第十六話「開始」
「さて、話して貰おうか」
アダマニウム鉱山の地下の部屋、七大英雄とサファエルは向かいあっている。
「キバは何を企んでいるのですか?」
エルナの問いに、サファエルは頷いた。
「キバは強力な仙気の持ち主を核にして、複数体の魔物を合成させようとしている」
サファエルの言葉はあまりにあまりなため、七大英雄はしばらく何も言えなかった。
「合成、どうするつもりかしら?」
いち早く我に帰ったツクブに、ヴィウスも頷く。
「そうですわね、仮に合成しても今の魔物が人間を殺めるとはおもえませんわよ?」
サファエルは軽く瞳を閉じていたが、すぐに開いた。
「核部に仙気が強い人間がいれば魔物と化してもある程度操れる、キバは合成した怪物魔物を操り、一発逆転を狙うつもりだ」
なるほど、仙気は人間の心から生まれた力、強い仙気の人間を使い魔物の心に染まらないようにするのか。
「キバを止めて欲しい、奴はもう形振り構ってはいない、なんでもするつもりだ」
サファエルは瞑目し、頭を下げた。
「頭を上げて、サファエル」
ラグナスはゆっくりとヴァルキリーに手を差し出した。
「もし君が本気で世界を憂いているならば、僕たちの仲間だ、一旦停戦しよう」
ちらっとラグナスは、周りにいる英雄たちに目を向けたが、六人とも微かに頷いている。
「キバを止めなければ仮にアメイジア大陸の封印が解かれても恐ろしい脅威となる、なんとか倒さないとね」
「ラグナス殿」
サファエルは頭をあげると、ラグナスの差し出した翼を握った。
「戦乙女である私が魔の力を得た英雄とともに戦う、まるで神魔が和解したようだな」
「そんな未来が、来ればいいね」
ラグナスはここにはいない小さき英雄のことを思った。
かくして、英雄たちと禁軍の停戦はなったが、英雄たちは一人として気づいていなかった、この停戦が、アメイジア大陸全土を巻き込む決戦の始まりであることに。
「私に会いたい、と?」
キバはとある実験中に不思議な人物の面会を受けた。
「始めまして、わたくしの名前はカオス、混沌よりの使者でごさいます」
その女は京劇のような派手な形状ながら、不気味な黒い装束をまとい、闇のような黒髪の、漆黒と言う表現がしっくりくる姿だった。
「エディノニアの最終皇帝キバ様とお見受けします」
カオスと名乗るこの女、なぜかキバが未来から来たことを知っている。
慄くキバだが、カオスはにやりと笑いながら口を開いた。
「もしあなたがより強い力を欲するならば、わたくしが力をお貸しいたしましょう」
カオスの瞳が、一瞬光ったが、キバはそれには気づかなかった。
「・・・力、だと?」
「はい、あなた自身に力を与えます、あらゆる魔法に属さない虚無なる力、混沌の導き手たる力を」
怪しい誘いだ、しかしキバは、何故かこのカオスの誘いに乗らねばならない気がした。
気がつくとキバは、こくりと頷いていた。
「はい、承りました、これであなたも混沌に属する虚無の住人です」
カオスの表情に、微かな冷笑があることに、キバは気がつかなかった。
『そなたは、何のために戦うのだ?、何を望み、戦う?』
「未来を、みんなが笑える明日を望みます」
『その未来の果てには何がある?、そこに光はあるのか?』
「・・・わかりません、ですが光を信じて、未来のために戦うことこそが、人の、否、生きとし生けるものの本質ではないでしょうか?」
『魔物と人が融和し、神を打倒した先にある未来は混沌ではないのか?、必要悪として生み出された魔物と交わることは、己自身も悪に染まることではないのか?』
「違います、必要悪と定めたのは神、故に単純な善悪は神が定めたもの、本質的には人間も魔物も、変わらぬはずです」
『・・・ふむ、そなたの考えることはよくわかった、未熟な理想論、それに伴わぬ性善説、が、我はそのような、実に人間らしい考えは嫌いではない』
「・・・あの、あなたは一体?」
『そう言えば名乗っておらなんだな、我は『名状しがたきもの』、または『邪悪の皇太子』、そして風神ハス・・・』
いくつかの蝋燭のみが光を与えている洞穴のなかで、九重は座禅を組み、仙気を集中していたが、すっと目を開いた。
反対側の洞穴ではクインシーが籠手を身につけ、九重の身体に残っていた感覚をもとに必殺の技、魂魄隔離を会得せんとしていた。
すでにこの時代に来てから幾日かが過ぎており、九重も仙術を使いこなせるようになりつつあった。
「九重」
洞穴にクインシーが立ち入ってきたことを察知し、九重は首を出入り口に向けた。
「グロウィが呼んでる」
「いよいよ、大魔王メルコールはアメイジア大陸中央部、ローランに布陣したようだ」
グロウィの言葉に九重、そしてクインシーは頷いた。
メルコールがアメイジア大陸に現れたばかりか、手下のウルク、指揮官にあたるハイウルクまで相当な数が布陣しているのだという。
すなわちアダマニウム鉱山もまた安全ではなく、近いうちに攻撃を受けるかもしれないというわけだ。
「もう、修行の、時間は、ない?」
クインシーの言葉にグロウィは頷いた。
「そういうことだ、英雄を中心に残った戦力は連合軍を形成、エルフのいる渓谷、祭礼の渓谷に集まり攻撃に備えている」
祭礼の渓谷が落ちれば次はアダマニウム鉱山、いよいよ危機が迫ってきたようだ。
「両軍が出た場合激突はローランから離れたエディノニア平原で起こるだろう、だがメルコール側の兵力は無尽蔵、連合軍は精々三千、勝ち目はないだろうな」
グロウィの言葉に九重は生唾を飲み込んだ。
「どうすれば勝てますか?」
「兵力差は圧倒的、ならば少数精鋭で裏から攻め、首を落とすしかない」
つまりは一点集中により首魁である大魔王メルコールを倒すのだ、首さえ倒せばあとは勝手に瓦解するだろう。
「英雄が、やるしかない」
クインシーはそう呟いたが、あの英雄たちがそんなことに気がつかないとも思えない。
おそらくすでに行動に移しているのだろう。
「ともかく二人は祭礼の渓谷へ、戦いが始まる」
グロウィの言葉に九重は決意を固めた。
アダマニウム鉱山から出る前に、グロウィはボロボロになっていた九重の鎧を鍛え直し、従来のヘッドギアのような兜と、顔まですっぽり隠す兜の二つを用意してくれた。
九重自身あまり気がつかなかったが、祭礼の渓谷を出発してから随分と背が伸びていたため、鎧も新しくしなければならなかったのだ。
「ついでにこいつも持っていけ」
グロウィが差し出した刀は、柄に鱗のような不思議な文様があるものだった。
「龍光、俺の最高傑作だ、使え」
礼を述べると九重は龍光を腰に佩き、クインシーとともに祭礼の渓谷へと向かった。
祭礼の渓谷、未来世界ではエルフの里であり儀仗園庭は各部族代表の集まる庭だったが、この時代には要塞の様相を晒していた。
「英雄たちはどこに・・・」
がやがやと何やら騒がしい城内を抜け、儀仗園庭に行ってみると、そこには見覚えのある巨大戦艦があった。
「ルクシオン・・・」
「ん?、君は?」
そんな戦艦の前には寸分たがわぬ姿のセイレーンの英雄、ラグナスがいた。
「あっ、えっと・・・」
どうしたものか、未来で会う前にラグナスと出会ってしまったが。
「ラグナス、どうかしたのですか?」
戦艦ルクシオンからはエルナ、ツクブ、クオン、ヴィウス、ダンといつものメンバーが現れた。
「英雄、たち・・・」
クインシーは歯を噛み締め、英雄の前に立った。
「私は、クインシー、あなた方の、仲間にしてほしい」
クインシーの言葉に、エルナはちらっと仲間たちを見た。
「・・・君には、他にやることがあるのでは?」
ラグナスがそう告げると、クオンも頷いた。
「努力は認めよう、じゃがそなたでは戦力にならぬかもしれぬ」
ツクブは目を細め、じっとクインシーを見ていたが、やがて目をそらした。
「あなたの籠手からは奇妙な力を感じる、近寄りたくない」
出てくる拒絶の言葉、だが辛辣な言葉に反して英雄たちの口調はどこかクインシーを気遣うようだった。
もしかしたらあえて突き放すことで危険から遠ざけようとしているのかもしれない。
「そういうわけだ、弱い奴はメルコールと戦っても勝ち残れねえぜ?」
ダンがそう告げると、隣にいたヴィウスも頷いた。
「あなたは来なくてもいいですわ」
黙ってクインシーは英雄の言葉を聞いていたが、すぐに両の瞳に決意をみなぎらせて英雄たちを見据えた。
「危険は、承知の上、けれど私は、戦いたい」
「・・・クインシーとやら、君の言葉はわかった、けれどやはり君をつれてはいけない」
ラグナスは瞳を閉じ、そう告げた。
「君はひょっとして、英雄として死ぬことで死後に名前を残す気ではないかな?」
「っ!」
クインシーは黙り込んだが、その態度が全てを語っていた。
「君のまとう力、君は異教神の血をひいている、ゆえに人間のために戦い、死に、名前を残す気ではないかな?」
異教神、どういうことだ、クインシーは純粋な人間ではないのか。
「そう、私は、時空の女神の、眷属の子孫」
時空の女神ヨグ=ソトース、彼女の眷属、ならばクインシーは自分の遥かな先祖と同化したのか。
「やはり、自分から死ぬような人間、つれてはいけないな」
ラグナスの言葉に、クインシーは黙って頷く。
「確かに、私は最初死ぬ、つもりだった、けれど・・・」
ちらっとクインシーは九重を見た。
「死ぬつもりでかからないと、世界も、仲間も、己自身も、守れはしない」
きっ、とクインシーはラグナスだけでなく、後ろにいる英雄も見据えた。
「死から転じて、生を拾う、それが私の出した、結論」
しばらく誰も言葉を発さなかった、クインシーも、九重も、英雄たちも、誰一人として何も喋らない。
「・・・そうだね、死を覚悟しないと、生きられないことも、あるよね」
ラグナスはそう呟いた。
「ラグナス、決意は固いようじゃ、この頑固さ、死ぬまで治らぬな」
クオンはにやりとクインシーに笑いかけた。
「へっ、いいぜ仲間にしてやるよ、その代わり今の言葉、忘れんなよ?」
ダンもまた笑い、ラグナスは神妙に頷いた。
「クインシー、君を認める、仲間としてともに戦ってくれないか?」
「もちろん、力のかぎり、戦う」
クインシーは涙を浮かべ、やっとそう呟いた。
「そちらの少年も、僕たちと来てくれるのかな?」
ラグナスはちらっと九重を見た。
「メルコールを倒すなら、僕も行きたい」
「・・・うん、実に僕好みだね、気に入ったよ」
ぼそりとラグナスは何かつぶやいたが、誰にもそれは聞こえなかった。
「なら話しは早い、明朝連合の進軍とともに僕たちはローランのメルコールを討つ」
やはり英雄たちも一点突破でメルコール撃破に向かうか。
ならばこの力を全力で振るうのみ。
九重は歯を噛み締め、決戦に思いを馳せた。
15/08/27 23:11更新 / 水無月花鏡
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