第十九話「苦難」
一万年前の戦い、九重が消滅し、英雄たちは涙を流していた。
「九重・・・」
ゆらり、とクインシーが起き上がると、それに呼応してか六人も立ち上がる。
「あらあら、自滅した英雄が、まだ何をするのかしら?」
嘲るメルコールだが、英雄たちの決意は固い。
「たしかに神仙覚醒は、互いが互いの力を打ち消しあってしまった、結果俺たちの身体は弱り切っている」
悔しそうにダンは呟いたが、そのまま武器を構える。
「じゃがな、あんな小さき英雄が覚悟を決めて戦ったのじゃ、儂たちはそれに礼を示さねばならぬ」
クオンの言葉にヴィウスが頷く。
「大魔王メルコール、刺し違えても、あなたを倒しますわっ」
「あははははは、愚かね、九重とやらと違い、時間の力になんら抵抗できないあなたたちが私に勝てるとでも?」
『僕なら、ここにいる』
瞬間、空間にヒビが入り、真っ暗な空間から九重が帰還した。
「九重っ」
「心配かけたね、クインシーお姉ちゃん」
にっこり笑うと、九重はメルコールを睨みつける。
「馬鹿な、どうやって・・・」
「君と同じ、僕が使うのも時空の女神の力の一端、君が出来るならば僕も出来る、ってこと」
九重はそう告げると、双剣を構えた。
「・・・なるほど、やはり私はあなたを侮っていたみたいね」
メルコールは両拳を構える。
「ならば私は今度こそ本気で、あなたを倒すわ」
凄まじい仙気が、メルコールに集まる。
「魔物が、仙術を・・・」
「私は勇者カインの骸から復活したわ、仙術ならば扱える」
土遁の力に、空間が震えた。
「土遁仙術、重力倍加」
いきなり八人に増す負荷が増した。
「な、に・・・」
「動け、ない」
重力が増したのだ、あまりの負荷に内臓が潰れそうだ。
「この空間一帯に十倍の重力を与えたわ、あなたの体重の十倍の重荷を背負っていることになるわね」
メルコールは冷笑して見せたが、九重は仙気を集中して、なんとか双剣を構える。
「九重っ・・・」
「無理は良くないわよ?、あなたと私の仙気ではあまりに差がありすぎる、仙気を纏っていても無効化はできないわ」
「無理でもなんでも、僕は、心が折れない以上、戦い、続ける」
九重の言葉にメルコールは顔を歪めた。
「そう、なら・・・」
素早く接近すると、重力のこもった拳打を与える。
「折ってあげるわっ」
防御すら出来ず、九重は跳ね飛ばされたが、そのまま重力を操作され、メルコールに引き寄せられる。
「はあっ」
また殴られ、引き寄せられ、殴られるの繰り返し。
あまりの威力に、身体中の骨が砕けそうだ。
「・・・(やら、れる、時空の力の外ならば、戦えると思ったのに、仙気も体術も、桁違い・・・)」
『なにゆえそう思う?』
「っ!」
『そなたは先ほど時空の力で奴の力を破ってみせた、ならば仙術でも出来るのでは?』
「・・・(不可能、です、あまりに仙気の桁が違いすぎる)」
『馬鹿なことを、仙気は本来強いも弱いもない、勝とうとする心が、人間の無限のブラックボックスが、仙気となって力を与える』
「っ!」
『まだそなたの心は折れてはおらぬ、ならばまだ仙気は強くなり、そなたの力となる』
「・・・(そう、か、そうだった、のか)」
「そろそろとどめ、よ?」
メルコールが振り上げた拳に、空間が歪むほどの重力が集まる。
『理解したか?、そうか、ならば・・・』
「九重っ」
メルコールの拳が九重に届くその刹那、凄まじい突風が彼女を弾いた。
「何者っ」
そこには黄金の鎧を身に纏い、黄色のマントを羽織り、白い仮面で顔を覆い隠した正体不明の少女がいた。
「ならば力を貸そう、この我が、旧支配者ハスターが」
旧支配者ハスター、風を司る大いなる神、ヨグ=ソトースとも血縁があると言われる大神。
「そんな、あなた、が・・・」
慄く九重に、ハスターは首を振った。
「正確には我の本体ではない、我は古き神の封印で今いる場所を動けん、故に今君の前にいる我は、はるかに弱体化した分身だ」
マントを翻し、風の神は右手をメルコールに向ける。
「今の我に出来ることなど、こうして分身体を投影し、せめて即死しないように守ることくらいよ」
「好都合よっ、貴様の力も我が物にする」
メルコールの一撃を受け止め、ハスターは顎を上げた。
「笑わせるな、ヨグ=ソトースの力で全能であると錯覚した哀れな俗物よ、神の力はそなたが思う以上に強いのだぞ?」
続いてハスターはしなやかな脚を使ってメルコールの顎に一撃を与える。
「ヨグ=ソトースの力の一部しか奪えんそなたには、我が力は扱いきれぬ、それがそなたの限界だ」
メルコールは今度は重力波を九重に放ったが、それもハスターが片手で弾く。
「ふむ、やはり腐ってもヨグ=ソトースの力、弱体化した我ではこれ以上受けきれぬだろう」
だが、とハスターは呟くと、不思議な光を九重ら八人に放った。
「メルコールよ、そなたは少し人間を侮り過ぎている、そなたの仙術など、猿まねに過ぎぬと知れ」
「黙れぇっ」
メルコールの重力波を防ぎ、今度こそハスターは消えた。
「力が、湧いてくる」
ゆっくりと英雄たちは立ち上がった、あの最後の時、ハスターは全員の体力を回復させたのだ。
「メルコール、今度こそ最後だっ」
九重の啖呵に、メルコールは激した。
「ほざけっ、ハスターのいない今、貴様らに勝ち目などないっ」
強力な重力波が迫る。
「怖くない、僕は勝ってっ、みんなと一緒に帰るんだっ」
仙気を纏った双剣で重力波を防ぐ。
「うぐっ」
「あはははははは、やはり人間は私に勝てない、私こそが最強、大魔王なのよっ」
苦悶の表情を浮かべながら九重は踏ん張る。
「うおおおおおおおお・・・」
気合いとともに重力波を押し返す。
「っ、ば、馬鹿なっ、そんなっ」
重力波はメルコールに命中、瞬間、メルコールの外縁がぐらりと揺らぐ。
「剣呑」
「九重きゅん、逃げるよ?」
クインシー、ラグナスの飛行可能な英雄に肩を借りて、九重は崩れゆくメルコールの体内から脱出した。
「やった、の?」
夕日に染まるローラン、そこにはメルコールの残骸が落ちている。
「いや、まだだ」
クインシーの台詞を打ち消すように、九重は前に出る。
「よくも、よくもっ」
残骸の中から、メルコールが現れた。
重力波を受けてボロボロだが、まだまだやる気のようだ。
「貴様ら、許さんぞっ」
ばちり、と音がして、あらゆる場所を暗闇が覆いつくす。
「かくなる上はこの大陸を消滅させて、全員道連れにしてくれるわっ」
九重の第六感は、この闇がアメイジア大陸全土を覆っていることを伝えていた。
しかもメルコール自身も時空の力をまとい、攻撃出来そうにない。
「っ!、こうなったからには・・・」
ラグナスの悲痛な叫び、英雄たちは頷くと、力を集中させる。
「貴様ら、何を・・・」
「我らの心を一つにして空間を歪める」
エルナの言葉にメルコールは目を見開いた。
「貴様らごときに出来る芸当ではないわっ」
「それが出来ちゃうのよね、みんなでなら」
ツクブの軽口、だがその言葉は確実に信憑性のあるものだった。
「行くぞ大魔王メルコール、我らの一撃を受けてみよっ」
「この身朽ちても大陸だけは救いますわっ」
「うらあっ、深淵開門(アビスゲート)っ」
英雄七人が放つ時空を歪める一撃、さすがのメルコールも歯噛みした。
「貴様らっ」
「うおおおおおおおおおおおっ」
だがメルコールの障壁を破るには至らない、次第に英雄たちの技は力をなくしていく。
「ふ、ふふ、あはははははははははっ、やっぱり無理じゃないの、あなたたちじゃ勝てないわ」
「別に、これで倒さなくても、いい、ただ、あなたの、障壁を、弱らせられば」
クインシーの言葉に、メルコールはやっと英雄たちの真意に気付いた。
「・・・メルコールっ」
九重は素早くメルコールに肉薄すると、バルザイブレードで大魔王を突き刺した。
「なっ、貴様っ」
「バルザイブレードの力で、時空の力を制御しますっ」
ばちばちと電流のようなものが九重の全身に走り、その姿が少しずつ透けていく。
「消滅のエネルギーを一人で、そんな真似をすれば世界からあなたの痕跡が消えるわよっ」
時空の力でただ消えるだけではない、人の記憶からも消える、そうメルコールは忠告した。
「構わないっ、僕が消えても、平和が来るならばっ」
「っ!、何故、そこまでして・・・」
メルコールの問いに、九重は応える。
「仙術を使えるならばわかるはず、それが人間の心っ、他人を思いやる気持ちだっ」
「ここ、ろ、心、私は、そう、私は、あの日闇の神殿で・・・」
メルコールは何かを思い出したのか、空を見上げた。
「あ、あは、あはははははは、そうか、私はっ・・・」
直後光が煌き、アメイジア大陸全土を包まんと、時空の結界が発生し始めた。
そして七人の英雄の前には核部が消滅してバラバラとなった巨大なジャイアントアントの骸だけが残り、小さき英雄は、空間からも、記憶からも消え失せた。
「っ、アメイジア大陸がっ」
九重などいなかったかのように、ラグナスは空を見上げた。
「すぐに生存者を外に、この感じ、あまりいいものではありませんよ」
エルナの言葉に六人は頷くと、すぐさま一人でも多くを逃がすために、行動を開始した。
「あーあ、九重に、せっかく逢えたのに、ここまでか、でも『次は』、きっと・・・」
『これが、一万年前の真実だ』
ヨグ=ソトースの空間、九重は再びもとの時間へと向かっていた。
『七大英雄とともに汝はメルコールを倒したが、時空の力をその身に浴びたために、一万年前の人々の記憶から消え失せたのだ』
そうか、それで七大英雄たちは九重のことを誰も覚えていなかったのか。
『ただ一人を除いて、な』
「え?」
九重は首をかしげたが、ヨグ=ソトースはもう何も言わなかった。
『これで全ての真実を汝は見た、過去、未来、現在、その上で問う、汝の欲する未来は?』
未来、あの未来世界において、メルコールにより死亡した七大英雄。
メルコールが現れたことにより、不幸となった一万年前のアメイジア大陸。
「大魔王メルコールの誕生しない未来を願います」
『その結果が如何なるものであれ、汝は受け入れるか?』
九重が頷くと、ヨグ=ソトースは息を吐いた。
『分岐点はすぐそこに来ている、その時、後悔なき選択をせよ』
ゆらりと落ちていく中、九重は身体が元に戻っていくのを感じていた。
『さらばだ、雨月九重よ、汝の未来に幸運あれ』
ヨグ=ソトースの声、九重は見知った時間へと回帰していった。
時空の力の影響で、時の狭間に封印されることになった英雄たち。
クインシーは眠りに入りながら、ふとつぶやいていた。
「みんなが、忘れても、一緒に、戦ったこと、私は、覚えてるよ?」
目を閉じ、クインシーは思う。
「もう一度、逢えたなら、私は、貴方をずっと助ける」
時空の女神の眷属であったために、クインシーは九重のことを覚えていた。
そして七大英雄と小さな英雄の物語は、一万年後に続くこととなる。
「ふははははは・・・」
闇の神殿の最深部、巨大な広間のような空間にキバは立ち、巨大な杖を振るっていた。
部屋の中央の魔法陣にはアベルが寝かされ、部屋の壁にはびっしりとジャイアントアントが拘束されている。
「さあ、キバ様、いよいよ最強の魔物が産み出されるときです」
カオスはニヤニヤと笑いながらキバに話しかける。
「そしてこやつを操り、全ての魔物を駆逐し、アメイジア大陸に人族の楽園を築くのだ」
心底楽しそうに笑いながら、キバは黒い玉が
はめ込まれた杖を振るい、魔法陣を起動させた。
闇の神殿全体が震撼し、あたかも新しい生命の産声かのように、すさまじい雷鳴が轟いた。
「・・・(本当に愚かな女、今自分が亡国に至る引き鉄を引いたというのにも気付かないで)」
一瞬だけ、カオスの相貌が崩れ、淵のない混沌が見え隠れした。
15/09/10 14:20更新 / 水無月花鏡
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