「・・・慣れるようなものではないな」

天地が逆さになるかのような感覚の後に、尸天は見慣れぬ場所にいた。


巨大な尖塔の屋根、そのようなところに彼はいた。


何かの祭礼の最中なのか、あちこちには屋台のようなものがたくさん出ており、そこらかしこが人で賑わっていた。

「さて、何をすればいいのかな？」

尸天は屋根から降りて、尖塔に入ると、駆け下りるように素早く下に降りた。


「・・・たしか、セクメトはカルナとアルジュナと言っていたな」


もしここが過去の世界ならば、どこかに二人がいるはずなのだが。


考え事をしながら歩いていると、とんっと誰かにぶつかってしまった。

「あ、すまない、大丈夫か？」

振り向くと、あまりの眩しさに尸天は一瞬だけ目がくらむのを感じた。


太陽、まさしく天高く輝く光の権化が、目の前にはいた。

「いえ、こちらこそ、もうしわけありません」

光を纏っているように見えたが、実際にはそれは全身を覆う黄金の鎧で、これをまとうのは、長い髪に利発そうな瞳の少女だ。


随分外見は違うが、尸天にはその少女は見覚えがあった。


「君は、カルナ・・・か？」

信じられないように、少女カルナは目を見開いた。

「どうして私の名前を？」

まさか未来からやってきたというわけにもいくまい、尸天は少し困った末、目を逸らした。

「かなり立派な出で立ちですが、あなたは武士（クシャトリア）なのですか？」


クシャトリア、たしか身分制度
カーストにおける第二位、もちろん尸天はクシャトリアではない、ここはごまかしておく。

「私は旅の途中だ、いかなる階級でもない」


「そうですか、ならせめて名前を教えてはくださいませんか？」


憍門尸天、そう言いそうになってやめた、本来尸天はここにいるべき人間ではない、ゆえにここでは別の名前が必要だ。


「・・・インドラ、私はインドラと言う」


「インドラ、素敵な名前ですね『青空』ですか」


インドラなどと名乗るつもりはなかったが、何故か尸天はするりと、その名前を口にしていた。




「インドラ様は今日の武術大会に参加されるのですか？」


尸天の棍棒と、彼の装束から戦士の気配を感じたのか、道を歩きながらカルナはそんなことを聞いてくる。


「武術大会か、興味深いものではあるな」

セクメトの弟子として随分しごかれたが、自分の実力がどの程度なのか知りたいのも事実、しかし過去の世界に必要以上に干渉することは良くないかもしれない。


「今回の大会はクル族主催でパーンタヴァの五人姉妹も参加するそうですよ？」

パーンタヴァ、たしかセクメトが旅立つ前に言っていた名前だ。


パーンタヴァとカウラヴァ、詳しくはよくわからないが、双方は戦い、その中にカルナとアルジュナもいたということか。


「・・・カルナ、アルジュナという名前を聞いたことはあるか？」

尸天の言葉に、カルナは一目にわかるくらいに不機嫌になった。


「・・・パーンタヴァの五人姉妹の三女で弓の名手、それ以上は知りませんし、知りたくもありません」


随分な嫌いようだ。

「カルナ、アルジュナは君の姉ではないのか？」

「あのような姉はいません、それに私の姉ならば私はクシャトリア、一人だけ商人（ヴァイシャ）として生活している意味がわかりません」


この時代のカルナとアルジュナは別に姉妹でもなければ、関係も最悪なようだ。

たが、本当にそうなのか？

パーンタヴァ五人姉妹と言われるならば、たしかにアルジュナとカルナ姉妹ではないかもしれない。

だが何となく、尸天には引っかかるものがあった。


ふと、通りの両脇にある屋台に視線を移した尸天だが、見たことのある人物を発見した。


「カルナ、少し大人しくしていてほしい」

「インドラ様？」

怪訝そうにつぶやくカルナだが、尸天は軽く首を振るった。

「すぐに戻る」

尸天は素早く小道に入った。



ゆっくりと足下に注意をし、少女は息を殺して小道を進んでいく。


「会計所はそちらではないぞ？」


「っ！？」

目の前にいつの間にか尸天がいた。

「その服の下にあるものを出してもらおうか？」

尸天の言葉に、少女は慌てながらも口を開いた、

「そ、そんなこと言って、私の肌をさわるつもりだな」

「・・・パーンタヴァの名前が泣くぞ？、アルジュナ」

どきりと少女アルジュナは動揺した隙に、服の下から菓子を落としてしまった。


アルジュナ、カルナと同じで外見は少し違うがやはり面影がある、雑踏の中で盗みを働くときにはちらっと見えたくらいだったので自信はなかったが、こうして向かい合うとよくわかる。


「い、良いじゃないっ、そ、それに私は王族だからここいらはなんでも私のもの、あとで返すから、ちょっとくらい盗みの修行をしても・・・」

「愚か者っ」


いきなり尸天は右手で、アルジュナの頬を張った。


「いてっ、な、殴ったなっ、クンティ母さまにもぶたれたことないのにっ」


「そんな理由で盗みを正当化するならば、貴様は奴隷（シュードラ）となんら変わらない、恥を知れ」

素早く尸天はアルジュナの腕を掴むと、地面に落とした菓子を拾った。

「王族ではわからぬかもしれんが、人間は誰しもその日を必死に生きている、盗みは他人の努力を掠める卑劣な行いだ、しかも・・・」


ぎろりと尸天はアルジュナを睨みつける。


「貴様は王族、人一倍市民のことを知らねばならない、そんなではパーンタヴァもお里がしれるな」

「うっ、ううっ」

アルジュナはあまりの尸天の圧力に圧倒されている。


「こちらに来い、店主に謝るのだ、私も手伝うから素直にな」




「何だかお兄さん、私の父さまみたい」

菓子を返して尸天も一緒になって店主にあやまり、先ほどの小道に戻るとアルジュナはそう言った。


「私の父さまはいないけど、父さまがいたらこんな感じなのかもね」


アルジュナは王族なのに父がいないのか、戦いに身を置くクシャトリアは短命かもしれないが、娘がこんな若い時分に世を去るとは悲しいものだ。


しかし尸天はそんなことを考えてみて、なんとなく違和感を覚えた。

どう言うのか、何かが違うと心が訴えるのだ。


「父さまか、光栄だとでも言っておこうか」

だが結局は当たり障りのない言葉を言っておく、尸天よりもアルジュナのほうが遥かに歳上だが、父さまとは面白い。

アルジュナは小道を少しだけ進むと、くるりと振り返り、上目遣いで尸天を見た。


「父さま、父さまの名前はなんて言うの？」


「インドラだ、ではなアルジュナ、また会おう」

インドラ、とつぶやいているアルジュナに背を向けて、尸天はカルナのもとに戻った。


「・・・遅いですよインドラ様、もうすぐ武術大会が始まりますよ？」

武術大会か、たしかパーンタヴァも出るとカルナは言っていた。

ならばアルジュナも当然現れるのだろう、とするならば、ここでカルナとアルジュナの関係をはっきりさせておくべきか。


「カルナ、武術大会に出てみないか？」

尸天の突然の言葉にカルナは目を丸くした。

「無理ですよ、私はヴァイシャ、大会に王家であるパーンタヴァが出る以上はクシャトリア以上でないと」


なるほど、同格のカーストでなければ試合をすることは出来ないのか。


「ならば飛び入り参加しかないな、さすれば身分は問われない」


「でも・・・」

まだ悩むカルナに、尸天は首から下げていた勾玉を外して、少女の小さな手に握らせた。

「幸運の証だ、君ならやれる」


しばらくカルナは黙っていたが、やがて頷いた。

「しっかりな」



武術大会も大詰め、パーンタヴァ五人姉妹は様々な技を披露し、見に来ていた民衆を魅了している。


「ほう、アルジュナか」


中でもアルジュナは恐ろしく強く弦が張られた弓を、見事に操り、かなり離れたところにある鳥の彫刻の瞳に命中させてみせた。


「さすがはアルジュナ、しかしどこか生き生きしているな」

小道で話した際はどことなく後ろ暗い印象だったのだが、今のアルジュナは随分生き生きしており、ガンダルヴァのアルジュナに印象が近かった。


「さて、本来ならばこれで終わりだが・・・」


尸天は武術大会の様子を見ながら、先ほど別れた少女の姿を思い出していた。

「どうする？、カルナ・・・」






「その弓、私が引いて見せましょう」

ゆらりとカルナが会場に現れた。

その黄金の鎧の輝きに、民衆は知らず息を呑み、只者ではないという印象をつけたが、それ以上に大半の見物人がカルナの高貴な姿に圧倒されていた。


あれならば誰もヴァイシャ階級だとは思わないだろう。


「君が誰かしらないけど、この弓は私にしか引けないよ？」


突然の闖入者に、アルジュナはムッとしたようで、挑発するかのような言動をとる。


「やらねばわかりません、それともパーンタヴァのアルジュナともあろうものが、臆しましたか？」


そこまで言われてはアルジュナも引き下がれない、黙って弓をカルナに渡した。


「はあっ・・・」


気合とともにカルナは弓を引き絞ると、先ほどアルジュナが瞳を貫いた鳥の彫刻に狙いを定める。


「当たれっ」

祈りとともに矢を放つと、カルナの放った矢はアルジュナが貫いたのとは反対側の瞳に命中した。


「・・・ふう」

嘆息するカルナだが、周囲で見ていた民衆は、唖然としている。


いきなり黄金の鎧の高貴な少女が現れたかと思ったら、アルジュナにしか出来ないと思われていたことをやってのけたのだ、驚かないほうがおかしい。


「・・・君は一体」

アルジュナは弓を受け取ると、カルナを睨みつけた。


「お前、クシャトリアじゃないな？」

「っ！」

アルジュナの言葉に、カルナは黙り込んだ。

「やっぱり、どこでそんな力を、それにその黄金の鎧は一体・・・」


「無礼なっ」

ぞろぞろとアルジュナの姉妹が現れた。


「クシャトリアでなければ我らと競うに能わず、それを知らないわけではあるまい」

「左様、ヴァイシャ階級がここにいることすらおこがましい」

「アルジュナを打倒して良い気にでもなったのか？」

「ヴァイシャ風情が、恥を知るがいい」


姉妹の罵倒の数々にカルナは黙って耐えているが、その両手は怒りで震えている。

「茶番はそこまでだ、貴様らはカルナに負けた、階級を引っ張り出してそれを認めぬとは、情けないぞ？」

ゆらりと尸天は見物席から立ち上がった。

「父さまっ」

「インドラ様っ」

アルジュナとカルナは互いに尸天を叫び、そして互いが言った言葉に息を呑んだ。

「カルナ、父さまを知ってるの？」

「アルジュナ、インドラ様とはどういう？」




「そうだパーンタヴァの子らよ、そこの御仁の言う通りだ」

今度はマントを着た勝気そうな少女が尸天のすぐ隣から現れた。

「ドゥルヨダナ・・・」

「カウラヴァの長」

パーンタヴァの言葉が殊の外尸天の耳には大きな声となって聞こえた。


「・・・（カウラヴァ、とするならばこの少女がパーンタヴァとカウラヴァの戦いに関わるのか）」


「今よりこの少女カルナは我がカウラヴァの王の一人となる」

ドゥルヨダナの宣言にアルジュナ始め、パーンタヴァは驚いていたが、それ以上に驚いているのはとうのカルナ本人だ。

「私が、クシャトリアに・・・」

「君はクシャトリアとしての実力を全て備えている、ならばヴァイシャでいる意味はあるまい？」

ドゥルヨダナはにこりと笑った。


「今日より君はクシャトリアだ」





「どういうつもりだ？」

尸天は近くの屋台のベンチでドゥルヨダナと向かい合っていた。

「これは異な事を、あれほどの使い手仲間にしない手はないのでは？」

ドゥルヨダナは涼しい顔でそう言うが、瞳の中には打算的なものが見え隠れしていた。


「カルナをアルジュナと戦わせるつもりか？」


「・・・ほう、さすがはインドラ殿、ただの神官（バラモン）ではないと思っていましたが、そこまでお気づきか」


バラモン、カーストの第一位であり、バラモン教の祭礼を執り行う神官。

「何故私がバラモンだと？」


「あの場でクシャトリアの仲裁をするなどバラモン以外ありえません、クシャトリア以下があのようなことをすれば打ち首でしょうな」


それに、とドゥルヨダナは続ける。

「あのアルジュナが父と呼ぶならば、それなりの階級では？」


説明するのも面倒なので、尸天が黙っていると、肯定と見たのか、またドゥルヨダナは話し始めた。


「我らカウラヴァがクル族の王となるにはパーンタヴァを打ち倒す必要があります」


「・・・なるほど、それでカルナか」

「はい、彼女は明らかにアルジュナを上回る力があります、パーンタヴァを倒し、長年の継承争いに終止符を打ちます」


話の途中でカルナが帰ってきた。


「インドラ様、ドゥルヨダナ様、ただいま戻りました」

「ふむ、それでインドラ殿、どうですか？、我らカウラヴァとともにパーンタヴァを倒しませんか？」

ドゥルヨダナの提案にカルナは目を輝かせたが、尸天は首を振った。


「それは出来ない、私には私の役目がある、パーンタヴァと戦うことが私の役目ではない」


そうですか、とドゥルヨダナは頷くと、ゆっくり立ち上がった。

「では私とカルナはこれで」

「インドラ様・・・」

じっとカルナはインドラを見ている。

「すまないなカルナ、だが約束しよう、私はパーンタヴァにもカウラヴァにもつかないと」


それでいいかな、と尸天はドゥルヨダナに問いかけた。

「いやいや、あなたが敵にならないだけで私は大助かりです」

カルナとドゥルヨダナは尸天に一礼すると、いずこかへ去っていった。


「・・・窃盗の次は盗み聞きか？、いい趣味だな」


ゆっくりと尸天は屋台の影を睨みつけた。

「アルジュナ」


「へへっ、そんな、いい趣味だなんて」

テレテレとアルジュナは頭を掻いた、やはりこのアルジュナはガンダルヴァのアルジュナと同一人物で間違いない。


皮肉が通じない上に同じアルジュナ、尸天はそう考えた。


「まあいい、話しは済んだ、何の用だ？」

「うん、父さまにも私たちと一緒にカウラヴァと戦って欲しいんだ」

やはり、パーンタヴァ、カウラヴァともに相手方にパイプがあるバラモンは希少なのだろう。

「断る、私はパーンタヴァにもカウラヴァにもつくつもりはない」

この戦いのいく末はまったく見えないが、尸天がいずれかについた場合、未来が変わることもありえるのではないか。



「父さま・・・」

アルジュナは何かを訴えるかのように尸天を見た。



「父さまはカルナが好きなんだ、だからカルナの願いはなんでも聞いてあげるんだね」


アルジュナの指摘に尸天は少しどきりとしてしまった。


「私が、カルナを？」

思いの外動揺している、アルジュナはそう見抜いた。

「惚けないでよっ、カルナが首から下げてた玉、あれは父さまが持ってたものでしょう？、父さまはカルナについたんだ」

何と、あれを見抜いていたのか。


アルジュナ、やはりただのクシャトリアではなく、英雄としての実力があるのか。

「私はパーンタヴァにもカウラヴァにもつくつもりはない、それより・・・」


尸天はアルジュナに根本的なことを聞いてみる。


「・・・アルジュナ、君はどうして戦う？、カウラヴァやカルナと戦う意味はないのではないか？」

アルジュナとカルナがぶつかれば確実にパーンタヴァとカウラヴァ、双方が打撃を受ける羽目になる。

「カウラヴァが敵だから戦う、それだけ」

アルジュナは一瞬だけ寂しそうな表情をすると、走り去っていった。


「カルナ、アルジュナ、私はどうすればいい？」


ゆっくり屋台を立つや否や、いきなり尸天は杖を持った兵士たちに囲まれた。

「何っ」

殴りかかる兵士たち相手に尸天は棍棒を振るい戦うが、いきなり後ろから打撃を受けて気を失ってしまった。




「むっ」

気がつくと、外は暗くなっており、尸天はどこかの豪華な部屋の寝台に寝かされていた。

「気がついたようね」

寝台のすぐ近くには美しい女性がいた。


「あなたは？」

「手荒な真似をして申し訳ありませんインドラ様、わたくしはクンティ、アルジュナと、カルナの母親です」



クンティ、パーンタヴァの王妃にしてアルジュナの母親、現在クル族の中でも大きな権威を持った女性だ。


それよりも、今のはどういうことだ？

カルナとアルジュナの母親だと、クンティはパーンタヴァ五人姉妹の母親ではないのか。


「このままではアルジュナはカルナには勝てません、どうかアルジュナを勝たせてください」

クンティの言葉に尸天はこめかみを抑えた。


「その前に何故カルナはアルジュナを嫌い、あなたから離れているのか説明いただけませんか？」


「・・・わかりました、これはわたくしの罪です」


クンティはパーンタヴァの王妃となることが決まっていたが、その前に太陽の神と交わり、少女を産んだのだという。


少女は太陽の娘である証として黄金の鎧を身につけて産まれ、この鎧はいかなる技でも傷つけることは出来なかった。


だがクンティは嫁入り前に密通したことが露見することを恐れ、少女をヴァイシャの夫妻に預けた。


「なるほど、それがカルナですか」

「はい、カルナは自分が太陽の娘であることは知りながらヴァイシャとして生き、アルジュナたちパーンタヴァがクシャトリアとして生きるのが許せなかったのでしょう」


それでカルナはアルジュナを嫌っていたのか。

「・・・して、あなたはカルナをアルジュナが殺すことを望んでいる、と？」

尸天の指摘にはっとしたようにクンティは顔を上げた。


「あなたは自分の勝手でカルナを捨て、挙句カルナの命すら奪おうというのですか？」


「わたくしもカルナが死ぬことを望んでなどいません、ただアルジュナが勝ち、パーンタヴァが安定することを・・・」


「それがカルナを殺すことだと何故気がつかないっ！！」

知らず、尸天は激昂していた。

「誰かが戦い、敗れた方は死ぬ、しかもカルナは気高き英雄、負けたりしたらカウラヴァを裏切ってまで生きようとはしないだろう」


カルナは母親に捨てられ、パーンタヴァに侮辱されたが、カウラヴァに拾われた。

カウラヴァはカルナにとって第二の父であり、また忠義の対象、パーンタヴァに敗れればもう死ぬしかないと思っても不思議はない。


「お願いですっ、何とか、何とかアルジュナを勝たせ、カルナも生かしてください」

クンティの無茶苦茶の要求に、しばし尸天は黙っていた。

やがて一度目を閉じて心を決めると、結論を口にした。

「・・・あくまで二人を生かせ、とおっしゃるならばやってみましょう」

「ああ、インドラ様、やはりあなたは偉大なバラモンです」

駆け寄ろうとするクンティを避けて、尸天は立ち上がった。


「ただしその前に、あなたはカルナに出生の秘密を明かし、自分の娘であることを証明して下さい」


貴女の手で説得が無理な場合に限り私は二人を生かせるように行動します、そう突き放すように尸天が告げると、クンティは目に見えて慌てた。


しかし最初嫌がったクンティだが、やるしかないことを悟ると了承した。





「私に重要な話し、ですか？」

カウラヴァの本拠地、尸天は秘密裏にカルナと接触した。


「ああ、今後の君の人生を揺るがしかねない話しだ」

直後カルナは顔を赤くし、両手をこすり合わせ始めた。

「そ、そんないきなり、私にも、その、心の準備というものが、そ、それにそういうのはせめてこの戦いが終わってから・・・」


「詳しくは君の本当の母親から」


尸天の合図とともに後ろからクンティが現れた。

「母親？、その人はパーンタヴァの、インドラ様どういうことですか？」

「カルナ、わたくしが貴女の本当の母親です」


クンティはカルナが自分の娘であること。


パーンタヴァ五人姉妹の長女であること。


アルジュナとは姉妹であることを明かした。


アルジュナと姉妹であると告げられた際、カルナは一瞬だけ尸天を見たが、何も言わなかった。


「・・・なるほど、つまり私は本来パーンタヴァ、五人の妹とともにあることが本来の姿と言いたいわけですね？」

カルナは目を伏せ、そう告げた。


「はい、わかってくれて母は嬉しいですよ」

カルナは気高き戦士、ならば本来の姉妹と争うことはよくないとわかるだろう、そうクンティは思った。

「たしかにそれは正しき姿でしょう、ですが一つだけ聞かせて下さい」

カルナは目を開いてクンティを見据えた。


「あなたは私と対話したことが、遅いとは思わないのですか？」

「っ！？」

「貴方は私を捨て、カウラヴァは私を拾った、そのことを認識した上で問います、もし遅いと心から思わないならば、私はパーンタヴァに参ります」


カルナを捨て、妃となったクンティ。

だがクンティは、自分に嘘をつくことは出来なかった。


「・・・全て、遅過ぎました」


しばらくカルナは瞑目していたが、尸天のほうを眺めた。

「インドラ様、私の本来の母親を連れてきていただき感謝します、これでもう悔いはありません」

続いて背を向け帰ろうとするクンティの背中に向けてカルナは叫ぶ。

「貴女は私を捨てましたが母親には違いありません、もし戦場でパーンタヴァ五人姉妹のうち私を倒し得るアルジュナ以外とは、対峙しても、命まではとらないようにしましょう」


クンティははっとして振り向いたが、すでにカルナの姿はなかった。




「・・・カルナ」

尸天は道を歩きながらカルナのことを思った。

立場を奪われ、侮辱され、手のひらを返されてもその太陽の輝きを失わない、だが彼女も人間、どうにかして助けたい。


そのためにはアルジュナとカルナを互角にさせてから、双方が負けねばならない。


「・・・（カルナよ、今から私がする行為は最低の行為だ、恨んでも構わないぞ）」


一度だけ嘆息すると、尸天は歩みを進めた。


だが、まずは手に入れなければならないものがある。

尸天は急ぎ足で彼方へ向かった。

■作者メッセージ
はいみなさまこんばんは、水無月であります。

カルナ、アルジュナの過去が明らかになる後半戦がスタートする滅諦の章、如何だったでしょうか。

魔物が一人も登場しませんが、次回である道諦の章にはしっかり出てきますのでよろしくお願いいたします。

さて、お気付きの方々も多数いるかと思いますが、このお話しはインド二大叙事詩の一角『マハーバーラタ』を下敷きに書いています。

端折った部分ばかりですので、もしアルジュナやカルナ、ドゥルヨダナやクンティなんかに興味を持った方は是非読んでみて下さい。

ではでは今回はこの辺りで、次は尸天くんが異世界に飛ばされた意味が明らかになる完結編と、道諦の章でお会いしましょう。