第十六話「屍姫」
『サナト、修羅人の宿命を負わせられた哀れな迷い子よ』
『これより秩序と混沌の戦いへと向かう世界に抗うため、汝に『光』を託す』
『正確には返すというべきかしら?、さあ、身勝手な神から、愛しき魂を取り戻してみせなさい』
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久しぶりに夢を見た、遮那は無数の星々が瞬く空間を走っている。
しばらく行くと、どろりと足元が崩れ、ラヴァゴーレムの少女が現れた。
「随分待った、行こう?」
ラヴァゴーレムの少女と歩くと、今度はサラマンダーの少女と褐色の肌の踊り子が現れた。
「やっと来たんだな、待ったぜ?」
「今度は、貴方とともに参ります」
二人の魔物娘を加え、しばらく進んでいくと、今度はティターニアの少女がいた。
「お久しぶりです、素敵な姿になられましたわね?」
ずんずん進むと、空からサキュバスの少女が現れ、不思議な翼の魔物娘を背中から下ろした。
「はあい、長いおねんねだったわね?」
「貴様のツケは残っている、返す機会を与えてもらおうか」
計五人の魔物娘と進んでいくと、怪しげな儀式をしている者らと遭遇した。
「これは神に捧げる魂」
青い衣の三人の祭司が、美しい少女を台座に寝かせ、儀式をしていたのだ。
よく見知ったその少女、遮那はなんとしてもその少女を助けなければならないと思っていた。
「・・・そこまでだ」
遮那はゆっくりと三人の前に立つ。
「何だ貴様は?、この娘は死んだ、死んだ娘は神の身元に帰る定めだ」
遮那の手の中で、道返玉が激しい光を放っている。
「・・・帰ってこい」
遮那はますます光を増している道返玉をかざして、少女めがけて投げつけた。
「真由っ!」
道返玉を少女に投げつけると、三人の祭司はもんどり打って倒れた。
「な、なにっ!、この少女は、『マユ』なのかっ!?」
「馬鹿な、そ、その名は・・・」
「ぐ、ぐわあああああ」
光が霧散すると、祭司は消え、代わりに空中に真由が立っていた。
「・・・遮那さま」
その真由の姿は幾分か変わり、そのほっそりとした腕からはひんやりした体温しか感じられなかった。
白い透き通るような肌に、妖艶な赤い瞳、なるほど、どうやら真由はアンデットになってしまったようだ。
「長い時を待ちわびました、お会いしたく思っていましたよ、遮那さま」
ひんやりとした、なんとも心地よい身体の真由を抱きしめる遮那、千年ぶりに恋人に会えたかのように、ひっしと抱きしめる。
『・・・どうやら、揃ったようね』
光輝く空間に、三十六対もの無数の翼が浮かび上がった。
聞こえた声は随分前に、夢の中で聞いたあの不思議な声だ。
声が聞こえなくなると、続いて遮那たちは、宇宙空間のような無限の空間にいた。
『今こそ、汝らに私の姿を見せる時が来たようね』
光が何度かまたたくとともに、遮那たちの前に巨大な光の恒星が現れた。
「赤色、超巨星?」
『それ』はあまりに大き過ぎた、真由が赤色超巨星に例えたのも無理はないレベルだ。
否、もしかすると赤色超巨星をも上回る大きさであるのかもしれない、其れ程までに『それ』は大きかった。
『私の姿をはっきり見た生ある者はそうはいないわ』
恐ろしいことに、『それ』は光を放ちながら巨大化を続け、さらなる成長をしている。
球体である最初の姿から徐々に人間の姿にちかづいているが、まるで胎内の成長を見ているようだ。
やがて『それ』はその全容を遮那たちに現した。
あまりに巨大過ぎて、もはや遮那たちのモノサシでははかることすら出来ない。
先ほど『それ』の変容を、胎児の成長のようだと例えたが、今の大きさに比べれば、最初の球体など受精卵にしかならないだろう。
「ようやく会えたわね、『混沌王』、そして『不滅聖』の生まれ変わりたちよ」
遮那たちには認識出来なかったが、『それ』は巨大な天使の姿をしていた。
光輝く姿に、三十六対の翼、その凄まじい姿に対して、二つの瞳はどこまでも優しかった。
「私はメタトロン、『玉座に侍る者』であり、『小主神』、あなたたちが主神と呼ぶ神に仕える大天使」
大天使メタトロン、あまりのビックネームに遮那は目を見開いた。
「私を導いていたのは、貴方でしたか・・・」
メタトロンは遮那に対して、にっこりと微笑んだ。
「ええ、あなたは私の期待通りに、秩序と混沌、二つのコトワリを理解してくれたわ」
「・・・大天使メタトロン、何故貴女は遮那さまの行動を見張り、さらには今こうして私たちを招集したのですか?」
真由の言葉に、メタトロンは表情を曇らせた。
「私が危惧したように、秩序と混沌のバランスが崩れ、双方ともに強くなり過ぎている」
ミカドの都国、たしかに救世主神教団の力が強そうではあったが、混沌もどこかで力を増しているのか?
「貴方はまだそこには行っていないわね、いずれ行くことになるかもしれないけれど・・・」
メタトロンはそう呟くと、遮那たちを天地の如く巨大なその手のひらに乗せた。
「私の願いは秩序も混沌も強まらず、人間の世界を維持すること、サナト・・・」
じっとメタトロンは遮那を見つめる。
「貴方ならばそれが出来るはず、貴方に人間の未来を託す」
メタトロンから光が放たれ、遮那は急速に身体が覚醒に向かうのを感じた。
「まずは、王城の地下に幽閉されている大天使ガヴリエルを助けてあげて、きっと力になってくれるわ」
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「・・・ふう」
目をさますと夜の湖だった。
今遮那がいるのはミカドの都国の郊外にある小高い丘の湖『宮湖』のほとり。
そこにある小さな木の影で休んでいたのだ。
「・・・ん?」
薄暗い闇の中で誰かが遮那に抱きついているのに気づいた。
ふにふにと柔らかく、ひんやりと肌に冷たい。
「・・・なっ!」
遮那に抱きついて眠っていたのは、生死不明であるはずの真由だった。
「まさか・・・」
素早く身体を漁るが道返玉は見当たらない、どうやら本当に夢の中で使ってしまったらしい。
取り替えしのつかないことをしてしまったのではないかという心とは裏腹に、もう一度真由に会えたことが嬉しかった。
「う、ん・・・遮那、さま?」
うっすらと真由は紅の瞳を開いた。
「おはよう、真由、随分良く眠っていたな」
不思議と、遮那は魔物に変じた真由には別段悪印象は湧かなかった。
魔物の姿や、思想をなんとなく知っていただけではなく、いつもの真由とほとんど変わらない姿だったからかもしれない。
「遮那さまの身体は暖かくて、ついつい居眠りしてしまいます」
にこりと真由は生前と変わらぬ、美しく可憐な笑顔を見せてくれる。
「死んでいた頃の記憶はほとんどありませんが、遮那さまが私を主神の下から奪い返してくれたのは覚えています」
「・・・そうか」
遮那はゆっくり身体を起こすと、空に輝く月を眺めた。
「遮那さまがこれまで従っていたのは、大天使メタトロンだったのですね」
「・・・そのようだな」
大天使メタトロン、彼女の意思に従うならばまずは大天使ガヴリエルを助けなければならない。
だが、四大セラフであるガヴリエルが何故幽閉されているのかわからない。
しかし、何らかの事情があって他の大天使と敵対した結果幽閉されたのならば、味方についてくれるかもしれない。
大天使ガヴリエルほどの天使が味方になるならば、これほど頼もしいことはないだろう。
「・・・遮那さま、私は決めました」
じっと真由は遮那を見つめる。
「貴方に助けられたこの命、これからも貴方とともにあることを願います」
「真由・・・」
じっと遮那も、真由の真紅の瞳を見つめていたが、やがて破顔した。
「ああ、これからも頼む」
「・・・はいっ!」
まずは大天使ガヴリエルを助けるところからだ。
遮那と真由はゆっくりと歩き始めた。
16/08/21 21:50更新 / 水無月花鏡
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