連載小説
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Report.07 我とアタイと防衛戦
〜交易都市・セレファイス〜
「あぁ―――はっはっはっはっ! 楽しいねぇっ! さぁさ、楽しい愉しい、戦争の始まりだ!」
エヴァン達が主力の分断に成功した事を知ったフランシスは、溢れる闘志と歓喜で幼さの残る顔を凶悪的なまでに歪めて、戦場を駆ける。
フランシスが纏うは、普段彼女が着ているような露出度の高い水着のような服ではなく、黒と紫を基調にしたフード付きのローブ。
このローブは旧世代のフランシスが愛用したローブであり、彼女の本気を表している。

「あぁはっはっはっはっ! 弱い、弱いねぇ! もう少し、骨のある奴はいないのかい!?」
戦場を駆けるフランシスは元・『偉大なる八人』の実力を存分に発揮し、『人類の護符』に属する騎士を一撃で気絶させる。
フランシスが放つは『重塊』、、『炎杭(フラルト)』、『水弾(ウォレット)』、『刃雪(シュネーゲ)』、『石球(ピエボル)』、『風刃』と闇、炎、水、氷、地、風の六属性の初歩的な攻撃魔法だが、彼女が放てば威力は跳ね上がる。
具体的に表現するなら、フランシスの『風刃』はエヴァンの『大嵐刃』に匹敵するのだ。
但し、ソレは計算上の威力で、実際には魔物の本能で威力が抑えられているのだが、それでも人間を気絶させるには充分である。

フランシスの戦法は単純明快、兎に角手数で圧倒する……生まれ持った天賦の才を活かして、初歩的な攻撃魔法を手当たり次第に乱射するのだ。
戦場を駆けるフランシス、彼女の放った魔法で呆気無く気絶する騎士達。
まさに鎧袖一触、圧倒的実力差を見せつけながら、フランシスは滾る闘志と溢れる歓喜の赴くままにセレファイスを駆ける。

「あぁん? 全く、何で囲まれてるんだい!」
戦場を駆けるフランシスは、配下の魔女達が大勢の騎士に囲まれているのを目撃。
彼女は囲まれている魔女達の前に転移先を指定して、すかさず転移する。
転移と同時にフランシスは『炎杭』を乱射、囲んでいた騎士達の腹に『炎杭』が突き刺さる!
「あ、親分っ! 助かりました!」
「ひゃっほぅ! 格好良いですぜ、親分!」
「おぉっ! 親分の本気服! オレ、初めて見た!」
『炎杭』が腹に突き刺さった騎士達は気絶、フランシスの登場に魔女達は此処が戦場である事を忘れてはしゃいでしまう。
勿論、はしゃぐ魔女達の頭をフランシスはポカリと小突いた。

「親分、親分」
「あん? 何かあったのかい?」
「いや、何かあったんじゃないっす。ただ……コイツ等、何か変なんすよ」
魔女達を助け、次の相手を求めて走り出そうとしたフランシスを、先程囲まれていた魔女の一人が呼び止め、フランシスは魔女の報告に耳を傾ける。
曰く、今戦っている騎士達には感情が無く、ゴーレムのように黙々と自分達を攻撃してくる。
更に、此方の攻撃に対して恐怖を抱かない……まるで『雑草を見ているかの如く』、此方からの攻撃を不気味な程の冷静さで受け止めてくるそうだ。
「ふぅん……」
魔女の報告に、フランシスは思考する。
推測に過ぎないが、感情が無いのはオリバー・ウェイトリィの洗脳―コレはエヴァンから聞いた事だ―の所為だろう。
滅ぼす敵に感情は無用、畑に生える雑草を刈るかの如く斬り捨てよ……洗脳を施すついでに、感情を封印したといったところか。

「ま、いっか……兎に角、今度は囲まれないように気をつけな。んじゃ、アタイは行くよ!」
「親分、御武運を!」
面倒臭くなって思考を中断させたフランシスは、魔女達の声援を背中に走り出す。
恐らく、他の魔女達も騎士に囲まれているだろうと判断したフランシスは魔女達の反応を探り、走りながら転移を準備する。
(ふぅん……今度はアッチか)
そして、フランシスは囲まれている魔女達の元へ転移する。
「なぁなぁ、コイツ等どうするよ?」
「他の魔物にくれてやろうぜ。オレ、親分の一撃でサクッと気絶する弱っちい奴なんざ、使い魔にしたくねぇし」
「だな! 縛り上げて、洗脳解いた後で独身の魔物にやるか!」
魔女達の呑気な会話を聞きながら。

×××

フランシス率いるサバトは、他のサバトからは異端のサバトとして見られている。
何故なら、フランシスのサバトは『純粋な戦闘集団』だからである。
サバトの主であるバフォメットと配下の魔女達は、『幼女の背徳と魅力を知り、魔物らしく快楽に忠実であれ』という教義の元に活動している。
だが、フランシスのサバトの教義は『只管に強さを求めよ』。
限界を定め、定めた限界を突破し、ソレを繰り返して強さを只管に求めよ……ソレがフランシスのサバトの教義であり、その教義の下に配下の魔女達は己の研鑽に励んでいる。
また、研鑚の結果を披露すると同時に更なる強さを求め、フランシスのサバトは積極的に教団と魔物の小競り合いに介入しているのだ。

新入りには魔法及び武術を体得・修練させ、先輩は自己の研鑚も兼ねて某国海軍並の聞くに堪えない罵倒混じりに後輩を指導する。
使い魔として迎える男性も騎士や魔法使いといった武術・魔法を体得している者を選ぶ等々、その教義は徹底されている。
その可憐な外観に反してフランシスのサバトに属する者は、一人一人が魔法・武術共に優れた一騎当千の猛者なのである。

本来、サバトは魔王軍の魔法部隊……魔法を用いた戦術及び新魔法の考案・開発が本来の役目であり、フランシスのサバトは本来の役目に武術体得を加えた組織だ。
だが、フランシス以外のバフォメット率いるサバトは、幼女趣味の布教を自分達の役目だと認識している節がある。
これでは、どちらのサバトが本来の役目を果たしているのかが分からない。
兎に角、フランシスのサバトは他のサバトから『脳筋』、『野蛮』等と言われ、その教義もあって彼女率いるサバトは『大蛮族』と呼ばれているのだ。

フランシスのサバトが『大蛮族』と呼ばれるのは彼女達の活動もそうだが、教祖たるフランシスの過去も関わっている。
フランシスは今年で五〇〇歳を迎える長老格のバフォメットであり、旧世代の彼女は強者との戦い何よりも好む戦闘狂だった。
それも、ただ戦うのではなく、一瞬にも満たない僅かな隙が死を招く極限の戦いをフランシスは只管に求め、極限の戦いを悔い無く満喫する為の自己研鑚を怠らなかった。
旧世代のフランシスは生死を賭けた戦いに快感を見出し、刹那の快感に溺れていたのだ。

旧世代のフランシスは因縁の宿敵、且つ最高の好敵手であった一人の天使と死闘を演じ、その時の怪我が元で代替わりの三〇年前に、その傷を癒す為の眠りに就いた。
代替わりの瞬間を眠っていた為なのか、フランシスの精神面は人間を傷付けられない、人間を愛するという本能の変化以外は旧世代の頃そのままだった。
フランシスが目覚めたのは代替わりから七〇年後、自身の変化に戸惑いながらも昔の部下の子孫を集めてサバトを作り、己の思考を教義とした結果、『大蛮族』が生まれたのである。
因みに、フランシス的には性交で得る快感と、極限の戦いで得る快感は同率一位である。

コレは余談だが、フランシスは幼女体型に不満を持っている。
書き替えられた本能以外旧世代そのままであるフランシスは、何故幼女体型にするのかを疑問に思っており、勿論、自分の幼女体型にも不満を持っている。
以前、教団の女騎士を捕らえ、彼女の強さを認めたフランシスは『大蛮族』に加えるべく、その女騎士を魔女に変化させる際、彼女を幼女体型にしないと意識していた。
にも関わらず、魔女となった女騎士は幼女体型となり、何度別の人間を魔女にしても幼女体型になってしまい、以降、フランシスは幼女体型への変化を諦めた。
先程、フランシスは幼女体型に不満があるとは言ったが、あくまで矛先は『幼女体型』であり、配下の『大蛮族』を彼女は家族として愛している。

×××

「…………」
数人の騎士達は滅ぼすべき怨敵の姿を求め、戦場と化したセレファイスを黙々と走る。
無論、奇襲に備えての警戒は忘れずに、瓦礫や建物の陰に隠れながら、黙々と戦場を走る姿は一つの生物を思わせる。
廃屋と化した民家の陰に隠れて進路を確認した際、騎士の一人が足元に転がっていた金属製のコップに気付かず、ソレを蹴飛ばしてしまう。
「…………!」
コップを蹴飛ばしてしまった事に気付いた騎士は一瞬身体を強張らせるが、蹴飛ばした際に音がしなかった事に安堵する。
安堵するのとほぼ同時に、騎士は違和感を感じた……そう、『音がしなかった』。
無音に違和感を感じたと同時に、騎士達は次々と首を絞められ、意識を呆気無く手放した。

「ふむ……書類仕事ばかりで不安だったが、まだまだ我も現役で通用するか」
気絶した騎士達の背後に立っていたのは、セレファイス領主であるローラだった。
統治者たる者、治める領地が攻められし時は率先して戦うべし……その理念に従って、ローラはフランシスと彼女率いる『大蛮族』と共に戦っていた。
「さて、と……」
気絶した騎士達を何処からか取り出した鎖で縛り上げて、ローラは『気配遮断』、『不可視』、『無音領域(フィルド・チシナ)』を同時詠唱して姿を消す。

『無音領域』とは自身の周囲、半径三メートル以内の音という音の全てを一切遮断する領域を作る、導師級の魔法使いだけが体得出来る高位魔法である。
ローラは『気配遮断』、『不可視』といった隠蔽系の魔法に優れた魔法使いであり、領主に就任する以前、迷宮の主だった時にソレ等を独学で学んだモグリの魔法使いでもある。
迷宮の主であった頃のローラの戦法は、まさしく蛇……気配を断ち、姿を隠して忍び寄り、軍式格闘術(マーシャルアーツ)―コレも独学で憶えた技術だ―で迅速に敵を無力化する。
迷宮という閉鎖空間の中、迷宮の主として迷宮に住まう魔物を守る為に憶え、鍛えられた技術は迷宮を始めとした屋内は元より、市街戦でも真価を発揮するのだ。

(む、アレは……)
気配と姿を隠して廃墟と化した大通りを這うローラは、囲まれている魔女を発見する。
騎士の数は五人、一対五の状況に置かれている魔女は、可憐な容姿に似合わぬ厳つい斧槍―勿論、刃は潰してある―を振り回して果敢に応戦している。
「うっだおらぁぁっ! いい加減、気絶しろや、ボケェェッ!」
(はぁ……もう少し、女子らしい口調を心掛けるべきだと我は思うのだがな)
如何にも荒くれ者と言わんばかりの荒々しい言葉使いにローラは心中で呆れた溜息を吐くが、溜息を吐いている暇は無い。

(ふっ!)
スルスルと音を立てずに忍び寄り、魔女目掛けて大剣を振り下ろそうとする騎士の首に、ローラは鋭い手刀を打ち込む。
背後からの一撃で騎士は呆気無く気絶、ローラは近くに居た騎士の足を尾で払う。
足を払われて体勢を崩した騎士の腕を掴んだローラは、異常を感じ取った残りの三人へ掴んだ騎士を投げつける。

(遅い!)
投げ飛ばされた騎士に押し倒された三人の騎士、体勢を立て直そうとするが既に遅い。
騎士達は既にローラの射程範囲内に収まっている……ローラは騎士達の顎へと掌底を的確に打ち込み、如何なる者でも鍛える事出来ぬ脳髄を揺さ振る!
脳髄を揺さ振られた騎士達は糸の切れた操り人形の如く地に倒れ、突然騎士達が倒れた事に魔女は呆然としている。

「大丈夫か?」
「うひょいっ!? って、何だ、ローラの姐さんか……アッシは大丈夫っすよ」
『無音領域』を解き、ローラは囲まれていた魔女に大丈夫なのかどうかを尋ねると、いきなり声を掛けられた魔女は驚きで飛び上がる。
だが、ローラが隠蔽系魔法の使い手である事を思い出したようで、魔女は落ち着きを取り戻して大丈夫だと、姿の見えぬローラに答える。
「うむ、ならば良し。我は行くぞ」
「姐さん、御武運を!」
魔女の声援を受け、ローラは静か過ぎる程に静かな領域を従えて這い出した。

「おっ、ローラじゃないか! ソッチはどうだい?」
「む、フランシスか……我は数十人程、汝はどうだ?」
「アタイは、ん百人って所さ。全く、中々数が減らないねぇ」
廃墟と化した通りを這っていたローラはフランシスと合流を果たし、互いの状況を交換しあう。
中々数が減らない事にボヤくフランシス、ローラは彼女のボヤきに苦笑するしかない。
なにせ相手の数が数だ……二万人以上の騎士達を僅か四〇〇人程で相手をしている以上、人数差もあって早々減るものではない。
寧ろ、現在セレファイス側の人的被害が軽微である事が奇跡に等しい状態である。
因みに、ローラの隠蔽系魔法は年季差もあってフランシスには通用せず、フランシスにはローラの姿が見え、声は聞こえているのだ。

「フランシスよ、汝の配下から聞いた話なのだが……」
「んぁ? アタイの魔女達が何か言ってたんかい?」
怪訝な表情を浮かべるフランシスに、ローラは合流前にフランシス配下の魔女から聞いた話を彼女に伝える。
エヴァン達の作戦成功前の事らしいが、魔物を害する為に生み出された『魔物娘捕食者』が、何故か目前で戦闘態勢を取っていた『大蛮族』を無視したそうだ。
遭遇した魔女曰く、まるで誰かを探していて、自分達は眼中に無かったようだった、と。
「はぁ? 何だい、そりゃ? エヴァンから聞いた話じゃさぁ、『魔物娘捕食者』ってのは、アタイ達を滅ぼす為に生み出された怪物だろ?」
「そうは言ってもだな……何故我々を無視したのかは、我にも分からぬのだ。向こうにも、何か狙いがあるのやもしれぬ」
ローラとフランシスは難しい表情を浮かべるが、直ぐに思考を中断させる。
今はセレファイスの防衛こそが、二人にとって最優先すべき事象であるからだ。

「フランシスよ、汝は何処に向かっておるのだ?」
「ん? あぁ、魔女達の反応が団子になってる所があってね。其処に向かってた途中……って、邪魔だぁっ!」
通りを突き進むローラとフランシス……フランシスが進路上の騎士達を薙ぎ倒している為、軍式格闘術で戦うローラは手持無沙汰である。
快進撃の最中、ローラはフランシスに何処に向かっているのかを尋ね、フランシスは魔女達の反応が一ヶ所に固まっている場所だとは告げる。
「ほぉ……フランシス、その場所は何処だ?」
「えっと、三番大通り広場……って、ん? オイ、何で反応が此処で団子になってんのさ!」
魔女達の反応が固まっている場所を再確認したフランシスは驚愕、驚愕する彼女の声を聞いたローラはセレファイスの地図を思い出す。

セレファイスは上空から見ると正八角形の城壁に囲まれ、その内側に都市を形成している。
都市中央にローラの屋敷があり、屋敷から各頂点に向かって八本の大通りが伸びている。
その大通りの中心地点に広場があり、更に広場同士を繋げる通りが伸びている。
簡潔に表現するならば、各広場同士を繋げる通りと外周部の城壁で、大小二つの正八角形が造られているのだ。
反応が固まっているのは三番大通り広場……ローラは其処に何があるかを知っており、知っているが故にフランシスが驚愕した理由を悟った。
そう、其処には二人にとって馴染み深い家が、ゲイリーの医療所があるのだ。

×××

「「………………………………………」」
ゲイリーの医療所がある三番大通り広場に到着したローラとフランシスは、目前で広がる光景に開いた口が塞がらなかった。
広場には大勢の騎士が集まっており、その中央には一〇人程の魔女達と此処に居る筈の無い二人が見慣れぬ物を担いで騎士達と戦っていた。
「ぬひゃっ、ぬひゃひゃひゃっ、ぬぁぁ―――はっはっはっはっ! 有象無象の雑魚共よ、我輩のビックリドッキリ大発明にブッ飛ぶのであぁ――――――――るっ!」
「あらほら、さっさ〜! なのさっ!」
そう、避難した筈のゲイリーとエルザが魔女達に混じって騎士達と戦っていた。
二人と魔女達が担いでいるのはヴァイオリンケースを大きくしたような物で、その先端には穴が開いている。

「た〜まや〜!」
巨大ヴァイオリンケースを担ぐ魔女が叫ぶと先端の穴に魔力が集い、魔法陣が浮かび上がると同時に砲弾の如き魔力塊が放たれる!
放たれた魔力塊は騎士達の一角に着弾、盛大な爆発と共に数人の騎士が空を舞う。
「か〜ぎや〜!」
「どっか〜ん!」
何故か楽しそうな魔女達の叫びと共に魔力塊が放たれ、魔力塊が放たれる度に騎士達が空を舞い、残る騎士達は怯まずにゲイリー達の元へ進もうとする。
然し、円陣を組んだゲイリー達の砲撃に隙は無く、騎士達は次々と気絶させられる。
「ぬはははははっ! どうであるか? 我輩が開発した携行式魔力砲の威力は! えひゃっ、ぶひゃひゃっ、ぶぁははははははははっ!」

「何なんだい、ありゃ……」
「我に聞くな……」
轟く爆音、響くゲイリーの高笑い、砲撃の餌食となって空を舞う騎士達……意外な人物の意外な奮戦に、ローラとフランシスは呆然とするしかない。
二人が呆然としている間にも騎士達は空を舞い、徐々に数が減っていく。
このままでは埒が明かない、と判断したのか……騎士達は無闇な突進を止めると、攻撃魔法を使えるらしい騎士が前に出てくる。

「むっ、魔法を使うつもりであるな? そうは問屋が卸さんのである! エェェルザッ!」
「ダーリン、了解なのさっ! よいしょっ、と」
ゲイリーの叫びにエルザは担いでいた巨大ヴァイオリンケースを下ろすと、突撃槍を取り出し、従来の物と比較すれば妙に長いグリップに跨る。
「回転開始なのさ!」
エルザの声と共に穂先が猛烈な速度で回転し始め、グリップの端―フルーティングと呼ばれる部分だ―から魔力が炎のように噴出し、フワリと地面スレスレの高さに浮かび上がる。

「エルザ少尉、突貫します! なのさっ!」
浮かび上がった突撃槍に跨ったエルザは、弾丸の如き速度で騎士達に向かって突き進む。
穂先が高速回転し、低空飛行する突撃槍に跨るエルザの姿は箒に跨る魔女を想起させるが、跨っている物が些か物騒過ぎる。
前に出た騎士達は突撃槍に跨って突進してくるエルザ目掛けて、一斉に魔法を放つ!
回転し、低空飛行しているとはいえ、たかが突撃槍……魔法が当てれば、難無く壊せると前に出た騎士達は判断したが、その判断は誤りだった事を思い知る。

「ダーリンが作った魔道具、舐めてもらっちゃ困るのさ!」
その叫びと共に回転する穂先を魔力が包み込み、騎士達が放った魔法は尽く回転する穂先を包む魔力に掻き消される。
魔法が掻き消された事に怯まず騎士達は魔法を放とうとするが、エルザ跨る突撃槍が騎士達を撥ね飛ばす方が早かった。
回転する突撃槍に撥ね飛ばされた騎士達は空を舞い、エルザは騎士という肉の壁を突撃槍で掘削する!

「ふぁははははははははっ! どうであるか、我輩の開発した魔道具は! さぁ、皆の衆っ! エルザに続くのであぁぁ―――る!」
『おぉ―――っ!』
ゲイリーの叫びに呼応した魔女達は巨大ヴァイオリンケースを肩から下ろすと、エルザが跨っている突撃槍と同じ物を取り出して跨る。
そして、箒を操る感覚で回転する突撃槍を操って騎士達に向かって突撃、一部の魔女は肩に先程の巨大ヴァイオリンケースを担いでおり、砲撃を交えながら肉の壁を掘削する。
突撃槍に跨り、広場を縦横無尽に駆けるエルザと魔女達に騎士達は翻弄され、一人、また一人と気絶していく。
ゲイリーが医療所を構える広場は戦場ではなく、既に群がる騎士を一方的に気絶させる処刑場と化している。
獅子奮迅の活躍を見せるエルザ達に、ローラとフランシスは呆然と見守るしかなかった。

×××

「ゲイリー、エルザよ……黄金の蜂蜜酒完成後は速やかに避難せよ、と命じておった。なのに、何故此処におるのだ?」
「「…………」」
物量差を感じさせぬ勝利を掴み、高笑いしていたゲイリー……現在、彼はエルザと共に正座でローラから説教を受けていた。
ローラの額には青筋が浮かんでおり、彼女の尾も怒りを現すように小刻みに震えている。
因みに、フランシスと魔女達は広場に累々と横たわる騎士達を縛り上げている。

「え、えぇっと、であるな……」
曰く、ゲイリーはブリチェスターに自作の魔道具を渡した後、黄金の蜂蜜酒精製に着手。
その熟成を待つ間、エルザ―後半は『大蛮族』の魔女達も加わって―に手伝ってもらい、渡した魔道具の改良、先程の巨大ヴァイオリンケースの開発・量産に勤しんでいた。
寝る間も惜しんで勤しんでいたら何時の間にかセレファイスが戦場と化しており、避難が困難になっていた。
故に、魔道具開発・量産を手伝ってもらった魔女達と共に、二人は自作の魔道具を使って迎撃に出たそうだ。

「まぁまぁ……ローラの姐さん、そんなに怒らないでやってくだせぇ。ゲイリーの旦那の魔道具のお陰で、何とかなったんすから……」
事情を聞いていたローラに、先程巨大ヴァイオリンケースと突撃槍で奮闘していた魔女の一人が青筋を浮かべる彼女を宥める。
魔女の言葉にも一理ある……砲弾の如き魔力塊を放つ携行式魔力砲、低空だが高速飛行が可能且つ穂先が回転する突撃槍、その二つのお陰で騎士の数を一気に減らせたのだ。
各地で気絶させ、ソレをフランシスが転移で集めてきたのも含め、縛り上げられた騎士達が足の踏み場が無い程に広場に集められている。
その半分が、此処でエルザ達に吹き飛ばされ、空を舞った騎士達―広場の戦闘を嗅ぎつけ、集まったようだ―である。

「はいはい……ローラも、説教は其処までにしときなよ。今はワーキャットの手も借りたい程に、アタイ達は忙しいんだ」
騎士達の拘束を配下の魔女達に任せたらしいフランシスが無言で眉を顰めるローラに近付き、正座させられているゲイリーに助け船を出す。
「むぅ……確かに我等はセレファイス防衛の最中、二人を説教している暇は無いか」
フランシスにも宥められたローラは溜息を吐き、説教から解放されたゲイリーとエルザは安堵の表情を浮かべる。
「但し、ゲイリーよ……」
「は、はいぃっ!?」
安堵も束の間、鋭い目でローラに睨まれたゲイリーは、裏返った声で返事をする。
まだ説教が続くのかと覚悟したゲイリーだが、ローラの言葉は彼の予想と違った。

「先程の魔力砲と突撃槍、量産は可能か?」
「へ? まぁ、『物質複製(コピーメイク)』の魔道具もあるので……一つ当たり、一〇分程で複製出来るのである」
「……アンタ、んな物まで作ってたのかい」
ローラは先程の魔道具の量産が可能かと聞き、ゲイリーはソレに答え、その答えにフランシスは呆れた声を出す。
『物質複製』はその名の通り魔力で複製を作る魔法で、ゲイリーは魔力を動力源に『物質複製』と同様の効果を発揮する魔道具を独学且つ独力で開発していたそうだ。
また、ゲイリーは件の魔道具を動かす為に、魔力を詰めこんだ『燃料棒(カートリッジ)』なる物も同時に開発していたのだ。
「なら、あの二つの量産・配備に着手せよ。今回はソレで不問とする」
「うむ、了解なのである。エルザ、手伝うのである!」
「アイアイサー、なのさ!」
ローラに命じられたゲイリーは、エルザを従えて自分の医療所へと戻る。
医療所に戻るゲイリーの背中を見ながら、ローラは思案する。

ヴァイオリンケース型の携行式魔力砲といい、回転・高速低空飛行する突撃槍といい、ゲイリーには魔道具開発に対する天才的なセンスがあるようだ。
魔力を砲弾として放つ大砲は王魔界・アーカムでも開発されたが、試験的な代物である。
大きさも従来の火薬式の大砲と然程変わらず、砲弾として放つ魔力塊も威力が不安定であり、実用化まで十数年は掛かると言われている。
にも関わらず、小柄な魔女が肩に担げる程の大きさまでに小型化、実戦に耐えうる代物を僅か四ヶ月程でゲイリーは開発・量産したのだ。

突撃槍もそうだ……穂先を回転させる仕組みだけでも、腕利きのドワーフやサイクロプスですら理解し難い、複雑な仕組みになっているだろう。
魔力噴出に因る高速低空飛行、穂先の魔力放出、穂先の高速回転も含めた斬新な新技術を、長大なグリップ以外は全く普通の突撃槍の大きさで収めているのだ。
ソレ等の技術だけでも巨万の富を得られるのは想像に難くない……そもそも、あの突撃槍は元々『岩盤掘削用』で、開発当初から武器としての運用を想定した物ではないのだ。

後に、ローラが件の突撃槍を知人のドワーフ、サイクロプスに見せた所、
『ざっと見ただけでも、この領域に辿り着くまで自分達でも一〇〇年は掛かる』
『人間が開発したとは思えない。開発者は自分と同類か、それ以上の存在ではないのか』
と、鍛冶技術に優れた彼女達に言わせ、ローラはゲイリーの天才的センスに驚かされた。
鍛冶技術に優れたドワーフとサイクロプスに一〇〇年掛かると言わせる程の代物を、ゲイリーはあくまで『岩盤掘削用の道具』として開発した。

エヴァンの黒眼鏡と彼の使う黄衣もゲイリーが作った魔道具であり、黄衣は兎も角として、眼球の代替を果たす黒眼鏡は今の技術では難しい。
今の技術では難しい黒眼鏡を一〇年前にゲイリーは開発していたのだから、それだけでも彼の天才的センスが窺える。
ヴァイオリンケース型携行式魔力砲、回転突撃槍、エヴァンの黒眼鏡、物質複製機……技術的に難しいソレ等を、独学で開発したゲイリーの天才的センスには驚かされる。

だが、真に驚くべきは、コレ等脅威の魔道具が『ゲイリーの趣味』で開発された事だ。
ゲイリーは医者が本業で魔道具開発は単なる『趣味』だと公言しており、魔道具開発はあくまで彼の趣味でしかない。
単なる趣味で現代技術を一歩どころか二歩、三歩先を行く技術を考案した、ゲイリーの天才的センスはどれ程のものなのか……!
事実、ゲイリーの幼馴染であるエヴァンも
『アイツ、職業間違えたんじゃねぇか? 魔道具開発を本業にすりゃ、一発で億万長者だ』
と言っていたのだ。

「……ラ? おい、ローラ! 聞こえてんのかい!?」
「っ! フランシスか……済まぬ、少々物思いに耽っておった」
思案に暮れていたローラはフランシスに肩を叩かれ、ゲイリーに対する思案を中断させる。
そう、今は思案に耽っている場合では無い……こうして思案に耽っていた間にも、セレファイスは『人類の護符』の攻撃に晒されているのだ。
「物思いに耽ってる場合じゃないだろ? さぁ、さっさと騎士達を追っ払うよ!」
「分かっておる……此処は、セレファイスは我等の家だ。押し込み強盗にはお帰り願うとしよう」
戦場と化したセレファイスの大通りをローラは這い、フランシスは走る。
大事な我が家を、エヴァン達が帰る場所を守る為に……

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12/10/29 15:32更新 / 斬魔大聖
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■作者メッセージ
お待たせしました、魔物娘捕食者更新です。
まさかのゲイリー大活躍、皆様驚いたでしょうか?
執筆していた本人も吃驚です。
ゲイリー開発の突撃槍は、MHシリーズではお馴染みのドリルランス。
私の知人が某ドリルで熱い、グラサン掛けたロボットアニメの劇場版DVDを借りてきて、ソレを一緒に見てしまった所為です。

次回は第三者視点でホーヴァスが主役のお話となります。
フェランと編み出した彼女の必殺技が登場しますので、期待していてください。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33