チャプター02「調査隊結成」
時に、東歴1995年。
昭和年号で言うと112年。
11月6日の、冬がすぐそこまで迫った寒い日。
かつては森羅万象の国とさえ言われたジパングも、今や文明社会に染まりきった先進国。
無論、古くからある神社や寺等を大事にする精神こそ捨てていないが、それら神仏は空想の産物でしかないという認知。
そんなジパングにある「国立黒金大学(こくりつくろがねだいがく)」。
生物学の研究が盛んなこの大学の一室に、一人の男がいた。
「うーん………」
資料室にある化石の前でにらめっこをする、一人の男。
成人前特有の子供らしさを残した顔立ちに、飾り気のない黒髪とメガネ。
パーカーにズボンという服装が彼の地味さというか、ザ・陰キャラといった感じを際立たせている。
「やっぱり…………違うよなぁ」
彼の視線の先にあるのは一つの化石。
見た限りでは人間、または類人猿のようだが奇妙な点がある。
それは、頭に生えた角と背中から生えたコウモリのような翼。
何の冗談だ、と誰もが言うだろう。こんな、悪魔かサキュバスのような生物、進化論上ではあり得ない。
しかし、目の前にあるそれは人魚のミイラのようなミキシング・ビルドではなく、列記とした北欧のレスカティエ平原で見つかった、古生物の化石なのだ。
その時の写真も残っている。
「一体何なんだ、これ……」
男が難しそうな顔でそう呟く。
しばらく考えた後、男は資料室を後する事にした。
大勢の学者が頭を捻っても解らない物だ、一端の学生である自分に解る訳がない、と。
照明の切られた資料室には、その奇妙な化石──「ブリュッセルの悪魔」──が、変わらず鎮座していた。
この男「大頭博人(おおがしら・ひろと)」は、幼少の頃より未確認生物……つまる所のUMAに惹かれていた。
自分の知らない世界、知らない場所、そこに息づく見たこともない生物。
それらを知りたいと思っていた。
だがら、この世界中からよく解らない生物の標本なり化石なりが集まってくる、「魔界」のあだ名で呼ばれる黒金大学に、両親の反対を押しきって入学したのだ。
……だが。
「よーおぉオオアタマ!今日もブリュッセルの彼女さんと見つめあってたのかー?」
おどけた様子で博人に語りかける、傍らにケバい女を引き連れた頭の悪そうな金髪。
自称、「博人の悪友」たる彼は、まさにこの黒金大学の学生の代表格のような男であった。
「君こそ、講義にも出ないでデート?あと、僕の名前はオオ“アタマ”じゃなくてオオ“ガシラ”ね」
「いいだろ別に、あだ名みたいなもんだろ?」
「よくない」
乗り気な悪友に対し、鬱陶しそうに言葉を返す博人。そんな会話を繰り返すのは、もはや彼の日常である。
ここ、黒金大学は世界中から様々な怪生物の標本なり化石なりが集まる。
しかし、それに対する研究や解析はそれほど盛んには行われていない。
何故か?理由は二つ。
金がないから。
金にならないから。
近年、ジパングの経済は悪化の一途を辿り、政府は無駄な事に資金を出さなくなった。
ここだけ聞けば節約のようだが、実際の所は「目先で見て金にならないと思った物に投資しなくなった」という事。
UMA研究だなんて、観光効果以外に金にならないから、当然政府は研究資金なんて出さない。
故に、件のブリュッセルの悪魔についての研究もできない。
結果、かつてはかのアルバード大学と並ぶ古生物学の聖地であった黒金大学は、歴史資料の解析で凌ぎを削り、学生は講義にも出ずサークル活動や悪友のような恋愛事に明け暮れる、ド三流大学へと堕落した。
今や、真面目に古生物学の講義を聞いているのは、博人ぐらいだろう。
それが何の役に立つのですか?
昔、そう言って大学院の研究費を事業仕分けの元にカットした国会議員を改めて恨めしいと、博人は思った。
「というか君も、そろそろ講義出たら?単位ヤバイんじゃないの?」
「うっ……」
まあ、こういう輩がいじめてこなくなっただけ、中高よりはマシか。
と、単位が足りなくて卒業がピンチな事を指摘されてバツが悪そうな悪友を見て、博人は心の中でにやけた。
「ひどい!私よりも単位の方が大事だって言うの!?」
「な、ばっ、誰もそうとは言ってないだろ?!」
悪友の彼女が、まるで浮気でもされたかのようにわめき出す。
ああ、安定の女子思考女か、と呆れる博人。
「じゃあな、俺明日の講義早いから」
そう言って、博人はそそくさとその場を立ち去る。
後で知った話だが、悪友は彼女の機嫌を直すのに財産の半分を失うハメになったとか。
講義が午前中で終わった為か、日はまだ高い。
大学の中庭で背伸びをした後、下宿先のアパートに戻ろうか等と考えていた、その時だった。
「大頭博人さんですね?」
背後から声をかけられ、振り向く。
その先にいたのは、黒いスーツに身を包んだ紳士。
当然、スポーツなんてろくにしなかった博人より背は遥かに高い。
「あの、どちらさまで?」
知らない人間、しかも自分より大きい男性に声をかけられたのだ。当然、怖い。
博人は警戒しながらも、何者かとする。
すると。
「お迎えご苦労」
今度はスーツ男の背後から老人の声が聞こえた。
博人にとっては、普段から講義で聞き慣れた声が。
声の方に立っていたのは、白髪の妙齢の男性であった。
けれども長年のフィールドワークで鍛えた身体は逞しく、
カッターシャツに長ズボンというラフな格好にメガネのファッションは、彼を一種の職人のようにも見せている。
彼こそ、博人がこの黒金大学に入学しようと思った切っ掛けであり、北欧レスカティエ平原にてブリュッセルの悪魔と呼ばれる化石を発掘した張本人。
「山根教授!」
黒金大学の顔ともいえる、「山根吾郎(やまね・ごろう)」教授、その人である。
「おお、大頭君もいたか、実は君にも声をかけようと思っていた所だよ」
「僕に、ですか?!」
憧れていた古生物学会の権威たる山根にそんな事を言ってもらえて、喜びと驚きの混ざった反応を返す博人。
当の山根は相変わらず、フレンドリーな笑顔で返す。
「まあ、こんな所で立ち話もなんだし、まあとりあえず、私についてきてはくれないか?」
山根と共に、黒服の男が運転する車に揺られて数分。
博人が辿り着いたのは、都市部にある一つのビル。
「さあ、入ってくれたまえ」
「し、失礼しまーす……」
その一室に、山根に案内されて入る。
そこには、もう山根と博人以外に数名の人間がいた。
「お待ちしておりました、教授」
「すまないね、待たせてしまって」
その中の、金髪の外人の男が前に出て山根と握手する。
どうやら彼が、このメンバーの代表のようだ。
「紹介するよ大頭くん、彼が今回の調査に投資してくれた「ネルソン・グレン」さんだ」
「はじめまして、ネルソン・グレンです」
「ああ、は、はい」
グレンが差し出した右手に、博人も右手で答える。
当然ながら、握られたグレンの手は大きい。
流石は白人、といった所か。
後で解った事だが、このビル自体もグレンの所有物だとか。
「私はカヨミ・アンバサダー、地質学者よ」
次に自己紹介を申し出てきた彼女、地質学者の「カヨミ・アンバサダー」は、博人も知る人物だ。
メルカ共和国の地質学の権威にして、「美人すぎる地質学者」として日本で紹介された、ウェーブのかかったハニーブラウンが目印の美人学者。
「よろしく」
「こ、こちらこそ……」
カヨミが出した手を握り、握手に答える博人。
その柔らかい手は童貞の博人には刺激が強いらしく、博人の顔は赤くなっている。
次に、背の高い男性が前に出た。
博人と同じ日本人で、巌のように鍛えられた体躯に白衣を羽織ったギャップのあるファッションと、人懐っこい顔立ちが特徴の、二十代後半の男だ。
「よぉ、俺は黒木壱史郎(くろき・いしろう)、生物学者をしてる、山根先生には昔世話になった事があってな、まあ君の先輩って所だ、よろしく!」
「こ、こちらこそ」
爽やかな笑顔で博人と握手する壱史郎。
そのワイルドさと力強さに、博人が「この人本当に学者か?」と思ったのは内緒だ!
最後に前に出たのは、中年の男性。
白髪混じりの髪の、気のいいおじさんと言った感じだが、どこか凛々しさを感じさせる。
「私は村松東二(むらまつ・とうじ)、君達の乗る船の船長だ、気軽にキャップとでも読んでくれたまえ」
「は、はい、キャップ」
博人は、村松の物腰柔らかな態度に安心したのか、四人の中では比較的普通に握手が出来た。
しかし、疑問が一つあった。それは……
「あ、あの教授」
「む、なんだね?」
「僕をこの方々に会わせて、一体僕に何をさせようというの、ですか?」
そう、その疑問。
山根を筆頭に、グレン、カヨミ、壱史郎、村松、そして自分が、何らかの調査のために集められたというのは明らかだが、それが何の調査かはまだ聞いていない。
某ロボットアニメではないが「俺達は何のために集められたのか?」という状態だ。
その問いに対して、山根の返答は。
「おっと、すまないすまない、まだ何をするか言ってなかったね、私の悪い癖だ」
そう言って、山根は何やら大きな紙を広げた。
博人を含めたメンバーが覗き込んだ先にあったのは、ジパングの近海を描いた一枚の海図。
メルカ共和国の物らしく、英語で記されている。
「これから私達はある島に向かい、そこの生態系や生息する生物について調査する、それが、ここだ」
山根が海図の中の島を指差す。
四方を海にかこまれた、絶海の孤島だ。
「えっと……らご……に……?」
「羅呉爾亜島(らごにあとう)だ」
英語で記された島名に悪戦苦闘する博人に助け船を出すように、壱史郎が島の名前を言う。
「羅呉爾亜島って……教授、ここは!」
「その通りだよ、大頭くん……」
世界情勢にあまり興味のない博人も、この島の事は知っていた。
「…………6ヶ月前、北サムダ帝国が核実験を行った海域にある島だ」
……ジパングから見て東北に位置する場所にある、霧の大陸。
そこにある国家の一つである「北サムダ帝国」は、国王が死亡しその息子が後を継いでから、軍事国家への道を突き進んでいた。
そして6ヶ月前、北サムダ帝国はあろう事か、ジパング近海で「プロトン爆弾」の実験を行ったのだ。
かつての「第二次大陸間戦争」の際にメルカ共和国が産み出し、封印した地上最悪の殺戮兵器の爆破実験を。
プロトン爆破の爆発は、その破壊力もさる事ながら、広範囲にあらゆる生命を死滅させる「死の光」と呼ばれる一種の有害放射線を撒き散らす事で知られている。
当然、その被害範囲内にいた羅呉爾亜島は、草一本生えぬ死の大地と化している事だろう。
「……教授、お言葉ですが羅呉爾亜島に生物は」
「存在しない、と言いたいのだろう?」
まるで、博人の言葉を待っていたかのように山根が言った。
そして海図の上に、懐から一枚の写真を取り出し、置いた。
「二週間前に撮られた、羅呉爾亜島の写真だよ」
「なッ……!」
それを前にして、博人は驚愕した。
なんとそこには、青々とした密林に包まれた羅呉爾亜島があったのだ。
「そんな?!死の光の半減期からして、今はもう無害化してるだろうけど、こうも早く生態系が再生するなんてありえない……!」
驚愕、混乱。様々な感情が入り交じり思わず取り乱してしまう博人。
その様子を、グレンは少しあきれた様子で、壱史郎と村松は表情を変えず、カヨミは微笑ましそうに見守っている。
「これで、解ったかね?大頭君……」
そして態度を変えず博人に話しかける山根。
「私はこの羅呉爾亜島に、死の光を無効化する新しい生物がいると考えている、これまで私が発掘してきた……あのブリュッセルの悪魔のような、ね」
そう、山根達の目的は羅呉爾亜島が死の光の中で無事にいられた理由の解明であった。
「大頭君、君はいつも私の講義を真面目に聞き、時には私の助手もしてくれた……だから、君をアシスタントとして連れていきたいのだ、いいかね?」
そう言って、山根は博人に右手を差し出す。
握手を求めているのだ。
…………古生物学の聖地(メッカ)に、親の猛反対を乗り越えて入学した先に待っていたのは、空虚な日々。
そんな中、大学卒業の資格を取る為だけに通学を続けていた博人に舞い込んだ、青天の霹靂とも言うべき誘い。
上手くいけば、憧れの山根の新発見の瞬間に居合わせる事が出来るかも知れない。
博人は、今までにないような、心踊る感情を感じている。
故に。
「是非、行かせてください!」
その手を取らぬ、理由はなかった。
昭和年号で言うと112年。
11月6日の、冬がすぐそこまで迫った寒い日。
かつては森羅万象の国とさえ言われたジパングも、今や文明社会に染まりきった先進国。
無論、古くからある神社や寺等を大事にする精神こそ捨てていないが、それら神仏は空想の産物でしかないという認知。
そんなジパングにある「国立黒金大学(こくりつくろがねだいがく)」。
生物学の研究が盛んなこの大学の一室に、一人の男がいた。
「うーん………」
資料室にある化石の前でにらめっこをする、一人の男。
成人前特有の子供らしさを残した顔立ちに、飾り気のない黒髪とメガネ。
パーカーにズボンという服装が彼の地味さというか、ザ・陰キャラといった感じを際立たせている。
「やっぱり…………違うよなぁ」
彼の視線の先にあるのは一つの化石。
見た限りでは人間、または類人猿のようだが奇妙な点がある。
それは、頭に生えた角と背中から生えたコウモリのような翼。
何の冗談だ、と誰もが言うだろう。こんな、悪魔かサキュバスのような生物、進化論上ではあり得ない。
しかし、目の前にあるそれは人魚のミイラのようなミキシング・ビルドではなく、列記とした北欧のレスカティエ平原で見つかった、古生物の化石なのだ。
その時の写真も残っている。
「一体何なんだ、これ……」
男が難しそうな顔でそう呟く。
しばらく考えた後、男は資料室を後する事にした。
大勢の学者が頭を捻っても解らない物だ、一端の学生である自分に解る訳がない、と。
照明の切られた資料室には、その奇妙な化石──「ブリュッセルの悪魔」──が、変わらず鎮座していた。
この男「大頭博人(おおがしら・ひろと)」は、幼少の頃より未確認生物……つまる所のUMAに惹かれていた。
自分の知らない世界、知らない場所、そこに息づく見たこともない生物。
それらを知りたいと思っていた。
だがら、この世界中からよく解らない生物の標本なり化石なりが集まってくる、「魔界」のあだ名で呼ばれる黒金大学に、両親の反対を押しきって入学したのだ。
……だが。
「よーおぉオオアタマ!今日もブリュッセルの彼女さんと見つめあってたのかー?」
おどけた様子で博人に語りかける、傍らにケバい女を引き連れた頭の悪そうな金髪。
自称、「博人の悪友」たる彼は、まさにこの黒金大学の学生の代表格のような男であった。
「君こそ、講義にも出ないでデート?あと、僕の名前はオオ“アタマ”じゃなくてオオ“ガシラ”ね」
「いいだろ別に、あだ名みたいなもんだろ?」
「よくない」
乗り気な悪友に対し、鬱陶しそうに言葉を返す博人。そんな会話を繰り返すのは、もはや彼の日常である。
ここ、黒金大学は世界中から様々な怪生物の標本なり化石なりが集まる。
しかし、それに対する研究や解析はそれほど盛んには行われていない。
何故か?理由は二つ。
金がないから。
金にならないから。
近年、ジパングの経済は悪化の一途を辿り、政府は無駄な事に資金を出さなくなった。
ここだけ聞けば節約のようだが、実際の所は「目先で見て金にならないと思った物に投資しなくなった」という事。
UMA研究だなんて、観光効果以外に金にならないから、当然政府は研究資金なんて出さない。
故に、件のブリュッセルの悪魔についての研究もできない。
結果、かつてはかのアルバード大学と並ぶ古生物学の聖地であった黒金大学は、歴史資料の解析で凌ぎを削り、学生は講義にも出ずサークル活動や悪友のような恋愛事に明け暮れる、ド三流大学へと堕落した。
今や、真面目に古生物学の講義を聞いているのは、博人ぐらいだろう。
それが何の役に立つのですか?
昔、そう言って大学院の研究費を事業仕分けの元にカットした国会議員を改めて恨めしいと、博人は思った。
「というか君も、そろそろ講義出たら?単位ヤバイんじゃないの?」
「うっ……」
まあ、こういう輩がいじめてこなくなっただけ、中高よりはマシか。
と、単位が足りなくて卒業がピンチな事を指摘されてバツが悪そうな悪友を見て、博人は心の中でにやけた。
「ひどい!私よりも単位の方が大事だって言うの!?」
「な、ばっ、誰もそうとは言ってないだろ?!」
悪友の彼女が、まるで浮気でもされたかのようにわめき出す。
ああ、安定の女子思考女か、と呆れる博人。
「じゃあな、俺明日の講義早いから」
そう言って、博人はそそくさとその場を立ち去る。
後で知った話だが、悪友は彼女の機嫌を直すのに財産の半分を失うハメになったとか。
講義が午前中で終わった為か、日はまだ高い。
大学の中庭で背伸びをした後、下宿先のアパートに戻ろうか等と考えていた、その時だった。
「大頭博人さんですね?」
背後から声をかけられ、振り向く。
その先にいたのは、黒いスーツに身を包んだ紳士。
当然、スポーツなんてろくにしなかった博人より背は遥かに高い。
「あの、どちらさまで?」
知らない人間、しかも自分より大きい男性に声をかけられたのだ。当然、怖い。
博人は警戒しながらも、何者かとする。
すると。
「お迎えご苦労」
今度はスーツ男の背後から老人の声が聞こえた。
博人にとっては、普段から講義で聞き慣れた声が。
声の方に立っていたのは、白髪の妙齢の男性であった。
けれども長年のフィールドワークで鍛えた身体は逞しく、
カッターシャツに長ズボンというラフな格好にメガネのファッションは、彼を一種の職人のようにも見せている。
彼こそ、博人がこの黒金大学に入学しようと思った切っ掛けであり、北欧レスカティエ平原にてブリュッセルの悪魔と呼ばれる化石を発掘した張本人。
「山根教授!」
黒金大学の顔ともいえる、「山根吾郎(やまね・ごろう)」教授、その人である。
「おお、大頭君もいたか、実は君にも声をかけようと思っていた所だよ」
「僕に、ですか?!」
憧れていた古生物学会の権威たる山根にそんな事を言ってもらえて、喜びと驚きの混ざった反応を返す博人。
当の山根は相変わらず、フレンドリーな笑顔で返す。
「まあ、こんな所で立ち話もなんだし、まあとりあえず、私についてきてはくれないか?」
山根と共に、黒服の男が運転する車に揺られて数分。
博人が辿り着いたのは、都市部にある一つのビル。
「さあ、入ってくれたまえ」
「し、失礼しまーす……」
その一室に、山根に案内されて入る。
そこには、もう山根と博人以外に数名の人間がいた。
「お待ちしておりました、教授」
「すまないね、待たせてしまって」
その中の、金髪の外人の男が前に出て山根と握手する。
どうやら彼が、このメンバーの代表のようだ。
「紹介するよ大頭くん、彼が今回の調査に投資してくれた「ネルソン・グレン」さんだ」
「はじめまして、ネルソン・グレンです」
「ああ、は、はい」
グレンが差し出した右手に、博人も右手で答える。
当然ながら、握られたグレンの手は大きい。
流石は白人、といった所か。
後で解った事だが、このビル自体もグレンの所有物だとか。
「私はカヨミ・アンバサダー、地質学者よ」
次に自己紹介を申し出てきた彼女、地質学者の「カヨミ・アンバサダー」は、博人も知る人物だ。
メルカ共和国の地質学の権威にして、「美人すぎる地質学者」として日本で紹介された、ウェーブのかかったハニーブラウンが目印の美人学者。
「よろしく」
「こ、こちらこそ……」
カヨミが出した手を握り、握手に答える博人。
その柔らかい手は童貞の博人には刺激が強いらしく、博人の顔は赤くなっている。
次に、背の高い男性が前に出た。
博人と同じ日本人で、巌のように鍛えられた体躯に白衣を羽織ったギャップのあるファッションと、人懐っこい顔立ちが特徴の、二十代後半の男だ。
「よぉ、俺は黒木壱史郎(くろき・いしろう)、生物学者をしてる、山根先生には昔世話になった事があってな、まあ君の先輩って所だ、よろしく!」
「こ、こちらこそ」
爽やかな笑顔で博人と握手する壱史郎。
そのワイルドさと力強さに、博人が「この人本当に学者か?」と思ったのは内緒だ!
最後に前に出たのは、中年の男性。
白髪混じりの髪の、気のいいおじさんと言った感じだが、どこか凛々しさを感じさせる。
「私は村松東二(むらまつ・とうじ)、君達の乗る船の船長だ、気軽にキャップとでも読んでくれたまえ」
「は、はい、キャップ」
博人は、村松の物腰柔らかな態度に安心したのか、四人の中では比較的普通に握手が出来た。
しかし、疑問が一つあった。それは……
「あ、あの教授」
「む、なんだね?」
「僕をこの方々に会わせて、一体僕に何をさせようというの、ですか?」
そう、その疑問。
山根を筆頭に、グレン、カヨミ、壱史郎、村松、そして自分が、何らかの調査のために集められたというのは明らかだが、それが何の調査かはまだ聞いていない。
某ロボットアニメではないが「俺達は何のために集められたのか?」という状態だ。
その問いに対して、山根の返答は。
「おっと、すまないすまない、まだ何をするか言ってなかったね、私の悪い癖だ」
そう言って、山根は何やら大きな紙を広げた。
博人を含めたメンバーが覗き込んだ先にあったのは、ジパングの近海を描いた一枚の海図。
メルカ共和国の物らしく、英語で記されている。
「これから私達はある島に向かい、そこの生態系や生息する生物について調査する、それが、ここだ」
山根が海図の中の島を指差す。
四方を海にかこまれた、絶海の孤島だ。
「えっと……らご……に……?」
「羅呉爾亜島(らごにあとう)だ」
英語で記された島名に悪戦苦闘する博人に助け船を出すように、壱史郎が島の名前を言う。
「羅呉爾亜島って……教授、ここは!」
「その通りだよ、大頭くん……」
世界情勢にあまり興味のない博人も、この島の事は知っていた。
「…………6ヶ月前、北サムダ帝国が核実験を行った海域にある島だ」
……ジパングから見て東北に位置する場所にある、霧の大陸。
そこにある国家の一つである「北サムダ帝国」は、国王が死亡しその息子が後を継いでから、軍事国家への道を突き進んでいた。
そして6ヶ月前、北サムダ帝国はあろう事か、ジパング近海で「プロトン爆弾」の実験を行ったのだ。
かつての「第二次大陸間戦争」の際にメルカ共和国が産み出し、封印した地上最悪の殺戮兵器の爆破実験を。
プロトン爆破の爆発は、その破壊力もさる事ながら、広範囲にあらゆる生命を死滅させる「死の光」と呼ばれる一種の有害放射線を撒き散らす事で知られている。
当然、その被害範囲内にいた羅呉爾亜島は、草一本生えぬ死の大地と化している事だろう。
「……教授、お言葉ですが羅呉爾亜島に生物は」
「存在しない、と言いたいのだろう?」
まるで、博人の言葉を待っていたかのように山根が言った。
そして海図の上に、懐から一枚の写真を取り出し、置いた。
「二週間前に撮られた、羅呉爾亜島の写真だよ」
「なッ……!」
それを前にして、博人は驚愕した。
なんとそこには、青々とした密林に包まれた羅呉爾亜島があったのだ。
「そんな?!死の光の半減期からして、今はもう無害化してるだろうけど、こうも早く生態系が再生するなんてありえない……!」
驚愕、混乱。様々な感情が入り交じり思わず取り乱してしまう博人。
その様子を、グレンは少しあきれた様子で、壱史郎と村松は表情を変えず、カヨミは微笑ましそうに見守っている。
「これで、解ったかね?大頭君……」
そして態度を変えず博人に話しかける山根。
「私はこの羅呉爾亜島に、死の光を無効化する新しい生物がいると考えている、これまで私が発掘してきた……あのブリュッセルの悪魔のような、ね」
そう、山根達の目的は羅呉爾亜島が死の光の中で無事にいられた理由の解明であった。
「大頭君、君はいつも私の講義を真面目に聞き、時には私の助手もしてくれた……だから、君をアシスタントとして連れていきたいのだ、いいかね?」
そう言って、山根は博人に右手を差し出す。
握手を求めているのだ。
…………古生物学の聖地(メッカ)に、親の猛反対を乗り越えて入学した先に待っていたのは、空虚な日々。
そんな中、大学卒業の資格を取る為だけに通学を続けていた博人に舞い込んだ、青天の霹靂とも言うべき誘い。
上手くいけば、憧れの山根の新発見の瞬間に居合わせる事が出来るかも知れない。
博人は、今までにないような、心踊る感情を感じている。
故に。
「是非、行かせてください!」
その手を取らぬ、理由はなかった。
16/12/25 13:35更新 / エロアリエロナシエロエロ
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