「幕間」
「やっぱりここにいたか」
城壁通路の縁に腰をおろして酒を飲みながら、ゲンドーシ川の先にある地平線に沈む夕日と主戦場である荒野を眺めていると、後ろから声をかけられた。
知ってる声だからとくになんとも思わない、後ろを振り向かず、右手を軽く振った。
すると、声の主―トウギは隣に腰をおろし、俺の隣に置いてある徳利の酒をそのまま飲む。
直後、思いっきり咽た、人の飲んでる酒を取るからだ、ざまぁみろ、あと何か器に入れろ
「体の調子はどうだ?」
「…珍しいね、セルセが心配するなんて」
ごほごほとせき込みながらも御覧の通りですよ、と腕を広げて見せた。
服はいつもの騎士団服だが、裾や胸元から包帯が巻かれているのが分かる、やはり軽傷ではすまなかったか、なんだか俺一人だけが回復するこの能力がなんだか今は申し訳ない気がする。
前の戦いでトウギは傷を負った、衛生兵の話だと全身がボロボロらしい
だが、寝るのが最善の治療という『強化装甲』の異端者は特殊な体質でもあるため、昼間も夜間も殆ど寝てばかりいる
…………そういえばまともに話すのは、砦を取り返してから初めてか
「ふぅ、やっぱりジパングの酒はうめぇな」
椀に酒を注ぎ、飲みながら、やっぱりうまいというのが感想だ。
なんでも芋焼酎というらしいが、トウギの口には合わなかったらしい
トウギは口直しに懐から煙草を取り出すと、軽く術を行使し火をつけ、うまそうに吸っている。こいつは酒はだめだが煙草は好きだからな、煙草の方が子供に嫌われるのに…
なんとなく、あまりにもトウギがうまそうに煙草を吸うから俺もほしくなった、一本トウギから煙草をもらい吸ってみたが、やはりだめだ、思いっきりむせた。
俺がむせるのを見てしかえし成功、とばかりに笑った。
たく、口直しにもう一杯酒をあおる、やっぱりうまいな
「なにかあったの?」
そんな俺の様子を見て、いつも違うということにトウギは気が付いた、普段であれば何でもないで済ますのだが、今日は少しばかり応えた
「………………捕虜の整理やったんだがな、疲れたな」
「…………あれやったの?」
頷く、精神も何もかもあちら側に行けたらいいのにな
捕虜の整理、<薄氷協定>では捕虜について大きな規定がない、例外として一部士官などは交渉で捕虜交換などを行える、そのためある程度、士官などについては権利なども認められている
これは人間側にとって重要だ、仮に苦労して捕虜となっている王族や指揮官などを交渉で取り返しても、その王族や指揮官が魔物化し、逆に人間側に反旗を翻してしまってでは意味がない、一部士官などに権利を認めることによって魔物どもが手を出すことを防ぎ、それによって魔物化を防ぐのだ。
しかし、それ以外の一般兵などには規定はない、交渉にでも使えればいいのだが、連中はどういうわけか一般兵の捕虜交換などについては応じないから、捕虜交換交渉の道具にもならない。
つまり、一般兵の捕虜については煮るも焼くも好きにしていいということだ
魔王軍だったら人間を捕虜にした際、繁殖の道具にする、だが、人間の場合そんなことしたら新たな魔物作り出すだけだ、そして、捕虜を全員養えるほど食料もないし、労働力として使うも、連中は逃げるか、さぼる。痛めつけることを一部喜ぶ魔物もいるから、体罰もそれほど効果もない、つまり魔物にただ飯を食わせることになる。
ここから合理的な答えを導き出すなら、捕虜の整理、つまり、捕虜を殺すのだ
これは<薄氷協定>違反でも何でもない、最前線では日常的な行為だが新兵どもに少しでも慣らすためにやらせることがある
逃がしてしまえばいいのでは?という意見もあり、<薄氷協定>締結後、それが幾つかの領地で行われたこともあったらしい、だが、それが連中の罠だった
魔物どもは狡猾で卑怯な策ばかりとる、まぁ、そういう連中を策士とも呼ぶが、何があったのか?
なんでも逃がした魔物どもは砦や城の近くの町の住民をたぶらかし、そこに住んでしまった、そして魔物どもが陰でこっそりと増殖していき、気がついた時には、反魔派から親魔派に変えるように反乱などの扇動を行っていたらしい、だからといって奴らを魔界に送り返す義務はない
だが、交渉の道具にもならない連中を生かしておく必要はない、つまり殺すのが一番の方法なのだ。
今日もそれがあった
「…今さらじゃない、セルセ。そんなことで悩んでどうするの?」
そうだ、それだけでは問題ない、俺も何度もやったからな
今さら魔物ども殺してもとくに思うことは無い
「…トウギ、おととい、新しい部隊合流しただろ、て、お前は寝てたか」
魔王軍から砦を取り返してからすでに五日が経った。
トウギとともに戦い、特殊術式を使ってから魔王軍主力部隊はほとんど残っていなかった、近衛騎士団主力部隊が到着する前に残っていた魔物も戦意消失、約100の魔物が投降した。
魔物どもの数は半分以下となり、トウギの能力で騎士団特殊部隊のみなさまを全快させ、逆に魔物どもを動けなくしたこともあり、近衛騎士団の特殊部隊167名の内死者7名重軽傷者合わせて43名、戦い自体は大勝だった
だが、捕虜があまりにも多すぎた
残った城の牢獄などで収監できる数だったが、食料などの問題もあった。
最初は捕虜として扱っていたが兵糧が足りなくなっていった、さすがに捕虜を全員に飯を食わせるのは現実的ではなかった、だから整理した。
「…それで、今日捕虜整理したら刺された」
「へぇ、そうなんだ」
そんなことをいってもう一服煙草に火をつけようとして、トウギは俺の方を見た。
「は?刺されたの?」
頷く
現在砦としてこの城が機能しているのは近衛騎士団のお陰だ、しかし、砦の補修、部隊の配備など一般業務も多い、その中で近衛騎士団だけで捕虜の食事、監視などができず、増援できた、辺境の一度も戦場にでてきたことなどのないだろう、農民出身や貴族の次男坊などで構成させた騎士団に任せたのだが、連中の一人、騎士見習いが初めてだったのがまずかった。
魔物は人間を魅了する、人間を虜にし、交わるように誘う
そんなことがないように鎧などに特殊な術式を施し、情欲しないようにする。だが、その新入りの騎士見習いはそんなことを知らず、術式が施されていない鎧を着て魔物どもの世話をしたらしい、そのあと、大方欲情して一匹の魔物と交わったのだろう
「…それで魔物の、確かアラクネだったな、斬首しようと構えたら俺のわき腹刺しやがった、結局手元狂ってアラクネの胴体真二つにしちまったんだよ」
そのあと、俺を刺した騎士見習いは魔物を胴体が真二つになるのを見て、狂ったように暴れた、暴れまくった
「俺はさ、わき腹刺されたから何もできなかったけど、その騎士見習い、仲間に取り押さえられて俺のこと睨みながら、なんて言ったと思う?」
トウギは何も言わず、ただ首を横に振った
「『人でなし!!化け物!!化け物!!なんでメルを殺したんだ!!この異端者が!!』だとさ………………化け物か………」
それからだ、妙な割り切れることのない変な感情が体を支配していた。
あの騎士見習いの俺を見る目を思い出すたびにその感情が強くなる。
悲しみからくる憎悪と怒りに満ちた目だ
あんな眼を人間に向けられるのは久しぶりだが、戦場で、捕虜の整理では何度も見た目だ、魔物どもの懇願と絶望、それと俺に対する憎悪と怒り、そんなものは慣れてしまっている。
この感情を何と呼ぶべきか、俺は知らない、憎悪でもない、憎悪を向けられたことによる感傷でもない、傷ついてなどいない、どちらかと言えば嫌悪だが、何を嫌悪しているのかわからない、憎まれることに慣れてしまっている、いや、憎まれることは慣れているものだと思っているが、事実その通りだろう
今まで、騎士団に入る前、団長に助けられる前、何度も雨が降らない、日照りが続くとか、すくなくとも俺のせいではない理由で逆恨みされ、恨まれ、くだらない理由で殺されかけたことは何度もあった。
外で生きていくことの大変さ、難しさ、人間が異端者をどう思っているかなど、身にしみているはずだった。
まだ幼かったころ、同い年ぐらいの子供たちは石を投げつけられ、石が頭に当たり、血を流した。その時の痛みをまだ覚えている、傷はもうないはずなのに、あの時の痛みは忘れることのできない物であった。
道を歩くだけで、大人たちの悪魔の子という声をわざと聞こえる風にしゃべり、泥水を掛けられた
あの時の怒り、悲しみを一生忘れることはできないだろう、今もこれからも、ずっと続く、それだけは分かる。
久しぶりだった、あんな敵意を人間に向けられるのは、久しく忘れていた感情だった。自分につらいことがある度に言い聞かせたものだ…俺は人間だ、と
だが、何か違う、何が違うのか分からないのだが
トウギもその感情がわかったのかもしれない、無言で煙草をふかしていた。
こいつも俺と同じで赤ん坊の時に騎士団に入った奴じゃない、成長してから入った奴だ、だから、あの憎悪をしっているのだろうな
無言の時が続いたが、トウギが煙草の煙を吐く
「…兄さんはね、セルセ、僕をかばって顔の傷を負ったんだよ」
俺は何も言わず、トウギをじっと見た。
こいつの兄、トウア(74の意味)は最強の『強化装甲』の異端者で、トウギと双子の兄弟であり顔もそっくりだったが、異なっているのは、トウギが黒髪であるが、白髪であり、トウアの顔の右頬にはひどい火傷のあとがあった。
「僕はね、いや、まだ赤子だった僕たち兄弟はロウドナスの教会の前で拾われた、僕たちを産んだ魔物が僕たちを捨ててね、そこの坊さん―父さんが、僕たちを捨てた魔物が人間だった時の知り合いだったから殺されずに済んだ、そこで普通の人間として育てられたよ、父さんは町を守る聖騎士であったけど、なんでも殺せなかったらしい」
そこで煙草の煙を吐き出した、ため息をつくようにはいた。
「でも、流行り病で父さんが死んで、教会がある町を魔物が襲ってね、だからその時力を使ってしまった、なんとか魔物は退治できたけど、それからがひどかった。同じ釜の飯を食ったはずの同じ教会で育った仲間たちが、僕たちが買い物に行くと笑顔であいさつしてくれた人々が、僕たちを殺すべき、って言ってね」
トウギの横顔には苦痛の色があった
「兄さんは僕をかばって、あの傷を負った、熱湯を浴びせられたんだよ、そのまま刺し殺すつもりだったらしい、だけど、あと一歩というところで団長が、諸国放浪してた団長が助けてくれた、だから団長には感謝してる」
そこで煙草を吐き出し、煙草は城壁の外側に消えていった。
「…僕は最初、町の人間を恨んだ、とてもとても深い憎悪を持っていた、けど、兄さんは、一番ひどい目にあった兄さんは恨みなんて持っていなかった、僕が人間に恨みを持ってるって言ったらね、僕たちが守った人々をどうして憎しみを持てるんだって怒られちゃってね、あの時の兄さん怖かったな…」
こいつなりに、つらい思いをしたのだろうと思っていたが、こいつは人間に優しい、普通の人間以上に普通の人間に優しいところがあるのだが、分かった気がした。
しばらく、椀にはいった酒に映った自分の顔を見つめていた。
「………話してくれて、ありがとうな」
トウギは俺の顔を見ていたが、にこりと笑うと、明日は雨だ。と断言した。
「だってさ、あのセルセが僕にお礼言ったんだもん、珍しいじゃなくて天変地異の前触れかもね」
俺もつられて笑ってしまった。
「そうかもしんねぇな」
俺たちの笑い声が響き渡った。
気がつくと、なんだか心の中の変な割り切ることはできない感情は無くなっていた。
だが、それでも、あの時の俺を見る騎士見習いの眼はしっかりと覚えていた。
そうか、わかった、あの眼は―俺の眼だ
人を、世を、全てを憎み生きていた時の眼だ
そして、先ほどまで支配していた感情は自己嫌悪だ、あの騎士見習いは昔の俺だ、俺だったんだ
その後、それを悟られないように話題を変えた、俺はトウギに眠っていたときに何があったのか、話した。
まず、俺たちが戦いのあと、近衛騎士団主力部隊を待たずに特殊部隊が城を奪還したこと、主力部隊が到着し、城はいつも通りとはいかなかったけど、砦としての機能を取り戻したこと、そして、昨日ラヴェ・カイエンから伝令兵がある報告を持ってきた。
「その報告って何?」
「反魔派のデッ・レート国が陥落しかけ、それを重く見た『王衆連盟』が魔王軍に使者を派遣、<薄氷協定>に基づき停戦を申し入れたって話だ、なんでも魔界と隣接している国家や領地の前線で魔王軍が進軍したらしい、うちだけじゃなかったってことだな、
それで、魔王軍も停戦協定に合意、停戦協定を魔王軍と『王衆連盟』が結んだ、人間側は最悪の事態が免れたらしいがな、それに今魔王軍は手薄だ、こんなときに攻められちゃ、ひとたまりもないな」
「ふぅん、そんなものかね」
「あと、俺たちは二日後に近衛騎士団の特殊部隊が一旦ラヴェ・カイエンに戻るからついていく、なんでもの俺たちは新しく再編された部隊に入れってことらしい」
トウギは新しい煙草に火をつけ、吸う。
「なぁ、セルセ、俺たちまともな部隊に編入されると思うか?」
「いや、無理だろうな、よくて聞いたことのない辺境の騎士団に派遣か、悪くて捨て駒の部隊に入って他の領地に派遣され、戦場で死ぬか、だな」
しばし、無言の時が流れる。
いくら武勲をあげても、異端者はまともに生きることはできない、まともな部隊に配属される望みは薄い
「死ぬなよ、セルセ」
「おまえもな、トウギ」
俺は椀の酒をあおり、トウギは煙草の煙を吐き出した。
あ、一つ忘れてた
「おい、トウギ、これなんだと思う?」
懐から二通の封筒を取り出す
「あとさ、お前俺に報告することがあるんじゃないか?」
トウギが首をかしげ、分からないといった仕草をした。
「…町長からの手紙だ、あと、生き延びた騎士団の連中からの報告、それとさ、トウギ」
そこでいったん区切る
「生き残った連中がいるなら教えろ!!馬鹿が!!」
耳元で怒鳴ってやった、トウギは耳をおさえ悶絶、ざまぁ見ろ
それでもトウギは立ち直り、手紙を受け取るとひろげ、それを読み始める。
昨日来た伝令兵がローグスロー騎士団の方に届けモノがあるといって持ってきたものだ。
本来このような個人的な物はよほどのことがないと届けられないが、今回は領主様のいきな計らいだ、本当に頭が上がらない。
「町のみんな元気そうでよかったな」
トウギは頷く、一通の生き残った騎士団からの手紙を読んで、いろいろと知った(近衛騎士団のみなさまは多忙な方が多く、聞いている暇もなかった)、というよりも、生き残った騎士団の連中が、トウギ一人では他に生き残りがいたとしてもトウギのことだから説明する前に倒れるじゃないかと思い、もう一通の報告書にいろいろと書いてくれていた。
俺宛てでは無論ないが、もしも、生き残りがいたら、という判断では正しい、だいたいこういうの書いてトウギに持たす時間がなかったとはいえ、トウギ一人に任すな
なんでも城が陥落する前、町の連中と、比較的無傷な騎士団の生き残りで隙を見て馬車で逃げた、なんでも魔王軍が混乱しており城を魔王軍が包囲できなかったらしい
隣の、砦がある町まで逃げる途中、魔王軍の追撃にあい、生き残った騎士を大分失ったものの、その途中で他の反魔派の領地や国家の戦線で魔王軍が侵攻してきた、という知らせが入りまだ知らせは届いていなかったが、すぐに魔王軍が攻めてくると判断し戦線を目指していたテニファ様の近衛騎士団に合流、一部の隊に護衛してもらいラヴェ・カイエンまで逃げることができたそうだ
ちなみに、生き延びた騎士は31名、俺とトウギを含めると33名、うち人間は5名、異端者の殆どが非戦闘系の異端者だったということだ。
それでもう一通の町長からの手紙にはラヴェ・カイエンで領主様に良くしてもらっていること、一部のラヴェ・カイエンに身内のいる者はラヴェ・カイエンで生活することを決めた者や、他の町民などは後の生活などを現在考えている途中らしい、なんでも南東の大地に、魔物が少ないが、殆ど人の手の入っていない荒野が広がる土地で開拓村に行く計画や、元の土地に戻るなど、様々な計画がある、と書かれていた。
あ、あと、俺を助けてくれたテニファ様の近衛騎士団だが、なんでもそのあと、テニファ様は砦が敵の手に渡ったことを知り、今が奪還の最大の機会とし、進軍スピードの遅い本隊よりも特殊部隊に先制攻撃を仕掛けるように命令、トウギを案内役につけ先行した、とのこと、つまり………
「なぁ、トウギ、助けてもらって言うのもなんだが、近衛騎士団のみなさまが助けてくださった時、まだ布陣完了してなかったんじゃないか?例えば、誰かが独断専行して仲間助けに入って敵に存在しられたから、その場で出来る布陣するしかなかったんじゃないか?」
横顔が固まり、トウギの眼が泳いでいることを見逃さなかった、というか、顔を向けろ、こっちに
ため息をひとつ
「……やっぱりか、あの布陣はおかしいと思ったんだよ、兵を無駄に死なすような戦法だもんな……お前は誰か攻撃されると作戦無視して助けに入るからな…長所でもあるが短所でもあるんだよな」
酒をもう一口のむ
「安心しろ、なんでも話では最後に活躍しただろ、あれでチャラにして軍事裁判は行わない、ということだ、よかったな」
トウギは安心するようにため息をついた、だが、騎士団の生き残りから報告書を読んだ時、何かを思い出したかのように再びトウギの顔に緊張が走った。
「…そういえば、いやそれも重要だけど、実は、セルセに伝言があってさ」
ん?なんだ改まって、
トウギは俺の顔をしっかりと見る
そして、
「セルキョウからだ、グンテイをよろしく頼む、すまん先に行く」
それを聞いた時、考えることができなかった、しばらくの間、椀に注いだ酒に映った自分の顔を見ていた、青い顔をしている
だが、波紋が椀に映った顔を、見えなくなる
手が、椀を持つ手が震える、なんだこれ、なんなんだこれ
椀を置く、置くしかない
トウギが何も言わず、こぼれ少なくなってしまった椀に酒を注ぐ、
じっと映った顔を見ていた、どうしようもない、こればかりはいつか来ることと考えていたことだが、どうじようもないことと考えられなかった
あいつ、こんな時まで人の心配してたのか、本当にお人よしだ、お人よしの馬鹿だ、大馬鹿野郎だ
そんな思いを一緒に、注いだ酒を一口で飲む、初めてだった、酒の味が分からないのは、初めてだった
「……………そうか、あいつ散ったのか、散ったのか………」
それしか言えなかった
目の前に広がる光景を、トウギと眺めた、主戦場となった荒野にはいくつも魔物どもの死体を整理し、幾つか死体が重なり小山ができていた。
そして、戦場には数えられないほど、巨大なクレーターができていた。
俺たちの胸に刻まれた紋章が発動し、最期の自爆で出来たクレーターだった。
ちょうど、荒野を夕日に染めていた、まるで、戦場を血で染めるように、染まっていた。
新たなる運命は廻る、廻る
誰が運命を廻すのか、誰もそれを知る者はいない
今、戦いの第二幕が開く
次回「騎士団」
神が運命を廻すのか、人が運命を廻すのか、それともただの偶然か
城壁通路の縁に腰をおろして酒を飲みながら、ゲンドーシ川の先にある地平線に沈む夕日と主戦場である荒野を眺めていると、後ろから声をかけられた。
知ってる声だからとくになんとも思わない、後ろを振り向かず、右手を軽く振った。
すると、声の主―トウギは隣に腰をおろし、俺の隣に置いてある徳利の酒をそのまま飲む。
直後、思いっきり咽た、人の飲んでる酒を取るからだ、ざまぁみろ、あと何か器に入れろ
「体の調子はどうだ?」
「…珍しいね、セルセが心配するなんて」
ごほごほとせき込みながらも御覧の通りですよ、と腕を広げて見せた。
服はいつもの騎士団服だが、裾や胸元から包帯が巻かれているのが分かる、やはり軽傷ではすまなかったか、なんだか俺一人だけが回復するこの能力がなんだか今は申し訳ない気がする。
前の戦いでトウギは傷を負った、衛生兵の話だと全身がボロボロらしい
だが、寝るのが最善の治療という『強化装甲』の異端者は特殊な体質でもあるため、昼間も夜間も殆ど寝てばかりいる
…………そういえばまともに話すのは、砦を取り返してから初めてか
「ふぅ、やっぱりジパングの酒はうめぇな」
椀に酒を注ぎ、飲みながら、やっぱりうまいというのが感想だ。
なんでも芋焼酎というらしいが、トウギの口には合わなかったらしい
トウギは口直しに懐から煙草を取り出すと、軽く術を行使し火をつけ、うまそうに吸っている。こいつは酒はだめだが煙草は好きだからな、煙草の方が子供に嫌われるのに…
なんとなく、あまりにもトウギがうまそうに煙草を吸うから俺もほしくなった、一本トウギから煙草をもらい吸ってみたが、やはりだめだ、思いっきりむせた。
俺がむせるのを見てしかえし成功、とばかりに笑った。
たく、口直しにもう一杯酒をあおる、やっぱりうまいな
「なにかあったの?」
そんな俺の様子を見て、いつも違うということにトウギは気が付いた、普段であれば何でもないで済ますのだが、今日は少しばかり応えた
「………………捕虜の整理やったんだがな、疲れたな」
「…………あれやったの?」
頷く、精神も何もかもあちら側に行けたらいいのにな
捕虜の整理、<薄氷協定>では捕虜について大きな規定がない、例外として一部士官などは交渉で捕虜交換などを行える、そのためある程度、士官などについては権利なども認められている
これは人間側にとって重要だ、仮に苦労して捕虜となっている王族や指揮官などを交渉で取り返しても、その王族や指揮官が魔物化し、逆に人間側に反旗を翻してしまってでは意味がない、一部士官などに権利を認めることによって魔物どもが手を出すことを防ぎ、それによって魔物化を防ぐのだ。
しかし、それ以外の一般兵などには規定はない、交渉にでも使えればいいのだが、連中はどういうわけか一般兵の捕虜交換などについては応じないから、捕虜交換交渉の道具にもならない。
つまり、一般兵の捕虜については煮るも焼くも好きにしていいということだ
魔王軍だったら人間を捕虜にした際、繁殖の道具にする、だが、人間の場合そんなことしたら新たな魔物作り出すだけだ、そして、捕虜を全員養えるほど食料もないし、労働力として使うも、連中は逃げるか、さぼる。痛めつけることを一部喜ぶ魔物もいるから、体罰もそれほど効果もない、つまり魔物にただ飯を食わせることになる。
ここから合理的な答えを導き出すなら、捕虜の整理、つまり、捕虜を殺すのだ
これは<薄氷協定>違反でも何でもない、最前線では日常的な行為だが新兵どもに少しでも慣らすためにやらせることがある
逃がしてしまえばいいのでは?という意見もあり、<薄氷協定>締結後、それが幾つかの領地で行われたこともあったらしい、だが、それが連中の罠だった
魔物どもは狡猾で卑怯な策ばかりとる、まぁ、そういう連中を策士とも呼ぶが、何があったのか?
なんでも逃がした魔物どもは砦や城の近くの町の住民をたぶらかし、そこに住んでしまった、そして魔物どもが陰でこっそりと増殖していき、気がついた時には、反魔派から親魔派に変えるように反乱などの扇動を行っていたらしい、だからといって奴らを魔界に送り返す義務はない
だが、交渉の道具にもならない連中を生かしておく必要はない、つまり殺すのが一番の方法なのだ。
今日もそれがあった
「…今さらじゃない、セルセ。そんなことで悩んでどうするの?」
そうだ、それだけでは問題ない、俺も何度もやったからな
今さら魔物ども殺してもとくに思うことは無い
「…トウギ、おととい、新しい部隊合流しただろ、て、お前は寝てたか」
魔王軍から砦を取り返してからすでに五日が経った。
トウギとともに戦い、特殊術式を使ってから魔王軍主力部隊はほとんど残っていなかった、近衛騎士団主力部隊が到着する前に残っていた魔物も戦意消失、約100の魔物が投降した。
魔物どもの数は半分以下となり、トウギの能力で騎士団特殊部隊のみなさまを全快させ、逆に魔物どもを動けなくしたこともあり、近衛騎士団の特殊部隊167名の内死者7名重軽傷者合わせて43名、戦い自体は大勝だった
だが、捕虜があまりにも多すぎた
残った城の牢獄などで収監できる数だったが、食料などの問題もあった。
最初は捕虜として扱っていたが兵糧が足りなくなっていった、さすがに捕虜を全員に飯を食わせるのは現実的ではなかった、だから整理した。
「…それで、今日捕虜整理したら刺された」
「へぇ、そうなんだ」
そんなことをいってもう一服煙草に火をつけようとして、トウギは俺の方を見た。
「は?刺されたの?」
頷く
現在砦としてこの城が機能しているのは近衛騎士団のお陰だ、しかし、砦の補修、部隊の配備など一般業務も多い、その中で近衛騎士団だけで捕虜の食事、監視などができず、増援できた、辺境の一度も戦場にでてきたことなどのないだろう、農民出身や貴族の次男坊などで構成させた騎士団に任せたのだが、連中の一人、騎士見習いが初めてだったのがまずかった。
魔物は人間を魅了する、人間を虜にし、交わるように誘う
そんなことがないように鎧などに特殊な術式を施し、情欲しないようにする。だが、その新入りの騎士見習いはそんなことを知らず、術式が施されていない鎧を着て魔物どもの世話をしたらしい、そのあと、大方欲情して一匹の魔物と交わったのだろう
「…それで魔物の、確かアラクネだったな、斬首しようと構えたら俺のわき腹刺しやがった、結局手元狂ってアラクネの胴体真二つにしちまったんだよ」
そのあと、俺を刺した騎士見習いは魔物を胴体が真二つになるのを見て、狂ったように暴れた、暴れまくった
「俺はさ、わき腹刺されたから何もできなかったけど、その騎士見習い、仲間に取り押さえられて俺のこと睨みながら、なんて言ったと思う?」
トウギは何も言わず、ただ首を横に振った
「『人でなし!!化け物!!化け物!!なんでメルを殺したんだ!!この異端者が!!』だとさ………………化け物か………」
それからだ、妙な割り切れることのない変な感情が体を支配していた。
あの騎士見習いの俺を見る目を思い出すたびにその感情が強くなる。
悲しみからくる憎悪と怒りに満ちた目だ
あんな眼を人間に向けられるのは久しぶりだが、戦場で、捕虜の整理では何度も見た目だ、魔物どもの懇願と絶望、それと俺に対する憎悪と怒り、そんなものは慣れてしまっている。
この感情を何と呼ぶべきか、俺は知らない、憎悪でもない、憎悪を向けられたことによる感傷でもない、傷ついてなどいない、どちらかと言えば嫌悪だが、何を嫌悪しているのかわからない、憎まれることに慣れてしまっている、いや、憎まれることは慣れているものだと思っているが、事実その通りだろう
今まで、騎士団に入る前、団長に助けられる前、何度も雨が降らない、日照りが続くとか、すくなくとも俺のせいではない理由で逆恨みされ、恨まれ、くだらない理由で殺されかけたことは何度もあった。
外で生きていくことの大変さ、難しさ、人間が異端者をどう思っているかなど、身にしみているはずだった。
まだ幼かったころ、同い年ぐらいの子供たちは石を投げつけられ、石が頭に当たり、血を流した。その時の痛みをまだ覚えている、傷はもうないはずなのに、あの時の痛みは忘れることのできない物であった。
道を歩くだけで、大人たちの悪魔の子という声をわざと聞こえる風にしゃべり、泥水を掛けられた
あの時の怒り、悲しみを一生忘れることはできないだろう、今もこれからも、ずっと続く、それだけは分かる。
久しぶりだった、あんな敵意を人間に向けられるのは、久しく忘れていた感情だった。自分につらいことがある度に言い聞かせたものだ…俺は人間だ、と
だが、何か違う、何が違うのか分からないのだが
トウギもその感情がわかったのかもしれない、無言で煙草をふかしていた。
こいつも俺と同じで赤ん坊の時に騎士団に入った奴じゃない、成長してから入った奴だ、だから、あの憎悪をしっているのだろうな
無言の時が続いたが、トウギが煙草の煙を吐く
「…兄さんはね、セルセ、僕をかばって顔の傷を負ったんだよ」
俺は何も言わず、トウギをじっと見た。
こいつの兄、トウア(74の意味)は最強の『強化装甲』の異端者で、トウギと双子の兄弟であり顔もそっくりだったが、異なっているのは、トウギが黒髪であるが、白髪であり、トウアの顔の右頬にはひどい火傷のあとがあった。
「僕はね、いや、まだ赤子だった僕たち兄弟はロウドナスの教会の前で拾われた、僕たちを産んだ魔物が僕たちを捨ててね、そこの坊さん―父さんが、僕たちを捨てた魔物が人間だった時の知り合いだったから殺されずに済んだ、そこで普通の人間として育てられたよ、父さんは町を守る聖騎士であったけど、なんでも殺せなかったらしい」
そこで煙草の煙を吐き出した、ため息をつくようにはいた。
「でも、流行り病で父さんが死んで、教会がある町を魔物が襲ってね、だからその時力を使ってしまった、なんとか魔物は退治できたけど、それからがひどかった。同じ釜の飯を食ったはずの同じ教会で育った仲間たちが、僕たちが買い物に行くと笑顔であいさつしてくれた人々が、僕たちを殺すべき、って言ってね」
トウギの横顔には苦痛の色があった
「兄さんは僕をかばって、あの傷を負った、熱湯を浴びせられたんだよ、そのまま刺し殺すつもりだったらしい、だけど、あと一歩というところで団長が、諸国放浪してた団長が助けてくれた、だから団長には感謝してる」
そこで煙草を吐き出し、煙草は城壁の外側に消えていった。
「…僕は最初、町の人間を恨んだ、とてもとても深い憎悪を持っていた、けど、兄さんは、一番ひどい目にあった兄さんは恨みなんて持っていなかった、僕が人間に恨みを持ってるって言ったらね、僕たちが守った人々をどうして憎しみを持てるんだって怒られちゃってね、あの時の兄さん怖かったな…」
こいつなりに、つらい思いをしたのだろうと思っていたが、こいつは人間に優しい、普通の人間以上に普通の人間に優しいところがあるのだが、分かった気がした。
しばらく、椀にはいった酒に映った自分の顔を見つめていた。
「………話してくれて、ありがとうな」
トウギは俺の顔を見ていたが、にこりと笑うと、明日は雨だ。と断言した。
「だってさ、あのセルセが僕にお礼言ったんだもん、珍しいじゃなくて天変地異の前触れかもね」
俺もつられて笑ってしまった。
「そうかもしんねぇな」
俺たちの笑い声が響き渡った。
気がつくと、なんだか心の中の変な割り切ることはできない感情は無くなっていた。
だが、それでも、あの時の俺を見る騎士見習いの眼はしっかりと覚えていた。
そうか、わかった、あの眼は―俺の眼だ
人を、世を、全てを憎み生きていた時の眼だ
そして、先ほどまで支配していた感情は自己嫌悪だ、あの騎士見習いは昔の俺だ、俺だったんだ
その後、それを悟られないように話題を変えた、俺はトウギに眠っていたときに何があったのか、話した。
まず、俺たちが戦いのあと、近衛騎士団主力部隊を待たずに特殊部隊が城を奪還したこと、主力部隊が到着し、城はいつも通りとはいかなかったけど、砦としての機能を取り戻したこと、そして、昨日ラヴェ・カイエンから伝令兵がある報告を持ってきた。
「その報告って何?」
「反魔派のデッ・レート国が陥落しかけ、それを重く見た『王衆連盟』が魔王軍に使者を派遣、<薄氷協定>に基づき停戦を申し入れたって話だ、なんでも魔界と隣接している国家や領地の前線で魔王軍が進軍したらしい、うちだけじゃなかったってことだな、
それで、魔王軍も停戦協定に合意、停戦協定を魔王軍と『王衆連盟』が結んだ、人間側は最悪の事態が免れたらしいがな、それに今魔王軍は手薄だ、こんなときに攻められちゃ、ひとたまりもないな」
「ふぅん、そんなものかね」
「あと、俺たちは二日後に近衛騎士団の特殊部隊が一旦ラヴェ・カイエンに戻るからついていく、なんでもの俺たちは新しく再編された部隊に入れってことらしい」
トウギは新しい煙草に火をつけ、吸う。
「なぁ、セルセ、俺たちまともな部隊に編入されると思うか?」
「いや、無理だろうな、よくて聞いたことのない辺境の騎士団に派遣か、悪くて捨て駒の部隊に入って他の領地に派遣され、戦場で死ぬか、だな」
しばし、無言の時が流れる。
いくら武勲をあげても、異端者はまともに生きることはできない、まともな部隊に配属される望みは薄い
「死ぬなよ、セルセ」
「おまえもな、トウギ」
俺は椀の酒をあおり、トウギは煙草の煙を吐き出した。
あ、一つ忘れてた
「おい、トウギ、これなんだと思う?」
懐から二通の封筒を取り出す
「あとさ、お前俺に報告することがあるんじゃないか?」
トウギが首をかしげ、分からないといった仕草をした。
「…町長からの手紙だ、あと、生き延びた騎士団の連中からの報告、それとさ、トウギ」
そこでいったん区切る
「生き残った連中がいるなら教えろ!!馬鹿が!!」
耳元で怒鳴ってやった、トウギは耳をおさえ悶絶、ざまぁ見ろ
それでもトウギは立ち直り、手紙を受け取るとひろげ、それを読み始める。
昨日来た伝令兵がローグスロー騎士団の方に届けモノがあるといって持ってきたものだ。
本来このような個人的な物はよほどのことがないと届けられないが、今回は領主様のいきな計らいだ、本当に頭が上がらない。
「町のみんな元気そうでよかったな」
トウギは頷く、一通の生き残った騎士団からの手紙を読んで、いろいろと知った(近衛騎士団のみなさまは多忙な方が多く、聞いている暇もなかった)、というよりも、生き残った騎士団の連中が、トウギ一人では他に生き残りがいたとしてもトウギのことだから説明する前に倒れるじゃないかと思い、もう一通の報告書にいろいろと書いてくれていた。
俺宛てでは無論ないが、もしも、生き残りがいたら、という判断では正しい、だいたいこういうの書いてトウギに持たす時間がなかったとはいえ、トウギ一人に任すな
なんでも城が陥落する前、町の連中と、比較的無傷な騎士団の生き残りで隙を見て馬車で逃げた、なんでも魔王軍が混乱しており城を魔王軍が包囲できなかったらしい
隣の、砦がある町まで逃げる途中、魔王軍の追撃にあい、生き残った騎士を大分失ったものの、その途中で他の反魔派の領地や国家の戦線で魔王軍が侵攻してきた、という知らせが入りまだ知らせは届いていなかったが、すぐに魔王軍が攻めてくると判断し戦線を目指していたテニファ様の近衛騎士団に合流、一部の隊に護衛してもらいラヴェ・カイエンまで逃げることができたそうだ
ちなみに、生き延びた騎士は31名、俺とトウギを含めると33名、うち人間は5名、異端者の殆どが非戦闘系の異端者だったということだ。
それでもう一通の町長からの手紙にはラヴェ・カイエンで領主様に良くしてもらっていること、一部のラヴェ・カイエンに身内のいる者はラヴェ・カイエンで生活することを決めた者や、他の町民などは後の生活などを現在考えている途中らしい、なんでも南東の大地に、魔物が少ないが、殆ど人の手の入っていない荒野が広がる土地で開拓村に行く計画や、元の土地に戻るなど、様々な計画がある、と書かれていた。
あ、あと、俺を助けてくれたテニファ様の近衛騎士団だが、なんでもそのあと、テニファ様は砦が敵の手に渡ったことを知り、今が奪還の最大の機会とし、進軍スピードの遅い本隊よりも特殊部隊に先制攻撃を仕掛けるように命令、トウギを案内役につけ先行した、とのこと、つまり………
「なぁ、トウギ、助けてもらって言うのもなんだが、近衛騎士団のみなさまが助けてくださった時、まだ布陣完了してなかったんじゃないか?例えば、誰かが独断専行して仲間助けに入って敵に存在しられたから、その場で出来る布陣するしかなかったんじゃないか?」
横顔が固まり、トウギの眼が泳いでいることを見逃さなかった、というか、顔を向けろ、こっちに
ため息をひとつ
「……やっぱりか、あの布陣はおかしいと思ったんだよ、兵を無駄に死なすような戦法だもんな……お前は誰か攻撃されると作戦無視して助けに入るからな…長所でもあるが短所でもあるんだよな」
酒をもう一口のむ
「安心しろ、なんでも話では最後に活躍しただろ、あれでチャラにして軍事裁判は行わない、ということだ、よかったな」
トウギは安心するようにため息をついた、だが、騎士団の生き残りから報告書を読んだ時、何かを思い出したかのように再びトウギの顔に緊張が走った。
「…そういえば、いやそれも重要だけど、実は、セルセに伝言があってさ」
ん?なんだ改まって、
トウギは俺の顔をしっかりと見る
そして、
「セルキョウからだ、グンテイをよろしく頼む、すまん先に行く」
それを聞いた時、考えることができなかった、しばらくの間、椀に注いだ酒に映った自分の顔を見ていた、青い顔をしている
だが、波紋が椀に映った顔を、見えなくなる
手が、椀を持つ手が震える、なんだこれ、なんなんだこれ
椀を置く、置くしかない
トウギが何も言わず、こぼれ少なくなってしまった椀に酒を注ぐ、
じっと映った顔を見ていた、どうしようもない、こればかりはいつか来ることと考えていたことだが、どうじようもないことと考えられなかった
あいつ、こんな時まで人の心配してたのか、本当にお人よしだ、お人よしの馬鹿だ、大馬鹿野郎だ
そんな思いを一緒に、注いだ酒を一口で飲む、初めてだった、酒の味が分からないのは、初めてだった
「……………そうか、あいつ散ったのか、散ったのか………」
それしか言えなかった
目の前に広がる光景を、トウギと眺めた、主戦場となった荒野にはいくつも魔物どもの死体を整理し、幾つか死体が重なり小山ができていた。
そして、戦場には数えられないほど、巨大なクレーターができていた。
俺たちの胸に刻まれた紋章が発動し、最期の自爆で出来たクレーターだった。
ちょうど、荒野を夕日に染めていた、まるで、戦場を血で染めるように、染まっていた。
新たなる運命は廻る、廻る
誰が運命を廻すのか、誰もそれを知る者はいない
今、戦いの第二幕が開く
次回「騎士団」
神が運命を廻すのか、人が運命を廻すのか、それともただの偶然か
11/09/28 22:10更新 / ソバ
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