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ペルガモン教会の日誌




『天使は神の使いである、しかし神そのもののご意志ではない。


たしかに神の代行たる存在であり、神のご意志でもって地上に現れる。


しかし間違ってはならないことがある。


我等人間は迷いの中にあるが、神の造形物たる天使もまた迷うのだ。


人間も天使も大いなる神に比べれば塵芥も同じ、地上に現れ、混乱を目にすることは天使もまた我等と同じ次元に立つことだ。


以上のことを踏まえ、昨今白熱する天使信仰についての見解を述べようと思う。





ペルガモン教会、メラク・マーシア大司教、特別講演での言葉』










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エフェソ大司教クラスヌイと別れ、エレヴとミストラルはまた次の教会へと向かっていた。


「次の教会はどこ?」


馬に揺られながらエレヴはミストラルに尋ねたが、彼女はしばらく黙り込んだ。


「ミストラル?」


「・・・はい、次の教会はペルガモン教会になります」


何やら心配そうにミストラルは顔を伏せた。


「どうか、したのですか?」


エレヴの質問に、ミストラルは黙考の末にようやく口を開いた。


「はい、ペルガモン教会へ向かうためには二つの道があります、一つは万年雪に覆われた大山脈を抜ける道」


大山脈は十分な装備があっても三人に二人は死者が出るような苛烈な山、今の二人が行けば十中八九死は免れないだろう。


「もう一つは、レスカティエ教団の辺境を抜ける道です」



「っ!」



レスカティエ、リリムが支配する堕ちた教国である。


あまりの瘴気に入る者は例外なく魔に染まると言われる場所だ。


「辺境ですので比較的瘴気は薄いはずですが、それでも危険なことに変わりはありません」


どちらの道も命をかけなければ突破できない難関である。


しかしどちらかを抜けねばペルガモン教会にはたどり着けない。


二つ目の教会にして、すでに二人は突破困難な壁にぶつかってしまった。




「どうしますか?」



「私はエレヴ様に従います、貴方が行く道に進むつもりです」


じっとエレヴを見つめるミストラル、エレヴは悩んだが、しばらくしてようやく答えを出した。



「・・・レスカティエ辺境を行きます」



「決まりましたね・・・」









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魔界国家レスカティエ、かつての名前は神聖レスカティエ教国。


たくさんの勇者、聖職者がおり、数多の魔物の組織と渡り合った教国。


しかし内面は前任のエフェソ大司教、ドゥベ・ノーサンブリアの感じた通り、腐敗と停滞の極みにあった。


今やかつての栄華はなく、魔界第四皇女に一夜にして陥落させられ、魔界に取り込まれた堕落の都。



その辺境、遥か昔の砦がある荒地を、二人は慎重に進んでいく。


「レスカティエを統治するリリムは恐ろしい実力の手練れ、その配下も極めて優秀な者が揃うそうです」



「つまり斥候に発見されれば手間、というわけですね・・・」



ミストラルの言うようにエレヴも魔界第四皇女、リリムのデルエラの噂を聞いたことがある。


教会本部にはレスカティエの戦いに参加した者もおり、その人物から話も聞いている。


故にもし相対した場合、勝ち目は千に一もないことはよくわかっていた。



「ですが、エレヴ様、敵地にいる以上、常に最悪の想像はしておく必要があります」


後ろで、何やら音がした。


「・・・その通り、ですね」


否、後ろだけではない、右からも、左からも、前からも。


すなわちいつの間にか囲まれていた。



「・・・用意は出来てますね?」



「もちろんっ!」


二人は手綱をしっかり握り、馬を走らせた。



「はあっ!」


前を封鎖していた数人の魔物を飛び越え、二人は馬を必死で走らせる。



「・・・くっ!」


「来ていますねっ!」


二人の言葉通り、疾走する二つの影の上空を並行して飛ぶ影があった。



「ふはははははは、また会ったな、エレヴ、そしてミストラルよ」


「ちっ!、イザベルかっ!」


現れたのは紅い瞳のリリム、イザベルだった。


イザベルは上空から妖力弾を放ち、二人の進行方向を爆破した。


「っ!」


慌てて馬を止め、馬から降りる二人の前に、ひらりとイザベルは舞い降りた。



「わざわざレスカティエに来るとは、余の提案を受ける気になったか?」


「まさか、私もミストラルも旅の途中、ここは通過したに過ぎません」


エレヴの言葉に、にやりとイザベルは笑った。


「ならば、提案を受けたくしてやろうっ!」


地を蹴りエレヴに斬りかかるイザベル、素早い動きだ。


すぐさまエレヴは刀を抜き、イザベルの攻撃を弾く。


「ふむ、相変わらずやる、しかしまだまだこれから・・・」


「エレヴ様っ!」


叫ぶミストラルだが、彼女はイザベル配下の魔物に取り囲まれている。


「ミストラルっ!、くっ、なんとかするしか・・・」


「それが出来たら良いが、なっ!」


イザベルの二の太刀をなんとか捌き、エレヴは隙を突いて左手で脇差を引き抜く。


「むっ!」


驚くイザベルだが、エレヴは続けざまに脇差を投擲した。

「甘いわっ!」


素早く防御態勢をとり、イザベルはエレヴの脇差を跳ね返す。


「ふん、これしきで余の裏を突いたつもりか?」


「さあ、どうかなっ?!」


大きく飛び上がり、今度は太刀を真上から投擲する。


「愚かな、徒手で余をなんとかする気か?」


軽く避けてみせるイザベル、しかしそれこそがエレヴの狙いだった。


イザベルの避けた先、そこには地面に刺さり、刀身を上にしたエレヴの脇差があった。


「うぬっ!」


危うく脇差を踏みそうになり、バランスを崩すイザベル、瞬間エレヴは先ほど投擲した太刀を掴み、一気に斬り込んだ。


「せやあっ!」


必殺の一撃、柄を返してエレヴは柄頭でイザベルの腹部を殴りつけた。


「ぐあっ!」


続いてイザベルの身体が崩れた隙に突き飛ばし、馬に飛び乗った。


「ミストラルっ!」


どうやらあちらもなんとか魔物を振り払い、馬に乗ったようだ。



二人はそのまま高速で走り、レスカティエから逃亡した。






「やってくれる・・・」


荒地の切り株に腰かけ、イザベルは二人が去った地平を眺めた。


「ふっ、しかしこの余から一本取るとは、ますます気に入ったぞ、なんとしても奴らを我がものにする」


イザベルは立ち上がると、集まってきた配下に下知を飛ばす。



「666番目のリリム、イザベルが命ず、総員エレヴ・ハティクヴァとミストラル・ヘルモティクスを捕らえろっ!、この世の果ての果てまで追い詰め、決して逃がすなっ!」







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「いやはや、大変な目に遭われましたな」



二人がペルガモン教会に辿り着いたのは次の日の昼だった。



出迎えてくれたペルガモン教会の大司教、ヴェルメーリオ枢機卿は、疲労困憊の二人を見ると、すぐさま教会の宿舎に案内した。


「お疲れでしょう、とりあえずお休みになられてから学習下さい」


エレヴはヴェルメーリオに礼を言うと、ベッドに潜り込んだ。


レスカティエでのイザベルとの戦いと、休まずにペルガモンまで走り抜けた疲れから、すぐさまエレヴは眠りに落ちていった。







死んだように眠り、目をさますと、すでに夕方だった。


「おはようございます、よくお休みになられましたか?」


礼拝堂にはヴェルメーリオとミストラルがおり、何やら話し込んでいた。


エレヴが近くの席に座ると、ヴェルメーリオは一つ頷くと、立ち上がった。

「ペルガモン教会に伝わる歴史書としては、メラク・マーシア枢機卿の講話が良いかと思います」


礼拝堂に鍵をかけると、ヴェルメーリオは奥から古びたノートのようなものを持ってきた。


「ペルガモン教会の日誌です、この章は六百年前に書かれたもので、メラク・マーシア枢機卿が天使信仰について話されたことが記されています」



メラク・マーシア枢機卿は六百年前のペルガモン教会の大司教であり、当時流行していた天使信仰について釘を刺したのだという。



「そちらの天使様は、ご存知でしょうか?」


「いえ、私は産まれてから日が浅いもので天使信仰の時代のことはあまり・・・」


ミストラルはそう言うと、エレヴの手にしたノートを、興味深そうに眺めた。


「なるほど、でしたらエレヴ様と一緒に読まれると良い、何か心に残るやもしれません」



ヴェルメーリオの言葉にミストラルは静かに頷くと、エレヴの隣に座った。



エレヴもまた慎重に、日誌のページをめくり、文字に目を走らせた。








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『ペルガモン教会の日誌
春の月第三週
記入者メラク・マーシア大司教

天使は神の使いである、しかし神そのもののご意志ではない。


たしかに神の代行たる存在であり、神のご意志でもって地上に現れる。


しかし間違ってはならないことがある。


我等人間は迷いの中にあるが、神の造形物たる天使もまた迷うのだ。


人間も天使も大いなる神に比べれば塵芥も同じ、地上に現れ、混乱を目にすることは天使もまた我等と同じ次元に立つことだ。


以上のことを踏まえ、昨今白熱する天使信仰についての見解を述べようと思う。


そもそも天使とは何だろうか。


天使(エンジェル)とはアンゲルス、すなわち伝令者のことである。


神の使いにして伝令者、それこそが本来の天使であり、元来信仰の対象ではない。

崇拝は神にのみ捧げられ天使への信仰はまた別物である。


天使信仰が白熱しだしたのは遥か昔ではなく、聖書が一般向けに公表されるようになった最近のことだ。


聖書に出てくる名前ありの天使はやはり人気があるのか、よく信仰の対象になる。


先日ペルガモン近くの教会に行った時、教会の周りに随分と人だかりができていた。


信心深い人がこの街にはたくさんいるのかと感心していたが、彼らは神に祈りを捧げるために来たわけではなかった。


教会の礼拝堂に設置された、大天使の宗教画を見に来たのだった。


礼拝堂は神に祈るための場である、にも関わらず祈りのためでなく、宗教画を見るために来るのはどうか。


これなどまだ良いほうだ、教会によっては見物料すらとっているのだと言う。


なんたることだろうか。


神の家たる教会で、金儲けをしようなどとは恥を知らないのだろうか。


挙句聖ミザールが建てたケント修道院では、土地を抵当にいれてまで天使の宗教画を買い漁る始末。



わかりやすい代行者たる天使を信仰するのはよくわかる、しかし最近はあまりに白熱し過ぎてはいまいか。


数ヶ月後、大司教による天使信仰による会議がラオデキア教会で行われる。


無論私は出席し、天使信仰を沈静化するために他の大司教に働きかけるつもりである。


神の祈りをおろそかにして、天使を信仰するのは異教の偶像崇拝となんら変わらない。


全知ではない天使は、サタン(障害)たる魔物と立場的には近いものがあると私は思う。

天使と魔物の違いは、主神様に与するかしないかの違いでしかない。

以上のことから、あまり天使信仰は推奨すべきではない。

どうしてもやりたいなら、改宗すべきとさえ私は思う。』








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日誌を読み終えると、エレヴはヴェルメーリオの方を見た。

「この後どうなったのですか?」


「ラオデキア教会にはたくさんの大司教が集まり、侃々諤々の議論が行われました」


天使信仰反対派が多数だったが、中には天使信仰を利用して傾いた教会をなんとかしたい者もいた。


天使信仰賛成の大司教の多くは実際に魔物との戦いで荒れた街を抱えていたため復興を願い、少しでも資材が必要だった。


「双方ともに言い分があり、議論は混迷を極め、ラオデキア大司教の計らいで、結論は教皇に委ねることになりました」



さて、教皇は双方の言い分を吟味した末、教会許可の天使以外の信仰を差し止めした。

だが、同時に教皇は魔物との前線に赴き、自らの目で街々を視察、結果教皇は荒れた街の復興に全力を尽くした。



「以上が六百年前の天使信仰白熱の顛末です」


ヴェルメーリオは話し終えると日誌を閉じた。

「天使の信仰は、間違っていたのですか?」


静かにミストラルはヴェルメーリオに問いかけた。


「私は間違っていたとは思いません、白熱し、主神さまへの信仰を疎かにしたことが問題です」

何事もバランスが大切、そう笑いながらヴェルメーリオは日誌を片付けた。



「・・・バランス、か」

エレヴはひっそりと呟いたが、聞いたのは隣にいたミストラルだけだった。



16/06/06 12:12更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんにちは〜、水無月であります。

いよいよ今回から捏造に入っていきます、六百年前だと日本は室町時代くらいでしょうか、とにかく六百年前のお話しです。

魔王の脅威に晒されていない、比較的平和な時代だと、主神教団でもこんな宗教論争が起こるのかな?、などと考えながら書かせていただきました。

ではでは、今回はこの辺で・・・

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