読切小説
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幸せな触手
「はぁ……いいかげん俺も彼女が欲しいなぁ」

俺は自室で独り言を呟く。学校でもカップルがイチャイチャ、家に帰っても母さんと父さんがイチャイチャ。こんな暮らしをしていれば愚痴だって言いたくなるものだ。
そうやって俺がため息をついていると、キュウと鳴きながら俺が育てている触手が心配そうに擦り寄ってきた。

「慰めてくれるのか、ありがとうな」

俺は触手を撫でる。触手は嬉しそうにクルクル鳴きながら、もっと撫でてと言わんばかりに俺の指に絡み付いてくる。

「いっそ、お前が魔物だったら俺の彼女になってくれるのかなぁ?」

そんなことを言うと肯定するかのように触手は先を縦に振った。

「まぁ、そんな事あるわけないよな。俺はもう寝るから、お前もちゃんと寝とけよ」

触手は名残惜しそうに俺から離れると、最後におやすみのキスをするかのように指にそっと触れた。





「ご主人様、起きてください」

体が優しく揺さぶられる、母さんにしては割と優しい起こし方だ。ってかご主人様ってなんだよ、母さんにそんな事を言われて喜ぶの父さんぐらいだろ。

「今日は休みだからもっと寝かせて」
「ダメです、お母様が朝食を作ってくださっているんですよ。それに朝食をきちんと食べるのは健康にもいいんですから」

母さん自分のことお母様なんて呼ぶキャラじゃないだろ。父さんになんか変なプレイでも強要されてんのか?

「わかった、起きるからその変なキャラ止めてくれ」
「うぅ、ご主人様。やっぱりボク変ですか?」

俺が体を起こしてまぶたを開けるとそこには見たこともない可愛い女の子が立っていた。

「あの、ごめんなさい。てっきり母さんだと思って……って言うか誰ですか?」
「分かりません? ボクはご主人様に育ててもらった触手ですよ。起きたら魔物になってました」

そう言われて触手が植えてあった鉢植えを見ると、確かに昨日までそこにいた筈の触手が見当たらない。

「えっと、『魔物になってた』ってなんで?」
「ほら、昨日ご主人様がボクに魔物だったらって言ってくれたじゃないですか、それでボクもご主人様が落ち込んでる姿なんて見たくないなぁって思って魔物になりたいって願ったんです」
「いや、だからって触手がそう簡単に魔物になれるものなの?」
「愛の成せる奇跡ですね♥」

そんな簡単に片付けていい問題なのかこれは。そう思いながら俺は彼女に連れられながら朝食へと向かった。





朝食を食べ終わった後で俺は自分の部屋で新たな問題に頭を抱えていた。
両親が触手が魔物になったなんて動じないことは分かっていた、そりゃ母さんはアリスなのにまだ赤ん坊だった俺を養子に迎えるくらい肝っ玉が座ってる人だし、大抵のことは新婚旅行で行った不思議の国よりはマシとか言うからね。
でも、『あんたが育てた触手なんだからあんたが名前付けてあげなさい』ってなんだよ、いやそれならまだ理屈が通ってるからまだいい『そういえば、あんた彼女いないんだからこの子に彼女になってもらいなさいよ』ってふざけんなよ、おかげで彼女は顔を真っ赤にして固まっちゃったじゃないか。

「あのさ、母さんに言われたこと本気にしなくていいからね」

せめてものフォローとして彼女に声をかける。

「……えっあっ大丈夫です。ボク、ご主人様の迷惑にならないように精一杯お母様に家事とか教えてもらって頑張ります」

彼女はハッと気付いたように返事をする。どうやらさっき母さんに言われたことを気にしていて、あんまり俺がかけた言葉は耳に入っていないようだ。

「だから、俺の彼女になれなんて本気にしなくていいから。それよりもキミの名前について考えなきゃ」
「ボクはご主人様につけてもらう名前ならどんな名前でも嬉しいです」
「いや、喜んでるけどキミの名前だからあんまり適当にはできないからね。それに俺はあんまりネーミングセンス無いから嫌だったら言って欲しいし」
「でしたら、天空の天に音楽の音で『あまね』なんてどうでしょうか?」
「なんか懐かしい名前だけどいいね」
「ご主人様が昔書いていた物語のヒロインの名前を頂きました」

おう、意外な所から黒歴史に襲われるとは思ってもみなかった。

「う……うん、キミが気に入ってるなら良いんじゃないかな」
「主人公とヒロインの甘い恋が描かれていてボクのとっても好きな物語ですから。それにボクも物語みたいな恋をしてみたいので」

善意がものすごく痛い。

「じゃあ、これからは天音って呼べばいいのかな?」
「はい、これで魔物になってからご主人様から貰った初めてのプレゼントですね。えへへ、ボクはただの触手だった頃からご主人様に貰いっぱなしです。幸せですけど、いつかご主人様にお返しできるように頑張りますね」
「触手だった頃からって、俺がプレゼントなんかしたっけ?」
「ボクはご主人様に愛情をいっぱい貰いましたよ」

天音はキラキラと目を輝かせて恥ずかしげも無く、真っ直ぐに俺を見つめながらそんなことを言う。ダメだ、この子は純粋で眩しすぎる。
そう思っていると、いきなり天音が俺に飛びついてきた。

「どうした?」
「ボク、ご主人様に甘えたくなっちゃいました。ご主人様、良い匂い」

もう何だよ、可愛すぎるだろこの子。俺はたまらずに天音の頭を撫でた。

「んぅ……ご主人様の手、きもちいい」

こんなに可愛い生き物が他にはいるか? いや、絶対にいない。今ならそう断言できる。

「ねぇ、ご主人様」
「んー?」

天音は俺に夢中で頭を撫でられながら何かを聞いてくる、天音の頭の触手は昨日と変わらずに、もっと撫でてとせがむように俺の指に絡んでくる。

「ボクはご主人様が大好きです、ご主人様の隣にずっと居たいと思っています。だから……ボクでよければご主人様の彼女にしていただけませんか?」

天音の突然の告白に少し俺は戸惑う、まだ母さんに言われたことを気にしてるのか。
でも、よく考えたら天音は俺のために魔物になって言ってたよな。だったら俺が答えられる選択肢なんて一つしかないじゃないか。

「いいよ、こっちこそ俺でよければ」
「やったぁ♥ ボクの一生をかけてご主人様に恩を返しますね♥ 愛しています、ご主人様♥」
「こっちこそ、愛してるよ天音」



これは俺の育てていた触手が魔物になって、そして俺の恋人になった一日。
14/09/17 08:36更新 / アンノウン

■作者メッセージ
「これも運命なのかしら」

私は宝物の日記を手に取りながら呟いた。

「ねぇあなた、覚えてる? 昔、私たちが夏休みの宿題として触手の観察日記を書いていたでしょう?」
「そうだね、懐かしいね。触手が枯れてしまったときキミがすごく泣いていたのを覚えてるよ」
「あの子に渡した触手って、あの時に私が育てていた触手の子孫なのよ。あの子を私たちの子供として迎えたときに彼女も生まれたの」
「俺とキミの自慢の息子だから、もしかしたらキミが育てた触手が子孫も幸せになれるように託したのかもね」
「そうね、だったらあの子たちには目一杯幸せになれるように協力してあげなくちゃね」

日記の最後のページを見ると「ありがとう」と呟き、日記をしまった。

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