連載小説
[TOP][目次]
第二話「決着」
 駆ける、ただ、目の前の敵に向かって、駆ける。
 
 幸いなことに、今度はウシオニも油断していたとみえ、もろに食らい怯んでいる。
 
 一段と力強く左足で社の屋根を踏み込む。
 それを、鍵として左足に仕込んでいた身体強化の呪術を発動
 脚力を強化し、そのまま、跳躍する。狙うは、ウシオニの上半身
 
 一般的に戦闘に際しては人間や他の生物と比較にならないほど、妖の皮膚は固い。鋼鉄、とまでは言わないが、妖の種類によっては、人が殴れば拳が砕け、刀や槍を持ってしても下手をすれば刃が折れる皮膚を持ったものもいる。 今戦っているウシオニはその類ではない、しかし、部位によっては、例えばウシオニの脚部の先、爪に当たれば刀剣の類ならば刃が折れるほどの硬度を持っているし、更に、毛が下半身を覆っている。
 本来、毛の役割というのは防寒のためだけではなく、外敵の攻撃を軽減するものでもあるという、どのような役割において毛が生えているのかはわかないが、この場合、ウシオニの毛はまさに身を守るための鎧ともいえる。やっかいな代物だ。刃は毛によって本来の切れ味を発揮することはできず、衝撃を与える類の得物であろうと拡散されてしまう。まぁ、ウシオニを相手にする場合は返り血を浴びないようにする必要があるため、好都合ではなるが。
 
 対して弱点となる部分もある。それが人の形を保っている上半身
 別に上半身の皮膚が脆い、とかそういうわけじゃない、ただ器官が同じ造りか、似たような造りをしている。つまりは人間にとって弱点、胴体であれば中心線、肝臓、心臓、膵臓、肺など重要な臓器が集まっている所を狙えばいい。頭だったらもっと分かりやすい、この場合は耳の位置は違うが、どれも露出しているため、分かりやすい。
 だから、狙うべきものは上半身、更に言うと、頭。頭は案外もろい、確かに頭蓋骨は硬い、しかし、硬い骨に守られた中身ほど脆いもの。まともに食らえばどんな化け物だろうと、その後の戦闘などまともにできない。うまくいけば一撃で決着がつく。
 
 体に巻きつけるように構えた左腕に力をためる。
 
 まだ、ウシオニの目は光に眩んでよく見えていない、いましか決めることはできない。
 
 跳躍する力は切れていたが、落下の力が働き、ウシオニに向かっていく。
 
 そして、巻きつけた左腕を、抑えていた力を解放するように、居合の如く、放った。
 
 ウシオニの表情はかわらない、視力がまだ回復していないのか、依然としてうめき声をあげて、眼を腕で抑えている。だが、不意に顔を覆う手、その指と指の間から、視線が合う。そして、
 
―――――――笑った。
 
 !!!
 
 最初から、見えてやがった。
 つまり、この一撃は完全な失敗
 だが、それに気付いた時には遅い、遅すぎた。
 左腕はすでに放たれたあとであり、そして、それは自らの力のみで猛進する別の生物のように止まることは無く、その腕を、難なくウシオニは掴む。
 
 しかし、甘い
 
 左腕が固定されたことによって、術によって強化された脚力より生じた速度はすさまじく、腕を抑えられただけでは勢いは死なず、速度による力がつくられていた。その力を利用する。
 
 そのまま、無理やり、固定された左腕を軸に空中で体ごと回転し、蹴りをウシオニの右側頭部に食らわせる。ベキリ、と少々不気味な音を左腕がたてたが、痛覚がないため無視する。
 致命傷、とまではいかないが頭部に受けた衝撃に、少しばかり腕をつかむ力が弱まった。それを好機とし、抑えられていた左腕を力任せに解き、もう一撃を加えるために軽く構えを造り、放つ――
 
 だが、
 
 ドッという衝撃が下腹に響いた。
 
 そのまま、空中に投げだされる。跳躍する、といったことはあるが、空を飛ぶ、なんて感覚は久しぶりだった。
 
 ドゴッ
 
「………ボォッ」
 
 激しい背をうつ衝撃のあと、一拍を置いて肺の中の空気、全て吐き出す。
 幸いにして、護符が幾分か効いていたらしい、境内の地面にたたきつけられたというのにこれだけで済んだのだから。
 このまま意識が遠のきかけたが、なんとかそれを抑え、眼を開き、頭を上げ社の屋根を見る。と、ウシオニの巨体が俺を踏みつぶすために覆いかぶさらんとして跳躍する、そんな光景が目に入った。
 
 横に飛び、構えを造る。一度、飛んでしまえば翼が生えている者以外で、方向転換などは無理である為、そこに目標物がいなくとも、俺が寝ていた場所にウシオニは辺りに砂埃を巻き起こしつつ、着地する。
 
 即座に、砂塵の中から最初と違ってウシオニが突っ込んでくる。あの巨体でこの、着地から攻撃という二段の切り替えの速度は異常だが、あまりにも基本的な攻撃であるため、回避は――いや、受けて立つ
 
 本来、師匠に教えられた戦法ではないが、これも一興、なによりも今、今の状態から取ることのできる戦法で、これほど的確な戦法はない。俺も、あの狂人のまねごとをしてみることとする。
 
 (…我は我にあらず)
 
 口の中で軽く術式を組み、簡単な、単純すぎる術式であるために即座に体中にいきわたる。
 突進するウシオニは、前部に位置する脚をあげ、爪を、ぐあっと肉食動物の捕食に際しての牙をむき出しにした、上顎そのもののような構えをとっている。突き出された両足、その右前足を狙う。あちらに勢いがあるため、体全体は斜に、左腕を前に、頭部を隠すように、左腕を頭上に構える
 
 ギガッ
 
 爪と骨、その二つが乾いた音が響かせる。だが、左腕を先ほど掴まれた時、無理やり蹴りをくらわしたため、左腕のどこかが変な音を立てていた。どうやらそのとき、異常が起こったのは一本の刃、親指と人さし指が合わさった刃が根元から折れた。大小何十、何百という破片になった刃
 そして、そのうちの一つ、やたら大きいのが頬に突き刺さったらしい。鏡でもない限り、視認はできないが、ザクリ、という衝撃と共と右頬に突き刺さる感覚と痛みが生じているから
 
  痛くて痛くて、痛くてたまらない。正直言ってこのまま顔を抑えてしまいたい。だが、それが何だ、そのまま、押し通るように、脚を進める。否、左足を一段強く踏み込む。
 
 術式は一回で終わってしまう単発式が殆どだが、それは安全に、術式の本来の意図した用途や威力ならば、という話で、それを無視すればだいぶ威力は落ちるものの使用することは可能。
だから、先ほどの術式の残りかす、というべき呪術を発動した。

 ミシリ、と左足の膝、足首、つま先、付け根、すべての関節が不調をきたした証明の不気味な音をたてた。本来身体強化の呪術において、強化されるのは強化される部位のみではない。稽古をつけていない素人は腰に構えた鞘から刀すら抜くことができないように、弓を射る稽古において、最初の一年は矢を射ることはないように、その強化の力にあったように全身を強化しなければいけない。この残りかすのような呪術は確かに脚力のみ強化することはできる。しかし、それ以外の補強はできなくなっている。それを無視し、一部の力のみを強化すれば、その力に適応してない脆い関節などが変調をきたすのは当たり前の結果だった。
 しかし、目的は達成された。
 跳躍を、否、地面から弾かれた。

 弾き飛ばされた高さは、地面より一丈二尺(約3メートル60センチ)といったところ、ウシオニを見下ろす高さだ。
 普通に考えれば失敗だ。大失敗だ。
 地面から弾かれただけであって、その衝撃ですべてが崩れ、宙に浮かび上がっただけの状態、拳や蹴りをくらわせるための構えも、武器も、体制すら整えられない、唯一の武器である左腕はぶらりと胴体に付いているだけの状態。まさに死に体。
 地面に降りたとしても左足関節がいかれたため、立つことすらできるかどうか分からない。
 ウシオニはすぐに視線を上げる。
 自らの勝利を察したのか、それもとあまりにも自暴自棄ともとれる行動であった為、理解できないということか、ウシオニは少しばかりの笑みを浮かべる。
 
 突進を回避するために飛びあがった、とでも思っているらしい。確かに、脚部の一撃に耐えたとしても、次のウシオニの巨体を生かした突撃を回避するには上に逃げるしかない。
 
 だが、逃げることができたとしても、ウシオニを飛び越えるほどの高さまで飛びあがって、即席の術式で着地が無事に済むとは思えない。再び、突撃するまでもなく、決着がつく。いや、もう決着などついているに等しい状態。
 ウシオニにとって何一つ敗北に繋がる要素はなし、俺の完全な自滅だ。これから逆転するのは難しい。
 だけど、逆転させてもらう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 あぁ、畜生め、努畜生め
 
 
 
 
 できれば交渉で収めたかったのに。
 後悔の念に押しつぶされそうになる。俺は今さぞや凶悪な笑みを浮かべているだろうと、推測する。
 
 そして、つぶやく。ただ一言を
 
 「Morus・rellad・Idea」
 
 人の身では重すぎる呪句、この術式からすればさっきの外洋術式なんて入門の呪術、そんな呪術を唱える。
 その瞬間、腹の中が熱を持った。その熱さは即座に融点を、沸点すら越え、熱を持った中身が蒸発する。
 
 「DAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!」
 
 腹が、腹の中の全ての臓物がひっくりかえされる、いいや、抉りだされる感覚と痛み、本来の人間ならば発狂する感覚。そして飛び出る臓物、否、地獄の獄卒が用いる鎖となった、臓物であったそれは瞬時に何本もの鎖となって投網のようにウシオニを捕え、絡みつき、ウシオニを地面に縛り付ける。ウシオニは突撃によって生じた慣性の力を殺しきれず、さらに鎖に束縛されたことと体勢を崩したことによって、地面に引きずられるように転がった。
 
 「な、なんだ、こりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
 
 ウシオニはあまりにことでとっさに判断がつかず、自分が何をされたのか理解ができず、自らに絡みつくそれを力任せに破ろうとするが、無駄だ。それは原始の鎖、破れる者など、下界にいるわけがない
 
 ウシオニは力で鎖が破けないと悟る、と解こうともがく。だが、もがくほど鎖は肉に食い込み、動くことはできなくなる。
 
 ちなみに、ウシオニの突進自体は回避できたが、ウシオニに巻きついた鎖と腹がつながったままであった為、ウシオニの力に引きずられる。なんとか鎖を切り離せたものの、まり玉のように投げ飛ばされ、再び宙を飛んだ。なんというか、今日は空を飛んでばかりいる。
 地面に転がりながら、なんとか起き上がるが、今の俺の胴は伽藍で、息をするだけでも体の負担となっている状態、ヒューヒューと、変な呼吸音が体中に響きわたる。左足は逝かれているため、立ち上がることもできない。
 だけど、これでいい
 
 さて、このまま……
 
 
 
 
  
 
 
 「……だ、正目………」
 
 え?
 
  
 思考が乱れた。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 口角が不自然に持ち上がる。息をするだけでもやっとだったのに、息苦しくも、寒気も何も感じない。何も、感じない。いや、右頬に刺さった破片によって体外に流れでる血が、唯一の感覚
 それと、心の底から高揚感が湧き上がってくる。
 そして、それを証明するかのように、痛みを、左足の関節の不調を無視して、立ち上がった。
 
 しばし、何をすることもなく、突っ立っていた。そして、
 
 「………………交代だ、正目」
 
 即座にまずい、と思う前に、体は動いていた。右腕の袖に隠していた札を上に投げようとしたが、その前に、右腕が動かなくなる。思考がある一言を導き出す。
 
 (人に仇名す敵に死あるのみ)
 
 ………の前に、倒すべき敵が転がっている。でかい図体をした敵が、転がってやがる。私の倒すべき敵が、私の贓物にまみれて、転がってやがる。何をしなければいけないか、決まっている
 
 歩きだす。一歩一歩、何一つ俺の意思に反して、歩き出した。
 地面に転がって、もがくウシオニに向かって。
 
 …………まずは得物を直すか
 
 左腕に、壊れた左腕に痛みがはしる。視線はウシオニに固定されているが、何が起こったのか見なくても分かる。いめーじ、という言葉を用いるなら、刀、一振りの刀がいめーじとして頭の中に浮かび上がる。
 メキリメキ、と骨が歪み、新たに形が形成される音
 
 そんな俺をみて、ウシオニは何か感じたのか、鎖に縛られながらも何とか体制を立て直し、脚を動かす。速く、速く逃げろ、と念じるが、鎖が肉に食い込んでいるのが遠目からも確認でき、跡には血の筋ができている、そんな状態であるから、ウシオニが一歩進む間に、こちらは四歩近づいていた。
 
 
 ……無駄なことを
 
 ウシオニの前に立ちふさがる。
 何をしようとしているのか、俺の予想はあっている。
 
 ウシオニは俺を睨む。だが、脚に力が入らなくなったのか、ズン、と音を立て、倒れ込む。
 
 ………邪魔だ
 右手に掴んでいた札を離された。札は地面に落ちると、それは淡い青の炎となって瞬時に燃え尽きた。
 自由になった右腕
 
 その右腕でウシオニに絡みついた鎖を掴むと、右腕に力を込め、腕の力のみで、登る。
 力をこめる度に、ウシオニから悲鳴が上がる。
 そして、ウシオニの胴体、その脚の付け根に両足を置き、ウシオニを見下ろす格好となる。
 
 「……………なんなんだ、あんた?さっきの人間じゃないね」
 
 毅然とした態度で、睨みつけながら、尋ねる。
 
 ……答える義理は無いが、ここは戦場じゃない。命を奪う者の名を知らぬまま死ぬのは哀れ
 
 「………正守(まさもり)」
 
 俺の口は俺の思った通りには動かない。口角はいびつに上がり、歪な笑みを造る。何一つ、思い通りに動かすことはできない。それどころか、左腕が動き出した。何をどうするつもりなのか、それは明らか
 
 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
 
 念じる、だが、指先はまったく意に従わない。頭の中の意識にそれでも語りかける。だが、それ以上の反応は無い。
 
 「死ね」
 
 左腕、否、一振りの、骨で作り上げられた刀を振り上げ、そして、
 
 バキャン
 
 衝撃と何かがあたり砕ける音と共に、左腕の肘から先が消失した。
 
 遅れ、聞こえてきた遠吠えにも似た銃声が、響く。
 
 ウシオニは唖然とした表情でそれをみた。
 
 そして、背中に感じる熱
 もしも他人が見ていたならば、俺の背、ちょうど腰のあたりには円状の術式紋章が展開されていたことであろう
 
 一拍を置き、背中の熱をもつ部分の中心を貫く、何か
 
 その衝撃に、伽藍になった胴の上半身と下半身は衝撃に耐えきれず、切り離され、そして上半身は吹っ飛ばされたため、回転する視界
 
 それと同時に急激に熱を奪われていく意識
 
 ゆっくりと、世界全体がゆっくりと時が進んだ。
 
 その中で見えたものは、
 ウシオニの右胸に突き刺さる、俺を貫いた銃弾が突き刺さる
 しかし、俺を貫通した銃弾は威力を削がれたため、大量に血が噴き出すことは無く、着弾し、小さな穴が開く。
 だが、ウシオニの体全体が、ビクリ、と鞭で打たれたかのように震えた。
 
 死にはしないだろう、それが確認できただけで、心から安堵できた。

 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 最初から答えはでていた、俺はこいつに勝てるのか、という命題に対して、最初から答えは出ていた。
 
 ――勝てる、と
 
 確かに怪物、ウシオニというに妖怪に限定してもとても恐ろしい。
 
 巨木ですらなぎ倒すほどの力を持ち、太刀傷を与えてもたちどころに治ってしまう。もしもその返り血を浴びればその者は即座に妖怪となる。
 気性も荒く、多少の傷を与えても物ともしない、まさに恐ろしい「怪物」、もしも怒らせたならばその怒りが静まるまで待つしかなく、まさに「現象」でしかない
 
 だからこそ、勝てる。
 
 逆を言えば、それに頼る戦いは明白、それはそうだ。特性に頼らない戦いなど、戦場で銃を持ちながら転がっている小石を投げ付けるようなもの、無論、その戦法を簡単に破れるものではないが、いつかはその戦法を破るための戦法がつくられる。
 まぁ、また新しい戦法がつくられ、そしてまたそれを破るための戦術がつくられる、古来より続くいたちごっこなのだが。

 ウシオニの戦闘に関する特性は、凶暴性と強靭性。いくら攻撃しようとも並の攻撃では怯みもしない。だが、その神経が強靭とは限らない。そう、例えば、一発でもある特定の部位に弾丸が命中したとして、受けた箇所と違う箇所、一発しか命中していないのに何百発と被弾したと思わせる弾丸が、神経を意図的に混乱させることを可能とする弾丸があればどうなるか?
 結果として、しばらくの間神経が暴走、その暴走によって混乱が起き、動くことすらままならなくなる、らしい。本当はもっと繊細で原理も厳密にいえば違うらしいが、細かな説明を受けたものの専門的な用語が多すぎて半分も理解できなかった。
 まあそんな繊細なものでもあるから、問題も多いらしく、着弾する箇所は、並の狙撃手なら必中させることができる場所であるものの、弾丸自体かなり貫通力があるため何かを一度貫通させて威力を落とさなければいけないのが問題で、例えば、人体などに術―必ずそこに弾丸があたる必中術を刻み、そして人体を貫通させて目標を沈黙させる、などの戦術が必要となる。
 
 ……………本来ならば最終手段であって、今回、本来は使う技ではないし、使わずとも済んだのだが………まさか俺を止めることに使うことになるとは思ってもみなかった。
 
 時間が元通りに戻ると、転がっているために回転する視界、というか転がる俺の頭、はたから見たらさぞや、ばいおれんす?な光景があるだろう
 俺の下半身も衝撃に耐えきれなかったのか、ウシオニから離れたところに転がっていた。
 すでにウシオニを縛り付ける鎖は無くなり自由となっていたが、さすがにあれをくらって無事ではなかったのか、時々思い出したようにビクリ、と震え、鎮座していた。
 ウシオニはそれでも俺を見る。すごいな、あの弾くらってまだ頭だけでも動けるのかよ
 
 「…………あんた、何なんだ?」
 
 口を動かすが、正直声を出すだけでもつらい。
 だが、しっかりといった。
 
 「人間」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 そんな光景を、神社の境内に倒れた一匹のウシオニと上半身と下半身、二つにちぎれた男を二里半ほど離れた山中の中から見ている者がいた。
 
 7尺8寸はあろうかという長銃を右脇に挟むようにして構え、傾斜の地面での射撃であるために伏射ではなく左膝をたて構えている、一人の騎士がいた。
 
 騎士、そんな言葉でしか表現しようがない。ここ和州では今よりも数世紀前まで行われていた戦乱期にて、鎧を着た戦士を武者というが、遠く離れた異国、和州では西洋、もしくは中洋(二つの地域を総じて外洋国と呼ぶ)とよばれる地域での戦乱期にて、騎士と呼ばれた、外洋鎧を纏った騎士がそこにいた。
 
 風変わりで、そして美しい鎧を纏っていた。
 全身に装着された鎧、フルプレートアーマーの鎧は全身純白の鎧で、穢れを知らぬ赤子のように純白な白銅装甲で全身を纏っている騎士。
 しかし特記すべきことはそこではない。この騎士がいる場所は薄暗い山中である。まるで濃い緑と黒の線で描かれた絵画の中に白い線が画家の間違いで描かれてしまったように、全体に浮く存在であるはずなのに、それは自然に溶け込み、まるでそうあるかのようにしか見ることはできない、つまり周りと完全に同調している。
 頭部は王冠のような先が三つにとがったヘルムを被り、顔面には演劇の際に役者がつける仮面に似たフルフェイスカバーをつけているため顔は見えない、しかし、そのフェイスカバーには通気のためのブレスの類は無く、左目はランランと松明のように輝き、そして右目のある場所にはバラを摸したアイパッチが施されていた。
 意匠としてはそれだけでなく、左胸部装甲からみぞおちの中心線まで二輪の花を咲かせたシザンセスが写実的に彫刻されていた。
 
 右肩には肩に合わせた形状の丸いショルダーアーマーが付いていたが、左肩には大きく変形したショルダーアーマーが、否、それは鎧(アーマー)ではなかった。
 
 元々巨大なものであるらしく、肩の形から大きく逸脱する槍のような形、横に伸びたそれは四尺はあろうという長さである。しかし、アーマーの内部は空洞となって骨組みを残している。では肝心の中身はというと、ショルダーアーマーの根元から飛び出し、主に主軸、それと左右に一つずつ展開し、計三つに枝分かれしていた。主軸は左腕を支え、左腕装甲の一部となって装甲の厚みが増している。そして残りの二つは銃を支えるように銃に直結していた。
 
 「終わった?メガイラ?」
 
 騎士は流暢な和州語で話す。まだ若い女の声であった。
 それから数言、誰もいない森の中で何かと会話するようにしゃべり続ける。
 
 「フゥ…」
 
 ため息をつき、そして騎士は力を抜くように、銃口を下げ、鎧も力が抜けたように関節から蒸気が噴き出して一周りほど縮んだように見えた。
 直後、光に包まれ、否、鎧そのものが光となる。淡く、小さな光が辺りを照らす。
 
 そして、光が収まると、そこには一人の女性がいた。
 
 
 服装は旅人が着るような動きやすさを重視した着物―小袖とよく似ている藍色の変わった着物。年は二十前半、和州人とは違う肌、陶器のような白い肌と、腰まであるゆるやかなウェーブで緑かかった金髪を持つ女性がそこにいた。手にはボルトアクション式の、先ほどの騎士が持っていた化け物じみた長銃ではなく一般的な大きさの長銃を持っていた。
 だが、なによりも特記すべきは、耳が横に伸びている。それと体は先ほどの騎士とは違い、腕を強く握ったら折れてしまいそうに思えるほど華奢な体をしていた。そして、その両の瞳は緑玉石のように輝き、力強い光を宿していた。
 
 その女性は、人とは違う、西洋で一般的にエルフ、と呼ばれる種族であった。
 
 「さて、迎えいくか」
 
 笑顔で呟く。歩き出す、神社のある方角に向かって、山を下っていく。
 しかし、数歩歩いた後に、顔をしかませる。しばし、あーあーと声をあげ、うずくまり耳を抑えていたが、立ち上がると、
 
 「さて、迎えに行くか…これでいい?メガイラ?」
 
 一人呟き、その後やれやれという風に頷くと、再び歩き出す。
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 気持ちよく気絶していたというのに、ゴンッ、という右側頭部を蹴られる衝撃で目を覚ました。
 
 呻きながら蹴られた個所を右手でおさえて顔を上げる。と、口に火のついた西洋の紙煙草をくわえ、髪が緑かかっている金髪、という独特の髪をもつ、耳が横に長い見知った顔の女性が温和な笑みをつくりながら覗き込んでいる。相変わらず美人だな
 
 「ハァイ、正目。私に言うことがあるでしょ?」
 
 しばしの沈黙
 
 「………遅かったね、アイゼン」
 
 女性、アイゼンは笑みをつくったまま、ふっと煙草を吐き出すと、それは正確無比に俺の額に、ジュ、という肉を焦がす音を立て着地した。
 
 て、
 
 ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 
 今度は別な痛みで転がる。地味に人体でもっとも痛みが発生するのが火傷らしいからかなり痛い。
 だが、アイゼンは気にも留めない、といった風に煙草の煙を吐きながら俺が転がる様をじっと見ていた。
 
 「……なんで火傷一つでこんなに痛がるかな?ひとついうけど、正目、今のあなた方がよっぽど痛々しいのに」
 
 そういって何かを投げてよこした。掴むほど腕力がなく、それは俺の目の前に落ちる。
 それは、袴をはいた俺の下半身
 
 「おお!!ありがとう、アイゼン」
 
 そう笑顔で言ったのだが、アイゼンは怪訝そうな顔をつくった。
 
 「いいから早く治しなさい、いい男が台無し、とかそんな次元の話すっ飛ばして、軽く今の光景ホラーだから」
 
 ?ほらあってどんな意味なんだろうか?まぁいいか
 
 右腕の力で移動し、上半身の断面を下半身の断面と合わせる。先ほどの術で伽藍になっていた胴だが、すでに内臓の類はもとに戻っている。つまり、腸やら何やらがむき出しだ。ほんの少しの間をおいて、腹の中のものが蠢く感覚、そして、今まで二つにちぎれていたものが接着され、元に戻っていく、その感覚はまるで神経の一本一本、血管の一本一本に虫が這っているような感覚で、何度やっても好きにはなれない感覚。だが、それでいい
 
 先ほどの戦いから、上半身だけで転がっていた。もしも両腕が無事だったら転がっている下半身まで這っていくこともできるのだが、生憎左腕が吹き飛ばされたため片腕だけではすこし無理がある。だから転がっていた。
 
 ウシオニは、というとやはりさっきの言葉を絞り出すだけで限界だったのか、今はおとなしくなっている、というよりも気絶している。
 本当は鎖で縛りあげ、動けなくなってから話しあいで解決したかったのだが、これじゃ話しあいで解決は不可能、さて、どうするべきか考えなければいけない。曇天の空を見ながら、そんなことを考える。
 
 
 「復活、と」
 
 一応、上半身と下半身をくっつけ、それなりに人の形に戻る。起き上がろうとしたが、左腕がないためバランスがとれず、尻もちをつく。
 
 アイゼンは近づいてくると、やれやれという感じで手を差し伸べてくれた。白く華奢な手を差し伸べた。
 
 その手を取って、起き上がる。
 
 と、額の火傷に一粒、雨粒があたり、それを皮切りに雨が降り出す。一気に地表を水で覆った。今の俺にはちょうどいい、気持ちがいい雨――――
 
 
 
 ぞくり、と全身が総毛立つ感覚に襲われ、一瞬で心地よい感触は失われた。
 純粋な、純粋な恐怖に襲われる。
 唐突に、どこまでも唐突に、絶対的な恐怖があたりに撒き散らされる。
 
 そちらを見る。
 
 ウシオニが鎮座している。問題はそこじゃない、ウシオニは相変わらず意識はもどっていない。だが、先ほど決まり手となった銃弾を受けた右胸に開いた銃創、そこから、血が流れ続け、その血は大地に流れていた。即座に銃創など完治してしまうはずのウシオニが血を流し続けている。弾丸は特殊なものでも傷自体は即座に回復されてしまうものなのに、血を流していた。
 
 雨水にぬれた地面に血が流れ、それは雨水に交わることなく、ウシオニを中心に円を大地に描き、よくみれば、円の外側には血で出来た文字が泳いでいる。
 術式だと、即座に理解した。それもこの辺りを吹き飛ばすような術式でなく、なにかを召喚するための術式だと
 
 アイゼンは長銃を構える。俺も何か構えなくてはいけなかったが、生憎得物がなく、しかたなく、右手のみで構えを造る。
 
 「正目、あなた今何使える?」
 
 そうだなぁ、正直言って
 
 「何も使えない…さっきのでもう体がぼろぼろだから」
 
 そうよねぇ、といった風にアイゼンは頷く
 
 「アイゼン、メガイラは使える?」
 
 「無理ね、さっきので打ち止めよ………誰かさんのせいで無駄弾を撃つはめになったからね」
 
 耳が痛い言葉だった。だが、弁明があるため、口を開いたその時、血で書かれた円が光を放つ。
 
 即座に、アイゼンは手にしていた長銃を構えなおし、その手には力がこもっている。
 
 
 「「御安心してください」」
 
 重なり合った声と共に、円の光が一段と輝き、光が収まると、陣の中央にはウシオニと二体の、巫女の服を着た、美しい銀髪をもつ、白蛇がいた。
 
 心の中で舌打ちする。やっかいなことになったな、そう感じた。




13/01/24 00:33更新 / ソバ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33