分福茶釜
や、旦那さん。
わては刑部狸の葵っちゅー行商妖怪や。
売るモンは媚薬から解毒薬、鍋から箸まで何でもあるよ?
……ん?
ああ、こいつが気になるん?
こいつは“おんさ”言うてな、前に得意先だったお侍さんのガキやで。
何でそのガキを連れてるかって?
話せばちょっと長くなるけど、聞いてくれる?
んまあ、わてもン百年生きてるから手伝いできるガキの一人は欲しいし、何よりおんさが不憫でなあ。
こいつの親な、かなり前に火事騒ぎあったやろ。
二人ともその火事騒ぎの濡れ衣で切腹させられたんや。
わてだって証言を出したけど、頭の固い奉行は「妖怪じゃ証人にならん!」言うてなあ。
で、お情けでおんさだけは助かったんやけど、わてと追放を受けてな。
家で大人しーく留守番してたおんさは、そん時は別に気にしてなかった素振りだったんやけど、やっぱり親御さんが死んだのは悲しいみたいでな、全く喋らないようになってもうたわ。
まあ今は身振り手振りでわかるから、会話とゆうかなんかには困らんからええんやけどね。
でも最初は苦労したで……わては妖怪やろ、いくら父親て仲良くしとったゆうても怖いモンは怖いらしくてな。
最初なんか、わてが料理作る言うて、包丁と砥石を出したらな、食われるって思ったんかなあ、鼻水垂らして泣きながら小便漏らしてたわ、無音で。
そうやろ、んなビビらんでも、わても鬼も昔と違って人は食わんのに。
子供だからって割り切ってるけど、ちいと傷ついたわ……ん、失礼な、泣いとらんわ、うるさい、泣いとらんゆうとるやろうが。
……とりあえず和解するまでに満月が三周したわ。
まあ、そのころにはおんさも流石に慣れたみたいでな。
今最近じゃふてぶてしくなって、こんな風に……尻尾に抱きついて寝とるわ。
ま、話はここまでや。
寒いし、おんさが風邪引いてまうんでな。
何買うん?
およ、その茶釜か。
うん、話を聞いてもらったし、まけてあげるわ。
――しばらく月日は経って――
「どこが名器なんやねん、ただの古びた茶釜やないか」
「いやいやお客さん、これは刑部狸とその子供が売った物の原器なんだよ! 証拠にホラ」
骨董屋の男は茶釜の表面を少し磨く。
そして僕に見せつけるように、それを見せてきた。
「仲が良さそうな親子の絵だろう? 曾祖父様が自ら描いたものなんだ」
「……やねえ」
思わず苦笑してしまう。
「でもこれ、もう古いから使えんわ。言ったらあれやけどこんな劣悪品、買ったらオカンにドヤされるさかい」
「一両にまけるよ!」
「ええわええわ、ほな、さいなら」
泣き叫ぶ店主さんを無視し、僕はオカンの待つ家に戻る。
「ただいまぁ」
「おうお帰り。どやった、初めての骨董屋は」
「ぎょーさん! ぎょーさん偽物と劣悪製品ばっかやね。あ、でもオカン」
「何や」
「オカンが昔売った茶釜、まだ一両の価値やったけど」
オカンがポカーンとしたけど、すぐに腹を抱えて笑い出す。
「あ、あんな、あんなどうでもいい奴が作った茶釜、ヒーヒー……まだ一両っ……プフゥッ、あー、可笑しいわ」
「どうでもいい茶釜って、オカン……。あれのおかげでウチは繁盛してるのに、笑ったらアカンやろ」
「分福茶釜の葵、だからか? ま、何はともあれ。おんさ、お前を拾っておいて良かったわ。おかげで旦那見つけても一生遊んで暮らせるぐらいには稼げたしなー」
オカンが昔売った茶釜を買ったあの男は、娘との仲が気まずかったらしいけれど、あの茶釜を買って茶道をしてから、また仲良くなれたらしい。
それが尾ひれも付けた噂を呼んだせいか、しまいにはオカン、つまり僕ら刑部狸親子の売る茶釜を買うと、親子関係が元に戻るとかさらに良くなるとかで、外国の妖怪……魔物だかまでが来る始末だ。
今は茶釜以外にも茶道具や茶葉を揃えた、茶道専門店『分福茶釜』という名で親子二人の店を駿河で出している。
「笑いが止まらんわ」
と、普通に言えるくらいに僕らは稼いでいる。
まあ仕入れの時はオカンのコネでかなり安いけど、売るとき一つ一つの道具の単価が高いし(理由を聞かれたら手間賃とかいろいろ言う)、茶葉は僕が育てているから原価はタダに近いからなあ。
「ホレホレ、今日は浪花まで行ったんやし、母ちゃんに整体しろや」
「はいはい、わーってるって」
僕は、いつの間にか僕より小さくなったオカンの体をほぐしながら、ため息をつく。
「オカン」
「あー、そこそこ……ん? なんや?」
「結婚はいつするん?」
「わてより稼ぐ男にしか興味あらへんよ」
「そうかい」
とりあえず思ったこと。
オカンの稼ぎを越える男が現れるのかな。
浪花の大商人ぐらいしか張り合える人がいない気がする。
「オカン」
「んー?」
「今更やけど、僕を拾ってくれてありがとな」
「こちらこそ儲けさせてもらって、どーも」
顔は俯いてて見えないけれど、ちょっと嬉しそうなオカンの声を聞いて、僕は黙って整体を続ける。
僕とオカン、拾い子と商売妖怪の奇妙な関係。
でもそれは関係なく、『分福茶釜』は今日も繁盛している。
ちなみに当面の願い。
オカンにピッタリな商売上手の男が現れる事と、さらなる『分福茶釜』の繁盛、かな。
(完)
わては刑部狸の葵っちゅー行商妖怪や。
売るモンは媚薬から解毒薬、鍋から箸まで何でもあるよ?
……ん?
ああ、こいつが気になるん?
こいつは“おんさ”言うてな、前に得意先だったお侍さんのガキやで。
何でそのガキを連れてるかって?
話せばちょっと長くなるけど、聞いてくれる?
んまあ、わてもン百年生きてるから手伝いできるガキの一人は欲しいし、何よりおんさが不憫でなあ。
こいつの親な、かなり前に火事騒ぎあったやろ。
二人ともその火事騒ぎの濡れ衣で切腹させられたんや。
わてだって証言を出したけど、頭の固い奉行は「妖怪じゃ証人にならん!」言うてなあ。
で、お情けでおんさだけは助かったんやけど、わてと追放を受けてな。
家で大人しーく留守番してたおんさは、そん時は別に気にしてなかった素振りだったんやけど、やっぱり親御さんが死んだのは悲しいみたいでな、全く喋らないようになってもうたわ。
まあ今は身振り手振りでわかるから、会話とゆうかなんかには困らんからええんやけどね。
でも最初は苦労したで……わては妖怪やろ、いくら父親て仲良くしとったゆうても怖いモンは怖いらしくてな。
最初なんか、わてが料理作る言うて、包丁と砥石を出したらな、食われるって思ったんかなあ、鼻水垂らして泣きながら小便漏らしてたわ、無音で。
そうやろ、んなビビらんでも、わても鬼も昔と違って人は食わんのに。
子供だからって割り切ってるけど、ちいと傷ついたわ……ん、失礼な、泣いとらんわ、うるさい、泣いとらんゆうとるやろうが。
……とりあえず和解するまでに満月が三周したわ。
まあ、そのころにはおんさも流石に慣れたみたいでな。
今最近じゃふてぶてしくなって、こんな風に……尻尾に抱きついて寝とるわ。
ま、話はここまでや。
寒いし、おんさが風邪引いてまうんでな。
何買うん?
およ、その茶釜か。
うん、話を聞いてもらったし、まけてあげるわ。
――しばらく月日は経って――
「どこが名器なんやねん、ただの古びた茶釜やないか」
「いやいやお客さん、これは刑部狸とその子供が売った物の原器なんだよ! 証拠にホラ」
骨董屋の男は茶釜の表面を少し磨く。
そして僕に見せつけるように、それを見せてきた。
「仲が良さそうな親子の絵だろう? 曾祖父様が自ら描いたものなんだ」
「……やねえ」
思わず苦笑してしまう。
「でもこれ、もう古いから使えんわ。言ったらあれやけどこんな劣悪品、買ったらオカンにドヤされるさかい」
「一両にまけるよ!」
「ええわええわ、ほな、さいなら」
泣き叫ぶ店主さんを無視し、僕はオカンの待つ家に戻る。
「ただいまぁ」
「おうお帰り。どやった、初めての骨董屋は」
「ぎょーさん! ぎょーさん偽物と劣悪製品ばっかやね。あ、でもオカン」
「何や」
「オカンが昔売った茶釜、まだ一両の価値やったけど」
オカンがポカーンとしたけど、すぐに腹を抱えて笑い出す。
「あ、あんな、あんなどうでもいい奴が作った茶釜、ヒーヒー……まだ一両っ……プフゥッ、あー、可笑しいわ」
「どうでもいい茶釜って、オカン……。あれのおかげでウチは繁盛してるのに、笑ったらアカンやろ」
「分福茶釜の葵、だからか? ま、何はともあれ。おんさ、お前を拾っておいて良かったわ。おかげで旦那見つけても一生遊んで暮らせるぐらいには稼げたしなー」
オカンが昔売った茶釜を買ったあの男は、娘との仲が気まずかったらしいけれど、あの茶釜を買って茶道をしてから、また仲良くなれたらしい。
それが尾ひれも付けた噂を呼んだせいか、しまいにはオカン、つまり僕ら刑部狸親子の売る茶釜を買うと、親子関係が元に戻るとかさらに良くなるとかで、外国の妖怪……魔物だかまでが来る始末だ。
今は茶釜以外にも茶道具や茶葉を揃えた、茶道専門店『分福茶釜』という名で親子二人の店を駿河で出している。
「笑いが止まらんわ」
と、普通に言えるくらいに僕らは稼いでいる。
まあ仕入れの時はオカンのコネでかなり安いけど、売るとき一つ一つの道具の単価が高いし(理由を聞かれたら手間賃とかいろいろ言う)、茶葉は僕が育てているから原価はタダに近いからなあ。
「ホレホレ、今日は浪花まで行ったんやし、母ちゃんに整体しろや」
「はいはい、わーってるって」
僕は、いつの間にか僕より小さくなったオカンの体をほぐしながら、ため息をつく。
「オカン」
「あー、そこそこ……ん? なんや?」
「結婚はいつするん?」
「わてより稼ぐ男にしか興味あらへんよ」
「そうかい」
とりあえず思ったこと。
オカンの稼ぎを越える男が現れるのかな。
浪花の大商人ぐらいしか張り合える人がいない気がする。
「オカン」
「んー?」
「今更やけど、僕を拾ってくれてありがとな」
「こちらこそ儲けさせてもらって、どーも」
顔は俯いてて見えないけれど、ちょっと嬉しそうなオカンの声を聞いて、僕は黙って整体を続ける。
僕とオカン、拾い子と商売妖怪の奇妙な関係。
でもそれは関係なく、『分福茶釜』は今日も繁盛している。
ちなみに当面の願い。
オカンにピッタリな商売上手の男が現れる事と、さらなる『分福茶釜』の繁盛、かな。
(完)
13/03/13 23:01更新 / 二酸化O2