第三十五話「激突」
互いに拳を構え合いながら、遮那とミスラは何度か場所を伺う。
二人のいる部屋は特徴らしい特徴もない普通の広間であるため、場所による優劣はつかないだろう。
だが二人は油断なく足を運び、相手を見据えながらも、隙をみつけようとしていた。
「・・・行くぞ」
最初に動き出したのはミスラだ、素早い動きで遮那に接近すると、その両手に嵌められた虎の爪で彼を狙う。
「見切ったっ!」
ミスラの攻撃をかわすと、遮那は身を低くくして、鋭い足払いを放つ。
「っ!、やってくれるねっ!、けれども・・・」
瞬間ミスラは遮那の足払いを飛び上がってかわすと、そのまま急降下して遮那の足を蹴り抜く。
「ぐあっ!」
慌てて『物理反射』を使うが、ミスラの一撃をまともに受け、遮那は足がしびれるように感じた。
「・・・くっ!」
しかしミスラ自身も遮那の反射を喰らい、後方に仰け反る。
「遮那さまっ!」
真由の声に、遮那は頭を軽く振るい、微笑みながらゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫だ、大したことはない」
再び遮那が拳を握りなおし、構えると、後ろに下がっていたミスラもまた、彼の正面に立ち、構え直す。
「やるなあ、ほんとに兄貴は強いよ・・・」
「・・・強くなどなりたくなかった」
短く返すと、遮那は右足から踏み込み、素早く掌打を放つ。
あまりの鋭さに、周りの空気は拳圧で震え、真由のいる場所にまで振動が伝わるくらいだ。
「仲間を窮地に追いやり、かつての友と拳を交わすことになるくらいなら、強くなど・・・」
ミスラもただちに防御の構えをとり、遮那の一撃を両手で防いで見せたが、びりびりと振動は身体に伝わり、わずかに後ろに仰け反る。
「っ!」
「力のみを拠り所にすれば、世界は混沌が支配する、それで良いのか?」
掌打を防御されると、遮那はそのまま右足を軸にして回し蹴りを食らわせる。
「ぐあっ!」
これは防御仕切れず、ミスラはまともに喰らう結果となり、大きく跳ね飛ばされ、地面を転がる。
「くっ!、やってくれる・・・」
口から血を吐くと、ミスラは口元を拭い、両拳を構え直す。
「・・・(さすがに魔物娘、この程度はダメージに入らぬ、か)」
勝てないことを悟らせることが出来ればミスラとも無駄に争う必要はなくなる、遮那は意を決して両拳を構え直す。
「・・・兄貴は間違っている、人間と魔物娘だけならともかく、天使がそこに加われば、さらなる混沌を招く」
「・・・ミスラ」
遮那は悲しそうに目を細め、ミスラを見つめたが、彼の意思は固く、一度道を定めた以上は、迷わない決意を秘めていた。
「兄貴、中庸はどっちつかずの道、秩序か混沌かに傾くまでの一時しのぎだとは、思わないのか?」
なるほど、そういう見方もあるのか。
中庸はどちらも内包するがゆえに、どちらかに傾く可能性を常に秘めている。
仮に中庸の未来を実現出来たとしても、それは近い未来にもろくも崩れ去る、そんな儚い夢ではないのか?
そうミスラは遮那に問いかけた。
「ミスラ、確かに共存する未来は苦難にあふれ、場合によってはすぐさま崩れ去るような理想かもしれない、しかし・・・」
この戦いの中で、様々な魔物や天使、人間と出会ってきた。
彼女らはいずれも自分の正義を信じ、自分のコトワリを掲げ、自分の願う明日のために戦っていた。
いずれも世界をより良くするために戦っていた、ならばその気高い理念を一つに合わせ、さらなる理想を願うことは可能なはずだ。
「同時に、人も、天使も魔物娘も、みんなが意思を束ねれば、いかなる困難も乗り越えられるはずだ」
信じたい、あまねく種族が共存した先には、理想破れた未来ではなく、それすらも乗り越えた明日があると。
「・・・兄貴」
じっとミスラは何も言わずに遮那を見つめたが、先ほどとは違い、明らかに瞳の中に迷いが見える。
「・・・来い、ミスラ」
再び遮那は地を蹴ると、ミスラに拳を向ける。
「はあああああっ!」
だがミスラもまたここまで何となく来たわけではない、彼女には彼女の、自らが信じる大義が、コトワリが存在する。
二人の拳が重なるその、瞬間強力な雷撃が二人を襲った。
「っ!」
「誰、だ?」
二人は互いに離れると、攻撃が来た方向に立っている人物を睨みつけた。
「み、ミスラさん、ルシファーの命令です」
そこにいたのはシェムハザだった、こちらに右手を向け、紫の雷を纏っている。
「わ、わたしと一緒に、サナトさんを倒すように、と」
「馬鹿なっ!、兄貴はボク一人で倒す、そういう約束だったはずだ」
ミスラだけでは手に負えないと判断されたか、それとも万全を期すためにシェムハザを送り込んだかわからないが、このままでは不利だ。
「真由・・・」
「わかっています、シェムハザを抑えれば良いのですね?」
ようやく出番が来たとばかりに、真由は魔界銀の小太刀を引き抜き、嬉しそうに微笑んだ。
「・・・すまん」
「いえ、最初から私を頼ってくれるように願っておりましたから」
すっ、と遮那と真由は並び立つと、互いに構え、正面を見据えた。
「・・・どちらにしても、兄貴とマユさんの二人を相手にするのは無理だね」
仕方ないと言った調子で、ミスラはシェムハザを見つめた。
「けれどシェムハザ、兄貴はボクが戦う、君はマユさんを・・・」
「は、はい、わ、わかっています」
ゆっくりとシェムハザは腰に下げた剣を抜くと、片手に握った。
「・・・ここで決めるっ!」
遮那、真由、ミスラ、シェムハザが動き出したのは、ほぼ同時だった。
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「せやあっ!」
焦りからか拳を素早く振るうミスラ、今となっては遮那には通用しない。
「ふんっ!」
ミスラの拳を掴むと、そのまま遮那は彼女を壁に向かって投げ飛ばす。
「っ!」
慌ててミスラは空中で体制を整えると、壁を蹴り、勢いをつけた状態で遮那に攻撃を仕掛ける。
「勝負を焦っているな?」
両手に物理反射の障壁を張り、ミスラの攻撃を弾きかえす遮那。
「私を一人でなんとかしたかったのか?」
「・・・くっ!」
短く毒づくと、ミスラは受け身をとり、素早く着地する。
「・・・かかって来い」
素早く遮那が破邪光弾を放つと、ミスラはこれを拳を振るって弾きながら、前方に進んで行く。
「・・・はああああっ!」
雄叫びとともにミスラは遮那に拳打を放つが、すでにその動きは見切られており、最早修羅人には通用しなかった。
「終わりだ、ミスラよ」
至近距離から放たれた破邪光弾、遮那が全力で放った一撃である、ミスラに見切ることは出来なかった。
「兄貴、ボクは・・・」
「・・・(ただ兄貴に、認めて欲しかっただけなのかも、しれない)」
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「シェムハザ・・・」
小太刀を構え、真由はシェムハザを睨み据える。
「私たちに投降して、楽になってはいかがですか?」
真由の呼びかけに、シェムハザは素早く左手から紫の雷を放った。
これを見るや否や、真由もまた左手から雷を放出して、シェムハザの雷を相殺させる。
「っ!」
驚いたように瞳を開くシェムハザ、おそらく雷に関しては両方とも同じ威力であろう。
続いてシェムハザは紫の雷を全身から放出して、空間全域に雷を放つ、もし発動しきれば近くでミスラと戦う遮那にもダメージを与えるだろう。
しかし遮那の手をわざわざ煩わせるような真由ではない。
自分の左手にシェムハザの雷を吸い寄せると、一つの塊に変えて、投げ返したのだ。
「はにゅっ!」
慌てて雷を弾くシェムハザだが、たらりと冷たい汗が背中を伝っていた。
「・・・どうやら、魔術で決着はつかないようですね」
真由は地を蹴り、天井を蹴り、素早くシェムハザに斬りかかる。
「はわわわわ・・・」
すぐさまシェムハザは剣を返して真由の一撃を阻んだが、それすらも見越して真由は地に足が触れるや否や、また飛び上がる。
「こ、これが混沌王の正妻の実力・・・」
慄くシェムハザ、決して真由の実力を侮っていたわけではないが、これほどとは思わなかったのだ。
グリゴリの頭であるシェムハザだが、一介の魔物娘をはるかに上回るような真由の太刀筋に、すでに押されている。
「混沌王の正妻の実力、それも確かに間違いではありませんが、少しだけ違いますよ?」
にこやかに微笑みながら、真由は素早くシェムハザの後ろに回り込み、小太刀で一撃を加える。
まさに必殺の一撃、シェムハザほどの堕天使ですら、かわせぬ速度による一撃だ。
「強いのは私自身、遮那さまへの想いが、無限の力を与えてくれるのです」
ぐらりと魔界銀による傷を受けて倒れるシェムハザ、一瞬だけ、その瞳は羨ましそうに揺れていた。
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ミスラとシェムハザ、二人をなんとか下したものの、遮那は気絶した二人を前に呆然としていた。
「遮那さま?」
「・・・何故この二人と、戦わなければならなかったのだろうか?」
不思議なことだ、つい最近まで仲間だった二人と拳を交え、刃をかわさねばならないとは。
コトワリを違えたと言ってしまえばそれまでだが、それよりなによりも、運命の縁を感じてしまう。
「・・・急ごう、ルシファーは心の迷いをかかえたまま勝てるような相手ではないはずだからな」
いずれにせよ答えはルシファーとの戦いを乗り越えた先にある、遮那と真由は最強の堕天使が待つ場所へと向かっていった。
16/10/03 19:03更新 / 水無月花鏡
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