第八話「大使」
新京極大使館、封鎖の中にあっても厳重な警備に守られている。
「緊張するな・・・」
大使館の前、遮那は息を整え、ちらっと自分のポケットを見た。
もちろんポケットの中には、ジブリルから受けとった偽造カードが入っている。
「はい、ですが今はジブリルさんを信じて、中に入るしかありません」
真由もまたポケットの中で偽造カードを握り、遮那の隣に立つ。
「・・・行くか」
ゆっくりと遮那は、真由とともに大使館の前に立っている警邏に話しかけた。
「・・・カードを拝見します」
涼やかな声の警邏だ、剃刀のような鋭い瞳に、氷を思わせるような青白い髪、只者ではない。
首から下げられた名前のカードを見て、遮那は彼女の名前がウリアと言うのを理解した。
「ID照会、はい、結構です、中へお入りください」
どうやらジブリルの工作は完璧だったようだ、遮那はホッとすると、慎重に大使館の中へと入っていった。
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大使館の中は落ち着いた調度に、清潔な印象を感じる、どこかの神殿か教会のような内装だった。
お国柄なのか、宗教に関係する様々な絵画が壁に掲げられている。
「遮那さま、こちらの天使は?」
真由に連れられ、遮那は四つ並んだ肖像画の内の一つの前に立つ。
そこには美しい翠の髪に、百合の花を手にした大天使が描かれており、下のプレートには『ガブリエル』と刻まれている。
「大天使ガブリエルか、四大天使の一角でその名前は『神の人』を意味するらしい、聖母マリアに対して受胎告知をした天使とされるな、イスラムだとジブリールになる」
「なるほど、ではこちらは?」
次は青白い髪に炎の剣を携えた強壮な天使が描かれ、下のプレートには『ウリエル』と刻まれている。
「大天使ウリエルは神の前に立つことを許された四人の天使の一人だ、神を冒涜する者を許さず、また最後の審判でも重大な役目を持つ天使、名は『神の炎』を意味する」
今度は真由の視線を見て、遮那はその隣に掲げられた紫の髪に、なんだか一際幼い印象の大天使の絵画を見た。
プレートには『ラファエル』と記されている。
「大天使ラファエル、その名前『神の癒し』が意味するように薬剤師や病人の守護者とされ、悪魔アスモデウスと浅からぬ因縁がある」
最後の絵画は、見惚れるような美しい金髪に素晴らしい翼を持つ天使のものだ。
「・・・ん?」
ふと遮那はその絵画、『ミカエル』のものを見て不思議な既視感に囚われた。
なんだか彼女に良く似た少女と出会ったことがあるような、そんな既視感だ。
「遮那さま?、どうかされましたか?」
心配そうにこちらを見る真由、遮那は頭を振るうと、笑顔を見せた。
「なんでもない、さて、この肖像だな?」
遮那は肖像画を見上げると、容姿については考えないようにして、解説を始めた。
「大天使ミカエルは四大天使の筆頭格、かの聖女ジャンヌダルクを導いたのもミカエルとされている、堕天使である『明けの明星』ルシファーの姉妹らしい」
「相変わらず遮那さまは天使の事情に詳しいですね」
真由の言葉に遮那は肩をすくめた。
「厨二なだけだ、あそこにあるのは『メタトロン』のものか、メタトロンは預言者エノクが・・・」
「素晴らしいわ」
パチパチと近くで拍手が聞こえたかと思うと、いつの間にか真後ろに金髪の美女が立っていた。
「貴女は大使のミカ・・・」
テレビで何度か見た容姿、間違いない、彼女こそが大使館の責任者、ミカ大使だ。
「そこまで天使に対して知識を持ってるとは感心ね、貴方は救世主神教団の人かしら?」
黙って遮那は横に頭を振って無言で否定をすると、自己紹介しようと口を開いた。
「サナトとマユ、市役所での獅子奮迅の噂は聞いているわよ?」
どうやら自己紹介は必要なさそうだ、ならば、早速本題に入らせてもらおう。
「ミカ大使、派兵を一時停止してはもらえませんか?」
遮那の言葉に、しばらくミカは黙っていたが、やがて破顔すると近くの応接室に案内した。
「派兵を辞めたとして、その後封鎖をどうするつもり?」
椅子に腰掛け、ミカはじっと遮那の様子を観察する。
「私が三津島一佐と交渉して、なんとか封鎖を解除させます」
「・・・随分な自信ね、何か成功させられるような根拠が?」
正直に言えばまったく根拠はない、だがなんとしても派兵を辞めさせなければならない。
ここは、はったりをかましてみるか。
「・・・派兵を見過ごして、貴女に都合の良い世界にさせるわけにはいきませんからね、命に代えても成功させます」
「っ!!」
ある程度の動揺がさせられればなんとかなると思ったが、予想以上の反応を見ることが出来た。
何故貴様がそれを?、そんな質問をしそうなほどにミカは顔色を変え、驚愕に瞳を揺らしていた。
「・・・わかった、貴方の言う通りにするわ」
じっ、とミカは厳しい表情で遮那を見つめたがすぐさま破顔した。
「けれど期限は二十四時間、それまでに三津島をどうにか出来なければ派兵は強行するわよ?」
それが最大限の譲歩なのだろう、遮那はミカに向かって軽く頭を下げると、大使館を後にした。
「あの男、たしかサナト、ジブリルが気にするだけの理由はあるみたいね、警戒が必要かしら?」
「人の子でありながら、いずれは我々の前に立つ、大きな脅威となり得る、と?」
「ミカ、あの二人、只者ではありませんわ、ちらっとしか見えなかったけれど、動きに隙がありませんもの」
「それは私も感じていたわ、かなりの修練を積んだ武芸者か、もしくは修羅場をくぐり抜けてきた兵士か、とにかくそんな気配だったわ」
「おまけに天使のことにも通じている、ミカ、どうするつもりだ?」
「なんとしても引き込むわ、彼が『救世主』ならば今後のことも考えて私たちの監視下に置いておきたいわ」
「もし調略が失敗したらどうしますの?」
「その時は私が倒す、この手で直に・・・」
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大使館から出ると、遮那と真由はIDカードで封鎖を抜けて、京都御所へと向かう。
「どう思う?」
ミカのあの反応、軍事クーデターによる派兵は方便で、別の思惑があるのは間違いなさそうだ。
「はい、普通に考えれば派兵してそのまま京都を押さえるのが目的でしょう、しかし・・・」
ミカの場合、それ以上の何かがあるような気がしてならない。
「気になるのは、大使館に指示を出していたとか言う天使の存在ですね・・・」
そうだ、三津島一佐の召喚した魔物だけではない、大使館と救世主神教団の裏には天使とやらもいるのだ。
「天使、か、もし本当に人間を助けるならば、早く助けて欲しいところではあるがな」
否、天使ではない、その後ろにいる『唯一神』、救世主神教団の言い方を借りるならば主神か。
魔物で街が溢れかえり、反乱軍による封鎖が横行しているにも関わらず、神は何の助けもよこしてはくれない。
「じっとしていても神の助けは期待できそうにない、人間のことは人間がなんとかするべき、ということか?」
遮那のやや投げやりな言葉に、真由はにっこりと微笑んだ。
「はい、私たちの街は、私たちでなんとかしましょう」
不思議と遮那を元気付ける真由の言葉、思い返せば、いつも真由に助けて貰っていたような気がする。
「・・・ふっ、そうだな、我々が動かねば、神も応えてはくれない、否、神は応えぬもの、か」
自分の中にある『正義(かみ)』を信じて、己の歩むべき道を歩いていくのだ。
さもなくば何人も応えてはくれない、自分自身が歩みを止めているからだ。
やるかやらないかではない、なんとしてもやりきるのだ。
「行こう真由、三津島一佐と話しをするのだ」
「はい、遮那さま、どこまでもお供いたします」
16/08/09 23:23更新 / 水無月花鏡
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