連載小説
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スミルナ信者への書簡



『この手紙は各大司教に同じものを送り、人類の勝利を知らせるものである。



女王グィネヴィア・アルトリウスに率いられた円卓の騎士らは、ついにカムランにて魔王を打ち破った。


長きに渡る戦いの中、様々な犠牲はあったが、女王グィネヴィア、そして彼女の腹心の騎士、ランスロットは魔王オルトロートを下し、平和を成し遂げた。


かの勇敢な騎士たちの伝説を後世に伝え、また再び魔王が現れて世界を闇に包まんとしたとき、人々の希望となれるよう、記録を残す。


本格的な物語は各大司教や枢機卿らとの審議をして構成を練るとして、とりあえず私が聞き及び、教皇庁に記録が残る事柄を、草稿として送る


そこでマロリー卿にはこの草稿を添削し、しかるべき後に教皇庁で執筆に入ってもらいたい。



執筆して貰えるならば充分な報酬は用意してあるし、草稿を添削するだけでも謝礼は渡すつもりでいる。


どうか私が生きているうちに円卓の騎士の物語を完成させて貰いたい。




教皇アウグスティヌス一世からスミルナの学者、トマス・マロリーへの手紙』











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レスカティエ王城、666番目のリリムであるイザベルは同僚のバフォメットであり、『桃源の笛』と呼ばれるラケルの元にいた。


「見よラケル、こやつらこそが余の運命、エレヴ・ハティクヴァとミストラル・ヘルモティクスだ」



二人の前に置かれた水晶の中にはどこかの教会で、若い枢機卿に頭を下げるエレヴとミストラルが写っている。



「今はどうやらスミルナ教会にいるようじゃな、見ておれラケル、二人をものにして余の力を天下に示してやるわ」



『大淫婦』と呼ばれるイザベルは極めて欲深く、欲しいものはあらゆる手段で手に入れてくることは周知の事実だった。


その苛烈な性格上、レスカティエにいる姉、デルエラのもとにいるが、時としてあまりに魔物らしい欲望には、その姉すら頭を悩ませていた。


「イザベル殿はなんでも欲しがるのじゃな・・・」


じっとラケルは幼い容姿には似合わぬ老練の魔術師の雰囲気を醸し出しながら、イザベルを眺めた。


「ふっ、余が欲張りなのは今に始まったわけではあるまい?」


「そうじゃな、そなたの欲望の強さは儂も含め四幻将もみな知っておる、じゃがな・・・」


水晶に写っているエレヴとミストラルは真剣な表情で古文書の読解に取り掛かっている。


「気づいておるか?、それはいつもの欲望ではないぞ?」


ラケルの言葉に、イザベルは微かに首を傾げた。


「いつもの欲望ではない?、ならなんだ?」


「それはのう・・・」








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ペルガモン教会を出て、エレヴとミストラルは次の教会であるスミルナ教会へとたどり着いていた。



「貴方がエレヴくんに、ミストラルさんね?、いつ会えるか楽しみにしていたわよ?」


スミルナ教会の大司教は最年少の枢機卿である、ルージュ枢機卿だった。


珍しい女性大司教であり枢機卿、あまりに優秀であるため、魔物ではないかと言う噂すらある人物だ。




「エレヴくんに見せるのは千年前の教皇アウグスティヌス一世こと、元スミルナ大司教フェグダ・アングリアの書簡になるわ」


エレヴとミストラルを教会奥の資料室に案内しながら、ルージュはにこやかに説明した。


アウグスティヌス一世。


魔王オルトロートと戦った教会守護の国家アヴァロンの女王グィネヴィアと十二人の騎士の伝説をまとめた人物だ。



学者であるトマス・マロリーが参加した超大型企画だったが、残念なことにアウグスティヌス一世は完成を見ずに帰天し、役目はコンクラーベ後に次の教皇に引き継がれたとか。


「円卓騎士の伝説を纏めたトマス・マロリーはスミルナの学者で若い頃は無茶をしたようだけど、老年期には学者として名を挙げていたわ」


「それでアウグスティヌス一世もマロリーを指名したのですね?」


ミストラルの言葉に、ルージュは静かに頷いた。


「そういうこと、この教会には千年前にアウグスティヌス一世がマロリーに送った書簡と、同封されていた円卓騎士の記録が残っているわ」


アウグスティヌス一世もトマス・マロリーも円卓騎士と魔王オルトロートの戦いの生き証人。


本人たちを除けば誰よりも正確な物語が書けただろう。


「円卓騎士の伝説に関しては教皇庁の資料のほうが完成されてて、それ以外のものは天使信仰白熱の頃に焚書されたわ」


なんでもあの時分にあまりに白熱するあまり、魔物に関する書物がよくわからないままに焚書された事件があったらしい。


故にどさくさに紛れて、他の教会に宛られた手紙もなくなってしまったのかもしれない。


「だからアウグスティヌス一世の文書としてはうちの教会の手紙が唯一の資料ね」


彼が円卓騎士についてどう思ったか、それが色濃く出ている。



「とにかくまずは読んでみて?、一度聞いたような内容でも、多分違って見えると思うわ」



ルージュは、資料室に設置された机の上にアウグスティヌス一世の書簡と草稿を置いた。


エレヴは一礼すると机に向かい、書簡に目を通し始めた。










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『この手紙は各大司教に同じものを送り、人類の勝利を知らせるものである。



女王グィネヴィア・アルトリウスに率いられた円卓の騎士らは、ついにカムランにて魔王を打ち破った。


長きに渡る戦いの中、様々な犠牲はあったが、女王グィネヴィア、そして彼女の腹心の騎士、ランスロットは魔王オルトロートを下し、平和を成し遂げた。


かの勇敢な騎士たちの伝説を後世に伝え、また再び魔王が現れて世界を闇に包まんとしたとき、人々の希望となれるよう、記録を残す。


本格的な物語は各大司教や枢機卿らとの審議をして構成を練るとして、とりあえず私が聞き及び、教皇庁に記録が残る事柄を、草稿として送る


そこでマロリー卿にはこの草稿を添削し、しかるべき後に教皇庁で執筆に入ってもらいたい。



執筆して貰えるならば充分な報酬は用意してあるし、草稿を添削するだけでも謝礼は渡すつもりでいる。


どうか私が生きているうちに円卓の騎士の物語を完成させて貰いたい。







1,女王グィネヴィアとランスロット、湖の乙女の予言

グィネヴィアは元々アヴァロンの女王ではなく、信心深い普通の少女だった。


幼馴染のランスロットは魔王オルトロートの軍勢により村を焼かれ、グィネヴィアのいた村の近くにある湖の畔で暮らしていた。


ランスロットは湖の乙女と呼ばれるウンディーネのヴィヴィアンが親代わりだったと言われる。

この際にランスロットは騎士としての教育を受け、グィネヴィアが女王になった時に直ちに彼女の第一の騎士となれたものと考えられる。


二人が十代後半の頃、グィネヴィアはアヴァロンに赴き、たまたま選定の剣、カリバーンを引き抜いてしまった。


まさに偶然、最初の勇者がラオデキアで女神の聖剣を引き抜いたのが必然ならば、グィネヴィアがカリバーンを手にしたのも神の意志による必然か。


この時、カリバーンに宿っていた神の魔力によってグィネヴィアは後にファラオと呼ばれる魔物に変貌した。


かくしてアヴァロンの女王に選ばれたグィネヴィアは、ランスロットや収集に応じた多くの騎士を率いて魔王オルトロートと戦うことになる。


また、この時湖の乙女ヴィヴィアンからカリバーンの姉妹剣を数振り受け取っているが、「聖剣に選ばれた王、聖剣を持つものにより生を終える」と呪われた予言を与えられた。



2,円卓の騎士
グィネヴィアは騎士の中でも一際強力な力を持つものを直参の騎士として前線での指揮権を与えた。

円卓の騎士、もしくはラウンドオーダーと呼ばれる騎士たちは、湖の騎士ランスロット、さらには太陽の騎士ガウェイン。

他にも最強を謳われた聖堂の騎士ケイや、後に冥府の騎士と呼ばれるトリスタンがいた。


中でもランスロットはグィネヴィアの良き相談相手であり、常に王としての補佐に勤めたマーリンとは違った意味で信頼できる補佐役だった。


ランスロット自身は終始グィネヴィアに幼馴染としての友情と、騎士としての忠誠を向けていたが、もしかしたらこの頃からグィネヴィアはランスロットに好意を向けていたのかもしれない。


また、魔王軍からの降将であり、魔に落ちた姉である魔女モルガンやワイトのイゾルデなど魔物であっても登用する懐の深さがあった。


もっとも、モルガンに関しては彼女の働きが円卓騎士を分裂に導くことになったため、結果的にグィネヴィアは判断を誤ったとも言える。



3,ランスロットとガレス、ガウェイン
円卓の騎士内部では、ランスロットはガウェインと仲が悪かったと伝わる。

太陽の騎士ガウェインは質実剛健な騎士であり、グィネヴィアへの忠誠心も人一倍強かった。

故に幼馴染であり、第一の腹心でもあるランスロットのことは認めつつも、同時にグィネヴィアと仲が良すぎることにかねてから苦言を呈していた。


ランスロットもガウェインの崇高な騎士としての心得を高く評価しつつも、あまりに潔癖過ぎ、魔物への反抗心が強い点は認められずいた。


かくして上級騎士同士反目していることにグィネヴィアは困り果て、ガウェインの妹である少女騎士ガレスをランスロットの従士として弟子入りさせることを思いついた。

真面目であるが、どこか陰気な印象を与えるランスロットに対してガレスは明朗快活な少女。


振り回されつつもランスロットはガレスを信頼し、結果的にガレスを通じてランスロットとガウェインの仲は一時的に良くなった。


しかしその後ランスロットを想うあまりグィネヴィアが彼を聖杯探索から外したことで、彼は探索の指揮を任されたガウェインを妬むことになる。


4,モードレッドの登場
魔女であるモルガンにより万一グィネヴィアが戦死した時のため、彼女の複製とも言うべき騎士、モードレッドが生み出されていた。

モードレッドは人間の身体ではなく、最強の魔物であるドラゴンをベースに培養されたグィネヴィアの血肉を吹き込まれたドラゴンとしてのグィネヴィアと言うべき少女だった。


また、その身にグィネヴィアの力を持つため、あらゆる聖剣に反応するなどの才覚を見せ、ランスロットはオーダー入りを具申していた。


しかしグィネヴィア始め、ガウェインやマーリンらはモードレッドのオーダー入りを認めなかった。

これは湖の乙女の呪われた予言の騎士がモードレッドだと考えたマーリンの提案だったが、グィネヴィアもそれを信じた。

オーダー入りを認められず、ランスロットはガレスに続く自身の従士とするとまで言ったが、認められなかった。


この一連の流れにほとほとオーダーに愛想を尽かしたランスロットは、その後グィネヴィアに無断でガレスとともにモードレッドに騎士の修行を与え、さらには自身が保有していたもう一振りの聖剣を渡した。


これがグィネヴィアの逆鱗に触れ、ランスロットはオーダーを去ることになったが、この時ガレスを始め、モードレッドのオーダー入りに賛成した騎士、マリスやライオネルらも離反した。

これ以後ランスロットら離反騎士は聖ケント修道院に入ることになるが、グィネヴィアの動向は掴むようにしていた。


指揮を執る騎士の半数が離反したため、人数合わせのために結果的にモードレッドは騎士になった。


しかし彼女は師であり恩人でもあるランスロットを引き止めないグィネヴィアを酷く恨んでおり、この頃から魔王オルトロートに内通したと思われる。


5,カムランの決戦
ガウェインやモードレッドの働きでアヴァロン優位に傾く中、ついに魔王オルトロートはカムランの丘に布陣、決戦が始まった。

しかし実際にはグィネヴィアの作戦はモードレッドを通じて全てオルトロートに筒抜けており、一人また一人と騎士が倒れるなかグィネヴィアは孤立、一人で魔王との戦いを強いられた。


だが、切迫した状況を見たランスロットは仲間の騎士を引き連れてオーダーに帰参、モードレッドを説得し、オルトロートの前に立った。

この時満足な状態でオルトロートと戦えた騎士は存在せず、カリバーンも折れ、他の聖剣も破壊される激しい戦いとなった。


しかしグィネヴィアの神の加護ある血とモードレッドの魔物に染まった血、さらにはランスロットの人の心に反応し、カリバーンはあらゆる聖剣の特性を持つエクスカリバーへと進化した。


グィネヴィアの捨て身の一撃でオルトロートは動きを止められ、その隙にランスロットが放った斬撃により、ついに魔王は倒れた。


しかしグィネヴィアもまた深手を負い、ランスロットの手で葬られた、予言が成就したのである。


エクスカリバーも湖の乙女に返還され、アヴァロンの王位にはモードレッドがついた。

かくして数多の犠牲を出した戦いは終わり、今の時代につながるのだ。



トマス・マロリーへ、教皇アウグスティヌス一世より』







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長い草稿を読み終えると、エレヴはため息をついた。

「サー・ランスロットは幸せだったのでしょうか?」


アウグスティヌス一世の主観かもしれないが、この草稿は多分にランスロット寄りに書かれている。


「確かにグィネヴィア女王は私情を優先して、そのことごとくがランスロット卿に跳ね返っているわ、けど・・・」

しばらくルージュは黙り込んでいたが、やがて口を開いた。


「グィネヴィア女王は王位に就くには幼過ぎた、十代の女の子がファラオに変容し、アポピスの魔王と戦う任務を背負わされたわ」


好きな男に好きとも言えず、感情を押し殺す毎日、精神を病むのも仕方がない。



「・・・(ウィルマリナも一歩間違えたら、グィネヴィアみたいになっていたかもしれませんね)」


ミストラルは黙考しながら、書簡の片付けを手伝うエレヴを見た。


神の秩序の行き着く先には、何者も羽ばたけぬ管理社会が待つのかもしれない。
16/06/07 14:55更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんにちは〜、水無月であります。

今回は千年前のお話し、日本だと平安時代になりますか、千年前のお話しになります。

魔王との戦いでは、勇者が肝になるようですが、たまには勇者でない人が活躍するとすごく嬉しいです。

ちなみにアヴァロンのネタはセイバーとバーサーカー、ではなくアーサー王とランスロットが元ネタです、明らかな捏造がありますが、あくまでパラレルですので生あたたかく見守っていただけたなら幸いです。

では、今回はこの辺りで

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