第三十七話「戦車」
『サナト、サナト・・・』
眠りの中、遮那は光溢れる空間で、メタトロンの声を聞いた。
「遮那さま?」
よく見るとすぐ隣に真由もいる、眠りの中またしてもメタトロンが意識をつなげたのか。
『サナト、マユ、良くやってくれた、これでこの世界の均衡は保たれる。
神の統治による千年王国、確かに法や規律は必要だけれど、縛られてばかりいてははばたけない。
魔王の支配する世界は魅惑と享楽に満ちているけれど、絶えず定まらず、留まることはない。
どちらが優ってもならない、何よりも調和が大切だったの。
人間の未来は神や魔物娘、どちらにも傾き過ぎず、自分たちの手で見つけていかなければならない』
そうか、中庸の道、秩序の体現であるミカエル、混沌の代表ルシファー、双方ともに倒した今、ようやくその道が開かれたのだ。
『見えるかしら?、感じるかしら?、あなたたちは『大地(ガイア)』の一部であり全てでもある、秩序も混沌も全て、そこに含まれるの』
感じる、素粒子の流れも、宇宙のコトワリも、真由の胸の鼓動も、みな・・・。
『荒れ果てた世界にはまだまだ方向を見失ったひとがたくさんいる、この世界を、頼んだわよ?』
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夢から目覚めると、遮那はカテドラルの医務室にいた。
すぐ隣の椅子には真由が腰かけながらベッドに突っ伏す形で眠っており、時折「にゅふふ・・・」と笑みを浮かべている。
「・・・ふう」
軽く息を吐くと、遮那はベッドから立ち上がり、すやすやと眠る真由の頭を撫でた。
「・・・(いつもありがとう、真由)」
「にゅふふ・・・、遮那さま、もう食べられませんよ」
なんの夢を見ているのかは不明だが幸せそうだ、遮那は起こさないようにそっと彼女の隣を横切り、医務室から出た。
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カテドラルのバルコニー、一人遮那はぼんやりと奈落の塔を眺めていた。
ミカドの都国、グリゴリ、秩序と混沌の戦いもなんとか終わり、後は京都ボルテクスを解除して元の世界に戻すのみ。
「・・・(しかし、何だろうか?、何やら嫌な予感がする)」
今や京都ボルテクスに急進的な勢力は存在しない、にも関わらず、何故か嫌な予感がするのだ。
そう遠くない未来、京都ボルテクスは解除されて元の世界に戻る、もう何も恐れるものはないはずだが・・・。
ふと、遮那は気配を感じて後ろを振り向いた。
「ルシファー、か」
そこには瑠衣の姿をとりながらも、背後から黒い翼を生やしたルシファーがいた。
「はろー、サナトお兄ちゃん、元気?」
つい先刻カテドラルの屋上で死闘を演じたばかりだが、どうやらルシファーにとっては大した問題ではないらしい。
「本当にお兄ちゃんは強いよね、お兄ちゃんのコトワリは、もう極められているのかもしれないね」
「ルシファー、一つ聞きたいことがある、私の力のことだ」
ミカエルとの戦いで力を求めた結果、ルシファーは様々なコトワリを勾玉の形にして遮那に与え、修羅人へと変容させた。
彼女ならば、人間に戻る方法も知っているのではないだろうか?
「戻ること自体は出来るかもだけど、どうして戻りたいの?」
常人をはるかに上回る身体能力に優れた魔道の実力、にも関わらずそれを放棄して普通の人間に戻ろうというのだ。
「ルシファー、人間による道が開かれた以上私もこの世界に生きる以上、人間に戻り生きていく」
修羅人は人間でもなければ魔物でも神族でもない別種族、この世界で生きていくべきではない。
だからこそこの世界で生きる以上遮那は人間に戻り、真由とともに生きていきたいのだ。
「コトワリを放棄して力を解き放てば戻れるはずだよ、そうすれば世界も修復出来るかもだけど、タイミングを選ばないと」
「タイミング?」
「そ、人間に戻るのはいつでも良いけど、脅威があるなら、タイミングは考えないとね?」
脅威?、ミカドの都国とグリゴリ、二つの勢力が協力する結果になった以上もう敵対する者はいないはずだが。
「何が起こるかわからないし、少なくとも京都ボルテクスが解放されるまではそのままの方が良いんじゃないかな?」
「・・・戻れる、というのがわかっただけ良い」
魔物娘は人間に戻ることは不可能だが、どうやら遮那はまだ戻れるらしい、少しだけホッと胸を撫で下ろす遮那。
「もっともあれだけ深くマユと関わったなら、インキュバスになるかもだけど・・・」
クスクスと笑うルシファーだが、遮那は微かに頭を振るうのみだった。
「四天王が結界解除をすれば京都ボルテクスは元の空間に戻る、さて・・・むっ!」
突然カテドラル上空の空間が歪み、何かがカテドラルに落下した。
「な、何だっ!?」
明らかにかなりの大きさだろう、カテドラルをルシファーが要塞に改造していなければ潰れていたかもしれない。
「遮那さまっ!」
「真由」
どうやら真由も目が覚めたようだ、遮那は無言で頷くと、そのままバルコニーを後にした。
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「・・・これは」
カテドラルの屋上にはミカエルの巨大戦艦、プルガトリウムが不時着していた。
「遮那さま、これは明らかに何者かに砲撃を受けた跡です」
あちこちから惨たらしく煙を吹くプルガトリウム、中にいる乗組員は無事だろうか?
「しかし、プルガトリウムを撃墜するとは一体何者だ・・・」
ミカエルの建造した巨大戦艦、そうそう撃墜できるものではないはずだが。
否、今は考えている場合ではない、遮那はゆっくりと扉を開くと、艦内の様子を伺う。
「・・・大丈夫か?」
遮那が呼びかけると、どこかの扉が開く音がして、ぞろぞろと乗組員が出てきた。
「・・・あれ?」
真由が怪訝そうに声を上げるのも致し方ない、出てきたのはサムライだけではなく、ミカドの都国の市民もいたからだ。
「サナトか、ちょうど良かったわ」
続いて艦内からガヴリエルに肩を支えられたミカエルが現れた。
「ミカエルにガヴリエル、どうしたというのだ、その有様は・・・」
ミカエルは左手に包帯が巻かれ、ガヴリエルに支えられてやっと歩行している状態だ。
「サナト、大変なことになりましたわ」
ミカエルらに従う形でラファエルとウリエルも現れたが、その表情は極めて暗い。
「ミカドの都国の修道院が、隠し持っていた新兵器を使い謀反を起こした、今やミカドの都国はゴルゴス院長のものだ」
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カテドラルの大広間、現在そこにはミカドの都国から難民を率いて亡命してきたミカエル、ラファエル、ウリエル、ガヴリエルの四大天使。
彼女らを囲むように遮那、真由、ウォフ・マナフ、アシャ、アールマティ、ハルワタート、アムルタート、クシャスラの歴戦の勇士。
さらには少し離れた場所にルシファー、シェムハザ、ミスラといったグリゴリの面々がいた。
「神の戦車メルカバー?」
遮那の言葉に、ミカエルは静かに頷く。
「そう、試作段階だったプルガトリウムを遥かに上回る移動要塞、ゴルゴスはそんな新兵器を修道院地下で密かに建造していたみたいね」
プルガトリウム同様に無限動力炉ヤマトで駆動する他、万物をまたたくまに粉塵に帰す主砲に、死角のないシールド、まさに神の戦車の由来通りの力を持つ。
「ふうん、ミカエルはそんな新兵器の開発に気づかなかった、と?」
ルシファーの言葉にミカエルはうっ、とつまった。
「た、確かにプルガトリウムの建造が遅れていたのは気づいていたけれど、まさかこんな大掛かりなことをしてるなんて・・・」
「・・・ミカエルを責めても始まらない、今はゴルゴスとやらの目的を考えねば・・・」
遮那の指摘の通りそれだけもってまわった真似をしたのだ、必ず何らかの目的があるはずだ。
「それがよくわかりませんの、何故急にゴルゴスが反目したのか・・・」
ラファエルは済まなそうに言うが、他の天使らも思い当たる節があるわけではない。
「それがわかれば、まだ交渉のしようもあったかもしれませんが・・・」
残念そうに呟く真由だが、何やら外を見ていたクシャスラは首を振った。
「今回に関しては平和的な解決は出来なさそうだぞ?」
外を指差すクシャスラ、全員そちらを見ると、奈落の塔の正面に、巨大な男のホログラムが写っている。
「あれは、ゴルゴスっ!」
ウリエルの言葉に、知らず遮那は表情を険しくしていた。
『京都ボルテクスの諸君、私はゴルゴス、ミカドの都国の支配者だ。
諸君らは神に従わぬ故にこんな場所に残され、試練の中にいる。
だが神は試練を乗り越えようが乗り越えまいが何度でも人間を束縛する。
故に私はこれより人間を救うための聖戦を行う。
手始めに神の試練の代名詞たる魔物を滅ぼし、その後に神をも滅ぼす、人間の世界が始まるのだ』
ゴルゴスの言葉を、遮那はゆっくりと反芻した。
「神も魔物も滅ぼし、人間だけの世界を作るつもりか」
「あの野郎、ふざけたことを、サナト、すぐ奴をとっちめようぜっ!」
怒り心頭のアシャだが、ゴルゴスの次の言葉に、遮那は驚愕することになる。
『ではまず我々の力を見せるため、京都ボルテクスを解除してあげよう』
瞬間、凄まじい轟音が走り、続けざまにガラスが割れるような音がした。
「なっ!」
慄く一同の前で、京都ボルテクスはゆっくりとその姿を変えていく。
奈落の塔の先端を中心にゆっくりと大地が広がり、それに応じて空に張り付いていた地面も下に戻る。
「な、まさか、本当に・・・」
何とかそれだけ真由はつぶやいたが、この場にいる全員が同じことを考えていた。
『我々の力を見たかね?、この程度大したことではない』
眩しい太陽に、澄み渡る青空、間違いない、京都ボルテクスは解除され、全ての人類は、今再び青空の下に曝け出された。
16/10/07 23:20更新 / 水無月花鏡
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