第十八話「救世」
「英雄どもに決戦を挑む」
キバの言葉にカオスはうっすらと笑った。
「あなたにはもう教えることはありません、その力で万物を虚無に返して下さい」
エディノニアから離れた場所にある闇の神殿と呼ばれる古代の墓所、そこにキバら桜蘭は隠れていた。
「ですがその前にあなたにはやらねばならないことがあります」
「強い仙気を持つものを捕らえて、怪物の核部にする」
カオスは満足そうに頷いた。
「はい、それで桜蘭の勝ちは揺るがぬものとなるでしょう」
舌舐めずりを一つして、カオスはキバに耳打ちした。
「・・・なるほど、しかし彼女はたしか」
「はい、アダマニウム鉱山にいます、忌々しき英雄に捕らえられています」
キバはゆっくり立ち上がると、その身から不気味な闇の気配を放った。
「良かろう、新たな力を試す良き機会だ、アダマニウム鉱山に行くとしようか」
キバはふわりと空中に浮くと、単身アダマニウム鉱山に向かった。
アダマニウム鉱山はいきなりの襲撃者にかなり騒がしかった。
「キバっ」
大迷宮を突破するなど出来ないはず、だがアダマニウム鉱山に現れたのは、最終皇帝キバその人だった。
「久しいな英雄どもよ、それに裏切り者のヴァルキリーよ」
七人の英雄に並び、キバを迎え撃つサファエルに最終皇帝は目つきを鋭くする。
「キバ、あなたのやろうとしていることは摂理に背く行為、容認するわけにはいきません」
「ふんっ、魔物は須らく撫で斬りにする、存在自体が悪ならば滅ぼすのみだ」
「その台詞、鏡を見て言ったらどうかしら?」
ゆらりと鉱山の奥からリエンが現れた。
「最終皇帝キバ、いいえ、危険思想のキバ」
「リエン、貴様の存在は私を苛立たせる、まずは貴様から葬ってくれるわっ」
キバは闇色の気運を束ねてリエンに投げつける。
「この力は混沌に連なる力、あまりに危険すぎるわ」
バルザイブレードを引き抜き、どうにか受け止めるリエンだが、その表情は険しい。
「くくくっ、いやいや面白くなってきましたね」
新たな声、キバの後ろから怪しげな風貌の女が現れた。
「誰かな?、見たことない、けど」
ラグナスの言葉に、その女、カオスはにこやかに一礼した。
「始めまして英雄方、わたくしはカオス、キバ様の新たな配下です」
にやり、とカオスは苦戦するリエンを見て冷笑した。
「おやおや、やはりわたくしが与えた力は絶大ですね」
混沌に属する力、これを与えたのはカオスだと言うのか。
カオス、そのあまりに得体が知れない存在に、リエンは警戒を露わにした。
「キバ様、ここはわたくしに任せてあなた様は目的のものを」
「わかった」
リエンへの攻撃を一旦止めると、キバは空中を浮遊して、アダマニウム鉱山の奥へと向かった。
「行かせぬぞっ」
糸を放つクオンだが、気配なく接近していたカオスの一撃で跳ね飛ばされた。
「ぐはっ」
「クオンっ」
地面に叩きつけらる、血を吐くクオンだが、一体いつの間に近づいたのか。
「さてさて、音に聞く英雄方の力をみせてもらいましょうかね?」
舌舐めずりするカオスに、英雄たちはそれぞれの武器を構えた。
地下牢の門番をなぎ倒し、キバは目的の牢屋に足を踏み入れた。
「キバさまっ」
アベルはいきなりの来訪者に驚いたが、同時に顔色を悪くした。
久しぶりに見たキバの姿が、恐ろしく禍々しいものに感じたからだ。
「き、キバさま、あなたは一体・・・」
「人間の未来のために、貴様を使わせてもらう」
瞬間、アベルは当身を喰らい、意識を手放してしまった。
「最後の鍵、これで全て揃ったな」
アベルを抱えると、キバはゆらりと地下牢を後にした。
「やれやれ、その程度でしたか?」
アダマニウム鉱山内の戦いは圧倒的だった。
カオスの実力は、英雄たちの遥か上を行くものだったのだ。
「まさか、これほどの力を・・・」
エルナは口から血を吐きながら呟いたが、その言葉がカオスの実力を物語っていた。
いつの間にか接近されて殴られ、攻撃してもすり抜けるようにかわされてカウンターを見舞われる。
まるで霞を相手にしているようだ。
「帰るぞ、カオス」
アベルを抱えたキバが現れると、カオスは一礼した。
「はい、我が主よ」
「っ!、待ちなさいっ」
リエンはバルザイブレードを引き抜いたが、それを見てカオスは顔色を変えた。
「ほう、そうでしたか、あなたも未来から来たのですか」
「っ!」
未来から来た、だと?、カオスは何を言っているのか。
「《ラストシスター》、最後の姉妹、ですか?、そう呼ばれているのはわたくしが知る限りお一人しかいません」
ちらりとカオスはキバを見た。
「このようなところでお会い出来るとは夢にも思いませんでしたよ?、次代の
魔王様?」
リエンはおろか、その場にいた全ての者が絶句した。
「次代の、魔王?、リエンが?」
ヴィウスはやっとそう呟いた。
「ええ、キバ様とは違う時間から来られたのかもしれませんが、あなたも未来人、この時間ではまだあなたは産まれていませんしね」
「・・・そうか、やはり貴様は私の時代の魔王だったか」
キバはぎろりとリエンを睨みつける。
「似ているとは思っていたが、まさか本当にそうだったとはな・・・」
「・・・たしかに私は未来人、お母様の後に魔王の位を継ぐリリン」
リエンの言葉に、ようやくカオスの話しが真実であると一同に伝わった。
「未来の魔王、なるほどね、それでか」
合点がいった、あまりに彼女は未来のことを知り過ぎていた、今考えると不自然なほどに。
「何故来たか、はともかくとして」
リエンはバルザイブレードをカオスに突きつけた。
「そんなことを知るあなたは何者?、何故キバに力を貸すの?」
「さあ、わたくしはカオス、混沌よりの使者、あなた方とは違う存在、とだけお伝えしておきましょうか」
くわっ、とカオスとキバの周囲を闇が取り巻く。
「待ちなさいっ」
「それではアディオス、次は決戦の舞台でお会いしましょうか」
リエンが止める間もなく、二人は消え去ってしまった。
「隠していたことは謝るわ、本当にごめんなさい」
リエンは隠しごとをしていたことを素直に詫びると、頭をひねった。
「次代の魔王、正直予想外だったぜ?」
ダンの言葉は、その場にいた全員を代弁する言葉だった。
「何故、未来から?」
クインシーの質問に、リエンは頷いた。
「私がお母様に代わり魔王に即位した時間軸、私にとっては過去、今からだと未来だけれど、そこでは今以上に神魔の戦いが激しかったわ」
サーガの言葉通りだ、その戦いの中でエディノニアは滅亡し、最終皇帝キバは過去に飛んだ。
「お母様が私に譲位したのには二つの理由があった、一つは加齢による魔力の低下を著しく感じたため、リリンの中で一番若く、魔力が充実していた私に譲り、補佐をする形でデルエラお姉様が摂政につかれたわ」
世代交代、これにより魔物はよりサキュバスらしくはなったものの、やはり血族間の譲位だったためか、大して性質は変わらなかったようだ。
「もう一つは長引く大戦を納めるために、かつてアメイジア大陸の封印を破った契約の大英雄を探すため、だったわ」
混沌が混沌を産み、破壊がさらなる破壊を呼ぶ戦いを鎮めるためには、契約の大英雄の力が必要だったのだ。
「私は彼こそがこの戦乱を鎮められる人物だとわかっていたわ、故になんとしても探さなければならなかったけど、お母様がそれをして下さったわ」
「それで、見つかったの?」
ツクブの質問にリエンは頷いた。
「見つかったわ、と言うよりも彼は私の、否私たちのよく知る人物だったわ」
軽く頷くと、リエンはついに契約の大英雄の名前を告げた。
「日々晴紫苑、そう名乗っていたけれども本当の名前は・・・
雨月九重、私たちが知る九重の未来の姿が、契約の大英雄、よ」
あまりのことにその場は水を打ったように静まり返った。
「よくわからない第三者じゃない、九重が、バルザイブレードに宿った時空の力を使って今からアメイジア大陸の結界を破るの」
それこそが未来、九重が今からアメイジア大陸を救い、のちの時代に契約の大英雄と呼ばれることになるのか。
「九重はアメイジア大陸の封印を破る時、時空の女神と一つの契約を交わしたわ、それこそが、永久を生き、来るべき時まで伏し、その後に平和を成し遂げる、その代わり、九重はバルザイブレードを通して時空の女神の力を制御、見事にアメイジア大陸を解放したわ」
リエンは一息にそこまで話すと、悲しそうに息を吐いた。
「けれどお母様も主神も彼を放置しようとはしなかった、彼は時空の女神の力を受けた効果で、時空の力を操り、対象を転生させることが出来るようになっていたもの」
転生、これも時間の力の応用だ。
本来人間が魔物に変えられた場合、もとに戻す手段はないが、時間の力を自在に操れるようになった九重ならば、魔物になる前にまで体内時計を戻すことで人間に戻せてしまった。
しかも空間にまで干渉出来るようになった結果、神々にしか扱えないはずの、天界に至る道まで制御できるようになっていた。
「それがために戦いは激化し、ついにはエディノニアも滅びてしまった、九重はいつも襲われ、戦いながら生きながらえていたみたいね」
神としても魔王としても彼はあまりに重大人物だった。
喉から手が出るほど欲しいとはこのことか。
「九重はその後、魔界高位将軍として力を発揮、各地で転戦し、ついには彼の弟子であるタムド将軍が主神と和議を結び、世界は平和になった、というわけよ」
そして、とリエンは続けた。
「私はその後娘に譲位して、過去に遡り今ここにいるわ、九重を導くために」
以上よ、とリエンはそう告げると、息を吐いた。
「・・・何もかも、決しているのかな?」
ラグナスは悔しそうに呟いた。
「九重きゅんの未来に、そんな過酷な使命が待っているのに、黙ってることしか・・・」
「・・・私も手放しで現状を受け入れているわけじゃないわ、けどこのまま行けば多数の犠牲は出るけど、みんなが望んだ魔物と人の未来が来るわっ」
「たしかにそれは魅力的な未来です、しかしあなたは本当に、それでいいのですか?」
エルナの言葉に、リエンは詰まった。
「そうね、九重一人に重荷を背負わせ、過去のツケを払わせる、それは、正しいのかしら?」
続くツクブの言葉も辛辣なものだった。
「・・・いい仲間を持ったわね、九重」
ひっそりと呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。
「ええ、今からでも間に合うわ、今を生きる彼が、全ての未来を選ぶべきね」
たとえ未来が変わったとしても、たとえ結末が悪化したとしても、たとえその未来に『自分自身』がいなくても。
未来を選ぶのは今を生きるもの雨月九重だ。
リエンは密かに、重大な覚悟を決めていた。
15/09/05 14:56更新 / 水無月花鏡
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