サルデス軍団長の手記
『私が一団を率いてその地に行く頃にはすでに彼は旗印を丘に突き刺し、私が来るのを待っていた。
「友よ、なぜ泣く?」
私の言葉に男は答えた。
「魔物と分かり合えぬのが悲しいのだ」
「何故分かりあおうとする?」
「魔物もまた神より生まれし生命、我々の仲間だからだ」
友の言葉に私は衝撃を受けた、殺し殺される関係の魔物が、仲間だというのだ。
「魔物は、我々を脅かす」
「ライオンは羊を侵し掠め、脅かすために殺すのか?」
私は終生このことを忘れぬであろう。
その言葉は、私の両の目から、鱗を落とすかのような、衝撃的な言葉だったからだ。
サルデス軍団長メグレズ・エセックスによるビストア・レスカティエの言行録』
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神の加護を受けたとて、普通の人間と同じく血も通っていれば心もある。
辛いことがあれば涙し、嬉しいことがあれば笑う、それが人間というものだ。
ヴァルキリーのミスティアは天界から地上に送られた際に、そんなことは何も知らない幼い少女だった。
人間にとっては長い期間を生きたミスティアだが、ヴァルキリーから見ればまだまだ小娘、外見も成熟しておらず、人間換算では12歳くらいだろう。
そんな幼いヴァルキリーが地上に送られることはほとんどなく、しかも彼女に地上行きを命じたのは主神ではなく大天使メタトロンだった。
さて、首尾よく反魔物領に降臨したは良いが、ミスティアはいきなり教団の過激派に襲われてしまった。
ヴァルキリーとしての力に目をつけた過激派は彼女を魔物用の破壊兵器にするつもりだったのだ。
複数人に彼女は押さえ込まれてしまい、そのまま監禁され、魔物の醜悪さ、教団の正しさを半ば洗脳に近い形で教え込まれた。
精神に異常をきたし、口が利けなくなったそんなヴァルキリーの少女だが、意外な人物に助けられることになる。
当代教皇の補佐官(カメルレンゴ)であった若き神官、マヴロス・ヘルモティクスだった。
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エフェソ、ペルガモン、スミルナの三教会を回り、いよいよ折り返し地点の四つ目の教会である。
馬を進ませながら、エレヴはようやく見えてきた四つ目の教会、サルデス教会を見てホッと一息ついた。
「なんだかんだで、魔物にも会わずによく来れましたね・・・」
「ええ、サルデス教会が終わればあとは三つ、ようやく折り返し地点ですね」
ミストラルと笑い合いながらエレヴはゆっくりと馬を歩ませる。
「ご存知ですか?、サルデスはかのレスカティエの建国者、ビストア・レスカティエの親友、メグレズ・エセックスの出身地です」
ミストラルの言葉に、エレヴはサルデス教会にレスカティエ建国時期の文書があることを思い出した。
「そうでしたか、メグレズ将軍の・・・」
レスカティエの建国者は不思議と教団の人間にもあまり知られてはいない。
エレヴもまた例外ではなく、ビストア・レスカティエという名前を知るのみで、彼がどんな戦いの果てに建国者になったかは知らないでいた。
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「来られましたか、ちょうど本を読み終えたところです」
サルデス教会大司教、ロード枢機卿は資料室で本に目を通していた。
理知的な瞳に、鋭い顔つき、さらには標準サイズのメガネと、大司教と言うよりも学者が似合いそうな外見だ。
「ここサルデスは三千年前、ビストア王の建国時代に関わる手記が数多く残されています」
資料室の奥に二人を案内しながらロードはメガネを押し上げ、説明する。
「後にレスカティエの将軍となったメグレズ・エセックスは右翼的で、反魔物の人物でしたが、のちには魔物を庇うような発言もあります」
「ビストア王との出会いが、何かのきっかけだったのでしょうか?」
エレヴの質問に、ロードは頭を振ってみせた。
「さあ、それは是非自分の目でメグレズ将軍の手記を見て、判断して頂きたいですね」
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『人類の平和のため、教団に従わぬ国と、私は戦い続けていた。
軍団を率いて、私は様々な国と争い、その都度勝利を収めてきた。
サルデスを離れ、アンティノラを抜け、とある山に入った時に、不思議な雰囲気の少年と出会った。
年は私よりも一回り下くらいだろうか、ボサボサの髪に、襤褸のようなものを纏った浮浪者のような姿だったが、瞳には気品があり、生まれは卑しくはないことがわかった。
その少年の後ろから現れた存在を見て、私は剣に手をかけた。
後ろにいたのは、牝のワーウルフだったからだ。
即座に私は勝率を計算する、ワーウルフを斬り、少年を助け出す。
だがワーウルフと私の間に少年が立っている以上直接斬りかかるのは不可能に近い。
ワーウルフはしばらく私と少年を見比べていたが、何事か少年に訳の分からぬ呻き声を囁いた。
すると少年はテクテクと私の所に歩を進め、私の手を握った。
一体何が起こったのかさっぱりわからない、しばらくワーウルフはじっと少年を見ていたが、やがて後ろを向き、いずこかへ去っていった。
軽く嘆息した私は、少年の首に、ドックタグがあるのに気づいた。
「ビストア・レスカティエ」
彼の名前だろうか?
私は狼少年を連れて山を下り、サルデス教会に預けることにした。
狼少年、ビストア・レスカティエは驚異的なスピードであらゆる事柄を会得していった。
初めて会った頃は言葉も話せなかったのに、遠征が終わり次に会うと、もう言語を完璧にマスターしていた。
そればかりか、ビストアは剣術の才能もあり、あたかも巨大な狼を相手にしているような、そんな錯覚にとらわれるような苛烈な剣術を操った。
さて、そんな少年を教団が放っておくわけがない、ビストアは私の配下として軍団に編入された。
ある時、オークとスライムの混成部隊と戦ったとき、それは起きた。
オークもスライムもバフォメットやドラゴンのような魔物とは異なり話が通用しないような魔物。
だが、相対したとき、ビストアは私には分からぬ不思議な言語を用いて荒れ狂う魔物を鎮め、なだめすかしてしまったのだ。
「何故、そんなことが出来るのか?」
私の言葉にビストアはいつも、相手の瞳を見て話せば分かり合えると答えてくれた。
話す、そう言えば私は魔物を斬ってばかりで話したことがなかった。
しかもオークやスライムのような話しが通用しなさそうな魔物を、勝手に下等生物だと思い込んでいた。
平和のために魔物を斬っていたはずが、もしかしたらとんでもないことをしていた気になった。
私はビストアに感服した、だが強大な力を持つ魔王が現れ、世界が混乱の時代に入ると、そうも言ってられなくなった。
依然ビストアは魔物との対話を願っていたが、魔王に率いられた魔物の力は強大であり、話しも聞いては貰えなかった。
とある戦い、孤立したビストア軍に対する援軍として、私はとある砦に向かった。
私が一団を率いてその地に行く頃にはすでに彼は旗印を丘に突き刺し、私が来るのを待っていた。
「友よ、なぜ泣く?」
私の言葉に男は答えた。
「魔物と分かり合えぬのが悲しいのだ」
「何故分かりあおうとする?」
「魔物もまた神より生まれし生命、我々の仲間だからだ」
友の言葉に私は衝撃を受けた、殺し殺される関係の魔物が、仲間だというのだ。
「魔物は、我々を脅かす」
「ライオンは羊を侵し掠め、脅かすために殺すのか?」
私は終生このことを忘れぬであろう。
その言葉は、私の両の目から、鱗を落とすかのような、衝撃的な言葉だったからだ。
魔物は人間を滅ぼすために戦っていたのではなく、ライオンや狼同様、大いなる意思に管理され、生きるために戦っていたのだ。
魔物の中にあって過ごしたビストアは、それがよくわかっていたのだ。
魔物と渡り合いながら私とビストアは様々な場所を巡った。
バラバラに戦うだけでは魔物に勝つことは出来ない、私とビストアは人類滅亡を回避するために古い城に戦う意思のある者を集めた。
その中には剣聖と謳われたシュラ・ノースクリムや引退した天才軍師伏龍鳳雛などの英雄もいた。
魔王という共通の敵を得たことで、我々人間は初めて協力出来たのだ。
我々は王城を中心に徹底抗戦を行い、激しい戦いの果てに、魔王を討滅することに成功した。
だが、教団も、他の国も、もう戦争を続けるだけの与力は残っていなかった。
「私は国を作る」
王城の周りに難民が集まり、集落となってきた頃、ビストアはそんなことを言い出した。
「一人一人が争っていても大きな波は起こせない、魔物と共存するにも戦うにしても」
ビストアにとって魔物と戦うは同族と戦うことに等しい。
だが彼は自分の後ろで震える子供たちのために、敢えて魔物と戦ったのだ。
「主神の教えを元に国を作る、いつの日にか魔物と共存出来るために」
ビストアは理想主義だが、私は心から彼の願いが叶うのを願った。
レスカティエ教国、ビストアの子供の代から正式に国家と認めら・・・(以下紛失)
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ふう、とエレヴはため息をついた。
「主神様の教えを抱えて、どうして魔物と共存出来るのですか?」
エレヴの疑問は、代わりに隣にいたミストラルが答えてくれた。
「主神様の教えは元来他者を愛し、罪を赦し、理想的な人間たろうとする教えです、レスカティエが建国された時は、そんな教えがまだ残っていました」
ロード曰く現在の魔物と敵対する教義は、魔物と渡り合う中で作り出されていったものだと言う。
「ですのでこの時点でビストア王が主神さまの教えを掲げて平和を願うのは間違いではありません」
かくしてレスカティエは建国され、現在の魔界国家レスカティエにつながるわけか。
ビストアは魔物との共存を願っていたが、皮肉なことにそれは三千年の歴史の果てに叶ったわけか。
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夜も遅い、エレヴはロードの勧めを断らず、その晩はサルデス教会に泊まることにした。
一人ベッドに腰掛け、エレヴは考えをまとめる。
過去の時代に教会の人間として生きた聖人たちは、ただただ主神の正義を盾に、魔物を殺すことはしていなかった。
根元には主神の教義がありながらも、それぞれのやり方で中庸を目指した。
ドゥベ枢機卿は、人間による可能性を信じて自浄を促した。
メラク枢機卿は、天使と魔物は似ていると考え、天使信仰を抑制した。
円卓の騎士は、最初からアポピスの魔王の敵対者、ファラオが率いる人魔共存の組織。
そしてビストアは、神の元に魔物との共存を願い、レスカティエを建国した。
みな、教皇リノス二世と同じように、中庸を行こうとして、結果的に失敗を招いている。
この道は、正しいのか?
本当に神と人、魔物が共存する未来は存在し得るのか?
エレヴはじっと考え込んだが、答えを出すことは出来なかった。
16/06/08 20:07更新 / 水無月花鏡
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