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第十三話「幼体」



「仙術を操る者が現れた」

アダマニウム鉱山にある宿屋の一室、ラグナスは仲間にそう告げた。

「来ましたか、まさかこうも早いとは想定外ですが」

エルナもまた、思案するかのように瞳を閉ざしているが、その隣にいるツクブは不満げだ。

「ラグナス様、今こそ『神仙覚醒』を使うべきです、九重のような子供が戦っている以上、我々も命を惜しんでいる場合ではありません」

「ふうむ、ヴィウスはどう思う?」

「ツクブさんに賛成ですわ、キバも何をして来るかわからない今、次の一手を考えるべきでしょう」

ヴィウスの言葉に対して、今度はダンが身を乗り出した。

「ああ、どうなるかは運次第、前は運が悪かったのさ」

「そうじゃな、今は魔物の在り方も変わっておる、ラグナス、一万年前とは違う結果となるのではないかな?」

ダンを後押しするクオンの言葉、見るとクインシーも軽く頷いている。

「決まりだね、『神仙覚醒』、次の戦い、苦戦するならばこれを使って状況を変えよう」

静かに告げるラグナス、その瞳には決意と覚悟が満ち溢れていた。





井戸の中はかなり広く、井戸というよりも蟻の巣のようにあちこちに坂道や通路があった。

「魔王メルコールのところへたどり着くだけでも一苦労、通路のあちこちにはたくさんのジャイアントアントがいるからね」


複数人で押し寄せても通路の狭さゆえに大軍を活かし切ることが出来ない、故にメルコール討伐は寡兵でなければならないのだ。


「さて、行こうか、ジャイアントアントは大したことないけど数は多い、慎重に行くよ?」


瞬間、カインが指を鳴らすと、何処か遠くから爆発音が聞こえた。

「金遁仙術輝石爆現、半径数百メートル圏内の金属ならば自在に爆発させられる、誘導にはもってこいさね」

すっとカインは瞳を閉じて何やら集中する。

「メルコールがいるのはこの先かな?」


アリの巣の一端、下へと続く道を指差すカイン。


「邪悪な気運だね、一刻も早くどうにかしないといけない」

道を進みながらカインはそう呟いた。

「そう言えば知ってるかい?、メルコールは本来は魔物ではなくて、邪悪な気運を浴びて変異した人間らしいよ?」

魔物化、だがこの時代の魔物はまさしく化け物のような姿、メルコールも時代が時代ならば無害なジャイアントアントにしかならなかったのだろうか。


奥へ進むにつれて四方の壁がジメジメしだした。

そればかりか、邪悪な気運はどんどん強くなり、息をすることも苦しくなり始めた。

「凄まじい瘴気だね、仙気で中和するか魔術で障壁を作るかしないと一瞬で屍だね」

カインは軽い調子でつぶやいたが、その瞳は真剣そのものだ。


「さあ、いよいよご対面だね」





「・・・戻りました、キバ」


アダマニウム鉱山からはるかに離れた巨大な洞窟に彼女は、最終皇帝キバはいた。

「サファエル殿、禁軍は?」

「難しいですね、ただでさえアメイジア大陸の結界は簡単に歪められない力場、援軍はもう望めないでしょう」

サファエルの言葉に、キバは歯噛みしたがなんともならない。

桜蘭も大半の人間が散り散りになり、アベルは捕らえられ、切り札たるウィークボソンすら破壊されたのだ。


「・・・何としても、何としても未来を変えねば、どうすればいい・・・」

キバは一人呟くと、しばらくしてにやりと笑った。


「・・・蠱毒、そうか、その手があったか」


キバの禍々しい笑みに、サファエルは冷や汗を禁じ得なかった。



通路の果てにある巨大な空洞、あちこちに道が続いているのか空洞からは九重たちが現れた道以外にもいくつもの通路が編み目のように張り巡らされている。


「・・・・・・」

「これが、魔王メルコール・・・」

巨大なジャイアントアント、その身体の大半は土に埋まり、胸から上しか出ていないが、凄まじい大きさだ。

全高は数十メートルはあり、その露出している四つの手には巨大な爪がある。


たしかに驚異的な姿ではある、しかし九重はその姿に違和感を感じた。


前に見たメルコールの骸よりも遥かに小さい上に、あの時感じた圧力以下のプレッシャーしか受けなかったのだ。

「・・・・・ナカロオ、ンゲンニ」


喋った、しかしその声はとても人間らしいものではない。


「・・・ハンゲンニ、スロコ、スロコ!!」

いきなりメルコールは四つの手を回転させるかのように動かし、二人を攻撃しだした。

「来るよっ」

剣を引き抜き、メルコールの攻撃を弾くカイン。

九重もまた剣で何とか攻撃をかわすが、アダマンタイトの剣ですらメルコールの爪は辛うじて防げるようなもの。


もしこれが普通の剣ならばすぐに折れるのではないか。

案の定カインの剣は何度か攻撃を受けると、みしりと不吉な音を立て始めた。


心なしか、あちこち刀身が欠けてる気もする。


「カインさんっ」

叫ぶ九重だが、にかっ、とカインは笑った。

「心配しなくても大丈夫さエノク、勝負はこれから」

瞬間、メルコールの四つの手が全て爆発した。

「!!!!!!!」

驚くメルコールだが、九重にはその秘密がわかった。

「金遁っ」


「そ、剣の欠片をメルコールの爪に突き刺していたのさ」

意味のない防御に見えたが、微細な鉄をメルコールの手に含ませていたのか。


「エノク、どうやら本気みたいだよ?」

地面から生殖器とともに残る二つの足を引き抜くメルコール、しかも霧のようなものが集まり爆発した手が再生した。


「ンゲンニ、ンゲンニ!!」

引き抜いた穴からはジャイアントアントが大量に現れ、女王を守るように身構えた。

「さて、第二ラウンドの始まりさ」

先ほどとは比べものにならない動きでメルコールは天井を這う。

「・・・このっ」

九重は地面を走るジャイアントアントを剣で引き裂いていくが、いかんせん数が多い。


そればかりか倒しても穴から新手が現れる。

「このままじゃジリ貧だね」

カインもジャイアントアントを倒しながらメルコールを狙うが、中々隙がない。

「メルコールっ!」

九重は下段からジャイアントアントを引き裂くとともに天井に剣を投げた。

「エノクっ」

九重の投げた剣はそのまま走り、メルコールに向かう。

「当たれっ」

九重の祈るかのような叫びも虚しく、剣はメルコールを外し、あざ笑うようにジャイアントアントのクイーンは天井から降りた。


その刹那。



「えっ?」

外したはずの剣が瞬時に移動してクイーンの胸に突き刺さった。

「おぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」

身の毛もよだつ悲鳴とともに、メルコールは七転八倒する。

「今のは一体・・・」

だが状況がわかっていないのは九重も同じ、彼の目が確かならば、剣は空間に消え、メルコールのすぐ前に現れた。

瞬間移動、一体何故。


「ンゲンニっ!」

メルコールは口から溶解液を吐かんとする。

「エノクっ」

まずい、後ろは壁で四方はジャイアントアントに囲まれている、逃げ場はない。


「やめろっ」


九重の苦し紛れの一言、瞬間、メルコールの瞳の色が変わった。

「・・・・・クノエ」

「え?」

呼んだ、確かに、彼の、雨月九重の名前をメルコールは呼んだ。


「今しかないっ」

カインは仙気を集中させると、メルコールの胸に刺さっていた九重の剣を爆発させた。


爆音とともにメルコールの胸は消え失せ、かすかに腹と頭が残った。


「クノエ、クノエ、クノエ」

爆音の衝撃ですでに限界だったのか、メルコールの身体が崩れ始める。

クイーンが崩壊する中、配下たるジャイアントアントたちも崩れ落ちていく。


「メルコール、君は一体・・・」

名を呼ばれて近づく九重だが、直後にメルコールの生殖器が動いた。


「エノクっ」

気がつくと九重はカインに突き飛ばされていた。

「うわっ、なに、これ・・・」

カインは生殖器から伸びた無数の触手に絡め取られ、身動きが出来なくなっていた。


「カインさんっ」

しかし所詮は最後の悪あがき、生殖器も消えてなくなり、そのまま触手も崩れ落ちた。

「・・・メルコール」

先ほどまでメルコールのいた場所には九重の剣が中身だけ残っていた。

普通の鉄である柄と鍔だけカインは爆発させて、アダマンタイトの本体だけは残ったようだ。



「君がいなかったら僕は負けていた」

カインは地面に刺さる九重の剣を見ながらそう告げると、右手を差し出した。

「良かったら、握手をしてくれないかな?」

九重は頷くと、小さな右手を差し出したが、その身がいきなり光り始めた。

「・・・これは、こっちに来た時と同じ・・・」

またしてもどこかへ飛ぶのか。

「・・・お別れみたいだね、エノク」

軽く握った手を離すと、残念そうにカインは呟いた。

「君のことは忘れない、僕が死んでも、僕の一族には伝えるよ」

ちらっとカインはメルコールの滅びた跡を眺めた。

「小さな英雄が、魔王メルコールを倒したって」

「僕もカインさんといられてよかった、僕だけじゃ、死んでたかも・・・」

九重の言葉にカインは微笑んだ。

「ありがと、英雄の言葉として受け止めておくよ」

一瞬光が輝き、九重の姿はカインの前から消え失せた。




「さよなら、魔王殺しの英雄エノク、その名前はずっと覚えておくよ」


名残惜しそうにつぶやくと、カインはアリの巣を後にした。





あちらこちらに星のような光が瞬く空間、九重は下へ下へと落下していた。

上を見ると、黒い鎧のデュラハンと白ひげの老剣士、さらにはカインによく似た幼女が戦っているのが見えた。


『一つの時間を越えたようだな』

どこからか聞こえた声は、ヨグ=ソトースのものだ。

「ヨグ=ソトースさま」

『汝はあの時代の英雄とともに、混沌が世界に広がる前に、新たな魔王メルコールを倒して、平和を成した』

魔王メルコール、たしかに恐ろしい相手ではあったが、それほど脅威ではなかった。

否、待て、九重はそこでとんでもないことに気がついた。

「七大英雄、お姉ちゃんたちがいない」

メルコールを倒したのはカインではなく、七大英雄のはず、さらにはメルコールにはヨグ=ソトースから奪った時空の力があるはずだ。

『そうだ、あのメルコールは幼体に過ぎぬ、七大英雄が戦う大魔王メルコールはあれから数百年のちに現れる』


メルコールは二度現れた、しかも一回目には先代魔王サウロスの死亡直後という極めて不自然なタイミングで。

これは何を意味するのか。


「・・・メルコールはイレギュラー、本来は魔王サウロスの次は数代開くはずだった?」

『左様、賢い少年だな』


とすれば主神ですら予期できない何かが起こり、幼体メルコールは現れたということか。

『次の時間は未来、桜蘭の危機もアメイジアの封印も去った遠い未来、そこで答えを見つけよ』


ヨグ=ソトースの声が消えるとともに、九重はまたしても意識を手放していた。
15/06/25 08:00更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
はい、みなさまおはようございます、鏡花水月であります。

今回は前回に続いて過去の出来事、その後編に当たりますが、如何でしたでしょうか。

魔王メルコールとの戦いを何とか制することに成功した九重きゅんと勇者カインでしたが、結局未来における戦いは防ぐことが出来ないようですね。

さてさてロマサガ2のクイーンがどのような手段で復活したかご存知のかたはもうメルコールがどうなるかはご存知かもしれませんね、というか感想でネタバレしまくってますが。

恐らく次はリアルクイーン以上の実力になっているでしょうが、果たしてどうなるのか。

それでは今回はこのあたりで、次回はアメイジア大陸の封印が解かれた未来、十四話でお会いしましょう。

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