後編
―ピシッ……
魔物と交流を持っていた罪で投獄されたライカとメリル。
二人が魔物化したのは投獄から三日目の夜、処刑を待つ二人の耳に硝子に罅が入るような音が届き、その音で顔を上げたのが発端。
『あり? アテ、座標間違えたっぽい?』
顔を上げた途端、二人の間の空間に突然亀裂が入り、其処から同性でも思わず見蕩れる程に整った顔立ちを持つ美女の首が現れたのだ。
亀裂から出した首を動かして周囲を見渡し、微かな困惑を浮かべる美女。
そのあまりにも非現実的な光景に二人は目を見開いて言葉を失う。
『ま、取り敢えず潜入には成功したみてぇだし。んっ、しょっ……と』
言葉が出ない二人を尻目に美女は一度亀裂に首を引っ込めた後、まるで母体から産まれる胎児の如くズルリと全身を現し、
『どぅべっ!?』
見事着地失敗、顔面を思いっきり床にぶつけた。
『痛たたた……ん、何だよ? アテは見世物じゃねぇぞ』
床にぶつけた鼻を擦りつつ立ち上がり、呆然と見つめるライカとメリルに気付いた美女はジロリと睨みつけるものの二人は全く動じない。
白地に黒い縞の入った無骨な防具を纏った、軽装の女軍人と言える風貌の美女の所々にはヒトならざるパーツ。
頭には捩じれた黒の二本角、腰には蝙蝠じみた白い翼とハート型の先端を持つ白い尻尾、何処からどう見てもこの美女は魔物であり、こんな特徴を持つ魔物は一種類しかいない。
教団の仇敵、憎き魔王の愛娘・リリム。
同性すら魅了する美貌を持つリリムを前に動ける者は皆無、二人が動じないのもリリムの美貌に魅入られているからだ。
『……あ〜、あ〜、成程ね。ホレ、何時までもアテに見惚れてんじゃねぇ』
『『痛っ!?』』
動じないどころか全く動く気配を見せない二人を見て漸く気付いたらしく、軍装リリムは二人の頭を軽く小突いて正気に戻す。
『んで? 此処はネルカティエ城の何処さ? ついでにオメェ等の事とかも教えちくり』
『え、えぇ……』
地味に痛かった拳骨に頭を押さえるライカとメリルに軍装リリムは場所や名前等を尋ね、その問いにメリルが答える。
此処はネルカティエ城の地下牢、自分達はネルカティエのシスター兼歌手。
今は魔物と交流を持っていた罪で投獄され、静かに処刑を待つ身である。
『ファタ姉ぇの所にアンドロイド大量にブチ込んだ挙句、魔物と文通してただけで死刑にするたぁ、此処の連中は頭の大事な螺子がまとめてブッ飛んでんのかよ……』
メリルの話を最後まで聞いた後、軍装リリムは王族とは思えない粗野な口調で吐き捨て、その美貌は嫌悪と憤激で激しく歪んでいる。
嘗ての性質を持っていたのなら、中てられただけでショック死するのでは。
そう思える程に軍装リリムの放つ怒気は凄まじく、その怒気に二人は息を呑む。
『うし、決めた。下調べで来たけど、そいつぁ後回しだ』
何を決めたのか、ライカとメリルがそう尋ねようとした瞬間だった。
軍装リリムは魔力を両手に集め、魔力集めた右手をライカに、左手をメリルに向ける。
訓練を受けたとはいえ、素人同然である二人でも分かる程に膨大な魔力。
その魔力をどうするつもりなのか、と問いたくても、軍装リリムの放つ圧倒的な威圧感に呑まれて口が動かせない。
『オメェ等を、オメェ等に相応しい魔物にする。んで、だ……』
腹に響くような低い声で紡がれた一言に二人は
『この心底ムカつく国を徹底的にブッ壊しちまいなぁ!!』
息を呑む暇も無く膨大な魔力に包まれ、二人の意識は紫色の闇に落ちた。
「……という訳なの」
「成程。つまり、君達は魔物化したばかりのルーキーという事か」
自分の右側を飛んでいるメリルから魔物化の経緯を聞き、勇一は納得した表情を浮かべる。
意識を取り戻した後、自分の魔物化した姿に驚きながらもライカとメリルは軍装リリムに『勇一を待つから此処に残る』と告げた。
二人の発言に早速暴れるだろうと思っていた軍装リリムは呆気に取られたが、待っている間に看守等に見つかって騒ぎになるのを防ぐ為に彼女は二人に変化を教えた。
教わった変化を二人が何度か試している途中で、軍装リリムは『事が済んだらアーカムに来い』と言い残して去ったそうだ。
「るーきー? 勇一君、るーきーってどういう意味なの?」
「私の世界の言葉で『新人』という意味だ」
台詞の中に混ざっていた聞き慣れない単語にライカは首を傾げると勇一がすかさず説明し、その意味にライカは勿論、彼を挟んで隣を飛ぶメリルも頷く。
さて、地下牢から脱出した勇一達三人は兵士達を退けて城門を抜け、現在非番の兵士達が寝泊まりする宿舎の集まった、通称・宿舎通りを駆け抜けている。
因みに、ネルカティエはこの宿舎通りとネルカティエ城、教団専属の鍛冶職人達が過ごす工房区画、食料を生産する為の農業区画の四区画に分けられている。
城内の騒ぎが伝わっているのか、非番の兵士達も武装して三人の前に立ち塞がるものの。
「見つけたぞ……って、ライカちゃん!?」
「うおぉぉっ!? お、俺達のライカちゃんが魔物になってる!!」
「んもぉ! 邪魔だよ!」
「「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」」
ライカを見て驚いては電撃を食らい、
「此処から先は通さ……って、えぇぇぇ!?」
「そ、そんな、メリルが魔物化!? 夢なら醒めてくれ!!」
「退きなさい! すぅぅ……私の声を聞けぇぇ――――!!」
「「うぼあぁぁぁぁぁっ!!」」
メリルを見て驚いては強靭な肺活量で衝撃波と化した大声で吹っ飛び、と魔物化した姿を見て驚いている間に当の本人達の攻撃で次々と無力化される。
「…………私が敵に回ったと知った時よりも情けなく見えるのは気の所為か?」
情けなさ全開の兵士達に勇一は呆れるしかないのだが、紅蓮達が次々離反した事で離反が予想されていた彼に対し、ライカとメリルは離反どころか魔物化自体が寝耳に水。
教団の誇る二大アイドルの魔物化、という前代未聞のスキャンダルを前にすれば兵士達の反応も当然と言えば当然か。
外壁の門を抜ければ三人は晴れて自由の身、情けなさ全開の兵士達を蹴散らしつつ―主に蹴散らしているのはライカとメリルだが―外壁を目指して三人は宿舎通りを駆け抜ける。
「ねぇ、勇一君。私達と訓練してる時、音より速く動けるって言ってたよね? そんなに速く動いて、身体は大丈夫なの?」
「そう言えば貴方、そんな事言ってたわね。普通に考えれば、全身大怪我じゃ済まないと思うんだけど……」
先日夜斗の行った破壊工作でボロボロになった以上、三人に追撃を出す可能性は限りなく低く、追撃があったにしてもごく少数だろう。
そうあってほしい、と願いつつ疾走する勇一にライカとメリルから疑問がぶつけられる。
二人の疑問は尤もだ……生身の人間が音速を超えるスピードに到底耐えられる訳が無く、仮に身体を魔術で保護していたとしてもそのスピードを長時間出し続けるのは無理がある。
にも拘らず、音速を超えるスピードで長時間走る事が出来る勇一は一体何者―少なくとも『人間ではない』―なのだろうか。
「む、二人にはまだ話していなかったな。そう、だな……一先ず、セイレムが在った森に向かうとしよう。其処で休憩を兼ねて私の身体の事について話そうか」
二人からの疑問に勇一は嘗てセイレムが在った森に向かう事を提案、其処で休憩を兼ねて身体の事を話すと言う。
勇一の提案に二人は頷き、三人は嘗てセイレムが在った森へ進路を変えた。
×××
「さて、私の身体の事だったな。結論から言えば私は『サイボーグ』、君達にも分かるよう言えば私は『限りなく人間に近い人形』だ」
「「……っ!?」」
外壁の門を抜け、嘗てセイレムが在った森に到着した勇一達。
森の入口からやや奥に進んだ所で腰を下ろした後、勇一はライカとメリルにぶつけられた疑問に答えるが、その答えに二人は目を見開いて息を呑む。
「君達が驚くのも分かるが、話を続けさせてもらおう。先程私は人形を自称したが、私は只の人形ではない」
予想すらしていなかった答えに絶句する二人に勇一は淡々と身体の事を話し続ける。
灰崎勇一は元の世界でも空想の中にしか存在しないサイボーグである。
サイボーグ魔術師、SFとファンタジーが融合した現存する唯一の試作品、ソレが勇一だ。
サイボーグと聞けば誰もが身体の半分以上が機械となった姿が思い浮かぶだろうが、勇一の身体は傍から見れば人間と全く変わらない。
それもその筈、強化セラミック製の骨格、バイオマテリアルの筋肉繊維、対ショック構造を備えた内臓等、勇一の身体からは一切の電子部品、金属部品が撤廃されている。
運動神経は生の身体からそのまま流用し、機械駆動の関節すら廃した勇一の身体は素材が人工物である事以外生身と殆ど変らない。
勇一の身体は御世辞にも戦闘用のサイボーグとは言えない貧弱な代物だが、パーツの一つ一つが特注品で、その開発費は金額にすれば八桁は確実という相当な額になる。
そんな投じた金額に見合わぬ貧弱な仕様は勇一が持つ魔術の素質を殺さない為、雷と磁力という機械の天敵を彼が操る以上、機械で身体を作るのは文字通り自殺行為だからである。
勇一が魔術を扱えるように、と彼の敬愛する義父自ら設計した身体は素材こそ人工物だが、構造自体はあくまで人体の模倣である。
但し、その模倣は徹底されており、内臓から循環系、『魔力を生成する器官や魔力の流れる経絡も一切残さず勇一の身体には詰め込まれている』。
自然の機運を逸脱するモノばかりが機械の真髄に非ず、そもそも機械工学は自然を模する事が始まりにして起点。
自然の機運を逸脱する機械化ではなく、自然に倣った肉体機能の底上げ。
要は発想の転換だが、義父が自ら設計した身体は現代の技術者は勿論、空想の中の住まう技術者達ですら誰一人として義父の意図を理解し得なかっただろう。
ソレも当然、勇一の身体はライカ達の世界にしか存在しない智慧に基づいているのだから。
異世界の知恵と現実の空想が融合した勇一の身体はライカ達の世界の生物と同様、魔力の生成器官で魔力を練り上げ、練り上げた魔力を全身に巡らせる事が出来る。
人造器官の強度とパワーは肉体限界から勇一を解放し、生身の魔術師では為し得ぬ魔術を彼は駆使する事が出来るのだ。
「私の身体の殆どは人工物と交換されており、割合で言えば肉と人工物が一対九。この肌ですらヒトの手で作られた模造品だ」
中身は勿論、肌や髪までが人工物という、ヒトと見紛うばかりに精緻な作り物。
その告白にライカとメリルは言葉を失い、呆然と勇一を見つめている。
何故そんな身体になったのか……そう尋ねようとした二人だが、突然空を見上げて険しい表情を浮かべる勇一を見て言葉にならなかった。
「…………君達が何を聞きたいのか分かるが、どうやら追手が来たようだ」
追手、その一言で二人も空を見上げ、緊張で身体が強張っていく。
緊張で強張った身体で空を見上げる三人、三人の中でも実戦経験豊富な勇一は空から迫る追手が尋常ならざるモノである事を直感で悟る。
「……虱の皮を槍で剥ぐ、とはまさにこの事だな」
「大根を正宗で切る、とも言うわね」
直後、空から現れた追手に引き攣った苦笑を浮かべる勇一にメリルは軽口を叩くが、その額には冷や汗が流れており、ライカは顔を青褪めさせている。
三人の反応は当然、空から現れた追手は目算で一七メートル近い巨大ロボット。
大きく張り出した巨大な肩当て、その下には戦闘機に使われていそうな推進器が其々二基ずつ顔を覗かせており、その先端にぶら下がっているようにも見える腕は細く華奢。
華奢に見える腕にも一基ずつ推進器が備えられ、その背中にも一回り大きな推進器が二基、と彼方此方に付いた推進器で上半身は矢鱈とゴツい。
推進器だらけでゴツい上半身に対して下半身は足なんて飾りだと言わんばかりに華奢で、正直自重を支えるので精一杯ではないかと思える程だ。
《目標を捕捉、これより追撃に入る》
「その声、アッティモ・F・エテルニタか……厄介な相手が追撃に来たか」
上下で印象の異なる鋼鉄の巨人はその身の如く冷たく無感情な声を発し、発せられた声に聞き覚えのある勇一は眉を顰める。
勇一の模擬戦相手だったアッティモは『剣技だけ』ならネルカティエ第一王女であり国内最強の勇者でもあるクレアンヌと並ぶ、と言われる勇者だが、彼は良くも悪くも剣一筋。
ソレ以外は平凡だった為、模擬戦の際は得物の違いもあって勇一が勝利を掴んだ。
《こんな形で雌雄を決したくなかったが任務は任務だ。アッティモ・F・エテルニタ、目標を破壊する!》
何処から取り出したのか、右手にフランベルク握ったアッティモは急降下と同時に巨大な切っ先を三人目掛けて勢いよく突き出す。
「くっ、各個散開!」
その巨躯に見合う大きさを持つ波打つ刀身の片手剣、斬れる斬れない以前に切っ先が軽く触れただけでも押し潰されるのは確実。
突き出される刹那、勇一は散開するように叫び、三人が其々別方向に散った直後、三人が居た場所に切っ先が突き刺さる。
「ライカ、メリル、森の上空には出るな! 上空に出れば追い付かれるぞ!」
「「無理!」」
そのまま走る勇一の叫びにライカとメリルは即座に無理だと大声で返す。
確かに二人は飛行能力に長けた魔物だが、魔物化したばかりの二人に鬱蒼と茂る木々の間を潜り抜けつつ低空飛行という器用な真似は不可能に近い。
だからと言って森の上空に出れば、上半身が推進器だらけの巨大ロボットが相手では直ぐ追い付かれて握り潰されるのが目に見える。
「くっ……」
結果論だが、森に逃げ込んだのが失敗だった事に勇一は舌打ちする……追撃が出るにしろ相手は人間で少数、仮に追手が現れても撒けると判断して休憩場所に森を選んだらコレだ。
まさか、追手が時代を先駆けし過ぎた巨大ロボット―この巨大ロボットがネルカティエの切り札であるマキナである事を勇一達はまだ知らない―だとは思わなかった。
鬱蒼と茂る木々に遮られて空の様子は見え難いが、今頃巨大ロボットは獲物を狙う猛禽類宜しく今か今かと森から出てくるのを待っているだろう。
「いや、それ以前にどうやって我々を捕捉した……?」
不意に思い浮かぶ疑問、どうやってネルカティエは自分達の行先を掴んだのだろうか。
森に行く事を提案した時、周囲には少なくともライカとメリルしかいなかったが、こうも早く追手が現れた事を考えると提案した段階で知られていた事になる。
「ソレを今考えても仕方ないか。今は……」
どうやって自分達の行先を掴んだのかを考えるのは後回し、この危機的状況をどうやって打破するか、を考えるのが先決だが、幾等思考しても方法が思い浮かばない。
超電磁砲と化したリボルバーでも巨大ロボットが相手では豆鉄砲同然であり、而も相手は空を飛んでいる以上、地上から撃った所で避けられるのがオチ。
ライカかメリルの足に掴まるにしろ、足に自分が掴まっている状態では本来の空戦能力を発揮出来る筈も無く、いとも容易くジ・エンド。
「くぅ……八方塞がりとはこの事か……」
幾等考えても最悪な結末しか思い浮かばない事に勇一は臍を噛む。
此方に相手への有効打は無く、相手は此方に対して過剰なまでの有効打を持っている以上、最低でも此方も巨大ロボットを用意して挑まなければ話にもならない。
然し、此方に巨大ロボットが―――
―在る、としたら?
「……っ!?」
不意に聞こえた、敬愛する義父の声。
聞こえる筈の無い声が聞こえた事に勇一は思わず足を止める。
―理不尽に抗う為の力を、君は既に持っている
―ただ、持っている事に気付いていないだけだ
「私に……アレに対抗する力が……?」
―さぁ、君の中で眠っている力を起こしてあげたまえ
―理不尽に抗う力は君の声を待っている
「……………………」
何処からともなく聞こえる義父の声に従い、勇一は己の中に目を凝らす。
己の内側に目を凝らしてみれば、確かに今まで気付かなかった事がおかしい程に圧倒的な力が己の内に宿っているのが分かる。
その圧倒的な力に勇一は身体を、ヒトの手で作られた作り物の身体を震わせる。
―気付いたかい? 気付いたのなら、呼んであげるといい
―世界中に響かせる気で叫ぶんだ、その力の名を!
気付いた以上、知った以上、何時までも眠らせている訳にもいかない。
己の内に眠る力に気付いた勇一はゆっくりと右手を天に掲げ、己が内に眠る力の名を叫ぶ。
《……雷雲、だと?》
一方、森の上を飛んでいたアッティモは在り得ないモノを見た。
目前に現れたのは雷雲、『周囲は快晴にも拘らずポツンと浮かぶ小さな雷雲』。
青々と晴れ渡った空に浮かぶ、紫電を絶え間無く走らせる雷雲にアッティモが首を傾げた瞬間、因縁の相手の声が響く。
鳥は我を嫌え
風は我を憎め
空は我を恨め
我は鳥を、風を、空を、切り裂くモノ也
「舞い降りよ、灰雷凰(カイライオウ)!!」
《…………!!》
何かの名前を叫ぶような勇一の声が響くと同時に雷雲が弾け飛び、その中から現れたモノにアッティモは言葉を失う。
雷雲から現れしモノ、ソレは人と鳥と竜が混ざり合った鋼鉄の異形。
×××
「え? え?」
「ちょ、ちょっと、此処は一体何処なの!?」
突然現れた鋼鉄の異形に絶句するアッティモ、その鋼鉄の異形の中でもライカとメリルが困惑の声を上げていた。
巨大なフランベルクを避けた後、直ぐに合流した二人はアッティモに見つからないように注意しつつ、別方向に走っていった勇一を探していた。
その途中で勇一の叫びが聞こえたと同時に二人は突然光に包まれ、光が消えたと思ったら淡く発光する、丸みを帯びた壁に覆われた此処に居た。
突然何処かに跳ばされた上に、今まで見た事の無いモノ―勇一に言わせれば、前後の車輪が取れたバイク―に座らされているのだ、二人が困惑するのも無理は無い。
「む……何故、君達が此処に?」
「あっ、勇一君……」
「何でって、私達が聞きたいわよ」
突然の事態にライカとメリルが困惑していると背後から声が聞こえ、その声で二人は同時に振り向くと、其処には細緻な細工に雅趣薫る灰色の籠手を着けた勇一。
同年代と比べれば大柄な身体をスッポリと包む巨大な泡―見れば、泡と籠手はワイヤーで繋がっている―の中で勇一は首を傾げており、首傾げる彼にメリルは逆に問い返す。
「此処は私のマキナ・灰雷凰の操縦席、人間に例えれば脳に該当する部分だが……細かい説明は後だ、先ずは奴を撃退する!」
「え、わ、きゃあぁっ!?」
メリルからの問いに勇一が答えになっていない答えを返した直後、突然の加速にライカは悲鳴を上げた。
《アレも、マキナなのか……?》
目前の異形、勇一の操るマキナ・灰雷凰にアッティモは疑問の呟きを漏らす。
全体的に見れば推進器と一体化した翼を備えた鋼鉄製サンダーバードと言えるが、頭部は勇一と共に行動していた桜色のワイバーンの頭で、腰には長い尻尾が生えている。
サンダーバードの頭をワイバーンと挿げ替え、腰にその尻尾を生やしたような奇妙な姿は、レスカティエ奪還戦で確認された魔物側のマキナと比べて何処か異質さを感じさせる。
《……だが、如何に奇妙であっても俺と『パトリオティス』の敵ではない》
異質さを感じようとも敵は敵、アッティモは其々の手に長さの違うフランベルクを握って構える。
《な、何だと……!?》
その直後、アッティモは灰雷凰から感じた異質さの正体を知って驚愕した。
「行くぞ、灰雷凰!」
胸部に折り畳まれていたクレーンアームを展開。
五本の指を持つクレーンアームに愛用の、相応に巨大化したリボルバーを握らせた勇一はアッティモとの距離を一気に詰める。
推進器を吹かして一気に距離を詰める勇一に対し、アッティモは驚愕で動けない。
―ドンッ、ドンッ!
《ぐっ……!》
すれ違う間際に勇一は発砲、アッティモは慌てて推進器を吹かして弾丸を避ける。
そのまま勇一は遠くに飛び去ったかと思うと大きな弧を描くように旋回、アッティモとの距離を詰め直す。
《そんな、》
高速で迫る勇一を前にアッティモは動揺を隠せない、何故なら
《『変形』するマキナだと!?》
再び迫りつつある勇一のマキナ・灰雷凰は姿を変えていたのだから。
「自慢ではないが、高速射撃戦には些か自信がある!」
《くぅっ……!》
すれ違う間際にリボルバーを撃ち、弾丸の後を追いかけるように体当たりしてくる勇一に、アッティモは上半身の推進器を吹かして避け続ける。
「高速射撃戦は私と私の操る『可変マキナ』・灰雷凰の十八番、存分に味わってもらおう!」
なにせ、灰雷凰は『ワイバーンの頭と尾を持つサンダーバード』から、『嘗てのワイバーンを思わせる戦闘機』へと姿を変えているのだ。
人型のパトリオティスと戦闘機の灰雷凰、その圧倒的な機動力の差にアッティモが防戦を強いられるのも当然と言えよう。
「凄いじゃない、勇一! あのアッティモを手玉に取るなんて!」
長さの違う二本のフランベルクを巧みに操り、使命の名の下に多くの魔物を討伐してきたアッティモ、付いた通り名は『双剣聖』。
所属するネルカティエは勿論、他の教団領でも有名な勇者であるアッティモを完全に手玉に取っている勇一にメリルは興奮を隠せない。
「油断するな、メリル。アッティモは以前私と戦った事のある相手……再び対峙した時を想定し、前回の敗北を踏まえた対抗策を持っている筈だ」
副操縦席で興奮するメリルに対して勇一は冷静そのもの。
勇一は戦闘機形態から鳥人形態に変形させると、今度はアッティモを中心に円を描くよう旋回しつつ銃撃を浴びせる。
初めて操縦するにも拘らず、勇一は性能を熟知している……ライカとメリルを足して二で割ったような姿の鳥人形態(ハーピー・フォーム)、嘗てのワイバーンを思わせる戦闘機形態(フライト・フォーム)。
二つの姿を持つ可変マキナ・灰雷凰は鳥人形態では機動力を活かして距離を取りつつ射撃、戦闘機形態では驚異的な加速性能に物を言わせた一撃離脱を得意とする。
自分とは相性の良い、高速射撃戦仕様の灰雷凰は高い機動力を持つ分装甲が薄く、機体の構造上近接格闘には不向きである。
仮に接近されたら一目散に逃げて距離を取り直すしかなく、斬られようものなら一太刀で戦闘力が大きく削られるだろう。
模擬戦で戦った事があり、互いに得意な戦い方をある程度ながら知っている以上、自分の得意な戦い方に持ち込んだ後、如何に己に優勢な状況を維持出来るかが鍵となる。
―カキンッ
「む……?」
アッティモの周囲を旋回しつつ引金を引いていると、突然弾丸の代わりに虚しい金属音が飛び出し、その音で勇一は弾切れに気付く。
勇一の使うリボルバーはS&W M19―所謂、コンバットマグナムだ―、軽くて持ち運びに便利な上に高威力の弾丸を撃てるのだが、リボルバーの宿命か六発と装弾数が少ない。
「くっ、私とした事が……!」
《行くぞ……!》
残弾数の確認を怠ってしまった事に勇一は眉を顰めながら右手のリボルバーを脇腹にあるラックに収め、何処からか取り出したスピードローダーを左手のリボルバーに装填する。
無論、その致命的な隙を見逃す筈も無く、勇一との距離をアッティモは一気に詰める。
「ちぃっ……!」
一気に迫るアッティモ、勇一は舌打ちしつつ装填を終えたリボルバーを撃つが、上半身の推進器を使って細かくジグザグに動きながら迫るアッティモに弾丸は掠りもしない。
《俺は二度も同じ相手に負けるつもりは無いっ!》
弓よりも速くて射程も長く、クロスボウと違って連射の利く銃だが、その軌道自体は直線。
直線であるが故に察知出来れば避けやすく、ジグザグに動き続ければ射線を合わせ難く、絶対的に有利な間合いの内側に潜り込めれば刀剣の方が優位。
この世界では未知の存在である銃を使う勇一に模擬戦とはいえ敗北した、という事実は、アッティモのプライドを傷つけた。
プライドを傷つけられたアッティモは勇一の訓練風景を密かに観察し、パトリオティスの開発者で教官でもあるネフレン=カから銃に関するレクチャーを受けた。
観察とレクチャーを基に銃を持った相手に対しての近接格闘戦を編み出したアッティモは、勇一に勝つ事を胸にソレを只管磨いていった。
《はあぁっ!》
「くぅっ……!」
結果、勢いよく振り下ろされた剣は僅かに届かなかったが、勇一が最も苦手とする距離にアッティモは届いた。
《せいっ、はぁっ!》
「ふっ、ぬぅっ……!」
距離を取ろうとする勇一と距離を詰めつつアッティモはネルカティエで一、二を争う剣技を披露し、その動きは肩を中心に剣が勝手に動き回っているようにも見える。
縦横無尽に振るわれる二本のフランベルクに、今度は勇一が防戦一方となる。
戦闘機形態で一気に距離を離そうとしても、変形の僅かなタイムラグで斬られるのが目に見えるし、そもそも水車の如く回転する腕を前にしては変形する暇が無い。
銃で受け止めようにもアームの方がもたない……銃を握って引金を引くだけの、枝の如く細いアームで鍔迫り合いなんてしたら、先ず間違いなく折れる。
脛部の推進器を吹かし、身体を捻らせて勇一はフランベルクの嵐を避け続ける。
《しゃあぁっ!》
防戦一方の勇一にアッティモは猛攻を繰り返すものの、その切っ先は全て僅かに届かず、勇一も分かっているのか要と思しき翼を狙っても即座に察知されて避けられる。
懐に潜り込めたのはいいが、有効打を与えられない事にアッティモの心中に苛立ちが募る。
―ガキンッ!
《…………?》
繰り出す斬撃を紙一重で避け続け、微かに届かぬ切っ先に苛立つアッティモの耳は金属音を捉え、音のした方へ視線を向けると其処には大きく開かれた口。
その中にはスピーカーに似た機械が収まっているが、スピーカーを知らないアッティモは口の中の機械に内心首を傾げる。
『皆、抱きしめて! 世界の果てまで!』
《はぁ!?》
首を傾げならがもアッティモが右手のフランベルクを振り下ろそうとした刹那。
突然スピーカー? からライカの声―アッティモは知らないがこの台詞、ライカが舞台に上がる時の決め台詞である―が響いた事にアッティモは目を丸くする。
―ガピィィィ――――――――!!
《ぐあぁっ!?》
すると、耳を劈くノイズと共にスピーカー? から衝撃波が迸り、物理的攻撃力を伴った衝撃波にアッティモは吹き飛ばされる。
「まさか、音波兵器を内蔵しているとは思わなかった。でかしたぞ、ライカ!」
「えへへ……♪」
衝撃波で大きく吹き飛ばされるアッティモに勇一は小さくガッツポーズ、褒められた事にライカははにかんだ笑みを浮かべる。
変形も鍔迫り合いも出来ない状況を如何に打破すべきか、その方法を勇一が考えていると副操縦席に座るライカが何か見つけたような声を上げた。
その声に見えないキーボードを叩くよう勇一が指を動かすと、目前に浮かび上がったのは灰雷凰の頭部の断面図。
その隅には『Lorelei』と書かれており、最初はソレが何なのか分からなかった。
眉間に皺を寄せて眺めていると脳内に断面図の意味が流れ込み、その意味を知った勇一はライカに思いっきり叫ぶよう指示した。
断面図が意味していたのは灰雷凰の内蔵兵器……ライカ、若しくはメリルの声を衝撃波に変えて照射する音波兵器・『歌衝砲(ローレライ)』、ソレが先程の衝撃波の正体である。
「今が好機、一気に距離を取るぞ!」
《くっ……逃がさん!》
歌衝砲の直撃を受けて吹き飛び、推進器を吹かして体勢を整えている今がチャンス。
戦闘機形態に変形して離れる勇一、アッティモは両手の剣を仕舞ってから慌てて追いかけ、マキナ同士の鬼ごっこが嘗てセイレムの在った森の上空で繰り広げられる。
「くぅ……」
「あぅ……」
灰雷凰の操縦席は戦闘機形態の加速Gからパイロットを保護する構造になっている。
然し、それでも押し潰されそうな程に凄まじい加速Gにライカとメリルは呻き声を上げ、勇一も眉間に皺を寄せている。
《くぁ……何て速さだ、このパトリオティスでも追い掛けるので精一杯とは……!》
パトリオティスは大気圏内での高速飛行を目指した結果、大型の動力炉と大出力の推進器のみで構築されたような特異なデザインになった、とネフレン=カから聞いている。
その分、コンセプトに見合った圧倒的加速力と空間支配能力を持ったマキナに仕上がった、とも聞いたが、それでも全ての推進器をフル稼働させなくては追い付くのがやっと。
我が身を襲う加速Gと灰雷凰のスピードへの驚きでアッティモは顔を歪ませる。
《このぉっ……!》
「何の……!」
何とか手が届く距離に追いついたアッティモは手を伸ばすのだが、勇一がバレルロールで避けた為伸ばした手は届かずに終わる。
その後も両者はアッティモの手が届くか届かないかの微妙な距離を保ちながら空を翔け、中々埋まらない距離にアッティモが苛立ちを隠せなくなりそうになった、その時だ。
「この私に追い付いた事は称賛に値する……だが、コレが私の全速力ではない!!」
急旋回で執拗な追跡を振り切って背後に回る勇一……一瞬で背後を取られたアッティモが急停止して振り返ると、其処には鳥人形態に変形して宙に佇む勇一。
振り切られる間際の、『今までのが全速力ではない』という台詞。
まだ速くなるのか、と驚きで目を見開くアッティモは、勇一から湧き上がる膨大な魔力に気付く。
「MG(マギウス)ドライブ出力最大、フルドライブ……行くぞ、」
灰雷凰の操縦席で勇一は目を閉じて腕を交差させると、その動きに応えるようヒトの手で作られた心臓が高鳴り、地響きと勘違いしそうな程な音を立てながら心臓が脈動する。
地響きじみた脈動、湧き上がる魔力、勇一の放つ膨大な魔力にライカとメリルは以前彼が話した『アレ』を思い出す。
音速を突破する機動力、ソレが今―――解放される。
『雷光石火(ヴォルテッカ)』!!
交差した腕を振り抜き、閉じた目を見開きながら叫ぶ勇一……見開かれた双眸、その瞳は歯車を思わせる形に変化しており、歯車状の瞳は毒々しいまでの紅い輝きを放っている。
そして、湧き上がる膨大な魔力は灰雷凰を包み、電流を纏った全身が紅く発光する。
―ドゴォォォンッ!!
《……………………何、だと!?》
魔力を溢れさせ、電流を纏って紅く輝く灰雷凰。
滾々と溢れる膨大な魔力にアッティモは全神経を総動員して警戒していた……筈だった。
耳に届くは爆音と破砕音、気付けばパトリオティスの頭部が木端微塵に砕け散っており、いきなり視界を失った事でアッティモは動揺する。
「この灰雷凰ならば……!」
頭部と視界を失って動揺するアッティモの遥か後方、其処には旋回中の勇一。
勇一がやったのは至極単純、『パトリオティスの頭部に翼の先端を引っ掛けただけ』だが、音速を超えたスピードで引っ掛けたが故に頭部が破壊されたのだ。
「どんな高機動戦闘だろうとぉぉ――――!!」
旋回を終え、戦闘機形態に変形した勇一は胸部のアームを展開、脇腹のラックに仕舞った二丁のリボルバーを取り出して機体を左右にロールさせながら連射する。
言葉にすればソレだけだが、他者が見れば空いた口が塞がらないだろう……傍から見れば、あまりのスピードに『勇一が三体に分身している』ように見えるのだから。
全身に纏う電流はアームを通じてリボルバーにも伝わり、超電磁砲と化したリボルバーの弾丸が未だ動揺しているアッティモを襲う。
《ぐあぁっ!?》
弾丸はパトリオティスの四肢と腕に付いた推進器を撃ち抜き、パトリオティスと魔術的に繋がっているアッティモの四肢と肩に幻痛が走る。
《が……っ!》
幻痛に呻くアッティモの脇を勇一は音速で通り過ぎ、幻痛に悶えるアッティモを衝撃波が更に痛めつける。
「まだまだぁぁぁ―――!!」
アッティモの脇を通り過ぎた勇一は鳥人形態へ変形、急激に増した空気抵抗で減速すると体勢を崩したアッティモに向き直る。
直後、勇一の周囲に直径二〇センチ程の雷球が大量に現れ、現れた雷球はミサイル宜しくアッティモ目掛けて飛んでいく。
「おぉおぉぉおおぉおぉぉぉ―――!!」
「え、えぇ!?」
「う、嘘でしょ!?」
雷球が全て飛んでいった後、勇一は雄叫びと共に戦闘機形態に変形して突撃するが、そのスピードにライカとメリルは驚きで目を丸くする。
「『後から追い掛けて追い抜く』なんて出鱈目よ!」
驚きの叫びを上げるのも当然か……なにせ、勇一の背後には『先に飛んでいった幾つもの雷球が彼を追い掛けるように飛んでいる』。
『先に放った雷球の間を縫うよう突撃したら何時の間にか雷球を追い抜いていた』のだ、メリルが驚くのも無理は無い。
「メリル、あまり喋ると舌を」
「ふぐぅっ!?」
「……遅かったか」
非常識過ぎるスピードに驚くメリルに勇一は注意しようとするのだが既に遅し、メリルは思いっきり舌を噛んだ。
「これで、」
雷球を引き連れて突撃する勇一、瞬く間に埋まる距離。
ぶつかる寸前に勇一はアッティモの脇をすり抜け、彼の背後を追っていた幾つもの雷球がアッティモに直撃する。
《ぐあぁぁぁ――――!!》
次々と着弾する雷球、全身に迸る電撃……身体を容赦無く蹂躙する高圧電流にアッティモは苦痛の叫びを上げ、操縦席の機器が高圧電流に耐え切れず次々と爆発する。
全身を巡る高圧電流に悶えるアッティモを尻目に勇一は大きく宙返り、
「フィニッシュだ!!」
嘗てのワイバーンの頭部を思わせる機首がパトリオティスの胸部を貫く。
《が、は……》
胸部を貫いた機首に押し潰された衝撃でアッティモの意識は急速に遠のき、押し潰しても尚めり込み続ける機首はパトリオティスを真っ二つに両断する。
《灰崎、勇一……お前は……俺の…………》
視界が暗闇に閉ざされ、二度と這い上がれぬ深淵に意識が沈む中でアッティモは呟くが、彼の呟きは機体の爆発に掻き消される。
その遥か後方、鳥人形態に変形した勇一は爆発したパトリオティスに振り返る。
「アッティモ・F・エテルニタ、何れ私も其処に行く。その時まで眠るといい……」
×××
「そう言えば、勇一君」
「……ん?」
アッティモを撃退し、休息の為に森に降下した勇一。
音速を超えた機動力は人工物で作られた身体でも負担が大きいのか、胸に手を当てて何度も深呼吸する勇一にライカは恐る恐るといった感じで声を掛ける。
「すっかり忘れてたんだけど。勇一君、さっき私達に『恋い焦がれた』って言わなかった?」
「っ!?」
言った本人も今まですっかり忘れていた発言を尋ねてきたライカ、その爆弾発言に勇一はギクリ…と身体を強張らせる。
「そう言えば、確かに言ってたわね……勇一、ソレってどういう事かしら?」
身体を強張らせる勇一の許にライカとメリルが翼を羽ばたかせて近付き、ほぼ零距離からジィ…と見つめてくる四つの瞳に勇一は視線を泳がせる。
「…………済まない。色々あってちゃんと伝える暇が無かったが、」
暫く視線を泳がせていた勇一だが覚悟を決めたのか、泳がせていた視線をライカとメリルに向ける。
「私は君達が好きだ」
「「っ!」」
短くも本気だというのがハッキリと分かる言葉に二人は息を呑み、やや遅れて二人の頬が徐々に赤く染まっていく。
「優柔不断と思ってくれても構わない。だが、私は異性として君達二人が、うおぉ!?」
常識的に考えてみれば二股宣言と同義の告白に幻滅されると思っていた勇一だが、二人のタックルじみた抱擁に言葉が途切れる。
突然抱きついてきた事に戸惑う勇一を二人は潤んだ……然し、何処か獲物を見つけた猛獣を思わせる目で見上げ、肉食獣の如き四つの瞳に勇一の困惑は加速する。
何故、頬を赤らめ、餓えた猛獣じみた目で自分を見る。
「えへへ……メリルさん、今の聞きました?」
「えぇ、ハッキリバッチリ聞いたわ♪」
ライカとメリルは顔を見合わせると笑みを浮かべるのだが、二人の笑みはどう見ても獲物を捕らえた捕食者そのもの。
勇一を見上げていた二人の視線は下に移り、二人の熱い視線が股間に向けられる。
何だろう、息子に重大な危機が迫りつつあるのを感じる。
「でも、勇一君って身体が……」
「あ……」
ジッと股間を見ていた二人だが、ライカの残念そうな声で二人の表情が一瞬で曇り、その表情と言葉で二人が何を求めていたのかを勇一は悟る。
「あの時は言う必要が無かった為、敢えて話さなかったのだが……身体の殆どが人工物で作られた私でも『君達との間に子供は作れる』ぞ」
「「え?」」
子供が作れるという発言にライカとメリルは視線を上げ、キョトンとした表情を浮かべる二人に勇一は己の身体について補足する。
確かに勇一の身体の殆どは人工物だが、生身の部分も僅かながら残っている。
勇一に残されている生身の部分は脳と神経系、そして『生殖器』……戦闘用サイボーグに不要な筈の生殖器が何故か勇一の身体には残っており、而もちゃんと正常に機能する。
「まぁ、その気になれば私も君達との間に子供を儲ける事も出来る」
今までその気になる事が無かったが、と言おうとした瞬間、メリルに足を払われた勇一はそのまま仰向けに倒れ、倒れた彼に二人が覆い被さるように密着する。
「えへ、えへへ、えへへへへへ……」
「うふ、うふふ、うふふふふふ……」
覆い被さるライカとメリルの壊れたような笑みに勇一は引き攣った笑みを浮かべる。
「その気にさせた勇一君が、悪いんだからね……今更待ったなんて、聞かないから……」
「この身体になってから、ずっと我慢してきたのよ……正直な話、今まで我慢出来たのが不思議なくらいに疼いてたんだから……」
潤んだ瞳は我慢を重ねてきた情欲以外の意思を映さず、二人の顔は林檎の如く耳まで赤く染まっている。
押してはならないスイッチを押してしまった、と後悔するも既に遅く、舌舐めずりをする二人は何処からどう見ても完全に発情している。
「ま、待て、事に及ぶ前に一つ聞きたい! 君達は私の事をどう思っているのだ?」
完全に発情し、今にもズボンを剥きそうなライカとメリルを前に勇一は問う。
二人の発情は少なくとも自身に友人以上の感情を抱き、友人以上の関係を求めている事を示しているが、それでも行為に及ぶ前に二人の気持ちを知っておきたい。
「勇一君の事をどう思ってるのかなんて、答えは決まってるよ……」
「私達も貴方が好きよ。こんなに濡らしちゃうくらいに、ね……♪」
「…………!」
勇一の問いに二人は上体を起こすと袖無しのシスター服の裾を翼で器用に捲り上げ、裾の中の光景に勇一は唾を飲む。
ライカは小さなリボンの付いた白いパンツ、メリルは―何故か股間がもっこりと膨れた―大人の色気溢れる黒いレースのパンツ。
ライカの下着はまるで漏らしたかのように濡れており、メリルの方は分かり難いが太腿の内側にタラタラと液体が滴り落ちている。
見るからに扇情的な光景に加え、濃厚な雌の甘い匂いが勇一の嗅覚を刺激し、視覚と嗅覚の同時攻撃に否応無く股間がムクムクと反応する。
「あはっ、勇一君も準備出来たみたい♪」
「それじゃあ、勇一……私達を満足させなさい♪」
魔物と交流を持っていた罪で投獄されたライカとメリル。
二人が魔物化したのは投獄から三日目の夜、処刑を待つ二人の耳に硝子に罅が入るような音が届き、その音で顔を上げたのが発端。
『あり? アテ、座標間違えたっぽい?』
顔を上げた途端、二人の間の空間に突然亀裂が入り、其処から同性でも思わず見蕩れる程に整った顔立ちを持つ美女の首が現れたのだ。
亀裂から出した首を動かして周囲を見渡し、微かな困惑を浮かべる美女。
そのあまりにも非現実的な光景に二人は目を見開いて言葉を失う。
『ま、取り敢えず潜入には成功したみてぇだし。んっ、しょっ……と』
言葉が出ない二人を尻目に美女は一度亀裂に首を引っ込めた後、まるで母体から産まれる胎児の如くズルリと全身を現し、
『どぅべっ!?』
見事着地失敗、顔面を思いっきり床にぶつけた。
『痛たたた……ん、何だよ? アテは見世物じゃねぇぞ』
床にぶつけた鼻を擦りつつ立ち上がり、呆然と見つめるライカとメリルに気付いた美女はジロリと睨みつけるものの二人は全く動じない。
白地に黒い縞の入った無骨な防具を纏った、軽装の女軍人と言える風貌の美女の所々にはヒトならざるパーツ。
頭には捩じれた黒の二本角、腰には蝙蝠じみた白い翼とハート型の先端を持つ白い尻尾、何処からどう見てもこの美女は魔物であり、こんな特徴を持つ魔物は一種類しかいない。
教団の仇敵、憎き魔王の愛娘・リリム。
同性すら魅了する美貌を持つリリムを前に動ける者は皆無、二人が動じないのもリリムの美貌に魅入られているからだ。
『……あ〜、あ〜、成程ね。ホレ、何時までもアテに見惚れてんじゃねぇ』
『『痛っ!?』』
動じないどころか全く動く気配を見せない二人を見て漸く気付いたらしく、軍装リリムは二人の頭を軽く小突いて正気に戻す。
『んで? 此処はネルカティエ城の何処さ? ついでにオメェ等の事とかも教えちくり』
『え、えぇ……』
地味に痛かった拳骨に頭を押さえるライカとメリルに軍装リリムは場所や名前等を尋ね、その問いにメリルが答える。
此処はネルカティエ城の地下牢、自分達はネルカティエのシスター兼歌手。
今は魔物と交流を持っていた罪で投獄され、静かに処刑を待つ身である。
『ファタ姉ぇの所にアンドロイド大量にブチ込んだ挙句、魔物と文通してただけで死刑にするたぁ、此処の連中は頭の大事な螺子がまとめてブッ飛んでんのかよ……』
メリルの話を最後まで聞いた後、軍装リリムは王族とは思えない粗野な口調で吐き捨て、その美貌は嫌悪と憤激で激しく歪んでいる。
嘗ての性質を持っていたのなら、中てられただけでショック死するのでは。
そう思える程に軍装リリムの放つ怒気は凄まじく、その怒気に二人は息を呑む。
『うし、決めた。下調べで来たけど、そいつぁ後回しだ』
何を決めたのか、ライカとメリルがそう尋ねようとした瞬間だった。
軍装リリムは魔力を両手に集め、魔力集めた右手をライカに、左手をメリルに向ける。
訓練を受けたとはいえ、素人同然である二人でも分かる程に膨大な魔力。
その魔力をどうするつもりなのか、と問いたくても、軍装リリムの放つ圧倒的な威圧感に呑まれて口が動かせない。
『オメェ等を、オメェ等に相応しい魔物にする。んで、だ……』
腹に響くような低い声で紡がれた一言に二人は
『この心底ムカつく国を徹底的にブッ壊しちまいなぁ!!』
息を呑む暇も無く膨大な魔力に包まれ、二人の意識は紫色の闇に落ちた。
「……という訳なの」
「成程。つまり、君達は魔物化したばかりのルーキーという事か」
自分の右側を飛んでいるメリルから魔物化の経緯を聞き、勇一は納得した表情を浮かべる。
意識を取り戻した後、自分の魔物化した姿に驚きながらもライカとメリルは軍装リリムに『勇一を待つから此処に残る』と告げた。
二人の発言に早速暴れるだろうと思っていた軍装リリムは呆気に取られたが、待っている間に看守等に見つかって騒ぎになるのを防ぐ為に彼女は二人に変化を教えた。
教わった変化を二人が何度か試している途中で、軍装リリムは『事が済んだらアーカムに来い』と言い残して去ったそうだ。
「るーきー? 勇一君、るーきーってどういう意味なの?」
「私の世界の言葉で『新人』という意味だ」
台詞の中に混ざっていた聞き慣れない単語にライカは首を傾げると勇一がすかさず説明し、その意味にライカは勿論、彼を挟んで隣を飛ぶメリルも頷く。
さて、地下牢から脱出した勇一達三人は兵士達を退けて城門を抜け、現在非番の兵士達が寝泊まりする宿舎の集まった、通称・宿舎通りを駆け抜けている。
因みに、ネルカティエはこの宿舎通りとネルカティエ城、教団専属の鍛冶職人達が過ごす工房区画、食料を生産する為の農業区画の四区画に分けられている。
城内の騒ぎが伝わっているのか、非番の兵士達も武装して三人の前に立ち塞がるものの。
「見つけたぞ……って、ライカちゃん!?」
「うおぉぉっ!? お、俺達のライカちゃんが魔物になってる!!」
「んもぉ! 邪魔だよ!」
「「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」」
ライカを見て驚いては電撃を食らい、
「此処から先は通さ……って、えぇぇぇ!?」
「そ、そんな、メリルが魔物化!? 夢なら醒めてくれ!!」
「退きなさい! すぅぅ……私の声を聞けぇぇ――――!!」
「「うぼあぁぁぁぁぁっ!!」」
メリルを見て驚いては強靭な肺活量で衝撃波と化した大声で吹っ飛び、と魔物化した姿を見て驚いている間に当の本人達の攻撃で次々と無力化される。
「…………私が敵に回ったと知った時よりも情けなく見えるのは気の所為か?」
情けなさ全開の兵士達に勇一は呆れるしかないのだが、紅蓮達が次々離反した事で離反が予想されていた彼に対し、ライカとメリルは離反どころか魔物化自体が寝耳に水。
教団の誇る二大アイドルの魔物化、という前代未聞のスキャンダルを前にすれば兵士達の反応も当然と言えば当然か。
外壁の門を抜ければ三人は晴れて自由の身、情けなさ全開の兵士達を蹴散らしつつ―主に蹴散らしているのはライカとメリルだが―外壁を目指して三人は宿舎通りを駆け抜ける。
「ねぇ、勇一君。私達と訓練してる時、音より速く動けるって言ってたよね? そんなに速く動いて、身体は大丈夫なの?」
「そう言えば貴方、そんな事言ってたわね。普通に考えれば、全身大怪我じゃ済まないと思うんだけど……」
先日夜斗の行った破壊工作でボロボロになった以上、三人に追撃を出す可能性は限りなく低く、追撃があったにしてもごく少数だろう。
そうあってほしい、と願いつつ疾走する勇一にライカとメリルから疑問がぶつけられる。
二人の疑問は尤もだ……生身の人間が音速を超えるスピードに到底耐えられる訳が無く、仮に身体を魔術で保護していたとしてもそのスピードを長時間出し続けるのは無理がある。
にも拘らず、音速を超えるスピードで長時間走る事が出来る勇一は一体何者―少なくとも『人間ではない』―なのだろうか。
「む、二人にはまだ話していなかったな。そう、だな……一先ず、セイレムが在った森に向かうとしよう。其処で休憩を兼ねて私の身体の事について話そうか」
二人からの疑問に勇一は嘗てセイレムが在った森に向かう事を提案、其処で休憩を兼ねて身体の事を話すと言う。
勇一の提案に二人は頷き、三人は嘗てセイレムが在った森へ進路を変えた。
×××
「さて、私の身体の事だったな。結論から言えば私は『サイボーグ』、君達にも分かるよう言えば私は『限りなく人間に近い人形』だ」
「「……っ!?」」
外壁の門を抜け、嘗てセイレムが在った森に到着した勇一達。
森の入口からやや奥に進んだ所で腰を下ろした後、勇一はライカとメリルにぶつけられた疑問に答えるが、その答えに二人は目を見開いて息を呑む。
「君達が驚くのも分かるが、話を続けさせてもらおう。先程私は人形を自称したが、私は只の人形ではない」
予想すらしていなかった答えに絶句する二人に勇一は淡々と身体の事を話し続ける。
灰崎勇一は元の世界でも空想の中にしか存在しないサイボーグである。
サイボーグ魔術師、SFとファンタジーが融合した現存する唯一の試作品、ソレが勇一だ。
サイボーグと聞けば誰もが身体の半分以上が機械となった姿が思い浮かぶだろうが、勇一の身体は傍から見れば人間と全く変わらない。
それもその筈、強化セラミック製の骨格、バイオマテリアルの筋肉繊維、対ショック構造を備えた内臓等、勇一の身体からは一切の電子部品、金属部品が撤廃されている。
運動神経は生の身体からそのまま流用し、機械駆動の関節すら廃した勇一の身体は素材が人工物である事以外生身と殆ど変らない。
勇一の身体は御世辞にも戦闘用のサイボーグとは言えない貧弱な代物だが、パーツの一つ一つが特注品で、その開発費は金額にすれば八桁は確実という相当な額になる。
そんな投じた金額に見合わぬ貧弱な仕様は勇一が持つ魔術の素質を殺さない為、雷と磁力という機械の天敵を彼が操る以上、機械で身体を作るのは文字通り自殺行為だからである。
勇一が魔術を扱えるように、と彼の敬愛する義父自ら設計した身体は素材こそ人工物だが、構造自体はあくまで人体の模倣である。
但し、その模倣は徹底されており、内臓から循環系、『魔力を生成する器官や魔力の流れる経絡も一切残さず勇一の身体には詰め込まれている』。
自然の機運を逸脱するモノばかりが機械の真髄に非ず、そもそも機械工学は自然を模する事が始まりにして起点。
自然の機運を逸脱する機械化ではなく、自然に倣った肉体機能の底上げ。
要は発想の転換だが、義父が自ら設計した身体は現代の技術者は勿論、空想の中の住まう技術者達ですら誰一人として義父の意図を理解し得なかっただろう。
ソレも当然、勇一の身体はライカ達の世界にしか存在しない智慧に基づいているのだから。
異世界の知恵と現実の空想が融合した勇一の身体はライカ達の世界の生物と同様、魔力の生成器官で魔力を練り上げ、練り上げた魔力を全身に巡らせる事が出来る。
人造器官の強度とパワーは肉体限界から勇一を解放し、生身の魔術師では為し得ぬ魔術を彼は駆使する事が出来るのだ。
「私の身体の殆どは人工物と交換されており、割合で言えば肉と人工物が一対九。この肌ですらヒトの手で作られた模造品だ」
中身は勿論、肌や髪までが人工物という、ヒトと見紛うばかりに精緻な作り物。
その告白にライカとメリルは言葉を失い、呆然と勇一を見つめている。
何故そんな身体になったのか……そう尋ねようとした二人だが、突然空を見上げて険しい表情を浮かべる勇一を見て言葉にならなかった。
「…………君達が何を聞きたいのか分かるが、どうやら追手が来たようだ」
追手、その一言で二人も空を見上げ、緊張で身体が強張っていく。
緊張で強張った身体で空を見上げる三人、三人の中でも実戦経験豊富な勇一は空から迫る追手が尋常ならざるモノである事を直感で悟る。
「……虱の皮を槍で剥ぐ、とはまさにこの事だな」
「大根を正宗で切る、とも言うわね」
直後、空から現れた追手に引き攣った苦笑を浮かべる勇一にメリルは軽口を叩くが、その額には冷や汗が流れており、ライカは顔を青褪めさせている。
三人の反応は当然、空から現れた追手は目算で一七メートル近い巨大ロボット。
大きく張り出した巨大な肩当て、その下には戦闘機に使われていそうな推進器が其々二基ずつ顔を覗かせており、その先端にぶら下がっているようにも見える腕は細く華奢。
華奢に見える腕にも一基ずつ推進器が備えられ、その背中にも一回り大きな推進器が二基、と彼方此方に付いた推進器で上半身は矢鱈とゴツい。
推進器だらけでゴツい上半身に対して下半身は足なんて飾りだと言わんばかりに華奢で、正直自重を支えるので精一杯ではないかと思える程だ。
《目標を捕捉、これより追撃に入る》
「その声、アッティモ・F・エテルニタか……厄介な相手が追撃に来たか」
上下で印象の異なる鋼鉄の巨人はその身の如く冷たく無感情な声を発し、発せられた声に聞き覚えのある勇一は眉を顰める。
勇一の模擬戦相手だったアッティモは『剣技だけ』ならネルカティエ第一王女であり国内最強の勇者でもあるクレアンヌと並ぶ、と言われる勇者だが、彼は良くも悪くも剣一筋。
ソレ以外は平凡だった為、模擬戦の際は得物の違いもあって勇一が勝利を掴んだ。
《こんな形で雌雄を決したくなかったが任務は任務だ。アッティモ・F・エテルニタ、目標を破壊する!》
何処から取り出したのか、右手にフランベルク握ったアッティモは急降下と同時に巨大な切っ先を三人目掛けて勢いよく突き出す。
「くっ、各個散開!」
その巨躯に見合う大きさを持つ波打つ刀身の片手剣、斬れる斬れない以前に切っ先が軽く触れただけでも押し潰されるのは確実。
突き出される刹那、勇一は散開するように叫び、三人が其々別方向に散った直後、三人が居た場所に切っ先が突き刺さる。
「ライカ、メリル、森の上空には出るな! 上空に出れば追い付かれるぞ!」
「「無理!」」
そのまま走る勇一の叫びにライカとメリルは即座に無理だと大声で返す。
確かに二人は飛行能力に長けた魔物だが、魔物化したばかりの二人に鬱蒼と茂る木々の間を潜り抜けつつ低空飛行という器用な真似は不可能に近い。
だからと言って森の上空に出れば、上半身が推進器だらけの巨大ロボットが相手では直ぐ追い付かれて握り潰されるのが目に見える。
「くっ……」
結果論だが、森に逃げ込んだのが失敗だった事に勇一は舌打ちする……追撃が出るにしろ相手は人間で少数、仮に追手が現れても撒けると判断して休憩場所に森を選んだらコレだ。
まさか、追手が時代を先駆けし過ぎた巨大ロボット―この巨大ロボットがネルカティエの切り札であるマキナである事を勇一達はまだ知らない―だとは思わなかった。
鬱蒼と茂る木々に遮られて空の様子は見え難いが、今頃巨大ロボットは獲物を狙う猛禽類宜しく今か今かと森から出てくるのを待っているだろう。
「いや、それ以前にどうやって我々を捕捉した……?」
不意に思い浮かぶ疑問、どうやってネルカティエは自分達の行先を掴んだのだろうか。
森に行く事を提案した時、周囲には少なくともライカとメリルしかいなかったが、こうも早く追手が現れた事を考えると提案した段階で知られていた事になる。
「ソレを今考えても仕方ないか。今は……」
どうやって自分達の行先を掴んだのかを考えるのは後回し、この危機的状況をどうやって打破するか、を考えるのが先決だが、幾等思考しても方法が思い浮かばない。
超電磁砲と化したリボルバーでも巨大ロボットが相手では豆鉄砲同然であり、而も相手は空を飛んでいる以上、地上から撃った所で避けられるのがオチ。
ライカかメリルの足に掴まるにしろ、足に自分が掴まっている状態では本来の空戦能力を発揮出来る筈も無く、いとも容易くジ・エンド。
「くぅ……八方塞がりとはこの事か……」
幾等考えても最悪な結末しか思い浮かばない事に勇一は臍を噛む。
此方に相手への有効打は無く、相手は此方に対して過剰なまでの有効打を持っている以上、最低でも此方も巨大ロボットを用意して挑まなければ話にもならない。
然し、此方に巨大ロボットが―――
―在る、としたら?
「……っ!?」
不意に聞こえた、敬愛する義父の声。
聞こえる筈の無い声が聞こえた事に勇一は思わず足を止める。
―理不尽に抗う為の力を、君は既に持っている
―ただ、持っている事に気付いていないだけだ
「私に……アレに対抗する力が……?」
―さぁ、君の中で眠っている力を起こしてあげたまえ
―理不尽に抗う力は君の声を待っている
「……………………」
何処からともなく聞こえる義父の声に従い、勇一は己の中に目を凝らす。
己の内側に目を凝らしてみれば、確かに今まで気付かなかった事がおかしい程に圧倒的な力が己の内に宿っているのが分かる。
その圧倒的な力に勇一は身体を、ヒトの手で作られた作り物の身体を震わせる。
―気付いたかい? 気付いたのなら、呼んであげるといい
―世界中に響かせる気で叫ぶんだ、その力の名を!
気付いた以上、知った以上、何時までも眠らせている訳にもいかない。
己の内に眠る力に気付いた勇一はゆっくりと右手を天に掲げ、己が内に眠る力の名を叫ぶ。
《……雷雲、だと?》
一方、森の上を飛んでいたアッティモは在り得ないモノを見た。
目前に現れたのは雷雲、『周囲は快晴にも拘らずポツンと浮かぶ小さな雷雲』。
青々と晴れ渡った空に浮かぶ、紫電を絶え間無く走らせる雷雲にアッティモが首を傾げた瞬間、因縁の相手の声が響く。
鳥は我を嫌え
風は我を憎め
空は我を恨め
我は鳥を、風を、空を、切り裂くモノ也
「舞い降りよ、灰雷凰(カイライオウ)!!」
《…………!!》
何かの名前を叫ぶような勇一の声が響くと同時に雷雲が弾け飛び、その中から現れたモノにアッティモは言葉を失う。
雷雲から現れしモノ、ソレは人と鳥と竜が混ざり合った鋼鉄の異形。
×××
「え? え?」
「ちょ、ちょっと、此処は一体何処なの!?」
突然現れた鋼鉄の異形に絶句するアッティモ、その鋼鉄の異形の中でもライカとメリルが困惑の声を上げていた。
巨大なフランベルクを避けた後、直ぐに合流した二人はアッティモに見つからないように注意しつつ、別方向に走っていった勇一を探していた。
その途中で勇一の叫びが聞こえたと同時に二人は突然光に包まれ、光が消えたと思ったら淡く発光する、丸みを帯びた壁に覆われた此処に居た。
突然何処かに跳ばされた上に、今まで見た事の無いモノ―勇一に言わせれば、前後の車輪が取れたバイク―に座らされているのだ、二人が困惑するのも無理は無い。
「む……何故、君達が此処に?」
「あっ、勇一君……」
「何でって、私達が聞きたいわよ」
突然の事態にライカとメリルが困惑していると背後から声が聞こえ、その声で二人は同時に振り向くと、其処には細緻な細工に雅趣薫る灰色の籠手を着けた勇一。
同年代と比べれば大柄な身体をスッポリと包む巨大な泡―見れば、泡と籠手はワイヤーで繋がっている―の中で勇一は首を傾げており、首傾げる彼にメリルは逆に問い返す。
「此処は私のマキナ・灰雷凰の操縦席、人間に例えれば脳に該当する部分だが……細かい説明は後だ、先ずは奴を撃退する!」
「え、わ、きゃあぁっ!?」
メリルからの問いに勇一が答えになっていない答えを返した直後、突然の加速にライカは悲鳴を上げた。
《アレも、マキナなのか……?》
目前の異形、勇一の操るマキナ・灰雷凰にアッティモは疑問の呟きを漏らす。
全体的に見れば推進器と一体化した翼を備えた鋼鉄製サンダーバードと言えるが、頭部は勇一と共に行動していた桜色のワイバーンの頭で、腰には長い尻尾が生えている。
サンダーバードの頭をワイバーンと挿げ替え、腰にその尻尾を生やしたような奇妙な姿は、レスカティエ奪還戦で確認された魔物側のマキナと比べて何処か異質さを感じさせる。
《……だが、如何に奇妙であっても俺と『パトリオティス』の敵ではない》
異質さを感じようとも敵は敵、アッティモは其々の手に長さの違うフランベルクを握って構える。
《な、何だと……!?》
その直後、アッティモは灰雷凰から感じた異質さの正体を知って驚愕した。
「行くぞ、灰雷凰!」
胸部に折り畳まれていたクレーンアームを展開。
五本の指を持つクレーンアームに愛用の、相応に巨大化したリボルバーを握らせた勇一はアッティモとの距離を一気に詰める。
推進器を吹かして一気に距離を詰める勇一に対し、アッティモは驚愕で動けない。
―ドンッ、ドンッ!
《ぐっ……!》
すれ違う間際に勇一は発砲、アッティモは慌てて推進器を吹かして弾丸を避ける。
そのまま勇一は遠くに飛び去ったかと思うと大きな弧を描くように旋回、アッティモとの距離を詰め直す。
《そんな、》
高速で迫る勇一を前にアッティモは動揺を隠せない、何故なら
《『変形』するマキナだと!?》
再び迫りつつある勇一のマキナ・灰雷凰は姿を変えていたのだから。
「自慢ではないが、高速射撃戦には些か自信がある!」
《くぅっ……!》
すれ違う間際にリボルバーを撃ち、弾丸の後を追いかけるように体当たりしてくる勇一に、アッティモは上半身の推進器を吹かして避け続ける。
「高速射撃戦は私と私の操る『可変マキナ』・灰雷凰の十八番、存分に味わってもらおう!」
なにせ、灰雷凰は『ワイバーンの頭と尾を持つサンダーバード』から、『嘗てのワイバーンを思わせる戦闘機』へと姿を変えているのだ。
人型のパトリオティスと戦闘機の灰雷凰、その圧倒的な機動力の差にアッティモが防戦を強いられるのも当然と言えよう。
「凄いじゃない、勇一! あのアッティモを手玉に取るなんて!」
長さの違う二本のフランベルクを巧みに操り、使命の名の下に多くの魔物を討伐してきたアッティモ、付いた通り名は『双剣聖』。
所属するネルカティエは勿論、他の教団領でも有名な勇者であるアッティモを完全に手玉に取っている勇一にメリルは興奮を隠せない。
「油断するな、メリル。アッティモは以前私と戦った事のある相手……再び対峙した時を想定し、前回の敗北を踏まえた対抗策を持っている筈だ」
副操縦席で興奮するメリルに対して勇一は冷静そのもの。
勇一は戦闘機形態から鳥人形態に変形させると、今度はアッティモを中心に円を描くよう旋回しつつ銃撃を浴びせる。
初めて操縦するにも拘らず、勇一は性能を熟知している……ライカとメリルを足して二で割ったような姿の鳥人形態(ハーピー・フォーム)、嘗てのワイバーンを思わせる戦闘機形態(フライト・フォーム)。
二つの姿を持つ可変マキナ・灰雷凰は鳥人形態では機動力を活かして距離を取りつつ射撃、戦闘機形態では驚異的な加速性能に物を言わせた一撃離脱を得意とする。
自分とは相性の良い、高速射撃戦仕様の灰雷凰は高い機動力を持つ分装甲が薄く、機体の構造上近接格闘には不向きである。
仮に接近されたら一目散に逃げて距離を取り直すしかなく、斬られようものなら一太刀で戦闘力が大きく削られるだろう。
模擬戦で戦った事があり、互いに得意な戦い方をある程度ながら知っている以上、自分の得意な戦い方に持ち込んだ後、如何に己に優勢な状況を維持出来るかが鍵となる。
―カキンッ
「む……?」
アッティモの周囲を旋回しつつ引金を引いていると、突然弾丸の代わりに虚しい金属音が飛び出し、その音で勇一は弾切れに気付く。
勇一の使うリボルバーはS&W M19―所謂、コンバットマグナムだ―、軽くて持ち運びに便利な上に高威力の弾丸を撃てるのだが、リボルバーの宿命か六発と装弾数が少ない。
「くっ、私とした事が……!」
《行くぞ……!》
残弾数の確認を怠ってしまった事に勇一は眉を顰めながら右手のリボルバーを脇腹にあるラックに収め、何処からか取り出したスピードローダーを左手のリボルバーに装填する。
無論、その致命的な隙を見逃す筈も無く、勇一との距離をアッティモは一気に詰める。
「ちぃっ……!」
一気に迫るアッティモ、勇一は舌打ちしつつ装填を終えたリボルバーを撃つが、上半身の推進器を使って細かくジグザグに動きながら迫るアッティモに弾丸は掠りもしない。
《俺は二度も同じ相手に負けるつもりは無いっ!》
弓よりも速くて射程も長く、クロスボウと違って連射の利く銃だが、その軌道自体は直線。
直線であるが故に察知出来れば避けやすく、ジグザグに動き続ければ射線を合わせ難く、絶対的に有利な間合いの内側に潜り込めれば刀剣の方が優位。
この世界では未知の存在である銃を使う勇一に模擬戦とはいえ敗北した、という事実は、アッティモのプライドを傷つけた。
プライドを傷つけられたアッティモは勇一の訓練風景を密かに観察し、パトリオティスの開発者で教官でもあるネフレン=カから銃に関するレクチャーを受けた。
観察とレクチャーを基に銃を持った相手に対しての近接格闘戦を編み出したアッティモは、勇一に勝つ事を胸にソレを只管磨いていった。
《はあぁっ!》
「くぅっ……!」
結果、勢いよく振り下ろされた剣は僅かに届かなかったが、勇一が最も苦手とする距離にアッティモは届いた。
《せいっ、はぁっ!》
「ふっ、ぬぅっ……!」
距離を取ろうとする勇一と距離を詰めつつアッティモはネルカティエで一、二を争う剣技を披露し、その動きは肩を中心に剣が勝手に動き回っているようにも見える。
縦横無尽に振るわれる二本のフランベルクに、今度は勇一が防戦一方となる。
戦闘機形態で一気に距離を離そうとしても、変形の僅かなタイムラグで斬られるのが目に見えるし、そもそも水車の如く回転する腕を前にしては変形する暇が無い。
銃で受け止めようにもアームの方がもたない……銃を握って引金を引くだけの、枝の如く細いアームで鍔迫り合いなんてしたら、先ず間違いなく折れる。
脛部の推進器を吹かし、身体を捻らせて勇一はフランベルクの嵐を避け続ける。
《しゃあぁっ!》
防戦一方の勇一にアッティモは猛攻を繰り返すものの、その切っ先は全て僅かに届かず、勇一も分かっているのか要と思しき翼を狙っても即座に察知されて避けられる。
懐に潜り込めたのはいいが、有効打を与えられない事にアッティモの心中に苛立ちが募る。
―ガキンッ!
《…………?》
繰り出す斬撃を紙一重で避け続け、微かに届かぬ切っ先に苛立つアッティモの耳は金属音を捉え、音のした方へ視線を向けると其処には大きく開かれた口。
その中にはスピーカーに似た機械が収まっているが、スピーカーを知らないアッティモは口の中の機械に内心首を傾げる。
『皆、抱きしめて! 世界の果てまで!』
《はぁ!?》
首を傾げならがもアッティモが右手のフランベルクを振り下ろそうとした刹那。
突然スピーカー? からライカの声―アッティモは知らないがこの台詞、ライカが舞台に上がる時の決め台詞である―が響いた事にアッティモは目を丸くする。
―ガピィィィ――――――――!!
《ぐあぁっ!?》
すると、耳を劈くノイズと共にスピーカー? から衝撃波が迸り、物理的攻撃力を伴った衝撃波にアッティモは吹き飛ばされる。
「まさか、音波兵器を内蔵しているとは思わなかった。でかしたぞ、ライカ!」
「えへへ……♪」
衝撃波で大きく吹き飛ばされるアッティモに勇一は小さくガッツポーズ、褒められた事にライカははにかんだ笑みを浮かべる。
変形も鍔迫り合いも出来ない状況を如何に打破すべきか、その方法を勇一が考えていると副操縦席に座るライカが何か見つけたような声を上げた。
その声に見えないキーボードを叩くよう勇一が指を動かすと、目前に浮かび上がったのは灰雷凰の頭部の断面図。
その隅には『Lorelei』と書かれており、最初はソレが何なのか分からなかった。
眉間に皺を寄せて眺めていると脳内に断面図の意味が流れ込み、その意味を知った勇一はライカに思いっきり叫ぶよう指示した。
断面図が意味していたのは灰雷凰の内蔵兵器……ライカ、若しくはメリルの声を衝撃波に変えて照射する音波兵器・『歌衝砲(ローレライ)』、ソレが先程の衝撃波の正体である。
「今が好機、一気に距離を取るぞ!」
《くっ……逃がさん!》
歌衝砲の直撃を受けて吹き飛び、推進器を吹かして体勢を整えている今がチャンス。
戦闘機形態に変形して離れる勇一、アッティモは両手の剣を仕舞ってから慌てて追いかけ、マキナ同士の鬼ごっこが嘗てセイレムの在った森の上空で繰り広げられる。
「くぅ……」
「あぅ……」
灰雷凰の操縦席は戦闘機形態の加速Gからパイロットを保護する構造になっている。
然し、それでも押し潰されそうな程に凄まじい加速Gにライカとメリルは呻き声を上げ、勇一も眉間に皺を寄せている。
《くぁ……何て速さだ、このパトリオティスでも追い掛けるので精一杯とは……!》
パトリオティスは大気圏内での高速飛行を目指した結果、大型の動力炉と大出力の推進器のみで構築されたような特異なデザインになった、とネフレン=カから聞いている。
その分、コンセプトに見合った圧倒的加速力と空間支配能力を持ったマキナに仕上がった、とも聞いたが、それでも全ての推進器をフル稼働させなくては追い付くのがやっと。
我が身を襲う加速Gと灰雷凰のスピードへの驚きでアッティモは顔を歪ませる。
《このぉっ……!》
「何の……!」
何とか手が届く距離に追いついたアッティモは手を伸ばすのだが、勇一がバレルロールで避けた為伸ばした手は届かずに終わる。
その後も両者はアッティモの手が届くか届かないかの微妙な距離を保ちながら空を翔け、中々埋まらない距離にアッティモが苛立ちを隠せなくなりそうになった、その時だ。
「この私に追い付いた事は称賛に値する……だが、コレが私の全速力ではない!!」
急旋回で執拗な追跡を振り切って背後に回る勇一……一瞬で背後を取られたアッティモが急停止して振り返ると、其処には鳥人形態に変形して宙に佇む勇一。
振り切られる間際の、『今までのが全速力ではない』という台詞。
まだ速くなるのか、と驚きで目を見開くアッティモは、勇一から湧き上がる膨大な魔力に気付く。
「MG(マギウス)ドライブ出力最大、フルドライブ……行くぞ、」
灰雷凰の操縦席で勇一は目を閉じて腕を交差させると、その動きに応えるようヒトの手で作られた心臓が高鳴り、地響きと勘違いしそうな程な音を立てながら心臓が脈動する。
地響きじみた脈動、湧き上がる魔力、勇一の放つ膨大な魔力にライカとメリルは以前彼が話した『アレ』を思い出す。
音速を突破する機動力、ソレが今―――解放される。
『雷光石火(ヴォルテッカ)』!!
交差した腕を振り抜き、閉じた目を見開きながら叫ぶ勇一……見開かれた双眸、その瞳は歯車を思わせる形に変化しており、歯車状の瞳は毒々しいまでの紅い輝きを放っている。
そして、湧き上がる膨大な魔力は灰雷凰を包み、電流を纏った全身が紅く発光する。
―ドゴォォォンッ!!
《……………………何、だと!?》
魔力を溢れさせ、電流を纏って紅く輝く灰雷凰。
滾々と溢れる膨大な魔力にアッティモは全神経を総動員して警戒していた……筈だった。
耳に届くは爆音と破砕音、気付けばパトリオティスの頭部が木端微塵に砕け散っており、いきなり視界を失った事でアッティモは動揺する。
「この灰雷凰ならば……!」
頭部と視界を失って動揺するアッティモの遥か後方、其処には旋回中の勇一。
勇一がやったのは至極単純、『パトリオティスの頭部に翼の先端を引っ掛けただけ』だが、音速を超えたスピードで引っ掛けたが故に頭部が破壊されたのだ。
「どんな高機動戦闘だろうとぉぉ――――!!」
旋回を終え、戦闘機形態に変形した勇一は胸部のアームを展開、脇腹のラックに仕舞った二丁のリボルバーを取り出して機体を左右にロールさせながら連射する。
言葉にすればソレだけだが、他者が見れば空いた口が塞がらないだろう……傍から見れば、あまりのスピードに『勇一が三体に分身している』ように見えるのだから。
全身に纏う電流はアームを通じてリボルバーにも伝わり、超電磁砲と化したリボルバーの弾丸が未だ動揺しているアッティモを襲う。
《ぐあぁっ!?》
弾丸はパトリオティスの四肢と腕に付いた推進器を撃ち抜き、パトリオティスと魔術的に繋がっているアッティモの四肢と肩に幻痛が走る。
《が……っ!》
幻痛に呻くアッティモの脇を勇一は音速で通り過ぎ、幻痛に悶えるアッティモを衝撃波が更に痛めつける。
「まだまだぁぁぁ―――!!」
アッティモの脇を通り過ぎた勇一は鳥人形態へ変形、急激に増した空気抵抗で減速すると体勢を崩したアッティモに向き直る。
直後、勇一の周囲に直径二〇センチ程の雷球が大量に現れ、現れた雷球はミサイル宜しくアッティモ目掛けて飛んでいく。
「おぉおぉぉおおぉおぉぉぉ―――!!」
「え、えぇ!?」
「う、嘘でしょ!?」
雷球が全て飛んでいった後、勇一は雄叫びと共に戦闘機形態に変形して突撃するが、そのスピードにライカとメリルは驚きで目を丸くする。
「『後から追い掛けて追い抜く』なんて出鱈目よ!」
驚きの叫びを上げるのも当然か……なにせ、勇一の背後には『先に飛んでいった幾つもの雷球が彼を追い掛けるように飛んでいる』。
『先に放った雷球の間を縫うよう突撃したら何時の間にか雷球を追い抜いていた』のだ、メリルが驚くのも無理は無い。
「メリル、あまり喋ると舌を」
「ふぐぅっ!?」
「……遅かったか」
非常識過ぎるスピードに驚くメリルに勇一は注意しようとするのだが既に遅し、メリルは思いっきり舌を噛んだ。
「これで、」
雷球を引き連れて突撃する勇一、瞬く間に埋まる距離。
ぶつかる寸前に勇一はアッティモの脇をすり抜け、彼の背後を追っていた幾つもの雷球がアッティモに直撃する。
《ぐあぁぁぁ――――!!》
次々と着弾する雷球、全身に迸る電撃……身体を容赦無く蹂躙する高圧電流にアッティモは苦痛の叫びを上げ、操縦席の機器が高圧電流に耐え切れず次々と爆発する。
全身を巡る高圧電流に悶えるアッティモを尻目に勇一は大きく宙返り、
「フィニッシュだ!!」
嘗てのワイバーンの頭部を思わせる機首がパトリオティスの胸部を貫く。
《が、は……》
胸部を貫いた機首に押し潰された衝撃でアッティモの意識は急速に遠のき、押し潰しても尚めり込み続ける機首はパトリオティスを真っ二つに両断する。
《灰崎、勇一……お前は……俺の…………》
視界が暗闇に閉ざされ、二度と這い上がれぬ深淵に意識が沈む中でアッティモは呟くが、彼の呟きは機体の爆発に掻き消される。
その遥か後方、鳥人形態に変形した勇一は爆発したパトリオティスに振り返る。
「アッティモ・F・エテルニタ、何れ私も其処に行く。その時まで眠るといい……」
×××
「そう言えば、勇一君」
「……ん?」
アッティモを撃退し、休息の為に森に降下した勇一。
音速を超えた機動力は人工物で作られた身体でも負担が大きいのか、胸に手を当てて何度も深呼吸する勇一にライカは恐る恐るといった感じで声を掛ける。
「すっかり忘れてたんだけど。勇一君、さっき私達に『恋い焦がれた』って言わなかった?」
「っ!?」
言った本人も今まですっかり忘れていた発言を尋ねてきたライカ、その爆弾発言に勇一はギクリ…と身体を強張らせる。
「そう言えば、確かに言ってたわね……勇一、ソレってどういう事かしら?」
身体を強張らせる勇一の許にライカとメリルが翼を羽ばたかせて近付き、ほぼ零距離からジィ…と見つめてくる四つの瞳に勇一は視線を泳がせる。
「…………済まない。色々あってちゃんと伝える暇が無かったが、」
暫く視線を泳がせていた勇一だが覚悟を決めたのか、泳がせていた視線をライカとメリルに向ける。
「私は君達が好きだ」
「「っ!」」
短くも本気だというのがハッキリと分かる言葉に二人は息を呑み、やや遅れて二人の頬が徐々に赤く染まっていく。
「優柔不断と思ってくれても構わない。だが、私は異性として君達二人が、うおぉ!?」
常識的に考えてみれば二股宣言と同義の告白に幻滅されると思っていた勇一だが、二人のタックルじみた抱擁に言葉が途切れる。
突然抱きついてきた事に戸惑う勇一を二人は潤んだ……然し、何処か獲物を見つけた猛獣を思わせる目で見上げ、肉食獣の如き四つの瞳に勇一の困惑は加速する。
何故、頬を赤らめ、餓えた猛獣じみた目で自分を見る。
「えへへ……メリルさん、今の聞きました?」
「えぇ、ハッキリバッチリ聞いたわ♪」
ライカとメリルは顔を見合わせると笑みを浮かべるのだが、二人の笑みはどう見ても獲物を捕らえた捕食者そのもの。
勇一を見上げていた二人の視線は下に移り、二人の熱い視線が股間に向けられる。
何だろう、息子に重大な危機が迫りつつあるのを感じる。
「でも、勇一君って身体が……」
「あ……」
ジッと股間を見ていた二人だが、ライカの残念そうな声で二人の表情が一瞬で曇り、その表情と言葉で二人が何を求めていたのかを勇一は悟る。
「あの時は言う必要が無かった為、敢えて話さなかったのだが……身体の殆どが人工物で作られた私でも『君達との間に子供は作れる』ぞ」
「「え?」」
子供が作れるという発言にライカとメリルは視線を上げ、キョトンとした表情を浮かべる二人に勇一は己の身体について補足する。
確かに勇一の身体の殆どは人工物だが、生身の部分も僅かながら残っている。
勇一に残されている生身の部分は脳と神経系、そして『生殖器』……戦闘用サイボーグに不要な筈の生殖器が何故か勇一の身体には残っており、而もちゃんと正常に機能する。
「まぁ、その気になれば私も君達との間に子供を儲ける事も出来る」
今までその気になる事が無かったが、と言おうとした瞬間、メリルに足を払われた勇一はそのまま仰向けに倒れ、倒れた彼に二人が覆い被さるように密着する。
「えへ、えへへ、えへへへへへ……」
「うふ、うふふ、うふふふふふ……」
覆い被さるライカとメリルの壊れたような笑みに勇一は引き攣った笑みを浮かべる。
「その気にさせた勇一君が、悪いんだからね……今更待ったなんて、聞かないから……」
「この身体になってから、ずっと我慢してきたのよ……正直な話、今まで我慢出来たのが不思議なくらいに疼いてたんだから……」
潤んだ瞳は我慢を重ねてきた情欲以外の意思を映さず、二人の顔は林檎の如く耳まで赤く染まっている。
押してはならないスイッチを押してしまった、と後悔するも既に遅く、舌舐めずりをする二人は何処からどう見ても完全に発情している。
「ま、待て、事に及ぶ前に一つ聞きたい! 君達は私の事をどう思っているのだ?」
完全に発情し、今にもズボンを剥きそうなライカとメリルを前に勇一は問う。
二人の発情は少なくとも自身に友人以上の感情を抱き、友人以上の関係を求めている事を示しているが、それでも行為に及ぶ前に二人の気持ちを知っておきたい。
「勇一君の事をどう思ってるのかなんて、答えは決まってるよ……」
「私達も貴方が好きよ。こんなに濡らしちゃうくらいに、ね……♪」
「…………!」
勇一の問いに二人は上体を起こすと袖無しのシスター服の裾を翼で器用に捲り上げ、裾の中の光景に勇一は唾を飲む。
ライカは小さなリボンの付いた白いパンツ、メリルは―何故か股間がもっこりと膨れた―大人の色気溢れる黒いレースのパンツ。
ライカの下着はまるで漏らしたかのように濡れており、メリルの方は分かり難いが太腿の内側にタラタラと液体が滴り落ちている。
見るからに扇情的な光景に加え、濃厚な雌の甘い匂いが勇一の嗅覚を刺激し、視覚と嗅覚の同時攻撃に否応無く股間がムクムクと反応する。
「あはっ、勇一君も準備出来たみたい♪」
「それじゃあ、勇一……私達を満足させなさい♪」
15/01/15 02:11更新 / 斬魔大聖
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