で帰る時のお前の様子がおかしいと思ったら案の定だ。お前、あいつに惚れてたんじゃないのか」
「……違います」
「嘘だな」
 百合は黙って目を反らした。
「人間は、私の姿を怖がります。あの人もいずれ私を恐れるようになる。いつか嫌われるくらいなら、最初から好きにならない方がいい」
「怖がられたって、俺達は妖怪だ。男を求めるのは本能。力尽くでも何でも、欲しいものは手に入れればいいだろうが」
 牡丹はほとんど睨むような険のある目つきで百合の事を見下ろしている。
「力尽くじゃ手に入らないんです。私だって今まで何もしてこなかったわけじゃない。毒を打ったって、人間はみんな私を気味悪がって近づくなと言った。私には人間の心なんて手に入らなんです。だったら最初から望まない方がいいんです」
「あいつもそうだったのか」
 百合は顔を上げる。
「それは……。でも、きっと弱った時の一時の気の迷いで」
「それにな、そんな事言ってるのにどうしてお前は人間を助けたんだ。足が折れてようが死にかけてようが、嫌われるのが嫌なら放っておけばいい。人間になんて関わらなければいいんだ。
 大体、お前が人から愛されるのと、お前が人を愛するのは全く別の事だろうが。愛してくれないなら愛してくれるまで愛する。そうだろ」
「でも、私に愛されても、きっと迷惑なのでは……」
 牡丹は鼻で笑うと、百合の体を地面に向かって突き飛ばした。
「そうか。よくわかった。お前があいつを捨てるって言うのなら、俺がもらってやるよ。お前の事も何もかも忘れて、俺と交尾することしか考えられなくなるくらいに、毎朝毎晩犯して、しゃぶって、搾りつくしてやる」
「やめて。駄目です、そんな」
「嫌なら力付くで取り返すんだな」
 腕にしがみつく百合を、牡丹は力付くで振り払おうとする。
 だがそこは妖怪同士、百合もそう簡単には牡丹の腕を離さない。しびれを切らした牡丹は百合のみぞおちに空いている拳を叩きこんだ。
 牡丹の腕から百合の手が離れ、百合はくたりと力なくその場に倒れこむ。
 牡丹は舌打ちすると、歩き去ろうとして脚に違和感を覚えた。
 違和感の原因は獣毛の隙間刺さった百合の尻尾の顎肢だった。牡丹は乱暴にそれを抜き取ると、洞窟を後にし男の匂いを追いかけ始めた。


 後も先もわからない森の道を、ただ何となく歩いていた。
 妹は、さきは俺の事を待っているだろうか。どこで待っているというのだろうか。
 考えようとしても、浮かんでくるのはここ数日一緒に居た百合の事だけだった。
 最初は影があったが、次第に花のような笑顔を見せるようになってくれたこと。一緒に食事をしたこと。肌を重ねたこと。
 焚火に照らされる物憂げな彼女の横顔。水辺の清らかな裸体。
 そして別れ際の、感情を殺した無表情。
 胸が切り刻まれたように痛んだ。
 妹の事も忘れていた情の無い男だ。やはり彼女にはふさわしくなかったのだ。

『そんなに自分の事責めないでよ。私は兄さんがいるだけで幸せだよ』
 俺にとって都合のいい妹の言葉が蘇る。あいつはいつだって俺の事を気遣ってくれていた。
『兄さんだっていつも私の事を先に考えてくれているじゃない』
 そんなことは無いんだ。結局俺は何もできなかったし、逃げだせたらと考えたことだってあった。さきを逃がそうとしたのだって、俺自身が逃げたかったから。
『ねぇ兄さん。どうして私の嫁入りを止めるの。私が田沼に嫁げば兄さんにだってお金が入るんだよ。こんな生活終わらせて、お金持ちの仲間入り出来るんだよ?』
 逃げ出す直前、さきは言っていたな。心底分からないっていう顔をして。
 そして俺はこう答えたんだ。
『馬鹿言え。お前を犠牲に俺が得するくらいなら、死んだ方がましだ』
 あの時の言葉は本当だった。俺は自分の身だってかわいかったけど、さきの幸せを心から願っていたんだ。
 それから、さきは急に真面目な顔をして続けた。
『ねぇ兄さん。二度と会えなくなるかもしれないから、一つ約束して。これからは自分の事をもっと大事にすること。幸せになるって、約束して。じゃないと私、あの人と一緒でも不安になって幸せになれないよ』
 ああそうだ。花嫁衣装の前で振り向いたさきに向かって、俺はこう答えたんだった。
『わかったよ。嫁さんと子供連れて会いに行くから、安心してお前は自分の事だけ考えてな』
 さきは俺を待ってはいないだろう。あいつはあいつの人生を、男と一緒の人生を選んだんだ。それでいい。そして俺も、俺の人生を選ばなきゃならない。
 思い浮かぶのは、百合の寂しげな笑み。彼女の「逃げないで」という悲痛な言葉。
 俺の幸せは。俺が居たい場所は。俺が一緒に居たい相手は。
「百合。俺はやっぱりお前が」
「ようやく見つけたぜ」
 頭上で木の葉がざわめいたかと思うと、突然目の前に牡丹が降り立った。
 彼女は腹の減った獣のように息を荒げ、目は爛々と輝いていた。
 その様子にいつもと違う猛々しさを覚え、俺は息を飲んで後ずさる。
「牡丹、どうしたんだ」
「どうしたもこうしたも無ぇよ。お前さん百合を捨てて山を出るって話じゃないか」
「いや、それは」
「細かい話はいいんだよ。ようは今なら、俺がお前に手を出してもいいって状況なわけだろ。俺、最初からお前の事を美味そうだと思っていたんだよ。あの食わず嫌いの百合が手を出した相手なんだから、さぞかし美味い精を放つんだろうってさ」
 蜘蛛の肢を使ってじりじりとこちらに寄ってくる。
「俺がたっぷりと可愛がってやるよ。百合の事も忘れさせてやる。俺とやる事以外考えられなくなるくらいにな」
「悪いけど、俺はお前に手を出すつもりはない」
「分かってねぇなぁ。俺は百合とは違うんだ。お前の気持ちなんて知ったことか。気持ちよくなれればそれでいいんだよ。そのうちお前も犯されるのが癖になってくるぜ」
 どうやら大人しく話を聞いてくれるつもりは無いようだ。俺は足の具合を確認する。何とか走れないことはなさそうだが。
「試してみるかい。俺に犯されるのが嫌なら、逃げてみな」
 突進を掛けてくる牡丹に対して、俺は踵を返して逃げ出した。直線ではすぐに捕まる。なるべく木の影を縫うように、彼女の身体では進めない道を選んで走る。
「いいねぇ。そうこなくっちゃ面白くない。なんだかぞくぞくしてきたぜ」
 牡丹の声が上方に移動する。そうだ、彼女にはこれがあった。
 森の木々は彼女の歩行を遮る障害物でもあるが、跳躍を助ける道そのものでもあるのだ。
「ほらほら、気合を入れて逃げないと食われちまうぜ」
 右から声が聞こえた、と思えば今度は左。
「おやおや、どこに行ったのかな。なぁんてな」
 後ろから聞こえてようやく撒けたかと思えば、すぐに前から聞こえてくる。
 完全に遊ばれている。だが、捕まるわけにはいかない。俺には百合に伝えたいことがある、伝えなければならない。森中を探してでも彼女を見つけ出して、ちゃんとわかってくれるまで言葉を重ねて。
 一瞬視界に影がよぎった後、衝撃が来た。
「つかまえた」
 正面から跳んできた百合に押し潰されたのだ。胴体を蜘蛛の肢に抑えられているだけで、身動きが取れない。手足を使って地に力を入れようとするも、ずるずると滑ってしまうだけだった。
 牡丹の上半身が近づいてくる。俺は無我夢中で彼女の体を押しのけようとした。
「あんっ。な、なんだよ、いきなりおっぱいを鷲掴みにするなんて、お前もやる気なんじゃないか」
 そんなつもりは無かったのだが、俺の両手は彼女の大きく膨らんだ乳房を掴んでいた。俺は慌てて手を離した。
 鉄や青銅を思わせる彼女の肌は見た目に反して柔らかく暖かかった。つまりは彼女だって拒絶されれば心は痛むのだ。だが、俺は言わなければならない。
「あんたには悪いとは思っている。でもやっぱり俺はあんたを抱けないよ。
 俺は百合に惚れている。あいつが心の底から欲しいんだ。……ようやく覚悟が出来た。だから、あんたみたいに綺麗な妖怪からこんな風に迫られて、男としては嬉しいけど、やっぱり駄目なんだ。俺は行かなきゃいけないんだ。俺は百合を」
「あーもう分かった分かった。その続きは直接本人に聞かせてやれ」
 牡丹は俺の上からあっさりとどいてくれる。
 いったいどんな心変わりがあったのだろうか。俺の事は見るのも嫌なのか、照れ隠しなのか、顔を反らしてしまってこちらからは顔を覆う札しか見えない。
「言うに事欠いて、俺が綺麗だと。お前、目が腐ってるんじゃねーのか」
「そ、そうかな」
「百合は洞窟だ。方向はあっち。分かったらとっとと行っちまえ、馬鹿野郎」
 昨日迷子になっていたことを覚えていたのか、牡丹は方角まで教えてくれた。ひょっとしたら今までのは俺の気持ちを焚きつけるための演技だったのでは無いだろうか。
「牡丹、ありがとう。また皆で飲もうな。今度は俺がつまみを作るよ」
 牡丹は返事の代わりに鼻を鳴らした。
 俺は片手をあげると、彼女に背を向けて走り出す。もう迷いは無い。百合がなんと言おうと、俺は百合と一緒に居たい。


 その日は雨が静かに降っていた。百合は雨具も持たずに雨に身をさらしていた。雨が孤独を洗い流してくれる、そんな気がしていて。
 他の大百足にある強引さ、凶暴さがもっと自分にもあれば、あるいは男を作ることも出来たかもしれない。でも自分は、自分を恐れる人間の顔を見るとどうしても気が萎えてしまう。こんな自分はきっと死ぬまで一人なのだ。そう思うと、途端に喉の奥から何かがこみあげてきた。
 今ならば涙を流しても、声を上げて泣いても誰にも聞こえないだろう。
 しかし彼女は胸にこみ上げる重い感情を無理矢理に押さえつける。寂しさで泣いてしまったら、泣きながら生きるしか無くなってしまうから。
 堪えるように空を見上げると、激しい音とともに人影が空から落ちてきた。
 慌てて全身で受け止めたそれは、まだ顔立ちに幼さの残る、若い青年だった。
 受け止めた手がぬるりと滑った。見れば、手が血で染まっていた。彼は全身傷だらけだった。

 急いで洞窟に戻って、濡れた服を脱がせて乾かした。
 その間に体中の傷に薬草を貼り付け、包帯を巻いた。刑部狸の楓からもらった薬草や、ジョロウグモの椿から押し付けられた包帯が役に立つ日が来るとは思っていなかったけど、おかげで彼の傷を手当てすることが出来た。
 服が乾いても彼は目を覚まさない。冷えてはいけないと彼女は服を着せてやり、近くで彼を見守った。
 呻くように初めて彼が声を上げた時には、驚いて穴の外まで逃げ出してしまった。
 自分の姿を見て怖がられたら。悲鳴を上げられたら。そう思うと、心がすっと寒くなった。
 ところが、彼は自分の姿を見ても少しも嫌な顔はしなかった。綺麗だと言われたのは初めてだった。
 どうせ嘘だろうと思った。でも、本音だと信じたかった。
 少しずるい方法だったけれど、彼は自分の毒ですら受け入れてくれた。
 牡丹や呉葉の冷やかしもまんざらでは無かった。でも、彼が自分を受け入れてくれるそぶりを見るたびに、こんないい人をここに閉じ込めておくわけにはいかないという思いが強くなった。
 命がけで助けた妹さんに合わせてあげたいと思った。
 そんな風に思っていたのに、それなのに。
 名前を呼んでくれるだけでときめいて、笑顔を向けてくれるだけで胸が熱くなって。
 彼が自分を求めてくれた時には、心の底から嬉しかった。
 ほかに何もいらない。彼をここに閉じ込めて、ずっと一緒に居たいと願ってしまった。

 彼が洞窟から消えてしまった時には、出て行ってしまったのかもしれないという絶望感で身が引き裂かれるような思いだった。
 彼は出て行ったわけではなく、ただその辺を散歩していただけだった。でも、彼はもう歩けるくらいに良くなっていたのだ。
 いずれ別れが来るなら、早い方がいい。長く一緒に居れば未練が残って、別離の苦痛は大きくなる。ならば痛みも少ないうちにと思って、別れを切り出した。
 でも牡丹にはすべてを見透かされていた。自分の下心も、弱虫な部分も。
 彼は牡丹に捕まってしまっただろうか。今頃牡丹に……嫌だ。相手が牡丹でも。あの人がほかの女を抱いているなんて、嫌、考えたくない。

 百合は洞窟の中で一人、両手で胸を抑えていた。胸の奥が痛くて痛くてたまらなかった。
 痛みは止まない。どんなに長い間一人でいても、寂しさを感じてもすぐに抑えられてきたのに、それが出来ない。こんなものは初めてだった。
 涙があふれて止まらない。抑えようとしても流れ出る涙を止められない。
 彼の顔が見たかった。声が聴きたかった。その手に抱かれたい。一度だけでもいいから。だから。


「百合!」


 牡丹の言っていた通り、百合は洞窟の中に居た。
 その体は今にも倒れてしまいそうなほど頼りなかった。
 堪えるように胸を押さえて、背を丸めて、髪が地面に触れるのも気にせずに深く頭を垂れて、小刻みに体を震わせていた。
 涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔を見た瞬間、用意していた言葉は全て吹き飛び、俺はその細い体を抱きしめていた。
「どうして戻ってきたんですか。牡丹は」
 耳元で紡がれる百合の声は、微かに震えていた。
「牡丹は、俺が百合と話さなければならないと伝えたら逃がしてくれたよ。
 今度こそちゃんと話を聞いてもらう。それまではこうして君を離さない」
「人間なんて、人間なんて大嫌いなのに。どうしてあなたは」
 百合の細い腕が俺の背中にしがみつく様に回される。
「百合。俺とずっと一緒に居てくれ。一緒になってくれ」
「だ、駄目です。私はこんな醜い姿だし、私と一緒になったら、一生この暗くて湿気った穴の中で過ごすことになるんですよ」
「綺麗だって何度も言ったじゃないか。俺には勿体ないくらいに思っている」
「あ、あなたの目はおかしいんです。今まで人間は誰もそんな事言ってくれませんでした」
 牡丹にもそんな事を言われたが、この山の妖怪たちは自分の事をなんだと思っているのだろうか。
「おかしくたって、お前と一緒に居られるならそれでいい。それに俺はこの場所嫌いじゃないぞ。暑くも寒くも無いし、何よりお前が居てくれる。たまに水浴びや食べ物を採りに出られればそれでいいさ」
「そ、それでもやっぱり駄目です」
 俺は少し身を離して、百合の目をじっと覗き込んだ。
「ならその理由を教えてくれ。嫌なところがあるなら直す、俺に出来る事だって何でもする。俺は本気でお前を幸せにしてやりたいと思っている」
 彼女は少し頬を染め、視線を泳がせつつも、ぽつりと言った
「だって、話を聞いてしまったら、手を離してしまうんでしょう?」
「え」
 彼女の方から抱きつかれ、俺は支えきれずに押し倒される形になる。
「わ、私は、妖怪なんですよ。それでもいいんですか」
「そんなの関係ない」
「牡丹や呉葉に負けないくらい、私だって淫らなんですよ。はしたなくて、ふしだらで」
「知ってる」
「あ、あの夜なんてものじゃないです。朝も昼も夜も、あ、あなたに巻きついて離れないかも」
「分かった。体力付ける。お前を飽きさせないように」
 密着している百合の肌の温度が少し上がった気がした。俺は足に絡みついている彼女の体を撫でる。
 甲殻が描く曲線、継ぎ目のちょっと柔らかい部分。遠慮がちに俺の足にしがみつく、彼女の虫の肢。
「私は素直になれなくて、臆病で、あなたを試すような事ばかり言って。ずるくて嫌な女なんですよ。今だって、本当はあなたの事が大好きで。ずっとそばに居てほしくて、離したくないのに」
 俺は彼女の全身を強く受け止め、抱きしめながら、耳元でささやいた。
「俺も大好きだよ。どんなに試してくれたって構わない。俺の気持ちは変わらない。百合に寂しい思いはさせない。安心させてやるって約束するから。
 だから百合、その……俺の子を産んでくれ。俺の嫁さんになってくれ」
 一世一代の勝負だ。恥も外聞もなく、俺は素の気持ちを百合にぶつけた。
「はい。いっぱい、いっぱい産みます。にぎやかな大家族にしましょうね。……だ、旦那様」
 照れながら笑う百合の顔には、もう孤独の陰りは見えなかった。
 俺は本当に百合が愛しくなって、その体を改めて抱きしめた。
「それじゃあ、あの」
 百合が胸の中から俺を上目づかいに見上げてくる。彼女の手が、着物越しに俺の一物を撫で始めていた。
「早速、赤ちゃん作りましょうか。妖怪と人間の間には子供は出来にくいと聞きますし、時間をかけて、たくさん頑張らないと」
 悪戯っぽく笑ったかと思うと、俺の胸元からはすでに百合の姿は消えていた。
 そして俺の股間から背筋にむけて電流のような快楽が駆け抜けていく。
 百合は最初に会った日の夜のように、あっという間に俺の着物を緩めて俺のものを口に含んでいた。
 ただでさえ熱くぬめった口内にも関わらず、舌を絡められ、啜りあげられたらひとたまりもない。あっという間に百合の口でもおさまりが付かないくらいに硬く大きく勃ち上がってしまう。
 じゅぼっと音を立てて百合は口を離した。てらてらと唾液で光るそれに、より唾液を馴染ませるように手で優しくしごきながら、うっとりとした視線を絡ませている。
 彼女も妖怪。性欲だって強かろうに、ずっと押さえつけてきたのだろう。その気遣いに胸が熱くなるとともに、自分自身を解放してくれた百合に対して安心のようなものを覚える。
 しかし、普段は礼儀正しく、遠慮がちな百合だが、妖怪の本性ゆえか夜伽のときにはとても淫らな表情を見せる。それもまた堪らなくそそらせるのだった。
「もう遠慮しなくていいんですよね。あなたを悦ばすのも、私が気持ちよくなるのも。だって夫婦なんですものね」
 舌で舐めあげてから、今一度咥え込む百合。射精を促すように頭を上下させる。
 ああそうだ。この人はもう俺の女なんだ。俺が守って、俺が悦ばせて、一緒に生きていく相手。ならば俺だって彼女を蕩けさせたい。
 百合は口でするのに夢中になっていて、下の体までは気が回っていないようだ。俺は自分の指に唾液を付けた後、彼女の陰部に指を伸ばした。
 とろとろに濡れている彼女の中に、指を入れてかき回す。
「あ、あぁっ」
 俺のものから口を離し、びくりと体を震わせる百合。だらしなく口を半開きにし、目じりの下がった惚けたような顔で振り返る。
「な、何をしたんですか。まさか、唾液を」
「百合にばかり舐めさせるわけにはいかないと思ってな、俺からもさせてくれ」
「だ、駄目ですって。あっ」
 快楽で力が抜けたらしい百合を組み伏す。両手や肢を使って抵抗しようとしているようだったが、全然力がこもっていなかった。
 下の淫らな口に顔を近づけると、彼女の強い匂いがぷんと香った。
「い、いやです。そんなに嗅いだりしないで」
 百合は両手で顔を隠してしまっている。
「何を言っているんだ。これから舐めるっていうのに。百合だって俺にしてくれたじゃないか」
 俺は下の口に口づけし、舌をねじ込ませてゆく。
 彼女の体が小さく跳ねる。体ごと押さえつけているとなんだか無理矢理に犯しているような背徳感を覚えるが、彼女のかわいい喘ぎ声をもっと聞いていたい。
「あ、だめ、からだが。何もしてないのに、あ、あ、あ」
 奥の方からあふれてくる愛液を唾液と混ぜ合わせるようにころがし、音を立てて啜り、口の中で混ざり合ったものをまた塗りつけるように舌を這わせる。
 彼女の体が大きく痙攣し、俺を掴んでいた指に力が入った。
 絶頂を迎えたのだろう。荒く息を吐きながら、ちょっと涙目でこっちを軽く睨んでくる。
「酷いです。口だけでいかせるなんて」
「分かった。じゃあ今度はこっちでしよう」
 俺は硬く立ち上がったまま放置されていた一物を、彼女の下の口にあてがう。
 そのままゆっくりと腰を下ろそうとすると、彼女が力の入らない両手で俺の腹を押さえた。
「だ、だめ。今は敏感になってるから」
 俺は百合の両手を掴むと、動けないように指を絡めたまま床に押し付けた。妖怪の本来の力を発揮できれば俺の束縛など児戯でしかないだろうが、快楽に酔いしれる今の百合にはその力は失われている。
 しかし膣の中は、むしろより強く俺を求めていた。
 入れていくなり襞が絡みつき、奥へ奥へと俺を導こうとする。
「くぅっ」
「だ、だめぇ」
 奥まで入れては、入り口まで抜いてゆく。
 百合の形を確かめるように、そのたび角度を変えて、ゆっくりと、一物で愛撫するように。
「こすれる。わた、わたし。おかしく」
 腰を引くたびに百合は切なげに声を上げ、身体は出て行くのを拒むかのように無数の襞を持ってまとわりつく。腰を入れれば百合は満たされたように熱い息を吐き、射精を促すかのように襞が波打ちもみしだいてくる。
 その肢体を見ているだけで、毒も打たれていないのに頭の中が百合の事でいっぱいになる。
「もう、たえられない。わたし、あなたといっしょに、いきたい」
「ああ、俺ももうすぐ限界だ」
 腰を振る速度を上げる。握り合った百合の指が俺の手の甲に食い込み、中では強く俺のものを締め上げる。
 彼女が吐息と共に背を反らした瞬間、俺は彼女の中に欲望を吐き出した。
 脈動はしばらく続き、自分でも驚くほどの精を放ち続ける。
 ようやく止まった頃には、俺はもう完全に脱力してしまった。
 俺と彼女の荒い息が、洞窟内で混ざり合って反響する。
 余韻に浸る俺だったが、彼女は突然体制を入れ替えて俺の上に乗り、身を起こすと俺のものを引き抜いてしまった。
 濡れた襞が敏感になった一物を擦りあげ、思わず声が出てしまう。
「うふふ、まだまだこれからです」
 彼女は愛液と精液でまみれた俺のものに顔を近づけ、口を開ける。まさかと思ったが、そのまさかだった。彼女は感じやすくなっているそこに噛み付き、毒を流し込んだ。
 瞬間、強い快楽が陰茎から全身に広がる。背筋を駆け上がったそれは俺の頭を桃色の炎で焼き尽くす。
「あ、さっきよりも、大きい」
 さらに硬さと大きさを増す一物を、百合は声を漏らしながらも、自分の膣内に飲み込んでしまう。
 彼女はやわやわと、俺を刺激する。あっけなく絶頂に登りつめ掛けるが、肝心の一線は越えさせない。生殺しのねっとりした愛撫。
「すぐには出させてあげません。じっくり、ゆっくり気持ちよくして差し上げます。
 ふふ、仕返しですよ。私の本性を教えてあげます」
 そう言って彼女は俺に深く口づけし、舌を絡ませる。息苦しくなるまで唇を貪り合い、蕩けた表情で見つめ合う。
「ごめんな。恩返しも出来ず、俺ばかりもらってばかりで。俺は身一つで、お前にやれるものなんて何も無いのに」
 百合は微笑んで、楽しそうに俺の身体の周りをくるりと回って、より強く体を巻きつける。
「何を言っているんですか。あなたはあなたをくれたじゃないですか。これ以上の贈り物はありません」
 そう言って、再び触れ合うような口づけを交わす。
 こうして居られるなら、俺の人生全部やったってこの先一生幸せに暮らせるくらい、俺にはおつりが来るっていうのに、この娘は、本当に。
 その後、俺達は日が暮れて、疲れて動けなくなるまで身を重ねた。朝起きたら、百合の方からうっかり口づけされてしまい、また体の疼きが収まるまで抱き合い続けた。

 こうして俺の新しい居場所が出来た。
 何気ない口づけから、半日以上百合に巻き付かれ、気を失うまで搾り取られるという事も何度もあったが、百合が寂しい顔をしないだけで俺は嬉しかった。
 やがて体が慣れたのか、百合の毒のせいか、妖気に当てられたのか。俺の身体も百合との夜伽に十分耐えられるようになり、百合を満足させてやれるようになった。
 何か忘れているような気がしたが、思い出せないという事はその程度の事なのだろう。俺にとって大切なのは、百合との生活だけだった。
 きっともうすぐ百合との赤ん坊も出来る。また妹とも会えるだろう。その時はお互い、幸せな家族と一緒に。
12/06/13 23:59更新 / 玉虫色
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