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第二夜「近衛騎士」


簡素なベッドで目をさますと、涼風はゆっくりと伸びをした。

「朝か」

「おっはよー、マスター」

風鳴はすでに起きていたようで、涼風のまわりをぐるぐる回っている。

「おはよう風鳴、今日こそは職を見つけねばならんな」

路銀はまだあるが、何週間もしのげるものではない、何か職につかねば。

「じゃあこんなのは?」

風鳴がどこからともなくとりだしたのは城の兵士募集のお知らせだった。

「ふむ、徴兵か」

悪くない、ちょうど体を鍛えたいと思っていたし、精霊使いとして修行しなければならないと考えていたところだ。

「よし、一つ行ってみるか?」

「もっちろん、楽しそうだよね」

風鳴もヤル気のようだし、涼風は腰に風皇剣を佩き、操霊斧鉾を担ぐと宿屋を後にした。



城門では若い二人の兵士が見張りをしていたが、兵士志願であることを告げると、問題なく通してくれた。


「ふむ、かなり豪華だな」

城の中は実戦向きの造りにはなっているが、装飾品にも光るものがある。

さすがは大国の城、と言ったところだろうか。


さて、城の中にある巨大な広場に通されると、しばらくして巨大な大剣を手にした巨漢が現れた。

涼風と同じ兵士志願者。

「今から二人には戦っていただきます」

涼やかな声に振り向くと、城のバルコニーに美しい少女がいた。

巨漢が跪いたのにならって涼風も膝折るが、正直誰かわからない。

『マスター、あの人はレスカティエの王カストール・ビストア・レスカティエの第四王女、ペネロペ・エイザダ・レスカティエ』

なるほど、王女様というわけか。

たしかにシンプルなドレスだが、その身にまとう気品は本物のようだ。

鷹を思わせる鋭い目つきに隙のない動き、王女と言うよりも一流の剣士と称すべきか。


「勝ったほうがレスカティエの兵士です」

ゆっくり巨漢は動くと、大剣を構えた。

『・・・準備はできてるよね?』

「無論だ」

操霊斧鉾を地面に突き刺し、涼風は風皇剣を引き抜く。

「行くぞ」

意外なほど素早く、巨漢は涼風に襲いかかった。

だが、その一挙一動、否、心臓や血管の動きまで、大気中の風は涼風に教えてくれた。


「そこだっ」

涼風の一撃はカマイタチとなり、巨漢の大剣を真っ二つにしてしまった。


「っ!、今のはっ」

バルコニーでペネロペは身を乗り出し、しばらくして城の中に消えた。


「よしっ」

涼風はふうっ、と息を吐くと風皇剣を鞘にしまった。

巨漢はうなだれながら大剣を拾い、広場から出て行った、少し気の毒なことをしてしまったかもしれない。


「見事ね」

いつの間にか広場に狩猟衣姿のペネロペがいた。

簡単な服装に、長い髪は二つにくくられ、背中には双剣がある。

「今度は私の相手をしてもらうわよ?」

ペネロペはショートブレードの長さの剣を二本引き抜く。

『マスター、注意して』

剣呑な声で風鳴は口を開いた。

『あの人、神の加護を受けてる』


素早い動きでペネロペは涼風に攻めかかるか、まるでその動きは虎のように激しい。

「くっ」

如何に風の力を受けていても、ペネロペの力は涼風の実力を遥かに上回っていた。

一旦距離をあけると、涼風は風皇剣を上段に構える。

「・・・(手強い、単なるお飾り王女ではないぞ)」


涼風の表情に、死相がにじむ。


「・・・これまでよ」

ペネロペは殺気をとくと、双剣を背中に納めた。

「あなた、名はなんと言うの?、若き精霊使いよ・・・」

「四道涼風です、日出ずる国より参りました、王女殿下」

涼風の言葉にペネロペは微かに頷いた。

「あなた気に入ったわ、私の専属の騎士になりなさい」






豪華な一室、そこで涼風は待たされていた。

『マスター、なんだかとんでもないことになったね』


「ああ、どうしたものか」

たしかに士官のために涼風はここまで来たが、まさか王女付きの騎士にスカウトされるとは。

『それでマスター、受けるんだよね?』


風鳴の問いに対して、涼風は首をひねった。

「実は決めかねている」

大した実力もないのにいきなり近衛騎士、それは自分だけでなく護衛対象すら危険に晒すのではないか?

「一体あの人は何を考えているのか」

ノックがあり、部屋にペネロペ王女が入ってきた。

先ほどの狩猟衣ではなく、部屋着のようなドレス姿だ。

「待たせて悪いわね、スズカ」

いきなりそう告げると、ペネロペは涼風の向かい側に座った。

「・・・(涼風は発音しにくいのかな?)」

「考えてくれた?、私の近衛騎士になること」

じっとペネロペは涼風を見つめている。

「・・・わかりました、お役目をお受けします」

『マスター・・・』

風鳴の声に涼風は頷いてみせた。

「・・・(精霊使いの修行のためだ、他意はない)」


「助かるわ」

心底嬉しそうにペネロペは微笑むと、自然な流れで涼風の手を取った。

「・・・え?」

「城を案内するわ、ほら、早く立つ」

そのままペネロペ王女による、レスカティエ城の見学会が始まった。


広間、書庫、厨房、浴場、運動場、厩舎、宿舎、様々な施設の案内が終わると、もう日が傾いていた。

「それじゃあ、この辺で、見学してる間にスズカの部屋は用意しておいてもらったわ」


教えられたのは、レスカティエ高位騎士用の部屋だ。

「いや、そんな場所に寝泊まりするわけには・・・」

なんの実績もない新米がそんな場所に入ったりしたらどうなるか、想像するに難しくない。

「そう?、じゃあ宿舎の部屋が空いてるからそこでいい?」

願ってもないことだ、すぐさま涼風は教えられた部屋に向かった。




部屋は四畳ほどの広さで、隅には藁のベッドと小机があった。

「ねえマスター、ちょっとあの王女様おかしいよね?」

ベッドに横たわる涼風に、ふわふわ宙を浮きながら鳴風は話しかけた。

「ああ、何故あんなに私に入れ込むのか」

少し考え、涼風は口を開いた。

「精霊使いとは、珍しいのか?」

「うーん、珍しいことは珍しいね、精霊を魔物扱いして忌む人も多いし」

ならば精霊使いの有用性故にペネロペは涼風を雇ったのか?


わからないが、あまりにペネロペの行動は謎が多い。


「あまり油断はできんな」

涼風はそう呟くと、軽く目を閉じた。





「シドウ・スズカ」

レスカティエ城のペネロペの部屋、彼女の手元には古びた一枚の紙があった。

それはレスカティエの教会で貰った自身に関する予言書である。


『汝の運命の相手は風を友とする精霊使い、汝は彼とともに苦難にぶつかるが乗り越え、ともに新たな時代の始まりを見るだろう』


予言書(というよりも恋占い)、ペネロペが涼風を近衛騎士にしたのにはそんな経緯があったのだ。

たしかに彼の精霊使いとしての才覚を認めたのも事実ではあるが、半分以上は予言書相手が、なぜだか涼風の気がしたからだ。


「スズカ、か」

バルコニーから星を見ながらペネロペはここにはいない近衛騎士のことを想った。




翌朝、早くから涼風は運動場で風皇剣を振り回していた。

少しでも風を操る力を高めようとしてのことではあるが、剣を振るうことで身体に重心を覚えさせるという意味合いもあった。


しばらく剣を振るうと、今度は操霊斧鉾を手にした。

これは剣以上に扱いがよくわからない、とりあえず力任せにぶん回し、さらには地面に叩きつけたりしていたが、やはり扱いはよくわからない。


『マスター、バトルアックスに関しては別にわからなくてもいいんじゃない?』


風皇剣を振るう際には真剣に鍛錬に付き合っていた風鳴だが、いまや外野モードで見学している。

「ふむ、だがなんとも気になる」

そう呟くと、涼風はまたしてもバトルアックスの素振りを始めた。


そんな日がしばらく続いた。

ある日は教官のもとで武術を学び、ある日は馬術に精を出した。

さらにある日は精霊使いとしての魔力を底上げするために一日中座禅を組むこともあった。



「ここにいたのね」

数日後の明朝、運動場で自主トレに励む涼風の前にいきなりペネロペが現れた。

「ペネロペ様」

涼風が頭を下げると、ペネロペは一枚の書簡を彼に渡した。

「・・・これは?」

「読んでみて?」

書簡を広げてみると、どこかの地図と、何行かの文章が書かれていた。

「『レスカティエ西部の川に異変あり、調べること』、なるほど、指令ですか?」

「ええ、あなたの力を見るために、ね」

微かに微笑むペネロペの様子から、心配自体はされていないようだ。

「この指令は本来私の指令、あなたには一緒にレスカティエ西部まで来てもらうわ」


なるほど、今回の指令は精霊使いとしての涼風の力を見るためのものか。

「今すぐにでもでかけるから、準備しなさい」

またペネロペは急だ、まあいい、近衛騎士としての初めての任務、凶と出るか吉と出るか。

15/09/27 16:18更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんにちは、水無月花鏡であります。

シルフと契約を交わし、レスカティエに仕官した涼風さんのお話しがようやく本格スタートであります。

個人的に、ではありますが、精霊も会って即座にエロではなく、信頼を深めてから正規契約したがるのではないかなと思ってこんな感じにさせていただいております。

それではみなさまこの辺りで、次回は水の精霊との出会い、三話でお会いしましょう。

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