SIREN
「なーんか退屈ー」
「平和なのが一番だろうが、これ以上何を求めるってんだ」
「えー? うーんと、あ!」
「何だ?」
「お腹空いたからご飯作って!」
「……わかったよ」
俺の前にいるのは両手の代わりに青い羽根が生え、平らな胸にくっついているビキニのような水着と、丈が異常に短いスカートを着て、脚は鶏のような「人外」の女だ。
鈴香――。
超が付く海側の田舎村で一人寂しく、静かに農業をしていた俺の元に独身撲滅キャンペーンだか特別法だかの「嫁派遣」とかで、二か月前に魔界からやってきた、セイレーンと呼ばれる魔物であり、どうやら書類によれば後一か月チェンジしないと、この鈴香は俺の嫁になるらしい。
強制的に派遣された俺にはいい迷惑だったが、ここで下手にチェンジしてアリスなどの幼女魔物が来てロリコン扱いされるのはごめんだし、川や山に引っ越す必要のある河童やサハギン、酒乱の鬼系統の魔物が来るのも面倒だった。
「わー! ミートソーススパゲッティ!」
「いただきます」
「いっただきまーす! ……」
「……何だ、こっち見て」
「フォーク握りにくいー、食べさせてー」
「たくっ、ゆっくり飯が食えないな……」
鈴香が来ることなど予想しているわけがなく、当然のことながら俺の家にはハーピー種用の食器などあるはずもない。
何とか持てる串料理以外、俺はこいつにこうやって飯を食わせてやらなければならない。
鈴香を派遣した奴らも適当だ、この田舎じゃそんな食器を売っている店はないし、一番近くのショッピングモールも車で三時間、電車だと二時間はかかる。
その辺の配慮もしたうえで、こうやって魔物を派遣してほしいもんだ。
「ありがと! ちゅるーっ」
「てめっ! ソースを飛ばすな!!」
……鈴香は少しマナーもなっていない、きちんと教育してきたとか言っていたが、絶対嘘だろう。
元よりセイレーンは陽気で、「アホ」な奴が多いと聞くから鈴香は恐らくその型なんだろうが。
「ごっめ〜ん! あ、でも私の美味しい涎入りだよっ☆」
「…………」
「いあいいあいいあいー! ほっへいっああらいれー!!」
とりあえず仕置に頬を強く引っ張って、黙って行儀よくスパゲティを食べさせる。
こいつは毎度痛い目見ないとわからないらしい、本当にこいつ、俺(23)より年上(書類によれば27)なのか?
全くそうは見えない、まあこれで高校生だの言われても説得力はないが。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー……。うー、ほっぺ痛いよー」
「自業自得だろうが、氷で冷やしとけ」
「キミのほっぺで〜……」
「今日は焼き鳥にするか」
「ごめんなさい冗談です!!」
急いで手渡した氷を自分の頬に当て、冷やし始める鈴香。
全く、油断も隙もありゃしないな、こいつは。
とりあえず三時になれば「おやつー!」などと鈴香が騒ぐので、スイカを求めて近所にある八百屋へ向かっていった俺であった。
***
夕方。
スイカの汁が付いた皿を洗う俺の横で、コトコト音を立てる鍋を見守り、涎を垂らす鈴香。
ちなみに鍋の中には煮物が入っている、出汁から何まで自家製だ。
「いい匂い〜。ねえねえ、今日は何入れたの?」
「鶏肉。……冗談だ、豚肉に決まってるだろ? 泣くな」
もうすでに半べそをかいている鈴香の頭を撫でてから、洗った皿を置いてふたを開ける。
どうやら見た目は今日も美味くできたみたいだ、後は目を離した隙に鈴香が変なものを入れてないことを祈るばかりだ。
「……ずずっ」
味見の為に汁を飲んでみる。
ん、いつもより少ししょっぱいがなかなかに仕上がってるな、白米と食えば多少はしょっぱさもなくなるか。
「お腹空いたー」
「わかってるから席着け」
「〜♪」
「うっ」
もう一度言うが鈴香はセイレーンだ。
こいつの歌う「歌」にはすべて魔力が込められている、つまり――。
普段なら気にしないような「鼻歌」でさえ、鈴香に引き寄せられかける……!
「鈴香、やめろ……鍋落とすぞ……」
「えー? 何をー?」
「さっき豚肉と言ったがありゃ嘘だ……。鴎の肉を」
「やめるからー!!」
「それでいい」
せっかく作った煮物を台無しにされてたまるか。
***
夜。
食い終わった鍋を洗いながら、未だに頬をリスのように膨らませている鈴香。
確かにセイレーンの生き甲斐でもある歌を禁止されて、不貞腐れる気持ちはわからないでもないが、飯の前に歌を歌った奴も悪い。
「いい加減に機嫌治したらどうだ」
「ふーん」
「おい」
「……じゃあ大声で歌っていい?」
「それとこれじゃ話は別だろうが。だいたいお前が歌うと、近くの奴らも来ちまうから嫌なんだ」
「だってキミがいつチェンジするかわからないからって、特別な歌を歌うの禁止されてるしー」
「特別な歌?」
「うん、そう」
特別な歌。
セイレーンは普段、魅了の魔力を乗せて歌っているのだが、それを酷くしたのが鈴香の言う「特別な歌」だとか。
気に入った男性に延々とそれを聞かせ、骨抜きにして交尾するのがセイレーンという種族の特徴だとか。
「まあ、別に歌っても構わんけど」
「え?」
「今更チェンジする気はないし、ストレス溜まって大声で歌われるのも勘弁だからな」
「……ほんと? 嘘つかない?」
「……まあ」
「不安になってきたから間は置かないでよ!?」
「歌によってだ、音痴だったらやめてくれ」
「む、馬鹿にしてるのは許せないかも。じゃあいっくよー」
「あ、ちょっと待て」
「っと、どうしたの!?」
「……夜なんだから、つか特別な歌ってなら俺だけに聞こえるようにしとけ」
「……うんっ」
鈴香は囁くように、その「特別な歌」とやらを歌い始めたのだった。
***
その日、俺は鈴香の「歌」を聞いた。
まるで今まで鈴香を襲わなかったことが不思議なくらいに……俺は鈴香と交わった。
どうやら俺は元から意志が弱かったらしい、鈴香曰く一回であんなになる男は稀だそうで。
「ううー、腰痛いよー」
「初めてだってのに騎乗位なんかするからだろ、湿布貼ってやるから寝てろ」
「はーい……。っていうかキミもけっこう悪いよね」
「それについては否定しない」
うつぶせに転がる全裸の鈴香。
流石に出しすぎでアレも萎えている俺は、服を着て戸棚から湿布を取り出す。
「貼るぞ」
「うんー、ひうっ、ちべたい〜……」
「昼までじっとしてれば治るだろ、俺は寝る」
「え、じゃあ私もー」
そう言いながら俺のひいた布団に、もぞもぞ入り込んでくる鈴香。
「しないぞ」
「一緒にお昼寝したいだけだよー」
「……たくっ」
「えへへー」
笑顔の鈴香を見てから、俺は目を瞑る。
俺の背中に翼の感触がするのを感じてから、夢の世界へ引き込まれていった。
サイレンのようにうるさくも、俺の大好きな、鈴香の胸の中で。
「平和なのが一番だろうが、これ以上何を求めるってんだ」
「えー? うーんと、あ!」
「何だ?」
「お腹空いたからご飯作って!」
「……わかったよ」
俺の前にいるのは両手の代わりに青い羽根が生え、平らな胸にくっついているビキニのような水着と、丈が異常に短いスカートを着て、脚は鶏のような「人外」の女だ。
鈴香――。
超が付く海側の田舎村で一人寂しく、静かに農業をしていた俺の元に独身撲滅キャンペーンだか特別法だかの「嫁派遣」とかで、二か月前に魔界からやってきた、セイレーンと呼ばれる魔物であり、どうやら書類によれば後一か月チェンジしないと、この鈴香は俺の嫁になるらしい。
強制的に派遣された俺にはいい迷惑だったが、ここで下手にチェンジしてアリスなどの幼女魔物が来てロリコン扱いされるのはごめんだし、川や山に引っ越す必要のある河童やサハギン、酒乱の鬼系統の魔物が来るのも面倒だった。
「わー! ミートソーススパゲッティ!」
「いただきます」
「いっただきまーす! ……」
「……何だ、こっち見て」
「フォーク握りにくいー、食べさせてー」
「たくっ、ゆっくり飯が食えないな……」
鈴香が来ることなど予想しているわけがなく、当然のことながら俺の家にはハーピー種用の食器などあるはずもない。
何とか持てる串料理以外、俺はこいつにこうやって飯を食わせてやらなければならない。
鈴香を派遣した奴らも適当だ、この田舎じゃそんな食器を売っている店はないし、一番近くのショッピングモールも車で三時間、電車だと二時間はかかる。
その辺の配慮もしたうえで、こうやって魔物を派遣してほしいもんだ。
「ありがと! ちゅるーっ」
「てめっ! ソースを飛ばすな!!」
……鈴香は少しマナーもなっていない、きちんと教育してきたとか言っていたが、絶対嘘だろう。
元よりセイレーンは陽気で、「アホ」な奴が多いと聞くから鈴香は恐らくその型なんだろうが。
「ごっめ〜ん! あ、でも私の美味しい涎入りだよっ☆」
「…………」
「いあいいあいいあいー! ほっへいっああらいれー!!」
とりあえず仕置に頬を強く引っ張って、黙って行儀よくスパゲティを食べさせる。
こいつは毎度痛い目見ないとわからないらしい、本当にこいつ、俺(23)より年上(書類によれば27)なのか?
全くそうは見えない、まあこれで高校生だの言われても説得力はないが。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー……。うー、ほっぺ痛いよー」
「自業自得だろうが、氷で冷やしとけ」
「キミのほっぺで〜……」
「今日は焼き鳥にするか」
「ごめんなさい冗談です!!」
急いで手渡した氷を自分の頬に当て、冷やし始める鈴香。
全く、油断も隙もありゃしないな、こいつは。
とりあえず三時になれば「おやつー!」などと鈴香が騒ぐので、スイカを求めて近所にある八百屋へ向かっていった俺であった。
***
夕方。
スイカの汁が付いた皿を洗う俺の横で、コトコト音を立てる鍋を見守り、涎を垂らす鈴香。
ちなみに鍋の中には煮物が入っている、出汁から何まで自家製だ。
「いい匂い〜。ねえねえ、今日は何入れたの?」
「鶏肉。……冗談だ、豚肉に決まってるだろ? 泣くな」
もうすでに半べそをかいている鈴香の頭を撫でてから、洗った皿を置いてふたを開ける。
どうやら見た目は今日も美味くできたみたいだ、後は目を離した隙に鈴香が変なものを入れてないことを祈るばかりだ。
「……ずずっ」
味見の為に汁を飲んでみる。
ん、いつもより少ししょっぱいがなかなかに仕上がってるな、白米と食えば多少はしょっぱさもなくなるか。
「お腹空いたー」
「わかってるから席着け」
「〜♪」
「うっ」
もう一度言うが鈴香はセイレーンだ。
こいつの歌う「歌」にはすべて魔力が込められている、つまり――。
普段なら気にしないような「鼻歌」でさえ、鈴香に引き寄せられかける……!
「鈴香、やめろ……鍋落とすぞ……」
「えー? 何をー?」
「さっき豚肉と言ったがありゃ嘘だ……。鴎の肉を」
「やめるからー!!」
「それでいい」
せっかく作った煮物を台無しにされてたまるか。
***
夜。
食い終わった鍋を洗いながら、未だに頬をリスのように膨らませている鈴香。
確かにセイレーンの生き甲斐でもある歌を禁止されて、不貞腐れる気持ちはわからないでもないが、飯の前に歌を歌った奴も悪い。
「いい加減に機嫌治したらどうだ」
「ふーん」
「おい」
「……じゃあ大声で歌っていい?」
「それとこれじゃ話は別だろうが。だいたいお前が歌うと、近くの奴らも来ちまうから嫌なんだ」
「だってキミがいつチェンジするかわからないからって、特別な歌を歌うの禁止されてるしー」
「特別な歌?」
「うん、そう」
特別な歌。
セイレーンは普段、魅了の魔力を乗せて歌っているのだが、それを酷くしたのが鈴香の言う「特別な歌」だとか。
気に入った男性に延々とそれを聞かせ、骨抜きにして交尾するのがセイレーンという種族の特徴だとか。
「まあ、別に歌っても構わんけど」
「え?」
「今更チェンジする気はないし、ストレス溜まって大声で歌われるのも勘弁だからな」
「……ほんと? 嘘つかない?」
「……まあ」
「不安になってきたから間は置かないでよ!?」
「歌によってだ、音痴だったらやめてくれ」
「む、馬鹿にしてるのは許せないかも。じゃあいっくよー」
「あ、ちょっと待て」
「っと、どうしたの!?」
「……夜なんだから、つか特別な歌ってなら俺だけに聞こえるようにしとけ」
「……うんっ」
鈴香は囁くように、その「特別な歌」とやらを歌い始めたのだった。
***
その日、俺は鈴香の「歌」を聞いた。
まるで今まで鈴香を襲わなかったことが不思議なくらいに……俺は鈴香と交わった。
どうやら俺は元から意志が弱かったらしい、鈴香曰く一回であんなになる男は稀だそうで。
「ううー、腰痛いよー」
「初めてだってのに騎乗位なんかするからだろ、湿布貼ってやるから寝てろ」
「はーい……。っていうかキミもけっこう悪いよね」
「それについては否定しない」
うつぶせに転がる全裸の鈴香。
流石に出しすぎでアレも萎えている俺は、服を着て戸棚から湿布を取り出す。
「貼るぞ」
「うんー、ひうっ、ちべたい〜……」
「昼までじっとしてれば治るだろ、俺は寝る」
「え、じゃあ私もー」
そう言いながら俺のひいた布団に、もぞもぞ入り込んでくる鈴香。
「しないぞ」
「一緒にお昼寝したいだけだよー」
「……たくっ」
「えへへー」
笑顔の鈴香を見てから、俺は目を瞑る。
俺の背中に翼の感触がするのを感じてから、夢の世界へ引き込まれていった。
サイレンのようにうるさくも、俺の大好きな、鈴香の胸の中で。
13/08/18 13:34更新 / 二酸化O2