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第二十一話「弥勒」




ガイア教団、サラマンダーのアシャとラヴァゴーレムのアールマティは、確かにそう言った。


二人の先導に従い、遮那たちは京都ボルテクスを進んでいく。


「にしても、まさか弥勒が言ってた救世主がサナトだったとはなあ・・・」


じろじろと前を歩きながらアシャは遮那を眺める。



「アシャ、前を見ないと危ない?」


「へーきへーき、なんとも、へぶぼっ!」


頭を抑えて座り込むアシャ、ちょうど横から文字通り飛び出してきたガンダルヴァとぶつかってしまったのだ。



「まったく、大丈夫か?」


アシャとガンダルヴァを助ける遮那、ふとそのガンダルヴァ、どこかで見たことがあるような気がした。


「・・・君は?」


「っ!」


慌ててガンダルヴァはどこかに飛んで行ってしまった。



「遮那さま、あのガンダルヴァと知り合いなのですか?」


「・・・わからない、見覚えがあるような気がしたのだが」


「なるほど、私が知らない間にいろんな魔物娘と仲良くなられたようで幸いです」


にこりと微笑む真由だが、不思議と遮那は寒いものを感じた。







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京都ボルテクスは重力に逆らう、異形な世界になっているが、道を歩いていけば普通に目的地には辿り着く。



「京都ボルテクスは、京都受胎以降魔界とのゲートが、不安定に、なっている」


アールマティはそう説明しながら、一つのビルに案内した。



「ゆえに、魔界から魔物娘たちが現れることもある」


アールマティが指差した先、ビルの窓からは何人もの魔物娘が顔を出し、興味深そうにこちらを見ている。



なんとなく遮那が手を振ると、半分くらいは手を振り返し、もう半分はじっとりした瞳で遮那を見つめていた。



「ああ、やっときたんだな」


ビルの前には、黒い虎の耳を備えた魔物がいた。


人虎、たしかそんな名前の魔物であったろうか、フードを被っているため、耳の形しか認識出来ない。



「お前が、弥勒とやらか?」


「そう呼ばれている」


そう弥勒は呟くと、いきなり地を蹴り遮那にとびかかった。



「・・・むっ!」


思わず身構える遮那だが、弥勒からは殺気は感じられず、何も武器は手にしていない。




「会いたかった」




そのまま弥勒は遮那に抱きつくと、瞳を閉じて頬ずりを始めた。



「えっ?!」



「やっぱり兄貴が一番だね」



一体どういうことだろうか?、兄貴、そう遮那を呼ぶ者は一人しか存在しないが・・・。



「・・・君はもしや」



遮那は頬ずりする弥勒のフードを脱がし、顔を確認した。


黒髪にボーイッシュな少女、性別を別にすれば、かつて収容所で会った少年と瓜二つだ。




「ミスラ、か?」


「うん、やっぱり兄貴は僕の兄貴だね」








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弥勒、否ミスラは遮那たちをビルの奥にある部屋に案内した。



壁には京都御所と大使館から失敬してきたのか、ルシファーとミカエルの肖像画が掛けられている。



「・・・なぜ、私が?」


そう、何故だかルシファーとミカエルの間、つまり中央の壁に遮那の肖像画があった。




「良いだろう兄貴?、絵画のリャナンシーの作品さ」


ポールアックスを構えてこちらを見つめる遮那、まだ純粋な人間だったころの肖像画である。



「そんなことはどうでも良い、ミスラ、何故君が魔物に?」



魔物娘には女性しかいない、すなわち例外を除いて魔物になるのは女性だけである。


この間アリスがやろうとしたように、人骨に魔力を定着させて骨から産み出された魔物スケルトン。



他にはインキュバスでありながら、いつの間にか体内基幹の変異を起こして性転換を起こしたアルプ。



とにかく魔物娘に変じるのは基本的には女性というわけだ。



「ああ、あの怪しい機械を使ったあとに未来に飛んでね、後は簡単さ、兄貴」


いきなりミスラは胸をはだけて見せた。



「僕、実は女の子だったのさ」



「・・・え?」



あまりに衝撃的な事実に遮那はおろか、真由もしばらく絶句していた。


てっきり少年かと思っていた、確かに外見は中性的な、所謂男の娘ちっくではあったが。


「兄貴、この京都ボルテックスには今二つの勢力がある」


ミスラは自分を指差し、続いてすぐ近くにいたアシャとアールマティに掌を向けた。


「一つは僕たち人間と、一部の魔物娘がいるガイア教団、力を鍛えてみんなで生きていく勢力さ」



「もう一つは、何ですか?」



それ以外の勢力が思いつかないのか、真由はミスラに問いかけた。



「もう一つは異界からやってきた堕天使ギルド『グリゴリ』、堕天使ルシファーが率いる勢力」



グリゴリ、何でも彼女らはガイアよりもさらに過激な思想の持ち主が多く、京都ボルテックスだけでなく、ミカドの都国も魔界にしようとしているという。



所謂カオスの信奉者の中でも過激派というわけだ。


その他には、どちらにも属さないで中立を保つ集団がいるが、これはフェアリーやリャナンシーら妖精たちの自治勢力らしく、力は二つに比べて弱いようだ。



他にも中立としては、東山の霊廟を中心として、魔物娘に与せずに人間だけで自治をしている勢力も存在するらしいが、これは京都の霊的守護を担うエロス神傘下の四天王の管轄らしい。




「今のところはグリゴリとの取引、月に一人男性を送ることで一応の協力関係にはなっているけれど・・・」


グリゴリ所属のデーモンやサキュバスが妖しい瞳で人間を見つめていることもあるのだとか。



「最近はミカドの都国への進出を邪魔されたりしたから余計に、ね?」


殺気立っている、そうミスラは呟くと、ため息をついた。




「・・・来た」


短く呟いたアールマティ、じっと窓の外を見つめている。



「グリゴリかい?」


ミスラの言葉にアールマティは頷くと、いきなり窓の外に目掛けて拳を放った。



「はわわわわ〜」



「捕まえた」

窓の外から無理やり連れ込まれたのは黒い翼の堕天使だが、どこかで見たことのある美しい姿だ。



「シェムハザよ〜、覗き見なんて礼儀ただしくねぇぜ?」


アシャの言葉に、遮那はやっと壁にかけられた堕天使の肖像画と同じ姿であることに気が付いた。



堕天使シェムハザ、グリゴリの長、だが肖像画の中の凜とした表情とは異なり、どことなく気の弱そうな印象だ。



「はわわ、お、お話中に申し訳ありません、そ、それから・・・」


じっとシェムハザは遮那を見て真由を見て、最後に恐る恐るガヴリエルを見た。



「・・・久しぶりだねシェムハザ、君が堕天する前、以来かな?」


「ほ、ほよよよ・・・」



気の毒にシェムハザは、ガヴリエルに見つめられ、縮こまってしまった。



「ガヴリエル」


「ふう、悪かったサナト、少し揶揄っただけさ」


遮那はかがむと、シェムハザに目を合わせた。


「シェムハザとやら、何か急ぎの用だったのではないかな?」



「はわわ、あ、貴方は修羅人、たしか名前はサナトさん?」


彼が頷くと、シェムハザは両手で遮那の手を握った。


「お、お会いできて光栄です、私はシェムハザ、堕天使ギルドグリゴリの長をやらせてもらっています〜」


何やらいっぱいいっぱいのシェムハザだが、遮那からすればよく知った名前の堕天使にへりくだられても微妙な気分になる。



もしかしたら魔王の代替わりにより、シェムハザら堕天使の性質も変わったのかもしれない。


「ルシファーさんから、お手紙です」


真っ黒な紙を胸元から取り出し、ミスラに渡すシェムハザ。



「どれどれ?」


ふむふむ、としばらくミスラは読んでいたが、しばらくしてシェムハザのほうを向いた。


「シェムハザ、君はこの手紙の内容、ルシファーから聴いてる?」


「い、いいえ」


神妙な顔で頷くミスラに、遮那も好奇心が刺激され、手紙を覗きこんだ。



「手紙にはなんと?」



遮那の質問に、ミスラは黙って手紙を渡した。



『前略
ガイア教団の総帥様へ

近々ミカドの都国から忌まわしい神の使徒が来るという情報を得た。

大規模な軍事介入も考えられるため、一度話し合いの機会を持ちたい。


ついては、そちらにいる修羅人とともに話し合いの会場へ来たれり。


ルシファーより
草々』




二三回手紙を読み直し、遮那は頷いた。


「会議の誘いか、しかし・・・」



ルシファーはどうして遮那がいることを知っているのだろうか?


あまりに耳が早い、あちこちに密偵がおり、遮那が奈落の塔から現れた瞬間にルシファーまで情報が伝達されたと考えるべきか。




「・・・神の使徒、もし四大天使なら非常事態、ルシファーと話し合う必要があるかもしれないね」



遮那もまた頷くと、ガヴリエルに近づく。



「(誰が来ると思う?)」


「(もしも四大天使ならば多分ラファエルかな?、ミカエルはあまり元老院から出たがらないからね)」


「(留守番はいずれにしてもいるはず、ならばどちらか、だろうな)」



「(ラファエルはまだミカエルやウリエルよりは話しが通用するはず、上手くすれば戦わずに済むかもね?)」


ガヴリエルの言葉に一応遮那は頷いたが、嫌な予感がすでにし始めていた。
16/09/01 19:01更新 / 水無月花鏡
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■作者メッセージ
みなさまこんばんは〜、水無月であります。

今回は行方不明になっていた弟?、妹が再登場、さらには堕天使ギルドの長シェムハザが登場するお話しでした。

何やらミカドの都国関連では、不穏な雰囲気が漂っておりますが、はてさてこれからどうなるのか。

ではでは今回はこの辺りで。

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