連載小説
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結晶する世界
「僕は・・・」
 静寂に満たされた室内で、セイジは胸の内でセリアの言葉を反芻し、自らに問うた。
(僕は・・・どんな顔をしていたんだ・・・?)
 彼女を哀しませ、今なおセリアを悲嘆させる数刻前の自分を掴みあぐねる一方で、セイジの醒めた部分が冷静に、偽らざる本音を語りかけてくる。
(・・・そうだ。あの時の僕は、悲しんでいた)
 セリアが涙する理由――それはセイジの目に悲哀を見たからではないか。
「お前は優しい男だ。私はそれを、誰よりも知っている。そんなお前が人間の境遇に心を痛めないはずがない」
 セイジは全て承知の上で雄蜂へと変貌した。だが彼らは無理やり捕らえられ、慰み者も同然に犯され、ホーネットの同胞へと変えられる。傍から見れば人としての尊厳を奪われるに等しい。
「お前を雄蜂にしたのは私だ。私は・・・お前を人ならざるものへと変えた・・・」
 情が面に痛ましさを刻み、セリアは目撃し理解してしまった。夫の悲しみを、その原因を作ってしまったのが誰か。
そしてセイジはあの瞬間、憐憫に顔を歪めた。ならば、カミラに翻弄される男を見たときに湧き立ったあれは――
「セリア・・・」
「――!」
 セイジは抱きしめた。腕の中のセリアを強く、しかし押し潰してしまわぬよう、能う限りの優しさを込めて。
「憶えているかい?僕と――」
 冷厳なる思考の芯が再び伝えてくる。
 男の似姿を。その言葉を。交接室で湧き立った感情の裏に潜むもの。それは――
「僕とセリアが初めて出逢ったときのことを」
 それは紛れもなく、失望であった。



 限りなく広い社会の片隅に、木原誠二(きはら せいじ)という少年がいた。
 いかなる理由が有ってのことか、両親はまだ幼い彼を置いて失踪してしまい、残された誠二は年老いた祖父母に引き取られた。
 幼子の養育は決して楽ではなく、祖父母は老いた総身を徐々に弱らせていったが、二人を真に苛んでいたのは養育の疲弊ではなく、彼らを取り巻く周囲の目だった。
 終ぞ真相を知ることのなかった両親の失踪の理由。それが祖父母と、誠二の後々の日々にまで付いて廻った。
 ある日、誠二は擦り傷と痣をこさえて家へと帰った。いつもの如く、祖父母から何があったのかを問われたが、笑い混じりに困った顔をして、転んでしまったと答えた。
 この返事を前に使ったのはいつの頃だろうと、また新しい訳を考えなくてはと誠二は思った。
 誠二は外に出るたびに、大人たちが陰口やくちさがない噂話を交え、遠巻きに自分を白い目で眺めているのを自覚していた。
彼らは誠二の見えない所や、ごくたまに向ける笑顔の陰で、誠二の両親について隣人同士で囁きたてる。内容は多種多様な醜聞が大部分を占めていた。噂は噂を呼び、元々定かではない真偽に尾鰭がついていくそれらは、やがて見え難い嫌悪と侮蔑の視線に変じて誠二と祖父母の周りを飛び交った。
 大人たちの見えざる拒絶は、意識しなければ苦しさを減じることができる。だが、目に見える排斥をしてくる者となれば話は別だ。
 誠二と同年代の子供たちは苛烈で、大人たちと違って直接的な手段で誠二を苛め抜いてくる。彼らは親や周囲の大人が誠二に対してする拒絶を、子供ならではの素直さで仕掛けてくる。
 ――親たちがやっているのだから、自分たちもやっていい。
 ――あいつの親は悪いことをしたから、罰を与えていい。
 徒党を組んで罵りながら、時に暴力を加えてくる彼らに、誠二は何の術も無かった。ただ嵐が過ぎるのを待つ無力な子供でしかなかった。
 生傷が絶えない日はなく、祖父母が待つ家に帰る誠二の後姿に、大人たちの冷ややかな視線が浴びせられる。すでに反抗という手段を放棄して無視を決め込む誠二には、何程のものでもなかった。
 反発しようものなら彼らはいくらでも陰湿になれる。そんなことになれば、祖父母の苦労が増すばかりだ。ならばせめて、自分だけは二人を心配させないようにしよう。表面だけでも笑顔を浮かべて安心させてあげねばと、誠二は決めていた。
 だがこの選択も、気休めにすらならなかったと誠二は考えている。
 傷だらけの姿に作り笑いを浮かべる誠二の顔を見る祖父母の瞳には、孫の境遇に対する無念さと、やり場の無い怒りと悲しみが渦巻いていた。それを見るたびに誠二は胸中で詫びていたが、どこかで空風が吹くような虚しさを感じていた。

 誠二が中学に通い始める頃、祖父母は他界した。心労で祖父が倒れ、その後を追うように祖母が亡くなった。残された誠二は伯父夫婦の家に身を寄せることとなったが、そこは安住の地とは程遠かった。
 遺言とはいえ、伯父たちが誠二を引き取ることを内心では歓迎していないのが分かったからだ。招き入れれば誠二が受け続けてきた、見えざる拒絶の巻き添えを食らうのでないかと恐れてのことだった。
 数ヶ月の後、誠二は祖父母の家で暮らすことを伯父夫婦に申し出た。これに対して夫婦はあっさりと承諾してくれた。そうと見なければ判らぬほどの微かな安堵を浮かべて。きまずかったのか、一人暮らしをする程度に困らない額の金を送り続けていたが、それはつまるところ、体のいい厄介払いでしかなかった。
 形だけの援助とはいえ少なからず感謝はしていたが、幼少から胸の奥にちらついていた虚無の影は、前にも増して色を濃くしていたが誠二は意識しないようにしていた。
 その反動だろうか、このとき誠二は笑わなくなっていた。

 中学生になっても誠二の苦境に光は差さなかった。拒絶の場が一日の大半を過ごす学校に移ったという変化こそあったが。
 教師の目を盗んで行われる直接的、あるいは間接的な責め苦に誠二は黙していた。
 この仕打ちに耐えられたのは、感じる心を石のように硬く閉ざしていたからだ。そうでなければ、とうの昔に誠二は壊れていた。担任の教師ですら見てみぬ振りをしていたのだ。手を差し伸べる者がいないなら、自分を護れるのは自分しかいない。誠二はそうやって、己を戒めたはずだった。
 その日はいつにも増して酷かった。目蓋の裏に浮かぶ午後の蒼穹が、痛みで赤く染まるほど。
 呵責のない殴打は大抵が腹部に集中したが、ときに顔面に飛んでくることもあった。そのたびに走る痛烈な衝撃に面を歪ませる。
 全員が一通り殴り終え、誠二は思わず彼らに問うた。
 ――何故こんなことをするのか。
 驚いたのは他でもない誠二自身。何時だって外部の動きに口を閉ざし、無表情を通してきたのに。何があっても己を押し殺してきたはずなのに。どうして今になって疑問を口走るのか。
 あるいはこの瞬間が限界だったのもかもしれない。抑圧され続けてきた感情の綻び。だがこの発露は、現状からの開放を意味しなかった。
 誠二の内心など知らず、男子生徒たちは問いの意味を咀嚼していたのか、一様に黙していた。それを破ったのはその内の一人だった。

「理由なんかねーよ、バァカ」

 その途端、他の男子生徒たちが爆笑しだした。最初に喋った者をからかいながらも、その言に同意しては笑い声を重ねていく。
 誠二は後悔した。心が罅割れていても貝のように口を閉ざしているべきだった。彼らが如何なる返答をしても、その言葉は自分を救わないという事実に何故気づけなかったのか。
 そう思う反面、誠二は内側に巣くう虚ろを飼いならしてきた。
 それは諦念に似て、残酷なまでの現実を伝えてくる。
 これがおまえの生きる世界なのだと。
 冷えた思考と奈落の如き虚無が囁きかけてくるまま、誠二は意識を手放した。

 目覚めたとき、目の前に蒼天が広がっていたが誠二は何の感慨も懐かなかった。ただ痛みを訴えてくる体を持て余していた。
 なんとかして起き上がった誠二は教室に戻らず、そのまま学校を抜け出した。
 このときの記憶は曖昧で、人混みの中を歩いたように思える。誰かに胡乱な視線を向けられたような気がするが定かではない。誠二は午後の日差しが薄暗闇に変じるまで、ただひたすら歩き続けた。
 無軌道に思えた両足が向かう先に自分の家が有ると意識したとき、誠二の目はあるものを捉えていた。
 名も知らぬ一軒の家屋に、柔らかな室内灯の光が眩しかった。誠二が注視していたのはカーテンに浮かぶ住人の人影だ。住人と思しき彼らの歓談と笑い声が絶えなかった。
 何かが胸をよぎるまで、誠二はその光景をぼんやりと眺めていた。どれほどの間そこに佇んでいたかは判らないが、ようやく歩き出すことができた。
 唐突に思い起こされる午後の青空。体の痛み。男子生徒たちの顔。そして――あの言葉。
 記憶を振り払いながら歩を進める誠二は己に言い聞かせた。
 大丈夫、と。また明日からかつての自分に戻れる。口をつぐみ、心に重石を付けて沈める。むしろ明日からではなく、今から出来るはずだ。これまでずっとそうしてきたのだから、と。
 誠二は内側を鎧おうとしたが、果たせなかった。
 そうするたびに虚しさが去来しては耳元に囁く。

 ――お前はお前の世界を知っている。
 ――此処はお前の存在を許さない。
 ――居場所など無い。
 ――お前はひとりだ。

 誠二は泣いた。こらえきれず涙を流した。
 祖父母が生きていたとき、誠二は一度だけ祖母の膝に顔を埋めて静かに泣いたことがある。背中をさする祖母の隣にはいつも祖父がいた。二人は苦しみに身を苛まれながらも、いつも誠二を気遣い、無言で寄り添っていた。二人の優しさが心に鍵を掛けてなお誠二の奥底に根付いたからこそ己を保つことができた。
 だが――もう祖父母はいない。この胸の奥に吹きすさぶ風は酷く乾いていた
 誠二は自分が孤独であることを思い知らされた。
 
 待つ者も居ない家にたどり着いたとき、誠二は眠りを欲した。その時だけは全てを忘れることができたからだ。
 今の自分に睡眠がもたらす忘却に没することができるかは怪しい。だがこの考えもかぶりを振って消した。
 何もかもが煩わしい。誠二が戸口に手をかけようとしたときだった。
 低く唸るような音を耳朶が拾い、不審に思った誠二は辺りを見渡した。蜂の羽音を思わせる低音は家の裏手から聞こえてきた。
 不思議なことに先ほどの諦念は煙のように消え、誠二は導かれるように自宅の裏へ廻ってみた。
 そこは椿の木が生えている猫の額ほどの広さを有した裏庭だ。耳を澄ませば音の出処は木の根元と判る。近づいてみると羽音は止み、苦しげな吐息に代わった。誠二は恐る恐る木の裏側を覗いてみると瞠目した。根元に倒れていたのは女で、体中に大小様々な傷を負っていた。だが真に驚いたのは女の姿だった。
 輪郭こそ人のそれ。しかし背や頭には昆虫の触覚と羽根。そして彼女は――蜂の腹部を有していた。



「僕は怪我をしていた君を運んで、傷の手当てをした」
 セリアの腰を抱いたまま、セイジはベッドに座っていた。頭をセイジの右肩に添えて、体重を預ける彼女の目元が赤いのは球体の放つ光輝のせいばかりではない。
「気を失っていたのかと思った僕が顔を近づけると、突然セリアは目を開けて掴みかかってきた」
「私は――何を言ってた?」
 記憶が抜け落ちているのか、得心しているのか。セリアの声は内容を催促しながらも、どこか硬かった。セイジは無意識に頷いて答えた。
「私に触るな――そう答えたよ。その後セリアは意識を失った」
 目を瞑ったままセリアは微かに身じろぎした。セイジは慮って黙していたが彼女が口火を切った。
「前に話したことがあったな。私たちが何なのか、何処から来たのか」
 セイジは首肯した。

  其処には同じように人が生きていた。決定的に違うのは科学ではなく、御伽噺の中にのみ語られる『魔術』が根付いていること。そして一方の世界が排除しようとした迷信や古き習慣、伝説や神話の住人たちが人を求め、伴侶として共に生きる場所でもある。
 その住人達を、人は『魔物』と呼んでいる。

「人間が異性を求めるのと同じように、私たち魔物も人間の男を求める。母様と父様が愛し合って産まれた私だ」
 ホーネットに限らず魔物は本能から来る衝動で男を襲う。そこに含まれる動機は種族と個体により様々だがその根幹には好いた男と愛し合い、子を成すという点に帰結する。
「私が産まれた群れでは、女王蜂と夫である雄蜂の子供はある程度にまで成長したら、数人のホーネットを連れて新しい群れの女王にならなければいけない」
 その話はセイジも以前から知っている。故に相槌を打ちながらも話の腰を折ったりはしなかった。
「私はレティやカミラ達と共に新しい巣を造って、そこを拠点にして群れの規模を大きくしようとした」
 全てが開始の段階であり、こなさねばならないことは多々あったが、最大の目的である人間の男の確保が急務であった。
 彼女達の妊娠率は決して高くない。異なる種族が夫であればなおのこと。それでも男を求めることは彼女たちの全てであり、番になった雌と雄に子供が産まれれば結果として群れは大きくなる。
「最初は群れも巣も小さかった。でも雄蜂や夫がいる仲間のおかげで子供ができて、皆は喜んでいた。私も嬉しくて、羨ましかった。でも――」
 セリアは沈痛な面持ちで声を切った。
「あの日、全てが変わってしまった・・・奴らが来たときから」
 再び語り始めるセリアの表情は白々としており、計り知れない哀しみを窺わせる。
「奴らは闇に紛れて巣に襲い掛かってきた。不意を衝かれた私たちはどうすることもできず、必死になって抵抗するしかなかった。私も仲間たちと一緒に戦ったが、結局その場で捕まってしまった」
 此処ではなく、過去を視ているセリアの横顔は凄絶なまでに美しい。妻にそんな顔をさてしまっているのに、セイジには止めることができなかった。
 だが――そう思う反面、セイジはセリアが胸の内を吐き出してしまわねばならないと考えていた。そうしなければ彼女は壊れてしまうかもしれない。
「そこで見てしまった。『教団』の――いや、人間の貌を」

 その世界に住む人々は主神という神を崇め、主神の説く教えに沿って生きている。
 善良たれ。高潔たれ。主神が唱え、人が信じてきた善き面を実践して広めてきた人々は一つにまとまり、その集合体は自らを教団と名乗り、強大な組織力を擁するまでに到った。政事、文化、歴史といった分野にまで影響力を及ぼすほど。

「私を見ながら人間の男が言ったんだ。『汚らわしい』と」
 それだけならばセリアもさして動じなかっただろう。しかし、その後に別の男が続いた。
 ――忌々しい奴らめ。
 ――消えてしまえ。
 ――いっそこの場で・・・
 男たちの目は一様に憎しみや怒りで滾っていた。そこへ別の兵士が現れたとき、こんどこそセリアは凍りついた。
 兵士が握っていた長剣の刀身が赤く濡れていた。その意味する所を悟り、セリアは自分の中で何かが崩れ去るのを感じた。
 セリアは人間が主神の教えに沿って生きているのを知っている。汝の隣人を愛せよ。これもまた教えであり、人の善性である。だがその隣人に、人ならざるもの者達は含まれていなかった。
 悪徳の徒にして不浄の存在。愛する隣人を堕落させる魔物を排除すべし。その結果をセリアはまざまざと直視してしまった。
 兵士は隊長と思しき男に何事かを耳打ちし、去っていく。受け継いだ男しばし考え込んだ末に歩み寄って、セリアの前に佇立する。男は何も言わなかった。その眼にいかなる感情の片鱗も宿らせていなかった。ゆっくりと指が剣の柄に伸びていき、鞘鳴りと共に白刃を構える。
 セリアはどうしてと呟いた。
 自身に対してか、男に向けてか。如何なる理由がその一言を紡いだのか解らない。
 男の反応は明瞭だった。顔を嘲笑に歪め、切っ先と天を結んでいく男の唇が動いている。
「――――――――」
 何故か耳は、内容を単なる音としてか聴き取らなかった。だが、セリアは男が口走った言葉を理解してしまった。

 ――お前たちが魔物だからだ。

 冷たい刃が振りかぶられ、断頭台の如く落ちてくる。



「仲間達が駆けつけてくれたおかげで、私は死ななかった」
 セイジの胸に抱かれたセリアは今にも消えてしまいそうだった。
 いったいどれほどの間語り続けていただろうか。一瞬か、永遠にも等しい時間が過ぎていたのかもしれないが、セリアの過去はいまだ終わりを見せない。
「皆が身を挺して私を護り、動くことができない私を外へ連れ出し、逃げるように言った。私は――そうするしかなかった。その直後にこの世界へ飛ばされてしまったんだ」
 セリアが言うには巣に攻め入った部隊とは別の部隊が潜んでおり、その部隊がセリアを転移させたらしい。
 転移の魔術は術者を、もしくは対象となる人物や物体を遠く離れた別の場所へと送り込むことができるが、扱いが難しい。理由は対象を狙った所に転移させるにはその場所のイメージが必要になり、術者の知らない場所に人や物を送り込むには危険が伴うからだ。
 事態の急変を察知した別働隊は精度を度外視した転移魔術を行使したらしく、味方諸共その周囲の人物や物体を移動させたようだ。
セリアは何処とも知れぬ場所へ飛ばされる運命にあった。だが、転移したのは幸運か偶然か、セイジの自宅近辺であった。
「一人生き残った私はお前に救われた。皆を残して・・・」
「それは違うよ。セリアも皆も生きていたからこそ、こっちへ来れたんじゃないか」
 女王はその身からフェロモンを放っており、たとえ次元の違う世界であっても手段さえあればホーネット達は正確に主の後を追ってくることができる。ホーネット達は、そうやってセリアのフェロモンを辿ってこの世界にやって来たのだ。
「でも、仲間は少なくなってしまった。特に夫や子供を持つ者たちはもう・・・」
 その先に続く言葉を思うと、セイジは腕に力を込めざるを得なかった。
「巣から逃げるとき、私は・・・何も考えられなかった。仲間のことも、何もかもが頭の中から消えていた・・・怖かったんだ・・・」
 セリアがばらばらになってしまわぬように抱いていると、セイジは愕然とする。セリアを――妻をこれほどまでに小さいと感じたことは無い。
「私も、父様と母様がそうしたように・・・人の男を愛し、交わって、子を産むんだと、そう思っていた・・・でも、あのとき・・・私は、人間が恐ろしかった」
「・・・今もかい?」
 セイジは妻が恐怖を感じたことにたまらない寂寥感と悲哀を懐いてしまう。それを察してか、セリアは儚げに笑った。いたたまれない思いで、セイジは先んじた。
「動けない君の世話をしていたとき、君は僕を寄せ付けないようにしていた。何があったのかは分からないけど、君を見捨てることなんてできなかった」
 かつてのセリアは触れるものを切り裂かんとする刃のように荒んでいた。その姿にセイジは直感した。セリアが大切な人を失って、打ちのめされたことに。
「セイジがそういう男だから、私は以前の自分に戻れたんだ」
 どんなに威嚇しようとも、セイジはセリアから離れなかった。外に出ることも登校することも止めて看護に明け暮れ、やがてセリアの傷は癒えた。その頃ではないか。セリアがセイジに心を許したのは。
「初めて僕の名前を呼んでくれたときも、短い間だけど二人で一緒に生活したときも、すごく楽しくて、嬉しかったんだ」 
「そして私たちは、お互いを捧げあった」
 全てを語らずとも二人は理解していた。お互いがそれぞれの世界から弾かれた寄る辺の無い生命なのだと。そんな男と女が結ばれるのは運命だったのかもしれない。二人は毎日のように求めあった。精根尽き果てるまで貪っては眠り、起きては肉のうずきのままに交じり合う。そんな日々を過ごしていたある日のことだった。
 セイジが食料の買出しに赴いたとき、偶然同じクラスの生徒と出くわした。久々の再会を祝ってと殴打してくる彼らからセイジを助けたのはセリアだった。喧嘩沙汰と勘違いしたのか、誰かが警察に通報するのを見咎めて、セリアとセイジはその場から逃走した。
「セイジ・・・お前は、本当に優しい。そんなお前を夫にしたことを、私は後悔していない。けれど今日のようなことがまた起これば、お前に辛い思いをさせてしまうのは私だ」
 セリアは再び沈んでいく。
「私の肌は温もりを知ってしまった。お前と繋がることに幸せを憶えてしまった。もし、もしお前がいなくなってしまったら・・・耐えられない」
 それはどこか、慙愧の念に似ていた。
「恨んでくれていい。罵ってくれてもいい。でも・・・でも、私を――」
「君を独りになんかしない」
 息を呑むセリアにセイジは静かに胸の内を吐露する。彼女が言うはずだった言葉を、彼女に語らせまいとするために。
「僕はセリアに出逢えたおかげで笑うことができた。セリアが負い目に思うことなんて何一つ無いんだ。なのに―――」
 魔物が人を求めるのは、ただ愛するが故に。
「君は誰かと一緒にいたいと思っただけなのに、それすら許してくれないのか・・・!」
 セイジの怒りはセリアではなく彼女が居た世界と、自身が身を置いていた世界に向けられたものだ。

『理由なんかねえよ、バァカ』

『お前たちが魔物だからだ』

『おまえら何やってる!? こいつらは化け物だ!! おれたちを食い殺す気だっ!!』

 セリアとの出逢いで、セイジは居場所を見出すことができた。たとえどんなに苦しくとも彼女とならば生きていける。だというのに周囲は放っておいてくれなかった。
 帰る場所を失ったセイジの胸に、久しく虚ろな影がちらついた。
 彼女が傍にいるだけで、セイジはかつての自分を苦しめた拒絶や暴力に打ち勝つことができる。だがそんな決意を許さず、世界は再び二人を排除しようとした。人々にとってセリアは間違いなく異形にして異物であったろう。いずれにしても彼女は怪物として抹殺されてしまうのは火を見るより明らかだ。
 どんな理由があろうともセリアを奪われるなど今のセイジには許せない。肌を合わせ、心を通わせたからこそ、セイジはセリアが血に飢えた魔性でないと断言できる。世界の相違に関わらず、確たる理も無く相対した対象を排斥しようとする人間。その姿を見るたびに揺らめく虚無の正体が失望だと理解したとき、セイジは決心した。
 かつて妻が語った魔物の本質。それには始まりがあった。
 主神に反逆し、魔物たちを今の姿に変えた存在――『魔王』。大母たる彼女が夢見た理想郷を現出させることこそが、セイジとセリアの夢だ。
 この選択は人の世に背を向けることと同意義だが、セイジに迷いはなかった。むしろ今日のようにセリアに一抹の不安を与えてしまうことを厭うべきであった。
「セリア、君は言ってたよね。僕に笑っていて欲しいって」
 セイジの眼差しを真っ向から受けたセリアは頷く
「私はお前が笑っていないと・・・笑うことができない」
「僕もだ。君が笑っていないと、心の底から笑えない。でも、僕は今日、君を不安にさせてしまった。笑うことができたはずの君を悲しませてしまった」
 交接室でセリアが見たセイジの顔は、木原誠二というヒトの残滓。その欠片が妻を哀しませてしまうならば――
「僕は、僕を捨てよう。今度こそ君に全てを捧げて、新しい世界に生きる」
「セイジ――」
「君無しなんて考えられない。だって君は――」
 この言葉を奥底から告げるのに、どれだけ時間を必要としたことか。
「僕の愛する人なんだから」
「セイジ――」
 告げられたセリアの瞳から流れ落ちる涙。負の感情から最も遠いものが募ったときに零れる清きそれは、優しい輝きを放って頬を濡らした。
「私も、セイジ――お前を愛している」
 二人はこの日、ようやく口づけあうことができた。



 セリアの唇の柔らかさは、セイジの胸の奥を振るわせた。ただ触れ合っているだけでこれほどの安心感と多幸感が得られるものなのか。
「はふう・・・」
 セリアが感じ入ったように吐息を洩らすと、二人は名残惜しくも離れた。視線を交わすだけで互いが何を欲しているのか手に取るように分かる。
 セイジは腰巻を解いた。すでに肉棒は勃起しており、それを見たセリアは微かに恥じらいながらも艶じみた笑みを浮かべつつ、着衣を脱ぎ捨てていく。
 寝室に衣擦れの音がかそけく響き、止んだときにはセリアは全てをさらけ出していた。
 引き締まっていながらも母性の象徴たる乳房は張り出しており、腰は見事にくびれていた。幾度も心に刻んだセリアの裸体はすばらしかったが、完璧ではない。今の彼女が不完全たらしめる要素を排したとき、その肉体は真の光輝きを発する。
 セリアは少し離れた場所に豊かな尻を下ろして、肢をゆったりと広げる。
これより始まるのはセリアが真にセリアになるための神聖なる儀式。二人の視線が絡み合ったとき、全てが始まった。
「うっ・・・うう・・・・はあ、はあ・・・!」
 頭髪の隙間から触覚がゆっくりと伸び、すでに露出していた四枚の羽は最大になって拡がっている。細かく震える様は主が感じている快楽のほどを窺がわせる。
「は・・・あ・・・うう、あっあっ・・・はうっ!!」
 四肢をもぞもぞと動かすセリアの目が大きく見開かれたそのとき、粘つくような音がセイジの耳に届く。
「あああっあー、あんああっセ、セイジ! あああんっ!」
 それがセリアの意思なのか、はたまたホーネットという種が持つ特性の代償なのか。ゆっくりとせり出てくる黄と黒に彩られた蜂の腹部。その伸長にセリアは苦しげに、しかし愛する者が見守っているという最大の安心と喜びを快感に変えながら、歓喜を謳う。
「ああああっセイジぃ、セイジぃっ、見てぇっ!わたしをおっ、見てえーーーー!!!!」
 中程まで出かけた腹部は最後の瞬間、勢いよく残りの部分をひりだした。
「あああああああっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
 セリアの姫貝が激しく潮を吹き、その飛沫をセイジは浴びた。
 泡の光を受けて輝く愛液はきらきらと輝き、喩え様の無いほどの美しさを見せた。愛液は顔に、胸に、肉棒に、唇にまで到達しセイジはそれを確かに嚥下した。
「はああああ〜〜〜〜んんっはあっはあっ、セイジぃぃ・・・・」
 絶頂の波間を漂うセリアを優しく抱き起こし、セイジは優しく微笑んだ。セリアは泣き笑いのような表情を返した。
「セイジ・・・私、イってしまった・・・」
「凄く綺麗だよ、セリア」
 汗に濡れ、唇を舌で舐めながらエクスタシーの余韻に浸るセリアからは、神々しささえ感じられた。今彼女は、本来あるべき姿を完全に取り戻した。
「セイジ・・・」
 セイジをベッドに押し倒したときのセリアの腕には、アクメの直後とは思えぬ力が込められていた。のしかかって来る妻にさしたる反抗もせず、牡槍を握り締めるセリアを見上げた。
「繋がろう、セリア・・・」
「セイジ・・・」
 頷いてじれったそうに腰の位置を調節するセリア。いよいよ挿入を果し、めくるめく悦楽に酔いしれようと二人は―――
 ズブッ・・・
「あああああああああああ!!!!」
 セリアの針が打ち込まれ、セイジは絶叫した。
 その淫毒は愛する夫が最高の快楽を味わえるよう、セリアが濃度と適量を見極めた末に生まれた至高のカクテルで、効果はすぐに表れた。肉棒は石から鉄の硬度に変わり、表面には血管が浮き上がる。エラが開ききり、先端の割れ目からは大量の先走りが漏れ出し幹を濡らす。睾丸が精子を次々と増産し、肉袋は今にもはち切れそうだ。雄のシンボルは生殖器の機能を果たしたいと懇願するように脈動している。
「ああセイジ・・・今、いくからな・・・」
 セイジの様子を悦ぶと同時に、セリアは我慢の限界をとうに超えていた。彼女は夫と同じくらい無くては生きていけない肉の槍を、こんどこそ濡れそぼった女陰に咥え込んだ。
「ひいああああああっっっっ!!!!!!」
 膣壁を覆う肉粒を擦られ、亀頭が子宮口を叩いた刹那、セリアの全身を甘美な衝撃が電流の如く貫く。強烈なエクスタシーに翻弄されるセリアは急激に淫壷を締め、たまらずセイジは濃縮された精液を解き放つ。
「あっあっで、でてるぅ! セイジのせーしでて、い、イっくうううーーー!!!!」
 性器の結合と吐精の熱さを感じ、短期間の内に二度も登りつめるセリアにセイジは見惚れていた。妻は、魔物はこんなにも美しい生き物なのか。
「んんっはあああああうううっ・・・す、すごいい・・・入れただけで、ああああんっ!」
 セイジは肉棒を突き込んだ。不自由な体勢ではあるがセリアを悦ばせてあげたかった。セリアも負けじと腰を前後に、あるいは臼のように廻して夫に応える。人間の女なら壊れてしまいそうな快感の奔流は、魔物にとっては天上の福音も同然。極上の肉体を持つ女王蜂と、絶大な精力を持った雄鉢は甘く激しい交接にひたすら没頭していく。
「あっあっあっああああん、セイジ、セイジぃ! 私、私感じてしま、んんんん!!!」
「セリア! セリア!! セリアぁ!!」
 寝室を漂う球体の光を受けてと浮かび上がるのは、騎乗位で交わる二つの影。もし第三者がいればしなやかな体躯のラインも、豊かなバストの頂点で勃起する乳首もはっきりと目に映すだろう。魔物のセックスは影すら淫靡であった。
 姫穴が収縮し蠢きながら勃起を舐めしゃぶるのがセイジには解った。三度セリアが飛翔するときが来たのだ。
「ああっセイジ! また、また! ひ、イってしまう! お前も、一緒に! 一緒にぃ!」
「うああああっ!!」
 野の獣すらたじろぐ程の唸りを上げて、セイジは肉壷を突く。一方、セリアも腰を上下する。肉槍が抜けそうになるまで尻を上げ、下ろしては子宮口にぶつける。二人の動きは完全にシンクロし、絶頂までの最終工程を駆け上がる。そして――
「あっあああっ!? セイジぃ! イくっイくっ! いくうーーーーーー!!!!!!」
「セリアぁ!! セリアぁぁぁぁ!!!!」
 セイジは愛する妻に濃厚な精を捧げた。甘美な悦楽に身悶えるセリア。
「ンああああああああっ!!!!!!!!!」
 放出は長く、数秒ではおさまらない。何もかも出し尽くし、吸い尽くした末に快美感は消えてしまうだろう。しかし、ベッドの上で睦み会う二人は魔物とその伴侶。この程度で満足などしない。その証拠に肉棒は硬度を失わず、咥え込む肉薔薇は再び蠕動しだした。
「はあ〜はあ〜セイジ、お願いだ・・・また、して欲しい・・・」
「んん・・・もちろん・・・」
 震える声に、セイジは応える。牡槍がいきり立つのを止めるまで、精根尽きて眠りの底に沈むまで、まぐわいは続く。



 荒い息を吐きながら情事後のけだるさに浸るセイジとセリアは、十五回ほど射精した末に小休止することになった。体躯は汗で濡れ光り、結合部の肉棒は硬いままセリアの胎内に入ったままだ。セイジはぼんやりとその感触を楽しみながら、右手でセリアの尻たぶをまさぐる。
「ん・・・どうしたんだ・・・お尻ばかり触って?」
「うん・・・久しぶりに外に出たとき、君に助けられたことを思い出していて・・・」
 いぶかしむセリアにセイジは続ける。
「あのときも下着、穿いてなかったよね? お尻丸出しにして恥ずかしくなかった?」
「・・・何を言い出すかと思ったら」
 呆れながらうっすらと艶を滲ませながら、セリアは微笑む。
「お前が危険な目に遭っているのに、恥ずかしいなどと言っていられるか。それに奴らに見せたつもりは無い」
「じゃあ、僕に見られても・・・?」
「問題ない」
 言い切るセリアに二の句を告げられずセイジは口を開けてしまう。
 体こそ重ねたが、まさか当時のセリアがあのような行動に出るとは思いもしなかった。ましてや二人の関係を露とも知らぬ男子生徒たちは絶句して当然だ。突如現れた女がやおらスカートを巻くり上げ、形の良いハート型の尻を向けてくるとあってはなおさらだ。驚愕しながら淫毒に身を焼かれる彼らの姿と、呆気にとられた自分の顔を忘れることはできないだろう。
「そんなに私のお尻が魅力的か?」
 セリアが目を覗き込んでくるが、セイジは答えあぐねていた。そうこうしている内に彼女に唇を奪われてしまう。舌を絡め、擦りあい、唾液を交換し合っていると不意にセリアが囁きかけてくる。
「このお尻はいずれ捧げようと思っている。それだけじゃない。胸も子宮も、何もかもがお前のものだ。セイジが自分を捧げたように、私の全てがセイジのために有るんだ」
「セリア―――」
 セイジは愛しい女に口づける。柔らかな感触は頭の芯を痺れさせる。
「んん〜、は・・・セイジは背が伸びたな」
「少しずつだけどね・・・・」
 セイジの体躯は女子と比べても小柄だった。雄鉢になった影響か、徐々に背丈や体格に変化が見られ、日々逞しくなっている。それが嬉しいのかセリアは笑い、その後すぐに夫を見つめてくる。
「セイジ・・・」
「何だい・・・?」
「私はお前の子供が欲しい」
「僕もだよ」
 二人は頷き合って、ゆるゆると腰を動かしていく。最初は優しく揺するように、次第に本能の赴くままに激しく打ち付けあう。
「あんっ! あんっ! セイジ、セイジぃ! 私を孕ませてくれ!!」
 セイジは妻の愛願に対して肉体で奉仕する。その間にセイジは新たな決心をしていた。
 これからは過去ではなく、未来を見ることができる。セリアが全身全霊をもってセイジを愛するならば、己もまた妻に応えねばならない。
やがて生まれ出てくる結晶は母がそうしたようにヒトの男を求め、旅立っていくだろう。そうして連鎖はくり返され、その果てにセイジとセリアは新しい世界を見ることができる。そのために――
「あっあっ!? セイジっ! またイくっ!!」
「僕も・・・! 出るよ!!」
 幾度となく求め合おう、彼女の胎に新しい命が宿るまで。彼女達が蜂起するその日まで。


















そして歳月は流れ――



「ああ〜〜〜!! セイジぃぃ〜〜〜!!!」
勃起を甘く搾る肉の華に、セイジはありったけの精液を注ぎこむ。一発一発が最後になるほどの量を射精してなお生殖器が萎えないのは、ひとえに雄蜂の持つ強壮たる精力と妻の淫毒の相乗によるものだ。
「んああああっ〜〜〜もう一度、セイジ、もう一度・・・」
「もちろん・・・何回だって出せるよ・・・」
 くり返された交接に飽きが来ないのは、お互いの温もりがたまらなく愛おしいが故に。再度律動を始めようとしたとき、セイジはふと扉の方に目を停めた。
 僅かだが扉が開いている。そこから放たれているのは何者かの気配と、興奮した息づかいに負けないぐらいの熱い視線。セイジは苦笑して呼びかける。
「アリサ。いるんだろ? 出ておいで」
 返答は無し。しかし、一瞬の間を置いて戸を押し開いて現れたのは、妻の面影を残したホーネットの幼子であった。
「えへへ。父様と母様がエッチしてるとこ見ちゃった〜」
 アリサは嬉しげに頬を染めているが、原因が両親のセックスにあるのは明白だ。
「すごーく激しくて、アリサお股がムズムズしちゃう」
 興奮を隠せないわが子に、セリアの桃色に霞む瞳は瞬時に母のものになった。
「今日は『狩り』に行く日だろう? レティ達が待っているぞ。早く行ってあげなさい」
「は〜い」
 後ろ髪引かれる思いか、アリサの足取りは名残惜しそうだ。部屋の入り口で回れ右をしてベッドの二人に少女は語る。
「母様が父様をゲットしたみたいに、アリサも男の人をゲットしちゃうんだから!! それでそれで・・・きゃっ♪」
 うふふと笑いながら去っていく愛娘に、セイジは苦笑を禁じえなかった。
「今日こそ見つかるかな。アリサの大切な人は・・・」
「あの子なら大丈夫だ。私に似て、きっといい男を連れてくる」
「それは予感?」
「必然だ。何しろ私とお前の子供だからな」
 微笑みあう二人はどちらともなく結合を解いて並び立ち、一糸纏わぬ姿で手を繋いで部屋の外に出る。
 二人を待っていたのは雄と雌の切羽詰った喘ぎ声だった。
「ひあああ〜〜〜! いい! いいわぁ! あなたぁぁ〜!!」
「うおおおおおお!!」
「あたしを犯して! 犯してぇ!!」
「ううっでるぅ! おおう!!」
「その程度であたいをイかせるつもりかい!? もっと頑張りなよぉ! はおうう!?」
「ま、負けないぞぉ・・ぐう!」
「うう!! もう、出てしまい・・・ああっ!?」
「ほらほらほらぁ! 私を満足させないとイかせてあげないよ!」
 個室から漏れ出れくるのは伴侶を得たホーネット達の嬌声。男は皆、例外なく雄蜂だ。
空室が目立った巣全体は、今や最高潮を迎えていた。
 セリアが絶望視していたかつての仲間の生存が確認され、彼女たちは遅ればせながら女王の下に馳せ参じた。そのほとんどが男を持たない女たちだが、噂を聞きつけた他の群れのホーネットがこの世界にやって来た。
 彼女達は男を求め方々に散り、同時に人間の女達をホーネットへと変貌させていった。それがこの世界の終わりにして、始まりであった。
 地球全土に拡がって行ったホーネット達、あるいはかつて人間であった女達は瞬く間に男を捕らえ、彼らを雄蜂へと変えては交接し、子供を産み落としていった。その子供達もまた母に倣い、群れを成していった。
 各地にホーネットの巨大な巣が形勢され、そこを拠点に魔物たちは増え続けている。意外なことに彼女達を受け入れる者達が少なくないという事実がある。セイジ自身ここ数年でそういった人間たちを何人も見てきただけに嬉しかった。今やセイジは女王蜂を支えるにふさわし存在となった。有事の際や女王の不在で頭角を表してきたが、最近はそういった事態は減ってきたおかげで、二人は暇があればセックスに励んでいる。
「皆、楽しそうだな」
 同意するセイジは妻の手を引いて巣の中を巡り歩いていく。嬌声のハーモニーを背に受ける二人が向かった先は巣の外だった。
 日没に吹き付ける風は決して穏やかではないが、温かくも心地よい。
 この世界はセリアとセイジが望んだ姿になりつつある。問題が無いわけではないがあせる必要はない。セリアとセイジは一つの役目を果たしたからだ。娘のアリサは魔物の本能に従って伴侶を得て子を産むだろう。いずれにしても新世界が開かれるのはそう先のことでないようにセイジには思える。
「セリア」
 落日の光景を見守る妻に、セイジは問うた。
「君は幸せかい?」
「もちろんだ。お前は?」
「セリアと同じだよ。幸せだ」
 微笑して抱き合い、見詰め合う二人の瞳は茜色の光を受けて輝いている。
「愛してる、僕のセリア」
 繰り返し紡いできた言葉を、再び捧げよう。
「愛してる、私のセイジ」
 沈み行くこの世界が、結晶する世界へと変わっていくのを夢見ながら。
11/12/27 22:08更新 / アーカム
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■作者メッセージ
 蜂に似た生態を持つ女性人型異星人と地球人の少年が出逢い、最終的に少年が異星人の同胞に変貌するというストーリーの漫画と、魔物娘図鑑のホーネットが結びついてできたのが始まりでした。漫画のタイトルも作者も忘れてしまいましたが、ホーネットを見ているうちにストーリーのあらましだけは思い出すことができました。本当にありがとうございます。

最後になりますが、長くて読みづらいうえに、嫌な場面がある本作を最後まで読んでくれたあなたに最大の感謝を。

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