Report.05 俺と吸血鬼と巨人 前編
〜大陸北西部・ネフレン=カの墓所〜
「各員、迎撃用意!」
死者と屍人型魔物の楽園・ネフレン=カの墓所……昼間だというのに暗く淀んだ空、無数に乱立する墓標は、御世辞にも楽園とは言い難い光景。
楽園とは言い難い殺伐な楽園は、現在異形の群の侵攻を必死に食い止めていた。
「一番隊、二番隊は弓を構えて! 三番隊、四番隊は術式詠唱を用意! 私の合図と共に斉射しなさい!」
陣頭指揮を執る魔物の声に答えるように、屍人型魔物達は弓を構え、魔法陣を浮かべる手を突き出す。
指揮を執る魔物はヴァンパイア……高い魔力と可憐な外観に見合わぬ剛力を持ち、『貴族』と自称するに相応しい実力を誇る稀少な魔物である。
ヴァンパイアの視線の先には異形の群……言葉で表現するなら、巨大な蟲。
鋭い牙が剥き出しで人間程の大きさなら容易く丸飲み出来そうな大口、臓器を思わせるヌルリとした光沢を放つ節くれだった巨躯、申し訳程度の小さ過ぎる腕。
巨蟲の群は津波の如く押し寄せ、目前に立つ魔物達を飲み込まんと大口を開ける。
「今よっ! 総員、斉射!」
最前線に立つヴァンパイアの声と共に矢の雨が、火球が、氷柱が、雷撃が、竜巻が、石塊が、巨蟲の群目掛けて放たれる!
突き刺さり、燃やされ、凍りつき、引き裂かれ、押し潰される巨蟲の群。
だが、巨蟲の群は同胞の屍を踏み越え……いや、『喰らって』突き進み、屍を喰らいながら突き進む巨蟲の群に、ヴァンパイアは嫌悪感を露にする。
「全く、同胞の屍を喰らうなんて下品ね……総員、第三防衛線まで撤退よ! 『生きなさい』! ネフレン=カの墓守・ホーヴァスの名を、貴方達の二度目の死で汚す訳にはいかないわ!」
既に死んでいる屍人型魔物に『生きろ』というのはおかしい表現だが、それでもヴァンパイアは彼女達の二度目の生を守る為に撤退を宣言する。
(現在、二度目の死を迎えたのは零人……私の指揮が上手いのか、それとも下品な蟲達に私の指揮の裏を掻く知能が無いのか、どちらなのかしら?)
ヴァンパイアは撤退を始める屍人型魔物達の殿として残ると、何も無い空間からヴァイオリンが現れ、彼女は現れたヴァイオリンを奏で始める。
ヴァンパイアがヴァイオリンを奏でると、無数の蝙蝠達が……いや、正確に言えば、氷で作られた蝙蝠の彫像達が現れる。
氷の蝙蝠達は複雑な軌道を描きながら高速で飛翔し、巨蟲に接触すると同時に、その身から無数の氷柱を生やす。
氷柱に貫かれた巨蟲は数瞬だけ進行を留まるが、その数瞬を狙って氷の蝙蝠達が集まり、冷気と氷柱の抱擁を受けた巨蟲は氷の彫像と化した。
されど、如何に実力者たるヴァンパイアであっても、全長四メートル程の巨蟲の群を単身で相手にするのは厳しいモノがある。
(流石に一人は厳しいわね……ネフレン=カの墓守である私が、二度目の死を迎えた最初の一人目なんて、冗談でも笑えないわ)
二五〇年にも亘って歴代の墓守が守り続けてきた名誉を、ネフレン=カの墓所で二度目の生を謳歌する屍人型魔物を守る為にも、ヴァンパイアは懸命に殿を務める。
(魔力欠乏まで、大体二〇分といった所かしら……本当に、この私が二度目の死を迎えた最初の者になるのも時間の問題ね)
然し、巨蟲の群は氷の彫像と化した同胞を喰らいつつ進撃し、のべつ幕無しに一切合財を喰らう巨蟲の群にヴァンパイアが諦めた、その時だった。
『諦めんな』
(え……?)
脳髄に直接響くような声に、ヴァンパイアは思わず空を見上げた。
ヴァンパイアの視線の先、巨蟲の群の上に見える豆粒に等しい何かが落ちてくる。
『そんで、踏ん張れ』
「踏ん張れって、何に……って、きゃあぁぁぁぁっ!?」
踏ん張れと響く声に疑問をぶつける暇も無く、ヴァンパイアと巨蟲の群を巻き込むように幾つもの巨大な竜巻が巻き起こる。
巨蟲の群を巻き込んだ竜巻は、巨蟲を上空高くへと持ち上げ、意思を持っているかの如くうねりながら竜巻は巨蟲を地面に叩きつける。
地面に叩きつけられた巨蟲は、そのまま竜巻に引き裂かれ、細切れと化した肉片と瓦礫が淀んだ空へと舞い上がる。
「踏ん張れって、こういう事っ!?」
一方、竜巻に巻き込まれたヴァンパイアは風に舞う木の葉の如く暴風に翻弄され、姿勢を保つだけで精一杯だった。
暴風に翻弄され、上空高くまで舞い上がったヴァンパイアの腕に黄色い帯が巻き付き、腕に巻き付いた黄色い帯は巻き付くと同時に彼女を引っ張った。
引っ張られた先には黒眼鏡を掛けた青年がおり、黒眼鏡の青年は彼女を抱える。
「手荒くて、悪かったな」
キョトンとした表情を浮かべるヴァンパイアに、黒眼鏡の青年は申し訳なさそうに苦笑し、青年は眼下に視線を向ける。
視線を下に向けた黒眼鏡の青年に釣られてヴァンパイアも視線を向けると、竜巻の洗礼を生き残った一匹の巨蟲が、上空高くに居る二人に向かって身体を伸ばしてきたのだ。
「ボイドッ!」
黒眼鏡の青年が身体を伸ばしてきた巨蟲を確認すると空に向かって叫び、その叫びが何を意味するのかが分からないヴァンパイアが首を傾げた瞬間だった。
「えぇっ!?」
ゴゥッ…と巨大な何かが落下するような音と共に、二人の上から旧世代のドラゴンが身体を伸ばしてきた巨蟲目掛けて落ちてきた。
突如落ちてきたドラゴンへ反射的に牙を向ける巨蟲だが、ドラゴンはソレを意に介さずに開かれた巨蟲の口に尻から落ちる。
鋼鉄すら通さぬ頑強な鱗に阻まれた牙は軒並み圧し折られ、ドラゴンの巨躯を飲み込もうとした口は生々しい音と共に口端から引き裂かれていく。
巨蟲は夥しい鮮血と共にドラゴンに押し潰され、ドラゴンが落下した衝撃で地面がへこむ。
「何とか、間に合ったみてぇだな」
そう言いながら、ヴァンパイアを抱えた黒眼鏡の青年は、ゆっくりと立ち上がるドラゴンの元へ向かい、青年に追従するように何処からともなく現れた黒い球体も降りていった。
×××
「何とか、間に合ったみてぇだな」
そう言いながら、俺……エヴァン・シャルズヴェニィは、ゆっくりと地上へ降りていく。
地上に降りると旧世代の姿になってたボイドが、旧世代の姿を超次元的に折り畳み、身体の内側へと仕舞っている所だった。
「……全く、エヴァン殿も竜使いが荒い。旧世代の姿への変身は、心身共に疲れるのだぞ」
「ははっ、悪い悪い」
尻を叩きながらボヤくボイドに、俺は苦笑していると
「……いい加減、降ろしてもらえないかしら?」
お姫様抱っこされてたヴァンパイアが、頬をほんのり赤くしながら俺を睨んでた。
「それで、貴方達は何者なのかしら?」
お姫様だっこから解放されたヴァンパイアは、開口一番俺達が何者なのかを尋ねてきた。
まぁ、当然だよな……いきなり現れて、いきなり助けられたんだし。
「俺はエヴァン・シャルズヴェニィ、気楽にエヴァンって呼んでくれ」
何者なのかを尋ねられた俺達は自己紹介を済ませると、ヴァンパイアは値踏みするような目で―何故か、特に俺をジロジロと―見つめてくる。
「ふぅん……取り敢えず、私の屋敷に向かいましょう。下品な蟲共の死体に囲まれながらの立ち話は、貴方達も嫌でしょう?」
そりゃ、同感だ……こんな気色悪い蟲の死体が転がってる所で、立ち話なんかしたくねぇ。
「…………」
案内するように歩き出したヴァンパイアの後を追うフェラン達、俺は背後を振り返って蟲の死体を観察する。
俺が『大嵐刃』で引き裂いた巨大な蟲共の死体の中で、辛うじて原型が残ってる一体。
何というか、あの糞ガキ……オリバー・ウェイトリィのぶっ壊れた精神性を、そのまんま体現してるような造形で、はっきり言って吐き気がする。
なにせ、『大腸と芋虫を掛け合わせ、申し訳程度の手をくっ付けた』ような醜悪極まりない姿で、コレに吐き気を催さない奴は、生み出した本人以外いないだろうな。
『エヴァ〜ンッ! どうしたの〜?』
蟲の死体を観察してた俺にフェランが声を掛け、俺は観察を中断してフェラン達の後を追った。
×××
「改めて礼を言うわ……ありがとう、貴方達のお陰で二度目の死者を出さずに済んだわ」
ヴァンパイアの屋敷に着いた俺達は客間に通され、見るからに高級感溢れさせるソファーに座り、机を挟んだ俺達の前にあったソファーにヴァンパイアが座る。
ソファーに座ったヴァンパイアはペコリと頭を下げ、俺達に礼を言う。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね……私はホーヴァス・リーティア、このネフレン=カの墓所の墓守を務めているわ」
礼を言った後、ヴァンパイアがホーヴァスと名乗ったが、俺達は彼女の名前に驚いた。
何でって、そりゃぁ……ホーヴァスに『姓』があったからだ。
魔物には『名』があっても『姓』は無い……元々、旧世代の魔物達に『名前』という文化は無く、代替わりの際に『名前』が伝わった。
その時、魔物達は自分達に名前を付けたんだが、家族や一族を証明する『姓』の存在を彼女達はすっかり忘れてた。
まぁ、忘れてても仕方ない……『家族』、『一族』という概念が旧世代の魔物達には無かったし、あったとしても漠然としたモノだったからな。
だから、魔物には個人を表す『名』はあっても人間が外的要因に因り魔物化した場合を除けば、魔物に『姓』は無いんだ。
「あら、不思議そうね? そんなに私に『姓』がある事が驚きかしら?」
ホーヴァスの言葉に俺達は雁首揃えて頷き、ホーヴァスは自分の名前の事を話し始める。
曰く、『リーティア』がホーヴァスの本名で、『ホーヴァス』はネフレン=カの墓所の墓守である事を示す称号のような物だそうだ。
『ホーヴァス』とは教団と不可侵条約を結んだ初代墓守たるデュラハンの名前で、歴代の墓守達は就任の際に本名を捨てて『ホーヴァス』と名乗るそうな。
墓守の役目を継いだ時に『ヴァンパイアのリーティア』は消滅し、『ヴァンパイアのリーティア』は『ネフレン=カの墓守・ホーヴァス』になった、という事だ。
「まぁ、『リーティア』に愛着があるから、私は『ホーヴァス・リーティア』と名乗るのだけど、ね」
と、目前のヴァンパイアは言うが……何とも、ややこしい事この上ない。
俺達は目前のヴァンパイアを、何て呼べばいいんだ?
「『リーティア』に愛着があると私は言ったけど、愛着があるだけよ。私の事は、『ホーヴァス』と呼んでくれるかしら」
あ、さいですか。
「さて……貴方達は、あの下品な蟲共が何なのかを知っているのかしら?」
柔和な笑みが消えて墓守の顔になったホーヴァスは、俺達にあの巨蟲共が何なのかを問い、その問いに俺は代表として巨蟲共が何なのかを答えた。
ついでに俺達が此処に来た理由と、スティーリィから聞いた教団の現状も話した。
あの巨蟲共は『GE‐02』と記されてた怪物に絡んだ……いや、十中八九、『GE‐02』の腹の中に収まってるっていう人造魔物だろう。
スティーリィから渡された報告書にも、『臓器を模した』って書かれてたしな。
「そう……律儀さ『だけ』が取り柄の教団が不可侵条約を破ったのは、そのような実情があったからなのね」
『だけ』を強調するようにホーヴァスが呟き、俺も同意して肩を竦める。
確かに律儀さは素直に褒めるやるよ……律儀過ぎて、凶悪犯罪集団に落魄れてるけどな!
「んで、今の所の犠牲者は?」
「最初の襲撃も含めて零人、我ながら良くやってると思うわ」
ホーヴァス曰く、最初の襲撃は六日前……丁度、ブリチェスターの復興を手伝ってた時だ。
今回みてぇな有事に備えて、屋敷の庭で演習を行ってた時に毛むくじゃらの巨人が現れ、あの巨蟲共を吐き出してきたそうだ。
演習中だった事もあって最初の襲撃は何とか切り抜けたそうだが、最初の襲撃を皮切りに一日に三、四回、多い時は八回もホーヴァスの屋敷に襲撃があったらしい。
んで、肝心の巨人は最初の襲撃以降姿を見せず、ネフレン=カの墓所の何処かから巨蟲共を吐き出してるそうだ。
「墓所の住民総出で探してはいるけど、墓所の広さが広さだから難航しているわ」
フゥ…と溜息を吐くホーヴァスだが、その苦労も何となくだが分かる。
なにせ、ネフレン=カの墓所は国家並の面積を誇る超巨大墓地、幾等デカかろうと一匹の怪物を探すのは骨が折れるだろう。
例えるなら、砂漠に落とした一粒の砂金を探すようなもんだ。
「住民達が屋敷周辺に密集している事、私の指揮の裏を掻く程の知恵が無い事が、不幸中の幸いかしら」
曰く、ネフレン=カの墓所は国家並の面積を誇ってはいるが、住民である屍人型魔物達はホーヴァスの屋敷を囲むように都市を形成してるそうだ。
外から来た俺達も見たんだが、ネフレン=カの墓所は住民候補達の墓石が乱立する荒野が広がってるだけ。
その殺風景過ぎる風景に飽きてきた頃に漸く都市を見つけて、その外れで孤軍奮闘してるホーヴァスを俺達は見つけた訳だ。
あと、報告書に因れば『GE‐02』の基になった旧世代の魔物・ガグは、オツムがスッカラカンのパープリン、そんな奴の腹に収まってる巨蟲共も恐らくオツムは空っぽ。
あったとしてもフェランとキーンの胸ぐらいしか無いだろうし、指揮の裏を掻く程の知恵があるとは思えない。
「……エヴァン? 今、何か失礼な事、考えたでしょ?」
「…………(銛を構える)」
「イイエ、ナンデモアリマセンヨ?」
止めて、『重塊』を浮かべないで、銛を向けないで、お願いだから。
まぁ、兎に角、住民達が屋敷周辺に密集してる事、巨蟲共のオツムがスッカラカンな事もあって、今の所は犠牲者が出てないそうだ。
だが、あくまでソレは今の所、だ……『GE‐02』を仕留めるまで何時犠牲者が出るか分からんし、さっさと見つけてブッ飛ばさねぇと。
俺はホーヴァスに『GE‐02』を仕留めるまで此処に居る事を告げると、ホーヴァスはソレまでは屋敷に滞在していいと言ってくれた。
ソレを最後に、俺達は客人用の部屋に案内された。
×××
「う〜ん……」
部屋に案内された俺は、客人用とは思えない豪奢なベッドの上で胡坐をかいて悩んでいた。
因みに、フェラン達は其々個室を用意されていて、その事にフェラン達は文句を言ってた。
ウンウンと唸る俺は『ある悩み』に集中してた所為か
「おひょいっ!?」
ポンと肩を叩かれ、変な声を上げてしまった。
「変な声を上げないでくれるかしら?」
誰かと思って振り返ってみると、其処には呆れた表情を浮かべたホーヴァスが居た。
「それで? 私が入ってきた事に気付かない程、貴方は何を悩んでたのかしら?」
部屋に備えられていた椅子に座ったホーヴァスは、俺が何を悩んでいたのかと聞いてくる。
丁度、思考の袋小路に迷い込んだ所だったし、思い切って相談してみるか。
「悩みって程じゃないさ……ただ、『必殺技』をどうしようかと」
「はぁ?」
あ、コラッ、そんな憐れむような目で俺を見んじゃねぇ! 幾等阿呆らしくても、コッチには切実な悩みなんだ!
憐れむような目で俺を見つめるホーヴァスに、俺は悩んでた原因を話す。
何で『必殺技』で悩んでたのかというと、コレからの事を考えてだ。
俺の必殺技・『星間駆ける皇帝の葬送曲』は、元々あの糞ガキ……オリバー・ウェイトリィが編み出した魔法だ。
地底湖の時は不意打ちみてぇなもんだったから当てられたものの、手の内がバレた以上、編み出した本人を相手に同じ手は二度と使えない。
それに並大抵の魔法じゃ、推定年齢三〇〇歳の糞ガキに通用しないだろうし、そうなるとコッチは決め手に欠ける訳だ。
故に、糞ガキにも通用する何かを編み出す必要があり、ソレをどうするかで悩んでたんだ。
「ふぅん、成程ね……」
「んで、だ……何か、良い案無い?」
「無いわね」
んな、ハッキリ言わんでも。
「どうすべきか、は貴方自身が考える事よ。取り敢えず、そうね……」
無いと言ったくせに、ホーヴァスも顎に手を当てて悩み始め、直ぐにポンと手を叩く。
「先ずは自分が出来る事を把握し、理解する……何をするにも、ソレが一番重要な事ね」
そうして私も戦闘技術を磨いてきたのだから、とホーヴァスは言うと椅子から立ち上がり、部屋から出ていこうとする。
って、ちょっと待て? そういえば、何の用で部屋に来たんだよ?
「貴方の話を聞いてたら、忘れてしまったわ」
あ、さいですか。
「兎に角、自分が出来る事を考えなさい。ソレが一番の近道よ」
そう言いながらホーヴァスは部屋から出ていき、部屋には俺だけが残った。
自分が出来る事、ねぇ……
×××
〜翌日・ホーヴァスの屋敷〜
「エヴァン、起きてぇぇぇ――――――っ!」
「ぬおっ!?」
必殺技で試行錯誤してる内に、どうやら眠っちまったらしく、フェランの緊迫した声で俺は叩き起こされた。
何だ!? 何事だ!?
「出てきた! あの蟲達が、朝一番で出てきたよっ!」
「おっしゃぁっ! 直ぐに出るぞっ!」
フェランの声で一気に眠気が地平線の彼方に吹っ飛んだ俺は、出撃すると意気込み
「ゴメン、ちょっと待った!」
急に催してきた尿意に負けて、トイレに駆け込んだ。
あぁ、格好悪い。
「もうっ、エヴァンの馬鹿! 皆、もう迎撃に出たよ!」
「済まん、済まん……んじゃ、行くぜぇぇぇっ!」
トイレを済ませた後、頬を膨らませるフェランに謝りながら俺は黒球を呼び出し、時間が惜しい事もあって俺とフェランは窓から外へ飛び出す!
俺とフェランを乗せた黒球は都市の外れを目指して高速で飛翔し、あっという間に戦場と化した郊外に到着する。
「待たせたなっ! 『大嵐刃』!」
「お待たせっ! 『重塊』!」
既にコラム達は巨蟲共と戦っており、俺は遅刻した詫び代わりに『大嵐刃』を、フェランも追従するように無数の『重塊』を放ち、巨蟲共を駆逐する。
「遅かったじゃない。貴方達二人が来る前に、四分の一が駆逐出来たわ」
吹き荒ぶ幾つもの竜巻と降り注ぐ無数の魔力塊を見たホーヴァスは、俺達を見上げながら嫌味を言ってくる。
へぇへぇ、遅れて来て悪ぅござんしたね! だが、遅れた分はキッチリやってやるぜ!
「『旋風刃』!」
「『重塊』!」
俺は幾つもの竜巻を、フェランは無数の魔力塊を放ち、巨蟲共を屠る。
「拘束結界、『束縛鎖陣(ツェピ・アグニエ)』! キーン、ボイドさん、今です!」
「…………!」
「はぁぁぁっ!」
コラムは巨蟲共を潜り抜けつつ魔力で出来た鎖で巨蟲共を束縛し、束縛された巨蟲共をキーンは銛で、ボイドは爪と拳で頭を穿ち、潰していく。
「さぁ、行くわよ……『終末楽園(テリコ・パラディソス)』」
ホーヴァスがヴァイオリンを奏でると氷の蝙蝠達が現れ、竜巻のようにホーヴァスを包み込む。
蝙蝠達が成す竜巻を従え、優雅な足取りでホーヴァスが歩き、蝙蝠達が成す竜巻に触れた巨蟲共は氷の彫像と化す。
コレは後で教えてもらった事だが、ホーヴァスは氷属性魔法の使い手であり、その魔法の全てはホーヴァスが独自に編み出した魔法だ。
氷で作られたヴァイオリンを奏でる事で氷の蝙蝠達を生成し、その旋律で蝙蝠達を操作し、その旋律の下で蝙蝠達はホーヴァスを守る楯となり、敵を討つ矛となる。
正に攻防一体の魔法……優雅な足取りで戦場を歩き、ヴァイオリンを奏でるホーヴァスの姿は美しく、絵を遺したい程である。
「『大嵐……って、うおぉぉっ!?」
俺が到着した時から数えて巨蟲共が半分程に減った頃、『大嵐刃』を放とうとした俺の真下、俺を握り潰さんとばかりに巨大な二つの掌が地面を突き破って現れる!
俺目掛けて伸ばされた掌を急旋回で避けると、巣穴から這い出る甲殻類じみた動きで地面から俺を掴み損ねた掌の主が現れた。
「コイツが、『GE‐02』かっ!」
地面から現れるは報告書通りの巨人、フェランと出会った時の包帯巨人と比べりゃ小さいが、それでも余裕で俺の三倍はある。
短い剛毛に覆われた巨躯、頭の天辺から垂直に裂けた鋭い牙を生やした口、人間で言えば耳の位置にある飛び出した目、肘から先が二股に裂けた腕。
気持ち悪ぅっ! めっさ、気持ち悪ぅっ!
「アレが、貴方の言っていた『GE』? 下品な蟲共を従えるだけあって、アレも下品ね」
ヴァイオリン奏でるホーヴァスは嘲笑を浮かべると、下品と言われて怒ったのか、『GE‐02』は頭頂部の口から細長い何かを、ホーヴァス目掛けて無数に吐き出した。
ソレは蟲、さっきまで俺達が戦っていた巨蟲を小さく、細長くしたような蟲。
鋭い牙を見せる細長い蟲はホーヴァス目掛けて突き進むが、迫る細長い蟲共をホーヴァスは軽やかに、踊るような足取りで避ける。
勿論、反撃は忘れない……ヴァイオリンの旋律と共に現れた氷の蝙蝠達は、細長い蟲共に殺到し、次々と氷結粉砕する。
「蟲を吐き出すしか、能がないのかしら? ふふっ、無様ね」
ホーヴァスが無様と挑発した瞬間、ホーヴァスの背後から胃袋を模したっぽいズングリムックリとした巨蟲が地面を突き破って現れる。
気配を悟ったホーヴァスが振り返るが、遅かった……巨躯に見合わぬ―それでも、人一人飲み込むには充分な―オチョボ口を目一杯に広げ、胃袋巨蟲はホーヴァスを飲み込む!
「なっ、ろぉぉぉぉぉっ!」
ホーヴァスが飲み込まれるのを見た俺は急降下し、胃袋巨蟲の口に自ら突っ込んだ。
×××
「エヴァンッ!」
胃袋を模した巨蟲に自ら飲み込まれたエヴァン、残されたフェラン達は動揺するが、その動揺を見逃さない程度の知能はあったらしい。
『GE‐02』は身体を仰け反らせると妊婦のように腹が膨らみ、頭頂部から一匹の蟲を吐き出すが、新たに吐き出された蟲は『巨大過ぎた』。
「なっ……!」
フェラン達が絶句するが、ソレも当然だろう……その蟲は先程まで戦っていた巨蟲よりも巨大であり、その蟲は『吐き出した本人よりも』巨大だったからだ。
目算でも六メートルはある『GE‐02』が子供に見える程の巨蟲を、この『GE‐02』は何処に収めていたのだろうか?
「うひゃぁっ!?」
「くぅっ!」
超巨蟲は大顎を開いてフェラン達に迫り、迫る超巨蟲に続くように『GE‐02』は更に無数の細長い蟲を吐き出す。
フェラン達は超巨蟲と細長い蟲共の連携を紙一重で避け、避け際にフェランは『重塊』を、ボイドは吐息を放って細長い蟲共を駆逐する。
だが、その駆逐は焼け石に水……無数に等しい蟲共の、ほんの僅かを駆逐したに過ぎない。
「火力、物量、共に拙者達が圧倒的に不利か……」
吐き出される細長い蟲と巨蟲、瓦礫や同胞の屍をクッキーを齧る程度の気安さで噛み砕く超巨蟲に、ボイドは戦況が不利である事を悟る。
その巨大な身体は武器同然であり、報告書が正しければ『GE‐02』の体内には巨蟲共の卵が無数に内包されている。
即ち、自分達は『無数に等しい巨蟲の兵団』を、僅か四人で相手にしている状況なのだ。
「ふぅ……心身共に疲れる故に、好んで使いたいものではないのだがな」
ボイドは溜息を吐くと高速で魔力を循環させ、体内に駆け巡らせる。
体内を駆け巡る魔力は力を漲らせ、漲る力は放たれるのを今か、今かと待ち侘びている。
「フゥゥ―――――ッ、ハァァ―――――……」
深く、長い息を漏らすボイド……溢れんばかりの魔力を感じ取ったのか、『GE‐02』はボイド目掛けて巨蟲を吐き出し、吐き出された巨蟲はボイドに牙を向ける。
ボイド並にある巨大な牙が、彼女を噛み千切らんと迫り
『原初の形(オリゴ・フォーム)』
その牙はボイドの拳で軒並み圧し折られ、巨蟲は脳漿をぶちまける事になった。
「アレが、『原初の形』……」
ボイドを見上げるコラムは彼女の姿に静かな驚嘆を漏らし、この場に居る全ての者達が、『GE‐02』までもが、その姿に圧倒されていた。
現在のボイドは緑色の鱗に覆われ、暴力的なまでに力を滾らせる、原初の姿をとっていた。
『原初の形』……ドラゴン・龍・ワイバーンの三種のみが持つ固有能力であり、一時的に旧世代の姿へと戻る、所謂『先祖帰り』だ。
超巨蟲に匹敵する巨躯に相応しい圧倒的な力を滾らせ、ボイドは圧倒的存在感にたじろぐ超巨蟲を橙色の瞳で睨みつける。
《サァ、貴様ノ相手ハ拙者ダ!》
旧世代の姿に戻ったボイドは、現代の姿―便宜上、前者を『竜王形態』、後者を『竜人形態』と称する事にする―だった時と同様に拳を構える。
超巨蟲は竜王形態のボイドに負けじと目の無い顔で睨み、獲物狙う蛇の如く鎌首を擡げる。
「それじゃ、アタシ達はアッチだね」
フェランは視線を『GE‐02』へ向け、コラムは戦意を昂らせるように指の骨を鳴らし、キーンは銛を構える。
戦意を向けられた『GE‐02』は、飛び出した眼球でフェラン達を睨みつける。
ボイド・竜王形態VS超巨蟲、フェラン・コラム・キーンVS『GE‐02』の、戦いの火蓋が切って落とされた。
×××
「んで、どうやって此処から脱出すっかなぁ……」
胃袋巨蟲に飲み込まれたホーヴァスを助ける為、自ら突っ込んだ俺は胃袋巨蟲の腹の中をホーヴァスと二人で歩いてた。
胃袋巨蟲の腹の中は想像以上に広く、肉で出来た洞窟を彷徨ってる気分……っていうか、自然法則的におかしいぞ、この広さは。
「飲み込まれた時、『身体縮小(マクローゼ)』の術式を感知したわ。此処が広いのではなく、入り込んだ私達が縮んだのよ」
俺の疑問を読み取ったのか、先に飲み込まれたホーヴァスの言葉に俺は納得する。
『身体縮小』は対象の肉体を縮小させる魔法であり、仕事上危険に晒されがちな間諜達に重宝されてる魔法だ。
突っ込んだ時は慌ててたから感知出来なかったが、そう考えれば此処の広さも納得出来る。
「此処の広さは納得出来たけどさ、兎に角どうやって脱出するかだよなぁ……」
そう、何よりソレだ……此処からどうやって脱出すべきかを、今は考えよう。
俺達が入ってきた方は、魚を捕らえる罠のように鑢状の歯が逆向きでビッチリ生えてて、とてもじゃないが口からは脱出するのは無理だ。
「考えられる出口は一つ、だけ、だけど……」
言い淀むホーヴァスに、俺は目指す場所の見当が付き、俺達は
「「*」」
心底嫌そうな顔をしながら、揃えて『出口』を口にした。
×××
『いぃぃぃやだぁぁぁ―――――……』
「アレ?」
「どうしましたか、フェラン! 余所見をしてる暇はありませんよ!」
「えっと、其処の蟲のお腹から、エヴァンの声が聞こえた気がするんだけど……気の所為だったのかなぁ?」
エヴァンとホーヴァスが飲み込まれた胃袋巨蟲を無視し、激闘を繰り広げるフェラン達。
フェランは胃袋巨蟲からエヴァンの嫌そうな叫びを耳にしたが、気の所為だと判断した。
因みに、肝心の胃袋巨蟲はフェラン達が戦っている地点より若干離れた場所で、呑気に鼾をかきながら寝こけていたりする。
×××
「嫌だぁぁぁぁっ! 『アソコ』から出るのは嫌ぁぁぁぁぁっ!」
出口を口にした俺は頭を抱えて叫ぶ。
口から出られない以上、出口は一つだけで、その出口は向かう事すら躊躇う場所だ。
そう、尻の穴! 嫌だ、絶対に嫌だ! 全身全霊を以て断固拒否する!
ウン……ゲフンッ、物体Xに塗れるのは嫌だぁっ! 俺にそんな趣味はねぇっ!
「落ち着きなさい! 貴方、それでも将来有望と言われた探検家なの!?」
一人でドタバタと走り回ってた俺はホーヴァスに一喝され、一喝された俺は走り回るのを止めて冷静に思考を開始する。
そうだった、そうだったよな……尻穴から脱出したくないと駄々を捏ねてる場合じゃない、早く脱出しないとフェラン達が危ないんだった。
「「…………」」
文字通り敵の腹の中に居る俺とホーヴァスは、攻撃を警戒しつつ無言で進み続ける。
俺は右手に小さな竜巻を纏わせ、ホーヴァスはズルズルと得物を引き摺ってる。
ホーヴァスが魔法だけでなく武術にも優れてる事は驚いたが、その、何だ、ホーヴァスの得物がヴァンパイアっぽくない。
俺はてっきり刺突剣(レイピア)か鞭を使うのかと思ってたが、ホーヴァスの得物は鉄鎚。
デカい、重い、厳ついの三拍子揃った建築物破砕用の武骨な鉄鎚であり、自身を『貴族』を称するヴァンパイアが使うような武器じゃねぇよなぁ。
その事を言ったら
『鉄鎚で悪かったわね。コレが私に一番合うのよ』
と、ホーヴァスが拗ねた。
「…………っ!」
どのくらいの時間を無言で進んでたのか……やっぱりと言うべきか、腹の中は暗く、夜目が利くホーヴァスは兎も角、俺は魔力探知で周囲を探ってる状況。
そんな状況の中、目前の暗闇に強力な魔力反応を感じた俺は、背後に居るホーヴァスを手で制すると、ペタペタという足音を立てながら魔力反応が俺達に近付いてくる。
「……子供?」
ホーヴァスの疑問混じりの声に、俺はどんな子供なのかを教えてくれと肘で小突く。
魔力探知だと輪郭が曖昧だから、俺には小さい人型の何かって事しか分からんのだが。
「簡潔に表現するなら、そうね……不細工といった所かしら」
ホーヴァス曰く、不細工な面をした幼児……歯が何本か抜け落ちた口はだらしなく開き、頭頂部に申し訳程度に生えてる髪、耳と鼻が埋もれた楕円形に近い顔。
何だろう、想像したら大蒜を思い浮かべてしまった。
「その想像は正しいわよ、エヴァン。頭だけ見たら大蒜ね」
そうですか、大蒜みたいですか。
大蒜頭の幼児が纏うは大き過ぎる外套とオシメのみ、猫みたいな目はギラギラとした輝きを放ってるそうな。
「ハラ、ヘッタ」
ホーヴァスから聞いた容姿とは掛け離れたしわがれた声で大蒜頭の幼児が呟き、その呟きで俺とホーヴァスは即座に戦闘態勢を取る。
この幼児、さっきから肌がチリチリする程に強力な魔力を放ってやがる。
そもそも、だ……此処は胃袋巨蟲の腹の中、此処まで一本道だった以上、『俺達以外の何か』が居るとなれば、答えは一つ!
「ハァァァラァァァァ、ヘッタァァァァァァッ!!」
大蒜頭の幼児が叫んだ瞬間、幼児の口らしき部分から敵意剥き出しの何本もの細長い何かが飛び出してきた。
そうだ、この大蒜頭の幼児は『敵』だ!
俺は『風翼』で天井近くまで飛翔し、ホーヴァスは後ろに跳躍して細長い何か達を避け、避けられた細長い何か達は床にぶつかった
「ホーヴァス! 今の細長い何かは、何なんだ!?」
「蟲よっ! この子供、『GE‐02』と同じ能力をもっているみたいね!」
あの蟲だとっ!? この幼児、外の気持ち悪い巨人と同じ存在か!
だったら、手加減も情けもいらねぇなぁっ!
「初っ端からいくぜっ! 『旋風刃』!」
俺は腕を突き出して『旋風刃』を大蒜頭の幼児目掛けて放つと、大蒜頭の幼児は幼児とは思えない機敏な動きで『旋風刃』を避け、床が生々しい音と共に引き裂かれる。
反撃のつもりか、大蒜頭の幼児は口らしき部分から今度は太くてデカい何か―多分、外の巨蟲―を吐き出してきた。
「甘いっ!」
俺目掛けて吐き出された巨蟲の横っ面を、跳躍したホーヴァスが鉄槌で殴り飛ばす。
鉄槌で殴り飛ばされた巨蟲は壁に叩きつけられ、俺は巨蟲に左腕を、大蒜頭の幼児に右腕を突き出して
「双掌、『旋風刃』!」
『大嵐刃』には劣るが、それでもコイツ等を引き裂くには充分な中規模の竜巻を放つ!
二つの竜巻の内、一つは狙い違わず壁に叩きつけられた巨蟲を壁諸共引き裂く。
「グボェアァァァァッ」
残る一つ、大蒜頭の幼児は何体もの細長い蟲を吐き出し、吐き出した蟲を盾にする。
放たれた細長い蟲共はズタズタに引き裂かれ、細長い蟲共を巻き込んだ『旋風刃』は血肉を孕んだ竜巻と化して勢いを衰えさせずに突き進む。
舐めんな、幼児っ! その程度で勢いを殺せるような、ヤワな竜巻じゃねぇぜ!
防げると踏んでたのか、回避行動が遅れた大蒜頭の幼児に、勢いを衰えさせずに突き進む血肉混じりの竜巻は見事命中する。
「グゥエェェェェッ!?」
『旋風刃』をくらった大蒜頭の幼児は引き裂かれながら吹き飛び、吹き飛んだ先には
「良い位置に飛ばしてくれたじゃない」
鉄槌を構えたホーヴァス、ホーヴァスは鉄鎚を横薙ぎに振るう!
骨が砕けるような重厚な音と共に、大蒜頭の幼児は逆方向……つまり俺の方に向かって、またもや吹き飛ばされる。
「っだらぁぁぁぁぁぁっ!」
俺の方に飛んできた大蒜頭の幼児に、俺は『旋風刃』を纏わせた拳を叩き込む!
竜巻を纏った拳は大蒜頭の幼児を引き裂き、床へと叩きつける。
床に叩きつけられ、裂傷だらけの大蒜頭の幼児は小刻みに痙攣し、俺とホーヴァスは警戒しながら慎重に近付く。
この程度でくたばる程、糞ガキのGEは弱く―ブリチェスターの肉団子は強いか弱いかが、微妙だが―ない。
俺は低速でゆっくりと降下し、ホーヴァスはゆっくりと歩き、
「っ!?」
ホーヴァスが次の一歩を踏み出した瞬間、ホーヴァスの真上にある天井が膨らんだ。
×××
「なっ、きゃぁぁぁっ!」
ホーヴァスが次の一歩を踏み出した瞬間、彼女の真上にあった天井が膨らみ、その膨らみから何匹もの細長い蟲が現れる。
真上から奇襲されたホーヴァスは巻き付かれ、細長い蟲共は彼女の四肢を拘束しながら、操り人形のように彼女を吊り上げる。
「ホーヴァス!」
吊り上げられたホーヴァスに、エヴァンは彼女の四肢を拘束する細長い蟲共を切断すべく『風刃』を放とうとする。
されど、エヴァンが『風刃』を放つよりも早く、大蒜頭の幼児が動いた。
「ぐ、がぁぁぁっ!」
顔を上げた大蒜頭の幼児は口から何匹もの細長い蟲を吐き出し、吐き出された細長い蟲共は『風刃』を放とうとしていたエヴァンを貫く。
四肢を、肩を、腹を貫かれたエヴァンは『風翼』の維持もままならずに落下する。
「エヴァンッ! このっ、離しなさいっ!」
エヴァンを助けようと、ホーヴァスは自身を拘束する細長い蟲共を引き千切ろうとするが、細長い蟲共はヴァンパイアの剛力をものともせず、彼女の拘束を強める。
「オマエ、ウマソウ」
吊り上げられたホーヴァスの足元には大蒜頭の幼児が立っており、拘束されている彼女を見上げている。
大蒜頭の幼児の口から五、六匹の細長い蟲がニュルリと現れ、細長い蟲共はホーヴァスの服に噛みつき、彼女の服を引き裂いた。
「…………!」
服を引き裂かれ、裸体を晒したホーヴァスはこみ上げる羞恥を堪え、睨まれただけで人が殺せそうな殺気を籠めた目で足元の大蒜頭の幼児を睨みつける。
「イキガイイ、ウマソウ」
「…………っ!」
殺気混じりの視線を軽く受け流し、大蒜頭の幼児は徐にオシメを外し、晒された大蒜頭の幼児の下半身にホーヴァスは絶句する。
大蒜頭の幼児の股間には人間の男性の生殖器を模したらしい蟲が居たが、その蟲は生殖器と呼ぶには凶悪過ぎる形をしていた。
蟲の身体には蛸の吸盤を想起させる無数の疣、亀頭にあたる部分には大蒜頭の幼児が使役する蟲らしく鋭い牙を覗かせる裂け目のような口。
そして何より、ホーヴァスを絶句させたのは蟲の大きさ……丸太を思わせる、挿入行為を度外視した凶悪的なまでの太さと大きさ。
このようなモノが挿入されればどうなるか、ソレを想像出来ないホーヴァスではない。
「い、いやっ……」
ホーヴァスは悟る、この蟲は『身体の内側から、獲物を喰らい尽くす為のモノ』だと。
如何に気丈なヴァンパイアと言えど、犯されながら喰われる事に恐怖するしかない。
ホーヴァスの目には零れそうな程に涙が溢れ、涙を流す彼女の恐怖を煽るように大蒜頭の幼児は股間の蟲をゆっくりと彼女の聖域へと伸ばす。
せめてもの抵抗としてホーヴァスは悶えるが、悶えた程度で拘束を解く蟲ではない。
ゆっくりと、股間の蟲はホーヴァスの聖域へと迫り
「助けて……」
ホーヴァスは教団が崇拝する神以外の神に祈った。
「各員、迎撃用意!」
死者と屍人型魔物の楽園・ネフレン=カの墓所……昼間だというのに暗く淀んだ空、無数に乱立する墓標は、御世辞にも楽園とは言い難い光景。
楽園とは言い難い殺伐な楽園は、現在異形の群の侵攻を必死に食い止めていた。
「一番隊、二番隊は弓を構えて! 三番隊、四番隊は術式詠唱を用意! 私の合図と共に斉射しなさい!」
陣頭指揮を執る魔物の声に答えるように、屍人型魔物達は弓を構え、魔法陣を浮かべる手を突き出す。
指揮を執る魔物はヴァンパイア……高い魔力と可憐な外観に見合わぬ剛力を持ち、『貴族』と自称するに相応しい実力を誇る稀少な魔物である。
ヴァンパイアの視線の先には異形の群……言葉で表現するなら、巨大な蟲。
鋭い牙が剥き出しで人間程の大きさなら容易く丸飲み出来そうな大口、臓器を思わせるヌルリとした光沢を放つ節くれだった巨躯、申し訳程度の小さ過ぎる腕。
巨蟲の群は津波の如く押し寄せ、目前に立つ魔物達を飲み込まんと大口を開ける。
「今よっ! 総員、斉射!」
最前線に立つヴァンパイアの声と共に矢の雨が、火球が、氷柱が、雷撃が、竜巻が、石塊が、巨蟲の群目掛けて放たれる!
突き刺さり、燃やされ、凍りつき、引き裂かれ、押し潰される巨蟲の群。
だが、巨蟲の群は同胞の屍を踏み越え……いや、『喰らって』突き進み、屍を喰らいながら突き進む巨蟲の群に、ヴァンパイアは嫌悪感を露にする。
「全く、同胞の屍を喰らうなんて下品ね……総員、第三防衛線まで撤退よ! 『生きなさい』! ネフレン=カの墓守・ホーヴァスの名を、貴方達の二度目の死で汚す訳にはいかないわ!」
既に死んでいる屍人型魔物に『生きろ』というのはおかしい表現だが、それでもヴァンパイアは彼女達の二度目の生を守る為に撤退を宣言する。
(現在、二度目の死を迎えたのは零人……私の指揮が上手いのか、それとも下品な蟲達に私の指揮の裏を掻く知能が無いのか、どちらなのかしら?)
ヴァンパイアは撤退を始める屍人型魔物達の殿として残ると、何も無い空間からヴァイオリンが現れ、彼女は現れたヴァイオリンを奏で始める。
ヴァンパイアがヴァイオリンを奏でると、無数の蝙蝠達が……いや、正確に言えば、氷で作られた蝙蝠の彫像達が現れる。
氷の蝙蝠達は複雑な軌道を描きながら高速で飛翔し、巨蟲に接触すると同時に、その身から無数の氷柱を生やす。
氷柱に貫かれた巨蟲は数瞬だけ進行を留まるが、その数瞬を狙って氷の蝙蝠達が集まり、冷気と氷柱の抱擁を受けた巨蟲は氷の彫像と化した。
されど、如何に実力者たるヴァンパイアであっても、全長四メートル程の巨蟲の群を単身で相手にするのは厳しいモノがある。
(流石に一人は厳しいわね……ネフレン=カの墓守である私が、二度目の死を迎えた最初の一人目なんて、冗談でも笑えないわ)
二五〇年にも亘って歴代の墓守が守り続けてきた名誉を、ネフレン=カの墓所で二度目の生を謳歌する屍人型魔物を守る為にも、ヴァンパイアは懸命に殿を務める。
(魔力欠乏まで、大体二〇分といった所かしら……本当に、この私が二度目の死を迎えた最初の者になるのも時間の問題ね)
然し、巨蟲の群は氷の彫像と化した同胞を喰らいつつ進撃し、のべつ幕無しに一切合財を喰らう巨蟲の群にヴァンパイアが諦めた、その時だった。
『諦めんな』
(え……?)
脳髄に直接響くような声に、ヴァンパイアは思わず空を見上げた。
ヴァンパイアの視線の先、巨蟲の群の上に見える豆粒に等しい何かが落ちてくる。
『そんで、踏ん張れ』
「踏ん張れって、何に……って、きゃあぁぁぁぁっ!?」
踏ん張れと響く声に疑問をぶつける暇も無く、ヴァンパイアと巨蟲の群を巻き込むように幾つもの巨大な竜巻が巻き起こる。
巨蟲の群を巻き込んだ竜巻は、巨蟲を上空高くへと持ち上げ、意思を持っているかの如くうねりながら竜巻は巨蟲を地面に叩きつける。
地面に叩きつけられた巨蟲は、そのまま竜巻に引き裂かれ、細切れと化した肉片と瓦礫が淀んだ空へと舞い上がる。
「踏ん張れって、こういう事っ!?」
一方、竜巻に巻き込まれたヴァンパイアは風に舞う木の葉の如く暴風に翻弄され、姿勢を保つだけで精一杯だった。
暴風に翻弄され、上空高くまで舞い上がったヴァンパイアの腕に黄色い帯が巻き付き、腕に巻き付いた黄色い帯は巻き付くと同時に彼女を引っ張った。
引っ張られた先には黒眼鏡を掛けた青年がおり、黒眼鏡の青年は彼女を抱える。
「手荒くて、悪かったな」
キョトンとした表情を浮かべるヴァンパイアに、黒眼鏡の青年は申し訳なさそうに苦笑し、青年は眼下に視線を向ける。
視線を下に向けた黒眼鏡の青年に釣られてヴァンパイアも視線を向けると、竜巻の洗礼を生き残った一匹の巨蟲が、上空高くに居る二人に向かって身体を伸ばしてきたのだ。
「ボイドッ!」
黒眼鏡の青年が身体を伸ばしてきた巨蟲を確認すると空に向かって叫び、その叫びが何を意味するのかが分からないヴァンパイアが首を傾げた瞬間だった。
「えぇっ!?」
ゴゥッ…と巨大な何かが落下するような音と共に、二人の上から旧世代のドラゴンが身体を伸ばしてきた巨蟲目掛けて落ちてきた。
突如落ちてきたドラゴンへ反射的に牙を向ける巨蟲だが、ドラゴンはソレを意に介さずに開かれた巨蟲の口に尻から落ちる。
鋼鉄すら通さぬ頑強な鱗に阻まれた牙は軒並み圧し折られ、ドラゴンの巨躯を飲み込もうとした口は生々しい音と共に口端から引き裂かれていく。
巨蟲は夥しい鮮血と共にドラゴンに押し潰され、ドラゴンが落下した衝撃で地面がへこむ。
「何とか、間に合ったみてぇだな」
そう言いながら、ヴァンパイアを抱えた黒眼鏡の青年は、ゆっくりと立ち上がるドラゴンの元へ向かい、青年に追従するように何処からともなく現れた黒い球体も降りていった。
×××
「何とか、間に合ったみてぇだな」
そう言いながら、俺……エヴァン・シャルズヴェニィは、ゆっくりと地上へ降りていく。
地上に降りると旧世代の姿になってたボイドが、旧世代の姿を超次元的に折り畳み、身体の内側へと仕舞っている所だった。
「……全く、エヴァン殿も竜使いが荒い。旧世代の姿への変身は、心身共に疲れるのだぞ」
「ははっ、悪い悪い」
尻を叩きながらボヤくボイドに、俺は苦笑していると
「……いい加減、降ろしてもらえないかしら?」
お姫様抱っこされてたヴァンパイアが、頬をほんのり赤くしながら俺を睨んでた。
「それで、貴方達は何者なのかしら?」
お姫様だっこから解放されたヴァンパイアは、開口一番俺達が何者なのかを尋ねてきた。
まぁ、当然だよな……いきなり現れて、いきなり助けられたんだし。
「俺はエヴァン・シャルズヴェニィ、気楽にエヴァンって呼んでくれ」
何者なのかを尋ねられた俺達は自己紹介を済ませると、ヴァンパイアは値踏みするような目で―何故か、特に俺をジロジロと―見つめてくる。
「ふぅん……取り敢えず、私の屋敷に向かいましょう。下品な蟲共の死体に囲まれながらの立ち話は、貴方達も嫌でしょう?」
そりゃ、同感だ……こんな気色悪い蟲の死体が転がってる所で、立ち話なんかしたくねぇ。
「…………」
案内するように歩き出したヴァンパイアの後を追うフェラン達、俺は背後を振り返って蟲の死体を観察する。
俺が『大嵐刃』で引き裂いた巨大な蟲共の死体の中で、辛うじて原型が残ってる一体。
何というか、あの糞ガキ……オリバー・ウェイトリィのぶっ壊れた精神性を、そのまんま体現してるような造形で、はっきり言って吐き気がする。
なにせ、『大腸と芋虫を掛け合わせ、申し訳程度の手をくっ付けた』ような醜悪極まりない姿で、コレに吐き気を催さない奴は、生み出した本人以外いないだろうな。
『エヴァ〜ンッ! どうしたの〜?』
蟲の死体を観察してた俺にフェランが声を掛け、俺は観察を中断してフェラン達の後を追った。
×××
「改めて礼を言うわ……ありがとう、貴方達のお陰で二度目の死者を出さずに済んだわ」
ヴァンパイアの屋敷に着いた俺達は客間に通され、見るからに高級感溢れさせるソファーに座り、机を挟んだ俺達の前にあったソファーにヴァンパイアが座る。
ソファーに座ったヴァンパイアはペコリと頭を下げ、俺達に礼を言う。
「そう言えば、まだ名乗っていなかったわね……私はホーヴァス・リーティア、このネフレン=カの墓所の墓守を務めているわ」
礼を言った後、ヴァンパイアがホーヴァスと名乗ったが、俺達は彼女の名前に驚いた。
何でって、そりゃぁ……ホーヴァスに『姓』があったからだ。
魔物には『名』があっても『姓』は無い……元々、旧世代の魔物達に『名前』という文化は無く、代替わりの際に『名前』が伝わった。
その時、魔物達は自分達に名前を付けたんだが、家族や一族を証明する『姓』の存在を彼女達はすっかり忘れてた。
まぁ、忘れてても仕方ない……『家族』、『一族』という概念が旧世代の魔物達には無かったし、あったとしても漠然としたモノだったからな。
だから、魔物には個人を表す『名』はあっても人間が外的要因に因り魔物化した場合を除けば、魔物に『姓』は無いんだ。
「あら、不思議そうね? そんなに私に『姓』がある事が驚きかしら?」
ホーヴァスの言葉に俺達は雁首揃えて頷き、ホーヴァスは自分の名前の事を話し始める。
曰く、『リーティア』がホーヴァスの本名で、『ホーヴァス』はネフレン=カの墓所の墓守である事を示す称号のような物だそうだ。
『ホーヴァス』とは教団と不可侵条約を結んだ初代墓守たるデュラハンの名前で、歴代の墓守達は就任の際に本名を捨てて『ホーヴァス』と名乗るそうな。
墓守の役目を継いだ時に『ヴァンパイアのリーティア』は消滅し、『ヴァンパイアのリーティア』は『ネフレン=カの墓守・ホーヴァス』になった、という事だ。
「まぁ、『リーティア』に愛着があるから、私は『ホーヴァス・リーティア』と名乗るのだけど、ね」
と、目前のヴァンパイアは言うが……何とも、ややこしい事この上ない。
俺達は目前のヴァンパイアを、何て呼べばいいんだ?
「『リーティア』に愛着があると私は言ったけど、愛着があるだけよ。私の事は、『ホーヴァス』と呼んでくれるかしら」
あ、さいですか。
「さて……貴方達は、あの下品な蟲共が何なのかを知っているのかしら?」
柔和な笑みが消えて墓守の顔になったホーヴァスは、俺達にあの巨蟲共が何なのかを問い、その問いに俺は代表として巨蟲共が何なのかを答えた。
ついでに俺達が此処に来た理由と、スティーリィから聞いた教団の現状も話した。
あの巨蟲共は『GE‐02』と記されてた怪物に絡んだ……いや、十中八九、『GE‐02』の腹の中に収まってるっていう人造魔物だろう。
スティーリィから渡された報告書にも、『臓器を模した』って書かれてたしな。
「そう……律儀さ『だけ』が取り柄の教団が不可侵条約を破ったのは、そのような実情があったからなのね」
『だけ』を強調するようにホーヴァスが呟き、俺も同意して肩を竦める。
確かに律儀さは素直に褒めるやるよ……律儀過ぎて、凶悪犯罪集団に落魄れてるけどな!
「んで、今の所の犠牲者は?」
「最初の襲撃も含めて零人、我ながら良くやってると思うわ」
ホーヴァス曰く、最初の襲撃は六日前……丁度、ブリチェスターの復興を手伝ってた時だ。
今回みてぇな有事に備えて、屋敷の庭で演習を行ってた時に毛むくじゃらの巨人が現れ、あの巨蟲共を吐き出してきたそうだ。
演習中だった事もあって最初の襲撃は何とか切り抜けたそうだが、最初の襲撃を皮切りに一日に三、四回、多い時は八回もホーヴァスの屋敷に襲撃があったらしい。
んで、肝心の巨人は最初の襲撃以降姿を見せず、ネフレン=カの墓所の何処かから巨蟲共を吐き出してるそうだ。
「墓所の住民総出で探してはいるけど、墓所の広さが広さだから難航しているわ」
フゥ…と溜息を吐くホーヴァスだが、その苦労も何となくだが分かる。
なにせ、ネフレン=カの墓所は国家並の面積を誇る超巨大墓地、幾等デカかろうと一匹の怪物を探すのは骨が折れるだろう。
例えるなら、砂漠に落とした一粒の砂金を探すようなもんだ。
「住民達が屋敷周辺に密集している事、私の指揮の裏を掻く程の知恵が無い事が、不幸中の幸いかしら」
曰く、ネフレン=カの墓所は国家並の面積を誇ってはいるが、住民である屍人型魔物達はホーヴァスの屋敷を囲むように都市を形成してるそうだ。
外から来た俺達も見たんだが、ネフレン=カの墓所は住民候補達の墓石が乱立する荒野が広がってるだけ。
その殺風景過ぎる風景に飽きてきた頃に漸く都市を見つけて、その外れで孤軍奮闘してるホーヴァスを俺達は見つけた訳だ。
あと、報告書に因れば『GE‐02』の基になった旧世代の魔物・ガグは、オツムがスッカラカンのパープリン、そんな奴の腹に収まってる巨蟲共も恐らくオツムは空っぽ。
あったとしてもフェランとキーンの胸ぐらいしか無いだろうし、指揮の裏を掻く程の知恵があるとは思えない。
「……エヴァン? 今、何か失礼な事、考えたでしょ?」
「…………(銛を構える)」
「イイエ、ナンデモアリマセンヨ?」
止めて、『重塊』を浮かべないで、銛を向けないで、お願いだから。
まぁ、兎に角、住民達が屋敷周辺に密集してる事、巨蟲共のオツムがスッカラカンな事もあって、今の所は犠牲者が出てないそうだ。
だが、あくまでソレは今の所、だ……『GE‐02』を仕留めるまで何時犠牲者が出るか分からんし、さっさと見つけてブッ飛ばさねぇと。
俺はホーヴァスに『GE‐02』を仕留めるまで此処に居る事を告げると、ホーヴァスはソレまでは屋敷に滞在していいと言ってくれた。
ソレを最後に、俺達は客人用の部屋に案内された。
×××
「う〜ん……」
部屋に案内された俺は、客人用とは思えない豪奢なベッドの上で胡坐をかいて悩んでいた。
因みに、フェラン達は其々個室を用意されていて、その事にフェラン達は文句を言ってた。
ウンウンと唸る俺は『ある悩み』に集中してた所為か
「おひょいっ!?」
ポンと肩を叩かれ、変な声を上げてしまった。
「変な声を上げないでくれるかしら?」
誰かと思って振り返ってみると、其処には呆れた表情を浮かべたホーヴァスが居た。
「それで? 私が入ってきた事に気付かない程、貴方は何を悩んでたのかしら?」
部屋に備えられていた椅子に座ったホーヴァスは、俺が何を悩んでいたのかと聞いてくる。
丁度、思考の袋小路に迷い込んだ所だったし、思い切って相談してみるか。
「悩みって程じゃないさ……ただ、『必殺技』をどうしようかと」
「はぁ?」
あ、コラッ、そんな憐れむような目で俺を見んじゃねぇ! 幾等阿呆らしくても、コッチには切実な悩みなんだ!
憐れむような目で俺を見つめるホーヴァスに、俺は悩んでた原因を話す。
何で『必殺技』で悩んでたのかというと、コレからの事を考えてだ。
俺の必殺技・『星間駆ける皇帝の葬送曲』は、元々あの糞ガキ……オリバー・ウェイトリィが編み出した魔法だ。
地底湖の時は不意打ちみてぇなもんだったから当てられたものの、手の内がバレた以上、編み出した本人を相手に同じ手は二度と使えない。
それに並大抵の魔法じゃ、推定年齢三〇〇歳の糞ガキに通用しないだろうし、そうなるとコッチは決め手に欠ける訳だ。
故に、糞ガキにも通用する何かを編み出す必要があり、ソレをどうするかで悩んでたんだ。
「ふぅん、成程ね……」
「んで、だ……何か、良い案無い?」
「無いわね」
んな、ハッキリ言わんでも。
「どうすべきか、は貴方自身が考える事よ。取り敢えず、そうね……」
無いと言ったくせに、ホーヴァスも顎に手を当てて悩み始め、直ぐにポンと手を叩く。
「先ずは自分が出来る事を把握し、理解する……何をするにも、ソレが一番重要な事ね」
そうして私も戦闘技術を磨いてきたのだから、とホーヴァスは言うと椅子から立ち上がり、部屋から出ていこうとする。
って、ちょっと待て? そういえば、何の用で部屋に来たんだよ?
「貴方の話を聞いてたら、忘れてしまったわ」
あ、さいですか。
「兎に角、自分が出来る事を考えなさい。ソレが一番の近道よ」
そう言いながらホーヴァスは部屋から出ていき、部屋には俺だけが残った。
自分が出来る事、ねぇ……
×××
〜翌日・ホーヴァスの屋敷〜
「エヴァン、起きてぇぇぇ――――――っ!」
「ぬおっ!?」
必殺技で試行錯誤してる内に、どうやら眠っちまったらしく、フェランの緊迫した声で俺は叩き起こされた。
何だ!? 何事だ!?
「出てきた! あの蟲達が、朝一番で出てきたよっ!」
「おっしゃぁっ! 直ぐに出るぞっ!」
フェランの声で一気に眠気が地平線の彼方に吹っ飛んだ俺は、出撃すると意気込み
「ゴメン、ちょっと待った!」
急に催してきた尿意に負けて、トイレに駆け込んだ。
あぁ、格好悪い。
「もうっ、エヴァンの馬鹿! 皆、もう迎撃に出たよ!」
「済まん、済まん……んじゃ、行くぜぇぇぇっ!」
トイレを済ませた後、頬を膨らませるフェランに謝りながら俺は黒球を呼び出し、時間が惜しい事もあって俺とフェランは窓から外へ飛び出す!
俺とフェランを乗せた黒球は都市の外れを目指して高速で飛翔し、あっという間に戦場と化した郊外に到着する。
「待たせたなっ! 『大嵐刃』!」
「お待たせっ! 『重塊』!」
既にコラム達は巨蟲共と戦っており、俺は遅刻した詫び代わりに『大嵐刃』を、フェランも追従するように無数の『重塊』を放ち、巨蟲共を駆逐する。
「遅かったじゃない。貴方達二人が来る前に、四分の一が駆逐出来たわ」
吹き荒ぶ幾つもの竜巻と降り注ぐ無数の魔力塊を見たホーヴァスは、俺達を見上げながら嫌味を言ってくる。
へぇへぇ、遅れて来て悪ぅござんしたね! だが、遅れた分はキッチリやってやるぜ!
「『旋風刃』!」
「『重塊』!」
俺は幾つもの竜巻を、フェランは無数の魔力塊を放ち、巨蟲共を屠る。
「拘束結界、『束縛鎖陣(ツェピ・アグニエ)』! キーン、ボイドさん、今です!」
「…………!」
「はぁぁぁっ!」
コラムは巨蟲共を潜り抜けつつ魔力で出来た鎖で巨蟲共を束縛し、束縛された巨蟲共をキーンは銛で、ボイドは爪と拳で頭を穿ち、潰していく。
「さぁ、行くわよ……『終末楽園(テリコ・パラディソス)』」
ホーヴァスがヴァイオリンを奏でると氷の蝙蝠達が現れ、竜巻のようにホーヴァスを包み込む。
蝙蝠達が成す竜巻を従え、優雅な足取りでホーヴァスが歩き、蝙蝠達が成す竜巻に触れた巨蟲共は氷の彫像と化す。
コレは後で教えてもらった事だが、ホーヴァスは氷属性魔法の使い手であり、その魔法の全てはホーヴァスが独自に編み出した魔法だ。
氷で作られたヴァイオリンを奏でる事で氷の蝙蝠達を生成し、その旋律で蝙蝠達を操作し、その旋律の下で蝙蝠達はホーヴァスを守る楯となり、敵を討つ矛となる。
正に攻防一体の魔法……優雅な足取りで戦場を歩き、ヴァイオリンを奏でるホーヴァスの姿は美しく、絵を遺したい程である。
「『大嵐……って、うおぉぉっ!?」
俺が到着した時から数えて巨蟲共が半分程に減った頃、『大嵐刃』を放とうとした俺の真下、俺を握り潰さんとばかりに巨大な二つの掌が地面を突き破って現れる!
俺目掛けて伸ばされた掌を急旋回で避けると、巣穴から這い出る甲殻類じみた動きで地面から俺を掴み損ねた掌の主が現れた。
「コイツが、『GE‐02』かっ!」
地面から現れるは報告書通りの巨人、フェランと出会った時の包帯巨人と比べりゃ小さいが、それでも余裕で俺の三倍はある。
短い剛毛に覆われた巨躯、頭の天辺から垂直に裂けた鋭い牙を生やした口、人間で言えば耳の位置にある飛び出した目、肘から先が二股に裂けた腕。
気持ち悪ぅっ! めっさ、気持ち悪ぅっ!
「アレが、貴方の言っていた『GE』? 下品な蟲共を従えるだけあって、アレも下品ね」
ヴァイオリン奏でるホーヴァスは嘲笑を浮かべると、下品と言われて怒ったのか、『GE‐02』は頭頂部の口から細長い何かを、ホーヴァス目掛けて無数に吐き出した。
ソレは蟲、さっきまで俺達が戦っていた巨蟲を小さく、細長くしたような蟲。
鋭い牙を見せる細長い蟲はホーヴァス目掛けて突き進むが、迫る細長い蟲共をホーヴァスは軽やかに、踊るような足取りで避ける。
勿論、反撃は忘れない……ヴァイオリンの旋律と共に現れた氷の蝙蝠達は、細長い蟲共に殺到し、次々と氷結粉砕する。
「蟲を吐き出すしか、能がないのかしら? ふふっ、無様ね」
ホーヴァスが無様と挑発した瞬間、ホーヴァスの背後から胃袋を模したっぽいズングリムックリとした巨蟲が地面を突き破って現れる。
気配を悟ったホーヴァスが振り返るが、遅かった……巨躯に見合わぬ―それでも、人一人飲み込むには充分な―オチョボ口を目一杯に広げ、胃袋巨蟲はホーヴァスを飲み込む!
「なっ、ろぉぉぉぉぉっ!」
ホーヴァスが飲み込まれるのを見た俺は急降下し、胃袋巨蟲の口に自ら突っ込んだ。
×××
「エヴァンッ!」
胃袋を模した巨蟲に自ら飲み込まれたエヴァン、残されたフェラン達は動揺するが、その動揺を見逃さない程度の知能はあったらしい。
『GE‐02』は身体を仰け反らせると妊婦のように腹が膨らみ、頭頂部から一匹の蟲を吐き出すが、新たに吐き出された蟲は『巨大過ぎた』。
「なっ……!」
フェラン達が絶句するが、ソレも当然だろう……その蟲は先程まで戦っていた巨蟲よりも巨大であり、その蟲は『吐き出した本人よりも』巨大だったからだ。
目算でも六メートルはある『GE‐02』が子供に見える程の巨蟲を、この『GE‐02』は何処に収めていたのだろうか?
「うひゃぁっ!?」
「くぅっ!」
超巨蟲は大顎を開いてフェラン達に迫り、迫る超巨蟲に続くように『GE‐02』は更に無数の細長い蟲を吐き出す。
フェラン達は超巨蟲と細長い蟲共の連携を紙一重で避け、避け際にフェランは『重塊』を、ボイドは吐息を放って細長い蟲共を駆逐する。
だが、その駆逐は焼け石に水……無数に等しい蟲共の、ほんの僅かを駆逐したに過ぎない。
「火力、物量、共に拙者達が圧倒的に不利か……」
吐き出される細長い蟲と巨蟲、瓦礫や同胞の屍をクッキーを齧る程度の気安さで噛み砕く超巨蟲に、ボイドは戦況が不利である事を悟る。
その巨大な身体は武器同然であり、報告書が正しければ『GE‐02』の体内には巨蟲共の卵が無数に内包されている。
即ち、自分達は『無数に等しい巨蟲の兵団』を、僅か四人で相手にしている状況なのだ。
「ふぅ……心身共に疲れる故に、好んで使いたいものではないのだがな」
ボイドは溜息を吐くと高速で魔力を循環させ、体内に駆け巡らせる。
体内を駆け巡る魔力は力を漲らせ、漲る力は放たれるのを今か、今かと待ち侘びている。
「フゥゥ―――――ッ、ハァァ―――――……」
深く、長い息を漏らすボイド……溢れんばかりの魔力を感じ取ったのか、『GE‐02』はボイド目掛けて巨蟲を吐き出し、吐き出された巨蟲はボイドに牙を向ける。
ボイド並にある巨大な牙が、彼女を噛み千切らんと迫り
『原初の形(オリゴ・フォーム)』
その牙はボイドの拳で軒並み圧し折られ、巨蟲は脳漿をぶちまける事になった。
「アレが、『原初の形』……」
ボイドを見上げるコラムは彼女の姿に静かな驚嘆を漏らし、この場に居る全ての者達が、『GE‐02』までもが、その姿に圧倒されていた。
現在のボイドは緑色の鱗に覆われ、暴力的なまでに力を滾らせる、原初の姿をとっていた。
『原初の形』……ドラゴン・龍・ワイバーンの三種のみが持つ固有能力であり、一時的に旧世代の姿へと戻る、所謂『先祖帰り』だ。
超巨蟲に匹敵する巨躯に相応しい圧倒的な力を滾らせ、ボイドは圧倒的存在感にたじろぐ超巨蟲を橙色の瞳で睨みつける。
《サァ、貴様ノ相手ハ拙者ダ!》
旧世代の姿に戻ったボイドは、現代の姿―便宜上、前者を『竜王形態』、後者を『竜人形態』と称する事にする―だった時と同様に拳を構える。
超巨蟲は竜王形態のボイドに負けじと目の無い顔で睨み、獲物狙う蛇の如く鎌首を擡げる。
「それじゃ、アタシ達はアッチだね」
フェランは視線を『GE‐02』へ向け、コラムは戦意を昂らせるように指の骨を鳴らし、キーンは銛を構える。
戦意を向けられた『GE‐02』は、飛び出した眼球でフェラン達を睨みつける。
ボイド・竜王形態VS超巨蟲、フェラン・コラム・キーンVS『GE‐02』の、戦いの火蓋が切って落とされた。
×××
「んで、どうやって此処から脱出すっかなぁ……」
胃袋巨蟲に飲み込まれたホーヴァスを助ける為、自ら突っ込んだ俺は胃袋巨蟲の腹の中をホーヴァスと二人で歩いてた。
胃袋巨蟲の腹の中は想像以上に広く、肉で出来た洞窟を彷徨ってる気分……っていうか、自然法則的におかしいぞ、この広さは。
「飲み込まれた時、『身体縮小(マクローゼ)』の術式を感知したわ。此処が広いのではなく、入り込んだ私達が縮んだのよ」
俺の疑問を読み取ったのか、先に飲み込まれたホーヴァスの言葉に俺は納得する。
『身体縮小』は対象の肉体を縮小させる魔法であり、仕事上危険に晒されがちな間諜達に重宝されてる魔法だ。
突っ込んだ時は慌ててたから感知出来なかったが、そう考えれば此処の広さも納得出来る。
「此処の広さは納得出来たけどさ、兎に角どうやって脱出するかだよなぁ……」
そう、何よりソレだ……此処からどうやって脱出すべきかを、今は考えよう。
俺達が入ってきた方は、魚を捕らえる罠のように鑢状の歯が逆向きでビッチリ生えてて、とてもじゃないが口からは脱出するのは無理だ。
「考えられる出口は一つ、だけ、だけど……」
言い淀むホーヴァスに、俺は目指す場所の見当が付き、俺達は
「「*」」
心底嫌そうな顔をしながら、揃えて『出口』を口にした。
×××
『いぃぃぃやだぁぁぁ―――――……』
「アレ?」
「どうしましたか、フェラン! 余所見をしてる暇はありませんよ!」
「えっと、其処の蟲のお腹から、エヴァンの声が聞こえた気がするんだけど……気の所為だったのかなぁ?」
エヴァンとホーヴァスが飲み込まれた胃袋巨蟲を無視し、激闘を繰り広げるフェラン達。
フェランは胃袋巨蟲からエヴァンの嫌そうな叫びを耳にしたが、気の所為だと判断した。
因みに、肝心の胃袋巨蟲はフェラン達が戦っている地点より若干離れた場所で、呑気に鼾をかきながら寝こけていたりする。
×××
「嫌だぁぁぁぁっ! 『アソコ』から出るのは嫌ぁぁぁぁぁっ!」
出口を口にした俺は頭を抱えて叫ぶ。
口から出られない以上、出口は一つだけで、その出口は向かう事すら躊躇う場所だ。
そう、尻の穴! 嫌だ、絶対に嫌だ! 全身全霊を以て断固拒否する!
ウン……ゲフンッ、物体Xに塗れるのは嫌だぁっ! 俺にそんな趣味はねぇっ!
「落ち着きなさい! 貴方、それでも将来有望と言われた探検家なの!?」
一人でドタバタと走り回ってた俺はホーヴァスに一喝され、一喝された俺は走り回るのを止めて冷静に思考を開始する。
そうだった、そうだったよな……尻穴から脱出したくないと駄々を捏ねてる場合じゃない、早く脱出しないとフェラン達が危ないんだった。
「「…………」」
文字通り敵の腹の中に居る俺とホーヴァスは、攻撃を警戒しつつ無言で進み続ける。
俺は右手に小さな竜巻を纏わせ、ホーヴァスはズルズルと得物を引き摺ってる。
ホーヴァスが魔法だけでなく武術にも優れてる事は驚いたが、その、何だ、ホーヴァスの得物がヴァンパイアっぽくない。
俺はてっきり刺突剣(レイピア)か鞭を使うのかと思ってたが、ホーヴァスの得物は鉄鎚。
デカい、重い、厳ついの三拍子揃った建築物破砕用の武骨な鉄鎚であり、自身を『貴族』を称するヴァンパイアが使うような武器じゃねぇよなぁ。
その事を言ったら
『鉄鎚で悪かったわね。コレが私に一番合うのよ』
と、ホーヴァスが拗ねた。
「…………っ!」
どのくらいの時間を無言で進んでたのか……やっぱりと言うべきか、腹の中は暗く、夜目が利くホーヴァスは兎も角、俺は魔力探知で周囲を探ってる状況。
そんな状況の中、目前の暗闇に強力な魔力反応を感じた俺は、背後に居るホーヴァスを手で制すると、ペタペタという足音を立てながら魔力反応が俺達に近付いてくる。
「……子供?」
ホーヴァスの疑問混じりの声に、俺はどんな子供なのかを教えてくれと肘で小突く。
魔力探知だと輪郭が曖昧だから、俺には小さい人型の何かって事しか分からんのだが。
「簡潔に表現するなら、そうね……不細工といった所かしら」
ホーヴァス曰く、不細工な面をした幼児……歯が何本か抜け落ちた口はだらしなく開き、頭頂部に申し訳程度に生えてる髪、耳と鼻が埋もれた楕円形に近い顔。
何だろう、想像したら大蒜を思い浮かべてしまった。
「その想像は正しいわよ、エヴァン。頭だけ見たら大蒜ね」
そうですか、大蒜みたいですか。
大蒜頭の幼児が纏うは大き過ぎる外套とオシメのみ、猫みたいな目はギラギラとした輝きを放ってるそうな。
「ハラ、ヘッタ」
ホーヴァスから聞いた容姿とは掛け離れたしわがれた声で大蒜頭の幼児が呟き、その呟きで俺とホーヴァスは即座に戦闘態勢を取る。
この幼児、さっきから肌がチリチリする程に強力な魔力を放ってやがる。
そもそも、だ……此処は胃袋巨蟲の腹の中、此処まで一本道だった以上、『俺達以外の何か』が居るとなれば、答えは一つ!
「ハァァァラァァァァ、ヘッタァァァァァァッ!!」
大蒜頭の幼児が叫んだ瞬間、幼児の口らしき部分から敵意剥き出しの何本もの細長い何かが飛び出してきた。
そうだ、この大蒜頭の幼児は『敵』だ!
俺は『風翼』で天井近くまで飛翔し、ホーヴァスは後ろに跳躍して細長い何か達を避け、避けられた細長い何か達は床にぶつかった
「ホーヴァス! 今の細長い何かは、何なんだ!?」
「蟲よっ! この子供、『GE‐02』と同じ能力をもっているみたいね!」
あの蟲だとっ!? この幼児、外の気持ち悪い巨人と同じ存在か!
だったら、手加減も情けもいらねぇなぁっ!
「初っ端からいくぜっ! 『旋風刃』!」
俺は腕を突き出して『旋風刃』を大蒜頭の幼児目掛けて放つと、大蒜頭の幼児は幼児とは思えない機敏な動きで『旋風刃』を避け、床が生々しい音と共に引き裂かれる。
反撃のつもりか、大蒜頭の幼児は口らしき部分から今度は太くてデカい何か―多分、外の巨蟲―を吐き出してきた。
「甘いっ!」
俺目掛けて吐き出された巨蟲の横っ面を、跳躍したホーヴァスが鉄槌で殴り飛ばす。
鉄槌で殴り飛ばされた巨蟲は壁に叩きつけられ、俺は巨蟲に左腕を、大蒜頭の幼児に右腕を突き出して
「双掌、『旋風刃』!」
『大嵐刃』には劣るが、それでもコイツ等を引き裂くには充分な中規模の竜巻を放つ!
二つの竜巻の内、一つは狙い違わず壁に叩きつけられた巨蟲を壁諸共引き裂く。
「グボェアァァァァッ」
残る一つ、大蒜頭の幼児は何体もの細長い蟲を吐き出し、吐き出した蟲を盾にする。
放たれた細長い蟲共はズタズタに引き裂かれ、細長い蟲共を巻き込んだ『旋風刃』は血肉を孕んだ竜巻と化して勢いを衰えさせずに突き進む。
舐めんな、幼児っ! その程度で勢いを殺せるような、ヤワな竜巻じゃねぇぜ!
防げると踏んでたのか、回避行動が遅れた大蒜頭の幼児に、勢いを衰えさせずに突き進む血肉混じりの竜巻は見事命中する。
「グゥエェェェェッ!?」
『旋風刃』をくらった大蒜頭の幼児は引き裂かれながら吹き飛び、吹き飛んだ先には
「良い位置に飛ばしてくれたじゃない」
鉄槌を構えたホーヴァス、ホーヴァスは鉄鎚を横薙ぎに振るう!
骨が砕けるような重厚な音と共に、大蒜頭の幼児は逆方向……つまり俺の方に向かって、またもや吹き飛ばされる。
「っだらぁぁぁぁぁぁっ!」
俺の方に飛んできた大蒜頭の幼児に、俺は『旋風刃』を纏わせた拳を叩き込む!
竜巻を纏った拳は大蒜頭の幼児を引き裂き、床へと叩きつける。
床に叩きつけられ、裂傷だらけの大蒜頭の幼児は小刻みに痙攣し、俺とホーヴァスは警戒しながら慎重に近付く。
この程度でくたばる程、糞ガキのGEは弱く―ブリチェスターの肉団子は強いか弱いかが、微妙だが―ない。
俺は低速でゆっくりと降下し、ホーヴァスはゆっくりと歩き、
「っ!?」
ホーヴァスが次の一歩を踏み出した瞬間、ホーヴァスの真上にある天井が膨らんだ。
×××
「なっ、きゃぁぁぁっ!」
ホーヴァスが次の一歩を踏み出した瞬間、彼女の真上にあった天井が膨らみ、その膨らみから何匹もの細長い蟲が現れる。
真上から奇襲されたホーヴァスは巻き付かれ、細長い蟲共は彼女の四肢を拘束しながら、操り人形のように彼女を吊り上げる。
「ホーヴァス!」
吊り上げられたホーヴァスに、エヴァンは彼女の四肢を拘束する細長い蟲共を切断すべく『風刃』を放とうとする。
されど、エヴァンが『風刃』を放つよりも早く、大蒜頭の幼児が動いた。
「ぐ、がぁぁぁっ!」
顔を上げた大蒜頭の幼児は口から何匹もの細長い蟲を吐き出し、吐き出された細長い蟲共は『風刃』を放とうとしていたエヴァンを貫く。
四肢を、肩を、腹を貫かれたエヴァンは『風翼』の維持もままならずに落下する。
「エヴァンッ! このっ、離しなさいっ!」
エヴァンを助けようと、ホーヴァスは自身を拘束する細長い蟲共を引き千切ろうとするが、細長い蟲共はヴァンパイアの剛力をものともせず、彼女の拘束を強める。
「オマエ、ウマソウ」
吊り上げられたホーヴァスの足元には大蒜頭の幼児が立っており、拘束されている彼女を見上げている。
大蒜頭の幼児の口から五、六匹の細長い蟲がニュルリと現れ、細長い蟲共はホーヴァスの服に噛みつき、彼女の服を引き裂いた。
「…………!」
服を引き裂かれ、裸体を晒したホーヴァスはこみ上げる羞恥を堪え、睨まれただけで人が殺せそうな殺気を籠めた目で足元の大蒜頭の幼児を睨みつける。
「イキガイイ、ウマソウ」
「…………っ!」
殺気混じりの視線を軽く受け流し、大蒜頭の幼児は徐にオシメを外し、晒された大蒜頭の幼児の下半身にホーヴァスは絶句する。
大蒜頭の幼児の股間には人間の男性の生殖器を模したらしい蟲が居たが、その蟲は生殖器と呼ぶには凶悪過ぎる形をしていた。
蟲の身体には蛸の吸盤を想起させる無数の疣、亀頭にあたる部分には大蒜頭の幼児が使役する蟲らしく鋭い牙を覗かせる裂け目のような口。
そして何より、ホーヴァスを絶句させたのは蟲の大きさ……丸太を思わせる、挿入行為を度外視した凶悪的なまでの太さと大きさ。
このようなモノが挿入されればどうなるか、ソレを想像出来ないホーヴァスではない。
「い、いやっ……」
ホーヴァスは悟る、この蟲は『身体の内側から、獲物を喰らい尽くす為のモノ』だと。
如何に気丈なヴァンパイアと言えど、犯されながら喰われる事に恐怖するしかない。
ホーヴァスの目には零れそうな程に涙が溢れ、涙を流す彼女の恐怖を煽るように大蒜頭の幼児は股間の蟲をゆっくりと彼女の聖域へと伸ばす。
せめてもの抵抗としてホーヴァスは悶えるが、悶えた程度で拘束を解く蟲ではない。
ゆっくりと、股間の蟲はホーヴァスの聖域へと迫り
「助けて……」
ホーヴァスは教団が崇拝する神以外の神に祈った。
12/10/22 02:00更新 / 斬魔大聖
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