連載小説
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夢見る世界
 セイジとセリアは寄り添うように巣の中を巡り歩いていた。ホーネット達の様子や巣の状態を、一日の終わりの際に見て回るのが二人の日課であった。すでに夜の帳が下りて薄墨のような闇に没していたが、巣の内部は明るかった。
 下層にほど近いフロアで二人は赤い燐光を放つ泡を眼にすると、足を止めてしばし見入っていた。泡の内部でほの赤く光る燐光は、揺らめきながら辺りを淡く照らしている。
「あの色はレティだな」
 セリアの言葉に無言で頷くセイジは他の球体に視線を移した。
 赤だけでなく、青や黄、緑や桜色の光を発して漂う泡の群れ。お伽の国を思わせる光景が広がっていたが、微かに響く甘い声を耳にして、二人は声の出処に歩を進めた。
 歩いていくと小柄な影を見つけたが、セリアもセイジも声をかけることはしなかった。
「あ、うっ、んん・・・」
 凝視すると影は二つ。一方は壁に背を預け、もう一方は相方の足元に屈み込み、見上げている格好だ。足元の人影が何事かをする度に、壁側の人影は体を震わせ、ときにうねらせながら鼻を鳴らす。
 セイジの目は辺りのほの暗さに惑わされることはなかった。どうやらレティシアの秘部をホーネットが指で柔らかくいじっているようだ。そうするとレティシアの体に甘美な震えが奔っていく。
「レティ、沢山出てきたよ・・・」
「は、はいぃアマリアさ、ああ・・・ん、あっ」
 アマリアと呼ばれた女がそう囁く。彼女の両の掌すべてが愛液に濡れていたが、おもむろに傍らの泡に手を伸ばす。
 不思議なことにアマリアの両手はしっかりと球体を掴んでいた。
 ホーネットの愛液は泡に対して干渉する。アマリアがレティシアを促し、彼女は腹部の針を泡に差し込んでいく。食い込むと同時に、ごく少量の淫毒が勢いよく噴出する。
「んん・・・」
 散っていくと思われた飛沫は泡の中心に集まり、徐々に赤い輝きを発していく。
 泡の正体は女王蜂のフェロモンから抽出されたもので、淫毒と反応することで光を放つ。針を抜く頃には無灯の球体は赤々と周囲の暗がりを照らしていた。
「レティ、アマリア、二人ともご苦労だったな」
 終わるのを見計らって声を発するセリアに、二人のホーネットはたたずまいを直す。
「もう十分だから下に行くといい。早くしないと男どもがへばってしまうぞ」
「ありがとうございます。レティ、行こうか」
「はい・・・セリア様、セイジ様、失礼します」
 顔を赤らめるレティシアと澄ました表情で去っていくアマリアの後姿。その途端、何かに気づいたセリアはセイジへと向き直る。
「そういえばローナとニーはどうしているのだろう? まだ顔を見ていないが・・・」
「たぶん部屋だよ。僕が起きたとき部屋にいたはずだ」
「呼びに行ってやらねばな。下はその後だ」
 セイジには二人が居る場所に心当たりがあった。今朝、自分が目を覚ましたきっかけは他ならぬ当人たちの声なのだから。二人のホーネットはセイジとセリアが寝起きする部屋の近くに居る。
「セイジ、どうした?」
 セリアが顔を覗き込んでくる。セイジは我知らず申し訳なさそうな表情になっていたことに気がついて、胸の内をさらした。
「ごめん・・・僕はセリアみたいに羽が無いから、君に手間をかけさせてしまう。それに、レティ達が下の部屋に居るのに君はまだ元の姿に戻っていない・・・」
 セイジは眉を曇らせた。ホーネットは人と変わらない姿に擬態することが出来る。本来、外に露出しているはずの器官を体の内部に納めることは、彼女たちにとってストレスでしかない。加えて、腹部に溜めた淫毒の影響でホーネット達は常に軽い発情に陥っている。これがストレスと重なれば、その状態は男であるセイジには想像が付かない。そんな彼女を連れ歩くことに心苦しさを感じていた。だが、当のセリアは「なんだ、そんなことか」といいつつ腕を絡めてくる。
「さっきも言ったろ? 私は元に戻るのも楽しみなんだ」
「でも・・・」
「セイジ」
 頬に手を当ててくるセリア。その感触は優しく、柔らかかった。
「お前が私の体を心配してくれるのは本当に嬉しい。だけど、そのせいでお前にそんな顔をさせてしまったのなら、私はどうすればいい?」
「セリア・・・」
「私はお前と一緒にいるときが一番幸せだ。ベッドの上もそうだが、こうして傍にいるだけでも嬉しい。セイジはどうだ?」
 その問いにセイジは偽りない心情を告げた。
「もちろん、セリアと同じだよ」
 答えにセリアは安心したのか、セイジの首っ玉に噛り付いてくるように腕を廻す。
「それならいいんだ。お前には笑っていてほしいからな」
 セリアは離れ、セイジの手をとって先導するかのように歩き出す。
「さあ、ローナとニーの部屋に行こう」



 二人の目指す場所――それはセイジ達の部屋がある階層の一つ下にある。そこに向かうにつれて、微かに響き渡る嬌声は徐々に強まっていた。
 やがて目的地に着いたセリアは部屋の扉をノックして、住人に呼びかけてみた。
「ローナ、ニー、二人とも居るだろ?」
 返答は無かった。代わりに返ってきたのは二人分の喘ぎ声とベッドの軋む音。
「入るぞ」
 扉を開けた途端、内部に篭っていた空気が鼻をついてくる。甘くただれる様な性の臭い。そして――
「だめぇ〜〜!!!」
 あられもない声を上げながら絶頂に身を委ねるホーネットが、セイジとセリアの視界に飛び込んでくる。
 脚を抱え上げ、陰裂を合わせる格好で絡まりあう、この部屋の主たち。組み敷いているのがローナ、宙吊りにされたような形で組み敷かれているのがニー。大きく股を開き、壁のひだひだを擦り付けたままローナは快感の余韻に浸っていた。
「んふうう、はあ〜〜」
「ひい、ひい、ローナちゃあん、すごいぃ・・・」
「んん、ニー・・・あんたこそ・・・」
「ねえ、もう一回、いいでしょ・・・?」
「ああ、いいよ・・・」
「――取り込み中すまないが」
 このときようやくセリアとセイジの存在に気づいたのか、彼女たちは桃色の霧が掛かった思考状態から抜け出せないまま話しかけてきた。
「あれ? セリア様とセイジ様・・・どうしてここに居るんですか? たしか『狩り』にいってたんじゃ・・・」
「もう済ませたからこうしてるんだ。それより、急いだほうがいい。他の女達に男どもを取られてしまうぞ?」
「男!!」
ローナの目が判りやすいほどの喜びで一杯になる。そのせいでニーの腰がベッドの上に落ちて彼女は抗議の悲鳴を上げることになるが、ローナはすでに飛び出していた。
「早くしなよニー! 『こっち』に来て初めての男だよ!」
「ローナちゃん・・・私、ちょっと疲れちゃった・・・」
「大丈夫さ! 男は別バラっていうだろ! あたし、先に行ってるよ!」
「あ!? 待ってよローナちゃん!!」
 部屋を抜け出すローナに腰がおぼつかないのか、ニーの後姿はよたよたと少し頼りなかった。あまりの展開の速さに追いつけなかったのか、セリアもセイジもしばし呆然としたまま立ち竦み、ようやくセリアが口を開いた。
「もしかして、ずっと一緒だったのか? あの二人は・・・」
「僕が目を覚ましたのも二人の声が聞こえたときだから、多分そうだよ」
「そうか・・・それにしても――」
 セリアは壁際に据えられたベッドに近づき、敷かれたシーツの端を摘んでみせた。
「よくもここまで溜め込んだものだ」
 セイジが苦笑混じりで頷いた。シーツは二人分の愛液でぐっしょりと濡れていた。
 ホーネットの秘部から分泌されたそれはほとんど無味無臭。人間の女のものとほとんど変わらないが、これこそホーネット達の生活に無くてはならないものだ。
 愛液は少量の淫毒と混ぜ合わせることによって接着剤のような性質を持つようになる。ホーネットの巣はこれを使用して築造されたのだ。
 ローナとニーは前日に愛液を集めるよう命ぜられていた。どうやら二人は労働と愛欲の両方をこなすために一昼夜の間、ベッドの上で睦みあっていたらしい。それだけの時間を同性と過ごしておきながら、なおも男を求める本能はさすが魔物とセイジは妙に感心してしまう。
「・・・懐かしいな」
「? 何がだ?」
「セリアと僕、一緒に巣を造ったときのことだよ」
彼女は「ああ」と得心して頷く。
「おまえとここに落ち着いたとき、私は巣を造ろうと言った・・・」
「僕がどうやって、って訊くとセリアはいきなりスカートを脱いで、『私を気持ちよくしてくれ』って言い出した。あのときは驚いたよ」
 二人は頬をほのかに染め、当時を語り始めた。
 セリアの女王としての最初の仕事は、自分たちの生活の場である巣の建造。まず始めに取り組んだのは簡単に集められる愛液の採取であった。だが、これが良くなかった。
「セリアを気持ちよくしたのはいいけど、我慢がきかなくなった君が僕に襲いかかってきて、淫毒を流し込んできた」
 発情した魔物娘と男。互いに求めあい、貪りあうのは自明だった。結局、二桁回数におよんだところでようやく肉欲は治まったが、肝心の愛液集めは完全に失敗だった。
「し、仕方ないだろ。大事な事だと解っていたが、あそこをセイジにいじられていると思うと、堪らなくなってきたんだ・・・」
「はは・・・まあ、僕もしちゃったわけだし、おあいこだね」
 それからは同じ事をくり返さぬよう心がけ、やってきた。言い終えたとき、セリアとセイジは自然に口を閉ざした。
 不安や悔恨からくるものではない。決して長くはないが、分かち難い時間を共に過ごしてきた二人の間に湧き起こるものがそうさせた。
「もうすぐだな・・・」
「・・・もうすぐだね」
 どちらともなく手を差し出しては繋ぎ、セリアとセイジはその場を後にした。



 巣の最下層の更に下――地下室ともいうべき場所に、『交接室』はあった。
 広さは巣の中でも最大級で、全てのホーネット達を収容しても余りあるスペースを有しているのは、その大部屋が彼女たちの憩いの場にして、最大の関心事を成すための場所であるからだ。
「やってるな・・・」
 セリアの声が辺りから響く嬌声に混じって聞こえてくる。
 足を踏み入れたセリアとセイジを待っていたのは、設えられたベッドの軋みと甘い喘ぎや呻きが重なる大合唱と、牡と雌の激しい交尾の一幕であった。
「あんっ! あんっ! いいっ! いいよ! もっと突き上げてぇ!」
「うう・・・す、すげぇ・・・!」
「ああん! あたしもしたいよぅ! 早く替わってぇ!」
「ほらほらぁ! あたいのアソコはどうだい!? いいのかい!? いいのかい!?」
「も、もう・・・出る・・・ぐうっ!!!!」
「ふふふ、さあ、イきなさい! 何もかも出し尽くすのよ!」
 そこかしこで繰り広げられる大乱交。人数の多いホーネット達に対して男の数は少ない。一人に数人の魔物娘が群がり、汗に濡れ光る体を弾ませている。ある者は口淫で精を啜り、またある者は豊かな双丘でそそり立つ肉根を扱き責めにする。
 男が快楽に翻弄される姿を肴にホーネット同士で妖しい睦事に耽り、男の体が空いた途端、はしたない格好で跨り、犯す。それは男女の交わりというより、女たちの一方的な陵辱に等しい光景であった。
「これならすぐに男たちは『雄蜂』になる。そうすれば・・・」
 近くで男を貪っていたホーネットのアクメ声でかき消され、最後にセリアが何を口走ったのかはセイジには判らない。なにより今のセイジの意識には周囲の音や風景のほとんどが入ってこなかった。
 ベッドはサイズが大きく多数用意されており、上で二、三人が寝ていても余裕がある。その一つ――幾分、奥まった場所に置かれたベッドにセイジは注視した。
 やはりホーネット達が一人の男を組み伏せている形であった。大の字にあお向けの男を騎乗位で犯す女はカミラで、下になっているのは彼女を人質にしたあの男。
 セイジは内で、何かが湧き立つのを感じた。
「それそれそれ・・・おちんちんがピクピクしてきたわ・・・そろそろイクのかしら?」
「うううう、ああ、くうっうううう!」
「ふふっ、出したい? でもダメ。私が時間をかけて可愛がってあげる。ほぉらっ・・・!」
「あああっ!?」
 素早く小刻みに動いていた腰が、ゆっくりと捻るように回されると、悶絶する男の目が一瞬、白目を剥く。
「ひいっひいっ! も、もう止めてくれ! これ以上は――」
「なに言ってるの! まだ十回ぐらいしか射精してないじゃない!」
「そうそう、あたしたちもいるんだから――」
「がんばってねぇ、お兄さんっ」
「おまえは今日から私達を満足させるための『雄蜂』になるのよ! 萎えても淫毒でバキバキにしてあげるわ!」
 緩急をつけたカミラの腰捌きに、男は息も絶え絶えの有様だ。カミラの方も先ほどの意趣返しか、そう易々と男を射精に導くつもりは無いらしい。セイジは彼女が言った『雄蜂』という単語を思い起こしていた。

 長い時を生きるホーネット達は伴侶を求め、人間の男を捕らえ、交じり合う。彼女達に犯され続けた男は、やがて雄蜂と呼ばれる存在に変貌していく。
 雄蜂はその名とは裏腹に外見は人間の男と変わらない。ホーネットの器官を持たない彼らだが、彼女達と長い時間を共用するために寿命は長く、旺盛な性欲を満足させるための驚異的な精力を保持している。
 極限まで高められた男性としての能力と長命――雄蜂とはヒトの側に属しながら魔物に近い性質を併せ持つ、いわば新人類といえる者たちだ。
 この交接室は雄蜂を生み出すため、さらにはホーネットの性欲を解消すると同時に、種としての、女としての命題である生殖を行う空間。彼女達にとって人間や雄蜂は肉の玩具ではなく、種族全体が共有する財産であり、愛しき同胞なのだ。

 セイジは相変わらず、カミラと男から目を離すことができなかった。正確にはベッドで呻く男に。セイジの脳裏にはカミラを捕らえ、目を血走らせながら喚きたてる男の姿が浮かんでいた。
首を絞め、罵倒しながらも顔を恐怖に歪ませる男。その目に狂気に似た光を宿らせながら、口から吐き出された言葉は――
「セイジ」
 己が妻から名を呼ばれ、セイジは我に返った。
男女の獣声が飛び交い、汗や愛液が飛び散る一室。発情したホーネットの甘い体臭と、青臭い精液の匂いが渾然一体となって立ち込めた空間は、長く続く最高潮の只中に在る。
 処女が立ち入れば臭気と雰囲気に中てられ、たちまち妊娠してしまいそうなこの場所で、セイジを沈思黙考から引き上げたのはセリアだ。セイジは無意識に笑顔をこしらえた。
「あ、ああ、そうだね。この調子ならそんなに時間は――」
 セイジは全てを言い終えることができなかった。
 妻の目は真っ直ぐにセイジを見据え、一切の揺らぎが無い。そのせいだろうか、セイジは彼女の心中を読み取ることができなかった。
「セリア? どうしたんだい?」
「・・・」
 周囲の熱気とは逆にセリアの表情は硬かった。呼びかけても答えず、どうすればいいか考えていたセイジの手を、彼女は唐突に引いて歩き出した。
「セリア!?」
 背中に声を掛けるが、やはり応じることなくセリアはセイジの手を掴み、ただれた空気に満たされた交接室から足早に去っていく。



 セイジは歩き続けていた。セリアの手に引かれるままに。
 名を呼んでも彼女は返事もせず、ただひたすら前へ歩を進めていく。ここに到ってセイジはようやく気が付いた。今の彼女は何かに追い立てられ、誰かの言葉に耳を貸せるような余裕など無いのだと。セイジはただ黙ってセリアの後についていくことにした。今はそれが一番なのだと自分に言い聞かせながら。
 セリアは中層を過ぎ、上層へと脚を運んでいく。やがて彼女は巣の最長部――二人が寝起きする部屋へと到達する。扉を開けセイジを先に入れて後に踏み込んだセリアは、背を向けたまま入り口を閉めた。
 部屋は女王蜂とその夫である雄蜂が住むスペースというだけあって、広々としていた。照明のために放ってある泡はすでに灯っており、柔らかな光を辺りに投げかけている。
 セイジは再びセリアに視線を戻してみたが、彼女は扉の前から動いておらず、夫に向き直らぬまま沈黙している。
 セイジは交接室で見たあの表情を思い返し、その上でどうすべきか迷っていた。自分達が今いる部屋はお互いに語り合い、一日の始まりと終わりを迎える場所にして、毎夜に精も根もつきるまで体をぶつけ合う営みの場だ。
 先ほどの空気に触発され、セイジを求めてくるのなら分かる。できれば二人きりで誰にも邪魔されず愛し合いたいというのなら、なおさら理解できる。しかし、先ほどセリアが見せたあの姿が、そうした思考の帰結に否を唱えてくる。
 黙ったままではいけないと考えるセイジだが、話のきっかけが掴めず時ばかりが過ぎていく。それでもと思い立ち、口を開こうとしたが、先んじたのはセリアだった。
 セリアは振り向き、走り寄ってセイジの体を抱きしめてくる。彼女の腕が伝えてくるものは温もりと――微かな震え。
「セイジ――」
 顔を伏せたまま静かにむせび泣くセリアの声は、腕と同じに震えていた。
「私はお前に笑っていてほしいと言った。でも――」
 腕に更なる力がこもる。セイジの体にすがりつくように。
「おまえがあんな――あんな顔をしたら、私は・・・私は、どうすればいい?」
 セイジは以前にも増して、セリアの問いが重く感じられるのを自覚した。
11/12/11 16:33更新 / アーカム
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■作者メッセージ
 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 アーカムはかなり好き勝手にやっています。
 もしよろしければ感想だけでなく、率直な意見などもお聞かせください。
 変わらないこともありますが、次回作に反映させたいと思います。

 次が最終回。少し文章量が多くなるかもしれません。それでは。

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