第三夜「清廉精霊」
レスカティエ西部にある川沿いの村、そこは以前から洪水がよく起きる地域だったらしい。
だが、つい最近急に洪水が起こらなくなり、かわりに川から声が聞こえるようになったのだと言う。
「その声とは?」
馬を走らせながら話しを聞いていた涼風だが、ペネロペの真剣な表情に、手綱に力がこもるのを自覚した。
「『川を汚さないで』、もしかしたら川に新手の魔物でもいるかもっ、てことね」
ペネロペの言葉に、涼風は手にしていた操霊斧鉾が微かに反応するのを感じた。
「・・・(何だ?、何やら奇妙な感じだが)」
『マスター、気づいた?』
ヒソヒソと風鳴が口を開く。
『川からの声、多分だけどただの魔物じゃなくて、精霊だよ?』
「・・・ふむ、ともかく話しは現場に着いてからだな」
馬を走らせ、王女と騎士はレスカティエ西部の川にたどり着いた。
「お待ちしておりました、ペネロペ殿下に涼風将軍」
すでに川沿いにはいくつかの幕舎がたてられ、レスカティエ兵士があちこちを歩いている。
「お疲れ様です、状況はどうですか?・・・(将軍?)」
涼風は手短に様子を伺う。
「今のところ調査は全体の半分以上完了しています、しかし未だ魔物の姿は確認できません」
河川沿いにあちこち調べたらしいが、それらしき魔物は発見出来ないのだという。
「(風鳴、どう見る?)」
『うん、精霊で間違い無いと思う、けどあまり大人数だと精霊は現れないと思うよ?』
ふむ、ならば部隊は下がらせて少数で調べるべきかな?
「一旦部隊は後方に撤退、少数の斥候で探ってみましょう」
「了解、ただちに」
小一時間ほどで幕舎は引き払われたが、すでに夜になっていた。
「さて、どう出る、か」
涼風は地面に操霊斧鉾を突き立て、様子を伺う。
すでに斧鉾は全体が微かに震えているのか、地面の表面を揺らしている。
『川にいる精霊なら多分水の精霊ウンディーネだと思うよ』
ウンディーネか、不浄を嫌う水の精霊というイメージだが、どんなものやら。
「この感じ、精霊使い?」
「っ!」
川から声がした、しかも操霊斧鉾がこれまでにないくらいに反応をしている。
「来たか」
『うん、やっぱりウンディーネみたい』
静かに川に注目していると、やがて水色の肌を持つ長い髪の少女が川から上がってきた。
「君が、水の精霊、ウンディーネかな?」
涼風の言葉にウンディーネは頷いてみせた。
「はい、わたくしは水鏡(みかがみ)、ウンディーネです」
「そうか、私の名前は四道涼風、後ろにいるシルフの風鳴と契約した風霊使いだ」
水鏡は涼風と、その後ろに浮かんでいる風鳴を見た。
「精霊使いの方ですか、レスカティエではかなり稀有かと思っていましたが・・・」
「まあ、たまにはこういうものもいる、ということだ」
ふっ、と微笑むと、涼風は真剣な表情で水鏡を見つめた。
「この川では昔から洪水が多々あったと聞いていたが・・・」
涼風の言葉に、水鏡は困ったように頭を掻いた。
「確かにそうでした、実は昔はこの川にはたくさんのウンディーネがいて、よく揉め事があると洪水となってあたりに・・・」
「なくなったということは、ウンディーネがいなくなったのかな?」
素早く質問した涼風の疑念に対する返答は、やはり肯定だった。
「ご明察のとおりです、わたくし以外のウンディーネたちはみんなレスカティエから引っ越してしまい、今はわたくしだけです」
とするなら別に問題でもなんでもない、たしかにウンディーネの揉め事の弊害が人間に来るのは困りごとだが、解決したならばもうそれでいい。
「・・・あの、あなたを精霊使いと見込んで一つお願いしても構いませんか?」
来た意味はなかったかな?、そう考えていたとき、水鏡は藪から棒にそんなことを言っていた。
「何かな?」
「わたくしと契約して、水霊使いになっていただきたいのです」
いきなりの依頼に、どういうことなのか涼風は尋ねてみた。
「ご存知の通り、ここレスカティエは反魔物の根拠地、精霊も魔物扱いする風潮が少なからずあります」
それは涼風も感じていたことだ、レスカティエの、特に上層部は教団の人間だからか、異常に魔物を敵対視している。
ひょっとしたら先ほど水鏡が言っていたウンディーネの移住もその辺りが関連しているのかもしれない。
「ですが精霊使いの使役する精霊となれば、幾分かはマシな評価となります」
たしかに涼風も精霊使いとなってから、畏敬の目で見られることが増えた。
土地によっては未だに精霊を崇拝している場所もあるようで、反魔物のレスカティエでもそれなりの評価となるようだ。
もちろん魔物の力で戦うとして、反感を持つ者もいるのだが。
「レスカティエに精霊使いはほとんどいません、どうか・・・」
「しかし私はすでにシルフの涼風と契約している、新たに他の精霊と契約することが出来るのか?」
風鳴をちらりと振り返ると、なんだか不満そうな顔をしてはいるが、一応頷いている。
「・・・わかった力になろう」
涼風の言葉に、水鏡は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、では、その、少し恥ずかしいのですが、契約の儀式を・・・」
『キス以上はダメだからね?』
明らかに不機嫌そうに後ろから風鳴が呟く。
「言われずとも」
涼風は優しく水鏡の肩に手をかけると、素早く口つけを交わした。
『・・・自分からなんて、いいな・・・』
行為自体は一瞬、風鳴と契約した時と同じ、涼風は身体の奥に、新しい力が宿るのを感じた。
「ありがとうございますマスター、そして幾久しく、あなたのお側に」
すぐに涼風は、ウンディーネの水鏡を連れて、後方の幕舎にいたペネロペに洪水の真実と新しい契約精霊の話しをした。
「真相を明らかにしたばかりか、新たな精霊を手にするなんて、やはり・・・」
ペネロペは何を思ったのか、涼風の手を取ろうとした。
「っ!」
だが涼風がそれに気付く前にさりげなく風鳴が彼を後ろに引っ張り、水鏡が左に立った。
「どうした?」
キョトンとした表情で涼風は風水の精霊を眺める。
『マスター、私なんだかお腹すいたな』
風霊の言葉に水霊も頷く。
『わたくしも、マスター、親睦も兼ねてお食事と致しましょう』
「わ、わかったから引っ張るなっ、で、では殿下、失礼します」
二人に引っ張られるかのように涼風は幕舎を後にした。
「・・・なに?、あの精霊たち・・・」
幕舎で野戦食を食べている最中、ずっと涼風は二人の精霊の視線を感じていた。
「なぜそんなに見てくるのだ?」
風鳴は粉状の小麦、水鏡は水を、それぞれ摂取していたが、じっと涼風を眺めている。
『マスターって、ホモ?』
「ぶっ、ゴホッゴホッ・・・」
慌てた拍子に食べていたコーンスープが気管に入ってしまう、むせこむ涼風。
「な、突然なんだっ」
『・・・いえ、マスター、違うならばいいのですが、あまりにマスターは女っ気がないように感じまして』
まあ、確かにレスカティエに来てから女性との交流はほとんど無かったが。
「私はホモではない、まったく、風鳴、水鏡に変なことは吹き込まぬように」
『はあ〜い』
間延びした声だったが、少しホッとした声音だったことに涼風は気づかなかった。
『ところでマスター、私たちは明日にはレスカティエ中央に戻るんだよね?』
風鳴の言葉に緑茶をすすりながら涼風は頷いた。
「ああ、そのはずだ、こちらの任務が終わった以上、殿下も帰られるだろう」
そうなれば近衛騎士である自分も帰る、そう涼風は告げた。
『マスター、帰られたら複数の使役の精霊使いとしての戦い方を学ばれた方がいいかもしれませんね』
なるほど、一理ある、風鳴だけでなくこれからは水鏡の力も扱うとなれば、必然的に戦い方も変わってくるだろう。
戦い方に幅が効くようになると言えば聞こえはいいが、反面より上手く扱うことが求められるかもしれない。
『これは風の噂だけど、ウェルスプルに凄い精霊使いがいたらしいよ?』
風鳴の話しに涼風は興味を惹かれた。
「ウェルスプル、たしか教団派の学術国家だったな、どういう人だ?」
『サープリエート・スピリカさんですか?』
どうやら水鏡もその精霊使いのことは知っていたようだ。
『うん、そう、ポローヴェの出身らしいけど、ウェルスプルで精霊学を学んだみたいだよ?』
なんでも二年足らずで精霊学をマスターするくらいの才女だと言う。
「一体どんな方なのだろうか?、一度お会いしてみたいものだ」
精霊使いの先輩、周りに精霊使いがいない分独学にならざるを得ない部分もあるため、そういう人に話しを聞いてみたいものだ。
『けどマスター、今そのスピリカさん行方不明なんだって、どうしてるんだろうね?』
行方不明、まあ優秀な精霊使いならば別に何が起きてもやっていけるかもしれないが。
「お食事中失礼します」
幕舎に兵士が一人入ってきた。
「どうかしましたか?」
「はい、レスカティエ王宮からの書簡です」
明日には帰るのにわざわざ書簡を託すとは、よっぽどの緊急事態か。
「・・・ふむ」
書簡を読みながら涼風は表情を変えていく。
最初は当惑、次に困惑、最後も当惑だ。
「・・・風鳴、水鏡、しばらくレスカティエには帰れそうにないぞ」
書簡を丁寧に畳むと、涼風は二人の契約精霊に次の行き先を告げた。
「・・・学術国家ウェルスプル、次の予定地はそこだ」
15/09/28 09:53更新 / 水無月花鏡
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