迷い迷って!チェシャ猫ちゃん!
「ヘーイ! おはヨー!」
「あ、おはよう」
「元気ないヨー! もっと大きイクゥー!」
「すげえ卑猥に聞こえるのは気のせい?」
「気のせイキそウゥー!!」
「絶対狙ってる! 狙ってるよこの子!」
ここは不思議の国。
僕は「ハートの女王」の城でトランプの兵隊『スペードのA』として騎士小隊長を務めるマーレンです。
で、僕の真顔でそんなセリフを言うのは、この不思議の国の案内役でもある魔物、チェシャ猫だ。
名前は知らない、寧ろチェシャ猫っていう名前のような気もするから僕は「チェシャさん」って呼んでいます。
「ヘーイ……つまらんネー」
「いやいや。あ、もうそろそろ穴から来る時間じゃないですか?」
「ハイ? 穴から排卵の時間はまだダケド?」
「違いますよ! アリスかワーラビットか人間が!」
「アー! しまっタァー! チェシャ猫、イキまーすっ!」
そしてチェシャさんが器用に爪を鳴らすと、そこから煙のようにスッと消えてしまった。
僕もとりあえず双眼鏡と剣を持って、僕は『穴』へと向かう。
そうそう、僕たちが住む不思議の国の入り口が『穴』と呼ばれているものだ。
「っと……お弁当忘れるところだった」
僕は一人寂しく作った弁当も持って、上空に見える兎の住処のような穴に向かってジャンプする。
なんていうか、馬鹿みたいだけどこれが正しい不思議の国の「歩き方」だ。
僕の体は下にあるトラップの媚薬池に落ちることなく、フワフワと『穴』へ向かって浮いていく。
「よっと」
そして天地が逆転。
この不思議な国に来たころに比べれば慣れたけど、やっぱりこの変な感覚は好きになれない。
いや、好きになっても困るけど。
「ニャハハー! 兎追って不思議な国に来ちゃってカワイソー! でももう出れないヨ、ザンネン!」
と、そこにチェシャさんがなんと首を取って回して、数人の教団騎士を煽っていた。
剣や魔法を回って……「ゲッダーン!」……今なんか言ってたのは気のせいかな、兎に角器用に回ったり止まったりして避けている。
不思議な国どころか不思議すぎる国に迷い込んだ気分なんだろうなきっと。
「なんだこいつは!」
「変態だろう!」
あながち間違ってはない。
「でも全く攻撃が当たりません! さらにはエルがなんか股間を押さえています!」
「何をされた!?」
「あ! あそこに騎士がいます!」
「オヤ? ……じゃあ後はよろしイクー!」
そしてまた爪を鳴らして、チェシャさんは何故かその場にパンツを残して去ってしまった。
どう使えってんだあのクソ猫。
「お前も魔物の仲間か?」
「スペードマークを鎧にしてる時点でソレだろう!」
「頭のアレなソレですね!」
うーん、久しぶりにキレそう。
と、剣を抜きかけた時だった。
僕の背後にチェシャさんの肉球だけが現れて、僕の剣を引っ張る。
「……了解ですっ!」
「変態騎士が逃げたぞ! 追え!」
「誰が変態ですか!?」
チェシャさんはともかく僕は変態じゃないのに!
***
チェシャさんの指示通り、僕は騎士団御一行様を不思議の国の摩訶不思議で奇妙な世界を「案内」する。
飴玉とクッキーの雨が降る草原、狂った帽子屋が紅茶を求めて襲いかかるティーパティ―会場、天井から金ダライか潤滑油が落ちてくるジパング屋敷……。
僕はもうここに十年以上暮らしているからいいだろうけど、あまりの不思議ように騎士団の人たちは発狂寸前だった。
「チェシャさん、そろそろ大詰めにしません?」
「エー」
「狂ってアリス達の家に乗り込んだら大変ですし」
「……ソウダネ! よーし、チェシャは本気出すゾー」
そして爪を鳴らすと、僕が止まった踊る木の上に寝転がった姿で現れるチェシャさん。
「ネー、みんなはそれで幸せナノー?」
「な、なにが……」
「戦い疲れてるノニー、どんどん戦わされてサー。デモ、ここなら戦わなくていいンダヨー? 可愛い女の子たくさんいるシー♪」
そして僕は木の上に登ると、向こう側からゆっくりやってくる魔物達を見据える。
「ホラホラ、行かなくてイイノ? 今しかナイヨ?」
エルと呼ばれていた男の人の耳元でチェシャさん囁きかけると、髭面の男に剣を振られたけど、チェシャさんはいつの間にか違う人の顔を覗き込んでクスクス笑う。
「ネ、みんないい子だしサー」
「あ、あう」
「耳を貸すな!」
「そんなこと言わずニサー」
「チェシャさん! もう来てます! っていうか全速力で割と!」
「ナント!? じゃ、後は楽しんでネー♪」
そしてまた爪を鳴らすと、チェシャさんは僕の隣へ現れる。
「どう思います?」
「乱交パーチーみたイ」
「例えがアレですね」
ため息を吐いて、僕は踊る木の揺れる枝を数回剣の鞘で叩く。
そうすると動きが止まって、やっと大人しく座れる。
「今日は七人、ウーン! 女王様に褒められるカナ?」
「気分次第でしょうね」
「極刑受けたことないからダイジョブダイジョブ」
「この間五時間ほどくすぐりの刑くらっておいてそれですか!?」
そしていつの間にか魔物達に騎士団一行さん達は連れてかれて、そこにいるのは僕とチェシャさんだけになった。
「それにしても立派になったネー、マーレンチャン」
「もう子供じゃないんですよ?」
「わかってるヨー」
とか言いながら、僕の頭を撫でてくるチェシャさん。
肉球がぷにぷにとして柔らかいし、爪が頭皮を程よく刺激してくれる。
「……本当に立派になって」
「……ありがとうございます」
***
マーレンという、この僕。
元はここへ迷い込んでしまった子供の一人だった。
ワーラビットを草原で見つけて、女の子と一緒に住処らしい穴へ追っていると、いつの間にか落ちてここ、不思議の国に来ていた。
女の子はどんどん進んで行って、消えてしまった。
僕は怖くて、その場で母や父を呼びながら泣いてしまった。
何時間いたかわからないけど、お腹が空いてもう泣く元気もなくなった時。
「オーゥ!? ダイジョブ!?」
心配そうに大量のお菓子を持ってやって来た、紫色の猫の魔物。
それが、僕とチェシャさんの出会いだった。
それから僕はチェシャさんの「案内」を手伝ったり、トランプの兵隊から剣術を学んで、この不思議な国で暮らしてきた。
最初は家に帰りたいと駄々をこねて、チェシャさんを困らしたりもしたけど、今はそうはあまり思わない。
だって、僕は――
***
「マーレンチャーン?」
「え?」
「ネー、お弁当頂戴〜♪」
「いいですよ」
「オヤッ、いつもなら渋るノニ。オットー! これはでっかいケーキ!」
さっきの雰囲気は何処へやら。
僕のお弁当から一つしかないケーキを奪って、そして思い切り噛みつくと、何か違和感を感じて、すぐに口を離すチェシャさん。
「ウナー? ……ん!?」
ケーキをほじくって出した物。
それを見ると、チェシャさんは耳と尻尾をペタッとさせて、顔を真っ赤にさせた。
「……コレは卑怯……」
「ひひひっ」
思わずいたずらっ子みたいな笑い声が僕から出る。
チェシャさんの爪に挟まれてる物。
「ケーキに指輪ナンテ……アー! モウ!」
「ごめんなさいっ!」
ポカポカと軽くだけど、真っ赤な顔をして泣き出すチェシャさん。
でもちゃんと、
爪に挟まった、指輪は落としていない。
僕はそれだけでも嬉しくて。
僕が、ここにいれる理由、それは。
「大好きです、チェシャさん」
「モウバカー! 普通に告白できないノー!?」
一人の悪戯猫に恋をして、ここに迷った。
これほど、不思議でハッピーな物語は、僕にはないんです。
「……大事にしてヨ!!」
「勿論です!」
僕は怒りながらも、しっかり抱き付いてくれたチェシャさんを抱き返して、二つ登る月を見上げて幸せを祈ったのだった。
「あ、おはよう」
「元気ないヨー! もっと大きイクゥー!」
「すげえ卑猥に聞こえるのは気のせい?」
「気のせイキそウゥー!!」
「絶対狙ってる! 狙ってるよこの子!」
ここは不思議の国。
僕は「ハートの女王」の城でトランプの兵隊『スペードのA』として騎士小隊長を務めるマーレンです。
で、僕の真顔でそんなセリフを言うのは、この不思議の国の案内役でもある魔物、チェシャ猫だ。
名前は知らない、寧ろチェシャ猫っていう名前のような気もするから僕は「チェシャさん」って呼んでいます。
「ヘーイ……つまらんネー」
「いやいや。あ、もうそろそろ穴から来る時間じゃないですか?」
「ハイ? 穴から排卵の時間はまだダケド?」
「違いますよ! アリスかワーラビットか人間が!」
「アー! しまっタァー! チェシャ猫、イキまーすっ!」
そしてチェシャさんが器用に爪を鳴らすと、そこから煙のようにスッと消えてしまった。
僕もとりあえず双眼鏡と剣を持って、僕は『穴』へと向かう。
そうそう、僕たちが住む不思議の国の入り口が『穴』と呼ばれているものだ。
「っと……お弁当忘れるところだった」
僕は一人寂しく作った弁当も持って、上空に見える兎の住処のような穴に向かってジャンプする。
なんていうか、馬鹿みたいだけどこれが正しい不思議の国の「歩き方」だ。
僕の体は下にあるトラップの媚薬池に落ちることなく、フワフワと『穴』へ向かって浮いていく。
「よっと」
そして天地が逆転。
この不思議な国に来たころに比べれば慣れたけど、やっぱりこの変な感覚は好きになれない。
いや、好きになっても困るけど。
「ニャハハー! 兎追って不思議な国に来ちゃってカワイソー! でももう出れないヨ、ザンネン!」
と、そこにチェシャさんがなんと首を取って回して、数人の教団騎士を煽っていた。
剣や魔法を回って……「ゲッダーン!」……今なんか言ってたのは気のせいかな、兎に角器用に回ったり止まったりして避けている。
不思議な国どころか不思議すぎる国に迷い込んだ気分なんだろうなきっと。
「なんだこいつは!」
「変態だろう!」
あながち間違ってはない。
「でも全く攻撃が当たりません! さらにはエルがなんか股間を押さえています!」
「何をされた!?」
「あ! あそこに騎士がいます!」
「オヤ? ……じゃあ後はよろしイクー!」
そしてまた爪を鳴らして、チェシャさんは何故かその場にパンツを残して去ってしまった。
どう使えってんだあのクソ猫。
「お前も魔物の仲間か?」
「スペードマークを鎧にしてる時点でソレだろう!」
「頭のアレなソレですね!」
うーん、久しぶりにキレそう。
と、剣を抜きかけた時だった。
僕の背後にチェシャさんの肉球だけが現れて、僕の剣を引っ張る。
「……了解ですっ!」
「変態騎士が逃げたぞ! 追え!」
「誰が変態ですか!?」
チェシャさんはともかく僕は変態じゃないのに!
***
チェシャさんの指示通り、僕は騎士団御一行様を不思議の国の摩訶不思議で奇妙な世界を「案内」する。
飴玉とクッキーの雨が降る草原、狂った帽子屋が紅茶を求めて襲いかかるティーパティ―会場、天井から金ダライか潤滑油が落ちてくるジパング屋敷……。
僕はもうここに十年以上暮らしているからいいだろうけど、あまりの不思議ように騎士団の人たちは発狂寸前だった。
「チェシャさん、そろそろ大詰めにしません?」
「エー」
「狂ってアリス達の家に乗り込んだら大変ですし」
「……ソウダネ! よーし、チェシャは本気出すゾー」
そして爪を鳴らすと、僕が止まった踊る木の上に寝転がった姿で現れるチェシャさん。
「ネー、みんなはそれで幸せナノー?」
「な、なにが……」
「戦い疲れてるノニー、どんどん戦わされてサー。デモ、ここなら戦わなくていいンダヨー? 可愛い女の子たくさんいるシー♪」
そして僕は木の上に登ると、向こう側からゆっくりやってくる魔物達を見据える。
「ホラホラ、行かなくてイイノ? 今しかナイヨ?」
エルと呼ばれていた男の人の耳元でチェシャさん囁きかけると、髭面の男に剣を振られたけど、チェシャさんはいつの間にか違う人の顔を覗き込んでクスクス笑う。
「ネ、みんないい子だしサー」
「あ、あう」
「耳を貸すな!」
「そんなこと言わずニサー」
「チェシャさん! もう来てます! っていうか全速力で割と!」
「ナント!? じゃ、後は楽しんでネー♪」
そしてまた爪を鳴らすと、チェシャさんは僕の隣へ現れる。
「どう思います?」
「乱交パーチーみたイ」
「例えがアレですね」
ため息を吐いて、僕は踊る木の揺れる枝を数回剣の鞘で叩く。
そうすると動きが止まって、やっと大人しく座れる。
「今日は七人、ウーン! 女王様に褒められるカナ?」
「気分次第でしょうね」
「極刑受けたことないからダイジョブダイジョブ」
「この間五時間ほどくすぐりの刑くらっておいてそれですか!?」
そしていつの間にか魔物達に騎士団一行さん達は連れてかれて、そこにいるのは僕とチェシャさんだけになった。
「それにしても立派になったネー、マーレンチャン」
「もう子供じゃないんですよ?」
「わかってるヨー」
とか言いながら、僕の頭を撫でてくるチェシャさん。
肉球がぷにぷにとして柔らかいし、爪が頭皮を程よく刺激してくれる。
「……本当に立派になって」
「……ありがとうございます」
***
マーレンという、この僕。
元はここへ迷い込んでしまった子供の一人だった。
ワーラビットを草原で見つけて、女の子と一緒に住処らしい穴へ追っていると、いつの間にか落ちてここ、不思議の国に来ていた。
女の子はどんどん進んで行って、消えてしまった。
僕は怖くて、その場で母や父を呼びながら泣いてしまった。
何時間いたかわからないけど、お腹が空いてもう泣く元気もなくなった時。
「オーゥ!? ダイジョブ!?」
心配そうに大量のお菓子を持ってやって来た、紫色の猫の魔物。
それが、僕とチェシャさんの出会いだった。
それから僕はチェシャさんの「案内」を手伝ったり、トランプの兵隊から剣術を学んで、この不思議な国で暮らしてきた。
最初は家に帰りたいと駄々をこねて、チェシャさんを困らしたりもしたけど、今はそうはあまり思わない。
だって、僕は――
***
「マーレンチャーン?」
「え?」
「ネー、お弁当頂戴〜♪」
「いいですよ」
「オヤッ、いつもなら渋るノニ。オットー! これはでっかいケーキ!」
さっきの雰囲気は何処へやら。
僕のお弁当から一つしかないケーキを奪って、そして思い切り噛みつくと、何か違和感を感じて、すぐに口を離すチェシャさん。
「ウナー? ……ん!?」
ケーキをほじくって出した物。
それを見ると、チェシャさんは耳と尻尾をペタッとさせて、顔を真っ赤にさせた。
「……コレは卑怯……」
「ひひひっ」
思わずいたずらっ子みたいな笑い声が僕から出る。
チェシャさんの爪に挟まれてる物。
「ケーキに指輪ナンテ……アー! モウ!」
「ごめんなさいっ!」
ポカポカと軽くだけど、真っ赤な顔をして泣き出すチェシャさん。
でもちゃんと、
爪に挟まった、指輪は落としていない。
僕はそれだけでも嬉しくて。
僕が、ここにいれる理由、それは。
「大好きです、チェシャさん」
「モウバカー! 普通に告白できないノー!?」
一人の悪戯猫に恋をして、ここに迷った。
これほど、不思議でハッピーな物語は、僕にはないんです。
「……大事にしてヨ!!」
「勿論です!」
僕は怒りながらも、しっかり抱き付いてくれたチェシャさんを抱き返して、二つ登る月を見上げて幸せを祈ったのだった。
13/11/27 23:28更新 / 二酸化O2