読切小説
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旅する幽霊
気がついたら深い森の中でボクは夜空を見上げながらボーっと立っていた。
自分が誰なのか? どうしてここに居るのか? 思い出せるのは自分が死んでしまった事と今も寂しい事だけ。

ある日の事、ボクは旅人さんと出会った。
彼はボクを見て驚いたように「ウィル……なのか?」と呟いた。

「ウィル? それがボクの名前なの?」

ボクは彼に尋ねた。記憶の無いボクの事を知っているかもしれないから。

「ごめん、知り合いに似ていたから間違えたみたいだ」

やっぱりボクは独りなんだろうか? こんなに深い森の奥でボクを見つけてくれた旅人さんも知らないなんて。

「そんな顔しないでよ、せっかくの美人が台無しだよ。女の子は笑顔が一番、笑って笑って」
「美人? ボクが? 死人にそんなこと言っても何もでないのに」
「いやいや、お世辞じゃあないさ。俺が今まで出会った女性の中でも1、2を争うくらいだよ。もしかしたら俺は貴女の炎に導かれてこの森の奥深くまで立ち寄ってしまったのかもしれないな」
「その火は獲物を檻に捕らえる為の罠かもしれないよ?」
「自分が貴女に惹かれて近寄ったんだそれくらい気にしないさ」
「あんまり近寄れば火が燃え移るかも」
「いえいえ、既に俺の心は貴女の美しさに燃やされてしまっています」

この人は魔物であるボクに向かって何を言っているんだろう?
そう思うと同時にボクはこの人に出会ったことがあるような、そんな気がした。

「じゃあ、ボクと同じくらい美人なのがさっき言ってたウィルなのかな?」
「まぁね……ウィルもキミと同じように夜空の月が霞んで見えるくらいの綺麗な人だったよ」
「だった?」

彼はまるでウィルという人がもうすでに居ないような言い方をした。

「あー……しばらく会ってないから、彼女が今どんな女性になっているのかもわからないからね」
「ってことは、旅人さんはその人に会うために旅をしてるの?」
「どうだろうね、彼女は憶えていないかもしれないし、旅のついでにあえればラッキーって所かな」
「旅人さんの一目惚れってこと?」
「そうかもしれないね。まぁ急ぐ旅じゃないし、ここで出会ったのも何かの縁だ、どうだろう綺麗なお嬢さん俺が旅をしてきた色んな国の話でも聞いてくれないだろうか?」

ボクは頷いて彼の話を聞いた。
ジパングという国の霊峰の事、満開に咲くサクラという薄いピンク色の花を咲き誇らせる木がいかに美しかったか。
霧の大陸で修行に励み武術の高みへと目指す魔物や人たちの事、彼らが食べているおいしそうな料理の事。
明緑魔界となった国での魔物とほのぼのと暮らしている人たち日常など。
彼の楽しそうな表情や仕草、引き込まれるような話にボクは夢中になっていた。もっと彼と一緒に居たいと想うくらいに、彼と居ればボクは独りじゃない、寂しくなんかないから。

「旅人さんの話は面白いね……ボクも記憶があればそんな体験してたのかなぁ?」
「別に記憶を思い出せなくてもいいんじゃないかな? 忘れてるってことは大切な事じゃないんだよ、きっとさ」
「そうなのかな? でも、やっぱりボクは思い出したいな。忘れたくなかった事もあると思うから」
「……そうか、それならもう一つだけ、お話があるんだ」



ある所に貴族のお嬢様が居ました。少女は家を出る事も許されず、まるで囚われのお姫様のように外の世界に憧れながら屋敷のバルコニーから夜空を見上げることぐらいしかできません。
そんな夜空を見上げる少女の儚く美しい姿に一目惚れをしてしまった少年が居ます。ある日、少年は勇気を振り絞りお屋敷の庭に忍び込むと少女がいつも夜空を見上げるバルコニーの近くの木に登り、少女に話しかけました。

「夜空の月が霞んでしまいそうな綺麗なお嬢さん、よければ俺とお話しませんか」

少女は驚きました、孤独だと思っていた自分に話しかけてくる人が居たのです。

「貴方は外で暮らしているの? よかったら外のお話をして!」

少女は少年に頼みました、少年も少女の願いに応えられるように精一杯の冒険譚を聞かせます。それは子供の小さな小さな冒険のお話でしたが、少女は少年の話に目を輝かせました、少女は彼を通じて外を体験できたのですから。
その日から少女は少年と話す事が日課となりました。少年も少女に色んな話をしようと今までよりも多くの場所を探検しました。
ですが、少年が一日で探検できる場所など限られています。次第に少年が少女に会えるのは2日に1回、3日に1回と減っていきます。
少年は考えました、しばらく会えなくなるかも知れないけど旅に出よう、そうすれば帰ってきたときには前と同じように沢山のお話ができるからと。
それを少女に伝えると、少女もしばらく会えなくなるのは寂しいけれどその代わりに帰ってきたら毎日お話を聞かせてと約束しました。
そして少年は旅に出ます、少女が喜びそうな綺麗な花を咲かす木やのどかな国、ワクワクしそうな武道家の事、怖がりそうないわくつきの山、聞いているだけでお腹を空かせそうな料理。様々な物を見て憶えていきました。
数年後、少年が帰ってきて聞いたのは少年が居ない間に少女の嫁ぎ先が決まった事、そして少女がそこへ行く途中に馬車から飛び降りて行方不明になった事です。
そして少年は少女を探すために森の奥深くへと入っていきました。



「まぁ詰まんない話だろ?」

そうだった、ボクは彼との……ゼロとの約束を破りたくなくて馬車から飛び出してそのまま……

「思い出したよ、ゼロ。キミの言っていたウィルはボクの事だったんだよね」
「正直な、俺は思い出させたくなかった。お前には寂しい思い出ばっかりだっただろうから」
「そんな事無いよ、ボクはゼロの事を思い出せて嬉しいもの」
「それなら良かった、ウィルの綺麗な顔を悲しませたくないからな」

彼は昔と変わらずにキザな台詞を言うとボクの頭を撫でた。
バルコニーの時は届かなかった彼との距離もこんなに近くまで。

「約束だよ、毎日お話を聞かせてね」
「それもいいけど……」

ゼロはボクの顎に手を添えると、優しく唇を奪った。

「新婚旅行なんてどうだろう? ウィルが外へ出れたんだ二人なら同じ景色も変わって見えるかもしれない」

彼は笑いながらプロポーズをしてくれる。何だがボクのほうが恥ずかしくなって、つい彼を抱きしめた。

「いいけど、ボク以外の女性は見ちゃだめなんだから」
「それなら心配なんて要らないな、俺の目にはもうずっとウィル以外の女性なんて映ってないから」

ボクは檻を閉じると夜空を見上げた。
もう寂しくなんか無い、この部屋はもう独りじゃあないから、ボクの隣にはゼロがずっと居てくれるから。
15/03/23 00:07更新 / アンノウン

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