八ツ尾半
結局、九尾の狐には会えなかった。まぁ、神に近いほどの魔力を持っている魔物が簡単に見つかる訳無いか。
俺は溜め息を吐く。九尾の狐に会えると期待して大陸からジパングに来たのだ、会えなかったとなるとジパングに来た意味が無い。
「本当にこんな山奥に村なんてあるのかよ。」
俺はそう呟く。人から聞いた話ではそろそろ村に着くはずだ。しかし何処まで歩いても村にたどり着く気配が無い。
俺がそんなことを考えていると前から一人の女性が走ってきた、その女性は俺の目の前で止まり話しかけてきた。
「異国のお方ですよね?私は知恵と申します。貴方を村まで案内するために参りました。」
知恵は髪の毛の色は栗色で長さは肩より少し長いくらいか、瞳の色は吸い込まれそうに透き通った黒色をしている、そしてバストはE……いやFはあるか――って俺は何を考えているんだ、魔物に誘惑された時の様な思考をしているじゃないか。
しかし知恵には魔物のような魔力を感じられない、だが人間には無いような不思議な魅力がある。
「どうかいたしましたか?私の姿に変な所がありますでしょうか?」
知恵を見ながら考え事をしていたせいか、知恵がそんなことを聞いてくる。
「いえ、少し考え事をしていただけです。」
言えない、バストの大きさについて考えていたなんて絶対に言えない。
「そうでしたか。ところで御名前を伺っても宜しいでしょうか、なんとお呼びしたらいいかわからないので。」
「そう言えば俺は名乗っていませんでしたね、スターク=ウェルツです。スタークって呼んでください。」
「スタークさん、ですね。では村までご案内いたします。」
「ありがとうございます。このままだと村にたどり着くかどうか不安になっていたところなんです。」
俺は知恵にお礼を言った。本当にこのままでは俺はここで迷っていただろう。
「スタークさんに村に着くまで、村に祭られている稲荷の話をしますね。」
歩きながら知恵は言った。
「ここの村には『八ツ尾半』といわれる稲荷が居ると言われているんです。」
「ヤツオハン?」
「尻尾が八本と半分という意味です。」
「何故八つと半分なんだ?どうせなら九尾でいいじゃないか。」
「そう……ですよね、中途半端ですよね、でも彼女は償うために尻尾の一本を半分に切り落としたんですよ。」
「切り落とした?つまり八ツ尾半は元々九尾だったって事か!?」
俺はついに九尾の狐を見つけたのだろうか?だとすれば俺は最後の最後でジパングに来た目的が果たせるかもしれない。
「えぇ、彼女は九尾の狐でした。しかし自分が九尾に相応しくないと考えて尻尾の一本を半分に切り落としたのです。」
「九尾に相応しくない?何故そんなことを考えたんだ?」
「彼女は彼女自身にとって大切な人を殺してしまいました、だから彼女には九尾である資格なんて無いんです。」
「殺したって言っても八ツ尾半にも理由があったんだろ?」
「そうだとしても彼女が殺したことには変わりありません。それと、このまま真っ直ぐ行けば村に着きます。私は少し用があるので、これで失礼しますね。」
「えっちょっと待って……行っちゃったよ。」
知恵は俺がお礼を言う前にどこかへ行ってしまった。
俺は知恵のおかげで無事に村までたどり着いていた。とりあえず八ツ尾半について調べてみるか。
俺はこの村の村長に八ツ尾半の伝説について聞きに行った。
「異国のお方、こんな山奥にある村なのによく来てくださった。八ツ尾半様について聞きたいのでしたな。」
「はい、八ツ尾半について知っている事を話して下さい。」
「八ツ尾半様はこの村を守ってくれている言わば守り神のような存在でしてな、この村の隅にある神社に住んでおられると言われております。」
「八ツ尾半が人を殺したという話を聞いたのですが。」
「八ツ尾半様が?そんな事ありえません、八ツ尾半様はこの村を襲おうとした盗賊ですら殺さずに捕らえのですぞ。」
どういうことだ知恵と村長の話が合わない、どちらかが嘘を吐いているのか?
いや、俺にはどちらも嘘を吐いているようには考えられない。
だとしたら、知恵が村長よりも八ツ尾半のことを知っているのか?知恵は村長よりも若く年齢は二十代位にしか見えなかった。
でも知恵が魔物だとしたら?若く見えたのも説明がつく。
それに大陸での師匠が言ってたじゃないか『力のある魔物は自分の魔力を隠すものがいる』と、これなら知恵に俺を誘惑するほどの魔力が無かったのも説明がつく。
「八ツ尾半の話を聞かせてもらい、ありがとうございました。」
俺はお礼を言って村長の家を飛び出した。
この村の近くで強力な魔物、それは八ツ尾半だ。俺の予想が合っていれば知恵が、知恵こそが俺の探している八ツ尾半のはずだ。
八ツ尾半が住んでいると言われた神社に辿り着いた俺は二つの墓らしき物を見つけた。その墓らしき物を見た時、俺の意識は突然途絶えた。
夢の中で誰かが俺に話しかけてくる。
俺は昔からこんな夢を見ることがあった、そこには必ず死んでしまった人たちが出てくる。
そして、必ず俺に誰かに伝えてもらいたいことを言うのだ。
二人は言った。
「彼女のことは私たちは怨んではない。」と。
「彼女のせいで私たちは死んだのではない。」と。
「彼女にその事を伝えて欲しい、そして彼女を私達から解き放って欲しい。」と。
不思議と俺には彼女が誰のことか分かった、八ツ尾半だ。
この二人は少なからず八ツ尾半に関係する者なのだろう。
そして俺は夢から覚めていった。
目覚めるとそこには知恵が心配そうに俺のことを覗き込んでいた。
「お目覚めになりましたか、神社の目の前で倒れていたので心配したのですよ。」
「ここは?」
「神社の中です、どこか痛む所はありませんか?」
知恵はどうやら本気で俺の心配をしているようだ。
「いや無い、ところで一つ聞いてもいいか?」
「えぇ、私に答えられることなら。」
「知恵、あんたが八ツ尾半なんだろ?」
「……気づかれてしまったのなら、もう隠す必要はありませんね。」
知恵はそう言うと稲荷本来の姿になる。
栗色だった髪の毛は黄色がかかった薄い焦茶色……つまり狐色になった。
そして八本の尻尾と他の尻尾の半分ぐらいの長さの九本目の尻尾が現れた。
「やっぱり、あんたが八ツ尾半だったのか。お願いだ、俺をあんたの弟子にしてくれ。」
俺は知恵に頼み込む、これでジパングに来た目的が果たせる。
「スタークさんを私の弟子に?残念ですが、それは無理な話ですね。私はもう弟子をとらないと決めましたから。」
「貴女ほどの能力がある人が何故、弟子をとらないんです?」
「私と関わった人は不幸になります。もう私の所為で他の人に不幸になって欲しくないのです。」
そう言って彼女は自分が八ツ尾半になった経緯を話し始めた。
この世に生まれた時、彼女は一尾だった。
初めて人を好きになった時、彼女は二尾になった。
初めて好きな人と愛し合った時、彼女は三尾になった。
愛した夫が死んでしまった時、彼女は四尾になった。
人の為に自分の能力を使い始めた時、彼女は五尾になった。
人々に守り神として崇められた時、彼女は六尾になった。
弟子をとった時、彼女は七尾になった。
弟子が一人前になった時、彼女は八尾になった。
弟子が人の為に働いた時、彼女は九尾になった。
そして、弟子が戦で命を落とした時、彼女は尻尾の一本を半分に切り、八ツ尾半と呼ばれるようになった。
「じゃあ、社の前にあった二つの墓は……」
俺は夢に出てきた二人が誰か分かった。彼女に関係している人、それは彼女の夫と彼女の弟子だ。
「えぇ、社の前にある二つの御墓は私の夫と弟子の御墓です。そして私は彼らを不幸にした償いをしなければならないのです。」
「ちょっと待ってくれ、いつ貴女が彼らを不幸にした?」
「私は夫の時間を縛り付けました、私が居なければ夫は自由に暮らせました。私は未熟な身で弟子をとってしまいました、私が弟子にしなければ彼は戦で死ぬことはありませんでした。」
「それは貴女の思い込みだ!彼らは貴女の事を怨んでなんかない、貴女の所為で死んでしまったのではない。」
「何故そんな事が言えるのです?スタークさんはあの人たちを知っているわけでもないのに。」
「夢の中で言われたんですよ。貴女にその事を伝えて欲しいと、そして自分たちの事をもう引き摺らないで欲しいと。」
「……彼らが許しても、私が自分を許せないんです。でも、少し楽になりました。スタークさんありがとうございます。」
彼女は少し安堵したようで、今まで見れなかった笑顔を見せてくれた。
「私も前向きに生きなければなりませんね。決めました、私はスタークさんを弟子にします。」
「本当ですか!ありがとうございます。」
俺は深々とお辞儀をした。これでジパングに来た目的を果たせる。
「よければ、私の弟子になろうと思った理由を話してください。」
「俺は大陸にいる師匠を超えたいんです。」
彼女が八ツ尾半になった理由があるように、俺にも大陸にいる師匠を超えなければならない理由がある。たとえ自分だけの為だとしても。
俺は教会領で生まれた、母親は俺が赤子の頃に亡くなったらしい、と言っても夢の中に母親は現れて話をしてくれたりしたから寂しくはなかった。
しかし、その事を父親に話した事が俺の全てを変えてしまった。
父親は教会にその事を連絡した、教会の奴らは俺を悪魔憑きだと言った。
悪魔憑きと呼ばれてからの俺の扱われ方は酷いものだった、まともに人間扱いされることはなく、父親も俺を自分の子供として扱ってくれることは無くなっていた。
家を追い出され、泥まみれになっても食べ物に有り付くことが出来ない生活。
ある日、そんな暮らしをしていた俺にパンを差し出してくれる人が現れた、その人は子供の俺でも知っている、教会領では有名な指名手配犯だった。
俺も最初は警戒していたが食べ物には勝てず、パンを胃袋に押し込むようにして食べた。
彼は「パンならまだ沢山あるからゆっくり食べな。」と言ってくれた。
俺はもう一つパンを貰い、ゆっくり食べた。すでに冷めているパンなのに温かく感じた。この暮らしになる前までは何時も食べていたパンなのにやさしい味がした。気が付くと俺は涙を流しながらパンを食べていた。
彼は「泣いた後でいいからこんな暮らしをしてる理由を聞かせてくれ。」と言った。
俺は泣きながら話した、泣いてるせいで言葉に詰まったりもした。彼は頷きながら話を聞いてくれた。
話をした後、彼は一つの提案をした。「養子にならないか。」と。
彼は魔物と結婚していたが、魔物と人間の間には男は生まれない。だが彼と彼の奥さんは男の子が欲しかった。それに俺も親から捨てられた。
俺はもちろん彼について行くことにした、だけど彼を『お父さん』と呼ぶことが出来なかった。自分をすてた父親を思い出してしまうから。
俺は身を守るために彼から修行も受けた、だから彼の事は師匠と呼んだ。
いつしか俺は師匠を超えれば『お父さん』と呼べるような気がしていた。だから早く超えるためにジパングに九尾を探しに来たのだ。
「スタークさんにそんな過去があったのですか、辛かったでしょう。」
彼女は心配そうに俺を見つめる。
「もう昔の事ですよ、今は辛くありません。師匠の事を父さんと呼べないのはもどかしいですけど。」
「でしたら、私もしっかりスタークさんを鍛えなければなりませんね。」
「えぇ、これからよろしくお願いします。」
俺が師匠の事を父さんと呼べる日がくるのはまだまだ遠い。
俺は溜め息を吐く。九尾の狐に会えると期待して大陸からジパングに来たのだ、会えなかったとなるとジパングに来た意味が無い。
「本当にこんな山奥に村なんてあるのかよ。」
俺はそう呟く。人から聞いた話ではそろそろ村に着くはずだ。しかし何処まで歩いても村にたどり着く気配が無い。
俺がそんなことを考えていると前から一人の女性が走ってきた、その女性は俺の目の前で止まり話しかけてきた。
「異国のお方ですよね?私は知恵と申します。貴方を村まで案内するために参りました。」
知恵は髪の毛の色は栗色で長さは肩より少し長いくらいか、瞳の色は吸い込まれそうに透き通った黒色をしている、そしてバストはE……いやFはあるか――って俺は何を考えているんだ、魔物に誘惑された時の様な思考をしているじゃないか。
しかし知恵には魔物のような魔力を感じられない、だが人間には無いような不思議な魅力がある。
「どうかいたしましたか?私の姿に変な所がありますでしょうか?」
知恵を見ながら考え事をしていたせいか、知恵がそんなことを聞いてくる。
「いえ、少し考え事をしていただけです。」
言えない、バストの大きさについて考えていたなんて絶対に言えない。
「そうでしたか。ところで御名前を伺っても宜しいでしょうか、なんとお呼びしたらいいかわからないので。」
「そう言えば俺は名乗っていませんでしたね、スターク=ウェルツです。スタークって呼んでください。」
「スタークさん、ですね。では村までご案内いたします。」
「ありがとうございます。このままだと村にたどり着くかどうか不安になっていたところなんです。」
俺は知恵にお礼を言った。本当にこのままでは俺はここで迷っていただろう。
「スタークさんに村に着くまで、村に祭られている稲荷の話をしますね。」
歩きながら知恵は言った。
「ここの村には『八ツ尾半』といわれる稲荷が居ると言われているんです。」
「ヤツオハン?」
「尻尾が八本と半分という意味です。」
「何故八つと半分なんだ?どうせなら九尾でいいじゃないか。」
「そう……ですよね、中途半端ですよね、でも彼女は償うために尻尾の一本を半分に切り落としたんですよ。」
「切り落とした?つまり八ツ尾半は元々九尾だったって事か!?」
俺はついに九尾の狐を見つけたのだろうか?だとすれば俺は最後の最後でジパングに来た目的が果たせるかもしれない。
「えぇ、彼女は九尾の狐でした。しかし自分が九尾に相応しくないと考えて尻尾の一本を半分に切り落としたのです。」
「九尾に相応しくない?何故そんなことを考えたんだ?」
「彼女は彼女自身にとって大切な人を殺してしまいました、だから彼女には九尾である資格なんて無いんです。」
「殺したって言っても八ツ尾半にも理由があったんだろ?」
「そうだとしても彼女が殺したことには変わりありません。それと、このまま真っ直ぐ行けば村に着きます。私は少し用があるので、これで失礼しますね。」
「えっちょっと待って……行っちゃったよ。」
知恵は俺がお礼を言う前にどこかへ行ってしまった。
俺は知恵のおかげで無事に村までたどり着いていた。とりあえず八ツ尾半について調べてみるか。
俺はこの村の村長に八ツ尾半の伝説について聞きに行った。
「異国のお方、こんな山奥にある村なのによく来てくださった。八ツ尾半様について聞きたいのでしたな。」
「はい、八ツ尾半について知っている事を話して下さい。」
「八ツ尾半様はこの村を守ってくれている言わば守り神のような存在でしてな、この村の隅にある神社に住んでおられると言われております。」
「八ツ尾半が人を殺したという話を聞いたのですが。」
「八ツ尾半様が?そんな事ありえません、八ツ尾半様はこの村を襲おうとした盗賊ですら殺さずに捕らえのですぞ。」
どういうことだ知恵と村長の話が合わない、どちらかが嘘を吐いているのか?
いや、俺にはどちらも嘘を吐いているようには考えられない。
だとしたら、知恵が村長よりも八ツ尾半のことを知っているのか?知恵は村長よりも若く年齢は二十代位にしか見えなかった。
でも知恵が魔物だとしたら?若く見えたのも説明がつく。
それに大陸での師匠が言ってたじゃないか『力のある魔物は自分の魔力を隠すものがいる』と、これなら知恵に俺を誘惑するほどの魔力が無かったのも説明がつく。
「八ツ尾半の話を聞かせてもらい、ありがとうございました。」
俺はお礼を言って村長の家を飛び出した。
この村の近くで強力な魔物、それは八ツ尾半だ。俺の予想が合っていれば知恵が、知恵こそが俺の探している八ツ尾半のはずだ。
八ツ尾半が住んでいると言われた神社に辿り着いた俺は二つの墓らしき物を見つけた。その墓らしき物を見た時、俺の意識は突然途絶えた。
夢の中で誰かが俺に話しかけてくる。
俺は昔からこんな夢を見ることがあった、そこには必ず死んでしまった人たちが出てくる。
そして、必ず俺に誰かに伝えてもらいたいことを言うのだ。
二人は言った。
「彼女のことは私たちは怨んではない。」と。
「彼女のせいで私たちは死んだのではない。」と。
「彼女にその事を伝えて欲しい、そして彼女を私達から解き放って欲しい。」と。
不思議と俺には彼女が誰のことか分かった、八ツ尾半だ。
この二人は少なからず八ツ尾半に関係する者なのだろう。
そして俺は夢から覚めていった。
目覚めるとそこには知恵が心配そうに俺のことを覗き込んでいた。
「お目覚めになりましたか、神社の目の前で倒れていたので心配したのですよ。」
「ここは?」
「神社の中です、どこか痛む所はありませんか?」
知恵はどうやら本気で俺の心配をしているようだ。
「いや無い、ところで一つ聞いてもいいか?」
「えぇ、私に答えられることなら。」
「知恵、あんたが八ツ尾半なんだろ?」
「……気づかれてしまったのなら、もう隠す必要はありませんね。」
知恵はそう言うと稲荷本来の姿になる。
栗色だった髪の毛は黄色がかかった薄い焦茶色……つまり狐色になった。
そして八本の尻尾と他の尻尾の半分ぐらいの長さの九本目の尻尾が現れた。
「やっぱり、あんたが八ツ尾半だったのか。お願いだ、俺をあんたの弟子にしてくれ。」
俺は知恵に頼み込む、これでジパングに来た目的が果たせる。
「スタークさんを私の弟子に?残念ですが、それは無理な話ですね。私はもう弟子をとらないと決めましたから。」
「貴女ほどの能力がある人が何故、弟子をとらないんです?」
「私と関わった人は不幸になります。もう私の所為で他の人に不幸になって欲しくないのです。」
そう言って彼女は自分が八ツ尾半になった経緯を話し始めた。
この世に生まれた時、彼女は一尾だった。
初めて人を好きになった時、彼女は二尾になった。
初めて好きな人と愛し合った時、彼女は三尾になった。
愛した夫が死んでしまった時、彼女は四尾になった。
人の為に自分の能力を使い始めた時、彼女は五尾になった。
人々に守り神として崇められた時、彼女は六尾になった。
弟子をとった時、彼女は七尾になった。
弟子が一人前になった時、彼女は八尾になった。
弟子が人の為に働いた時、彼女は九尾になった。
そして、弟子が戦で命を落とした時、彼女は尻尾の一本を半分に切り、八ツ尾半と呼ばれるようになった。
「じゃあ、社の前にあった二つの墓は……」
俺は夢に出てきた二人が誰か分かった。彼女に関係している人、それは彼女の夫と彼女の弟子だ。
「えぇ、社の前にある二つの御墓は私の夫と弟子の御墓です。そして私は彼らを不幸にした償いをしなければならないのです。」
「ちょっと待ってくれ、いつ貴女が彼らを不幸にした?」
「私は夫の時間を縛り付けました、私が居なければ夫は自由に暮らせました。私は未熟な身で弟子をとってしまいました、私が弟子にしなければ彼は戦で死ぬことはありませんでした。」
「それは貴女の思い込みだ!彼らは貴女の事を怨んでなんかない、貴女の所為で死んでしまったのではない。」
「何故そんな事が言えるのです?スタークさんはあの人たちを知っているわけでもないのに。」
「夢の中で言われたんですよ。貴女にその事を伝えて欲しいと、そして自分たちの事をもう引き摺らないで欲しいと。」
「……彼らが許しても、私が自分を許せないんです。でも、少し楽になりました。スタークさんありがとうございます。」
彼女は少し安堵したようで、今まで見れなかった笑顔を見せてくれた。
「私も前向きに生きなければなりませんね。決めました、私はスタークさんを弟子にします。」
「本当ですか!ありがとうございます。」
俺は深々とお辞儀をした。これでジパングに来た目的を果たせる。
「よければ、私の弟子になろうと思った理由を話してください。」
「俺は大陸にいる師匠を超えたいんです。」
彼女が八ツ尾半になった理由があるように、俺にも大陸にいる師匠を超えなければならない理由がある。たとえ自分だけの為だとしても。
俺は教会領で生まれた、母親は俺が赤子の頃に亡くなったらしい、と言っても夢の中に母親は現れて話をしてくれたりしたから寂しくはなかった。
しかし、その事を父親に話した事が俺の全てを変えてしまった。
父親は教会にその事を連絡した、教会の奴らは俺を悪魔憑きだと言った。
悪魔憑きと呼ばれてからの俺の扱われ方は酷いものだった、まともに人間扱いされることはなく、父親も俺を自分の子供として扱ってくれることは無くなっていた。
家を追い出され、泥まみれになっても食べ物に有り付くことが出来ない生活。
ある日、そんな暮らしをしていた俺にパンを差し出してくれる人が現れた、その人は子供の俺でも知っている、教会領では有名な指名手配犯だった。
俺も最初は警戒していたが食べ物には勝てず、パンを胃袋に押し込むようにして食べた。
彼は「パンならまだ沢山あるからゆっくり食べな。」と言ってくれた。
俺はもう一つパンを貰い、ゆっくり食べた。すでに冷めているパンなのに温かく感じた。この暮らしになる前までは何時も食べていたパンなのにやさしい味がした。気が付くと俺は涙を流しながらパンを食べていた。
彼は「泣いた後でいいからこんな暮らしをしてる理由を聞かせてくれ。」と言った。
俺は泣きながら話した、泣いてるせいで言葉に詰まったりもした。彼は頷きながら話を聞いてくれた。
話をした後、彼は一つの提案をした。「養子にならないか。」と。
彼は魔物と結婚していたが、魔物と人間の間には男は生まれない。だが彼と彼の奥さんは男の子が欲しかった。それに俺も親から捨てられた。
俺はもちろん彼について行くことにした、だけど彼を『お父さん』と呼ぶことが出来なかった。自分をすてた父親を思い出してしまうから。
俺は身を守るために彼から修行も受けた、だから彼の事は師匠と呼んだ。
いつしか俺は師匠を超えれば『お父さん』と呼べるような気がしていた。だから早く超えるためにジパングに九尾を探しに来たのだ。
「スタークさんにそんな過去があったのですか、辛かったでしょう。」
彼女は心配そうに俺を見つめる。
「もう昔の事ですよ、今は辛くありません。師匠の事を父さんと呼べないのはもどかしいですけど。」
「でしたら、私もしっかりスタークさんを鍛えなければなりませんね。」
「えぇ、これからよろしくお願いします。」
俺が師匠の事を父さんと呼べる日がくるのはまだまだ遠い。
14/09/17 08:46更新 / アンノウン