連載小説
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集諦の章
カルナが朝目覚めると、隣でアルジュナは安らかに眠っていたが、昨日合流した青年、憍門尸天はどこかへ行っていた。


部屋から窓を見てみると、尸天は自分の棍棒を振り回して素振りをしていた。


動き自体は悪いというほどのものではないのだが、彼女の姉であるガンダルヴァのアルジュナに比べれば随分と雑な動きだ。


もし魔物という優位性がなく、同じ条件で二人が戦ったとしても、十中八九アルジュナが勝利するだろう。



ふうっ、とカルナはため息をついた。


あれでは、自分たちと出会わなかったら遅かれ早かれ彼は魔物娘に連れ去られていたのではないか。


「姉さんっ、アルジュナ姉さんっ」


たまらずカルナはアルジュナを叩き起こした。


「むにゃ、カルナ?、ぐっもーにんぐ・・・・・zzz」

「起きてっ」

ぱしりと腕輪で彼女の頭を殴ると、アルジュナは痛そうにうめき声を上げた。


「うぐぐ、頭が痛い、カルナあ、私に何かした?」


「いいえ?、長く眠ると頭が痛くなるものですよ、そんなことより・・・」


カルナは外で棍棒を振るう尸天を指差した。


「あれを・・・」





昨夜はあまりよく眠ることが出来ず、結局尸天は部屋の片隅に毛布を敷いて眠ることになった。


そもそも一つの部屋で美少女姉妹とともに一夜を過ごすなどということ、これまでの尸天の人生で一度もなかったことだ。


ということで尸天は目の下にどんよりとクマを作り、邪念を頭から振るい落とそうと朝も早くから棍棒を振り回しているわけだ。


「おはようございます、尸天さん」

宿屋からカルナと、眠そうに目をこするアルジュナが出てきた。

「おはようカルナ、アルジュナ」

尸天は一旦棍棒を止めると、二人の前に立った。


「尸天さんは、棒術を学ばれたことはあるのですか?」

カルナの問いかけに尸天は首を振った。


「ない、高校の時に後輩の十河という男から槍を教えてもらったことはあったが、棒術に関してはまったくわからない」


尸天の言葉に、カルナは合点がいったようで軽く頷いた。

「なるほど、経験者にしては動きが雑、無経験にしては洗練されている、そういうことでしたか」


槍はあくまで殺傷させられるのは片方の穂先のみのため、自然攻撃方法は刃のある先端を重視したものとなる。


だが、棒術は両方の先端を使うことも求められるため、槍とはいささか勝手が違ってくる。


「アルジュナ姉さんなら棒術も出来るし、尸天さんに教えてあげられますよ?」


ぽんとカルナに肩を叩かれ、アルジュナは話しを聞いていなかったのか、びくりとした。

「ん?、そうだね、私は強いよ?」

ガンダルヴァであるアルジュナが強いというのも妙な話だが、古代世界では楽師が戦士も兼ね、戦意高揚に勤めていたこともあるらしいから不自然ではないのか。


「・・・ならアルジュナ、これを使ってみせてくれるか?」

アルジュナは尸天から棍棒を受け取ろうとして、地面に落としてしまった。

直後、ごしゃりと音がして地面に棍棒がめりこんだ。

「重たっ、シテン、意外と力持ちだね」


アルジュナの言葉に尸天は首をかしげた。


「そんなに重いかな?」

めり込んだ棍棒を尸天は引き抜いてみるが、まったくと言っていいほど重くはなく、むしろ扱いやすい重さだ。


「尸天さん、私にも」

カルナもチャレンジしてみるが、やはり重たいのか持ち上げることは出来なかった。


「?、おかしいな、どうなっているのか・・・」

人間である尸天よりも魔物であるカルナとアルジュナのほうが確実に力は強いはずだが、何故持てないのか。

「まるで尸天さんしか使えないようになっているようですね」


何となくカルナはそう言ったが、そうであるという肯定の声が彼女には聞こえていた。



「ふぎぎ・・・、この、言うこと聞けっ」

相変わらず棍棒を持ち上げようとしているアルジュナを一瞥し、カルナは尸天の方を向く。


「尸天さん、残念ですが貴方の実力では魔物に襲われ、連れさらわれるのがオチでしょう」


魔物の力は人間のそれを遥かに上回るほどのものであり、正面から戦った場合勝ち目はない。


だが尸天は特別な訓練を受けたわけでもなければ、神の加護を受けた勇者でもない。


故に尸天では勝ち目はないというわけだ。


「ともかく姉さんに教えてもらえば魔物相手でもそれなりに動けるようになるはずです」


しかし今から修行を始めても、一流の使い手になるためには恐ろしいほどの時間がかかりそうだ。


「別にいいではありませんか、私たちと旅をしながら修行をされれば」


カルナは微笑みながら尸天の疑問に答えたが、彼としては荷物持ちにしかならないような人間をどうして連れて行くのかはわからないままだった。




宿屋に戻り、軽い食事をした後、早速近くの空き地で尸天はアルジュナと向かいあった。


「はあっ」


気合とともに尸天は棍棒を突くが、アルジュナは普段の姿からは想像もつかないような速さで動き、尸天の打突をかわした。


「ふふん、止まって見えるよ、その程度」

そのままアルジュナは尸天の後ろに回り込み、彼の足を崩して倒した。


「っ!」

やはり強い、尸天は立ち上がりながらそう思った。


「尸天さんは法力なんかの方が向いてるのかもしれませんね」


カルナは尸天の動きを見ながら何となくつぶやいていた。




結局夜まで尸天はアルジュナと稽古したが、一撃はもちろんのこと、膝に土をつけさせることすら出来なかった。


「ねーねー、カルナ」

宿屋の部屋でアルジュナはベッドに腰掛け、足をぷらぷらさせながらカルナに話しかけた。


「どうかしたの?、姉さん」

カルナは読んでいた本から目を離し、アルジュナに視線を合わせた。


「シテンってさ、ちょっとあの方に似てない?」

アルジュナがあの方と言った瞬間、カルナの目つきが変わった。

「やはり、姉さんもそう思う?」


ぱたんと本を閉じて、カルナはベッド脇の椅子に腰掛けた。


「うん、あの方よりもはるかに弱いけど、顔つきなんかはよく似てるよね」


カルナ、アルジュナともにエロス神に仕えているのだが、実は本来は彼女の従属神たる別の神の配下である。


彼は武神であり誓いを司る神でもある。


配下に強壮なる従属神四天王を従えているのだが、主な仕事は結婚式の誓いを強固なものにすることである。


「とうさ・・あの方は行方不明だし、もしかして・・・」


「あり得ないでしょう、彼は人間ですし、魔物も相手どれないような能力、あの方ではないわ」


そう言うカルナではあるのだが、その身体が少しうずくのを感じていた。


「まあ、そうだよね、本当にシテンがあの方ならカルナの鎧をつけてるはずだし」


カルナはその言葉には答えず、何かを考えるように、己の傷一つない身体を眺めていた。




ひんやりとした夜の街、またしても尸天は眠ることが出来ず、外で棍棒を振るっていた。

「・・・ここまで差があるとはな」

アルジュナの実力を痛いほどに実感した尸天ではあったが、いつまでもやられてばかりいるわけにはいかない。

身体は完膚なきまでに叩きのめされたが、まだまだ彼の心は死んではいないようだ。


「精が出るな、我が友よ、昨日はありがとう、おかげでファラオの家臣になるのは断れた」

いつの間にいたのだろうか、すぐ近くにフードを被った少女、セクメトがいた。


「セクメトか、君は夜になると散歩するのか?」

「ふふ、まあそのようなものだ、夜は良い、太陽が無い分時間がゆっくりに感じられる」


セクメトは優雅な動作でフードを脱いだ。


「あっ・・・」


「どうした?、我が友よ、そんなに我の耳が気になるかな?」


セクメトの耳、それは虎を思わせるようなふさふさとしたものだった。


「君も魔物だったのか」


「うむ、我は人虎のセクメト、他人からは大拳魔(ダイゲンマ)などと大層な名前で呼ばれているが、やっていることは武術指南だけだ」


武術の指南、渡りに船とはこのことではないだろうか。

興奮した心で尸天は強くなりたいことを伝えた。


「ふむ、まあ男ならば誰でも強くなりたいものだが、そなたの場合はまた特殊なようだな」

セクメトは尸天の体つきと棍棒を一瞬だけ見た。


「良かろう、我が友の頼みだ、断るわけにもいくまい、まあ指南自体はあまり好きではないが、このセクメト全力でそなたを鍛えよう」


セクメトはマントの下から巨大な七支刀を取り出すと、軽く振るった。



一瞬だけ視界が反転し、気がつくと尸天は東洋風の寺院のようなところにいた。


昔映画で見た少林拳を学ぶための寺院に何となく似ている気がするが、表札には幻魔寺などと書かれている。


「驚いたか?、だが師匠である時空の幻魔人より時間と空間の秘技を学んだ我にはこの程度軽い」


いつの間にかセクメトはマントを脱ぎ捨て、身軽な装束で尸天の前に立っていた。


「ここは時間が停止した世界、この世界では何時間経とうが外ではまったく時間が流れてはいない」


便利な術もあったものだ、遥か昔に似たようなものが出てくる漫画があった気がする。



だがそれよりもこんな術を編み出すなど、一体何者なのだろうか。

「時空の幻魔人?」


「そうだ、人間でありながら時空の秘技を極め不老不死の身となり、人と神、魔物の共存する新世界を夢見た方が我の師匠だ」


セクメトは軽く素手を鳴らしながら拳を構えた。


「さて、では無駄話はここまでにして始めるか?」


素早くセクメトは尸天に打ち掛かってきたが、尸天には動きを見切ることが出来なかった。

「むっ!」

「遅いなっ」

セクメトの一撃は狙い過たず尸天の顎に命中した。



「・・・うわっ」

「やっと起きたか」


気がつくと尸天は大の字で寝ていた。

「起きるまでに大体七時間か、最近よく寝れていないようだな」


セクメトは何やら不思議な形の宝刀の刃文を眺めている。


「睡眠はしっかりとらねばな」

「うっ、面目無い」


痛いところを突いてくる。


「よし、気が付いたならばもう一度やるぞ、準備はいいな?」


尸天は無理やり頭を叩いて意識を取り戻すと、身体を起こそうとして自身の四肢に何かがとりつけてあるのに気が付いた。


金色の輪に紅い宝石がはめられたアクセサリーのようなものだ。

問題は。


「重い、重過ぎる・・・」


凄まじく重たい、いや重たいだけではなく妙に身体に馴染まず、まるで力が吸い取られるかのようだ。


「これは装着者の体力は勿論のこと魔力すらも封印する腕輪、武術を修行する者が最初につける宝具、『バリバリウェイトくん』だっ」


しばらく時間が止まった。




否、止まっているのは間違いないのだが。


「はい?」


「『バリバリウェイトくん』だっ」

セクメトは実力は間違いなく高いが、どうやらネーミングセンスは最低なようだ。


あまりそこには触らないようにしよう。

「・・・我が友よ、何やら可哀想な者を見るかのような目で我をみていないか?」


「気のせいだ、それでその『バリバリウェイトくん』をつけたままうごくわけか・・・」


軽く尸天は両手を動かしてみるが、あまりの重さに息切れをしそうだった。


「そうなる、これを空気と同じように感じられた時、そなたは素晴らしい力を得るだろう」


だがこれを四肢に着けて、尚且つ棍棒を振るい、さらには大拳魔と呼ばれる人虎と打ち合えるものだろうか。


「参るぞ」

歯を噛み締めながら尸天は棍棒を構える。


「うむ、その心意気や良し、さすがは我が最初の友だな」

にやりと笑いながらセクメトは拳を構えなおした。

「来い、そなたには我が力を全て与えよう」





巨大な虎のシルエットが空を駆け回り、地面を走る小さな蛇に襲いかかる。

蛇は小さな牙を剥いて抗おうとするが、すぐに虎の餌食になる。



「うわっ」

座禅を組み、集中していた尸天だが、弾かれたかのように後ろへ倒れた。

「尸天、惑わされるな、敗北は己のうちにのみある」

向かいで座禅を組んでいたセクメトは目を開き、尸天が座禅の態勢を直すのを見つめていた。

「蛇と虎では勝負は決まって・・・」

「その通り、が我が虎、君が蛇と言うのは君が作り出したイメージだ、あれはイメージ世界だからな」


先ほどの虎と蛇の勝負は尸天とセクメトのイメージ上の対決だったのだ。


「実際の勝負は体力と練度、経験がものを言う、だがそれよりも肝心なことは気組みで相手を圧倒すること、今のそなたは我に怖れを抱いている」


気組み、要するに心持ちということか。

「もう一度だ、イメージはあくまでイメージ、気合くらい我を超えて見せよ」




そのようなイメトレを何週間も行ったかと思えば、何日もずっと棍棒の素振りを続けるような武術の修行らしいこともする、ある時には将棋の駒と感覚を強要して実戦さながらの指揮を学ぶこともあった。



外の世界では一瞬のこと、幻魔寺ではどれだけの時間が流れたか、尸天の四肢にある『バリバリウェイトくん』が重荷にならなくなる頃。


「・・・ほう、今度は互いに人間か」

イメージ世界での対峙、尸天もセクメトも同じ人間の姿だ。


「明らかな上達だ、我の種族が人間と言うのはそなたの気合が我とほぼ同格に並んだと言うことだ」


尸天とて何年分もの修行で地獄を見た、凄まじい鍛錬の中で、少なくとも、気合くらいはセクメトと並んだのだ。


「行くぞ」

尸天は棍棒を構える。

「来い、そのイメージが張りぼてではないことを証明せよ」



巨大な古代の回廊を走りながら尸天とセクメトは打ち合う。


「はあっ」

円柱を駆け上り、垂直落下しながら一撃を狙う尸天だが、セクメトは瞬時にかわして打撃に入る。

「ふんっ」

だが尸天は棍棒をバネにして弾かれたかのように打撃をかわして回廊の外に飛び出した。


「セクメトっ」

回廊の外は夕日の戦場、これも尸天のイメージだ。

「いいね、やはりこうでなくてはなっ」


セクメトは近くに刀を引き抜く。

「かかってこい、尸天」

イメージを集中して尸天は周囲に転がる刀槍類を操り、同時にセクメトを襲撃させる。

「撃ち合うつもりか?」

もう一本刀を引き抜いて二刀流の構えをとり、セクメトは次々飛来する刀や槍を弾き落とす。


「せやあっ」

雄叫びとともに尸天は棍棒を振るい、セクメトに肉薄して、近距離戦を仕掛ける。


「やるようになったではないかっ」

棍棒の上下をクルクル変えながら尸天はセクメトの連続攻撃を弾いていく。


「・・・全てはイメージだ」

「ふふっ、この世は所詮一夜の夢のようなもの、ならば現実もイメージと変わらぬよ」


距離をとると、尸天は棍棒のイメージを変えてみた。


その刹那。


棍棒の先端からまるで雷のような眩しい光が走った。

「何っ」

これは尸天のイメージではない、なぜこのようなことになったのかわけがわからない。

光は閃光となって空高く舞い上がり、一瞬にしてイメージ世界を破壊した。



「・・・何だ、あれは」

目を開くと、尸天はびっしょり汗をかいていた。

「まるであれは核兵器、私はどうして棍棒にあのようなイメージを・・・」

「・・・我が友よ、君は何故あれを知っている?」

剣呑な雰囲気でセクメトは瞳を開いた。


「あれは遥かな昔に我が祖国を滅した光、あれを知るは我と師匠、そしてかつて大戦を生き抜いた英雄しか知り得ぬ、君は、何者だ?」


どういうことだ、大戦とは何だ?

「クルクシェトラの戦い、君はあそこにいたのか?、姉妹でありながら殺し合う運命にあった二人の英雄、アルジュナとカルナの決戦の地に・・・」

「アルジュナ、カルナ、だと?」

どういう偶然だ、ガンダルヴァとアプサラスの姉妹と同じ名前、同じ関係、かつてそのようなことがあったのか。


「・・・我が友尸天よ、これはあまりにも深い縁を感じる、君はどうやら二人の名前に聞き覚えがあるのだな?」


こくりと尸天は頷いた。


「ならば君を過去へ飛ばそう、かつてパーンドゥの子供達『パーンタヴァ』とクル族の子孫達『カウラヴァ』が争った戦乱の時代へ」


不思議な宝刀を七支刀に変化させると、セクメトは素早く刀を振るった。


「・・・七支は運命、いくつも分岐した時空の道標」

深い闇へ堕ちていく尸天にそのようなセクメトの声が聞こえた。


「君があの時代へ行くのが運命ならば、あるいは・・・」








「アルジュナ姉さん」

カルナは宿屋の部屋で目を閉じていたが、素早く開いた。

「エロス神様からの神託みたいだね」

アルジュナもベッドの上で姿勢を正した。


久しぶりの自身のパトロンからの声に耳を傾ける二人だが、内容は驚くべきことだった。

「・・・あの方が、帰還された」

行方不明だったカルナとアルジュナの主の帰還、それこそが神託の内容だった。



「じゃ、久しぶりにあの方と?」

アルジュナの言葉にカルナは嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、会えるみたいよ?」


エロス神の従属神にして二人の主。



「雷帝インドラ様・・・」


15/02/24 13:40更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
皆様こんにちは、鏡花水月であります。

いよいよ物語も折り返し地点、ここからが本番ですので頑張っていきたいと思います。

もしカルナとアルジュナの名前の由来がわかる人がいたら、この先の結末もある程度予想されるかもしれませんが、多分魔物らしい終わり方になると思いますのでもうしばらくお付き合い願います。

さて、この世界における神は色々いるみたいですが、もし人間から神になる、所謂仏はどうなのかなと思っています。

アプサラスやガンダルヴァも出たのでその内、あるかもしれませんね。

ではでは今回はこの辺りで、次回滅諦の章でお会いいたしましょう。

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