第二十二話「勧誘」
ルシファー率いるグリゴリとの会談場所は新京極の大使館跡。
現在そこには巨大な宮殿のようなものが建てられており、案内のシェムハザ曰くカテドラルと呼ばれているらしい。
遮那とミカエルの戦いで半壊した大使館を新たに建て直し、グリゴリの拠点として使用しているらしい。
「そ、それじゃあ修羅人さんとみなさんはこちらでお待ちを・・・」
会談自体はミスラとルシファーでするようだ、付き人扱いの遮那、真由、アシャ、アールマティの四人はカテドラル内部の待合室に通された。
「・・・何だか、嫌な予感がしますね」
真由の言葉に、遮那は首を振り、近くにあった窓から外を眺めた。
「相手はルシファー、明けの明星と呼ばれる堕天使の頭目、ミスラは上手くやれるだろうか」
「その点は心配いらねーさ」
にやりとアシャは笑いながらソファに腰掛けた。
「四大天使が来るかもしれねー時に、ルシファーも妙なことは考えねーだろうぜ?」
「アシャ、けれど用心はしたほうが良い」
アールマティの言葉に、遮那もまた頷いた。
「ああ、場合によってはグリゴリとも戦わなくなるかもしれないからな・・・」
「・・・遮那さまは、ルシファーが何らかの手を打ってくるとお考えですか?」
「まだわからない、奴も魔物娘である以上はあまりとんでもないことはしてこないとは思うが・・・」
グリゴリはミカドの都国すらも魔界の一部にしようと企むような過激な一派、遮那たちの目論見とルシファーの狙いは違う可能性もあるのだ。
だが、しばらくはラファエル、もしくはミカエルに備えるということで利害は一致しているはず、ルシファーも表立っては動かないだろう。
「し、失礼します」
ドアが開き、シェムハザが飲み物を入れたコップを持って現れた。
待合室の中央にあるテーブルにコップを置くと、シェムハザはぺこりと一礼して部屋を出ていった。
「・・・とにかく、ルシファーが何を狙うにしても、しばらくは大人しくしていたほうが良い」
アールマティはコップの中の水を飲もうとして、力を入れ過ぎたため一瞬にして水が沸騰した。
「はあ〜、待つのは趣味じゃねーな・・・」
ソファの背もたれにもたれながら、アシャは大剣を抜いて刃紋を見つめた。
「そう言うなアシャ、戦いは腕力だけでは出来んさ」
「余裕じゃねーかサナト、さすがは俺の婿だな」
にゃはは、と笑うアシャだが、それに対して真由の表情は厳しい。
「アシャ・ワヒシュタ、何を勘違いしているのかわかりませんが・・・」
ぐいっ、と真由は遮那を抱き寄せ、胸元に近付けた。
「遮那さまは私のものです、貴女の婿ではありませんよ?」
にこやかな真由だが、アシャはそれに何かを感じたのか渋い顔になる。
「・・・はんっ、お前さんも魔物娘なら、俺も魔物娘、サナトが欲しいんなら、しっかりくくりつけときな」
「・・・あのう、すいません」
一体いつからいたのか、部屋の隅にシェムハザがいた。
「むっ、シェムハザか」
慌てて遮那は真由の腕から逃れると、シェムハザの前に立った。
いつもの鉄仮面を装おっているが、実際は真由の冷たい身体と柔らかな感覚を覚えていたため、内心ドキドキしていた。
「察するに、ミスラとルシファーの話し合いは終わったのかな?」
「い、いえ、実は・・・」
『修羅人、貴方は完全に包囲されていますわ、大人しく出て来なさい、繰り返す、修羅人・・・』
何やら外から声が聞こえてきた、昔見た立てこもり犯の投降を呼びかけるような、そんなアナウンスだ。
「す、すいませんっ!、いつの間にかカテドラルの周りをサムライに包囲されちゃいましたっ!」
「な、何だとっ!」
窓から外を見ると、ミカドの都国の何百というサムライが手に手に武器を持ち、カテドラルを囲んでいる。
「いささか数が多いですね・・・」
真由の言葉に、隣にいたアシャはふんっ、と鼻を鳴らした。
「大した問題じゃねーよ、あいつらは結局有象無象、俺たちの敵じゃねーさ」
「・・・アシャ、侮ってはならない」
静かにアールマティはサムライの真ん中に立ってアナウンスを続ける少女を見つめた。
「あそこにいるのは、四大天使の一人、『神の癒し』ラファエル、注意しないとならないわ・・・」
ラファエル、ウリエルの敗北を受けて遮那たちを追いかけてきたのか。
「ラファエルか、しかし狙いは私なのではないか?」
遮那はしばらく考えていたが、とりあえず話しを聞いてみることにした。
「遮那さま、相手は主神の信徒、十二分にお気をつけを」
真由の言葉に頷くと、遮那はカテドラルから外に出た。
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「ようやく現れましたわね、修羅人サナト」
カテドラルから現れた遮那を見て、ラフェール、すなわち大天使ラファエルは微笑んだ。
「大天使ラファエル、これだけの兵力を集めて何をするつもりだ?」
周りにはたくさんのサムライが並んでおり、手に手に剣や槍を持っている、仮に攻撃されれば修羅人であろうと、突破は難しいかもしれない。
「勘違いはしないで下さいまし、わたくしはウリエルやミカエルと違い、貴方を力づくで倒そうとは思っていませんわ」
くすり、と笑うとラファエルは背中の翼を広げてふわりと浮かび上がった。
「わたくしは貴方と友誼を結び、ともに世界をより良き方向に導きたいと思っていますの」
サムライたちはあくまで護衛、とラファエルは遮那に告げると、手始めに腰に帯びていた剣を地面に落とした。
「とりあえず武装解除をいたしました、お望みならばサムライたちもさげますわよ?」
ラファエルが手を掲げると、カテドラルを包囲していたサムライたちは、剣を納めて周りに霧散していった。
現在カテドラルの前には遮那とラファエルのみ、仮に修羅人がラファエルに何らかの危害を加えたとしても、対応には時間がかかるだろう。
「さて、サナト、これでわたくしが貴方と事を構える気がないことはおわかりになりましたわね?」
遮那としては、ラファエルが一体何を企んでいるのか判別出来ずにいた。
本気で自分と交渉しに来たのか、それとも別の思惑があるのか。
だが、何かを企んでいるにせよ、そうでないにせよ、遮那は一旦様子を見ることにした。
「サナト、それだけの力を持ちながら神のために使わないのは、些か勿体無くありませんこと?」
神のために?、何を言っているのか。
「あなたが望みさえすれば、主神さまは導き下さる、ミカドの都国の民として、神の世界を守る剣として、わたくしと参りませんか?」
「・・・管理支配を手助けするつもりはない」
短く切り捨てると、ラファエルは首をすくめた。
「確かにミカドの都国は、あなたの言うように管理社会かもしれませんわ、けれど人間は本来自由にはなれないものですの」
管理を嫌がり、自由を求めているにも関わらず、人間は知らず知らずの内に自ら管理を求め、仮初めの自由に縋っている。
自由を求めながら、本当に自由になることを願ってはいないのが人間というものだ。
「サナト、貴方もわかっているはずですわよ?、人間は自分の意思で、自由にはなり得ないことを・・・」
「確かにそうかもしれない、人間が完全に自由に、好きなように生きれば、それは他者を傷つけ、己を傷つけてしまうことになる、誰もそれを望んではいない」
遮那はふと、京都御所で戦った三津島一佐のことを思い出した。
彼は己の理想のために行動したが、結局理解されないまま他者を傷つけてしまっていた。
自由とは傷つくこと、好きなように生きるには代償が必要なのだ。
だが、だからと言って神の加護の名前で、世界を縛り、あらゆることを管理していいはずがない。
「サナト、魔物と生きることを主神さまは認めませんわよ?、貴方に必要なのは薄汚いアンデットではなく、わたくしのような気高い大天使、ですわ」
「・・・ラファエル、誰を友にするか決めるのはお前ではなく私だ、口出し無用だ」
「いいえ、これは神の意志、貴方はわたくしの管轄に置いて、従順なる神の使徒にして差し上げますわ」
突如としてラファエルの周囲の空間が歪み、遮那を巻き込んだ。
「・・・しまった」
最初からラファエルは遮那を隔離するつもりだったようだ。
「サムライたちよ、カテドラルを攻撃、中に潜む魔物たちを堕天使たちごと殲滅なさいな」
16/09/02 23:22更新 / 水無月花鏡
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