第六話「救援」
『魔王メルコールは七大英雄以上に謎めいた存在である。
というのも彼女は突如としてアメイジア大陸に現れ、魔物を率いて猛威を振るったため、彼女の素性をはっきりさせる資料がアメイジア大陸にはないからだ。
ただ一つはっきりしていることは、彼女は時空存在、もしくは時空の女神、一にして全なる者とも呼ばれる超次元的存在の夢に忍び込み、まんまと時空を操る力を得たということである。
だがさらなる力を得たことが皮肉にも敵を生み出した。
七大英雄である。
彼女らは魔物を取り込み、人間以上の力を振るってメルコールと戦い、魔王はその時代にローランと呼ばれていた土地での最終決戦の中死亡した。
彼女の落とし子とされる魔の子供達は大半が掃討され、アメイジア大陸は平和になったのである』
ーーーーー以上エディノニア帝立桜蘭大図書館所蔵『七大英雄の研究』第二章より抜粋
「ヴィウスの奴は何やら秘密を掴み、説得のために砦に向かったそうじゃ」
港砦への道を急ぎながら、九重たちにクオンはそう説明した。
「その何かまでは儂は知らぬが、ヴィウスが慌てるほどのことじゃ、よほどのことを連中は企んでいるのじゃろうな」
港砦の城門前には、見知ったデビルの少女がいた。
「クインシーさんっ」
「久しぶり、九重、元気、してた?」
にこりと笑う七大英雄クインシー、彼女の周りには見張りであろうか、鎧の騎士が倒れている。
「雑魚は、かたづけて、おいたわ、早くヴィウスを・・・」
瞬間、砦の奥から爆発音が聞こえた。
「今のは?」
クオンの言葉にエルナがうなずく。
「急ぎましょう、何かが起きたと考えるのが自然ですっ」
英雄たちはすぐさま砦へとなだれ込んだ。
「他愛ありませんわね」
騎士たちを軽くなぎ払いながらヴィウスは砦を進んでいく。
「七大英雄、貴様の力を見誤っていたようだな」
仮面の少女が数人の騎士を従え、ゆっくりと現れた。
「わたくしの力はわかりましたわね?、あれを保有し続けるということ、すなわちわたくしたち七人と敵対するということですわよ?」
ヴィウスの言葉を聞いて、仮面の少女は堪えられないというように哄笑し始めた。
「何がおかしいですの?」
怪訝なヴィウスに対して、仮面の少女はようやく笑うのを止めた。
「簡単なこと、貴様らなどあれさえあれば物の数ではない、ということだ」
「話しを聞いていませんでしたの?、あなた方は・・・」
「さて、例えば我らがあれの有効的な使い方をすでに考えついているというならば、どうかな?」
一瞬にしてヴィウスの全身を電流のようなものが走った。
「あなた、何のために・・・」
「無論アメイジア大陸の時空の歪みを消すためだ、そのためにはあれの力がいるのだよ」
仮面の少女が話す内容は一見正しい、だが・・・。
「ヴィウスっ!」
ばたばたと音がして、九重たちが現れた。
「あら、クインシーにクオン、エルナさんまで、ずいぶん久しぶりですわね、それでそちらの・・・」
ちらっとヴィウスは九重のほうを眺めた。
「可愛らしい男の子を紹介していただけるのでしょうね?」
「雨月九重、いずれ英雄になる少年よ」
ヴィウスの問いかけに答えたのはリエンだったが、仮面の少女はリエンを見て一歩後退した。
「な、に、貴様・・・」
目に見えて動揺しているのだが、リエンは冷徹に応じる。
「誰か知ってる人に似ているのかしら?」
リエンの言葉にやっと少女は落ち着きを取り戻したようだ。
「ふん、そうだな、奴が貴様のわけがない、さて、今ここには七大英雄の大半がいるのか」
少女はばさりとマントを広げた。
「私はキバ、真の解放を願う結社『桜蘭』の指導者、ここにあらゆる魔物との共存を願う人類に宣戦を布告する」
桜蘭のキバ、ついに七大英雄に敵対する存在が名前を挙げた。
「キバ、ならば答えてもらいますわよ?、あなたは何を企んでますの?、帝都から発掘したあれを・・・」
「大魔王メルコールの骸を使って」
メルコールの骸、そんなものが、否、考えてみれば自然なこと、まだアメイジア大陸は時空の歪みの中にある以上、メルコールは完全に滅びてはいない。
驚愕する英雄たちだが、そこは傑物の集まりである、すぐさま冷静さを取り戻した。
「・・・なるほど、メルコールは時空を操ることが出来た魔王、あなたはその力を使うつもりですね?」
エルナの問いかけに、キバは哄笑でもって答えた。
「その通りだ、すでにメルコールの骸は我らの手にあり解析も進んでいる、あとは仕上げだけだ」
旧魔王メルコールの骸、どれほどの力があるかは不明だが、キバのこの自信、なんらかの使い道があるのだろう。
そしてそれは、確実にアメイジア大陸はおろか、外の世界にも影響を及ぼす。
「・・・どうして?」
英雄たちの間から声が上がった。
「・・・九重」
声をあげたのは小さき英雄、九重だった。
「どうして魔物を、滅ぼさないといけないの?」
一万年前ならばいざ知らず、今は人間との共存を願う魔物ばかりになり、英雄たちですら人間と魔物の融和を願っているのに、とうの人間がどうして。
「・・・小僧、貴様は誠の世界を知らん、この世界はいずれ連中のものになる、魔物は増え続け、一方で純粋な人間は減り続けている、人間と魔物からは魔物しか産まれんからな」
「・・・っ!」
九重は思わずリエンを見たが、彼女は何やら意味深な笑みを浮かべていた。
「いずれ魔物から人間が産まれる時が来るわ、インキュバスですらない、普通の人間が、ね」
リエンの言葉はまったく根拠のないものだったが、不思議と予言者めいた説得力があった。
「ふん、そのいずれは永久に来ん、我らが魔物を滅するからな」
キバが軽く手を振ると、地面から巨大な石板が複数現れた。
「な、これは・・・」
絶句するクインシー、それは英雄たちにとっては忘れられないものだからだ。
石板にはたくさんの蟻と人間の合いの子のような不気味な生物が彫られている。
「魔王の落とし子、ウルクっ」
ヴィウスが言葉を発するとともに石板が割れて、ウルクが出現した。
「メルコールの細胞から桜蘭で復元した魔王の落とし子ウルクソルジャー、力はオリジナルに匹敵するぞ?」
ふっとキバは窓枠に飛び乗った、逃げるつもりなのだ。
「っ!、キバっ」
九重の言葉にキバはかすかに口元を歪めた。
「また会おう、幼き英雄雨月九重よ」
ウルクのけたたましい声の中、キバは窓から飛び降り、砦から逃亡した。
「ウルクソルジャー、大した力では、ない、けど・・・」
周りにわらわらといるウルクを睨みながらクインシーは呟いた。
「ええ、なかなか素敵な数ですわね」
ヴィウスの言葉通り、ウルクソルジャーは一つの石板から三十体現れ、石板の数は七つ、つまりは単純計算で210体はいることになる。
「・・・まあとりあえず、全員なんとかしましょう」
エルナは早くも剣を構え、戦闘態勢に入っている。
「そうじゃな、桜蘭のことは後から考えるとしよう」
クオンがくいっと指をひねると、ウルクソルジャーが数体バラバラに切断された。
「・・・相変わらず器用ですわね」
ヴィウスは呆れたようにつぶやきながら、あちこちから襲いかかるウルクソルジャーを複数の触手で叩き伏せていく。
「うわっ、来るなっ」
九重もアダマンタイトの剣を振るって、何とかウルクソルジャーを退けているが、まだまだ修行中、防ぐのが精一杯のようだ。
「ほら、しっかりしなさいな」
リエンは九重と背中合わせに立ち、鋭い剣捌きでウルクソルジャーを斬る。
「リエンお姉ちゃん?」
「あなたはまだまだ強くなる、こんなところでへばっている場合ではないわよ?」
ばさばさとウルクソルジャーを斬るリエン、その剣捌きを見たクインシーが顔色を変えた。
「・・・あの、剣捌き、まさか・・・」
たくさんいたウルクソルジャーも残り10体、あれだけの数を前にしながら傷一つ負わず、おまけに未熟者の九重すら気遣いながら戦えるあたりさすがは英雄か。
「さて、じゃあここいらで大技、行きますわよ?」
にやりと笑いながらヴィウスは触手に力を集める。
「はよやれ、まったく、最初から使えば我らも苦労せずとも良かったのに」
「必殺技は最後に出すものですわよ?」
クオンのぼやきにヴィウスは軽口を返す。
「受けてみなさい、大渦水網《メイルシュトローム》っ」
水、凄まじい量の水が一つの刃の波となってウルクソルジャーを巻き込んだ。
ウォーターカッター、高圧の水でなんでも斬る技術だが、あれが放射状に放たれればひとたまりもない、ウルクソルジャーはまとめて両断された。
「さて、これで全部ですわね、邪魔者が消えた以上・・・」
パンパンと手を叩き、ヴィウスはかつて共に戦った仲間たちを見た。
「雁首揃えてきたわけを聞かせていただけるかしら?」
いよいよここからが本番、九重は気を引き締めた。
桜蘭の都に帰還すると、キバは中央市街にある巨大な教会に入っていった。
この教会は一万年前に当時の桜蘭の王が作ったものであり、その目的ゆえに地下には皇族以外の立ち入りを禁じられているような場所だ。
目的とは大魔王メルコールの骸を封印、監視することであり、桜蘭にアメイジア大陸全土から人が集まって中央国家エディノニア皇国になってからもそれは変わらなかった。
「・・・メルコールの骸」
教会地下には巨大な蟻を思わせる怪物の骸が安置され、半分は石化し、半分は腐敗したかのように爛れているが、未だ周囲に凄まじい気運を放っていた。
「これさえあれば、アメイジア大陸を時空の歪みから解き放つことも、現在過去未来に干渉することも出来る」
キバはそう呟くと、メルコールの骸に祈りを捧げた。
「大魔王メルコールの骸よ、我が理想のために汝の力を捧げよ」
ふふっ、とキバはたまらくなったのか笑い始めたが、メルコールの骸の瞳が、微かに動くのに気がつかなかった。
「・・・ふんっ、やな気配だな」
桜蘭の都から少しく離れた丘の上、そこには美しい魔物の少女がいた。
美しくも凛々しい顔立ちに、あくまで美貌を際立たせる逞しい身体つき、その下半身は馬のような姿をしており、魔物がケンタウロスであることを示していた。
「桜蘭地下にあったメルコールの骸が掘り出されたという話しは本当だったようだな」
少女は旅の途中でそのような話しを聞いて、急いで桜蘭までやってきたのだ。
「待っていろメルコール、貴様はこの七大英雄ダンが屠ってやる」
ケンタウロスの英雄ダンは、素早く丘から駆け下り、桜蘭に向かっていった。
15/05/03 21:15更新 / 水無月花鏡
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