第一夜「詩篇黎明」
夢を見た、遥か遠くの場所、どことも知れぬ場所の夢だ。
自分は荒れ野に立ち、目の前にある巨大な物質を眺めている。
否、物質というのは些か誤りがあるかもしれない。
まるで翡翠色の蓮の花のような形をしているが、正面と思われる場所には結晶のようなもので形作られた口がある。
ゆっくりと呼吸するその姿は、間違いなく生物のものだ。
さらにそれはあまりに大きかった。
全高は数千メートルはあるだろうか、あまりに巨大過ぎる。
「小僧、なにをしている?」
声がした、南国の民のような開放的な露出の多い姿に、剥き出しの四肢に走る神秘的な刺青。
鍛え抜かれた身体には一切の無駄な贅肉がない。
恐ろしいほどに美しい美少女だった。
「まあいい、貴様は、強いのか?」
「・・・夢、か」
平成日本で暮らす青年、四道涼風は家の近くを散策していて、不思議な古物商を見かけた。
正直知らぬ場所ではないはずだが、本当にふとしたことで目に付いた。
こんな所に店があったかな、と思いながらなんとなくショーウィンドウを覗いていてあっと驚いた。
いかなる鉱石で鍛えられたものか、虹色に輝く刀身を持つ神秘的なバトルアックスがあったからだ。
柄は槍のように長く、どちらかと言うとポールアックスに近そうだが、刀身は極めて大きく、バトルアックスという呼称がしっくりくる。
気づけば涼風は店に入っていた。
店の中にも不思議な物品が溢れており、近くの書架には奇妙な文字で書かれた古書がいくつもあった。
その一つを手にしてみて、涼風は中に描かれた不可思議な挿絵や、奇怪な文字に目を細めた。
「気に入ったかな?」
いつの間にかすぐ近くに小さな幼女がいた。
海のような青い髪に和服、その瞳は金色とどこか浮世離れした姿の幼女だ。
「その『ヴォイニッチ手稿』はアルラウネを始めたくさんの植物の魔物を例に人間が魔物に変わるプロセスを解説している」
なるほど、よくわからないが見ていると闇に引き込まれてしまい、戻れなくなりそうな危険な魅力。
それがこれには、ヴォイニッチ手稿にはあった。
「けど、君のお気に入りはこっちだろう?」
ショーウィンドウから幼女は巨大なバトルアックスを取り出した。
「操霊斧鉾(そうれいおのほこ)、古代の民が精霊の力を扱う際に使った武具」
触ってみろ、と幼女にバトルアックスを差し出されて微かに触り、後悔した。
いきなり地面に空いた穴に吸い込まれたからだ。
「う、うわあああああああ」
穴に落ちていく中、一瞬だけ幼女が微笑む姿が見えた。
夢を見た、自分はどこかの草原にいて緑の肌の少女を追いかけている。
緑の少女に微笑み、自分は手を伸ばした。
「ここ、は?」
気づくと涼風はどこかの草原に倒れていた。
「おや、お兄さん気がついた?」
声の方を見て、涼風は驚いた。
そこに、夢で見た緑の肌の少女がいたからだ。
「・・・ここは、どこだ?」
未だ混乱の極みにあるが、涼風はそれだけなんとか発言出来た。
近くにあるあのバトルアックス、何が起きたかはわからないが、尋常ではないことが起きたことは確かだ。
「むー、そんなことより私、私のこときいてよっ」
緑の少女はパタパタと両手を振り上げた。
「・・・君は、誰だ?」
渋々涼風がそうたずねると、少女は嬉しそうにクルクル宙を舞った。
「私はシルフの風鳴(かざなり)、マスター絶賛募集中の風の精霊だよ」
シルフ、確か風の精霊、 よくわからないがそんなものいないと理性が叫ぶ中、受け入れている自分もいた。
「そしてここは反魔物領レスカティエ教国の国内、ホーリーマウンテンの山頂、私の遊び場だよ?」
「レスカティエ?、それはヨーロッパのどこかなのか?」
涼風の言葉に風鳴はキョトンとしている。
「ヨーロッパ?、どこそこ?」
やはり、そんな予感はしていたが、ここは涼風のいた場所とは別の世界のようだ。
あまりのことに涼風は一瞬意識がとおくなりかけたが、なんとか気を保った。
「そんなことよりお兄さん自己紹介してよっ」
風鳴にそう言われて、やっと涼風は口を開いた。
「私は四道涼風、特に今は役目はない」
涼風の言葉に風鳴は嬉しそうに笑った。
「今はまだフリーってこと?、じゃあさ、私と契約してみない?」
風鳴の言葉に、涼風は少しだけ考えた。
この世界のことはわからない、ならばこの少女と契約して行動を共にすべきではないか。
「わかった、どうすればいい?」
「うーん、こういうのはムードも大切だし、とりあえずは・・・」
いきなり風鳴は涼風の唇を奪った。
「っ!、風鳴」
『さしあたりはこれでいいよ?、次の段階に進みたくなったらいつでも言ってね?』
とくん、と鼓動が聞こえ、涼風は身体に未知の力が宿るのを感じた。
「これが、風精霊の力」
『そ、じゃあマスター、とりあえず風の力でレスカティエ中央部まで行ってみよう』
風鳴に言われて、涼風は風を集めるイメージをした。
すると、身体に風がまとわりつき、涼風はいつの間にか空を歩いていた。
『上手い上手い、やっぱマスター才能あるよ』
ゆっくりと空を歩いていき、涼風は巨大な都に辿り着いた。
「ここが、レスカティエ中央部」
涼風は中世ヨーロッパを思わせる街並みに心底感服した。
「あら?、この国にも風霊使いがいるのね」
声をかけられ、振り向いて涼風は絶句した。
そこにいた女性が、あまりに美しかったからだ。
流れるような銀髪に紅の瞳、さらには気品ある身のこなし、確実に良家の出身だ。
「なら、この剣を差し上げようかしら?」
美女は涼風に翡翠色の鞘と柄を持つ不思議な剣を差し出してきた。
剣の鍔には紅石の勾玉がくくりつけてある。
「いや、そこまでしていただくわけには・・・」
「いいからいいから、それにこの剣、風皇剣は風霊使いにしか扱えない代物、私が持ってても仕方ないわ」
仕方なく涼風は受け取り、美女に一礼した。
「珍しいものが見れて良かったわ、私の名前はデルエラ、また会いましょう、若き風霊使い」
そう呟くと、デルエラは人ごみに消えていった。
『マスター?、大丈夫?』
「あ、ああ、しかし、凄い美人だったな・・・」
あまり考えないほうがいいかもしれない、涼風は紅石の勾玉を首から下げると、レスカティエの街を歩いていった。
「なんとか、路銀は稼げたな」
安い宿屋、涼風は簡易なベッドに座りホッと一息ついていた。
路銀、風を使った大道芸で稼いだ金だが、一日やってもあまり金は集まらなかった。
ひとまずその金でレスカティエで浮かないように、簡単な上衣に動きやすそうなズボン、翡翠色のコートのようなマントを調達し、身につけた。
残る路銀では、二日三日はなんとかなりそうだが、職を探さねばなるまい。
「それに・・・」
宿の壁に立てかけられた巨大なバトルアックスに、翡翠色の剣。
二つも武器がある、涼風は風皇剣を試しに抜いてみた。
中はより美しい色の翡翠色の刀身であり、まるで刀そのものが力を備えているかのように、刀身に大気が渦巻いていた。
ふうっ、と息を吐くと、すぐさま涼風は鞘を元に戻し、ベッドに横たわった。
軽く瞳を閉じていると、あまりなた疲れていたためか、すぐに深い眠りに落ちていった。
またしても夢を見た、凄まじい声が聞こえるレスカティエの街。
涼風は四人の精霊を従えて街を走っていた。
街の中にはたくさんの魔物がおり、道行く逃亡者たちを追いかけている。
ある者は触手につかまり、ある者は尻尾につかまり、ある者は魔術で拘束された。
涼風は剣を振るい威嚇しながら、街の中央部、レスカティエ王宮に向かっていた。
その先に何が待っているのか、知らずに。
15/09/26 21:17更新 / 水無月花鏡
戻る
次へ