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第十七話「究極」



明朝連合軍は祭礼の渓谷を出陣し、昼頃にエディノニア平原にて布陣する魔王軍と対峙、睨み合う。

同刻、英雄たちを乗せた戦艦ルクシオンもまた祭礼の渓谷を出発、連合軍とは別ルートでエディノニア平原よりも奥にあるローランを目指した。


かくして二つの場所にて、後々の世界にまで残る戦いは始まった。





「あれが、大魔王メルコール」

昼頃にローランの空に浮かぶメルコールの姿を確認した九重は絶句した。



あまりにも大きい、全長はウィークボソンをはるかに上回り、全身は昆虫の蛹のような鎧甲に覆われている。

その巨体を前にすれば、ルクシオンすらも象に挑む蟻のように滑稽に見えた。

シルエットだけならば六つの足に胴体と蟻の原型を保っているが、あまりに大きく、凄まじい威圧感に、蟻ではなく、造物主が自らの力を誇示するために造った神獣の類かと錯覚するほどだ。


しかも九重にはわかってしまった、メルコールの姿は確かにそこにある、だが同時に空間的にずれた場所にいるため、直接干渉は出来ないことが。

まさに大魔王、ヨグ=ソトースの力がなくてもとんでもない力かもしれない。



「とんでもない、化け物」

クインシーも女神の眷属として、ただならぬ気配を感じているのか、顔つきが険しい。

「あれにはいかなる兵器も通用しない、大いなる時間の力をまとっている」

ラグナスはそう呟くと、目を閉じた。


「どうやってメルコールを?」

九重の問いに、エルナは頷いた。

「この戦艦ルクシオンに搭載されている機関はタキオン粒子の流れに沿って高速移動が出来る、限定的ながら時間に干渉することが出来ます」

「メルコールの本体はこの巨体ではなく体内にいる核部、それを破壊しなければならない」

ラグナスはそう呟くと、オペレーターに連絡した。

「機関フル回転、メルコールを捉えたならば瞬時に突入」

瞬間ルクシオンとメルコールの間に斥力場が発生したが、そのまま戦艦は突入し、メルコールの前方に刺さった。

「成功です、時間障壁を突破しましたっ」

「よし、僕たちが体内に潜入したらすぐに離脱してエディノニア平原に向かいたまえ」

英雄たちはそのままメルコールの体内へと足を踏み入れた。



『あらあら、命知らずの馬鹿どもが来たみたいね』

不気味な声、この声の主が大魔王メルコール、全ての元凶とも言える怪物。

だが、九重はどこかでメルコールの声を聞いたことがあるような気がした。

過去における聞き取りづらい言葉ではない、もっと前に聞いたことがあるような気がしたのだ。

『勇敢ね、けれで蛮勇と履き違えていないかしら?、時間障壁を破ったところであなたたちに勝ち目はないわ、それほど私とあなたたちの力には開きがある』


メルコールの警告を無視し、英雄たちは歩を進めていく。

『そう、ならばこの私の体内で朽ち果てるといいわ』


瞬間、半透明な膜のような壁が現れて英雄たちを一人一人分断した。


「しまったっ」

九重が毒づく暇もない、英雄たちはそれぞれ別の場所へと取り込まれ、少年英雄もまた足元に現れた穴からどこかに落ちていった。




「・・・痛た」

巨大なホールのような空間、そこに九重はいた。

微かに背中にあるバルザイブレードが輝き、身体に防御膜を張っている。

どうやらメルコールが使っていた時間障壁と同質のもののようだが、無意識的にバルザイブレードが起動したのか。

「ここから出ないと」

ゆっくり歩こうとして、いきなりホールのあちこちから複数体のメルコール幼体が現れた。

「なっ・・・」

しかもご丁寧に一体一体鎧甲で身体が固められている。

腰の龍光を引き抜くと、九重は正面に構える。

「・・・来いっ」


クインシーとの修行で仙術を伝授された九重は、自在に仙気を操ることが出来るようになっている。

「日遁仙術っ」

龍光の先端から圧縮した太陽の熱を放ち、鎧甲をドロドロに溶かして見せた。

仙術により自然の力を再現する、九重の属性は日と月、さっきのは仙気で太陽の輝きを再現して放ったのだ。


「はあっ」

今度は直接メルコールに斬り込んだが、龍光の威力たるや凄まじく、鎧甲をやすやすと両断してしまった。


『中々やるじゃない、良いわよ、あなた』


メルコールの怪しげな声に九重は上を見上げた。

「みんなをどこにやったっ!」

『さあ、あちこちで戦っているわ?、けれど心配しなくても全員同じ場所に送ってあげる』

ゆっくりと壁が開き、通路が姿を現した。

『あの世に、ね』


慎重に、九重は先へと進んでいった。




『愚かね、あなたたちの未来は決している、なのに戦うなんて、人間のなかでもあなたたちはひときわ愚かね』


メルコールの罵倒に反応せずに、九重は先へと進んでいく。


「っ!」

しばらく行くと、英雄たちがいたが、全員無残にも床に倒れている。


『愚かな英雄がまた一人』

そして部屋の中央にそれはいた。



女性らしいシルエットに背中にはうす透明な翅、頭にある触覚は普通のジャイアントアントよりも遥かに無駄がない。

ほっそりとした肢体はしなやかであり、また女性的な優美さを感じられる。

『彼女』が腰掛けている蟻の胴体のような巨大な台座も彼女の一部なのか、ときおり足を動かしている。

その大きさは九重を遥かに上回るが、それでいて美しさを一切失わない洗練された存在だ。

「お前が、大魔王メルコール・・・」

だがそんなことよりもメルコールは、あまりに彼女に、九重のよく知る人物に似ていた。

「リエン、お姉ちゃん?」




「・・・リエン?」

メルコールは一瞬だけ何かを思い返すように首をかしげたが、すぐに高圧的な瞳で九重を睨み伏せた。


「知らない名前ね、私は大魔王メルコール、魔を統べ、世界を統べる者」

「・・・気をつけ給えよ、九重」

ゆらりとラグナスは立ち上がった。

「彼女は時空を統べる力の使い手、時空の女神の力を使う・・・」

九重は静かにラグナスを支えると、壁にもたれさせた。


「メルコール、君を倒す」

九重は龍光をメルコールに向けて啖呵を切ったが、大魔王は嘲るように笑った。

「倒す?、愚かね、そこまで行くと憐れよ?、けれどまあ、一つゲームと行きましょうか」

ぱちりとメルコールが指を鳴らすと、いきなり九重の姿が変わった。


「えっ?」

その身長は170前後にまで伸び、顔つきは精悍な剣士の顔つきに、その身にまとう鎧はより実践的な鎧に変わった。

「あなたの身体はもっとも人間がその力を活かせる二十代前半のもの、仙気に関してもそのくらいのもの、これくらいはハンデであげるわ」

九重は軽く身体を動かし、調子を見ると、龍光を右手に掴み、バルザイブレードを左手で引き抜いた。

「さあ、幼き英雄よ、あなたの力を限界まで引き出して見なさい」

瞬間、バルザイブレードが警告を発した。

「っ!」

いきなり動けなくなり、あらゆる動きそのものが停止した。

「この時間は理解できないでしょう?」

時間が停止した、そのことに九重が気づいたときには攻撃が迫っていた。


「っ!、そこっ」

仙気を込めてメルコールの一撃を双剣で弾く。

意外だったようでメルコールは目を見開く。



「弾いた?、まさかあなた、認識しているのかしら?」

認識、どういうことだ?

「試してみようかしら」

再び時間が止まり、空間が動かなくなる、だが今回に関してはまるで身体にバネをつけているように鈍いが身体が動いた。

「はあっ」

再び攻撃を弾く九重に、メルコールは顔つきを険しくする。

「なっ、追いついてきた?、あなたは一体・・・」



「どうなってんだ?」

後ろでダンがクオンに問いかける。

「わからぬ、じゃが九重はいかなる手段からかメルコールの時間停止に付いてきておる」

予想の上を行く状況にメルコールの顔つきが歪む。

「あなたは、生きていてはならない」

三たび時間が停止する、だが今回はメルコールの動きに九重は完全についてきていた。

「見えるっ」

踏み込んできたメルコールの一撃を弾いて攻撃に転じる。

だがメルコールも素早く後ろに下がり体制を整える。

「っ!」

「せやあっ」

仙気を込めた一撃を放つが、斬撃はメルコールの時間障壁に阻まれた。

「ならばっ」

リエンに出来て九重に出来ないはずはない。

バルザイブレードに力を込めて障壁を切り裂くと、不吉な音ともに障壁が破れた。

「やってくれる」

だが、そこはメルコール、続けざまに放った一撃を見切ってかわすと、台座に座りながら衝撃波を放った。


「っ!、降りては来ないのかっ」

「あなたごときこのままで十分、格の違いを教えてあげるわ」


とんっと台座の足でメルコールが床を叩くと、数体の幼体メルコールが現れた。

「わらわらと・・・」

げんなりする九重だが、やる他ない、二本の剣を正面に構えた。



「はあっ」

気合とともに襲いかかる幼体メルコールを両断、同時に傷口を日遁仙術で焼き付けて再生出来なくする。

「メルコールっ」

「やるわね、けれどこれまでよ」

台座の足が動き、九重を攻撃せんと上から狙う。

「はあっ」

二本の剣をかざして九重は台座の足を弾くと、仙気を高めて刀身にまとう。

「日遁仙術、大輪舞踏っ」

まるで炎の剣、そのまま九重は剣を振り回して台座の足を全て両断した。

「やってくれるじゃないの」

とんっと、台座から飛び降りると、メルコールは始めて九重と同じ高さに立った。

「この私を地面に引き摺り下ろした罪は、重いわよ?」

ぐらぐらとメルコールの右手にまるで陽炎のように力が集まる。

「知っているかしら?、この世界以外にも、異界はたくさんあることを」

『陽炎』が爆ぜ、九重はまるでブラックホールに吸い込まれるかのように空間に吸収された。

「さあ、あなたは大いなる時空の力の一端で、遥かな神秘を垣間見ることになるわ」



まず見えたのは海に沈みゆく海中都市。

続いて燃え盛る灼熱の恒星を走り回る、炎の狼。

石造りの建物が並ぶ地底の都市。

宇宙の中心で眠り続ける不定形の大神。

惑星が尖塔を横切る不安定な邑。

様々な場所を引きずり回され、九重は知らず絶叫した。

「くっ、はあ、はあ」

「く、ふふふ、あははははは・・・」

息を荒げながら元の空間で九重は双剣を構え直す。

身体は一切ダメージを受けていない、どうやら意識だけを異界へ飛ばしたのだ。

だがそれだけでも精神に受けたダメージは尋常なものではない、おそらく普通の人間ならば発狂していてもおかしくはないだろう。


「くくっ、異界旅行は楽しかったかしら?」

「メル、コールっ!」

剣を向ける九重にメルコールは心底感心したように頷く。

「まだ戦うなんて、あれで実力差はわからなかったのかしら?」

今度はぱちりとメルコールが指を鳴らすと、まるで竜巻のようなものが巻き起こり、九重を巻き込んでいく。

「その先は空間という概念自体がない世界、そのまま消滅しなさい」

「くっ、うわあああああ・・・」

やっとわかった、最初からメルコールは自分の勝ちを疑わなかった、だからこそ九重にハンデを与えたのだ。

一撃で即死させられる技があるならば、別に多少遊んだところで優位は覆らない。

叫びとともに、雨月九重は、完全に消滅した。



15/08/31 19:10更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんばんは、鏡花水月であります。

散々勿体つけましたが、今回は大魔王メルコールとの決戦が始まっております。

幼体のときには魔物に毛の生えた程度の力しかありませんでしたが、今回戦う第二形態のメルコールは一筋縄ではいかないようや力となっています。

RPGやアニメで言うところの複数回変身し、何度か戦うボスになりますが、一万年前の世界におけるラスボス、果たして九重くんは打ち勝つことが出来るのか。


それでは次回は現代にてリエンと契約の大英雄の正体が明かされる十八話でお会いしましょう。

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