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第二話「竜鉱石」

 とある日の昼過ぎ、総主教は村の外れにある工房に呼び出しを受けて仕事もそこそこに出かけていた。
 ヤマツミ村そのものは標高も高く気温が低いこともあって雪が降ることも珍しくはないが、その日はたまたま晴天であり、温度も比較的高い。

「……エスルアーめ、なんの用事だ?」

 装飾がない、無骨な石で作られた質素な住居ばかりの村を歩きながら総主教はそんなことを呟いていたが、実はなぜ呼び出されたのかある程度の見当はついていたりする。
 ミズラフを引き取り、錆びだらけの金属片をエスルアーに預けてからすでに二週間ほどが経ち、そろそろ何らかの結果が出るだろうと思っていた矢先の出来事だったからだ。

 総主教自身には結果を急かすような気は全くないのだが、エスルアーはこと冶金術に少しでも関わる事柄ならば何よりも優先して研究する学者肌な所もある。
 それ故に素晴らしい技術を持っているとも言えるのだが、娘であるドワーフが産まれるまでは一旦火がつくと止められるまで研究に熱中してしまい、食事すら取らなくなることすらあった。

 今回はさすがにそんなことにはなっていないとは思うが、研究に熱中するのは相変わらずのようである。

「エスルアー」

 総主教の呼び声が一軒の家屋に響いた。ヤマツミ村一の冶金術の達人、エスルアー・バルタザールの工房は村はずれにあり、外観は周りにある家と変わらぬ質素なものだ。
 しかし大きさとしては一般的な家屋の二つ分くらいの面積を誇り、出入り口も二つ存在している。

 今総主教が声をかけたのは二つある出入り口の内、金槌と金床が刻まれた看板が掲げられている鍛冶屋の出入り口だった。

「エスルアーっ!」

 一度呼びかけても出てこないのでもう一度声をかけてみるが、やはり出てくる気配はない。
 仕方ないのでやや強めに扉を叩いてみるが、誰もいないのか何の返答も返ってはこなかった。

「……(人を呼び出しておいて留守、か?)」

 留守とは限らないが、仮に在宅中としても研究熱心なエスルアーのこと。もしなんらかの研究に没頭しているのならばどんな騒音を家の前で鳴らしたとしても、全く気にしないだろう。

「あれ? そーしゅきょー?」

 いないのならば仕方がない、総主教がそう判断して踵を返し、帰宅しようとするその刹那、後ろから可愛らしい声が聞こえた。

「ダルクア? それに……」

「総主教殿……」

 そこにいたのは幼い少年少女。一人はエスルアーに似て綺麗な黒髪に整った顔立ち、よく似てはいるが若干エスルアーよりも幼く見える容姿の少女。
 もう一人は黒髪に短髪、ドワーフであるエスルアーと変わらぬ小柄な体躯、無邪気な闇のない瞳をしてはいるがどことなく寂しげな雰囲気を持つ澄んだ目をした少年だ。

「ミズラフ、ここにいたのか」

 少女はダルクア・バルタザール。エスルアーバルタザールの娘であり、次代のヤマツミ村の鍛冶屋として『バルタザール』の名前を継ぐドワーフの少女だ。
 そしてダルクアとともに現れたのが、つい数週間前にヤマツミ村に流れ着いた記憶喪失の少年、ミズラフ・ガロイスである。
 現在は総主教のもとで生活の一切を世話になりながら、様々な学問と彼の修めた武術を日夜学んでいた。

「そーしゅきょーは、お母さんに用事?」

 ダルクアに言われ、総主教は笑みを浮かべつつ軽く頷いた。ある程度の分別が出てきたとは言え、まだ幼いダルクアがここにいるならば、エスルアーも出かけてはいないのではないか?

「ああ、エスルアーはいるかな?」

「うん。今はおくで何かご本読んでるよ」

 やはり調べものをしていたか、とするならば鍛冶屋の入り口ではなく居住区の玄関を訪ねたほうが良さそうだ。

「ありがとう。私はしばらくエスルアーと話しをする。ダルクア、ミズラフのことを頼むぞ」

「はーい。そーしゅきょー」

 元気よく手を挙げるダルクアにウィンクをして、総主教はミズラフのほうに視線を向けた。

「ダルクアとよく遊べ、それが世界を学ぶことに繋がる」

 一度だけミズラフの頭を撫でると、少年はしばらくくすぐったそうに目を細めていたが、やがてしっかりとした調子で首肯してみせる。

「ではな二人とも、寒さには気をつけろよ」

 軽く手を挙げて総主教はその場を離れ、鍛冶屋の入り口とは反対側にある居住区の玄関へと向かった。








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「待たせて悪かったね総主教殿」

 居住区の居間。総主教が木でできた小さなテーブルの前に腰掛けると、すぐさまエスルアーは彼の前に湯気の立つマグカップを置いた。

「別に構わない、今来たばかりだからな」

 マグカップの中には黒褐色の温かい液体が満たされており、甘い匂いをテーブルの周りに放っている。
 普段は穏やかな表情ながら隙を決して見せない総主教ではあるが、この液体を一口含むだけで頬を緩ませた。

「やはり君のココアは格別だな」

「ふふん。そう遠くない未来私の娘も作れるようになるよ」

 エスルアーも椅子に腰掛けてココアを一口飲み、身体を温めると、いよいよ本題とばかりに険しい表情を浮かべる。

「もうわかってると思うけれど今日来てもらったのはこの間あなたから預かった金属のこと」

 やはりそうか、こうしてクライアントを呼んだ以上は何らかの研究成果が上がったものと予測していたが、どのようなものか想像出来ないため総主教は背筋を正した。

「私が予想した通りあの金属に付着してた土は旧ドラゲイ帝国時代のもの。金属の製造年代もそれくらいに遡ると考えて良さそうね」

「……やはりそうか、金属の材質もやはりドラゴニウム由来で良いのか?」

 総主教の言葉にエスルアーはどことなく微妙な表情をしながら指を鳴らす。

「ううん。たしかにドラゴニウムではあったけれど、あなたの考えている結果とは少しだけ違うかな?」

「……どういうことだ?」

「あの武器はドラゴニウムの武器だったけど、純度百パーセント。すなわち武具として鍛えられたものではなかった」

 予想外の答えにしばらく総主教は何も口に出すことが出来なかった。

「純度百パーセント……? どういうことだ?」

 本来ドラゴニウムは他の貴金属と混ぜ合わせ、武具とすることにより始めてその力を発揮する。ドラゴニウム自体にも魔力は宿るが、やはり武具として使用するためには冶金術の専門家による加工が必要となるだろう。

「……うーん。ドラゲイ時代の祭器具と考えるのが自然かな? または……」

「……または?」

 何やら言い澱むエスルアーだが、彼女の仮説が気にかかる総主教は先を促した。

「魔界銀製の武具が長期間竜の魔力を浴びて性質変化を起こした、か」

 元々魔界銀による武具だったものが竜の魔力で変化する。そのようなことが果たして起こりうるのだろうか?

「あまり聞かないけど理論的には十分あり得るそうだよ。少し前にサルバリシオンのラケル・メルキオール博士が論文を書いていたね」

「……(祭器具だけがあんなところで見つかるのは不自然だ。とするならば真実は……)」

 仮にそうだとしてそれだけの期間竜の魔力、しかもかなりの濃度のものに接触し続けているとなればただごとではない。
 あの刀身が見つかった聖ミズラフ修道院の周辺には高濃度の竜の魔力はもちろんのこと、ワイバーンの一人も住んでいない。とても魔界銀がドラゴニウムに変わるような環境とは思えなかった。

「……それとさ総主教、少し考えたんだけどあの刀身は、やっぱりあなたが持っててくれないかな?」

 これは珍しいことも起きるものだ。未知の道具には尋常ではない興味を示すエスルアーが自ら武具を手放すとは。総主教が意外そうにエスルアーを眺めていたためか、彼女は恥ずかしそうに頬をかいた。

「なにかこの一件には運命や宿縁めいたものを感じる。あの刀身は私ではなくてミズラフが持っていたほうが良い気がするの」

「……運命か、そうだな。今回はあまりにわからないことが多すぎる。そういう考え方も出来るかもしれないな」

 ならばあの刀身は来たるべき日が来るまでミズラフの持っていた黒い鱗同様、聖教会の至聖所に封印しておくとしよう。彼が一人前の戦士となり、ヤマツミ村を出るその時まで……。
 総主教はそのようなことを考えながらもう一口ココアを口に含んだ。






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 総主教とエスルアーの二人がドラゴニウムの武具について意見を交わしていたちょうどその頃、鍛冶屋近くの広場にミズラフとダルクア、二人の子供はいた。

 そこはヤマツミ村の奥まった場所にあり、広場の奥には霊峰へと至る巨大な巌がある他、どのような謂れからか二メートルほどの扉のようなものが岩壁に設置されている。

 幾重にも重なる鎖で厳重に封印され、誰も入ることが出来ないその扉は魔界に堕ちた山頂へと繋がる唯一の道だったのだが、頂上が立ち入り禁止の『禁足地』として指定されて以降総主教の権限により封印されていた。

「……ミズラフは、どこから来たの?」

 『禁足地』への入り口に当たる扉の鎖を弄りながらそのようなことを尋ねるダルクア。彼女の母親であるエスルアーは総主教と親密ではあったが、ダルクアはミズラフが『禁足地』近くに倒れていたことは知らない。

「……わからない。でも今は総主教にいろんなことを教えてもらってる」

 ドワーフ族はみな幼い姿を維持してはいるが、これまで同年代の友人がいなかったダルクアにとって、ミズラフははじめての友人であった。

「いつかミズラフは、ミズラフの来た場所に帰っちゃうの?」

 だからこそダルクアは恐れていたのである。ミズラフと仲良くなれば、いずれ彼がどこかに旅立ったときに、辛くなるだけではないかと。

「ううん。ぼくの居場所は総主教やダルクアのいるこの村だから……」

 幼く、見識どころか己の記憶すら足りてはいないミズラフにとってはこのヤマツミ村が世界そのもの、他の居場所をイメージすることなど今は出来そうもない。
 しかしダルクアにとってその言葉は『共に歩む友人がずっとこの村にいてくれる』という神託にも聞こえていた。

「……そう、わたしはがんばって母さんに負けないような一流の鍛冶屋になる。あなたも……」

 じっとダルクアはミズラフの暗い瞳を見つめながら、その言葉を紡いでいく。

「わたしの道具が似合う戦士になってね?」



『其の地に産まれし闇を纏いし龍、長き旅の果て、巡り巡りて回帰せん。

産まれた地にて、再度産まれ、闇を脱ぎ、新たな誕生に精霊は歌い、天は耀く。

数多の龍、幾多の飛龍とまみえし者、其の龍と向き合う資格を得るとき試練に対面す。

人中の英雄、試練を果たして龍の故郷にて満月を迎える時、伝説は舞い降りん』

 唱歌を唄いながら広場で遊ぶ総主教の息子ミズラフ・ガロイスとドワーフの弟子ダルクア・バルタザール、この二人が揃って一人前となれる日は、今はまだ遠い。
19/04/22 08:57更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
登場人物
ダルクア・バルタザール
肩書き:鍛冶屋
種族:ドワーフ
年齢:12歳
師匠:エスルアー・バルタザール
出身地:霊峰ヤマツミ村

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