杜氏とアカオニ
彼女が来る時間が近づいたので、俺は縁側に今年出来たばかりの酒を用意した。
庭先に広がる藪にはまだ雪が残っていたが、風も無く日差しも強いので、日の当たる縁側や座敷に居る分には見た目程の寒さは感じなかった。
肴に用意した炒った豆をつまみながら、そう言えば今日は節分だったのだと思い出す。まぁ、今日の趣向にはいいかもしれない。
鳥のさえずりや、風に揺れる木の葉の音が聞こえてくる。この山奥に聞こえてくる音と言えばそれくらいの物だった。
何代か前のご先祖様の時代から、うちは酒を造り続けてきた。
そして水にこだわった爺様だか曾爺様が本家を出て、この山の中に酒蔵を作ったのだという。おかげで酒の素材には恵まれていたが、本来のお客であるはずの人間にはほとんど縁が無かった。それどころか、人間以外の、鬼や大百足のような妖怪の常連客の方が多いくらいだ。
「よ、待たせたな経若」
縁側の正面の茂みが揺れ、雪を振り払いながら一人のアカオニが姿を現した。
つややかな肌は紅葉よりも鮮やかな紅色。丸みを帯びた肌には虎柄の薄い腰巻と胸当てしかつけられておらず、豊かな乳房の膨らみやなまめかしい腰の曲線が目にまぶしい。
少し癖のある黒髪、そこから伸びる逞しい一対の角。強い意志を感じさせる瞳。野性味あふれる笑みを浮かべるその姿は野生動物のように凛々しくも美しい。
こぼれそうな乳房を目の当たりにして目を逸らす俺を一切気にせず、そいつは俺の隣に腰を下ろした。
「まったく、何度も裸の胸も見ているってのに、お前は相変わらずだな」
「馬鹿野郎。呉葉がいつも薄着過ぎるんだよ。……寒くないのか」
「ふふ、心配してくれてるのか。大丈夫だよ。それにこの方がすぐに脱げて楽じゃないか。男を抱くのに煩わしい事は少ない方がいい」
呉葉の言葉に、俺は胸が重くなるのを自覚する。
「安心しろよ。今日も免疫を付けさせてやるから」
呉葉は気分がよさそうに笑ったが、俺は笑える気分では無かった。
「じゃあさっそく新しい酒を頂こうかな」
呉葉は俺の気も知らず、一升瓶を片手で掴んで椀に注ぎはじめる。
アカオニの呉葉。爺さんがまだ生きて酒を造っていた頃から、定期的に酒をせびりにここに来る、気のいい酒好きの妖怪。俺の恋人。
俺よりずっと年上のはずなのに、年を経るごとに女らしく美しくなっている気がするのは俺の見る目の方が変わってきているからなのだろうか。
幼い頃は姉のように慕っていたこいつの事を異性として強く意識し始めたのはいつの頃からだろう。
節分の鬼退治遊びに付き合ってくれた子どもの頃からだろうか、死んだ爺さんの跡を継いで酒造りを始めた頃からだろうか、作った酒を褒められた頃からだろうか、それとも、お互い酔ってまぐわった頃からだろうか。
呉葉は椀の中身を一気に呷り、くはぁ、と息を吐いた。
作り手としては嬉しい程の飲みっぷりだ。飲んだ後の満足げな表情を見ていると、胸の中に言葉に出来ない喜びが満ちてくる。
「美味いか」
「あぁ、だがまだまだだな。お前の爺様の酒はもっと美味かった」
どんなに美味そうに酒を飲んでも、こいつはいつもこんな調子だった。まぁそれはいい。俺だってまだ自分が未熟だという事は理解している。
「……しばらく来なかったが、どうしてた?」
「うん? あぁ、昔馴染みの大百足が結婚したんでそれを祝ったり、あとはウシオニの男狩りに付き合ったり。まぁ、いつも通りだな」
いつも通り、か。
確かに妖怪である呉葉にとって、それは当たり前の事なのかもしれない。
妖怪が生きていくためには、人間の男の精が必要だと言われている。呉葉だって、精無しに生きていけるわけでは無いのだろう。
それは分かっている。だが、分かっているからと言って納得できるわけでは無い。
俺の知らない所で誰とも分からない男が呉葉を抱いているのかと思うと、心臓が膿んでしまったかのような強烈な不快感で気分が悪くなる。
呉葉への恋慕の情が強まれば強まる程に、どす黒い嫉妬の感情も膨らんでゆき、今ではもう破裂寸前にまでなっていた。
「ほら経若、お前も飲めよ」
注がれて勧められた椀の中身を一気に呷る、しかし不快な感情は一向に飲み込めず、酒が焼いてくれるのも喉だけだった。
「今日はいい飲みっぷりだな。私も嬉しいよ」
呉葉は豆をつまみながら、それを流し込むように一気に酒を飲み干した。
一升瓶も豆が入っていた枡も、すぐに空になった。うわばみのアカオニにとっては、一升瓶を空にする程度では酒を飲んだうちになど入らないのだ。
だが人間の、しかも下戸の俺にとっては椀一杯の日本酒は酔っぱらうには十分すぎた。
頭はふわふわとし、手足も綿雲がまとわりついているようなあんばいだ。それでも胸の中のどろどろとした感情を忘れてしまえるほどに酔い潰れてはいなかった。
「ふぅ、何だか暑くなってきたな」
呉葉は俺の方を見て、つやっぽく微笑みながら胸元を緩める。
「お前と飲んでいると、気分が良いから酒もよく回るみたいだよ。なんだか手足に力が入らない」
呉葉は俺にしなだれかかるように、俺の腕にその柔らかな胸を押し当ててくる。
「嘘吐けよ。お前がこんな量で酔っぱらうわけないだろ」
「じゃあ、試してみるかい。いつもやられてる仕返しに、お前が上になって私を犯してみなよ」
穏やかな口調ではありながら、呉葉の言葉はあくまでも挑発的だった。
俺はかっとなり呉葉の肩を掴んで押し倒した。
畳に彼女の腕を押さえつけながら、無理矢理唇を奪い、柔らかな唇を割って舌を入れる。
酒の匂いがわずかに混じる、呉葉の唾液の味。俺の中の雄を刺激し、そして嫉妬の元にもなる彼女の匂い。
最初は受け身だった呉葉だったが、俺が舌を絡めるうちにその気になったのか、呉葉の方からも舌を伸ばして俺の口の中を掻き回してくる。
舌同士を絡めれば絡めるほど、呉葉の瞳は陰っていった。そして陰れば陰る程に、呉葉の舌の動きは激しさを増していく。
二人して鼻息を荒くしながら、息継ぎを繰り返しては舌を絡め、奪い合うようにお互いの唾液を求め合う。
ぴちゃぴちゃと言ういやらしい音を立てながら、俺達は互いの味を堪能した。
胸当ての紐を外し、俺は呉葉の柔らかな乳房に直に触れ、強く鷲掴みにする。呉葉は呉葉で俺の着物の帯を緩め、はだけさせ、背中に腕を回してまさぐってくる。
胸のうちに征服感が湧きあがりかけるが、俺の責めは大体いつもここで終わる。
互いの髪を少し乱暴に掻き回し合い、互いの官能が我慢の限界を越えようかという頃、呉葉は唇を離し、にたりと唇を歪めた。
と思ったとたん俺の世界で天地が逆転し、畳を背にしていた呉葉がいつの間にか木目の天井を背にしている。
押し返されたのだ。やはり酔っぱらって手足に力が入っていなかったというのは嘘だったのだ。
「毎度毎度素直に騙されてくれるな。可愛い奴だよお前は」
呉葉はくすりと笑うと、俺の耳の裏に舌を這わせてくる。
背筋がぞくぞくとする。悔しさと共に、下半身に熱い血液が集中し始める。
俺は呉葉の乳房を握りしめながら押し返そうとするのだが、鬼の力に人間が敵うはずもなく彼女の身体はびくともしない。
「ほら、そんな触り方じゃ感じないぞ。もっと強く握ってみな。こんな風に、さ」
呉葉の右手が俺の男根を掴む。温かく、見た目によらず柔らかな指先が、根元から先端に向けて搾り上げるように絡み付いてくる。
「辛そうだな。いいんだぞ、私の手の中で逝っても」
耳元をくすぐる呉葉の囁きに身をゆだねたくなる気持ちを、俺は寸でのところで歯を食いしばって耐える。
「う、うるさい」
「今日はやけに生きがいいな。まさか、本気で私を犯すつもりだったのか」
呉葉は上半身を起こして俺を見下ろしてくる。
引き締まった腹筋や脇腹。それを覆い、女性らしい曲線をもたらすわずかに乗った脂肪。張りのある紅の肌。片手では余ってしまう程の乳房は型崩れせず上を向いていて、その先端には肌よりもわずかに色素の薄い桜色の小さな果実が実っている。
野性味を帯びた目元、すっきりとした鼻筋、顔つきに似合わぬふっくらとして柔らかな唇。表情を飾るぬばたまの癖のある髪ですら、全て愛おしいのに。
この身体を、別の男が味わっているだなんて。
「そんないい顔をするなよ。我慢できなくなるじゃないか」
呉葉の顔が近づいて来て、再び唇が重ねられる。
「いつもよりは早いけど、そろそろ始めるぞ」
金色の瞳が笑う。俺の一物の先端が濡れた柔肉に触れたかと思うと、呉葉は一気に自分の中に俺を飲み込んできた。
熱く、ねっとりと蜜をまとった細やかな襞襞が隙間なく俺の一物を覆いつくし、激しくうねりながら根元から吸い上げてくる。
「うっ。くぅぅ」
「はは、いい顔だぞ。可愛くってぞくぞくする」
呉葉は息がかかる程のすぐそばで俺の表情を鑑賞する。
逃れようにも両腕は呉葉の腕にがっちりと掴まれて畳に押し付けられていて、下半身も腰が重ねられ、激しく何度も叩きつけられるので動かす事もままならない。
肉同士がぶつかる音は、次第に湿り、水気を帯びていく。
「あぁ、あああっ。呉葉ぁ」
「そう、その顔っ、最高だ」
呉葉は息を弾ませながら何度も腰を浮かせては落としてくる。その度に亀頭を、かりを、竿全体を柔い襞が擦り上げ、扱き上げ、俺の射精を促してくる。
「あと、何秒、もつかな? ふふ、我慢なんて、しなくて、いいんだぞ。ちゃんと、逝くときの顔も、見ててやるから」
腰の奥から熱がこみあげてくる。俺は必死で堪えようとするが、その表情ですら呉葉にとってはごちそうのようだった。
「ほら、ほら、ぶちまけてしまえ。私が欲しいんだろ」
まだ耐える事は出来た。だが、呉葉の表情を見た瞬間、俺は我を失ってしまった。
上気した呉葉の頬。緩み始めた口元。この淫らで美しい表情を、俺以外の男も知っているだなんて。この瞳に、俺以外の男の顔が写っているだなんて。そう思っただけで、胸の中に黒い感情が爆発した。
「呉葉ぁ」
俺は腰を突き上げ、自分の欲望を呉葉の体内に放出する。
せめてこれくらいは、誰よりも奥深く、彼女の中心まで届けと祈りながら。腰を浮かせ、彼女の奥深くまでねじりこみながら、俺は射精した。
射精した瞬間も、精液を吐き出し続けている間も、呉葉はうっとりと表情を緩めながらもじっと俺から目を離さなかった。
俺が落ち着いてくる頃合いを見計らって、呉葉は俺の身体に肌を重ねて強く抱きついてくる。
厚い乳房の肉越しに伝わってくる呉葉の心音。混ざり合う二人の汗。永遠に続けばいいと思う穏やかで、短い余韻。
やがて呼吸が落ち着くと、呉葉は何事も無かったかのように笑って俺の身体から身を離した。
「良かったよ。やっぱりお前の精の味が一番だな」
その言葉を聞くたび、俺がどんな気持ちになるのか知っているんだろうか。
「二回戦の前に、もう一杯飲んでいいか」
「酒はいつもの場所だ。好きなだけ持ってきな」
「そうか。待ってな。またすぐ良くしてやるから」
呉葉は笑い、裸のまま部屋を出て行った。
この家の中には今は俺しか住んでいない。しょっちゅうここに来ている呉葉は俺の次にこの家に詳しいのだ。大体何がどこにあるのか勝手は分かっているし、下手をすれば俺より詳しいかもしれない。
俺は上半身を起こし、着物の端を握りしめる。
呉葉との交わりはいつもこんなものだった。半ば強引に精を絞られるようなやり方だが、別に呉葉との交わりは嫌いでは無い。むしろ、癖になっていると言っていい。呉葉が来ると分かれば何日も前から交わりの事ばかり考えてしまうし、呉葉が去った後は、その身体を思い出して一人自分を慰めている。
引き締まった体つきをしているが、女らしく柔らかい部分はしっかりと男を楽しませてくれる。肌触りも吸い付くようで、まさに極上の身体だ。
俺はもう彼女の事を愛してしまっているのだ。呉葉が居れば、他に何もいらない。
身体がいいからじゃない。昔からよく知っているその晴れやかな気性や、細かい事を笑い飛ばす大らかさ、酒に酔って調子に乗るところまで含めて、全て愛している。
だからこそ呉葉が他の男と楽しんでいる事が耐えられない。
一緒にここに住んでほしいと頼んだことも一度や二度では無い。だがその度に話をはぐらかされ続けている。
それはつまり他の男との情事を楽しめなくなるからではないか。
俺は着物の袖の裏を手繰り、用意していたそれを掴み取る。
先日ここを訪れた刑部狸という狸の妖怪から買った隠しだねだ。青筋が浮かび、見るからに醜悪な形をしている茸だったが、妖怪の話によれば、これさえ食べれば妖怪との力関係を逆転させ、人外の力をもって征服される雌の悦びを与えてやれるらしい。
齧り付こうとする俺に、最後に残った理性がささやかに警告を発する。
本当にそれでいいのか。呉葉を、二人の関係を傷つける事になるのではないか。もしかしたらもう呉葉はここに立ち寄ってくれなくなるのではないのか。
だが、呉葉は何と言った。『お前の精の味が一番だ』つまりそれは俺以外の精の味も知っているという事ではないのか。
俺はそんな事を許せるのか。あの美しい女が他の男の下でよがり狂うのを良しとするのか。
いいわけが無い。
あの女は、俺だけのものだ。
ようは、俺以外では満足できぬ身体にしてやればいいのだ。
俺は覚悟を決め、その茸に歯を立てた。
***
運命など信じていなかった。
呉葉は、自分はきっと適当に男を食い散らかしながら生きていくんだと思っていた。例え誰かの事を好きになったとしても、鬼の自分の事を愛してくれる男なぞ居るわけがないと、そう決め込んでいた。
彼の姿を見るまでは。
山奥に杜氏が越してきたと言うので、様子を見に行ったのが全ての始まりだった。美味い酒があれば飲み干し、男が居れば襲ってやるつもりだった。
だが、玄関先で彼女を迎えたのは、まだ歩けるようになったばかりの幼子だった。
「おねぇさん。だぁれ」
そう言って見上げてくるきらきらした瞳に、呉葉の心は打ち抜かれ、その笑顔に一発でやられてしまったのだ。
「わ、私は、アカオニの呉葉だ」
「ぼくはつねわか。くれはおねえさんは、おうちになんのよう」
その幼子は、だいの大人ですら恐れる自分を見ても顔色一つ変えなかった。
野武士や山伏のような獣じみた男達ばかりを見てきた呉葉にとって、泣きも恐れもせずただ真っ直ぐに穢れの無い瞳を向けてきたその幼子は、まさに天人の使いのように映ったのだ。
無邪気に首を傾げる経若に対し、呉葉は何を思ったのか、踵を返して一目散に逃げ出した。
呉葉は恐れたのだ。胸の中にこみ上げる正体不明の感覚に。子宮から突き上げてくる耐え難い衝動に。
しかし逃げても逃げても胸の高鳴りは一向に収まらなかった。
呉葉自身は気付いていなかったが、その時には彼女の身体は既に変化を終えていた。
その日から呉葉の地獄の日々が始まった。
かつてよりの空腹感は全身が乾ききってしまったかのような飢餓感にまで膨れ上がった。にもかかわらず、男を見ても以前のように美味そうだと思えず、むしろ臭くて汚らわしいものなのだと感じてしまうようになった。今まで男と重ねてきた自分の行為にすら嫌悪感を抱いた。
しかし、だからと言って精を得なければ飢餓感からは逃れられない。
渇望を埋めるため、呉葉は無理をして男を襲った。だが、結局最後までは出来なかった。まぐわう寸前に猛烈な吐き気に襲われて、その間に逃げられてしまったのだ。
そんな事が何度か続くうち、呉葉はようやく自分の身体に起こった事を悟った。
自分の全ては、あの時の幼子に捧げられるべく変化したのだと。
「長かったよなぁ。これまで」
酒を物色しながら、呉葉はここ数年の事を思い返していた。
最初は自分の変化が信じられなかった。
男などただ空腹と渇望を満たすためだけの道具のように思っていた自分が、まさかまだ歩き始めたばかりの幼子の事を心の底から欲し、その愛をこの身に浴びたいと望むようになってしまうなんて。どんなに恐れられても構わないと思っていた自分自身が、子どもに泣かれる事を何よりも恐れるようになってしまうなんて。
しかしどんなに気持ちを否定しても身体は彼を欲し続けていた。
自分の気持ちを受け入れる事は難しかった。愛しい相手はまだ精通さえ迎えていない幼子なのだ。どんなに飢餓に苛まれても、無理に襲う事も出来ない。
幼子が男になるまで……いや、男にしたのは自分だったが、それなりの年齢になるまで待たなければならなかったのだ。
その数年間の飢餓間との戦いは、まさに地獄のようだった。
極上のごちそうが手の届くところにあるのに、ずっと手を出す事が出来ないのだ。
だが、結果的に呉葉は自分の気持ちを受け入れ、飢えとの戦いを耐えきった。
それに悪い事ばかりでは無かった。幼子の頃から、一人前に酒造りをするようになった今に至るまで、その成長過程をずっと見守ってこれた事は何よりの喜びでもあった。
それに、自分の好みに育てることも出来た。
「ふふ。でも、もう少し強引でもいいんだけどな。私を押し倒すくらいに。
……今日は、上出来だったな」
下腹部に残る熱い疼きに、呉葉は小さく笑う。
ここまで来るのは大変だった。妖怪仲間であるウシオニや大百足に悟られぬように何とか上手く誤魔化しながら、経若の家族にも害意が無い事を伝え続け、何度もここに足を運んで。
あどけない経若を思い描いて自慰をして耐え難い飢餓感をだまし、干し肉や野草で癒えぬ空腹感をごまかし。ただただ時が流れるのを待ち続ける日々。
彼の祖父が亡くなり、両親も本家の手伝いの為に都に戻るという話を聞かされた時は胸が潰れた。経若と別れなければならないのならば、いっそ死んだ方がましだとさえ思った。
だが、経若は両親の反対を押し切ってここに残ってくれた。酒もまともに飲めない歳のくせして、爺さんの味を残したいとか、一丁前の事を言って。
その時の事を思い出し、呉葉は一人笑う。
『爺さんの酒の味なんてよく知らない癖に、よく残るなんて言ったな』
という彼女の言葉に対し、彼はぬけぬけと言ってのけたのだ。
『俺が知らなくても、あんたの舌が覚えてるだろう』
正直あの言葉を聞いた時は、濡れた。
長年の苦労が報われた瞬間だった。
初めて彼とまぐわった時の事だって、いまだに子細に覚えている。酔ったふりをして、彼を酔わせて、その気にさせて襲わせた。
彼は入れるなり暴発してしまって、泣きそうな顔になって。でもそれがとても可愛くて愛しくて。
数年ぶりの精の味はこれまで得たことが無いくらい甘美で、長年積りに積もっていた不満や怒りに似た感情さえ全て忘れてしまう程だった。
男に抱かれて幸せだと思ったのは、あの時が初めてだった。経若が自分にそれを教えてくれたのだ。
あれも確か、今日のような節分の日だったか。
「そうだ。あの時の酒にしよう」
呉葉は一人つぶやくと、当時の銘柄を探し始める。
その日から、日取りを決めてはここを訪れ、彼の酒と精を味わった。ようやく妖怪としての自分が生き返った心地がした。
そのうち、経若は自分とここに一緒に暮らそうと言ってきた。幸せすぎて、死んでしまうかと思った。
でも、まだ駄目だった。
一緒に住んだら自分は経若を延々求め続けてしまうだろう。そうなったら祖父の味を継ごうとする彼の邪魔になってしまう。
本当の事を言えば、彼の酒は祖父の味などとうに超えていた。しかし祖父を越えてなお、彼の酒はまだまだ良くなり続けた。
経若の酒は今も日に日に良くなっている。その才能を自分が潰してしまうのは忍びない。それに呉葉自身も経若の酒がどこまで美味くなるか楽しみだったのだ。
愛する人と一緒に住むという楽しみは経若の酒が極まってからでも良かった。何しろ呉葉は経若が、最愛の人がこの世に生まれ出で、大人になるまでずっと待ち続けていたのだから。
「あった。懐かしいなぁ。……あいつ、熟成まで出来るようになったんだな」
呉葉は感慨深げにため息を吐くと、酒瓶を掴んで立ち上がった。
***
呉葉は戻って来るなり俺の背中にしなだれかかり、腕に指を這わせてきた。
「逞しくなったよな。経若」
「何だよ急に」
呉葉の右手が胸に移り、腹を撫で、やがて上を向く俺自身にたどり着く。その傍ら、左手は俺の胸の上を登り、首を伝って顎を掴む。
「経若。ほら、こっち向け。飲ませてやるよ」
指先が俺の唇を呉葉へと導く。濡れた唇が重ねられ、ねっとりした舌を伝って唾液交じりの酒がとろとろと流し込まれてくる。
呉葉の酒が熱を帯びて喉を下り、胃の腑で燃え上って全身を熱くさせる。
呉葉は酒を流し込みながらも俺に舌を絡めてくる。そのせいで口の端からは酒が零れ落ち、俺の胸や腹の方へと滴ってしまう。
「んっ。ちゅるるぅっ。経若、覚えてるかこの酒の味」
自分の作った酒の味は一応全部覚えている。例え呉葉の唾液や舌の感触が混じっていようと思い出せない味は無い。むしろ、呉葉の味が混ざっているからこそ鮮烈に思い出せると言ってもいい。
愛液が混じっていたとしたって当てる自信がある。酒を造るたびにそうやって飲まされているのだから。
毎回、酒が変われば呉葉の味も変わった。それが分かるのは自分だけだ。呉葉の味を一番引き出せるのは自分だけだ。自分だけが呉葉を知っていればいいんだ。
「お前と、初めて交わった時の酒だろ」
「あぁ、お前の初めてを奪った時の味だ。お前は私の中に入るなり発射したんだっけな」
くすくすと言う笑いが耳元をくすぐる。
「あんなの、私初めてだったよ。あの時の気持ちも。ふふ、懐かしいなぁ」
やはり、呉葉は他に男を知っているのだ。一人や二人では無く。きっと今も。
当たり前だというのは頭では理解している。呉葉は俺が生まれるずっと前から生きているのだ。前に恋人が居たっておかしくない。
いや、今だって、俺以外に懇意にしてるやつが居ないとは限らないじゃないか。
「それが、今ではすっかり私を楽しませてくれるようになった」
男根を弄っている呉葉の指が締まる。かりを擦り始め、鈴口から漏れ出る透明な汁を亀頭全体に伸ばしてくる。
「あぁあ、こんなにこぼしやがって、もったいねぇなぁ」
押し倒そうとして来る呉葉に、俺は抵抗しなかった。
呉葉は俺に流し目を向けて唇を歪め、胸に、腹に流れた酒を舐め取っていく。
「呉葉。聞いていいか?」
「ん」
「俺と居ない時、妖怪仲間と一緒に男を襲っているのか」
「ちゅっ。……ん、まぁ、な」
「他の男に抱かれる気持ちは、どんなだ」
「どんなって、そりゃ……。なんだ。経若、お前妬いてるのか」
胸の中に生まれていたしこりが、一気に拡大していく。もうどこにも逃れようもない程に、硬く、頑なになっていく。
「そんなに私の事が好きなのか。ふふ、嬉しいよ、本当に。
でも、そんなに悔しいなら力付くで自分のものにしてみな。私が他の事全部忘れるくらいに激しくさ。経若なら、出来るだろ」
見下ろすと、呉葉は挑戦的な目で俺を見上げていた。その瞳は楽しげですらあった。
俺がこんなにお前の事を想って、胸を痛めて、恋焦がれているというのに、当のお前は別の男との交合を引き合いに出して、あろうことか挑発さえしてくるのか。
「お、おい。経若」
視界が歪む。涙が零れ落ちそうになるのをとっさに拭い取り、俺は命じた。
「しゃぶれよ。呉葉」
「そりゃいいけど。っておい、お前これ……」
驚く呉葉の視線の先には、いつもより一回りは大きくそそり立った俺自身があった。鋭く天井に向かって反り返り、痛々しい程に血管を浮き立たせ、脈動している。
思い出した。茸の効力は妖怪をねじ伏せる力をもたらす事だけでは無いのだった。それと共に男性自身も大きくなるのだ。狸の妖怪の言っていた通りだ。
そのあまりの醜悪な見た目からだろうか、呉葉は涙目になっている。
「つ、経若。お前こんなになってて大丈夫なのか。何かの病気じゃ」
こんな大きなものを入れたら、呉葉が壊れてしまうのではないか。
「こんなの見たことも聞いたことも無いぞ」
見たことも無い。やっぱり呉葉は俺を別の男と比べているのだ。俺以外の男と。
「いいからしゃぶれって言ってるだろ」
俺は自分自身が驚くくらいの声を上げながら、おもむろに呉葉の両角を掴む。
「つね、むぐぅ」
そして獣欲の命じるまま、呉葉の口の中にそそり立った一物を突き入れる。
呉葉は驚いたように目を見開き、必死に俺の腕を振りほどこうとする。しかしいつもに比べてその力は赤子のように弱弱しく、俺の腕はびくともしない。
これなら、呉葉を俺のものに出来る……。
「ほら、いつものようにしゃぶってみろよ」
俺は立ち膝で呉葉に奉仕させるべく、身を起こす。
その時にさらに深く喉奥をえぐったのか、呉葉は苦しそうにむせた。しかし今の俺は例え呉葉が泣いても角を離す気は無かった。
涙目で見上げてくる呉葉の怯えたような顔が、背筋にぞくぞくとした官能をもたらしてくる。
「ほら、舌を使って、頬で包み込んで。いつもやってるだろ」
呉葉は言われるままに俺の裏筋に沿って舌を這わせ、口をすぼめて吸い上げようとする。だがいつもより物が大きすぎるせいか上手くいかないようで、もどかしい程度の刺激しか感じられない。
まだ刺激が足りない。もっともっと呉葉の身体のすみずみまでを味わいたい。そうだ、このまま角を持ったまま腰を振れば、喉の奥の感触も愉しめる……。
思い付いた時にはもう角を掴んだ腕を引き、口の奥に向けて腰を突き上げていた。
いつもであれば絶対に届く事の無い喉奥まで男根を突きこまれ、呉葉の目が大きく見開かれる。
「んんんっ。んんーっ」
大切な呉葉が苦しんでいる。だが、俺はなぜだかまだ行けるだろうと確信していた。おかしいと思っていても身体が止められない。理性が完全に獣欲に塗りつぶされていた。
俺は疼きの命ずるまま腰を振り続ける。呉葉の呻きや涙目がさらに疼きを強めさせ、突き上げるたびにますますねっとりと絡み付く唾液が獣欲を燃え上がらせ、そして。
「くっ。全部飲めよ、呉葉っ」
腰の底から突き上げられる情欲が、尿道を押し広げながら魔羅の中を一気に駆け抜けて呉葉の喉の奥へと解放された。
「んっ。んんんぅ」
呉葉は俺の言った通りに、喉を鳴らして精液を飲み下していく。
口の端から零れ落ちそうになる精液ですら、呉葉はこぼさず舐め取って見せた。
喉奥の肉のうごめきが亀頭に絡みつき、舌の動きが裏筋を刺激し、快楽と射精をさらに長引かせる。
十秒を超える射精の後、俺の剛直はようやく落ち着いてくれた。
手を離して角を解放してやると、呉葉はその場に崩れ落ちた。
俺の脱いだ着物の中に顔を埋め、力を失った四肢を床に投げ出す呉葉。喉を犯され憔悴しきったその姿は、今まで見てきた彼女の姿の中で一番痛々しく、一番淫らで美しかった。
「つね、わかぁ」
時折びくん、びくん、と身体を震わせながら、呉葉はうわごとのように俺の名を呼ぶ。
汗ばんだ呉葉の肌が縁側からの光をなまめかしく照り返す。いろいろな体液が混ざり合った匂いが立ち昇り、部屋の中はいつの間にか淫臭でむせ返りそうな程だった。
床に伏せている呉葉の腰が、俺を誘うように上を向いている。
喉がからからに乾いてくる。生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
呉葉は朦朧とした瞳で俺の動きを追うが、止める程の気力は残っていないらしい。俺はおもむろに呉葉の後ろに回り込んで、尻を鷲掴みにする。
「ぅあぁ」
左右に押し広げてやると、だらしなく蜜を垂らす呉葉の花が開いた。むわりと強く香る呉葉の匂いに誘われ、俺は顔を近づけていき、その花びらに舌を這わせる。
「ああぁっ。や、やめろ、経若ぁ」
いい匂いとも、悪い匂いとも思わなかった。ただそれが呉葉の匂いであるというだけで、それだけで俺の渇きは満たされるようだった。
もっと呉葉の匂いを感じたくて、この匂いに包まれて居たくて、俺の身体は再び燃え上がる。
「な、舐めるなよ。汚いだろぉ」
「汚くったっていい。呉葉をもっと味わいたいんだ」
俺は酒瓶に手を伸ばし、呉葉の尻の上からおもむろに中身を注いだ。
「ひゃっ。何してるんだよ経若」
「こうすると、もっと呉葉の味は良くなるから」
「何を言って、ひゃぅうっ」
酒と呉葉の愛液を混ぜ合わせ、呉葉の女の中に注ぎ込んだり、逆に啜ったりを繰り返す。
頭がぽぅっとして来た。こんな呉葉を知るのは俺だけなんだ。俺だけの呉葉なんだ。俺だけの……。
もう、誰にも渡さない。
「経若……。まさか、お前」
俺の様子から、呉葉は俺が何をしようとしたのか理解したらしい。
そう、俺はこれからこの剛直で、後ろから呉葉を犯す。もう誰にも渡さない。俺以外では満足できない身体にしてやるんだ。
呉葉が慌てて立ち上がろうとしたので、頭を片手で押さえつけた。呉葉は腕を振り回して抵抗するものの、その力は驚くほどに弱弱しく、逆に俺を誘っているようにさえ見える程だ。
「経若。お願い、やめて。そんなの入れられたら、私……」
俺は試しに指を入れて呉葉の具合を確かめる。その言葉とは裏腹に、既に膣内はぐちゅぐちゅのとろとろで、男を求めてひくついていた。
俺は自分自身をそのいやらしい穴の入り口にあてがう。こんなに乱暴にされているのに、まだ男を求めているのだ。
呉葉はこの欲望を今まで何人の男に向けてきたのだろう。この蕩ける様な穴で何人の男を悦ばせ、精を搾り取って来たのだろう。
考えただけで臓腑が煮え滾った。
こんな想いはもうたくさんだ。もう誰にも呉葉は渡さない。呉葉は今日から俺だけの物だ。呉葉が欲望を向けるのも、それを満たしてやるのも俺だけでいいんだ。
「呉葉、入れるぞ」
「駄目、駄目だよ経若。あ。あああああ」
狭く閉じている膣内を押し広げるように、俺はゆっくりゆっくりと腰を進めていく。
何かを引き千切るような感触と、あふれる熱い蜜で焼け付くような熱さ、無理矢理押し広げられながらも押し潰さんとばかりに締め付けてくる襞の感触が、混ざり合いながら俺の男根を包み込んでくる。
いつもより呉葉をより深く感じている気がした。いや、気のせいではない。茸の効果で大きくなっている分、呉葉と触れ合える部分も増えている。いつも以上に、敏感で柔い部分が擦れ合っている。
これまでの性交とは比べ物にならない程の快楽が、腰で、頭で暴れまわる。それでも俺の中の獣はまだ出て行こうとしない。
「あ、あ、おおきぃ。あ。あたし」
俺に頭をねじ伏せられながら、呉葉は喘ぐように息をする。
「今までの男の中で、俺は何番目に大きい」
僕は腰を引いていく。呉葉のぐちゅぐちゅの柔襞と俺のごつごつした血管がずるずると擦れ合い、接合部から二人の愛液が激しく飛び散る。
下腹部が飛沫で濡れる。しかし、そんな事では俺の熱は冷めそうに無かった。
「あ、ああああんっ。経若が。経若が一番だよぉ」
「じゃあ、俺とするのは何番目に気持ちいい」
今度は腰を突き入れる。さっきのような引き千切る感触は無いものの、呉葉の身体は既に俺の形に馴染んできているらしく、俺の形に合わせてさっきよりもさらに細やかに密着してきた。
「そんなにっ、一気に入れちゃだめぇぇぇ」
こんな山の奥に誰も来やしない。どんなに大きな声を出したって、誰にも迷惑にはならない。
「答えろよ。なぁ呉葉、俺はお前の中で何番目なんだ」
僕は腰をゆっくりと動かしながら、呉葉に問い続ける。問わずにはいられなかった。自己満足にしかならない事は分かっていた。でも、そうしなければ心細くてたまらなかった。
「教えろよ呉葉。たくさん男を襲って味わって来たんだろ。その中で俺は何番目なんだ」
「い、一番だよっ、経若がっ、一番っ、だからっ」
でも、一番って言う事は、やっぱり他にも誰か……。
この柔らかくて吸い付いてくるような乳房も、逞しい曲線を描く背中も、いい匂いがする襟足も、ここから帰った後で、俺の知らない場所で誰かが。
俺は呉葉に覆い被さって両腕でその柔らかなおっぱいを握りしめる。びくびく跳ねる身体を力付くで押さえつけ、耳たぶを甘噛みする。
「ずるいよ呉葉は。俺は呉葉が大好きなのに。呉葉の事しか愛してないのに。明日にはどこかに行って、他の男を襲うんだろ」
「しないよ。そんな事しない」
「信じられないよ。こんなに綺麗で、気持ちいい身体なんだから」
「本当だよ。私はもう、経若しか見えてないんだ。経若しか、身体が受け付けないんだよ。
他の男なんて、いらない。経若だけ、いればいい」
呉葉はぽろぽろと涙を流し始める。
「はじめっから、経若と会えたら良かったよ。私だって、初めてを貰って欲しかった。でも、経若が生まれたのは、私が大人になってからだったから」
押さえつけられながら、呉葉は濡れた瞳で俺を見上げてくる。
「こんな想いさせてたんだな。ごめんな経若」
腰の奥から獣が暴れはじめる。呉葉の中の細やかな襞襞が僕自身に絡み付いて、吸い付いて、獣を引きずりだそうと絞り上げてくる。
「ごめん。いつも、変な事、言ってて。私、経若しか、見てない。経若しか、愛してないよ」
「俺こそ、ごめん。呉葉の気持ちくらい分かってたのに、でも聞いて確かめるのも怖くて、呉葉を他の奴になんて渡したく無くて」
呉葉の中が強く強く蠕動し始める。肥大化した俺の魔羅ごと、愛しさも悲しみも妬ましさも、全部揉み解して吸い取ろうとでもいうように。
「ふふ。犯すなら、最後まで雄で、居ろって。経若は、やっぱり優しいな。
いい、よ。お前も、辛かったんだ。ほら、あたしのなかに、全部出しな」
呉葉は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、唇の端を上げる。
「あたしが、全部、受け止めてやる。でも、あたし以外に、出したら、しょうちしないんだからな」
俺は呉葉の肩を掴み、一気に腰を突き入れる。
そして大きな声を上げながら、俺は自分の中の全てを呉葉の中に解き放った。
***
お腹の中がまだぐつぐつ言っている気がする。
呉葉は先ほどまでの激しい交合を思い返し、真っ赤になりながらもにやにやとだらしなく唇を緩める。
経若め。ずっと子どもだと思っていたけど、こんな形で私を物にしてくるなんて。
予想していたよりは早かったが、ここまで強い気持ちをぶつけられたら、もう一緒に住むのも断る気になれなかった。
しかし、男になったと思ったとたん。
「ごめん呉葉。俺、呉葉を疑うばかりか、とんでもない事を」
これだもんなぁ。と呉葉は頭をかいた。
人間相手にあんなことをしたら流石に危険だが、自分は妖怪。むしろあれ以上に激しい交わりにだって耐えられるだろう。
だが心優しい経若にとっては、欲望のままに強姦まがいの事をしてしまったつもりで居るんだろう。その理屈は正しいが、あくまで人間向けの理屈だ。
「あのな。多分お前が食べたのはタケリタケというもので、その気が無い相手には効かないんだよ。私は経若の事を愛してるし、あのくらいへでも無いって言ってるだろ? それにほら、今はこんなに元気なんだから」
呉葉は説明しつつ経若に向き合おうとするのだが、経若にはその度に背中を向けられてしまう。
「ちぇ、何だよ。無理矢理犯しといて、顔すら見てくれないのか?」
びくりと経若の背中が震える。
「確かにお前が生まれてくる前は、男を襲っていた時もあったさ。それで気を悪くするなら謝るよ。でも、私だってお前が生まれてから大きくなるまで、ずっと誰ともせずに我慢してたんだぞ。
妖怪って言うのは人間と違って一度相手を決めたらそいつ以外は愛せなくなるもんなんだよ。なんなら他の妖怪にも聞いてみな。
それに、さっきも言ったけど、その。……本当に、私の初めてだって出来る事ならお前に貰って欲しかったよ」
呉葉が後ろから抱きついても、経若はもう逃げなかった。
「お前と初めてしたときだって、生きてて良かったって心から思ったんだ。お前にとっちゃ苦い思い出かもしれないけど、私には何よりも甘い思い出なんだよ。
あの時、私は初めて愛する人に抱かれる喜びを知ったんだ。経若が教えてくれたんだぞ」
「呉葉、俺」
「気になった時は遠慮なく言えよ。私が全部忘れさせてやるから」
経若は呉葉に手を重ね、指を絡めて握りしめる。
「俺、お前の事もっと大事にするよ」
呉葉は経若の顔に手を当て、強引に口づけを交わす。
思いつめたような経若に笑いかけ、じゃれつくように彼のまたぐらに手を伸ばした。
「ほれほれ。さっきはあんなに大きかったのに、ずいぶんとしぼんでるじゃないか。さっきの勢いはどうした」
「呉葉。さっきの痛く無かったか」
「あれくらい何でも無いって。妖怪舐めんなよ」
呉葉が歯を見せて笑いかけて、経若の表情にもようやく笑みが戻る。呉葉は胸の奥の暖かさが命じるままに、経若にぎゅうっと抱きついた。
「でも、赤ちゃんは出来たかもな」
「本当か! で、でも妖怪と人間の間に子は出来にくいんじゃ」
「ばぁか。後ろから一回やっただけじゃ飽きたらず、私を立たせて前から一発後ろから一発、そのあと寝かせて上に乗って二発もやったのはどこの誰だよ」
「なっ。お前だって涙目で求めてきただろうが」
「当たり前だろ。愛してんだから」
経若は唇をぱくぱくさせてから、やがて真っ赤になって口を閉じた。
呉葉はそんな経若の首元に腕を回し、無理矢理頬ずりして満足そうに笑った。
「お、さっそく元気になって来たな。少し休んだらまたやろうか」
「あぁ、だけど一回やった頃には……」
経若は、しかし浮かない顔になる。
太陽が焼けながら沈んでゆく。いつもならば呉葉が帰ってしまう時間なのだ。いつもならば。
「何だよ。一回でおしまいか? 今晩は寝かせないぞ。明日も、明後日も、そのあともずっとずっとお前の側に居て、好きな時に抱かせてもらう」
「一緒に、居てくれるのか」
「あぁ。お前の子だって何人でも産んでやるよ。その代わり、酒造りも頑張れよ。私はお前の酒が人生で二番目に好きなんだから」
「じゃあ、一番目は」
呉葉は優しく微笑むと、何も言わずに経若に口づけしながら押し倒すのだった。
庭先に広がる藪にはまだ雪が残っていたが、風も無く日差しも強いので、日の当たる縁側や座敷に居る分には見た目程の寒さは感じなかった。
肴に用意した炒った豆をつまみながら、そう言えば今日は節分だったのだと思い出す。まぁ、今日の趣向にはいいかもしれない。
鳥のさえずりや、風に揺れる木の葉の音が聞こえてくる。この山奥に聞こえてくる音と言えばそれくらいの物だった。
何代か前のご先祖様の時代から、うちは酒を造り続けてきた。
そして水にこだわった爺様だか曾爺様が本家を出て、この山の中に酒蔵を作ったのだという。おかげで酒の素材には恵まれていたが、本来のお客であるはずの人間にはほとんど縁が無かった。それどころか、人間以外の、鬼や大百足のような妖怪の常連客の方が多いくらいだ。
「よ、待たせたな経若」
縁側の正面の茂みが揺れ、雪を振り払いながら一人のアカオニが姿を現した。
つややかな肌は紅葉よりも鮮やかな紅色。丸みを帯びた肌には虎柄の薄い腰巻と胸当てしかつけられておらず、豊かな乳房の膨らみやなまめかしい腰の曲線が目にまぶしい。
少し癖のある黒髪、そこから伸びる逞しい一対の角。強い意志を感じさせる瞳。野性味あふれる笑みを浮かべるその姿は野生動物のように凛々しくも美しい。
こぼれそうな乳房を目の当たりにして目を逸らす俺を一切気にせず、そいつは俺の隣に腰を下ろした。
「まったく、何度も裸の胸も見ているってのに、お前は相変わらずだな」
「馬鹿野郎。呉葉がいつも薄着過ぎるんだよ。……寒くないのか」
「ふふ、心配してくれてるのか。大丈夫だよ。それにこの方がすぐに脱げて楽じゃないか。男を抱くのに煩わしい事は少ない方がいい」
呉葉の言葉に、俺は胸が重くなるのを自覚する。
「安心しろよ。今日も免疫を付けさせてやるから」
呉葉は気分がよさそうに笑ったが、俺は笑える気分では無かった。
「じゃあさっそく新しい酒を頂こうかな」
呉葉は俺の気も知らず、一升瓶を片手で掴んで椀に注ぎはじめる。
アカオニの呉葉。爺さんがまだ生きて酒を造っていた頃から、定期的に酒をせびりにここに来る、気のいい酒好きの妖怪。俺の恋人。
俺よりずっと年上のはずなのに、年を経るごとに女らしく美しくなっている気がするのは俺の見る目の方が変わってきているからなのだろうか。
幼い頃は姉のように慕っていたこいつの事を異性として強く意識し始めたのはいつの頃からだろう。
節分の鬼退治遊びに付き合ってくれた子どもの頃からだろうか、死んだ爺さんの跡を継いで酒造りを始めた頃からだろうか、作った酒を褒められた頃からだろうか、それとも、お互い酔ってまぐわった頃からだろうか。
呉葉は椀の中身を一気に呷り、くはぁ、と息を吐いた。
作り手としては嬉しい程の飲みっぷりだ。飲んだ後の満足げな表情を見ていると、胸の中に言葉に出来ない喜びが満ちてくる。
「美味いか」
「あぁ、だがまだまだだな。お前の爺様の酒はもっと美味かった」
どんなに美味そうに酒を飲んでも、こいつはいつもこんな調子だった。まぁそれはいい。俺だってまだ自分が未熟だという事は理解している。
「……しばらく来なかったが、どうしてた?」
「うん? あぁ、昔馴染みの大百足が結婚したんでそれを祝ったり、あとはウシオニの男狩りに付き合ったり。まぁ、いつも通りだな」
いつも通り、か。
確かに妖怪である呉葉にとって、それは当たり前の事なのかもしれない。
妖怪が生きていくためには、人間の男の精が必要だと言われている。呉葉だって、精無しに生きていけるわけでは無いのだろう。
それは分かっている。だが、分かっているからと言って納得できるわけでは無い。
俺の知らない所で誰とも分からない男が呉葉を抱いているのかと思うと、心臓が膿んでしまったかのような強烈な不快感で気分が悪くなる。
呉葉への恋慕の情が強まれば強まる程に、どす黒い嫉妬の感情も膨らんでゆき、今ではもう破裂寸前にまでなっていた。
「ほら経若、お前も飲めよ」
注がれて勧められた椀の中身を一気に呷る、しかし不快な感情は一向に飲み込めず、酒が焼いてくれるのも喉だけだった。
「今日はいい飲みっぷりだな。私も嬉しいよ」
呉葉は豆をつまみながら、それを流し込むように一気に酒を飲み干した。
一升瓶も豆が入っていた枡も、すぐに空になった。うわばみのアカオニにとっては、一升瓶を空にする程度では酒を飲んだうちになど入らないのだ。
だが人間の、しかも下戸の俺にとっては椀一杯の日本酒は酔っぱらうには十分すぎた。
頭はふわふわとし、手足も綿雲がまとわりついているようなあんばいだ。それでも胸の中のどろどろとした感情を忘れてしまえるほどに酔い潰れてはいなかった。
「ふぅ、何だか暑くなってきたな」
呉葉は俺の方を見て、つやっぽく微笑みながら胸元を緩める。
「お前と飲んでいると、気分が良いから酒もよく回るみたいだよ。なんだか手足に力が入らない」
呉葉は俺にしなだれかかるように、俺の腕にその柔らかな胸を押し当ててくる。
「嘘吐けよ。お前がこんな量で酔っぱらうわけないだろ」
「じゃあ、試してみるかい。いつもやられてる仕返しに、お前が上になって私を犯してみなよ」
穏やかな口調ではありながら、呉葉の言葉はあくまでも挑発的だった。
俺はかっとなり呉葉の肩を掴んで押し倒した。
畳に彼女の腕を押さえつけながら、無理矢理唇を奪い、柔らかな唇を割って舌を入れる。
酒の匂いがわずかに混じる、呉葉の唾液の味。俺の中の雄を刺激し、そして嫉妬の元にもなる彼女の匂い。
最初は受け身だった呉葉だったが、俺が舌を絡めるうちにその気になったのか、呉葉の方からも舌を伸ばして俺の口の中を掻き回してくる。
舌同士を絡めれば絡めるほど、呉葉の瞳は陰っていった。そして陰れば陰る程に、呉葉の舌の動きは激しさを増していく。
二人して鼻息を荒くしながら、息継ぎを繰り返しては舌を絡め、奪い合うようにお互いの唾液を求め合う。
ぴちゃぴちゃと言ういやらしい音を立てながら、俺達は互いの味を堪能した。
胸当ての紐を外し、俺は呉葉の柔らかな乳房に直に触れ、強く鷲掴みにする。呉葉は呉葉で俺の着物の帯を緩め、はだけさせ、背中に腕を回してまさぐってくる。
胸のうちに征服感が湧きあがりかけるが、俺の責めは大体いつもここで終わる。
互いの髪を少し乱暴に掻き回し合い、互いの官能が我慢の限界を越えようかという頃、呉葉は唇を離し、にたりと唇を歪めた。
と思ったとたん俺の世界で天地が逆転し、畳を背にしていた呉葉がいつの間にか木目の天井を背にしている。
押し返されたのだ。やはり酔っぱらって手足に力が入っていなかったというのは嘘だったのだ。
「毎度毎度素直に騙されてくれるな。可愛い奴だよお前は」
呉葉はくすりと笑うと、俺の耳の裏に舌を這わせてくる。
背筋がぞくぞくとする。悔しさと共に、下半身に熱い血液が集中し始める。
俺は呉葉の乳房を握りしめながら押し返そうとするのだが、鬼の力に人間が敵うはずもなく彼女の身体はびくともしない。
「ほら、そんな触り方じゃ感じないぞ。もっと強く握ってみな。こんな風に、さ」
呉葉の右手が俺の男根を掴む。温かく、見た目によらず柔らかな指先が、根元から先端に向けて搾り上げるように絡み付いてくる。
「辛そうだな。いいんだぞ、私の手の中で逝っても」
耳元をくすぐる呉葉の囁きに身をゆだねたくなる気持ちを、俺は寸でのところで歯を食いしばって耐える。
「う、うるさい」
「今日はやけに生きがいいな。まさか、本気で私を犯すつもりだったのか」
呉葉は上半身を起こして俺を見下ろしてくる。
引き締まった腹筋や脇腹。それを覆い、女性らしい曲線をもたらすわずかに乗った脂肪。張りのある紅の肌。片手では余ってしまう程の乳房は型崩れせず上を向いていて、その先端には肌よりもわずかに色素の薄い桜色の小さな果実が実っている。
野性味を帯びた目元、すっきりとした鼻筋、顔つきに似合わぬふっくらとして柔らかな唇。表情を飾るぬばたまの癖のある髪ですら、全て愛おしいのに。
この身体を、別の男が味わっているだなんて。
「そんないい顔をするなよ。我慢できなくなるじゃないか」
呉葉の顔が近づいて来て、再び唇が重ねられる。
「いつもよりは早いけど、そろそろ始めるぞ」
金色の瞳が笑う。俺の一物の先端が濡れた柔肉に触れたかと思うと、呉葉は一気に自分の中に俺を飲み込んできた。
熱く、ねっとりと蜜をまとった細やかな襞襞が隙間なく俺の一物を覆いつくし、激しくうねりながら根元から吸い上げてくる。
「うっ。くぅぅ」
「はは、いい顔だぞ。可愛くってぞくぞくする」
呉葉は息がかかる程のすぐそばで俺の表情を鑑賞する。
逃れようにも両腕は呉葉の腕にがっちりと掴まれて畳に押し付けられていて、下半身も腰が重ねられ、激しく何度も叩きつけられるので動かす事もままならない。
肉同士がぶつかる音は、次第に湿り、水気を帯びていく。
「あぁ、あああっ。呉葉ぁ」
「そう、その顔っ、最高だ」
呉葉は息を弾ませながら何度も腰を浮かせては落としてくる。その度に亀頭を、かりを、竿全体を柔い襞が擦り上げ、扱き上げ、俺の射精を促してくる。
「あと、何秒、もつかな? ふふ、我慢なんて、しなくて、いいんだぞ。ちゃんと、逝くときの顔も、見ててやるから」
腰の奥から熱がこみあげてくる。俺は必死で堪えようとするが、その表情ですら呉葉にとってはごちそうのようだった。
「ほら、ほら、ぶちまけてしまえ。私が欲しいんだろ」
まだ耐える事は出来た。だが、呉葉の表情を見た瞬間、俺は我を失ってしまった。
上気した呉葉の頬。緩み始めた口元。この淫らで美しい表情を、俺以外の男も知っているだなんて。この瞳に、俺以外の男の顔が写っているだなんて。そう思っただけで、胸の中に黒い感情が爆発した。
「呉葉ぁ」
俺は腰を突き上げ、自分の欲望を呉葉の体内に放出する。
せめてこれくらいは、誰よりも奥深く、彼女の中心まで届けと祈りながら。腰を浮かせ、彼女の奥深くまでねじりこみながら、俺は射精した。
射精した瞬間も、精液を吐き出し続けている間も、呉葉はうっとりと表情を緩めながらもじっと俺から目を離さなかった。
俺が落ち着いてくる頃合いを見計らって、呉葉は俺の身体に肌を重ねて強く抱きついてくる。
厚い乳房の肉越しに伝わってくる呉葉の心音。混ざり合う二人の汗。永遠に続けばいいと思う穏やかで、短い余韻。
やがて呼吸が落ち着くと、呉葉は何事も無かったかのように笑って俺の身体から身を離した。
「良かったよ。やっぱりお前の精の味が一番だな」
その言葉を聞くたび、俺がどんな気持ちになるのか知っているんだろうか。
「二回戦の前に、もう一杯飲んでいいか」
「酒はいつもの場所だ。好きなだけ持ってきな」
「そうか。待ってな。またすぐ良くしてやるから」
呉葉は笑い、裸のまま部屋を出て行った。
この家の中には今は俺しか住んでいない。しょっちゅうここに来ている呉葉は俺の次にこの家に詳しいのだ。大体何がどこにあるのか勝手は分かっているし、下手をすれば俺より詳しいかもしれない。
俺は上半身を起こし、着物の端を握りしめる。
呉葉との交わりはいつもこんなものだった。半ば強引に精を絞られるようなやり方だが、別に呉葉との交わりは嫌いでは無い。むしろ、癖になっていると言っていい。呉葉が来ると分かれば何日も前から交わりの事ばかり考えてしまうし、呉葉が去った後は、その身体を思い出して一人自分を慰めている。
引き締まった体つきをしているが、女らしく柔らかい部分はしっかりと男を楽しませてくれる。肌触りも吸い付くようで、まさに極上の身体だ。
俺はもう彼女の事を愛してしまっているのだ。呉葉が居れば、他に何もいらない。
身体がいいからじゃない。昔からよく知っているその晴れやかな気性や、細かい事を笑い飛ばす大らかさ、酒に酔って調子に乗るところまで含めて、全て愛している。
だからこそ呉葉が他の男と楽しんでいる事が耐えられない。
一緒にここに住んでほしいと頼んだことも一度や二度では無い。だがその度に話をはぐらかされ続けている。
それはつまり他の男との情事を楽しめなくなるからではないか。
俺は着物の袖の裏を手繰り、用意していたそれを掴み取る。
先日ここを訪れた刑部狸という狸の妖怪から買った隠しだねだ。青筋が浮かび、見るからに醜悪な形をしている茸だったが、妖怪の話によれば、これさえ食べれば妖怪との力関係を逆転させ、人外の力をもって征服される雌の悦びを与えてやれるらしい。
齧り付こうとする俺に、最後に残った理性がささやかに警告を発する。
本当にそれでいいのか。呉葉を、二人の関係を傷つける事になるのではないか。もしかしたらもう呉葉はここに立ち寄ってくれなくなるのではないのか。
だが、呉葉は何と言った。『お前の精の味が一番だ』つまりそれは俺以外の精の味も知っているという事ではないのか。
俺はそんな事を許せるのか。あの美しい女が他の男の下でよがり狂うのを良しとするのか。
いいわけが無い。
あの女は、俺だけのものだ。
ようは、俺以外では満足できぬ身体にしてやればいいのだ。
俺は覚悟を決め、その茸に歯を立てた。
***
運命など信じていなかった。
呉葉は、自分はきっと適当に男を食い散らかしながら生きていくんだと思っていた。例え誰かの事を好きになったとしても、鬼の自分の事を愛してくれる男なぞ居るわけがないと、そう決め込んでいた。
彼の姿を見るまでは。
山奥に杜氏が越してきたと言うので、様子を見に行ったのが全ての始まりだった。美味い酒があれば飲み干し、男が居れば襲ってやるつもりだった。
だが、玄関先で彼女を迎えたのは、まだ歩けるようになったばかりの幼子だった。
「おねぇさん。だぁれ」
そう言って見上げてくるきらきらした瞳に、呉葉の心は打ち抜かれ、その笑顔に一発でやられてしまったのだ。
「わ、私は、アカオニの呉葉だ」
「ぼくはつねわか。くれはおねえさんは、おうちになんのよう」
その幼子は、だいの大人ですら恐れる自分を見ても顔色一つ変えなかった。
野武士や山伏のような獣じみた男達ばかりを見てきた呉葉にとって、泣きも恐れもせずただ真っ直ぐに穢れの無い瞳を向けてきたその幼子は、まさに天人の使いのように映ったのだ。
無邪気に首を傾げる経若に対し、呉葉は何を思ったのか、踵を返して一目散に逃げ出した。
呉葉は恐れたのだ。胸の中にこみ上げる正体不明の感覚に。子宮から突き上げてくる耐え難い衝動に。
しかし逃げても逃げても胸の高鳴りは一向に収まらなかった。
呉葉自身は気付いていなかったが、その時には彼女の身体は既に変化を終えていた。
その日から呉葉の地獄の日々が始まった。
かつてよりの空腹感は全身が乾ききってしまったかのような飢餓感にまで膨れ上がった。にもかかわらず、男を見ても以前のように美味そうだと思えず、むしろ臭くて汚らわしいものなのだと感じてしまうようになった。今まで男と重ねてきた自分の行為にすら嫌悪感を抱いた。
しかし、だからと言って精を得なければ飢餓感からは逃れられない。
渇望を埋めるため、呉葉は無理をして男を襲った。だが、結局最後までは出来なかった。まぐわう寸前に猛烈な吐き気に襲われて、その間に逃げられてしまったのだ。
そんな事が何度か続くうち、呉葉はようやく自分の身体に起こった事を悟った。
自分の全ては、あの時の幼子に捧げられるべく変化したのだと。
「長かったよなぁ。これまで」
酒を物色しながら、呉葉はここ数年の事を思い返していた。
最初は自分の変化が信じられなかった。
男などただ空腹と渇望を満たすためだけの道具のように思っていた自分が、まさかまだ歩き始めたばかりの幼子の事を心の底から欲し、その愛をこの身に浴びたいと望むようになってしまうなんて。どんなに恐れられても構わないと思っていた自分自身が、子どもに泣かれる事を何よりも恐れるようになってしまうなんて。
しかしどんなに気持ちを否定しても身体は彼を欲し続けていた。
自分の気持ちを受け入れる事は難しかった。愛しい相手はまだ精通さえ迎えていない幼子なのだ。どんなに飢餓に苛まれても、無理に襲う事も出来ない。
幼子が男になるまで……いや、男にしたのは自分だったが、それなりの年齢になるまで待たなければならなかったのだ。
その数年間の飢餓間との戦いは、まさに地獄のようだった。
極上のごちそうが手の届くところにあるのに、ずっと手を出す事が出来ないのだ。
だが、結果的に呉葉は自分の気持ちを受け入れ、飢えとの戦いを耐えきった。
それに悪い事ばかりでは無かった。幼子の頃から、一人前に酒造りをするようになった今に至るまで、その成長過程をずっと見守ってこれた事は何よりの喜びでもあった。
それに、自分の好みに育てることも出来た。
「ふふ。でも、もう少し強引でもいいんだけどな。私を押し倒すくらいに。
……今日は、上出来だったな」
下腹部に残る熱い疼きに、呉葉は小さく笑う。
ここまで来るのは大変だった。妖怪仲間であるウシオニや大百足に悟られぬように何とか上手く誤魔化しながら、経若の家族にも害意が無い事を伝え続け、何度もここに足を運んで。
あどけない経若を思い描いて自慰をして耐え難い飢餓感をだまし、干し肉や野草で癒えぬ空腹感をごまかし。ただただ時が流れるのを待ち続ける日々。
彼の祖父が亡くなり、両親も本家の手伝いの為に都に戻るという話を聞かされた時は胸が潰れた。経若と別れなければならないのならば、いっそ死んだ方がましだとさえ思った。
だが、経若は両親の反対を押し切ってここに残ってくれた。酒もまともに飲めない歳のくせして、爺さんの味を残したいとか、一丁前の事を言って。
その時の事を思い出し、呉葉は一人笑う。
『爺さんの酒の味なんてよく知らない癖に、よく残るなんて言ったな』
という彼女の言葉に対し、彼はぬけぬけと言ってのけたのだ。
『俺が知らなくても、あんたの舌が覚えてるだろう』
正直あの言葉を聞いた時は、濡れた。
長年の苦労が報われた瞬間だった。
初めて彼とまぐわった時の事だって、いまだに子細に覚えている。酔ったふりをして、彼を酔わせて、その気にさせて襲わせた。
彼は入れるなり暴発してしまって、泣きそうな顔になって。でもそれがとても可愛くて愛しくて。
数年ぶりの精の味はこれまで得たことが無いくらい甘美で、長年積りに積もっていた不満や怒りに似た感情さえ全て忘れてしまう程だった。
男に抱かれて幸せだと思ったのは、あの時が初めてだった。経若が自分にそれを教えてくれたのだ。
あれも確か、今日のような節分の日だったか。
「そうだ。あの時の酒にしよう」
呉葉は一人つぶやくと、当時の銘柄を探し始める。
その日から、日取りを決めてはここを訪れ、彼の酒と精を味わった。ようやく妖怪としての自分が生き返った心地がした。
そのうち、経若は自分とここに一緒に暮らそうと言ってきた。幸せすぎて、死んでしまうかと思った。
でも、まだ駄目だった。
一緒に住んだら自分は経若を延々求め続けてしまうだろう。そうなったら祖父の味を継ごうとする彼の邪魔になってしまう。
本当の事を言えば、彼の酒は祖父の味などとうに超えていた。しかし祖父を越えてなお、彼の酒はまだまだ良くなり続けた。
経若の酒は今も日に日に良くなっている。その才能を自分が潰してしまうのは忍びない。それに呉葉自身も経若の酒がどこまで美味くなるか楽しみだったのだ。
愛する人と一緒に住むという楽しみは経若の酒が極まってからでも良かった。何しろ呉葉は経若が、最愛の人がこの世に生まれ出で、大人になるまでずっと待ち続けていたのだから。
「あった。懐かしいなぁ。……あいつ、熟成まで出来るようになったんだな」
呉葉は感慨深げにため息を吐くと、酒瓶を掴んで立ち上がった。
***
呉葉は戻って来るなり俺の背中にしなだれかかり、腕に指を這わせてきた。
「逞しくなったよな。経若」
「何だよ急に」
呉葉の右手が胸に移り、腹を撫で、やがて上を向く俺自身にたどり着く。その傍ら、左手は俺の胸の上を登り、首を伝って顎を掴む。
「経若。ほら、こっち向け。飲ませてやるよ」
指先が俺の唇を呉葉へと導く。濡れた唇が重ねられ、ねっとりした舌を伝って唾液交じりの酒がとろとろと流し込まれてくる。
呉葉の酒が熱を帯びて喉を下り、胃の腑で燃え上って全身を熱くさせる。
呉葉は酒を流し込みながらも俺に舌を絡めてくる。そのせいで口の端からは酒が零れ落ち、俺の胸や腹の方へと滴ってしまう。
「んっ。ちゅるるぅっ。経若、覚えてるかこの酒の味」
自分の作った酒の味は一応全部覚えている。例え呉葉の唾液や舌の感触が混じっていようと思い出せない味は無い。むしろ、呉葉の味が混ざっているからこそ鮮烈に思い出せると言ってもいい。
愛液が混じっていたとしたって当てる自信がある。酒を造るたびにそうやって飲まされているのだから。
毎回、酒が変われば呉葉の味も変わった。それが分かるのは自分だけだ。呉葉の味を一番引き出せるのは自分だけだ。自分だけが呉葉を知っていればいいんだ。
「お前と、初めて交わった時の酒だろ」
「あぁ、お前の初めてを奪った時の味だ。お前は私の中に入るなり発射したんだっけな」
くすくすと言う笑いが耳元をくすぐる。
「あんなの、私初めてだったよ。あの時の気持ちも。ふふ、懐かしいなぁ」
やはり、呉葉は他に男を知っているのだ。一人や二人では無く。きっと今も。
当たり前だというのは頭では理解している。呉葉は俺が生まれるずっと前から生きているのだ。前に恋人が居たっておかしくない。
いや、今だって、俺以外に懇意にしてるやつが居ないとは限らないじゃないか。
「それが、今ではすっかり私を楽しませてくれるようになった」
男根を弄っている呉葉の指が締まる。かりを擦り始め、鈴口から漏れ出る透明な汁を亀頭全体に伸ばしてくる。
「あぁあ、こんなにこぼしやがって、もったいねぇなぁ」
押し倒そうとして来る呉葉に、俺は抵抗しなかった。
呉葉は俺に流し目を向けて唇を歪め、胸に、腹に流れた酒を舐め取っていく。
「呉葉。聞いていいか?」
「ん」
「俺と居ない時、妖怪仲間と一緒に男を襲っているのか」
「ちゅっ。……ん、まぁ、な」
「他の男に抱かれる気持ちは、どんなだ」
「どんなって、そりゃ……。なんだ。経若、お前妬いてるのか」
胸の中に生まれていたしこりが、一気に拡大していく。もうどこにも逃れようもない程に、硬く、頑なになっていく。
「そんなに私の事が好きなのか。ふふ、嬉しいよ、本当に。
でも、そんなに悔しいなら力付くで自分のものにしてみな。私が他の事全部忘れるくらいに激しくさ。経若なら、出来るだろ」
見下ろすと、呉葉は挑戦的な目で俺を見上げていた。その瞳は楽しげですらあった。
俺がこんなにお前の事を想って、胸を痛めて、恋焦がれているというのに、当のお前は別の男との交合を引き合いに出して、あろうことか挑発さえしてくるのか。
「お、おい。経若」
視界が歪む。涙が零れ落ちそうになるのをとっさに拭い取り、俺は命じた。
「しゃぶれよ。呉葉」
「そりゃいいけど。っておい、お前これ……」
驚く呉葉の視線の先には、いつもより一回りは大きくそそり立った俺自身があった。鋭く天井に向かって反り返り、痛々しい程に血管を浮き立たせ、脈動している。
思い出した。茸の効力は妖怪をねじ伏せる力をもたらす事だけでは無いのだった。それと共に男性自身も大きくなるのだ。狸の妖怪の言っていた通りだ。
そのあまりの醜悪な見た目からだろうか、呉葉は涙目になっている。
「つ、経若。お前こんなになってて大丈夫なのか。何かの病気じゃ」
こんな大きなものを入れたら、呉葉が壊れてしまうのではないか。
「こんなの見たことも聞いたことも無いぞ」
見たことも無い。やっぱり呉葉は俺を別の男と比べているのだ。俺以外の男と。
「いいからしゃぶれって言ってるだろ」
俺は自分自身が驚くくらいの声を上げながら、おもむろに呉葉の両角を掴む。
「つね、むぐぅ」
そして獣欲の命じるまま、呉葉の口の中にそそり立った一物を突き入れる。
呉葉は驚いたように目を見開き、必死に俺の腕を振りほどこうとする。しかしいつもに比べてその力は赤子のように弱弱しく、俺の腕はびくともしない。
これなら、呉葉を俺のものに出来る……。
「ほら、いつものようにしゃぶってみろよ」
俺は立ち膝で呉葉に奉仕させるべく、身を起こす。
その時にさらに深く喉奥をえぐったのか、呉葉は苦しそうにむせた。しかし今の俺は例え呉葉が泣いても角を離す気は無かった。
涙目で見上げてくる呉葉の怯えたような顔が、背筋にぞくぞくとした官能をもたらしてくる。
「ほら、舌を使って、頬で包み込んで。いつもやってるだろ」
呉葉は言われるままに俺の裏筋に沿って舌を這わせ、口をすぼめて吸い上げようとする。だがいつもより物が大きすぎるせいか上手くいかないようで、もどかしい程度の刺激しか感じられない。
まだ刺激が足りない。もっともっと呉葉の身体のすみずみまでを味わいたい。そうだ、このまま角を持ったまま腰を振れば、喉の奥の感触も愉しめる……。
思い付いた時にはもう角を掴んだ腕を引き、口の奥に向けて腰を突き上げていた。
いつもであれば絶対に届く事の無い喉奥まで男根を突きこまれ、呉葉の目が大きく見開かれる。
「んんんっ。んんーっ」
大切な呉葉が苦しんでいる。だが、俺はなぜだかまだ行けるだろうと確信していた。おかしいと思っていても身体が止められない。理性が完全に獣欲に塗りつぶされていた。
俺は疼きの命ずるまま腰を振り続ける。呉葉の呻きや涙目がさらに疼きを強めさせ、突き上げるたびにますますねっとりと絡み付く唾液が獣欲を燃え上がらせ、そして。
「くっ。全部飲めよ、呉葉っ」
腰の底から突き上げられる情欲が、尿道を押し広げながら魔羅の中を一気に駆け抜けて呉葉の喉の奥へと解放された。
「んっ。んんんぅ」
呉葉は俺の言った通りに、喉を鳴らして精液を飲み下していく。
口の端から零れ落ちそうになる精液ですら、呉葉はこぼさず舐め取って見せた。
喉奥の肉のうごめきが亀頭に絡みつき、舌の動きが裏筋を刺激し、快楽と射精をさらに長引かせる。
十秒を超える射精の後、俺の剛直はようやく落ち着いてくれた。
手を離して角を解放してやると、呉葉はその場に崩れ落ちた。
俺の脱いだ着物の中に顔を埋め、力を失った四肢を床に投げ出す呉葉。喉を犯され憔悴しきったその姿は、今まで見てきた彼女の姿の中で一番痛々しく、一番淫らで美しかった。
「つね、わかぁ」
時折びくん、びくん、と身体を震わせながら、呉葉はうわごとのように俺の名を呼ぶ。
汗ばんだ呉葉の肌が縁側からの光をなまめかしく照り返す。いろいろな体液が混ざり合った匂いが立ち昇り、部屋の中はいつの間にか淫臭でむせ返りそうな程だった。
床に伏せている呉葉の腰が、俺を誘うように上を向いている。
喉がからからに乾いてくる。生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
呉葉は朦朧とした瞳で俺の動きを追うが、止める程の気力は残っていないらしい。俺はおもむろに呉葉の後ろに回り込んで、尻を鷲掴みにする。
「ぅあぁ」
左右に押し広げてやると、だらしなく蜜を垂らす呉葉の花が開いた。むわりと強く香る呉葉の匂いに誘われ、俺は顔を近づけていき、その花びらに舌を這わせる。
「ああぁっ。や、やめろ、経若ぁ」
いい匂いとも、悪い匂いとも思わなかった。ただそれが呉葉の匂いであるというだけで、それだけで俺の渇きは満たされるようだった。
もっと呉葉の匂いを感じたくて、この匂いに包まれて居たくて、俺の身体は再び燃え上がる。
「な、舐めるなよ。汚いだろぉ」
「汚くったっていい。呉葉をもっと味わいたいんだ」
俺は酒瓶に手を伸ばし、呉葉の尻の上からおもむろに中身を注いだ。
「ひゃっ。何してるんだよ経若」
「こうすると、もっと呉葉の味は良くなるから」
「何を言って、ひゃぅうっ」
酒と呉葉の愛液を混ぜ合わせ、呉葉の女の中に注ぎ込んだり、逆に啜ったりを繰り返す。
頭がぽぅっとして来た。こんな呉葉を知るのは俺だけなんだ。俺だけの呉葉なんだ。俺だけの……。
もう、誰にも渡さない。
「経若……。まさか、お前」
俺の様子から、呉葉は俺が何をしようとしたのか理解したらしい。
そう、俺はこれからこの剛直で、後ろから呉葉を犯す。もう誰にも渡さない。俺以外では満足できない身体にしてやるんだ。
呉葉が慌てて立ち上がろうとしたので、頭を片手で押さえつけた。呉葉は腕を振り回して抵抗するものの、その力は驚くほどに弱弱しく、逆に俺を誘っているようにさえ見える程だ。
「経若。お願い、やめて。そんなの入れられたら、私……」
俺は試しに指を入れて呉葉の具合を確かめる。その言葉とは裏腹に、既に膣内はぐちゅぐちゅのとろとろで、男を求めてひくついていた。
俺は自分自身をそのいやらしい穴の入り口にあてがう。こんなに乱暴にされているのに、まだ男を求めているのだ。
呉葉はこの欲望を今まで何人の男に向けてきたのだろう。この蕩ける様な穴で何人の男を悦ばせ、精を搾り取って来たのだろう。
考えただけで臓腑が煮え滾った。
こんな想いはもうたくさんだ。もう誰にも呉葉は渡さない。呉葉は今日から俺だけの物だ。呉葉が欲望を向けるのも、それを満たしてやるのも俺だけでいいんだ。
「呉葉、入れるぞ」
「駄目、駄目だよ経若。あ。あああああ」
狭く閉じている膣内を押し広げるように、俺はゆっくりゆっくりと腰を進めていく。
何かを引き千切るような感触と、あふれる熱い蜜で焼け付くような熱さ、無理矢理押し広げられながらも押し潰さんとばかりに締め付けてくる襞の感触が、混ざり合いながら俺の男根を包み込んでくる。
いつもより呉葉をより深く感じている気がした。いや、気のせいではない。茸の効果で大きくなっている分、呉葉と触れ合える部分も増えている。いつも以上に、敏感で柔い部分が擦れ合っている。
これまでの性交とは比べ物にならない程の快楽が、腰で、頭で暴れまわる。それでも俺の中の獣はまだ出て行こうとしない。
「あ、あ、おおきぃ。あ。あたし」
俺に頭をねじ伏せられながら、呉葉は喘ぐように息をする。
「今までの男の中で、俺は何番目に大きい」
僕は腰を引いていく。呉葉のぐちゅぐちゅの柔襞と俺のごつごつした血管がずるずると擦れ合い、接合部から二人の愛液が激しく飛び散る。
下腹部が飛沫で濡れる。しかし、そんな事では俺の熱は冷めそうに無かった。
「あ、ああああんっ。経若が。経若が一番だよぉ」
「じゃあ、俺とするのは何番目に気持ちいい」
今度は腰を突き入れる。さっきのような引き千切る感触は無いものの、呉葉の身体は既に俺の形に馴染んできているらしく、俺の形に合わせてさっきよりもさらに細やかに密着してきた。
「そんなにっ、一気に入れちゃだめぇぇぇ」
こんな山の奥に誰も来やしない。どんなに大きな声を出したって、誰にも迷惑にはならない。
「答えろよ。なぁ呉葉、俺はお前の中で何番目なんだ」
僕は腰をゆっくりと動かしながら、呉葉に問い続ける。問わずにはいられなかった。自己満足にしかならない事は分かっていた。でも、そうしなければ心細くてたまらなかった。
「教えろよ呉葉。たくさん男を襲って味わって来たんだろ。その中で俺は何番目なんだ」
「い、一番だよっ、経若がっ、一番っ、だからっ」
でも、一番って言う事は、やっぱり他にも誰か……。
この柔らかくて吸い付いてくるような乳房も、逞しい曲線を描く背中も、いい匂いがする襟足も、ここから帰った後で、俺の知らない場所で誰かが。
俺は呉葉に覆い被さって両腕でその柔らかなおっぱいを握りしめる。びくびく跳ねる身体を力付くで押さえつけ、耳たぶを甘噛みする。
「ずるいよ呉葉は。俺は呉葉が大好きなのに。呉葉の事しか愛してないのに。明日にはどこかに行って、他の男を襲うんだろ」
「しないよ。そんな事しない」
「信じられないよ。こんなに綺麗で、気持ちいい身体なんだから」
「本当だよ。私はもう、経若しか見えてないんだ。経若しか、身体が受け付けないんだよ。
他の男なんて、いらない。経若だけ、いればいい」
呉葉はぽろぽろと涙を流し始める。
「はじめっから、経若と会えたら良かったよ。私だって、初めてを貰って欲しかった。でも、経若が生まれたのは、私が大人になってからだったから」
押さえつけられながら、呉葉は濡れた瞳で俺を見上げてくる。
「こんな想いさせてたんだな。ごめんな経若」
腰の奥から獣が暴れはじめる。呉葉の中の細やかな襞襞が僕自身に絡み付いて、吸い付いて、獣を引きずりだそうと絞り上げてくる。
「ごめん。いつも、変な事、言ってて。私、経若しか、見てない。経若しか、愛してないよ」
「俺こそ、ごめん。呉葉の気持ちくらい分かってたのに、でも聞いて確かめるのも怖くて、呉葉を他の奴になんて渡したく無くて」
呉葉の中が強く強く蠕動し始める。肥大化した俺の魔羅ごと、愛しさも悲しみも妬ましさも、全部揉み解して吸い取ろうとでもいうように。
「ふふ。犯すなら、最後まで雄で、居ろって。経若は、やっぱり優しいな。
いい、よ。お前も、辛かったんだ。ほら、あたしのなかに、全部出しな」
呉葉は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、唇の端を上げる。
「あたしが、全部、受け止めてやる。でも、あたし以外に、出したら、しょうちしないんだからな」
俺は呉葉の肩を掴み、一気に腰を突き入れる。
そして大きな声を上げながら、俺は自分の中の全てを呉葉の中に解き放った。
***
お腹の中がまだぐつぐつ言っている気がする。
呉葉は先ほどまでの激しい交合を思い返し、真っ赤になりながらもにやにやとだらしなく唇を緩める。
経若め。ずっと子どもだと思っていたけど、こんな形で私を物にしてくるなんて。
予想していたよりは早かったが、ここまで強い気持ちをぶつけられたら、もう一緒に住むのも断る気になれなかった。
しかし、男になったと思ったとたん。
「ごめん呉葉。俺、呉葉を疑うばかりか、とんでもない事を」
これだもんなぁ。と呉葉は頭をかいた。
人間相手にあんなことをしたら流石に危険だが、自分は妖怪。むしろあれ以上に激しい交わりにだって耐えられるだろう。
だが心優しい経若にとっては、欲望のままに強姦まがいの事をしてしまったつもりで居るんだろう。その理屈は正しいが、あくまで人間向けの理屈だ。
「あのな。多分お前が食べたのはタケリタケというもので、その気が無い相手には効かないんだよ。私は経若の事を愛してるし、あのくらいへでも無いって言ってるだろ? それにほら、今はこんなに元気なんだから」
呉葉は説明しつつ経若に向き合おうとするのだが、経若にはその度に背中を向けられてしまう。
「ちぇ、何だよ。無理矢理犯しといて、顔すら見てくれないのか?」
びくりと経若の背中が震える。
「確かにお前が生まれてくる前は、男を襲っていた時もあったさ。それで気を悪くするなら謝るよ。でも、私だってお前が生まれてから大きくなるまで、ずっと誰ともせずに我慢してたんだぞ。
妖怪って言うのは人間と違って一度相手を決めたらそいつ以外は愛せなくなるもんなんだよ。なんなら他の妖怪にも聞いてみな。
それに、さっきも言ったけど、その。……本当に、私の初めてだって出来る事ならお前に貰って欲しかったよ」
呉葉が後ろから抱きついても、経若はもう逃げなかった。
「お前と初めてしたときだって、生きてて良かったって心から思ったんだ。お前にとっちゃ苦い思い出かもしれないけど、私には何よりも甘い思い出なんだよ。
あの時、私は初めて愛する人に抱かれる喜びを知ったんだ。経若が教えてくれたんだぞ」
「呉葉、俺」
「気になった時は遠慮なく言えよ。私が全部忘れさせてやるから」
経若は呉葉に手を重ね、指を絡めて握りしめる。
「俺、お前の事もっと大事にするよ」
呉葉は経若の顔に手を当て、強引に口づけを交わす。
思いつめたような経若に笑いかけ、じゃれつくように彼のまたぐらに手を伸ばした。
「ほれほれ。さっきはあんなに大きかったのに、ずいぶんとしぼんでるじゃないか。さっきの勢いはどうした」
「呉葉。さっきの痛く無かったか」
「あれくらい何でも無いって。妖怪舐めんなよ」
呉葉が歯を見せて笑いかけて、経若の表情にもようやく笑みが戻る。呉葉は胸の奥の暖かさが命じるままに、経若にぎゅうっと抱きついた。
「でも、赤ちゃんは出来たかもな」
「本当か! で、でも妖怪と人間の間に子は出来にくいんじゃ」
「ばぁか。後ろから一回やっただけじゃ飽きたらず、私を立たせて前から一発後ろから一発、そのあと寝かせて上に乗って二発もやったのはどこの誰だよ」
「なっ。お前だって涙目で求めてきただろうが」
「当たり前だろ。愛してんだから」
経若は唇をぱくぱくさせてから、やがて真っ赤になって口を閉じた。
呉葉はそんな経若の首元に腕を回し、無理矢理頬ずりして満足そうに笑った。
「お、さっそく元気になって来たな。少し休んだらまたやろうか」
「あぁ、だけど一回やった頃には……」
経若は、しかし浮かない顔になる。
太陽が焼けながら沈んでゆく。いつもならば呉葉が帰ってしまう時間なのだ。いつもならば。
「何だよ。一回でおしまいか? 今晩は寝かせないぞ。明日も、明後日も、そのあともずっとずっとお前の側に居て、好きな時に抱かせてもらう」
「一緒に、居てくれるのか」
「あぁ。お前の子だって何人でも産んでやるよ。その代わり、酒造りも頑張れよ。私はお前の酒が人生で二番目に好きなんだから」
「じゃあ、一番目は」
呉葉は優しく微笑むと、何も言わずに経若に口づけしながら押し倒すのだった。
13/02/14 23:25更新 / 玉虫色