連載小説
[TOP][目次]
Report.08 私と巨人と墓地の決戦
〜ネフレン=カの墓所・外周部〜
「さて、と……私が遭遇したのが貴方であり、私が戦場として選んだのが此処。何だか、因縁を感じさせるわね」
そう言ながら、ホーヴァスは氷のヴァイオリンを召喚する。
氷のヴァイオリンはホーヴァスの武器であり、楯でもある……彼のヴァイオリンが奏でる旋律は氷の蝙蝠達を生み出し、その旋律の下に蝙蝠達は彼女の指揮で動くのだ。
ホーヴァスが対峙するは、グロテスクな巨人。
そう、嘗てネフレン=カの墓所を襲った『GE‐02』である。

「セレファイスの住民が避難した屍人都市と此処は離れている。此処なら、どれだけ苛烈な戦いでも住民を巻き込む事も無いわ」
ホーヴァスが『GE‐02』と共に転移したのは、彼女治めるネフレン=カの墓所の外周。
国家並の敷地を誇る超巨大墓地の国境線付近で、此処から屍人都市までは相当距離がある。
故に、屍人都市の住民及び屍人都市に避難したセレファイスの住民を、此度の戦いの余波に巻き込む事は無い。

「さぁ、始めましょう……」
開幕を告げるヴァイオリンの旋律……その旋律は氷の蝙蝠達を生み出し、『GE‐02』も頭頂部の口から細長い蟲を無数に吐き出す。
迫る細長い蟲を踊るようなステップでホーヴァスは優雅に避け、避けられた細長い蟲共は墓地の地面に頭を突っ込ませる。
無論、反撃を怠るホーヴァスではない。
地面に頭を突っ込ませた細長い蟲共に氷の蝙蝠達をぶつけ、その尽くを氷の粒子へ変える。

「ふふっ……鬼さん此方、奏でる方へ、ってね」
優雅且つ華麗なステップでホーヴァスは次々と吐き出される細長い蟲共を避け、氷の蝙蝠達をぶつけて細長い蟲共を氷結粉砕させる。
氷の粒子舞う、荒廃した墓地でホーヴァスはヴァイオリンを奏で、華麗なステップで『GE‐02』を翻弄する。
その姿を第三者が見れば、誰もがこう評するだろう……美しい、と。

ホーヴァスは優雅さ溢れる独自の氷属性魔法と、無骨な鉄鎚を使い分ける。
氷属性魔法は物量で攻めてくる者、鉄鎚は一対一の状況下で戦う者、とホーヴァスは相手や状況に応じて使い分けている。
『GE‐02』は前者に当たり、ホーヴァスは氷属性魔法を使う事を選択、氷属性魔法は基本的に『GE‐02』の戦い方と同じである。
物量を以て物量を制す……ホーヴァスの魔力が尽きぬ限り、氷の蝙蝠達は無限に現れ、その無限に等しい物量で圧倒するのが彼女の魔法である。

「『音符蝙蝠(ニフテリザ)』、行きなさい」
細長い蟲共を迎撃しながらホーヴァスはヴァイオリンを奏で、その旋律と共に氷で出来た無数の蝙蝠が現れる。
氷の蝙蝠達は蟲共を吐き出す『GE‐02』目掛けて羽撃(ハバタ)き、接触と同時に氷柱を身体から生やして巨体を貫く!
氷柱で貫かれた部分は瞬時に凍結し、薄氷と化して巨体から剥がれ落ちる。
されど、肉が薄氷と化して剥がれ落ちても、『GE‐02』は延々と細長い蟲共を吐き出し続ける。

(痛覚が鈍いみたいね、ソレに攻撃も相変わらず単ち……)
ヴァイオリンを奏で、氷の蝙蝠達を指揮するホーヴァスは、油断していたのかもしれない。
一年前と変わり映えしない、延々と蟲共を吐き出す単調な攻撃。
故に、ホーヴァスは
「なっ……!?」
ステップの軌道を先回りするように細長い蟲共を吐き出された事に驚愕し、その僅かな驚愕を狙って反対側から拳が迫り、彼女はその拳をくらってしまう。
肘から分かれた腕持つ『GE‐02』の拳は八五センチ程、合わせて一九〇センチ程。
即ち、その拳はホーヴァスの身長とほぼ同じ大きさである。

「ぐっ、あ゛っ……やる、じゃない!」
二連装の拳が直撃したホーヴァスは吹き飛び、壁となっていた細長い蟲共に背中から勢い良くぶつかり、全身に激痛が走る。
追撃を避ける為にホーヴァスは蟲の壁を蹴り、『GE‐02』から離れるように跳躍。
名も知らぬ誰かの墓標の上に器用に着地したホーヴァスは、自身の胸に手を当てて『癒光』を行使、身体中に走る激痛を和らげる。

「私とした事が、油断したわ……」
拳が直撃する刹那、ホーヴァスは周囲に待機させていた蝙蝠達を咄嗟に楯としたが、それでも大質量の拳の威力を減衰しきれなかった。
『癒光』で和らげたものの、身体には痺れるような痛みが残っており、最悪なのは魔法の要たるヴァイオリンが砕かれてしまった事だ。
ヴァイオリン無しでも氷の蝙蝠達を生み出す事は可能だが、蝙蝠達の司令塔たるヴァイオリンが無ければ単純に放つ事しか出来ないのだ。

「『召喚(アルギズ)』……一年前と比べると知能が上がったみたいね、意外だわ」
ホーヴァスは『召喚』を詠唱、もう一つの得物である無骨な鉄鎚を召喚する。
墓標から下りたホーヴァスは鉄鎚を構え、『GE‐02』を睨みつける。
『知能が上がった訳じゃねぇぜぇ、吸血鬼』
「……え?」
次の攻撃に備えるホーヴァスは、『GE‐02』が声を発した事に驚き、
『初めましてになるかぁ、吸血鬼? 僕が、オリバー・ウェイトリィだ』
聞く筈の無い声を聞いた彼女は信じられないモノを見た。
『GE‐02』の胸の部分の肉が盛り上がり、盛り上がった肉は細長い蟲となる。
だが、細長い蟲の先端には人の顔が……オリバー・ウェイトリィの顔が付いていた。

×××

「貴方が、オリバー・ウェイトリィ? 随分、話とは違う姿ね」
ホーヴァスはエヴァンから、オリバーがどういった容姿なのかを聞いていた。
純白の服を着た小柄な少年、ソレがエヴァンから聞いたオリバーの容姿である。
だが、目前のオリバーは『GE‐02』と一体化しており、聞いていた話と随分異なっている。
『まぁ、な……僕はコイツと融合したんだよ、吸血鬼。テメェ等を一匹も残らずブッ殺す為になぁ』
「呆れたものね……其処までして、貴方は魔物を滅ぼしたいのかしら」
魔物を滅ぼす為に自ら生み出した怪物と融合したと言うオリバーに、ホーヴァスは呆れた溜息を吐く。

『さぁ、再開しようや、吸血鬼ぃ! テメェを、コイツの蟲でグチャグチャに犯して嬲って、その後でブッ殺してやらぁぁ――――――っ!』
「やれるものなら、やってみなさい!」
ホーヴァスが駆けるのと、オリバーが細長い蟲共を吐き出したのは同時だった。
迫る細長い蟲共にホーヴァスは掌から氷の蝙蝠を連続で放って蟲共を迎撃、吐き出された蟲共は氷結粉砕されて氷の粒子と化す。
次々と吐き出される細長い蟲をホーヴァスは避け、時に氷の蝙蝠で迎撃しつつ、オリバーの足を目指す。

「砕けなさい!」
豪雨の如く降り注ぐ蟲共を潜り抜けたホーヴァスは、オリバーの足に鉄鎚を振るう。
振るわれた鉄鎚は足を打ち、骨を砕いた確かな感覚がホーヴァスの手に伝わる。
『いってぇんだよぉっ、吸血鬼ぃ!』
足を殴られたオリバーは殴られた足を持ち上げ、ホーヴァスを踏み潰そうとする。
巨大な足が勢い良く踏み下ろされ、轟音と砂塵と共に地面がクレーター状に陥没するが、既にホーヴァスは足の範囲内から逃れている。

(痛覚が鈍いというのは面倒ね、骨が砕けようと御構い無しだもの)
吐き出される蟲共と地団太を踏むように踏み下ろされる足を避けつつ、ホーヴァスは鉄鎚を足に打ち付ける。
鉄鎚を打ち付ける度に骨を砕く感覚が伝わるが、何度も骨を砕かれようとも踏み下ろされる足にホーヴァスは辟易する。
(痛覚が鈍い上に、自然治癒力が高いのかしら? だとしたら、本当に面倒ね)
ホーヴァスの推測は正しかった……オリバーの身体はホーヴァスの鉄鎚で骨を砕かれる度に、尋常ならざる速度で砕かれた骨を修復している。
尤も、ソレを知る術をホーヴァスは持っていないのだが。

『いい加減、踏み潰されろや、吸血鬼ぃ!』
「あらあら? 貴方の吐き出す下品な蟲で私を嬲って、犯すつもりなのでしょう? なのに、私を踏み潰したら意味がないじゃない?」
『っるせぇぞ、吸血鬼ぃ――――――っ!』
ホーヴァスの挑発が頭にきたのか、オリバーは蟲と足に加えて拳を振るい始める。
然し、振り回される四肢と吐き出される蟲共の尽くは避けられ、地面に穴とクレーターを増やすばかりである。
オリバーは忘れていた……此処はホーヴァスの領域である事を、昼間でも暗く淀んだ空は彼女の、ヴァンパイアの身体能力を最大限に引き出してくれる事を。

「魔法付与、『氷結鉄鎚(パゴス・スフィリ)』!」
ホーヴァスは魔法付与を詠唱、詠唱と同時に彼女の鉄鎚が冷気を纏う。
冷気纏う鉄鎚を、振り下ろされた二連装の拳の一つにホーヴァスは打ち付ける!
『うがぁっ!?』
冷気纏う鉄鎚を打ち付けられた巨大な拳は瞬く間に凍り付き粉々に砕け散ると、流石に痛みを感じたようで、オリバーは初めて苦悶の声を上げる。
オリバーの身体は砕けた拳を修復しようと試みるが、一向に修復される気配が無く、何事かと見てみれば、砕かれた部分が凍り付いていた。
「ふふっ、流石にソレだと修復は無理でしょうね」
ホーヴァスが鉄鎚に冷気を纏わせたのは、その尋常ならざる自然治癒力を封じる為だ。
如何に砕かれた瞬間に修復されようとも、凍り付けば意味を為さない……冷気は活力を奪い、活力を失ったモノは二度と動く事は無いのだ。

×××

『ふざけるな、ふざけるなぁっ! 死ねよ、滅べよ、ブッ殺されろ! テメェ等屑共が、この世界に生きる事は赦されねぇんだよぉぉ――――――っ!!』
拳を砕かれたオリバーは頭頂部の口から一斉に蟲共を吐き出し、吐き出された蟲共は豪雨の如くホーヴァスへと降り注ぐ。
「くっ!」
豪雨の如く降り注ぐ蟲共に、ホーヴァスも流石に回避に専念せざるを得ない。
縦横無尽に出鱈目なステップを繰り返し、牙を向ける細長い蟲には氷の蝙蝠をぶつける。

「邪魔よ!」
細長い蟲に混じって吐き出された巨蟲がホーヴァスへ迫り、彼女は迫る巨蟲に冷気纏う鉄鎚を叩きつける!
冷気纏う鉄鎚を叩きつけられた巨蟲は凍り、粉々に砕け散るが、その動きで一瞬だけ止まったホーヴァスに細長い蟲共が殺到する。
細長い蟲共は鋭い牙をホーヴァスに突き立て、彼女の肌に無数の噛み痕を刻む。
「ぐぅっ!? 離れなさい!」
蟲共に噛みつかれたホーヴァスは鉄鎚を一度手放して、独楽の如く回転。
遠心力で細長い蟲共を振り払うと同時に双掌から氷の蝙蝠を放ち、蟲共は氷の粒子と化す。

「よくも、乙女の柔肌に傷を付けたわね……」
噛みついた蟲共を振り払った後、ホーヴァスは手放した鉄鎚を素早く拾い上げる。
再び殺到する細長い蟲共を全力の跳躍で避け、上に逃げられた蟲共は頭をぶつけ合う。
細長い蟲共が上を見上げるとホーヴァスは上空で鉄鎚を縦に振るい、縦回転しているのを蟲共は確認した。
「受けなさい、『氷塊隕石(メテオリティス・パゴス)』!」
縦回転するホーヴァスは急降下し、冷気纏う鉄鎚を渾身の力を籠めて地面へと叩きつける。
ヴァンパイアの剛力、回転に因る遠心力、位置エネルギーが合わさった一撃は、地面に巨大なクレーターを作り、冷気を伴った衝撃波が蟲共を襲う!
冷気は蟲共を凍らせ、衝撃波が凍り付いた蟲共を砕き、蟲共を一掃する。

『派手にやってくれたじゃねぇか、吸血鬼ぃ! 隕石か、テメェはよぉ!』
蟲共を一掃されたオリバーは、ホーヴァス目掛けて更なる蟲の軍勢を吐き出す。
新たに吐き出された蟲の軍勢は巨蟲ばかりであり、全長四メートル程の巨蟲の群が鋭い牙の生えた大口を開いてホーヴァスへ迫る。
「芸が無いわね、オリバー・ウェイトリィ……『無山雪崩(ヴノ・ティポタ・ヒョノスティヴァザ)』!」
迫る巨蟲の群、ホーヴァスは冷気纏う鉄鎚を振り上げ、渾身の力を籠めて地面を叩く。
冷気纏う鉄鎚を叩きつけられた地面からは巨大な氷柱群が現れ、氷柱群は雪崩の如く巨蟲の群へと迫りて、巨蟲共を貫いていく!

『がぁぁっ! いっ、てぇなぁ……クソッタレェッ!』
雪崩の如く突き進む氷柱群は、巨蟲の群を飲み込み、貫き、磔にした後、巨蟲の群の後方に居たオリバーの足をも貫き、足を貫かれたオリバーは苦悶の咆吼を上げる。
オリバーは突き刺さった氷柱から足を引き抜こうとするが、氷柱に貫かれた部分を中心に足が凍り付き、動かなくなっていた。
『んなぁぁっ!? 動け、動けよ、動け動け動け動け動けぇぇ――――――っ!!』
必死に引き抜こうとするオリバーだが、懸命に藻掻く彼を嘲笑うかの如く、氷柱に貫かれた足は微塵も動かない。
それどころか、貫かれた足から極寒の冷気が徐々に身体を蝕み、体内からオリバーの身体は凍り付いていく。

「ふふっ……終わりね、オリバー・ウェイトリィ」
体内から凍らされていくオリバー、鉄鎚を仕舞ったホーヴァスは気品溢れる優雅な足取りで彼へと近付いていく。
オリバーはゆっくりと近付いてくるホーヴァスの顔を見て、別の意味で凍り付いた。
『な、何だよ、テメェ! ぼ、僕を殺すつもりなのかよ!? 僕は人間、人間だ、人間なんだ! テメェ等、屑共は人間を殺せないんだろぉっ!?』
そう、オリバーはホーヴァスの目に殺意が宿っているのを見た。
その優雅な足取りは凍り付きつつあるオリバーには死刑宣告に等しく、凍り付きつつある彼は悲痛な声で叫ぶしか出来ない。

『畜生、畜生畜生畜生ぉっ! この僕が、こんな所で殺されんのかよぉ!! 殺されるもんか、殺されるもんかよぉ――――――っ!!』
半狂乱で叫ぶオリバーは凍り付きつつある身体を強引に動かし、悪足掻きのように最後の蟲を吐き出す。
吐き出されし蟲は以前ボイドと対峙した、自身より巨大な超巨蟲……吐き出された超巨蟲は、ホーヴァス目掛けて突き進む!

「足掻くのは止めなさい、オリバー・ウェイトリィ!」
ホーヴァスは腰から氷で出来た蝙蝠の翼を生やして迫る超巨蟲を回避し、逃げられた超巨蟲は頭を地面に突っ込ませる。
氷の翼を生やしたホーヴァスは高速で空を翔け、双掌に魔力を集める。
魔力集う双掌からは冷気が溢れ、ホーヴァスの双掌は冷気が生んだ紫電を纏う。
空翔けるホーヴァスは『GE‐02』の胸から生えるオリバーの顔面の前で滞空し、彼に紫電纏う双掌を突き付ける!

「『極低温の音符蝙蝠(ミゼン・ニフテリザ)』、散華(ザンゲ)しなさい」
静かに呟いたホーヴァスは双掌から紫電纏う氷の蝙蝠を連射し、オリバーを凍らせていく。
上からはホーヴァス放つ氷の蝙蝠、下からは氷柱群の冷気……上下から巨体を蝕む冷気に、オリバーの身体は完全に凍り付く!
オリバーが完全に凍り付いたのを確認したホーヴァスは、空を舞って彼から離れる。

『が、あぁ……僕は、人間だ、ぞ……僕は、人間……なんだぁ……!』
オリバーは凍り付いた口を強引に動かして途切れ途切れに叫ぶ、自分は人間だと。
自分は人間だと叫ぶオリバーは見た、鉄鎚を構えて高速で迫りくるホーヴァスを。
『待て、よ……待ち、やがれ……人間の、僕を、テメェは……殺すのか、よぉ……』
迫りくるホーヴァスにオリバーは叫ぶ、人間である自分を殺すのかと。
オリバーの懸命な叫びに、ホーヴァスは
「憐れね、オリバー・ウェイトリィ」
憐れむような嘲笑を浮かべ、

「さようなら、『零距離鎮魂歌(モータル・レクイエム)』」

オリバーの顔面に渾身の力を籠めた鉄鎚を叩きつけた。

×××

「ふぅ……流石に疲れたわね」
空中で疲れた溜息を吐いた後、ホーヴァスはゆっくりと地上へと降下する。
ホーヴァスが地上に降り立つと同時に、腰の氷の翼が砕けて氷の粒子と化す。
「我ながら、中々の出来ね……フェランと共に考えただけはあるわ」
目前の氷塊の山を見上げたホーヴァスは、微笑みと共に呟く。
ホーヴァスが見上げる氷塊の山は砕け散ったオリバーであり、彼女の足元には絶望と苦悶に染まった彼の顔の破片が幾つも転がっている。

『零距離鎮魂歌』。
『人類の護符』との決戦前に、ホーヴァスが編み出した彼女の必殺技である。
ホーヴァスの氷属性魔法は彼女の弛まぬ研鑚もあって、彼女の生み出す氷は触れれば直ぐに凍り付いてしまう程の冷気を秘めている。
只でさえ低温の冷気を秘めた氷を生み出せるホーヴァスは、更にその温度を下げる事に因り、絶対零度の氷を生み出した。
絶対零度の冷気と紫電を纏う氷の蝙蝠をぶつけて敵を凍結させた後、一度高速で離脱。
離脱後、凍結した敵へ高速で再び接近し、加速に因る運動エネルギーとヴァンパイアの剛力の合わさった渾身の一撃を叩き込んで粉砕する、ソレが『零距離鎮魂歌』である。

「でも……何だか、複雑な気分だわ」
この『零距離鎮魂歌』……元々は『GE‐01』及び『GE‐08』との対峙を想定して編み出した技であり、フェランの負担を減らす為の技でもある。
死体である故に急所が無い『GE‐08』、急所と呼べる部分が見当たらない『GE‐01』。
その両者でも絶対零度の齎す凍結は防げないと予想したホーヴァスは、巨体を誇る『GE‐01』でも瞬間凍結させる事を目標に、この『零距離鎮魂歌』を編み出したのだ。
想定した相手に通用するかどうか分からなかったが、『人類の護符』の首魁たるオリバーを討つ事は出来た。
残念と喜びが混じり合った複雑な呟きを、ホーヴァスは溜息と共に漏らした。

「それにしても、『僕は人間だ』なんて……よく言えたものね」
ホーヴァスは足元に転がる元・オリバーの氷塊を見下ろし、嘲笑と共に彼女は蹴飛ばす。
オリバーが『人間』なら、ホーヴァスは彼を殺す事を、それどころか傷付ける事も躊躇うだろう。
だが、ホーヴァスはオリバーを『人間』として見ていなかった。
「オリバー・ウェイトリィ、貴方は人間じゃない……貴方は獣、ヒトとして大事なモノを捨て去った獣よ。貴方の言う通り、私は『人間』は殺せないけど、獣は殺せるわ」
そう、ホーヴァスはオリバーを獣と見ていた。
魔物を一匹残さず滅ぼすという狂気と憎悪を胸に悪行の限りを尽くし、挙げ句の果てには自ら生み出した怪物と融合したオリバー。
そんなオリバーは人間では無い、自分達の愛する人間では無いとホーヴァスは判断した。

「んっ、んっ、ぷはっ……さてと、エヴァンと合流しようかしら」
ホーヴァスはフランシスから渡された黄金の蜂蜜酒を飲んだ後、ゲイリーから渡された紅い宝石を取り出し、地面に叩きつける。
ホーヴァスを含め、エヴァン達はゲイリーから紅い宝石……簡易転位魔法陣展開装置を、二つ渡されていた。
一つは騎士と主力の分断に、残る一つはセレファイスに帰還に使う為だ。
だが、ホーヴァスは帰還用の紅い宝石の転移先を、『エヴァンの現在地』へと変更したのだ。

「私が首魁たるオリバー・ウェイトリィを討った以上、エヴァンが戦っているのは偽者でしょうね。偽者であろうと、夫を助けにいくのが妻の役目よ」
転移先を密かに変更したのは、愛するエヴァンの為。
『魔物娘捕食者』の討伐後、オリバーと戦っているであろうエヴァンを助ける為だ。
自分がオリバーを討った以上、エヴァンが戦っているであろうオリバーは偽物だろう。
そう判断したホーヴァスは転移する、愛するエヴァンの元へと……

Report.08 私と巨人と墓地の決戦 Closed
To be nextstage→Report.09 拙者と肉団子と洞窟の決戦
12/11/01 15:34更新 / 斬魔大聖
戻る 次へ

■作者メッセージ
お待たせしました、魔物娘捕食者更新です。
フェランと共に考え、編み出したホーヴァスの必殺技はどうでしたか?
因みに、ホーヴァスの魔法の名前のルビは全てギリシア語です。
次回はボイドが主役のお話ですので、楽しみにしていてください。
無論、ボイドの必殺技が炸裂します!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33