連載小説
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Report.03 俺と魚人と蟇蛙 前編
〜大陸北東部・山岳地帯〜
「ヘ―――――ルプッ! アイ、ニード、ユアヘ――――ルプッ!」
大陸北東部の山岳地帯、その地下に存在する地底湖。
エヴァンは水草らしき植物で縛り付けられ、窮地に陥ってた。
エヴァンは、その地底湖に半島状に突き出た岬……段が付いた四角い形状をしているが、人の手が加えられた様子はなく、どうやら自然に出来たモノらしい。
まるで祭壇じみた岬の近くでは、エヴァンを窮地に陥らせたモノが水面から顔の上半分を覗かせていた。

「…………」
サハギン……川や湖に住む水棲亜人型の魔物であり、魚の尾鰭と四肢の水掻きを駆使し、的確に獲物を捕らえる水中の狩人である。
水面から顔を覗かせるサハギンの目は興奮で彩られ、縛り付けられているエヴァンに熱い視線を送っている。

獣の吼える森の時と同様に、いきなり窮地に陥っているエヴァン。
何故、近くにフェランとコラムが居ないかも含め、この状況に陥るまでの経緯を語ろう。

×××

〜交易都市・セレファイス〜
『お〜い、フェラン、コラム! 今度の探検の行き先を決めたぞぉっ』
俺、エヴァン・シャルズヴェニィは、俺の幼馴染の医者であるゲイリーの医療所の裏庭で魔法の訓練をしている二人に声を掛けた。
裏庭には死んだ母さんの親友であり、セレファイス領主でもあり、内縁の奥さんでもあるエキドナのローラさんが、魔法の講師として招いたバフォメットも居た。

『あぁ、エヴァンかい? 二人なら、其処でへばってるよ』
そう言いながら、バフォメットは手にした鎌で裏庭の一角を指すと、鎌で指された先には息を荒げているフェランとコラムが居た。
『……相変わらず、厳しい訓練をさせてますね』
『出来るだけ早急にって言われたんだ、当然厳しくシゴくさ』
苦笑いする俺に、バフォメットはカラカラと笑う。
セレファイスに滞在して、早くも三ヵ月は経つ……その三ヶ月でフェランとコラムは等級(ディグリ)で言えば名人級(エリートクラス)にまで育っていた。
因みに、『等級』ってのは魔法使いとしての格の事で、名人級は五階級に分けられた等級の中では下から二番目だ。

『ひぃ、ふぅ、はぁ……』
『流石は、『偉大なる八人(グレイテスト・エイト)』……本当に、厳しい、訓練、です……』
フェランは大の字で仰向けに地面に寝っ転がってて、コラムは力無く座り込んでる。
二人を見てるだけで、キツい訓練なのが分かるなぁ。
『偉大なる八人』とは大陸……いや、世界中でも数少ない大導師級(グランドマスタークラス)の魔法使いの敬称。
大導師級は等級の一番上で、その敬称通り大導師級は八人しか存在していない。
俺の等級? 等級は昇級試験受けてねぇから一番下の学徒級(スタンダードクラス)だが、実力的には上からも下からも三番目の達人級(アデプトクラス)だな。

『んで、今度は何処に行くつもりなんだい、『風精霊の小僧(シルフ・ボーイ)』?』
『……いい加減、その呼び方を止めてください』
その呼び方を俺は止めてくれと何度も言ったが、バフォメットはその呼び方を止める気は無いらしいな。
『風精霊の小僧』とは、このバフォメットが俺に付けたあだ名で、何でも風の精霊であるシルフの魔力と俺の魔力の質が非常に近いらしい。
『偉大なる八人』の言う事だから信憑性は滅茶苦茶高いが、正直今でも信じられん。
まぁ、心当たりが無い訳でもないが……詠唱無しで風系の飛翔魔法が使えるし、シルフに仲間だと勘違いされた事も結構あったし。

『いいじゃないか、別に。それで、何処に行くんだい? アタイから伝えておくよ』
『はぁ……今度は『ングラネク山脈』ですよ』
『あぁ、『出鱈目山』かい。また、危険な所を選んだもんだ』
溜息混じりに目的地を告げると、バフォメットは呆れた表情を浮かべる。
ングラネク山脈は大陸北東部に位置する山脈で、ドラゴンとかオーガを始めとした屈強な魔物もワンサカ住んでる危険な土地だ。
此処に決めた理由は、ングラネク山脈周辺の街に伝わる伝承。
ングラネク山脈の何処かに山脈の地下へと続く洞窟があって、其処には淡水・海水問わず水棲の魔物達の住む地底湖がある。
そんな出鱈目な地底湖がある、という伝承の所為で、ングラネク山脈は『出鱈目山』とも呼ばれてるんだ。

『伝承だけで誰も見た事が無い地底湖! ワクワクするじゃないですか! どんなに危険だろうと! ソレを確かめたいんですよ、俺は!』
『アンタも物好きだねぇ……って、探検家は全員物好きか』
子供のように目を輝かせる俺に、バフォメットは呆れたような溜息を吐く。
悪いか! 漢が浪漫を求めるのは本能だ! 探検家なら尚更だ!
『出発は何時頃だい?』
『結構、準備しなくちゃならないから……大体一ヶ月後ですね』
『分かった。それなら、もっとキツくシゴいてやらないとな』
『今のシゴきで充分です』
出発寸前なのにボロボロ、なんてのは本気で困るから止めてください。

〜一ヶ月と一週間後・ングラネク山脈上空〜
『此処が、ングラネク山脈ですか……』
『うわ〜、たっか〜い!』
『はしゃぐのは分かるが落ち着け、フェラン。集中が途切れっから』
準備を済ませてから一週間後……俺達は黒球に乗っかり、ングラネク山脈を訪れた。
気付いたのは最近なんだが、俺はフェランが乗っていた黒球を魔力で再現出来る。
空を飛ぶから移動は楽、荷物も黒球の中に仕舞える、黒球の中に入れば風雨も凌げる、と色々便利だが、俺が制御しなくちゃならんから精神的に疲れるのが欠点だ。

『件の洞窟は、っと……』
ングラネク山脈中腹に降下した俺達はキャンプ設置後、通信球を持って件の洞窟を探す為、単独行動を取る事にした。
通信球ってのは、持ってる者同士なら離れてても会話が出来る魔道具で、同時にお互いの位置も把握出来る探検の必需品だ。
《此方、コラム。件の洞窟は、まだ見つかってません》
《フェランだよ〜。洞窟はあったけど、ドラゴンの巣だった〜》
通信球から聞こえる二人の声を聞きながら、俺も洞窟探しに集中する。
然し、フェランは大丈夫か?
幾等『偉大なる八人』の指導の元、短期集中訓練したとはいえ、ドラゴンはキツそうだが。

『洞窟、洞窟、洞く…………はれっ?』
洞窟を探して森の中を彷徨う俺だったが、突然の浮遊感に一瞬呆気にとられた。
なんとなく足元を見れば、何と
『あ、穴ぁぁぁぁぁ――――――………』
ポッカリと穴が空いており、前しか見てなかった俺は見事に落ちた。
かなり深い穴らしく、体感時間で約三分は経つが、一向に底が見えない。
『風よっ!』
若しかしたら、この穴が件の地底湖に繋がってる……そう思った俺は風を纏って、落下速度を落とした。

×××

「其処のサハギン! 何故に、俺を縛ったっ! そして、何故に熱い視線を送るっ!」
と、まぁ……結果から言えば、俺の予想は半分当たりで半分外れ。
落ちた穴が件の地底湖と思しき地底湖に繋がってて、岸を探して湖面擦れ擦れの低空飛行してたら、水面から顔を出してるサハギンに足を掴まれた。
んで、水中に引き摺りこまれて気絶して、目が覚めたら今の状況、という訳だ。
地底湖があったのはいいが、俺を縛り上げたサハギン以外の魔物を見てねぇから、本当に伝承の地底湖なのかどうか判断出来ないから、半分当たりで半分外れ。

「…………」
俺の叫びじみた問いに、無言のサハギン……畜生、サハギンは基本的に無口だったぜ。
俺を縛る水草は意外と丈夫で、力尽くじゃ切れそうにないし、魔法で切るにしても魔力の循環が阻害される。
この水草、若しかして魔力循環を妨害してんのか?
だとしたら不味い、不味過ぎる……魔法が使えない俺は、只の絶倫インキュバスだ。
「…………(グッ)」
オイコラ、其処のサハギン、水面から手を出して親指(?)立ててんじゃねぇ。

「あれ、キーン? その男は誰なの?」
「へぇ、久し振りの男じゃない……」
水草を切ろうと悶える俺の耳に女性の声が届き、転がるように声の主を探すと、其処にはメロウとスキュラが居た。
メロウ……『頭の中まで桃色』と揶揄される程に猥談が好きなマーメイド種の魔物であり、不老長寿の妙薬・『人魚の血』の出所の大半でもある。
スキュラ……狭い所に潜り込める柔軟な身体を持ち、その身体を活かして狭い所に潜み、人間の男を性的に襲う半人半蛸の魔物だ。
どちらも海に住む魔物であり、淡水に住むサハギンとは会う事は無いから、この地底湖が伝承に伝わる地底湖か!
うっわぁ、素直に喜べねぇ……縛られてなけりゃ、万歳三唱で喜んでたのに。

「ねぇねぇ! 貴方、何処から入ってきたの?」
岬の岸辺に上半身を乗り出して、俺が何処から来たのかを尋ねるメロウ。
「ふふっ……早速だけど、味見させてもらおうかしら❤」
八本の蛸脚をくねらせながら岬へと上がり、舌舐めずりするスキュラ……って、うぉいっ!
このままじゃ、ヤ・ラ・レ・ルッ!
危機を感じた俺は転がって逃げようとすると、キーンと呼ばれたサハギンも上がってきた。
い、いかぁぁぁんっ! 貞操の危機が二倍に増したぁぁぁっ!
冷や汗をダラダラ流す俺だが、キーンと呼ばれたサハギンは俺の前に立ち、手に持ってる銛をスキュラに向けて威嚇してる……って、アレレ? どういうこっちゃ?

「うふふっ……冗談よ、キーン。貴方が捕まえた男だもの、今は横取りする気は無いわ」
そう言ってからスキュラは湖の中に戻るが、キーンと呼ばれたサハギンはそのまま俺の前を陣取ってる。
スキュラの言葉から判断するに、俺は前を陣取るキーンと呼ばれたサハギンの獲物らしい。
うへぇ、どっちにしろ貞操の危機はそのままかい。
「…………(警戒中)」
然し、このキーンと呼ばれたサハギン……色が白いなぁ。
本来、サハギンは紺色だが、光が乏しい地底湖の暮らしで色素が未発達なのか、キーンと呼ばれたサハギンは紺色の部分が全部真っ白で、ある意味新鮮だ。
あと、キーンの右耳にあたる鰭が、何処かで喧嘩でもしたのか、ちょっとボロいな。

「ふぅん……伝承の裏は、そういうオチか」
俺は近くにいるメロウやスキュラに、この地底湖の事を聞いて溜息を吐いた。
曰く、この地底湖の湖底には、何時からあったかは不明だが超長距離転移魔法陣があり、俺の目前に居るメロウ達の住処である海域と繋がっているそうだ。
更に、この地底湖の水は特殊な魔力を宿しており、理屈は分からんが、その特殊な魔力のお陰で海棲の魔物も此処の水は平気らしい。
但し、その逆は無理みてぇで、キーンの友人であるメロウとスキュラの居る海域に行く事は出来ないそうだ。
後で此処の水を採取して、ゲイリーに調べてもらうか。

「んで、だ……何で、何時の間に、こんなに集まってんだよぉぉぉぉっ!」
メロウとスキュラに地底湖の事を聞いてる間に、俺が居る岬の周囲には沢山の魔物が湖面から顔を覗かせてた。
シー・スライム、マーメイド、シー・ビショップ、キーンの仲間らしい白サハギン、ネレイス、カリュブディス……って、巣穴はどうした、其処のカリュブディス。
而も、全員揃って俺に熱い視線を送ってるし。
「ねぇねぇ、キーン? その男と交わったら、私にも頂戴!」
「抜け駆けしないでくれる? キーンの後に交わるのはアタシよ!」
キーンの友人であるメロウの一言を皮切りに、何やら俺の意思を無視して周囲の魔物達は俺の争奪戦を始めやがった。
クソゥッ! 俺はお前等の肉玩具じゃねぇっ!

×××

「エヴァンさんの通信球の反応が途絶えたのは、この辺りですね……」
「エヴァン、大丈夫かなぁ……」
エヴァンが貞操の危機に晒されている頃。
フェランとコラムは、突然通信球の反応が途絶えたエヴァンを探していた。
エヴァンの通信球の反応が途絶えた地点に辿り着いた二人は、その地点の周囲を注意深く観察し、探索している。

「ねぇっ! コラム、コッチ来て!」
「どうしました、フェラン?」
何かを発見したらしいフェランへコラムが近付くと、フェランの足元には自然に出来たと思しき、直径一メートル程の穴が開いていた。
「穴、ですか……若しかしたらエヴァンさんは、この穴に落ちたのでしょうか?」
「落ちたのかなぁ……」
穴を覗く二人だが、穴はかなり深いようで全く底が見えない。
コラムは近くにあった小石を穴に落とし、二人は穴に耳を近付けるが、一向に音がしない。

「どうやら、相当深い穴のようですね……フェラン、あの黒球を出せますか?」
「コラム、ゴメン……アタシの黒球、エヴァンにあげたから出せないの」
ダークマターの球体は男性の欲望の塊で、ダークマターの女性部分とは異なる自我に近いモノを備えており、半分独立している。
男性を飲み込んだ球体は男性と一体化した際、球体の自我に近いモノも男性と一体化し、女性部分と完全に独立する。
つまり、フェランの球体は、彼女の球体と一体化したエヴァンにしか扱えないのだ。

「困りましたね……」
「ふみゅぅ……」
途方に暮れる二人……然し、途方に暮れていてもどうにもならない。
可能性は低いが、近くに探していた洞窟があるかもしれない。
そう判断した二人は、穴の周囲の探索を開始した。

×××

「なぁんだ……貴方、奥さんがいたんだ」
「残念ねぇ……」
俺の争奪戦を始めた魔物達に俺には妻が居る事を伝えると、一人だけ除いて、残念そうな声を上げる。
「…………(ギュッ)」
そう、キーンだけが諦めてなかった。
俺の長外套の裾を掴んでるのは、妻がいるくらいじゃ諦めないからという意思表示か。
クソゥ、何で諦めないんだ。

「取り敢えず、キーンだっけ……この水草、解いてくんねぇか?」
逃げないから、と付け加え、俺は水草を解いてくれとキーンに頼むと、暫く考えるような素振りを見せてから、キーンは俺を縛っていた水草を解く。
解いてくれたが、キーンは俺の長外套の裾を握り続けてる。
逃げないからっつったのに、信用無いんだな、俺。
「ふぅ……なぁ、この地底湖に続く道ってのは、俺が落ちた穴以外にあるのか?」
俺の問いに、答える魔物はいない……海暮らしの魔物達は当然知らないだろうが、此処で暮らしてるキーン達は無口だから答えてくれない。
あぁ、裾を強く握るな、逃げないから、皺になるから。

「ん?」
此処から外に出るには、どうしたらいいかを考えてたら、キーンが俺にしがみついてきた。
だから、逃げないって……いや、違う、キーンの顔には恐怖が浮かんでいた。
無表情で分からないが、何かを怖がってる気配は感じられるし、岬の周囲に居る魔物達も何かに怯えている。
突然何かに怯え始めたキーン達に、俺は否応無しに警戒心を高めさせられる。
突然、グニャリと空間が歪んで黒い渦のような穴が開き、その渦から誰かが現れた。
現れると同時に、胸糞悪くなる程にドス黒い魔力が吹き荒れる。
「ようっ! 漸く、会えたなぁ……エヴァン・シャルズヴェニィ」
渦から現れたのは、フェランと同じくらいの身長の少年だった。

「あぁ、会いたかったぜぇ、エヴァン・シャルズヴェニィ!」
渦の中から現れた少年は、真っ白けだった。
格好自体は何処にでもいそうな少年だが、全身白一色で纏められてる。
真っ白けの少年は俺の名前を呼んだが、俺はこの少年を知らない……知らないが、かなり危険な奴なのは本能で理解出来る。
この少年からはドス黒い魔力と、気をしっかり保たないと気絶しちまいそうな程に強烈な殺気が溢れてる。

「……誰だ、アンタは?」
キーンを背中に隠しながら、少年とキーンの間に割り込むように俺は一歩前に出る。
一歩、前に出た……その瞬間
「ぐっ、がぁぁぁぁぁっ!?」
まるで透明な何かに殴られたような衝撃が俺を襲い、地底湖まで吹き飛ばされる。
湖面を何度も跳ね、四回程跳ねた所で俺は風を纏い、体勢を整える。
「アァハハハハハッ! だらしねぇなぁ、エヴァン・シャルズヴェニィ!」
不意打ちをかましてきた真っ白けの少年は笑い、その姿がグニャリと歪んだと思ったら、いきなり俺の前に姿を現す。
間近に迫った真っ白けの少年の顔を見て、俺は本能で悟った。
コイツは、本気で危険だ!

「誰だ、だって? 教えてやんねぇよぉっ! コレから僕にぶっ殺される奴に言う必要は、ねぇんでなぁ!」
真っ白けの少年が腕を振るう瞬間、俺は『障壁』を咄嗟に展開する。
『障壁』越しに俺は見た……コイツの腕の近くに、巨大な腕が浮かんでいるのを。
その巨大な腕が『障壁』を殴り、ぶつかり合った衝撃で湖面が波打ち、波紋が広がる。
「キーン! 其処の魔物達を」
「そうはいくかよっ!」
俺の叫びを遮るように真っ白けの少年が叫ぶと、キーン達が居る岬の真上の空間が歪んで渦が現れる。
その渦から、現れたのは

―ゲロゲギャァァオオォォォォォォッ!!

か、蛙!?

×××

「さぁ、タップリ暴れて、屑共を喰らい尽くせっ! 『GE‐05』!」
『GE‐05』と呼ばれた蛙……ズングリムックリとした丸っこい姿は蟇蛙に近いが、頭の天辺に先端が六本に枝分かれした、やたら長い触角が二本生えてる。
オマケに、普通の蛙なら持たない鋭利な牙が、不揃いに口から覗いている。
怪物蛙を見た魔物達は一斉に逃げ出すが、怪物蛙は異常に長い触角で水中に逃げた魔物達をまとめて掴み、掴んでは口の中に放り込んでく。
ガリ、ゴリ、と此処からでも聞こえる咀嚼音に、俺の頭は怒りで沸騰する。
こんの糞蛙! また、俺の前で魔物達を喰らいやがって!
怒りに燃える俺は、あの巨大蛙をぶちのめそうと湖面を駆けるが
「おっとっ! テメェの相手は、この僕だっ!」
真っ白けの少年―いや、訂正する、糞ガキ―の巨大な腕に阻まれる。
クソッタレ! コッチはテメェの相手をしてる暇はねぇのによぉっ!

「ヒャッハァァァァッ!」
糞ガキが巨大な腕を振るい、俺はその巨椀の一撃を『障壁』で防ぐが、巨腕の一撃は重く、一発で『障壁』に罅が入る。
罅が入った『障壁』に糞ガキはこれでもかと言わんばかりに、巨腕を連打で叩きつける。
クソッタレ! これじゃ『障壁』が壊れちまうっ!
「邪魔すんなっ! 糞ガキャァァァァッ!」
俺は『障壁』が壊れる寸前に糞ガキから離れ、離れ際に『風刃』を連射する。
両手で放つ『風刃』の数はざっと二〇、防げるかっ!

「ば〜かっ! んな、蚤のチンカスみてぇな魔法で、僕を殺れるなんて思ってんのかぁっ!」
糞ガキは巨腕を振るって『風刃』を弾き、弾かれた『風刃』は糞ガキの周囲に散らばる。
馬鹿はテメェだ、糞ガキ!
俺が両手を動かすと、弾かれて消える筈だった『風刃』が一斉に向きを変え、再び糞ガキ目掛けて殺到する!
「んなっ!? クソッタレがぁっ!」
殺到する『風刃』、糞ガキは巨腕で身体を包んで『風刃』を防ぐ。
その隙に、俺は怪物蛙目指して飛翔する!

「オイオイッ! 耳、ぶっ壊れてんのかぁっ? テメェの相手は、僕だって言っただろっ!」
背後を振り返ると、『風刃』を防ぎきった糞ガキは俺目掛けて巨腕を飛ばし、その巨腕は俺を掴もうと手を広げる。
コッチも言っただろ! テメェの相手をしてる暇はねぇってさぁっ!
俺は『風刃』で迫る巨腕に牽制しつつ、糞ガキの足元に魔法を放つと、糞ガキの足元から湖の水を巻き込みながら、包むように竜巻が発生する。

「はっ! こんなチンケな竜巻で、止められると思ってんのか……って、なぁっ!?」
糞ガキが残る巨腕で竜巻を破ろうと殴ると、殴られた部分から『風刃』が放たれる。
いきなり飛んできた『風刃』を避ける糞ガキだが、避けられた『風刃』が竜巻に弾かれて再び糞ガキ目掛けて飛んでくる。
ソレだけじゃない……『風刃』が当たった部分から、別の『風刃』が放たれ、竜巻の中は無数に乱れ飛ぶ『風刃』で埋めつくされる。

これぞ、俺が独自に編み上げた新魔法『風刃牢(ビエ・プリサン)』……内側からの衝撃を魔力に変換して、変換した魔力を『風刃』として放つ攻撃結界。
オマケに『内側からの衝撃』に反応して『風刃』を放つから、『風刃牢』が放った『風刃』にもバッチリ反応する。
一度抗えば、抵抗が刃となって己の身に降り掛かる、因果応報の結界。
フェランとコラムと一緒に、『偉大なる八人』の指導を受けた甲斐があったぜ。

「畜生が、ぬぁっと! クソッタレがぁっ! コイツが、うわっ! 邪魔で転移出来ねぇ!」
あの糞ガキは転移魔法が使えるみてぇだが、転移魔法は移動したい場所をキッチリ明確に想像しないと転移に失敗して、転移したい場所に跳べない欠点がある。
乱れ飛ぶ『風刃』で集中出来ないようで、『風刃牢』の中で悪態を吐く糞ガキ。
『風刃牢』の弱点が見つからない内に、あの怪物蛙を何とかしねぇと!

「キーン、無事か!」
「…………!」
怪物蛙に迫る俺は、怪物蛙の頭に銛を突き刺してるキーン―右耳の鰭がボロっちいから、直ぐに分かる―を見つけた。
頭に銛が突き刺さってる痛みで悶える怪物蛙は二本の触角を滅茶苦茶に振り回し、暴れる怪物蛙の頭ではキーンが銛にしがみついている。
キーン以外の魔物達はどうなった……まさか、キーン以外全員コイツに喰われたのか?
嫌な想像が俺の思考を駆けるが、銛にしがみつくキーンは視線で水中を示すと、水中には黒っぽい影がチラホラと見える。
良かった、どうやら全滅は避けられたみてぇだ。

「其処の触覚二本! 邪魔だぁぁっ!」
俺は両手を振りかぶり、『風鎌』を放つ。
『風鎌』は所謂風の爪、俺の手の動きに合わせて一〇枚の風の刃が奔る!
『風鎌』は見事触角に命中、怪物蛙の触角は二本まとめて切り刻まれる。
触角には痛覚が無いのか、触角が切られてる事に気付かない怪物蛙は触角があるつもりで暴れてる。
「キーン、掴まれっ!」
暴れる怪物蛙の頭に居るキーンに、俺は長外套の袖から黄衣を伸ばす。
頭に突き刺していた銛を引き抜き、伸びてきた黄衣を掴んだキーンを確認した俺は、黄衣を縮ませて近付いてきたキーンを抱える。

「大丈夫か? 他のサハギンや、お前の友達は無事なのか?」
図らずとも『お姫様抱っこ』になっちまったが、俺は抱えたキーンに、この地底湖に居た魔物達が無事なのかを聞いた。
「…………」
キーンの身体は小刻みに震え、俺を見上げる瞳には泪が溢れてて、今にも零れそうだ。
キーンは震える指で、俺の胸板に文字を書く……仲間が全員死んだ、と。
あの怪物蛙から友人達を逃がす為、キーンと仲間のサハギンは怪物蛙に挑み、キーン以外は全員怪物蛙に喰われてしまった。
「そう、か……なら、俺が仇を討ってやる」
俺はキーンを黒球で包み、巻き込まないようにキーンを包んだ黒球を上空に浮かべる。
さぁ、覚悟しやがれっ! 怪物蛙!

×××

「おぉぉぉおおぉおぉおぉぉぉぉっ!」
キーンを黒球に包んだ俺は、眼下の怪物蛙に向かって一直線に急降下する。
俺の叫びに反応した怪物蛙は俺を見上げ、蛙らしく舌を伸ばしてくる!
まるで大砲じみた勢いで伸びる舌を避け、避け際に俺は通り過ぎる舌に『風鎌』を放つ。
「ツジギリゴメン、ってかぁっ!」
途中から五等分に切られた舌が湖面に落ちて派手な水飛沫を上げ、怪物蛙は痛みで悶える。
長い触角も舌も無い怪物蛙は、牙があるだけのデカい蛙……と思った俺が阿呆だった。

「げげげぇっ!?」
さっき俺が『風鎌』で切り落とした触角は、切断面から泡をボコボコ噴いてて、その泡の中からヌルヌルとした光沢を放つ新しい触角が生えてきやがった。
「グゲゴバァッ!?」
新しく生えた触角を振り回す怪物蛙、枝分かれした先端の一本が俺の胴体を強かに叩く。
枝分かれした先端の一本とはいえ、俺の胴体程の太さがある。
咄嗟に『障壁』を張って良かったぁ……生身で受けてたら、上半身と下半身が泣き別れだ。
それでも、滅茶苦茶痛いんだけどな!

「げほっ、げほっ……んの、怪物蛙ぅっ!」
痛みで咳きこみつつ、俺は両手を使って『嵐鎚』……触れたモノ引き裂く、鎚状の竜巻を横薙ぎに振るう。
『嵐鎚』の軌道上にあった触角はズタズタに引き裂かれるんだが、やっぱりと言うべきか、泡をボコボコ噴かせながら新しいのが生えてくる。
待てよ、触角が再生したとなると。
「ぬぁたたたっ!? やっぱりか、畜生っ!」
大砲じみた勢いで、再び俺目掛けて舌が伸びてきた!
辛うじて避けるのに成功したが、切り刻んでも再生されちゃ鼬ごっこだ。
遺跡の包帯巨人といい、獣の吼える森の巨大蚯蚓といい、そして怪物蛙といい……何か、全員揃ってウンザリする程にしぶといぞ。

「切り札は……まだ使わない方がいいな」
こういうしぶとい相手にゃ、『アレ』が一番手っ取り早いが、『アレ』を使った後は強烈な魔力供給衝動に駆られるからなぁ。
そして何より、まだ糞ガキが居る。
振り回される触覚、時折伸びてくる舌を避けつつ、魔法を放ちながら空中を駆け回る俺はチラリと糞ガキの方へと視線を向ける。

『クソッタレ、クソッタレ、クソッタレがぁっ! いい加減、壊れやがれやぁっ!』
視線の先には、『風刃牢』を突破しようと足掻いてる糞ガキ。
あの様子じゃ、まだ弱点に気付いてねぇみたいだ。

「鼬ごっこの消耗戦は、本気で勘弁してくれよ……」
そうボヤきながら、俺は威力を抑えた『風刃』を散発的に放つ。
相手はナマモノだから、威力を抑えてても充分に効果はあるんだが、それでも鼬ごっこは勘弁願いたい……俺の攻撃手段は魔法に依存してるから、魔力欠乏は致命的だ。
フェラン、コラム、ローラさんと交わったから魔力保有量は増大してはいるが、それでも攻撃を魔法に頼ってる以上、今の最大量じゃ心許無い。
「魔力残量は……半分程か」
あの糞ガキの相手も考えりゃギリギリの残量……こうなりゃ、一気にケリを付ける!

「喰らえ、『旋風刃』!」
俺は両手を使い、『旋風刃』を怪物蛙の目を狙って放つ!
振り回される触角を巻き込みつつ、二つの『旋風刃』は怪物蛙の目を引き裂き、抉りとる。
いきなり視界を奪われた怪物蛙は、さっきよりも派手に暴れ、引き裂かれた目からは泡がボコボコと噴き始める。
滅茶苦茶に振り回される触角を掻い潜り、俺は頭の天辺、触角の根元に着地する。

「引き裂かれろ、怪物蛙!」
俺は振り落とされないように踏ん張りながら、両手を怪物蛙の頭に押し付け、『大嵐刃』を怪物蛙の脳味噌目掛けて放つ!
―ブヂュル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ッ!
肉を引き裂く、生々しい音が
―ゲロゲギャルァアアァァァァァッ!!
怪物蛙の断末魔の咆吼が、地底湖に響き渡る。
『大嵐刃』が脳味噌を抉り、引き裂き、巨大竜巻は脳味噌だけでは飽き足らず、怪物蛙の頭もズタズタに引き裂いてく。
地響きを立てながら、頭を失った怪物蛙は地に伏せる……流石に脳味噌引き裂かれたら、再生出来ないだろ。
あの糞ガキはどうしてるのか、ソレを確かめようと
「が、はぁっ……」
視線を向けると同時に、俺は糞ガキの巨腕で首を掴まれた。

「ぐっ、がぁっ……」
「テメェ、よくも僕を切り刻んでくれたなぁ……」
巨腕で首を絞めながら、糞ガキは殺気と怒気に溢れた血走った目で俺を睨む。
糞ガキの身体の彼方此方には切り傷が刻まれ、真っ白けの服も襤褸布のようにズタズタだ。
「クソッタレがぁ……あんな半端な結界でぇ、よくも、よくも、よくもよくもよくもぉ! よくも、ここまで刻んでくれたなぁっ!」
半端な結界、か……怪物蛙を倒せる時間は稼げたが、弱点を見破られちまったか。
『風刃牢』の弱点、ソレは真上……竜巻を結界にしてる以上、中心部の真上がガラ空きで、其処から脱出されてしまう事だ。
乱れ飛ぶ『風刃』を避けながら真上に向かうのは難しいが、気付いてしまえば無理に突破する必要は無くなる。

「もう、ブチ切れた……テメェをバラバラのグチャグチャにぶっ殺してやるぁっ!」
とっくにキレてんじゃねぇか、なんて俺の呟きは言葉にならなかった。
首を絞められてた俺は岸に向かって投げ飛ばされ、あまりの勢いに岩壁へとめり込む。
そして、糞ガキの巨腕でボコボコにタコ殴りにされる。
「糞がっ! 糞が、糞が、糞がぁっ! この僕を、このオリバー・ウェイトリィをぉっ! 屑共と慣れ合う糞風情が、よくもぉぉぉっ!」
激情のままに連打される巨腕、幾等『障壁』を展開しても、あっという間に砕かれる。
それにしても、この糞ガキ……オリバー・ウェイトリィって名乗ったな。
誰、だっけ? 何処かで、聞いた、覚えが、あるんだが。
不味い、タコ殴りに、されて、意識が、砕け、そう、だ……
「「エヴァン(さん)ッ!」」

×××

「其処のガキンチョッ! 『重塊(グラボル)』!」
「あぁんっ……んがっ!?」
漸く地下へと続く洞窟を発見して、暗い洞窟を駆け抜けたフェランとコラムが見たのは、白一色の少年が岩壁にめり込んだエヴァンを滅多打ちにしていた所だった。
その光景を見たフェランは純粋な魔力塊である『重塊』を放ち、滅多打ちに集中していた白一色の少年は振り向き際に顔面で『重塊』を受けてしまい、岸辺まで吹き飛ぶ。

「エヴァンさん、直ぐに治癒を……『癒光(キュルメン)』」
白一色の少年が吹き飛んだ隙に、岩壁にめり込んだエヴァンを降ろしたコラムは初歩的な治癒魔法である『癒光』を彼に施す。
強力な治癒魔法を行使出来るユニコーンが、外的要因で変化したのがバイコーンであり、バイコーンに変化しても治癒魔法の技量は衰えない。
事実、温かい光が滅多打ちにされて血塗れだったエヴァンを包み込むと、時間を巻き戻すが如く、彼の傷が塞がり、流れ出る夥しい血も体内に戻っていく。

「が、が、ぐっ……屑共がぁ、この僕に傷を付けやがってぇっ!」
フェランの魔法をくらった事が余程気に食わないのか、立ち上った白一色の少年は巨腕を二人目掛けて飛ばして鷲掴みにすると、ゆっくり持ち上げる。
「うわわっ!? ナニ、何なの!?」
「うっ、くぅっ!? コレは一体!?」
この巨腕、白一色の少年の魔力で創られたモノで、魔法的感覚が鋭いエヴァンだからこそ、『腕』と認識出来たのである。
魔法の訓練を始めたばかりの二人からすれば、突然身体が動かなくなり、ゆっくりと自分の身体が宙に浮かび始めたように見えるのだ。

「…………!」
「うおっと! そういやぁ、テメェも居たなぁ」
フェランとコラムを巨腕で掴んだまま、白一色の少年は真上からの急襲を避ける。
白一色の少年が立っていた場所には、銛を突き立てた白いサハギン・キーンが鋭い目つきで彼を睨んでいた。
エヴァンが意識を失った事で、黒球が消えたのだろう……自身を包み、漂っていた黒球が消え、黒球が消えたのが白一色の少年の真上。
そのまま落下の勢いで仲間の仇をとろうとした、といった所か。

「はっ! 腐れ魚風情に、僕が殺れるかよぉっ!」
届かないにも関わらず、回し蹴りの要領で右足を振るう白一色の少年。
その動作で本能が危険を感じ取ったのだろう、キーンは咄嗟に銛を盾にする。
その判断は正しかった……白一色の少年の右足からは彼の巨腕と同様の、魔力で作られた巨大な足が、盾にした銛ごとキーンの脇腹に刺さる。
「…………!」
蹴り飛ばされたキーンはエヴァンの近くの岩壁に叩きつけられ、激痛が彼女の身体を走る。
キーンはそのまま地面へと落ち、苦しそうに身体を震わせている。

「ヒャァッハハハハハハハッ! この僕がっ、屑共に負ける筈がねぇんだよっ!」
見るだけで本能的恐怖を齎す酷薄な笑みを浮かべながら、白一色の少年は四人に近付く。
拘束から抜け出そうと藻掻くフェランとコラム、激痛で身体を満足に動かせないキーンを見た白一色の少年は、獲物を嬲るような笑みと共に舌舐めずりする。
「いいぜぇ、屑共にしちゃ活きがいいじゃねぇか。折角だぁ、テメェ等屑共を『教団』の慰み者するのも悪かねぇなぁ! アヒャハハハハハハハハハッ」
白一色の少年の『教団』という言葉に、フェランとコラムは戦慄する。
以前、エヴァンが話していた噂……捕らえられた魔物達に神の名の元で行われる、『制裁』という名の凌辱。

「ヤダヤダヤダァッ! 離せ、離せっ!」
「くっ、このっ!」
この身はエヴァンに奉げたモノ、魔物を嫌う教団に犯されるのは嫌だ。
フェランとコラムは懸命に拘束から逃れようとするが、巨腕の拘束は微塵も揺らがない。
「アァッハハハハハッ! 諦めろよぉ、屑共! 決定、決定、とっくの昔に決まってる事だぁっ! テメェ等、まとめて慰み」

『フザケルナヨ、クソガキ』
12/10/06 04:32更新 / 斬魔大聖
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■作者メッセージ
お待たせしました、魔物娘捕食者第四話です。
この調子だと一話毎が長くなりそうなので、以降は一話を(文字数にも因りますが)前編・後編の二部構成にします。
そして出てきました、白一色の少年。
彼は何者なのか! フェラン・コラム・キーンの三人の運命は! そして最後の台詞は誰なのか!
待てっ、次回! とちょっと格好つけてみました。
後編はエヴァンが第一話で言っていた「ある事情」が明かされ、Hシーンもありますので楽しみにしていてください。

ついで。
タイトルを飾った怪物蛙ですが、イメージ的にはデ○ルメイ○ライ4の「頭の天辺に女性型の疑似餌が付いた触角を生やした蛙の悪魔」。
まぁ、先端以外は我ながらそのまんまだと思います。
今回は登場人物説明はお休み、説明は後編にて。

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