連載小説
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前編
「お前達の許に居るのもウンザリだ! お前達と袂を別つ事を此処で私は宣言する!!」
ネルカティエ城中枢、謁見の間で少年は怒りと決意を露に叫び、その叫びに周囲が騒めく。
美形と言っても差し支えの無い整った顔と、短く切り揃えられた灰色の髪。
滅多に見ない一九七センチの長身を包むのは灰色のベストに白いドレスシャツ、黒灰色のズボン、とモノトーンでまとめられた中世欧州風の装いは宮廷の楽師か学者を思わせる。
そんな典雅な服に反して腰にホルスター二つとポーチを提げ、ホルスターの中には灰色の鈍い輝きを放つリボルバーが収められている。
中世欧州風ガンマンとも言える風貌をした少年の名は灰崎勇一(カイザキ・ユウイチ)。
科学万歳、ファンタジー要素零の異世界から召喚された異世界の住人である。

「……ミスター・キシドー、貴方まで私達を裏切るつもりですか?」
さて、勇一が怒りを露にしているのは空席の玉座の横に立っている、紫色に染まった白衣を纏う美女の下した命令が原因だ。
全てに於いて完成された芸術品と言っても過言では無い美女の名はネフレン=カ、魔物の殲滅を謳うネルカティエの暫定的なナンバー1である。
「『兄か親友、そのどちらかをこの手で殺せ』という命令、裏切られても当然と言えよう! ついでに言っておくが、私をミスター・キシドーと呼ばないでもらいたい!」
睨み合うネフレン=カと勇一、ネフレン=カが下した命令は勇一が怒るのも当然と言える内容だった。



レスカティエ奪還を当面の目標に魔王の討伐を目指す軍事都市・ネルカティエでは、先日その第四王女であるルエリィ・ルメール・ネルカティエの結婚式が行われた。
然し、式の最中にルエリィの魔物化―而も、魔物の中でも高位に位置するワイト―が発覚、更に彼女の元護衛である黒井夜斗(クロイ・ヤト)の起こした騒動はネルカティエに甚大な被害を齎した。
夜斗の手でネルカティエの王であるゴールディは二度と子供を作れない、トップクラスの勇者である三人のルエリィの姉達は二度と勇者として戦えない身体にされた。
加えて逃走ついでに夜斗は各地に点在する備蓄庫に放火し、消火活動の遅れから備蓄庫は中身諸共全焼、逃走した二人の追撃に出した勇者も返り討ちに遭ったらしく未帰還。
コレだけでも涙目は確実だが、結婚式同日に行われた不思議の国制圧作戦も貴重な戦力を減らしただけに終わるという始末。
『泣きっ面に蜂』とはまさにこの事で、この一日だけでネルカティエは人的にも物的にも大打撃を受けてしまった。

後に『最悪の結婚式』と呼ばれる最悪な一日から既に一週間。
本来ならナンバー2である大司祭が重傷を負ったゴールディの代理に任命されるが、その大司祭は最悪の結婚式の一週間前に夜斗の手で殺されている。
その為、勇者の育成を任され、政治的手腕にも長けたネフレン=カが国王代理に任命され、国王代理を任命された彼女は勇一にある命令を下した。
最悪の結婚式を引き起こした夜斗とルエリィに加え、以前行われたレスカティエ奪還戦で確認された裏切り者である赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)と碧澤一心(ミドリザワ・イッシン)。
この四人の行方を探し出し、四人全員討つまで戻ってくるなという事実上無期限の命令をネフレン=カは勇一に下したのだ。

義兄である三人を殺せという命令に加え、ネフレン=カは勇一に非情な三択を突きつけた。
勇一は二人のシスターと親密な関係にあり、そのシスター二人は魔物と交流を持っていた罪で現在投獄されている。
この討伐命令を断るなら投獄中の二人のシスターを処刑しろ、義兄の討伐と親友の処刑のどちらも出来ないのなら自決しろ、とネフレン=カは勇一に突きつけたのだ。
義兄と親友のどちらかを自らの手で殺せ、どちらも出来ないのなら自決しろ。
理不尽且つ非情な三択を突きつけられた勇一は怒りを露にして現在に至る、という訳だ。



「私はこれでも我慢弱い男だ」
怒りを露にする勇一は腰に提げたホルスターからリボルバーを抜き、右手のリボルバーの銃口をネフレン=カに突き付ける。
「『良く耐えた』と自分で褒めたい程にお前達の耳障りな雑音を今まで耐えてきたが、もう限界だ! ライカとメリルを救い、私はお前達と訣別する!!」
二人の親友を救った上でネルカティエを離れるという第四の選択を勇一は声高に宣言し、その宣言にネフレン=カは額に青筋を浮かべる。
無論、勇一の訣別宣言に謁見の間に居た兵士達も武器を構え、敵となった勇一を睨む。
「ふ、ふふふ、うふふふふ……吸血鬼もどきは国内をズタボロにして、素手喧嘩(ステゴロ)馬鹿は私自慢のアンドロイドをブリキ人形呼ばわり、オマケにミスター・キシドーは堂々と裏切り宣言、と本当にもう最近は鶏冠に来る事が多いですねぇ」
不動明王の口元だけ恵比寿様に変えたような怖い笑顔を浮かべ、呪詛じみた低い声で呟くネフレン=カの額には今にもはちきれそうな青筋がピキピキと浮かんでいる。
「いいでしょう……貴方達、其処のガンマン気取りの気障男を半殺しにして、恩知らずのシスター二人をアイツの目の前で処刑してさしあげなさい!!」

×××

「「勇一(君)……」」
勇一の訣別宣言にネフレン=カがキレた頃、ネルカティエ城地下にある牢屋では右足首を鎖で繋がれた二人のシスターが勇一の名を呟いていた。
一人は肩辺りで切り揃えられた若草を思わせる淡い緑色の髪、幼さを残しつつも美少女と言っても差し支えのない顔立ち。
顔立ちもそうだが、淡い緑色の髪のシスターは全体的に幼さを感じさせる体格だ。
残る一人は薄い桃色の髪を肩甲骨辺りまで伸ばしており、反対側に繋がれたシスターとは反対に何処か大人びた雰囲気を漂わす顔立ちをしている。
体格も反対側のシスターとは逆に大人の色気に溢れる、豊満な体格をしている。
この二人こそが勇一の親友のシスターで、淡い緑色の髪のシスターの名はライカ・ルー、ライカとは反対側に繋がれたシスターの名はメリル・ネームという。
「勇一君、早く来てくれないかな……」
「早く私達の所に来なさいよ、勇一……」
『勇一を求め続ける下腹部の疼き』を堪えつつ二人は勇一を待ち、囚われの姫君(彼女達二人)を助ける白馬の王子様(勇一)を待つ二人の脳内では過去が浮かんでは消えていく。

ライカとメリルは根っからの教団信者ではなく、複数の有力な商人達が運営する中立領にある貧民街の出身である。
幼い頃から歌う事が大好きだった二人はストリートミュージシャンの真似事をして糊口を凌いでおり、其々の歌声に惹かれた固定客が出来るくらいには人気があった。
然し、固定客が居ると言っても所詮二人は素人のストリートチルドレン。
一日の稼ぎは少なく、辛うじて一日に一食を食べられる極貧生活を送っていた。
そんな極貧生活を送る二人に現在へと繋がる転機が訪れた。
この中立領、裏では親魔物派にシフトしつつあったが表向き中立を謳っていた為、教団の部隊が駐屯しており、メリルの固定客の中にはその司令官が混ざっていた。
その歌声に可能性を感じた司令官が教団の下で歌ってみないか? とスカウト。
スカウトされたメリルは『ライカも一緒なら』という条件を出すと、その条件に『実際に聞いてから考える』と言った司令官をメリルはライカの許に案内した。
そして、ライカの歌声も見事司令官の眼鏡に適い、司令官の下で歌のレッスンを受けた後、二人は教団お抱えの歌手になったのだ。

然し、教団での生活は二人にとってストリートミュージシャンの真似事をしていた頃より苦しかった。
確かに教団に入ってから安定した収入を得られるものの、主神への讃美歌や教団お抱えの作曲家が作る堅苦しい歌しか歌えなくなった。
今まで自分の好きな歌を自由に歌えたライカとメリルにとって、歌う事は出来ても規制に縛られた今の環境は精神的に苦しかった。
歌を歌うのは好きだが、だからといって堅苦しく窮屈な歌ばかり歌わされるのは嫌だ。
己の望むまま自由に歌う為には、今の安定した収入のある環境を捨てなくてはならない。
自由か、安定か……そのどちらを選ぶかで二人は悩みながら教団で歌い続けている内に、その歌声に魅せられたファンは徐々に増え、ファンの増加に伴い収入も増えていった。

翼捥がれた、籠の中の二羽のカナリア。
自由を求める心を押し殺し、二羽のカナリアは籠の中で囀り続ける。

×××

「『灰雷銃閃』の灰崎勇一、参る……」
一方、謁見の間では勇一が戦闘態勢に入っていた。
両手にリボルバー握る勇一を槍や剣を構えた兵士達が囲むが、彼の周囲を包囲するだけで兵士達は動こうとしない。
下手に動けば的確に急所が撃ち抜かれる事を兵士達は分かっているからだ。
「待つのは性に合わん、動かぬなら此方から行くぞっ!」
だが、『我慢弱い男』と自称するだけはあり、囲むだけで動く気配を見せぬ兵士達に勇一は早速痺れを切らして行動に移る。
「ふっ……!」
先ずは退路の確保……勇一は背後に振り向きつつ扉の前に陣取る兵士の眉間に狙いを定め、完全に向き直るのと同時に引金を引く。
引金を引く間際、勇一のリボルバーに電流が走り、紫電纏う銃口から電撃を帯びた弾丸が放たれる。

雷と磁力を操る魔術師にして銃使い(ガンスリンガー)でもある勇一は、魔術で銃身と弾丸の間に磁力反発を生じさせて弾丸を加速させる。
つまり、勇一のリボルバーは魔術だからこそ可能な『拳銃サイズの超電磁砲(レールガン)』、その弾速は常人では見切る事能わず。
また、己自身に帯電させる事で人間では不可能な機動力を発揮する事も可能で、帯電した状態の勇一は灰色の雷に例えられる程に速い。
雷光に例えられる程の速度で動き回りながら超電磁砲を撃ちまくる、ソレがスピードなら義兄弟達の中で随一を自負する勇一の戦闘スタイルである。

「……!?」
放たれた弾丸は狙い違わず眉間を撃ち抜き、眉間を中心に大きな穴が開いた兵士は着弾の衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。
無論、人体を貫いた程度で超電磁砲の弾丸が止まる筈も無く、眉間を撃ち抜かれた兵士の背後にあった扉をも貫き、更にその奥にあった壁に着弾して漸く弾丸が止まる。
「……しっ!」
初めて目にした超電磁砲の威力に驚愕し、動揺を隠せない兵士達。
その致命的な隙を見逃す程勇一は甘くなく、その隙に彼は大穴開いた扉目掛けて走りだす。
「何をボーっと突っ立っているんですか! 早く追い掛けなさい!」
扉を蹴破って謁見の間を飛び出した勇一を呆然と見送る兵士達。
その直後、ネフレン=カの檄に慌てて兵士達は勇一の後を追い、その何人かは彼の離反を知らせるべく謁見の間を後にする。

「……………………」
親友が閉じ込められている地下牢を目指して廊下を走る勇一、その脳内には先日離反した夜斗が作ったネルカティエ城の見取り図が浮かんでいる。
夜斗は諜報や暗殺、破壊工作といった影働きを得意とする義兄で、この世界に召喚された翌日から大司祭殺害の罪で投獄されるまで、彼は調べられる場所を徹底的に調べあげた。
その調査結果である城内の見取り図は警備兵の交代時間や巡回ルート、更に狙撃や爆破に最適なポイントまで網羅した逸品である。
夜斗お手製の城内の見取り図を脳内へ叩き込んである勇一は、謁見の間から地下牢までの最短ルートを突っ走る。

「居たぞ!」
「ミスター・キシドー、御覚悟を!」
勇一が敵となった事が城内に知れ渡ったのだろう、武器を構えた兵士達四、五人が勇一の前に立ち塞がる。
「だから、私はミスター・キシドーではない!」
立ち塞がる兵士達を前に勇一は不本意な愛称への抗議をしつつ全身を帯電させ、
ズドォォォンッ!
「うわぁっ!?」
「ぬおわっ!?」
爆音と衝撃波と共に兵士達を突っ切ると、その衝撃波で兵士達は廊下の壁に叩き付けられ、兵士達を突っ切った後、勇一は即座に帯電状態を解除する。

今の爆音と衝撃波は勇一が音速を突破した結果であり、常人の動体視力では捉えられない程のスピードを帯電状態の彼は発揮出来る。
然し、その速度故に動きは自然と直線的になり、狭い屋内では速度が寧ろ仇となって壁や障害物に自らぶつかってしまう。
レーシングカーで例えるなら、勇一は直線での爆発的加速力を代償に『曲がれればいいや』程度のコーナリングしか出来ないハイスピードモデルなのだ。
因みに、『ミスター・キシドー』とは真面目で礼儀正しく、騎士のお手本とも言える勇一の言動から付いた愛称だが、当の本人はその愛称で呼ばれるのが嫌いである。

「…………む」
現在どの辺りなのか、地下牢まであとどの程度なのかを考えながら走っていると、遠くに見えるは鉄色の壁。
みるみる近付いていく壁の正体は覗き窓の付いた長方形の盾……勇一の身長程はある盾は一直線の廊下を完全に塞いでおり、恐らく時間稼ぎの即席バリケードだろう。
笑止、その程度で自分を止めようとは片腹痛い。
口元に微かな嘲笑を浮かべた勇一は膝に力を籠めて跳躍、バリケードを軽々と飛び越える。
「…………えぇ〜」
下を見れば、まさかバリケードを飛び越えるとは思っていなかったらしく、間抜けな表情浮かべた兵士達が呆然と飛び越える勇一を眺めている。

「悪いが、お前達と遊んでいる暇は無いのでな……!」
バリケードを飛び越え、着地した勇一は脇目も振らず走り出し、その後方では巨大な盾の所為でてんやわんやな状態になっている。
勇一の目的はあくまでライカとメリルの救出とネルカティエからの脱出だ。
勇一のリボルバーは魔術に因って超電磁砲と化しているが、リボルバー自体は元の世界で使われている物であり、当然撃ち続ければ弾切れが起こる。
腰のポーチの中に予備の弾薬を用意してあるが、弾薬作りを任せていた夜斗がいない以上、有限である弾丸の消費は最小限に抑えておきたい。
故に、兵士達が立ち塞がっても突っ切るか飛び越えるのどちらか、時には最短ルートからあまり外れない程度の回り道をして勇一は極力交戦を避けている。

「ライカ、メリル……」
廊下を疾走しながら、初めて出来た異性の親友の名を呟く勇一。
対話と理解を放棄し、己が独善を絶対と盲信する者が集う此処での生活は、勇一にとって耐え難い生活だった。
その耐え難い生活を我慢弱い事を自覚する自分が耐えられたのは、偏にライカとメリルが居た―無論、次々に抜けたとはいえ義兄達の存在も大きかったが―からだ。
精神的苦痛を和らげてくれた親友を

「いや、違うな……」
いや、ライカとメリルは『親友』ではない……二人は自分にとって掛け替えの無い存在、失いたくないと切に願う程に大切な存在。
「あぁ……」
自分にとって、ライカとメリルはここまで大きな存在になっていたのか。
『 』とはするものではなく落ちるもの、と何かの本に書かれていたがまさにその通り、何時の間に自分は『 』に落ちていたのだろう。
救いたいと願うのは『親友』だからではない、救いたいと願うのは―――

「そう、この想いは……恋だ!!
ライカとメリルが好きだから。
ライカとメリル、其々の持つ魅力に自分は惹かれ、二人に恋をしたのだ。
世間ではソレを『二股』と言うのだが構わない、優柔不断と言われようと聞く耳持たん、誰に何と言われようと死ぬまで貫徹しよう。
「ライカ、メリル……君達は、私の翼だ!」
灰崎勇一はライカ・ルーとメリル・ネームに恋している。
恋しているからこそ救いたい、二人が好きだと伝えたいから救いたい。

「見つ」
「御か」
「私の恋路を邪魔する者は私に撃たれて死ぬがいい!!」
ドンッ、ドンッ!
「「…………!?」」
立ち塞がろうとする兵士二人に勇一は即座に発砲。
放たれた二発の弾丸は的確に眉間を撃ち抜き、台詞を言い切る事も無く眉間に大穴開けた兵士二人を尻目に勇一は恋い焦がれる二人の許へ疾走する。
恋する乙女は無敵、とよく言うが、恋する少年もまた無敵らしい。

×××

「「はぁ……」」
その頃、ライカとメリルは過去の思い出に浸っていた。
いや、過去を振り返っていないと『下腹部の疼き』に意識が向いて、『本能が抑えきれなく』なりそうだからなのだが。



『歌うだけが取り柄の戦えない役立たずなんて、このネルカティエには要りません。私の支援を受ける以上、貴方達にはコレから兵士としての訓練を積んでもらいます』
教団お抱えの歌手となって数年……自由に歌が歌えないフラストレーションを溜めながら、教団の下で歌い続けるライカとメリルに再び転機が訪れた。
スポンサーの変更に伴う、新しいスポンサーの居る都市への転属―書類上、二人は司令官直属の部下となっていた―を司令官から命じられたのだ。
今まで支援してくれた司令官に礼を言ってから二人は転属先に向かうが、二人の転属先はネルカティエであり、二人の新たなスポンサーはネフレン=カだった。
スポンサーあっての歌手稼業、スポンサーに逆らえない二人は渋々その命令に従った。

『歌って戦えるアイドル』への転向を余儀なくされたライカとメリル、そのスケジュールのハードさは今まで以上だった。
興行の合間に兵士としての訓練を積まされ、スポンサー(ネフレン=カ)の意向なのか訓練もスパルタ。
興行の方もプロパガンダとしての面が以前より強くなり、歌手と言うよりはアジテーター。
以前よりもかなりハードな、何時過労死してもおかしくない生活は二人の心身を疲弊させ、自由に歌を歌えないフラストレーションも溜まる一方。
何時か教団を離れて自由に歌を歌いたい、と思い始めた時、二人は勇一と出会った。

「そう言えば、勇一と会ったのはライカが先だったわね」
「うん……ちょっと前の事なのに、凄く懐かしいなぁ」

『……何事かと思えば、世界は違えど熱狂的なファンというのは居るのだな。其処の君、彼女は一体何者だ?』
ライカが勇一と出会ったのは彼が召喚されてから三日目、ライカが朝練に出た時だ。
丁度休憩中だった兵士達に歌ってほしいと頼まれたライカが歌っている時、熱狂している彼等に呆れた表情を浮かべながら勇一が近付いてきたのだ。
当然と言えば当然だが異世界から召喚されたばかりの勇一はライカの事を知らず、近くの兵士に彼女の事を尋ねると、
『御存じ、無いのですか!!』
『幹部の勧誘でチャンスを掴み、教団一の歌姫への階段を駆け上る! 超電磁シンデレラ、ライカちゃんです!!』

物凄い剣幕で兵士達に詰め寄られ、その剣幕は勇一も思わず怯む程。
御存じ無いのですかも何も、知らないからこうして尋ねたのだが。

『彼女が何者なのかは分かったが、休憩時間は既に過ぎている。各自、訓練に……って、何故其処でブーイングするのだ!?』
その後、勇一が訓練に戻るよう―元々、休憩時間を過ぎても兵士達が集まらない事に首を傾げ、何事かと探していたのだ―に告げると、兵士達からはブーイングの嵐。
巻き起こるブーイングの嵐、勇一は何度も訓練に戻るよう兵士達に言うが、ブーイングの嵐は治まるどころか強くなっていく。
『あ、あの……私も朝練をしたいので、皆さんも訓練に戻ってください』
『は〜い!』
すると、ブーイングの嵐を見かねたらしいライカが訓練に戻るよう告げた途端、兵士達は掌を返したように素直に聞き入れて訓練に戻っていく。
『…………私が言っても聞かなかったのに、何故君だと素直に聞くのだ』
『あはは……』
その反応の違いに勇一は眉を顰め、ライカは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
この一件が勇一とライカのファーストコンタクトである。

「その次の日に、メリルさんが会いにいったんですよね」
「そうそう……ふふっ、勇一には悪い事をしちゃったわ」

『ねぇ? 貴方が灰崎勇一?』
『ん? 確かに私が灰崎勇一だが……君は?』
『直接会うのは初めてね。私はメリル・ネーム、よろしくね勇一♪』
二人の出会いはその翌日、昼の訓練に向かう途中の勇一をメリルが捕まえたのが始まりだ。
初対面でいきなり名前を呼び捨てで呼んできた事に勇一は微かに眉を顰めるが、そんな彼を尻目にメリルは彼の手を掴んで走り出す。
『さぁ、コッチよ。今日の訓練はお休み、コレから私に付き合いなさい』
『なっ!? ま、待ちたまえ! 休みも何も、私には予定が……!』
訓練を休んで付き合え、と言われた勇一は抗議を上げるものの馬耳東風、何処か楽しげな表情を浮かべたメリルは彼を何処かに連れて行こうとする。
此方に敵意の無い女性には優しく紳士的に、がモットーたる勇一はその手を振り払う事が出来ず、メリルに引っ張られるまま連れてこられたのは城内にある礼拝堂。
『あ、メリルさん、何処に行って……って、勇一君!?』
『ラ、ライカ? ネーム君、君はライカと知り合いなのか?』
『知り合いも何も、私とライカは同郷の幼馴染よ。それと、私の事はメリルでいいわ』
其処には驚きの表情を浮かべ、両手にティーセット一式を乗せた御盆を持つライカがおり、メリルは状況が未だ掴めない勇一を長椅子に座らせる。

『急に何処かに行っちゃったと思ったら、勇一君を連れてきて吃驚しちゃった』
『ふふっ、ライカが話してた『勇一君』に私も会ってみたくなったの』
『……誘うのなら先ず目的を告げ、その上で私の予定を聞いてもらいたかったのだがな』
曰く、ライカの話で勇一に興味を持ち、自己紹介を兼ねて誘った、との事。
カップを手にニコニコと笑うメリル、その横で勇一はジト目で彼女を見ながら紅茶を啜る。
『だって、ライカが男の人を話題に出すなんて憶えてる限りじゃ初めてだし、楽しそうに話してたのよ。だから、私も会ってみたくなったの』
『メ、メリルさん!?』
『ふっ、教団が誇る歌姫に興味を持たれるとは光栄だな』
メリルの発言に顔を赤くするライカに勇一は微笑みを浮かべる。
ライカは痺れるような歌声と経歴から『超電磁シンデレラ』、メリルはどんな曲調の歌でも歌える抜群の歌唱力と容姿から『教団の妖精』と呼ばれる程の有名人。
そんな有名人と知り合えたのは芸能関係に疎い勇一でも嬉しいモノがある。
その後、強引に連れてこられた事を忘れ、三人は談笑しながらお茶を楽しんだ。

『……お主が約束をすっぽかすなぞ珍しい故、こうして探してみれば。まさか、ゆっくり優雅に茶を楽しんでおるとはな』
『……しまった、すっかり忘れていた』
尤も、義兄である紅蓮との組手の約束をしていた事も忘れ、渋面を浮かべられたのだが。

「勇一君と一緒に居るの、本当に楽しかったなぁ……」
「本当……『君達と居ると心が安らぐ』って言ってたけど、私達も同じだったのを勇一は知ってるのかしら?」

このお茶会を機に勇一、ライカ、メリルの三人は交流を持つようになった。
お茶をしたり、訓練の相手を―まぁ、ライカとメリルの全戦全敗だが―してもらったり、発表前の新曲を聞いてもらったり。
兵士として訓練する事以外は何処にでも居る、ありふれた少年少女として三人はゆっくり着実に関係を深めていった。
あまり時間は取れないものの、ハードなスケジュールに押されるライカとメリルにとって勇一と過ごす時間は心安らぐ時間だった。
ネルカティエの独善に嫌悪する勇一が二人と過ごす時間で安らいだように、勇一と過ごす時間が二人の疲れ果てた心を癒していたのだ。

「早く会いたい……会いたいよ、勇一君……」
「女を待たせるなんて、勇一も罪な男よね……」

異世界から召喚されし勇者、教団という籠から出られないカナリア……自分達の置かれた立場を忘れさせてくれた、三人で過ごす穏やかな時間を言葉にすれば三ヶ月ちょっと。
その短い月日の中で癒し、癒されていく間に、勇一の存在はライカとメリルの心の多くを占めるようになった。
気軽に付き合える男友達だった筈なのに、何時の間にか自然と勇一の事が思い浮かぶ程に、二人の心が彼で埋まっていた。
『この身体』になってから、いや、なったからこそ分かる。
自分は異性として勇一が好きで、幼馴染もまた彼が好きなのだ、と。
『嘗ての自分』だったら三人の関係が崩れ、壊れる事を恐れて踏み出せなかっただろう。
だが、『この身体』になった今なら関係が壊れる事を恐れる必要は無い。
『本能が疼く程に』恋い焦がれる勇一に、『二人一緒に愛してもらう』だけだ。

「此処から出たら、『あの方』にちゃんとお礼を言いに行きましょうね、メリルさん」
「そうね……ある意味、ネフレン=カに感謝しなくちゃ、ね?」

『ライカ・ルー、メリル・ネーム。貴方達は魔物と交流を持っている罪で、処刑する事を決定しました』
勇一への恋心を自覚した『この身体』。
ライカとメリルが『この身体』になった切欠は、夜斗とルエリィが引き起こした『最悪の結婚式』から三日後、ネフレン=カから突然の呼び出しを受けた事だ。
突然の呼び出しに、立て直しに必要な資金と人材を確保する為の興行をさせられるのか、と思っていた二人はネフレン=カの発言に目を見開く。
何故、ネフレン=カがソレを、二人が魔物と交流を持っている事を知っているのか。
ソレを知っているのは勇一だけだった筈だ。

『……はぁ』
『勇一君、溜息なんて吐いてどうしたの?』
『どうせ、またお偉いさんから小言を受けたんでしょ』
ある日、三人で何時ものお茶会をしている時に勇一が溜息を吐いた。
溜息の原因が分からぬライカは首を傾げ、メリルはやれやれと肩を竦めつつ溜息の原因を言い、図星を突かれた勇一は苦笑を浮かべる。
勇一は義兄にして最初にネルカティエから離れた紅蓮を通じて魔物の真実を知り、真実を知ってから彼は魔物の討伐命令を尽くボイコットするようになった。
この日も勇一のボイコットに対する首脳陣の小言を受け、壊れた蓄音機宜しく同じ事しか言わない首脳陣に彼はウンザリしていたのだ。
まぁ、同じ事を延々と一時間近く言われれば誰でもウンザリする。
『でも、勇一君が嫌がるのも分かるよ。魔物は悪い奴だ、って皆は言うけど、『付き合ってみれば』魔物は悪いヒト達じゃないもん』
『そうそう、ミレーヌ達が悪人だったら殺し屋とかが善人になっちゃうじゃない』
二人の爆弾発言に勇一は驚きで目を見開き、爆弾発言を投下した二人は驚く彼に自分達が魔物の真実を知った経緯を語る。

書類上、ライカとメリルの出身は中立領となっているが実際には親魔物派。
正確に言えば、親魔物派へ鞍替えした中立領の出身である。
この中立領、二人が生まれた頃は教団と魔物のどちらに付いた方が有益かを見定めていた途中で、二人が司令官にスカウトされた頃には密かに親魔物派へ移りつつあった。
そして、二人がネルカティエに転属した直後、この中立領は完全に親魔物派領へと移り、駐屯していた教団の部隊も魔物の(性的な)餌食となった。
商人達は鞍替えした事で教団に狙われないよう移住した魔物達には正体の隠匿を徹底させ、同じく鞍替えした兵士達には教団時代の装備を流用させた。
つまり、教団内では中立だと思われている彼の地の実態は親魔物派であり、教団内でこの事実を知っているのは二人だけである。

ライカとメリルが魔物の真実を知ったのはスカウトされてから一年後。
歌のレッスンばかりで漸く得られた久々の休日を満喫すべく二人は大通りに出掛け、その帰途で当時はまだ教団所属だった防衛隊に追われていた魔物と出会ったのだ。
教団の一員という自覚が非常に薄かった二人は、追われていた魔物を古巣である貧民街に匿い、追手を撒いた事を確認してから事情を聞いた。
追われていた魔物曰く、彼女は未来の夫の品定めで隊商の積荷に紛れて密入国したのだが、積荷の検分で密入国がバレたとの事。
ミレーヌと名乗った魔物は奇しくもセイレーン、二人と同じく歌をこよなく愛する自然の生み出した歌姫だった。
因みに、ミレーヌが紛れていた積荷は冷凍鮪……下半身が魚のマーメイドならまだしも、半人半鳥のセイレーンではかなり無謀である。

セイレーンのミレーヌと知り合ったライカとメリルは、歌が好きという共通点から直ぐに意気投合、二人はミレーヌを嘗て自宅だったボロ小屋に匿う事を決めた。
レッスンの合間にミレーヌの許を訪れ、彼女と交流を深める内に二人の思想は親魔物派に傾いていったが、立場を自覚してからはソレを隠してきた。
歌手デビューを果たし、人気が出始めた頃からミレーヌと会う機会が減っていったものの二人は彼女と交流を持ち続け、転属した今も手紙で近況を伝えあう間柄だそうだ。
三人の関係が続いているのも、彼の地が親魔物派である事を隠し続け、今も図太く中立を謳っているからこそである。

『まぁ、ミレーヌがダディと結婚した事には驚いたわ』
『ダディは今年で五七歳、ミレーヌちゃんは私と同じ一七歳だもんね』
『……ソレは犯罪ではないか?』
二人をスカウトした司令官とミレーヌの結婚には驚いた、とライカとメリルは笑うものの、その年齢差に勇一は呆れた表情を浮かべるしかなかった。
尚、『ダディ』とは二人をスカウトした司令官の愛称で、物言いは厳しいが部下の面倒見は良く、時に面と向かって上司に楯突いてでも部下を庇う事も在った。
ちょっと口うるさいのが玉に瑕だけど頼りになるお父さん、そんな印象を与える司令官に親愛の念を籠めて部下達はそう呼んでいたそうな。

『取り敢えず、今は牢屋に閉じ込めるだけですが、近い内に貴方達を処刑します。牢屋に居る間、最後の新曲作りに励んでいてくださいな』
勇一にしか話した事の無い、彼しか知らない秘密を知っていた事に驚くライカとメリル。
ネフレン=カは控えていた部下に呆然とする二人の拘束を命じ、拘束を命じられた兵士は粛々と二人を拘束する。
牢屋に閉じ込められ、碌な食事も与えられぬ―まぁ、食料を夜斗が粗方燃やしてしまった所為だが―まま、処刑を待つばかりだった二人。
閉じ込められてから三日目―即ち、昨日―、衰弱していた二人の前に三度目の転機となる『ある人物』が訪れ、その人物に誘われるまま二人は『この身体』となったのだ。

「「勇一(君)……」」
早くその声を聞きたい、早くその姿を見たい、早くその匂いを嗅ぎたい。
『勇一を求めて疼く本能を宥めながら』、ライカとメリルは勇一を待ち続ける。
『この身体』になってからというもの、勇一に会えないというだけで胸が締め上げられ、どうしようもない程の寂しさが募る。
右足首に巻き付く鎖は在って無いような物で、何時でも容易く引き千切る事が出来るが、そうしないのは仄かな憧れが二人にあったから。
昔読んだ絵本の一場面、囚われの姫君の許に颯爽と現れる王子様……その囚われの姫君の気分を味わってみたい、そんな子供っぽい憧れが敢えて牢屋に残る理由だ。
「「勇一(君)……」」
仄かな憧れ、燃え盛る恋慕、この二つを胸に二人は静かに勇一を待ち続ける。

籠は開け放たれ、捥がれた翼は片方だけ甦った。
片翼のカナリアは待つ、対となる翼を開け放たれた籠の中で待つ。

×××

「ライカ、メリル!!」
「「……っ!!」」
どれだけ待ち続けていたのだろう……漸く聞こえた声にライカとメリルは俯いていた顔を上げ、喜びで顔が自然と綻ぶ。
やっと来てくれた、やっと助けに来てくれた。
そう思ったのと同時に声の主が、勇一が現れるが
「「…………え?」」
二人の姿を見た途端、何故か勇一は両手に握るリボルバーの銃口を二人に向ける。
見れば勇一は険しい表情を浮かべ、その身にはハッキリと分かる程の敵意を纏っている。
「君達は何者だ……」
冷たい目で二人を睨みながら勇一は告げる、二人は何者だと。

「ゆ、勇一君……」
「な、何者って、私は……」
恋い焦がれていた勇一に突然銃口を向けられた事に、ライカとメリルは困惑を隠せない。
何者だ、と問われても自分は自分だ……自信を持ってそう答えたいが、向けられた銃口の尋常ならざる威圧感を前に二人は上手く口を動かせない。
「もう一度だけ問おう。君達は、一体、何者だ?」
戸惑い、怯える二人を威圧するように、勇一は一言一言を強調しながらもう一度問う。
身も凍る程に冷たい敵意と威圧感を放つ銃口に二人は言葉を失い、絶句する二人を勇一は冷たい目で見据える。
『……………………』
勇一の問いを最後に三人は無言となり、重苦しい沈黙が牢屋を支配する。

「…………ふっ」
体感的に永劫に等しく感じた重苦しい沈黙は、不意に勇一が微笑んだ事で終わる。
「済まない、今のは冗談だ」
「「…………(ガンッ!)」」
二人に突き付けた銃口を下ろしつつ勇一は『冗談』と言い、その発言にライカとメリルは一気に脱力して床に額をぶつける。
「ゆ、勇一君……」
「……勇一、言って良い冗談と悪い冗談があるわよ。心臓が止まるかと思ったじゃない」
「さて、少し離れてくれ。今から鍵を壊す」
あんなブラック過ぎる冗談、言われた側には堪ったものではない。
性質の悪過ぎる冗談に二人はジト目で勇一を睨むが、睨む二人を尻目に勇一は扉を閉める鍵にリボルバーの銃口を当てる。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
「……勇一君って、意外と乱暴なんだね」
「今は緊急事態だからな。鍵を探している余裕があれば、私とてちゃんと鍵を使う」
実に強引な開錠に呆れた表情を浮かべるライカ、鍵を探している余裕があれば、と勇一は言うものの、実際には『牢屋の鍵は見つけたものの壊してしまった』のだ。

実はネルカティエ城の地下牢には中世にあるまじき、専用のカードキーを差し込まないと開かない電子ロックが採用されている。
地下牢に続く階段入口で勇一は看守を見つけると同時に発砲、左胸に大穴開けて事切れた看守から鍵を奪おうとしたのだが……
『な、何だと……!?』
まさか、インナーの左胸のポケットにカードキーが入っているとは思わず、カードキーの半分以上が吹き飛んでいた。
半ば吹き飛んだカードキーに勇一は顔を青褪めさせ、電子ロックを物理的に壊して開けるという手段を選ぶしかなかった、という訳である。

「然し……ライカ、メリル、『君達は本当に君達なのか』?」
ライカとメリルの救出を果たし、あとはネルカティエから脱出するだけなのだが。
右足首の鎖を壊した後、勇一の問い掛けに二人は『また、あの性質の悪過ぎる冗談か』と顔を顰める。
「いや、君達が私の恋い焦がれる君達なのは分かる……だが、今の君達が纏う気配は私の知っている気配と微妙に違うのだ」
「そうだったんだ……」
「成程ねぇ……」
先程の冗談もその微妙な違いに一瞬戸惑ったから、と付け加えると二人は納得したような表情を浮かべ、その表情に勇一は首を傾げる。

「それにしても、私達の『変化』を気配だけで見破るなんて凄いわね」
「『あの人』直伝の『変化』、ちょっと自信はあったんだけどなぁ」
「…………?」
顔を見合わせてクスクスと笑うライカとメリル。
何処か違和感を覚える台詞に勇一が再び首を傾げた途端、二人の身体に異変が起こる。
―ゴギッ、メギメギッ、ミヂッ……
「ん、あ゛ぁ……!」
「あ、ぎあ゛……!」
「ライカ!? メリル!?」
突然、二人が呻きと共に身を捩らせ、二人の身体から聞こえる生々しく凄惨な音に勇一は焦りを浮かべる。
牢屋に閉じ込められている間に何かあったのか、と焦る勇一を尻目に二人の異変は続く。

「い゛、が、あぁ……!」
ライカを見てみれば、その両手首から肉を突き破って骨がズルズルと飛び出し、根元から徐々に肉に覆われていく。
骨が肉に覆われた途端、上腕の中程辺りを始点に黄色から青へ美しくグラデーションした羽毛がシスター服の袖を内側から押し破り、ライカの両腕は鳥の翼と化す。
太腿の中程から膝までが翼と同じ羽毛に覆われ、膝から下は真っ黒な鳥足と化している。
「う、ぐ、あ゛ぁ……!」
メリルに視線を移せば、両手首から其々三本の骨が飛び出しており、骨が伸びきって肉に覆われた直後、服の袖を引き裂きながら骨と骨の間に薄い桃色の皮膜が張られていく。
爬虫類じみた翼と化した両腕と膝から下は桜色の鱗に覆われ、爪先と指先には鋭い爪。
メリルの頭頂部から後ろに向かって桜色の角が生え、彼女の耳は桜色の鱗に覆われた鰭を思わせる形となり、腰辺りから彼女の身長の半分近くはありそうな長い尻尾が生える。

「ふぅ……疲れたし、痛かったぁ……」
「慣れない内はかなり痛いって言ってたけど、本当に痛いわね……」
「ライカ、メリル……まさか、君達は……」
見ているだけで痛々しい異変は数分程で終わり、ライカとメリルは疲れと痛みを滲ませた溜息を吐くが、今の二人の姿に勇一は動揺を隠せない。
ライカは美しい羽毛を持つ半人半鳥、メリルは桜色で彩られた半人半竜。
異形と化した二人の姿は何なのか、勇一は城の図書館に収められていた図鑑で知っている。
ライカは雷雨と共に現れ、魔性の雷を操る魔鳥・サンダーバード。
メリルは蒼穹を自在に駆け巡る、荒ぶる天空の覇者・ワイバーン。
「そう、コレが貴方の感じた違和感の正体」
「私達、魔物になったんだよ」
そう、教団が誇る二大歌姫、ライカ・ルーとメリル・ネームは魔物と化したのだ。
15/01/15 01:17更新 / 斬魔大聖
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