第二十六話「結界」
北の地を守護する四天王は多聞天、現在かの神は鴨川の上流にある社に座を構えているらしい。
「しかしナジャが戦いに出ているとは、な」
鴨川沿いに北へ進みながら遮那たちはそんなことを話し合う。
鴨川からは河童やサハギンなど淡水で暮らす魔物たちがじっとこちらを見ている。
「はい、あの小さな妖精の女の子も、日々成長しているのですね」
川が二つに分かれる場所、遮那たちはその地にある古の社に乗り込んだ。
「・・・何やら、不思議な気配を感じる」
境内には深い霧が出ており、ただでさえ広い社の全容を把握することはできなかった。
ただし、多聞天の力なのか境内には魔物の気配はなく、魔力の濃度はかなり低い。
「サナト、あれを・・・」
アールマティが指差した先、そこにある木造の建物からは灯りが見えていた。
「よし、とりあえずあの建物を目指すか」
遮那たちは慎重に建物に近づくと、ゆっくりと扉を開き、中へ足を踏み入れた。
中は木の床で、どことなく平安時代の武家の屋敷を思い出させた。
「んだ?、なんだか声がするぜ?」
建物の奥、灯りが漏れている部屋から、何人かの笑い声が聞こえていた。
「・・・待て」
近寄ろうとしていた仲間の魔物娘たちを止め、遮那は後ろを振り向いた。
「サナト?、どうかしたの?」
ウォフ・マナフの言葉に、遮那はじっと後ろを見つめたが、やがて首を振るった。
「いや、おそらくなんでもない」
何者かが、こちらを見ていたような気がしたのだが、恐らく気のせいだろう。
多聞天の力が強いこの社、踏みいろうとするような魔物はそうはいまい。
それこそ、四天王の陣営についているような魔物がいれば話しは別だが。
遮那は気を取り直すと、ゆっくり明かりの灯る部屋に足を踏み入れた。
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「・・・なっ!」
部屋の中にはそれぞれ色の違う鎧具足を身に纏った四人の武将がいた。
「なんだ?、お前は・・・」
青い具足の若い女性武将、研ぎ澄まされた瞳は鋭く、またその肉体は鍛えぬかれている。
「・・・ほう、良き目をしておる、アフラ=マズダーにそっくりじゃわい」
白髪に橙の鎧の老武将は、何やら懐かしそうに目を細めた。
「アフラ=マズダー、ですか?、なるほど確かによく似てはいますね」
顎鬚をたくわえた壮年の武将は、髭を触りながら遮那を見つめた、その鎧は緑色だ。
「で?、何しに来やがった?、俺たち四天王と戦いにでも来やがったのか?」
厳しい顔つきに傷ついた頬、右目も傷がついている赤い鎧の武将は、口元を歪めながら遮那を見た。
「ヴァイシュラバナ、そう喧嘩腰になるものではない」
橙の鎧の四天王はそう告げると、じっと遮那を見つめた。
「お若いの、儂は広目天ヴィルパクシャ、あそこにおる赤いのは多聞天ヴァイシュラバナじゃ」
「それがしは持国天ドゥリタラストラと申します」
髭の長い四天王は遮那に一礼した。
「俺は増長天ヴィルダカ、俺たち四人が四天王、天魔の将をエロス神様、そしてその配下の帝釈天インドラ様から仰せつかっている」
四天王が揃い踏みか、北には多聞天しかいないと思っていたのだが、まさか全員がいるとは。
「お若いの、儂等は普段からヴァイシュラバナのところにいるわけではない」
広目天の言葉に、隣に座していた持国天も頷いた。
「左様、我々はヴァイシュラバナに招かれましてね、それでこうして北に集ったわけです」
「ヴァイシュラバナは何故俺たちを呼んだのか明かしてないがな?」
増長天の言葉に、多聞天は手元にある杯をあおった。
「簡単な話しだ、京都の結界を解除すべきか否かじゃねーかよ?」
そうか、四天王側も京都ボルテクスをどうにかしようとしていたのか。
「私が来たのも、その用件です」
遮那はその場に座ると、四天王に向かって話しかけた。
「京都ボルテクスを解除出来なければ、秩序と混沌の対決は間違いなく激化します、それをなんとかしなければなりません」
四天王は遮那の言葉を黙って聞いていたが、最初に反応したのは広目天だった。
にやりと口元に笑みを浮かべ、ヴァイシュラバナを見ている。
「のうヴァイシュラバナ、お主確か儂等を呼ぶ時に『面白い小娘が、面白いことを言っている』などと申しておったな?」
広目天に続いて持国天も微笑んだ。
「それがしも聞きました、面白い小娘と同じことをこの人は言っているようですね」
面白い小娘、まさかその娘は。
「へんっ!、ナジャの奴も綺麗事抜かしてたが、その出処はよくわかったぜ?」
多聞天は興味深そうに遮那を見つめ、さらにはその後ろに控える魔物娘たちを見た。
「人間を守護し、魔物娘を救うのが我等天魔の将の使命、ならば我々の気持ちは一つ、京都ボルテクスを解除するために結界を解くことだな?」
増長天の言葉に、四天王は揃って頷いた。
「儂等はこれから、京都ボルテクスを元の空間に戻すために儀礼を行うつもりじゃ」
広目天に続いて、持国天も頷いた。
「ですが、結界を解除するということはミカドの都国の思惑に反すること、必ずや妨害があります」
ウリエル、ラファエルはもういないにせよ、ミカドの都国にはまだミカエルが残っている。
何らかの手は打ってくるだろうし、一人である以上自ら攻め込むということも考えられる。
「我々は四人とも結界解除に力を注ぐ、それゆえに自衛行動はしばらく出来なくなるだろう」
増長天の言葉に、すぐさま遮那は頷いた。
「わかりました、その役目は我らが請け負うことにします」
「お前ならそう言うだろうと思っていたぜ?」
多聞天はにやっ、と笑うと遮那の後ろに向かって声をかけた。
「そういうことだ、安心しても良いぜ?」
気配に振り向くと、そこには日焼けした肌の、美しいティターニアがいた。
アムルタートによく似ているが、その髪は黒く、また褐色の肌が活動的な印象を与えている。
「・・・君は」
「久しぶり、だね、お兄さん」
にこりとティターニアの少女、ナジャは微笑んだ。
「ナジャ、俺たちは京都の結界を解除して京都ボルテクスを元の空間に戻すことに決めた」
帰って姉さんにそう言いな、と多聞天はナジャに告げた。
「多聞天さん、本当にありがとうございます」
ナジャは多聞天に平伏したが、彼はむずかゆそうに、鼻をこすった。
「ふんっ、どっかの面白い小娘が長々と説得するから仕方なくさ、ま、似たような面白い奴は他にもいたがな?」
多聞天は遮那、真由、ウォフ・マナフ、アシャ、アールマティ、そしてナジャを見た。
「じゃが、ここで肝心なことがもう一つある」
広目天の言葉に、持国天も頷いた。
「東山大霊廟には我々の庇護する臣民たちがいます、彼らをどうするか、ですね?」
四天王が庇護する、魔物娘に与しない、所謂よく居る市民たち、東山大霊廟にいるらしいが、四天王が動けなくなれば当然その間彼らを守る者も必要になる。
「ヴィルパクシャ、ドゥリタラストラ、彼らも守られるだけの民ではないだろう?」
増長天はそう言ったが、広目天はやはり市民が心配なようだ。
「ふむむ・・・」
「なんとか、私がお姉さまに頼んでみます」
ナジャの言葉を聞いても、しばらく広目天は唸っていたが、結局彼も人間を信じてみる気になったようだ。
「・・・わかった、後のことはアムルタートに任せよう」
広目天の言葉で、ついに京都ボルテクスの解除が決まった。
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ミカドの都国のファリサイ修道院地下、そこでは巨大戦艦の建造が推し進められていた。
「状況は?」
大天使ミカエルは、作業を進めている建造主任に話しかけた。
「はい、すでに全体の70パーセントは完了しております、既存のテクノロジーの応用ではありますが、かなりのものと自負しております」
ミカドの都国建国から千年、知恵の果実こと科学文明の発達をミカエルは禁じていたが、魔物娘との決戦に備え、用意は怠らなかった。
「無限動力炉ヤマト、たしかICBMと修羅人の魔法から得られた技術ね?」
ミカエルの言葉に、素早く現場担当は頷いた。
「はい、テクノロジー的には核融合炉と大魔術クラスの魔力が得られる魔法石であの反応を再現しています」
京都受胎を引き起こすほどのエネルギーを自在に引き出すために、無限動力炉ヤマトは造られた。
だが、あまりに不安定なため、しばらくは調整が必要かもしれない。
「『封霊船プルガトリウム』、これが完成すれば魔物娘などものの数ではないわ」
「ミカ様っ!」
地下ドックに一人のサムライが駆け込んできた。
「どうかしたのかしら?」
「大変です、件の一味が、京都ボルテクス解除を目論んでいますっ」
サムライの報告に、ミカエルは目を見開いた。
「馬鹿な、そんなことをすればミカドの都国は無防備に・・・」
もし京都ボルテクスを解除されればミカドの都国と同位相になった京都から圧倒的な数の魔物娘が襲来する。
さらには向こうには修羅人始め、四天王や堕天使ルシファーまでいる。
まともに戦えば勝ち目はない。
「・・・京都ボルテクス解除、阻止する他ないわね」
ミカエルは未完の決戦兵器、封霊船プルガトリウムを見上げた。
16/09/11 21:24更新 / 水無月花鏡
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