連載小説
[TOP][目次]
第四幕:妊娠と産卵
「我が夫よ、聞いて欲しいことがある」
 正式に結婚してしばらく経ったある日。テーブルに夕食を広げながら、ヒルダはいつになく真面目な口調で俺に話しかけてきた。
 夜に向けて精を付けておきたかったが、俺はとりあえず箸を取らずに身体ごと彼女に向き直って視線を合わせる。
「その、な。あの、えっと、赤ちゃんが出来たみたい。あ、いや、その、妾の胎に、ようやくそなたの子が宿ったようなのだ」
「どうして言い直すんだよ」
 俺は言いながらヒルダの身体を抱きしめ、押し倒しながら首筋にキスしていた。
「そっか、ようやく出来たか」
 ヒルダは笑いながら俺を受け止め、二匹の蛇を首元に巻きつけてくる。
「ようやくと言うがな、魔物と人間の間に子が出来るというのも大変な事なのだぞ? 何年も毎日交わっていても出来ない場合もあるのだ」
「そうなのか」
「魔物と人間とでは、生物として上下の開きがあるらしいのでな。妾のような上級の魔物ともなるとそれも顕著なはずなのだが、……ふふ、やはり妾の目に狂いは無かったというところか」
 俺は彼女の腹をさする。そうか、ここに小さな命が、俺達の子どもが宿っているんだ。
 俺達の血の混じった、愛の結晶である子どもが。
 毎晩毎晩、頑張ったもんなぁ。いや、頑張ったという言い方もおかしいか。むしろ夜のヒルダとの甘いひとときの為に毎日頑張って来れたと言うべきだな。
 行為が終わるたびにヒルダはいつも興奮と不安が混じったような顔で言ってたもんな。今日はいっぱい愛してもらえたから、赤ちゃん出来たかなぁって。
 それを思うと、やっぱりようやく出来たんだなぁと思ってしまう。
「それだけお主の精力が強かったということであり。……ちゃんと聞いておるのか? あと嬉しいのは分かるが、その顔は何とかならぬのか? ちょっと締まりが無さすぎるぞ」
 そんなにだらしない顔してたかな。
 俺は平手で自分の顔を叩いてから、再びヒルダに顔を向ける。
「……もう良い。どうせ二三日その調子だろうからな。まぁでも、喜んでくれたことは妾も素直に嬉しい」
 ヒルダは口ではそう言いながらも、腹の上の俺の手を握って、急に寂しそうな顔をする。
「どうしたんだ?」
「何でもない」
「夫婦の間に隠し事は無しだろ?」
「……子どもが出来ても、私の事を一番に愛してくれる?」
 不安げに見つめてくるその金色の目が愛おしすぎて。
 俺は何も言わずに彼女を強く抱き締めてしまう。ああ駄目だ。これでは答えにならない。もう答えは決まっているけど。
「当たり前だよ。もちろん子供も愛するけど、ヒルダは別格さ。一人と言わず、たくさん俺の子を産んでくれ」
「その事もなの。エキドナがエキドナを産めるのは最初の子の一度きりなんだって。そのあとは……どんな姿の子供が生まれるか分からないの。だから、その」
 なぜそんなに目を伏せるんだろう。
「どんな姿でも、俺とお前の子どもである事に変わりは無いだろ」
 ヒルダはじっと俺の顔を見上げる。
 俺は微笑みながら、不安げに彷徨う頭の蛇を撫でてやる。
「何か問題でもあるのか?」
「……無い。何にも無い!」
 俺の胸の中に顔を埋めて、肩を震わせ始めるヒルダ。
 急に胸が熱く濡れたかと思うと、控えめな嗚咽が漏れ聞こえてくる。
 何が生まれてくるのか分からないという事を、俺が嫌がるとでも思っていたのだろうか。
 そんなわけ無いのに。ヒルダがお腹を痛めて産んだ子を、愛しこそすれ嫌がるはずが無い。
「馬鹿、泣く奴があるかよ」
 髪を撫でて、肩を優しく抱いてやる。
「だって……。だって不安だったんだもん。誰も知らない場所に来て、頼れるのはあなただけで。……こんな私が本当に母親になんてなれるのかって」
「そうだよな。怖いよな。……俺に出来る事だったら何でもするから。ずっと一緒に居るから。
 ヒルダなら、いい母親になれるよ。何たって俺の自慢の嫁さんなんだからさ」
 慣れない土地で出産をしなければならない。それがどれだけの重圧か。想像するに難くない。
 本当に何でもしてやりたかった。でも、実際に子どもを産む事はヒルダにしか出来ない。日常生活は支えられても、出産を手伝う事は出来ない。俺に出来るのはこうやってそばに居てやる事だけだ。その事が何よりも歯がゆい。
 ヒルダが落ち着くまで、俺はそのまま震える体を抱きしめ続けた。
 そのうち呼吸も落ち着いて、震えも和らいでくる。
「悪かった。妾とした事が、みっともない所を見せてしまったな」
 照れ笑いで涙を拭うヒルダ。鼻はまだ少し赤いけれど、口調もいつもの調子に戻っているし、大丈夫だろう。
「妾に全て任せておけ。元気な子を産んでやる」
 そう言って、いつものように不敵に笑った。
 俺は少し不安になる。ヒルダはいつも強がっていて、実際に強くもあるのだが、だからこそ誰にも頼ろうとしないところがあるから。
 何でもそつなくこなすが、その実、人一倍頑張り屋なのだ。
「無理はするなよ? 何かあったらすぐに言え?」
「……ありがと」
 ヒルダは小さく頷くと、再度俺の胸元に潜り込む。
 髪の香りがふわりと広がり、俺は胸が締め付けられるような気持ちになる。
「それにしても、しばらくヒルダを抱けなくなると思うと、ちょっと、いやかなり寂しいな」
「何を言っておるのだ?」
 きょとんとされるが、しかし子どもが出来たって事はそういう事なんじゃ無いのか?
「そなたにはこれまで以上に頑張ってもらわねばならんのだぞ?」
 同じように抱きつかれたままなのだが、急に雰囲気が変わる。胸の中のヒルダの表情が艶然とした女のものになり、指先が俺の胸にのの字を書き始める。
「でも、赤ちゃんが」
「魔物の赤子はな、母親が愛されれば愛されるほど強く、丈夫で、美しくなるのだ。あとは、分かるな」
「……大丈夫なのか?」
「無論だ」
 そうやって胸を張られると、嫌でも大きな胸が目立つんだよなぁ。
 数えきれないほど肌を重ねても、まったく飽きる事の無いヒルダの身体。まさに魔性の存在だ。今すぐにでも抱きたいくらいだが……。
「じゃあ遠慮なく。と行きたいところだけど、とりあえず腹ごしらえしてからだな」
 尻尾で軽く背中を小突かれた。
「相変わらずそなたは焦らしたがる」
 しかしそんな事を言いながらも、ヒルダの腹の虫は空腹の鳴き声を上げる。
 真っ赤になって目を逸らしちゃって。相変わらず可愛いなぁ。


「しかし、ちょっと肉付きが良くなったのかなと思ってはいたけど、子どもが出来てたんだな」
 布団の上でヒルダに覆いかぶさりながら下腹を撫でていると、いきなり二匹の蛇に二の腕を噛み付かれた。
 いつもと違って、痛い。
 ヒルダの目じりも釣り上がっていて、その。
「ごめん、そんなつもりじゃ無くて、抱き心地が良かったというか、おっぱいも大きくなってたみたいだし」
「それはそなたが胸ばかり揉んだり舐めたりするからだ」
「胸も、だよ。ちゃんと可愛い耳も、わきの下も、首筋とか鎖骨とかにもしてるだろ? わき腹とかにもさ。ヒルダがいつも可愛い顔するから。……あ、やめて。大事なところ噛もうとしないで」
 一度噛まれて正気を失い、三日三晩寝食を忘れて犯しぬいてしまったのだ。
 ヒルダは喜んでいたが、流石に仕事や生活に支障が出るのはまずい。まぁ、長期休みとか、たまにならまたしてみたい気もしないでもないが。
 そう言えば、あの時は職場のみんなに心配されて家まで押しかけられたんだったか……。そのあとすぐに呆れられて帰られたけど。
 でも魔物娘の何人かは発情したような顔もしてたな。
「今、良からぬことを考えているな」
「いや、やっぱり相手が身重だと考えると、やりにくいなぁって」
「こんなに硬くしてする言い訳では無いな。……まぁ良い。これ以上詮索はしないでおいてやる。その代わり今晩も寝かせない」
 ヒルダは片手で俺の睾丸を揉みながら、もう片方の手で竿を優しく撫で上げる。それは既に反り返って、ヒルダを欲しがってよだれを垂らしている。
「そりゃ嬉しい。……でも本当は分かってるだろ。俺はいつだってお前一筋だって事」
「当たり前、だ。夫婦、だから、な」
 強引に竿を弄っていた腕を掴んで布団に押し付けながら、腋の下を舐める。わざと音を立てながら、肩へ、首へと耳元に近づけていく。
「そなたは、んっ。本当に、それが、はうぅ。好き、だな」
「お互い様でしょ」
「そう、だな。では悪戯が過ぎる口は閉じてしまおう」
 ヒルダの空いた手と蛇に頭を押さえつけられ、強引に唇を奪われる。
 最初の頃はいざ知らず、今や俺の弱点を良く知っている長い舌は、乱雑に口内を犯しているように見えて的確に感じやすい所を擦り上げてくる。
 舌だけでいかされたこともある程だ。そうされてはたまらないとばかりに、少し早いが俺は腰を落として彼女の中に入っていく。
 潤んでいく金色の瞳。何度入れても飽きさせないヒルダの蜜の穴。腰を抱いて、深く、より深く彼女の中に潜っていく。
 と言うか、こうして毎日しているというのに膣穴がたるむどころかよりきつくなるというのはどういう事なんだろう。
 おまけに最近では襞の一つ一つが、奥へ奥へと舐め上げる様な、複雑な動きをするようになってきた。
 腰全体にじんじんとした快楽が広がって、すぐにでも出してしまいたいのだが、余裕そうな顔で見下ろされるのもしゃくだ。
 だから思い切り腰を突き上げる。そして抜けてしまうくらいまで引いてから、また奥まで一気に突く。それを何度も何度も繰り返す。
 お互いの息が熱を帯び、荒くなっても、ヒルダは舌を離さなかった。
 今では俺に上手く呼吸させるテクニックも身に着けたため、意地でも離す気は無いのだろう。
 声の代わりに部屋の中に響くのは、艶めいた呼吸音と、湿って粘ついた水音。
 二人の間にもう言葉はいらない。目を見るだけで相手が何を考えているのか分かり、息遣いだけでどれだけ感じているのも伝わってくるから。
 下と上の結合部分が奏でる音は、次第に理性を弱まらせる。そしていつだって俺達二人を、ただの二匹の獣にしてしまう。
 俺達二匹は絡み合いながら、浮き上がる事の無い快楽の海へと溺れていく。


 ヒルダのお腹は見る間に大きくなっていった。
 にもかかわらずヒルダは相変わらず職場まで一緒に来て、おまけに普通に仕事を続けた。職場の仲間たちが心配するからと幻惑の魔法でお腹を誤魔化してまで、だ。
 何度も上司に相談してはいたが、その度「旦那の傍に居たいのは当たり前じゃないか」と一蹴されてまともに取り合ってもらえた事すら無かった。
 そういうもんなのかなぁ。と、俺は布団の上でヒルダの下腹を撫でながら考えていた。
 子どもが出来て以来、俺の心配をよそにヒルダは前より健康的になったくらいだ。変わりなく動くし、よく食べるし、セックスだって前より激しくなった。
 嫁さんがエロいのは旦那としては嬉しい限りだし、元気に食べたり動く姿も安心できるんだけど、つくづく魔物と人間は違うのだなぁと実感させられる。
 ちなみに今は二人とも裸だ。最近は事を始める前にこうやって腹を撫でるのが日課になっていた。
「腹ばかり、撫でていて、楽しいか?」
 ヒルダは一見強気に見えるが、その実表情は既に上気していた。
 俺だってただべたべたと撫で回していたわけでは無い。これからの時間をより甘くするために、指でへそのラインをなぞってみたり、触れるか触れないかというくらいの力加減で焦らすように触っていたのだ。
 あそこだってもうとろとろで……。
「あ、あれ?」
 撫でていたお腹が、急にぶるりと震えた。
 ヒルダの表情に緊張が走る。
「あ、どうしよう。来たみたい」
 涙目で見上げてくるヒルダ。
「来たってまさか」
 子供が出来たって聞かされてから、まだ半年も経っていないのに。
「生まれそう。……あ、ぅああっ」
 目に見えて分かる程にお腹の膨らみが動き始める。下に向かって、出口に向かっているのだ。
 ヒルダは不安げな表情で俺を見る。俺自身も狼狽してしまっていたが、必死で平静を保った。
 そうだ、俺がヒルダと子どもを守らなくてどうする。
「どうしよう。怖い。怖いよぉ」
「そうだ、救急車」
 立ち上がりかける俺の足に尻尾が絡み付いて止める。
「やだ。一人にしないで。一緒に居て」
「分かった。俺がずっとついててやる」
 俺は頷いて、両手で彼女の手を握り締める。
 ヒルダの表情が少し和らぐ。俺に出来る事はこれくらいしかない。そばに居て、手を握りながら何事も無く生まれてくれることを祈る事しか出来ない。
「うう、うぁあ。あっ。出てくるよぉ。あなたぁ」
 眉根を寄せて目じりに涙を浮かべながら、ヒルダは喘ぎ声を上げる。
 顔だけでは無く、全身がほんのりと紅潮し、玉のような汗が浮かぶ。こんな時だというのに、俺はその姿や声を艶っぽく感じてしまう。
 表情も、苦しんでいるようにも、絶頂を迎えているようにも見えて……。
 いろんな意味で興奮する一方、俺は自分の腹にも痛みを感じ始めていた。
 分かっている。これは別にヒルダの痛みだというわけでは無い。痛みの肩代わり何て出来るはずない。でも、痛みを分かち合えているようで少し嬉しい気持ちになる。
 仮に、もし俺が彼女の苦痛を代わりに背負う事が出来るのなら、いくらでも代わってやりたかった。
「あ、あ、あ。あああっ。すごい。出て来る。あ、あなた。受け止めて」
 彼女の膣から白い球面が顔を出し始める。
 どう見ても人の頭には見えなくて俺は少し不安になるが、確認している時間は無い。
 俺は片手はつないだまま、もう片方の手でいつ出てきてもいいように受け止める準備をする。
 いつも俺を愛してくれるあの狭い道を通ってくるのだ。きっとかなりの激痛のはず。それを思うとこっちの腹の痛さも増してくる。
「うぅぅうっ。ああああぁ」
 ヒルダは力んで、一気に産み落とそうとしているようだ。確かにさっきよりずっと出る速さは上がったが、まだどこかが引っかかってしまっているようで出てこない。
「がんばれ。もうちょっとだ!」
 思わず俺も力んでしまう。
「んんっ。んああぁっ!」
 通り抜けた!
 転がりそうになる白い球体を、俺は慌てて抱きとめる。
 それは粘液に包まれた、見事な卵だった。白くて硬い殻に守られた、鳥や爬虫類のようなそれ。なるほど、蛇の化生だけあって完全な胎生じゃないんだな。
 俺は冷静に考えながらも、胸の中の重みに言葉にならない感慨を覚えていた。胸が、すごく熱くなってくる。
 これが、俺とヒルダの、血と血の混ざりあった愛の証なんだな。
 ああ、今卵の中で何か動いたぞ!
「あな、た」
 ヒルダはぐったりと身を横たえながらも、小さくこちらに微笑みを向けていた。
 俺はその腕に、産まれたばかりの卵を抱かせてやる。
 目が合った俺に頷いてから、両手で大事そうに抱えて、頬ずりする。
「私の卵。私とあなたの、初めての……」
「ヒルダ。ありがとう。よく頑張ってくれた。本当に、本当に、俺、大事にするから。子供の事も、お前の事も今よりもっと大事にするから」
 なんだか目が霞んでくる。ヒルダの顔も卵も歪んで、いったいどうしてしまったんだ。
「やだ。泣くことなんてないのに」
 そうか、俺、泣いてるのか。嬉し泣きなんて、本当にするんだな。
 目元を拭い、俺はヒルダの髪を指で梳きながらその額に口づけした。
 それから二人重ねた手で、卵を何度も何度も撫でた。
 本当に、愛しくて、愛しすぎて……。
「痛かったろ。ごめんな。俺は何にもしてやれなくて」
「うふふ、まぁ痛くなかったわけじゃ無いけど、すごく気持ちよくもあったの。とにかくなんかすごくって、頭の中が真っ白になっちゃった。
 でもね、あなたが手を握ってくれていたおかげで、いつもみたいに安心していられたの」
 目を細めて、慈愛に満ちた微笑みでヒルダは俺の頬を撫でた。
 そして同じ表情のまま続けられる言葉に、俺は自分の耳を疑った。
「ねぇあなた。せっかく産まれて来たんですもの、あなたの精子をかけてあげて?」
「……え?」
「きっと中に居る子も喜ぶと思うの。だって、あなたの事が大好きな私の、魔物の子ですもの」
 それってつまり、自分の子供に自分の精液をぶっかけるって事だよなぁ。
 ヒルダに当たり前の事のように言われ、期待のこもった熱い視線を向けられているのだが、俺はどうしても逡巡してしまう。
「いや、でも」
「私達の事を愛してるなら、して?」
 そこまで言われてしまってはどうしようもない。
 俺は立ち膝になって、自分の男根をヒルダの胸の中の卵に向けた。


 久方ぶりに右手で自分の物を握りしめて扱く。かつては恋人同然だった右手も、浮気を許さない嫁さんが来てからはとんとご無沙汰だ。
 一度やり始めようとしたところを見つかり、『妾の身体は右手にも劣るのか!』と泣きながら怒られた時は本当にどうしようかと思った。
 三日三晩やり続ける事になったのも確かそれが原因だったか。
 もう自慰も出来ないだろうと思っていたが、まさかこんな形で、嫁さんに見つめられながらすることになるとは思わなかった。……と言うか正直すごく恥ずかしい。そういう気分でも無くなっていたので息子の反応も薄い。
「なかなか元気にならないわね」
「旦那に向かってそう言う事言わないで。傷つく」
 しびれを切らしたヒルダは俺の一物に手を伸ばした。
 卵の粘液で濡れているその手で二三回扱かれただけで、息子は驚くほどに成長した。……嫁さんの具合が良すぎるというのも、考え物だなぁ。
「何も自分の手じゃなくたって、私の口でもあそこでも、どこでも使っていいのに」
「でもお前、産んだばかりで」
「私は魔物の母とまで言われるエキドナなのよ? 人間と一緒にしてもらっちゃ困るわ」
 そう言ってヒルダは自分の秘部に指を当て、誘うように押し広げる。
 にちゃぁ、と音がして、よだれを垂らして俺を待っているようだ。
「産後の魔物の身体、試してみたいと思わない?」
「……後悔するなよ」
 俺はヒルダの身体に跨り、そこに狙いを定める。
 卵を抱いたヒルダの顔は一見母親のように穏やかに見えつつも、その目元や口元には情婦のように淫猥に歪んでいる。
 そのギャップがまたたまらず、そしてその表情がさらに淫らに歪むのを見たくて、俺は一気に腰を突き入れていた。
 いつもより少し緩いが、たまにはこういうのも悪くない。余裕を持ってヒルダを可愛がってやる事が出来そうだ。
 だがそのヒルダの様子がおかしかった。奥まで一度突き入れただけで背をのけぞらせ、痙攣してしまっている。
「だ、大丈夫か?」
「あぅ、ぁあああっ」
 身体を倒して顔を覗き込もうとする。その際にちょっと擦れただけで、ヒルダは声にならない声を上げながら目じりに涙をにじませた。
「痛かったか?」
「ううん、その逆。なんか、凄く……。感じ、ちゃう。いいの、気持ちいいの」
「そうなのか……。じゃあ、卵を落とさないように気を付けないとな。気絶なんて、してられないな」
 その口が「だめ」と言う形を作る前に、俺は一度腰を引いてから一気に奥まで貫く。
 いつもは腰に直接的に与えられる快楽が、今日は主に視覚からもたらされる。乱れに乱れるヒルダの姿はめったに見られない。
 卵をしっかり抱きつつも、頬を染めて、指を噛んで、目じりに涙を溜めながら身をよじって逃げようとする……。
 産後の彼女がこんなに可愛く、こんなにも俺を嗜虐的な気分にさせてくるとは予想もしていなかった。
 もちろん俺だって卵の事は常に気を配ってはいる。ヒルダの胸から落ちないように時には手を添え、時には腰の動きを弱めた。
 しかしいつもより緩いとはいえヒルダの身体が具合がいい事には変わりなく、俺はすぐに限界を迎えてしまった。
 だが、いつもと違ってこのまま出すわけにはいかない。俺は名残惜しみつつ、腰を引き抜いていく。
「あぅぅ、抜け、ちゃうよぉ」
 歯を食いしばって堪えながら腰を抜き終え、震える手でヒルダの胸元に狙いを定めた。
「ヒルダ、出る、ぞ」
 勢いよく噴射された白いそれが、卵の表面にぶつかって弾け、卵だけでなくヒルダの顔や胸元まで汚していく。
 いつも言われるまま中に出していたから分からなかったが、自分でも驚くほどの量が発射された。俺の身体は、いつからこんな量が出るようになったんだ。
「ふふ、いっぱい出たね。お父さんに愛してもらえて、嬉しいね」
 ヒルダは卵に俺の精液を擦り付けながら、優しく囁いた。
 それから顔に付いた精液を指で拭ってしゃぶりながら、俺に向かってにっこり笑う。
 倒錯的な行為のはずなのに、いつの間にか受け入れている自分が居た。
 ヒルダと出会う前の常識からは考えられない行いだ。でも、産まれてくる子が強くて丈夫になるんだったら、これくらいの事いくらだってしてやれる。
「ねぇあなた」
「ん、どうした?」
 ヒルダはもじもじしながら、囁くように続けた。
「私、出産して結構体力使っちゃったの。だから、ね。今晩は、その、一晩中、して欲しいなぁ、なんて」
 まぁ今した感じからして、いつも通りにセックスしても大丈夫なんだろう。
 息子もそのつもりだったらしく、いまだに硬さを失っていないし。
「出産祝いに、派手にやろうか」
 俺はヒルダに口づけしながら、覆いかぶさるように抱きしめた。


 翌日、俺はまた突然課長に呼び出された。
 小会議室の椅子に足を組んで座るアルプの佐々木課長。目の前でそのむっちりした足が組み替えられたとしても、隙間から下着がちらりと見えても、もはや俺の心は揺るがなかった。
「それはそれで、ちょっと傷つく物があるわね」
「まぁ男だったころを覚えてますし」
「今の私が気持ち悪いと?」
「いや、嫁が居なかったら喜んで誘われますよ、多分」
 と言うか、今や課長はその辺の美人よりも遥かに艶然として見えた。魔物の中でも、かなり魅力的な部類に入るのではないだろうか。
「まぁ、ハーレムを作るときにでも読んで頂戴」
 それってどういう意味なのでしょうか。
「さ、本題に入るわよ。出産おめでとう、無事に生まれたみたいね」
 俺はにやけそうになる顔を引き締めようと意識しつつ、頭を下げた。
「まだ卵ですけどね、でもありがとうございます。……って、知ってたんですか」
 ヒルダの腹は隠されていたはずなのだが。
「相談したのはあんたでしょ。それに、あのくらいの幻術なら見破れるわよ。膨らんでいたお腹が急にへこんだら、誰だって気付くわ」
 課長は小さな紙を差し出してくる。俺は反射的にそれを受け取り、目を通した。
「出産祝いよ。いや、産卵祝いと言った方がいいのかしら? ま、中身は変わらないからどっちでもいいわね」
 紙には振込額や、そこから差し引かれている分が記述されている。内容は違うが、使われているのは見慣れた給与明細の紙と同じだった。
 しかし……出産祝いにしては桁が間違っている気がする。なんだか体中から嫌な汗が出てきた。
「ななななぜこんなに高いんですか」
「実を言うとね、口座番号が分からなくてヒルダさんの分の給料が未払いだったのよ。あと、ヒルダさんの頑張りでお客さんも増えているから、その分のボーナス」
「そんなに増えてるんですか。いや、増えてるか」
 考えてみれば季節が移ったというのに、土日は夏休みの時と変わらない人の入りだった。
「それでたまには美味しい物でも食べさせてあげなさい」
「それはちょっと難しいですね」
「なぜ」
 なぜって、ヒルダの作る飯より美味しい物は早々無いからです。と言いかけて、慌てて口をつぐむ。
 怪訝そうな顔をする課長を、俺は笑ってごまかした。
「いや、なんというか、産後の食事の好みの変化と言うかなんと言うか」
「それなら旅行とか。とにかく、奥さん大事にしてあげなさい」
「ありがとうございます」
 課長は少し寂しそうな顔で息を吐いた。
「私も旦那様が欲しいなぁ。毎晩身体を持て余しちゃって」
 俺は苦笑いするしかなかった。
 もともとこういう冗談をさらりと言う人ではあったが、今の姿で言われると生々しさが半端では無かった。
 破壊力も抜群だが、大丈夫。俺の気持ちは揺らいでない。揺らいでないぞ。


「と言うわけで小金が入ったんだが、どうする? ヒルダ」
「貯めておこう」
 夕食の席で、俺は思わぬ返答に箸を咥えたまましばし硬直してしまった。
 ヒルダが何かを欲しがるというのも想像出来なかったが、少しくらいは悩むと思っていた。
 貯金と即答するのは予想外だ。
「食べたいものとか無いのか?」
「強いて言うならそなたが食べたい」
「毎日食べてるだろ」
「……食べ飽きる事は無さそうだがな」
 くくっ、とヒルダは笑い、刺身にわさび醤油を付けて食べる。
 ちなみに切り身で買ってきたものをヒルダが切り分けたものだ。食卓には他にもあじのたたきや魚のアラで作ったお吸い物が並んでいる。
 これがまた、どれも美味いのだ。
「そなたは食べたいものは無いのか」
「……ヒルダの手料理」
「それこそ毎日食べているだろう」
「だって美味いし」
 俺は顔を隠すようにしてお吸い物をすする。ちらりとヒルダの様子をうかがうと、ヒルダは顔を真っ赤にして目を逸らしていた。
「ふ、ふん、当然ね。毎日愛情込めて作ってるんだから」
「ありがとな」
「と、当然の事よ。だって私はあなたの妻なんだから」
「ヒルダは行きたい場所とか無いのか。旅行とかさ」
 ヒルダは頬に手を当てて視線を天井の方に彷徨わせる。しかし考えていた割には出てきた答えはさっきとあまり変わらなかった。
「あなたと一緒ならどこでもいいかなぁ。出来ればいつでもエッチ出来る場所がいいけど。あなたこそ、どこか行きたい場所は無いの?」
 俺の希望と来たか。
「実はな、色んな所に行ってみたいんだ。ヨーロッパの方とか、中央アジアとか、世界中。
 ヒルダにこの世界の色々なところを見せてやりたいんだよ。それに、なんかいろんなインスピレーションが得られそうだしな」
「確かに、それもいいかもしれない。あなたの居るこの世界をもっとよく知るのも……」
 ヒルダは箸を置いて、蛇の身体で抱いている卵に手を伸ばす。
「でも、どうせなら家族みんなで行かない? もっとたくさん子どもを産んで、大家族になって旅行するの。きっと楽しいわ」
 迷宮の奥でずっと一人で過ごしていたヒルダにとっては、きっとそういうのが憧れなんだろう。
 みんなでわいわいと騒いでいる空気自体が好きなのだ。仕事場での様子を見ていてもそれは何となく分かった。
 確かに、どうせなら大人数で行った方が楽しいだろう。
「でも駄目ね、人数が多くなれば旅行代も高くなるし、やっぱり二人で」
「いや、そうしよう。その時の為に貯めておこう」
「子どもの面倒とかも大変かもよ?」
「トラブルの全く無い旅行もつまらないさ。それか、まずは家族で海に行ったり山にキャンプに行ったりして慣れて、それから海外旅行に行けばいい」
「そうね、家族で海や山に行くのも素敵だわ。……いつもありがとう、あなた」
 素直に礼を言われるとなんだかとても恥ずかしい。別に礼を言われることは無いのだ。ヒルダの喜びが、俺の幸せなんだから。
「お礼を言うのはこっちの科白だよ。ヒルダが頑張って仕事してくれたおかげでお客さんがいっぱい来て、ボーナスも入ったんだし」
「ふむ? 別に頑張っているわけでは無いんだがな。人が怖がるのが面白いだけで」
 ヒルダは表情を一変させ、意地悪そうな顔で歯を見せて笑った。
 確かにもともと迷宮の奥に居る魔物なのだから、人を驚かしたりするのも得意だったり好きなのかもしれない。
「そうだ、試しに妾がどんな姿で驚かしているか見てみるか? 腰が抜けるかもしれんぞ?」
「お、いいなそれ」
 俺が箸を置くと、ヒルダは胸を張って立ち上がった。
「ふふ、嫁に情けない姿を見せてくれるなよ? 旦那さま?」
 俺だってお化け屋敷のプロデューサーだ。そんじょそこら仕掛けや驚かし方では驚かない。
 ヒルダは直立の姿勢を取ると、目を閉じて両腕をだらりと下ろした。
 変化が、始まった。
 髪の毛から艶が失われ、ぱさぱさに乾ききっていく。
 頭から伸びていた二匹の蛇の肉が腐り落ち、骨だけになりながらも空中を彷徨い始める。
 見開いた目は黄色く濁っていて、血の涙を流し始める。そして片目がぼろりと落ちて垂れ下がる。
「イタイ、イタイヨォ」
 肌の色が青黒くなってゆく。殴られたような痣が浮かび上がる。
 頬が腐り落ち、右腕は焼け爛れ、左腕は縦に大きな切り傷が刻まれる。
 わき腹の肉が削げ落ち、肋骨と、いまだに蠢く内臓が露出し、そして小腸の一部が零れ落ちる。
 蛇の尻尾には鱗がえぐり取られるほどの擦過傷が出来ている。中には骨が見える程の傷もある。
 どこの傷口からも赤黒い腐肉がのぞいていて、粘ついた体液を垂れ流しにしている。
 俺は言葉を失ってしまう。ヒルダの姿から目を離せない。
 両手を俺の方に向けて、ずるずるとにじり寄ってくるヒルダ。俺は身動き一つとれぬまま、視線だけでそれを追い続ける。
「コロシテ、ワタシヲ、ラクニ……」
 大きな吐息を一つ吐き、ヒルダは上げた腕を下ろした。
 それから首を振り肩を竦める。
「なんという顔をしているのだ」
「え?」
「妾はいつもこんな風に変身する過程を見せて驚かせておる。一切手は抜いておらん。
 だのにそなたは、怖がるどころか子どものように目を輝かせて嬉しそうな顔をして。人が真面目に驚かせようとしているのに、そんな顔をされては興ざめだ」
 ヒルダは腰に手を当てて頬を膨らませた。
「ご、ごめん。いや、でも驚いたよ。こんなすごいんだな。そりゃみんな怖がってまた見に来るわけだよな! マジで怖いもん」
「説得力無いぞ」
 俺は気持ちが高ぶり、思わず立ち上がってヒルダの変身した身体をぺたぺたと触ってしまう。傷、骨、体液。だが触れてもなんだかあいまいな感触しかしなかった。
 傷口の肉は粘土を触っているようだったし、骨は紙のような感触だし、体液に至っては触っても指に何も残らなかった。
 それに、匂いを嗅いでもいつものヒルダの匂いと何も変わらない。
「こ、こら。やめるのだ」
「ごめん、痛かったか?」
「痛くは無い。くすぐったいだけだ」
 やっぱり変身しているからだろう。感触や痛覚も、偽物なのだ。
 しかし魔物と言うのは凄いな。こんなことが出来るのなら、いくらだってリアルなお化け屋敷を作れる。
「……なぁ、妾の本当の姿がこっちだと言ったら、そなたはどうする?」
 乾いて濁った黄色い目を潤ませて、ヒルダは俺の方を見ていた。
「いや、冗談だ。忘れて」
「変わんないんじゃないかな。目玉がぶらぶらしてるのはちょっと心配だけど」
 ヒルダは息を飲んだ。
 まぁ人間の女じゃなくて、身体の半分が蛇で、頭からも蛇が生えている魔物を嫁にしたんだ。たとえそのエキドナが本当はエキドナゾンビだったとしても、ヒルダの優しさや一途さに変わりは無いだろう。これまでだってそうなんだから。
 俺に相手にされなくて枕を濡らしても、それでもずっとそばに居て、一途に俺を愛し続けてくれた。毎日俺の為に美味い飯を作り続けてくれた。こんないい嫁を今更手放す気は無い。
「まぁ、欲を言えばこれまでのヒルダの方がやっぱり生き生きしてて綺麗だし、そっちの方がいいけどさ」
 ヒルダは変化を解くなり俺の身体に抱きついてきた。
 蛇、腕、尻尾。全身を使って俺にしがみつき絡み付き、歯を立てて爪を立てる。牙や爪が触れた場所から痺れるような甘い痛みが広がって、心臓の鼓動が大きくなってくる。
 そして下腹部に、もう一つ心臓が作られたみたいになって……。
「ヒルダさん。まだご飯の最中じゃ?」
「いいの。ご飯なんていくらだって作ってあげる。今は、今はあなたとこうしたいの!」
「でもさ、もう俺の身も心も全部お前のものなんだぜ?」
「分かってる。あなたは私のもの、私はあなたのもの。でもね、そうじゃなくて、私がどれだけ嬉しかったのか、教えてあげたいの」
 ヒルダは喜びでいっぱいのくしゃくしゃの顔で、俺に口づけして、それからまた強く抱きついてきた。
「一晩かけて、じっくり教えてあげるね」
 参ったなぁ。俺は苦笑いしながら、ヒルダの頭と腰に手を回して、ぎゅうっと抱きしめ返す。
 昨日も徹夜だったのに、今日も徹夜かぁ。でもなんか、最近寝なくても平気なんだよなぁ。変な病気じゃ無ければいいんだが……。
 ヒルダの唇の感触が肩から胸元に落ちていく。俺は髪を撫でながら、それ以上考えるのを止めた。
 せっかくヒルダが気持ちの大きさを教えてくれてるんだ。余計な事を考えるのも野暮だろう。
12/09/02 01:53更新 / 玉虫色
戻る 次へ

■作者メッセージ
拙いながらも色々なシーンを書いてみたくて、こうなりました。
いかがでしたでしょう。楽しんでもらえたのなら大性交いや大成功です!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33