連載小説
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第三話「罠」
 「「御安心してください」」
 
 雨が降り続く神社の境内、そこに俺とアイゼンは構えながら二体の妖と対峙していた。
 
 二重に重なった声、目の前には倒れたウシオニと、そして白い髪、白い千早を着た、下半身が純白の鱗という蛇の下半身を持つ、俗にいう白蛇が二体、いる。
 
 妖怪は同種の場合、似たような雰囲気を持っている。しかし、それは雰囲気、がなんとなく似ている、というだけで、それ以外に共通していることといえば、それが妖怪たらしめているといった特徴的な部位のみ。当たり前であるが、顔のつくりなどは全く異なっている。人と同じだ、人も全く同じ顔をもった赤の他人がこの世にごまんといないように、全く同じ顔のつくりをもった同種の妖怪などはいない。
 だが、目の前にいる二体の白蛇は、何から何まで顔のつくりが同じ。
 顔の違いで判断することはできない。しかし、こちらから見て左にたつ白蛇の髪は肩まで伸ばされ、さんばら髪であり、右にたつ白蛇は髪を結いあげている。実に分かりやすいが、そこに違和感を感じた。しかし、その違和感がなんなのか、わからない。
 
 「私は、中啓と申します」
 
 右側にたつ、髪を結いあげた白蛇が恭しく礼をしながら言う。
 
 「私は、水引と申します」
 
 続くように、左側に立つ白蛇も挨拶をする。
 
 ともに礼は、同じ角度、同じ姿勢、すべてが同じ、まるで合わせ鏡で、どちらか一方がうつされたようにすら思える。
 本来であれば頭を下げる、という行為自体こちらに敵意は無い、という示しであるが、アイゼンは銃口を下げることはせず、俺は構えを解くことはしなかった。
 
 なぜなら前の二体が未だに膨大な魔力を垂れ流していたから。魔力とは千変に変化する力。言わば火薬、それに呪言という衝撃を与えることによってそれは爆発する。
 その爆発がどんな爆発となるのか、わかるはずがない。
 だが、分かることは一つだけある。もしもどちらかの白蛇が軽く呪言を唱えただけでそれは驚異的な暴力となる。
 今の状況を例えるならば、首筋に刃を突き付けられた状態と何一つ変わらない。慇懃無礼、その言葉の意味通り、敬う言葉で尊大すぎる態度。
 まぁ、この魔力については、すこしばかり予想がついているのだが
 
 「よろしければ、名をお聞かせいただけますか?」
 
 気がつくと、右側にたつ―中啓といったか、が顔を上げ、尋ねた。
 すこしばかりの逡巡のあと、一瞬だけとなりのアイゼンと目で確認し、応じる。
 
 「…東方(ひがしかた)協会所属の退魔師、正目(よしみ)と申す。当方に貴殿らとの交戦の意思はない」
 
 そこで、構えなおす。否、右手に力を込め、半歩踏み込む。事務的に言葉を並べた。
 構えなおしたのは見栄だ。ある程度見栄を張ることで警戒させることぐらいはできる。ウシオニが流した血が円術となっていた。ということはウシオニが倒された場合自動的に発動される術が組み込まれていたのだろう。ならば仮にもこちらはウシオニを倒した、と理解されている。
 攻撃すればそちらも無事では済まされない、という程度。しかし、交渉などの荒事以外にはこけおどしでも役に立つ、というものだ。
 
 しかし、それを見透かしたかのように、笑みを浮かべる。
二体同時に、笑みを浮かべる。
 
 「それならば我々にも交戦の意思は御座いませんのでご安心を」
 
 交互に、まるで鏡のように二体の白蛇は言葉をつづけた。
 
 「この魔力は転移の術に用いるためでございます」
 
 当たり前のように言い放つ。
 転移の術は比較的簡素な術だが、その代わり、莫大な魔力を使う。
いや、細心の注意を払い、的確に行えれば消費もそれなりに抑えることができるが、今回のように、まるで自らに猛進する猪を無理やり力でねじ伏せたように行えば、その場に術者以外の者でも対面すれば寒気がするほど、肉体が原始的な恐怖を感じるほどの魔力を、使う。
 だから、この魔力は転移の術に使うため、と言いたいのだろう。
 
 最初、この二体が召喚されるまえ、寒気がするほどの魔力を感じた。ウシオニの血には強大であり強力な魔力がこめられている。しかし、血に込められた魔力などたかが知れている。大方、自動的に大地から力を吸い上げる術を血に込めたのか、それとも血を器とし、自動的に遠距離から魔力を送る術でも造り上げたのか、まぁ、どちらでもいいことだ。

 問題ならば、今の発言の方が何十倍も気をつけなければならない。
 なぜなら、後ろで気を失っているウシオニごと転移させ、逃げるためとも取れる発言。だから、くぎを刺しておく。
 
 「そこで気を失っている…永忌殿は先ほどこの付近で多発している襲撃事件においての下手人(げしにん)であることを認め、交戦の意思、及び、この先にある村を襲う意思を示した。よって協会における臨時の権限を行使し、交戦を行った。その身柄について、協会の監視下に置くことが相当と判断する」
 
 なんのこっちゃ、と思うかもしれないが、これが一応文言、形式。要するに、そいつは俺のものだ、ということ。さらに後ろには個人だけではなく、協会というおまけつき、といっている。
 まぁ、本来ならばこれも建前としてウシオニとの戦闘前に述べなければならないが、述べ終わる前に攻撃されたであろう、それに先制攻撃をかけてきたのはあちらであるし、その時点で意味を成さない言葉なので、割愛させてもらった。これで逃亡、とあれば協会の警告を無視したと判断され、報奨金もつく悪党となる。…まぁ、それは目の前で逃げて俺たちが無事、という前提が必要で、俺たちを殺せば追われることがないから、殺すのが一番いいだろうが、というか、協会の権限やら監視下、といっても協会そのものの権力が弱いから、羅卒に引き渡すまでぐらいしか権限がないのが悲しい。
 
 「だが、貴殿たちにその者の責任があるならば話は別であるが」
 
 我ながら意地の悪い言葉だと思う。後ろにいるウシオニ―永忌と二体の白蛇がつるんでいるのは確実だろう、だが、ここで逃げなければ物証は無く、というか現れなければその存在自体たどり着けなかっただろう。ここで、責任が自分たちにある、等と認めれば、どうなるかは明白、だが、
 
 「ならば、我々が一連の襲撃を依頼したので我々に責任がございます」
 
 一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。
 
 「…………それは、一連の襲撃の下手人が自分たちである、と認めるのか?」
 
 だから、黙りこむ俺に変わってそれまで沈黙を保ってきたアイゼンが言う。
 
 中啓殿は頷き、肯定する。
 
 「我々はある御方に仕える者でございます。諸事情により我が主君の御名を申し上げることはできませんが、ある土地を管理なさる役目を担う方、と申しておきましょうか」
 
 一体の白蛇は言葉を区切り、次の言葉はもう一方の白蛇が変わりに話を続ける。正直言って、どちらがどちらか、気を抜くと分からなくなる。今話したのは水引、殿だったか?
 
 「しかし、その御方の御力でも解決なさることができぬ事案がでてしまったのでございます」
 
 そこで、両者はお互いに顔を見る。
 
 「あれはもう二月も前になりましょうか?」
 
 お互いに開いた両手のひらを合わせ、両眼をつむる。
 
 「そうですね。もう二月にもなりますね」
 
 ぐるり、ぐるりと、中啓殿が時計回りに俺たちの周りを囲うように歩き、もう一方が反時計回りに歩き始める。
 
 「ある日、我らの管理する深き山に外威に巣食らったのでございます」
 
 外威―和州には元々いるはずのない化生、いや、北陸戦争での魔国側の逃亡兵、か?
 
 「口から煉獄のごとき業火を放ち、山の者たちを襲うのでございます」
 
 周りを歩く、二体の蛇は口々に恐ろしゅうございましたなぁ、恐ろしゅうございましたなぁ、と呟く。
 
 「初めは私たちが対処しようとしましたが、とても手に負えるものではございませんでした」
 
 二体が周りをぐるりぐるりと回る。それに合わせて、膨大な魔力の残滓も円を引き、黒く発光して、靄のごとく壁を作る。美しいと思えた
 と、そこで気がつく、体が動かない。
 それと、雨が激しく降っているはずであるが、異常すぎるほどに、静寂の中を白蛇がしゃべるように、それ以外の声が遠のいてく。
 
 「恐ろしい、恐ろしい、外威でございました」
 
 眼球を動かすこともできず、視線が固定される。そればかりか、視界の色が抜け落ちていく。白蛇の白と膨大な魔力によって生じる黒の残滓しか、視界に残らず、それ以外の色が抜け落ちていく。
 
 「我々としても不本意でしたが、我々で手に負えなければ外の退魔師に頼らざるおえません。しかし…」
 
 指一本も動かない、動け動けと念じるがすべてが徒労に終わる。
 
 「我々は前の戦より外との接触を断っておりました。それにあのような外威は束になったところで並の者では調伏すら不可能でしょう。ですから」
 
 二体は、だんだんと円を縮めていく。だが、視線が固定されてしまっているために、視線の端に消えた者が次の瞬間にはまた端から再び現れたようにしか思えない。
 
 「探していただいたのでございます。我が方でも遺憾ではございましたが、永忌殿に、このようなことをお願いし、このような手段で探させていただいたのでございます」
 
 そういう俺の前にいる歩みを止めた白蛇は最早どちらであったろうか、髪型から判断できたはずなのに、思考が濁り、正常に考えることができない。
 
 「無論、許されぬことと存じておりますが、ですがしかたなきことでございます。その証に人的犠牲は出さないようにお願いしました。だれも犠牲とはならないでしょう?あなたにとっても断る道理はなし、と思います。
 ですから、一緒に参りましょう」
 
 そういって、俺の額に、いや顔を覆い隠そうとしてのばされる腕、そして、白蛇の両掌
 
 額を流れる汗が、雨と一緒に滴り落ちていく。
 体が焦っているのに、気持ちは全くと言っていいほど焦りが生じない。濁る思考はまずいと判断するが、どこをどうすれば
 
 パァァァァン
 
 びくり、と大気が揺れた。発砲音
 
 その音に驚いたのか、額に手を置こうとしていた白蛇が距離を取った。
 
 俺の隣から発せられた音、横に頭を振ると、アイゼンが銃口を上にむけ放った。硝煙が上がっている。
 
 「…“魅了”と“忘却”の魔術、か…初めて見るけど、見事にかかったわね。正目(まさめ)」
 
 片目をとじ、アイゼンは俺を見る。
 一気に体の緊張が抜けてしまい、その場に腰を下ろしてしまう。
 グシャリという音、つまり、
 
 泥に尻をつく、すぐに袴の中にもぬかるんだ泥が沁み込む、つまり感覚が戻って、次に雨が地面を打つうるさいまでの音が耳を入った。
 一気に世界が戻り、雨音がうるさいまでに頭の中に響く。
 
 「正目?何ひっかかってんの?こんな初歩的な術に」
 
 そういって、まだ硝煙の上がる銃口で俺のデコを押す。火傷を刺激されたために一気に目が覚めた。
 僅かばかり、アイゼンが目を彼女らから離したことに慌てたが、彼女らも銃声に驚いたらしく、眼を白黒させている。
 そうだ、何をやってたんだ。こんな、初歩的な術にひっかかるとは、気を抜きすぎたか
 
 誰か、しかも敵かもしれない奴がいる目の前で本名で呼ぶな、と言いたかったが、それでも、一言言っておかなければいけない。
 
 「ありがと、アイゼン」
 
 それに対して、一言
 
 「どういたしまして、相棒」
 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 さて、と、じゃあ、やるべきをやるか
 
 ゆっくりと立ち上がり、いや、実をいうと左手がないため立ちづらく、再びアイゼンの手を借りて立ち上がる。
 それと、正面からしかと術をかけてきた白蛇二体をにらみつける。
 
 まだぽかんとした表情を浮かべていたが、俺がにらみ、アイゼンが銃口を向けたことでその顔に思考ができるところまで回復する。それをみて口を開く。
 
 「さて」
 
 なるべく軽い声を出す。
 
 「貴殿らの申し出もそしてなぜ村々を襲ったのかも理解できた。考慮の余地あり、判断いたす」
 
 皮肉にも、魅了の魔術を使用するには真実を語るしかない。つまり、さきほどの言葉にウソ偽りはないことは証明されている。
 
 「されど、貴殿らの申し出を受けることはできない。我が方にも本来ならば矜持に反することは無いが、しかしあまりにも貴殿らの行いは仁義礼に反する」
 
 ここで声色を変える。なるべく低い声を出す。
 
 「され。退魔に名をおく者として貴殿らが去るまで害を行わないと確約する」
 
 大方、さっきの忘却系の術で意識を失わせてから外威とやらのいる山の中に放り出して、自分たちは安全圏まで非難が完了した後、俺たちの意識を戻す。
 
 逃げるにしても山の中を歩かなければいけない。しかも見知らぬ山の中を、そんな山の中を歩けば外威とやらに遭遇する確率が高い、なので戦わざるを得ない状況に持ちこませる。負ければ新しい退魔師を探して同じ手段を使い、勝って外威を退治してくれれば万々歳、というやつなのだろう。しかも、魅了の魔術によってどんな白蛇が自分たちに頼んだのか、あとからでは思い出すことも困難、実に都合がいい
 正直、使い古された手ではあったが、あまりにも使い古されて今ではもう通用しない、という鉄則にひとしかったので、正直引っ掛かった自分が恥ずかしい。自分の顔面を殴りつけてやりたいくらい、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。

 焦った様子で白蛇は口を動かす

 「し、しかし…」

 「され、といったことが聞こえなかったのか?もう一度だけ申す、去れ」
 
 交渉断絶の響きを持って言う。
 
 正直に言って、照れ隠しも含まれているのだが、ばれていないことを願う。
 双方に沈黙の時間が流れる。
 頭に手を置こうとした白蛇はあせっているということが分かる表情で、眼を開いている。それとは対照的にもう一方のざんばら髪は俯き、表情をうかがうことはできない。というかさっきから微動だにしない。
 
 そういえば、もう一方の白蛇は何を…
 
 突如、びしゃりと、地面を覆っている泥水に叩きつける音が響く。

 もう一方の白蛇、名前を何と言ったか?忘れてしまったが、ざんばら髪の白蛇は地に伏せ、頭を地につけた。俗に言う土下座で、雨に濡れていなかったのは、細かい魔力を体に纏っているからであったが、それすら解除したのか、泥が白い装束に容赦なく沁み込み、地に頭をつけているため、地に着いた髪の先から泥に染まっていく。
 叫ぶ。必死な声かつ、悲痛な叫び。

「申し訳ございませんでした」

 その声に、保身のための響きは無かった。そもそも、逃げろ、とこちらは言っているから、土下座までして保身のために動く必要はない。

「我が方としては、このことが如何なる卑劣であるか、理解しております。ですが、どうか私たちの、いえ、失礼しました。我が首をはねて差し出します。虫のいい話と存じておりますが、どうかそれで先ほどの無礼に対しての御容赦のほどを!!」

 顔を上げずに叫んだせいか、その声は途中途中泥水に遮られ、かすれている。片方の白蛇を守るため、顔があまりにも似通っているために、血のつながりのある(と判断できる)者のために自らの命を差し出し、さらには大本の交渉を再開させる。
 謝罪と交渉を備えた行動、払うべき代価は自分の命。なんという自己犠牲、普段は絶対にそう回答はできても、絶対に行動には移されることのない行動、それが目の前で行われている。

 こういう必死な様を見るのは嫌いじゃないし、美しいと思うが、ほんの少しの矛盾を見つけたため、ついてやることにした。
 
 「それは構わないが、謝罪の意思を示すならば、差し出す首は貴殿ではないであろう」
 
 予測が本当なら、我ながら意地の悪い返しだ、ああ、心底本当に
 
 その返しを聞き、まあ、想定道理の反応
 びくり、と土下座している白蛇の体が揺れ、はっとしたように棒立ちの状態だった白蛇が我に返ったように俺を見る。

 なるほど、正解か

 どうやら交渉のイロハは知らなかったらしいが、さすがに術者であるためかその原則は知っているらしい。
 
 「…ねぇ、正目(まさめ)、どういうこと?」

 この場で理解できていないのはアイゼンだけのようで、その怪訝そうな声がやたら場違いに聞こえる。
 そして、本名で呼ぶな、本名で

 「それは、だね。さっきの術をかけていた大元はそこで突っ立ってる奴だということで、首を掻っ切るのも謝罪するのも彼女が行うのは筋違い、ということだ」

 やばい、最初、二人だけの時の口調だったから、無理やり直したらやたら変な口調になった。

 さきほど、俺の頭に手を置こうとした白蛇は銃声を聞き、真っ先に離れた。つまり、術をかけようとしていたのは、術がかかっていない奴、つまり俺に術をかけようとして方で、もう一方の方は遅れて反応していた。彼女も“魅了“状態、つまり操り状態にあった、ということでもある。まぁ、単に鈍い、という可能性もあったため、カマをかけたのだが、見事に引っ掛かった。
 まぁ、髪型や服装の細かな違いから判断して、今突っ立てるほうがあらゆる面で上なんだろう。だから“魅了”して判断を任せた、という筋書き、か?

 大まかに端折って説明すると、なるほどとアイゼンは頷き、意地の悪い笑みを浮かべる。

 「なるほど、じゃあ、術者は責任をとらないと、でも」

 そういうと、アイゼンの手には一枚の手ぬぐいが握られた。それを渡される。
 首を絞めるにはちょうどいいくらいの手ぬぐい。

 「責任は彼女でも別にいいんじゃない?」
 
 手渡された手ぬぐいはアイゼンの聖力を纏っているためか、雨を弾いている。
 
 うん、まあ、彼女でもいいか
 土下座している方に近づく。
 
 小柄だ。その体が春とはいえ、北州の雨は厳しい。そんな雨にぬれれば妖怪とはいえ体は冷えるだろうし、それと恐怖で震えていた。頭をあげろ、と告げる。恐る恐る顔を上げるが、その顔は絶望というよりも、自分でもいいのか、という安堵と少しばかりの覚悟を決めていても拭いようのない死への恐怖の所為か強張っている。

 しゃがみこみ、手ぬぐいを頭のうえにかぶせる。
 その上から頭をふく。だが、片手では慣れていないためか、うまく髪に沁みついた泥をうまく拭えない。
 
 と、アイゼンがじれったくなったのか、近づくと無理やり手ぬぐいを奪って、俺の代わりに彼女の髪をふく。ついでにこれ以上雨に濡れないように着ていた、丹前によく似た外洋服の、たしか、じゃけっと、だったか、とにかく、憲房色の上掛けをかぶせる。
 
 大丈夫?とアイゼンが尋ねると、我に返ったように地面に伏せていた白蛇は、ええ、はいと呆気にとられ、反射的に答える。
 
 まぁ、命を取られる、と考えていた相手にこんなことをすればその反応は当然ともいえるもので、だが、ぽかん、と口を開けた白蛇の顔が、こう言っては何だが、愉快だった。
 
 「ぷっ」
 
 あはははははははは
 
 あんまりにもその表情などがおかしかったため、本来ならば笑ってはいけないのだろうが、抑えることができなかった。それはアイゼンも同じようで、二人して笑った。
 
 「ああ、ごめんなさいね。御二方ともこういう場は初めてでしょうか?というか、初めてでしょうね」
 
 突如として笑い始めた俺たちに対して、もうあまりのことに、二人の白蛇は唖然とした表情でこちらを見る。
 
 「教えて差し上げると、こういった場合罠にかかる方もかかる方、しかも初歩的な罠にかかる者ほど仕掛けた者の方が罪がない、という場合があるのですよ」
 
 つまり、そんなことも見抜けないのでは引っ掛かるほうが愚か、ということ。アイゼン曰く、和州気質の最たるものらしいが…確かに、外洋国の歴史を見る限り、交渉の場で罠でも仕掛ければ仕掛けた方は首をはねられても文句が言えないからな
 
 「まぁ、誠意が感じられない交渉、というものの時点で応じられない場合が殆どですが、このお嬢さんが満たしていると当方としては判断します」
 
 「…!では!?」
 
 「ええ、交渉に応じます」
 
 だけど、条件が一つ
 
 「場所を変えましょう、体が冷えてきてしまいました」
 
 雨は一向にやむ気配がなく、そればかりかより一層強まってきた。
13/01/26 01:46更新 / ソバ
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■作者メッセージ
 どうもみなさん、お久しぶりです。ソバです。
 久しぶりの更新となってすみません。ちょっとばかり、でかいものを外に出してきまして、なかなか投薬のせいで満足に書けなかったのですが、やっと本調子に戻ってきました。腹の中が少しばかり軽くなりました。
 これからぼちぼちと、以前ほどのペースでは書けなくなってしまいましたが、再開しようとおもいます。たまに、文が崩れますが、大目に見てもらえますようにご容赦ください。
 前回、魔物が好き、と書きましたが、私は魔物娘も好きですが、魔物や妖怪といったものも大好きです。あの言葉は紛れもない本心です。「うしおととら」のさとりの話を読んで以来、妖怪や民族伝承などが好きでたまらない人間です。

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